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2006年1月

意外と危ういマイブログコンテンツ

読者の皆さんはご自分のブログをどのように情報資産管理されていますか?

『ヌ?シサンカンリ??』

自己マンの単なるログだから、いつ消えてしまってもかまわないという
ひとは少ないのではないでしょうか?

殆どの人が毎日、自分のブログサイトに立ち向かい、記事を投稿し、
自分のお気に入りブログチェックし、そしてトラバクしたりコメントしたりして

はい、おわり

なのではないでしょうか?

しかし、以下の事態が起こったとき、取り返しのつかないこととなります。

ある日、いつものように、自分のサイトにアクセス。
しかし、404とか数字がでて、いつものように表示しない。
何とかお気に入りにいれていた、ドメイントップにアクセスしてみると

『xxまでご利用いただいていたxxxブログは、諸般の事情により閉鎖されました
いままでのご利用、まことに有難うございます。
今まで投稿いただきましたコンテンツにつきましては規約通り処理させていただきました。
なお、本件についてのお問い合わせにつきましてはできかねますのでご了承ください。』

『ヌ?キヤク??キヤクって何?』

オレ(あるいはアタシ)の大切なカケガイのない分身をかえせーーーーーー

かえせーーーーーーー(木霊)

コドモをかえせーーーーーーーーー(意味不明。)

いま、それが現実となる可能性が高いサイトが思い当たります。

私たちは、サイトで(絵)日記を書き、それは未来永劫つづくサービスであると思っています。
しかし、契約に基づき、そのサイトが提供するサービスを利用しているだけなのです。
サービスがなくなれば、アクセスができなくなるばかりではなく、
そのサイトにてポストした大切な記事(電子情報)は、管理者に削除されてしまいます。

これが本当の日記ならば、情報は手元に残っていますので、
改めて他のサイトで再起をはかるのはとても大変ではありますが可能です。

企業としての良識をもつサイトならば、数ヶ月前に事前に告知をするとともに
もしかしたらデータ引き上げツールを提供してくれるかも知れませんが、
あてにはできません。

400万人もブログユーザがいるというのに
インフラとしてそのような環境が整っていないのは理由があります。
事前対策として現在のコンテンツの復旧を図るために
サイトにそのようなサービスの提供を申し入れても、おそらくは絶対に
提供はないでしょう。

その理由は、ナゼ多くのサイトが無償でブログサービスを提供しているかという
事実の中にあります。

殆どのブログサービスを提供するポータルサイトは、スポンサーから広告料を得て
運営されています。

そのため、
いかにして継続的に自分のサイトにアクセスしてもらうか
ということについて腐心してきました。

サイトにとっての優良なユーザとは
・毎日とにかくアクセスしてくれる人
・多くの人がアクセスしてくれるための魅力的なコンテンツを自分のサイトに提供してくれる人
なのでこれを逃す可能性のあるサービスは行いません。

ポータルサイトが提供してくれないため、
自分で対策をとる必要があります。
まず、心得として
・自分がポストするブログの
 内容(ポスト日時・ポストサイト・ポストカテゴリ・題名・内容・添付物)
・自分が他の人にポストしたコメント・トラックバック
のマスターデータは
サイトにあるのではなく、ローカル(自分のPCのハードディスク)で管理するのだと
【こころ】を切り替えてください。

あとは手順ですが
ワタシがやっている方法についてご紹介します。(方法はツールを運用するなど他の方法も
たくさんあるのであくまで参考です。)

自分のPCのどこかに【ブログマスターデータ】などと
管理用のフォルダを作成します。
データはすべてこの中で管理します。

まず、サイトにアクセスする前に、

これからポストする記事や付属するコンテンツ(画像・添付ファイルなど)
を作成します。
ワタシの場合は、日付のフォルダを作成しています。

それを投稿(ポスト)します。

もし、誤字や記事追加などで、アップした記事の修正・削除を図りたい場合は
マスターをまず修正し、そのあと、サイトにポストします。

この様な運用を図ることで、データ主体を自分の手元に置くことができるため
いつ自分のサイトが閉鎖しても、復活をすることができるようになります。

また、いつでも乗り換えができるように、サブのブログサイトを特定して
前もってマルチポストをしておくことも有効かもしれません
(本件は、弊害もありますので、熟慮のうえ行ってください。)

もっと細かいことを書きたいのですが、バスがついてしまったので本日はこれまで。

最後にひとこと。もし、オレはもっとCOOLな管理をしている
という方がいらっしゃったら、コメントかトラックバックをよろしくお願いいたします。

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ブログ=自慰行為??

ブログおよびそれに類する現象を、ブログまたは既存メディア内にて
マスターベーション(自慰行為)もしくは便所の落書きと称するひとがいるらしい。

そのこと自体は、あまり驚かなかったのだが

その意見にに過剰反応したり、ことさら反響が大きいという記事をみたりすると
関心がたかまる。

私自身の本件に関する考えは
ブログにどんな呼称やレッテルが貼られようとも
とくに気にする必要はないということだ
これまでどおり、この新しいメディアを『楽しんでほしい』ということのみである。

ブログは表現手法のひとつであり、新参ものではあるが
インターネットにつながるPCがあれば誰でも参加できるおそらくは強大な力をもつ
メディアである。

冒頭にのべたことをいう人の真意が図りかねるので
ちょっとだけ動機・原因を考えてみた。

まずは、分離差別説(これかなっていう気がするけどねぇ)

マスターベーションまたは便所などはそれだけ聞くと嫌悪感が発生する。
それはキタナイもの。恥ずかしいもの。取るに足らないもの
というイメージがつきまとう。
この語彙をブログと組ませることで、ブログではない何かと、ブログを差別して
おきたいという観念が、そのような表現をさせるのではないか?

しかし、よく考えてみると
あらゆる表現物は、心の叫び(排泄)
といえなくもない。

芸術家の作品はマスターベーション。
評論家の論説はマスターベーション。
新聞の社説はマスターベーション。
裁判官の判決文はマスターベーション。
哲学者の論文はマスターベーション。

人間は、自分の中に生まれた考え、発想を他人に託したいと強く思うものだ。
その一形態が表現物である。
そう考えるとありとあらゆる表現物がマスターベーションであるというのは
極論だろうか。となれば
『そのとおり、マスターベーションですが何か?』
と返せるのかもしれない。 

つぎに、価値消失説

とくに便所の落書きということについて

女性の方むけに、男の便所にどんな落書きがあるかをご披露しよう。
(読みたくない方は次の説まで飛んでください)

1.『嗚呼、xxりてー!!!』
2.『カネがほしい』
3.『xxxxxのYYYYはヤ○○ンだ。TEL→xxxxx-xxxxxxxxx』
4.『落書きするな←おまえが落書きするな←そういうおまえもやめろ』

あと、絵である。絵は………かんべん(割愛)させてください。…書けません。

ときにはピカリと光るコメントが書いていることもたまーにあるが
大体は上に挙げたようなもので、自分の一方的な欲望を書きなぐったものばかりだ。

よくわからないのが、
これとブログがどう結びつくのかということである。ホントーによくわからない。
敢て想像するに、ブログをやっている人は

幼稚で、稚拙で、傲慢で、一方的である
とでもいいたいのか?ナゼ?

社会的な弊害があり、犯罪性および悪影響が大きいのは上記の3番である。
YYYYが架空の人物であれば問題ない。
(いや、根本的な問題はあるのだが。掃除のおばちゃんごめんなさい!!)

便所の落書きがインターネット化したことによって、全世界の人はその落書きを
閲覧できるという弊害はあるもののこれは表現する側に問題があるのであって
ブログそのものに問題はないのではないか?

それから、既得権回帰説

一億総評論家時代とよくいわれる。

だれも望めばある程度同等な情報を手に入れることができるようになった。

これはやはりインターネットの力によるところが大きい。

情報が同じならば(表現の差異はあるにせよ)結論も似通ってくる。
つまり、差別化は難しいというより、できない。

いままで特に発信者としての地位を誇示してきたのはマスコミである。

しかし、これからはそうはいかない。

だれもが
古館さん
古館さんの隣にいる解説員
古館さんの隣にいるアンカーウーマン

になれる。それどころか
彼らにしゃべらせるコメントのスクリプタ
スクリプト(原稿)を決済するディレクタ
までできるんだから。

そんなわけでマスコミは警戒と畏怖をもっているのではないかな。
…どうかな。

いろいろ考えてはみたけれど
どれをとってもいまひとつパチッとこない。想像の域をでない。

結論。気にするな。楽しめ。

えっ、ワタシが一番拘(こだわ)っているって?そうかも(泣)。

ところで、ここまで書いて気づいたんだけど、今回の記事はエロ(シモネタ)

過ぎることがわかった。しかし、後には引けない。今後気をつけます。

ゴメンナサイ!!!(ケツメイシ)

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ブログの本質

なに(何人)からも束縛されないメディアとして登場したブログ(一部のぞく)

は活況を呈しているといっていいだろう

自分の書きたいモノ(公共のルールに則することを自明として)
をナンでも公表できるメディアは、20世紀には現れなかったシロモノである

他人から検閲もなし
経済的な介入もなし
空想だろうが独善な持論だろうがとにかく世の中に放出できるわけだから、
表現の自由度からいってコンナモノいままでなかった。

シロートだろうがクロートだろうが
面白かろうとなかろうと
兎に角、描きたいこと、思っていること、報告したいこと

なんっでもオッケー。なんだから。

わたしがブログをはじめ(ハマっ)たのは

もちろん物理的に自分の思っていることを表現できる媒体・機会がなかったことが

大きいけれどたとえば

会話として誰かと話すことはあっても

なんとなくうわべだけの会話となってしまい、深いところ、または高いところ、または
ニッチなところまでは普通の会話では到達できないところが大きい(相手にワルいし。)
かなあと、会話は、音声のため消失してしまうは、発した本人がわすれてしまうは

記録としての堅牢性ゼロだからねつまり

……そんなわけで…、いまはブログに夢中です。

『ゴメンナサイ!!!』(ケツメイシ)

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フライトプラン

西船珈琲研究所

BLTサンド(au写真)がとてもうまい。もちろん珈琲(#107がおススメ)も。

01270003 01270005

しかし、難点としては
客の捌きが悪く、
夕食時にいくと30分程度またされる。

私がまっている間も、約50-100人の来客が

満室で踵を返していた。(売り上げ喪失ですぜ~)

繁忙時間の客捌きというか回転率を上げてもらいたい(人気の為なのでムリか…)

根をはった客は、収穫が難しい。

これでHOTSPOTがあればなァ。(オレまで根をはってどうする。)

…………………………………………………………………………

フライトプラン(ネタバレなしですが、先入観なしに映たいひとは、鑑賞後にどうぞ。)

Jodieは世界を代表する

孤高かつ至高の演技派女優である。

それがはっきり(再認識)した。

この映画ではホントーニモー遺憾なく発揮されていた。

『ちょっとヤリすぎかなー』と思う場面もあったりするのだが
喜怒哀楽・狂疑安寂をこれほど表現できる女性はいないのではないかと
思わせる様は

まさに、演技のデパート!!!やー(彦摩呂

ポップコーン(キャラメル味)をほうばりながら
口中で舌をまいた。

(一次評価:85点/みんなにも映てほしい。)

話は空港ものというよりは、ダイハード要素が入った密室サスペンス&アクション。

製作者の言いたいことは
ラスト近くで、ある男がセリフるから、見つけてほしい。
日本の社会にも相通ずる懸念が表現されている。

(ここからは、これからみるひとはみないで。みないで。)

私が思うに
『オレも見たよ。』
『あたしも確かに見たわ。』
と発言する乗客がいたら、成立しない事件である。
これを、いいたかったのではないかな。

…どうかな。

エンドロールのCGも秀逸だと思う。
なぜ、オープニングに使わなかったのか
疑問に残る。

あっそうか!わかった!!

ほななあ。

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映画の楽しみ方

よく映画を見に行く。

最近は封切りから約半年で、DVDレンタル店にならんでしまうが

やはり映画ならではの魅力は捨てがたい。

130円(電車)で映画街にいけるので気楽にいっている(自慢。)

本節は、あの映画がどうたらこうたらという講釈ではなく、

映画の私なりの楽しみ方について

映画とはその殆どが、

人間そのもの(女と男)とその社会を表現したもの

だが、限りある時間(撮影・編集工期と放映時の客の拘束時間)に

よって表現しなければならないから、監督にとっては

どう表現するかより、

何を残して(描いて)、何を捨てる(観客の脳・心・etcに任せる)

かが最大の課題となる。

何を描くかは、監督を志したときにもう決まっているので然したる問題ではない。

よって映画の受け手(観客)は、表現者がどこまでを観客にゆだねたのか

を慮るのは、その映画をまとめた人を理解する上でとても有効だ。

その境目を、映画をみていくなかで見つけられれば、

鑑賞中にそれを確認できるから、とても面白く映画をみることができる。

映画に限ったことではないが

実は表現物に委ねられたテーゼは簡便でそんなに種類もない。

『他人を理解し、愛し、助け合うことは意義がある』

とか

『戦いは、実のところ虚しい』

にいきつく。

したがって何を表現しているかは受けての力量によって異なるので

あまり議論になりにくいし、
論じ合うメンバーで結論を導くのは殆ど不可能といっていいだろう。

よって、映画の内容や主旨をつきつめていくよりは、

映画を作った監督や製作者の 人となり を理解するほうが

実は、その映画を理解しやすい。

たとえば、<私ならここは描かない。>または
<私ならここはこう描く>など空想することで

表現をする人と自分の違いを確認できる。

あるいは

映画のエピソードや本編のその後を空想し、自分だけの映画を空想することにより、

自分の表現能力を鍛えることができる。

映画を映ていて私が心中で吼える瞬間は

『そうきたか!!』

である。この感動が強い映画ほど、永く私の心中に居座り続ける。

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まじなるど

会社勤めをしている人に限らず、自分が挑戦してみたい仕事にありつける人は

本当に幸運だ。

かつて私もそのひとりだった。

ソフトウェア開発者を志し、入社当時から自分の望む部署に配属され
一応の業績は収めた。

いまは、故あってヘルプデスクをやっている。

仕事が変わってからは本当に悩み、友人に相談したときの出来事

その友人がいったことばは

あのねぇ、XXX(私の名前)、会社に入ってから
いっこもやってみたいと思った仕事おれはやってないんだけど。
給料取りやってる奴で自分の希望する仕事を
まかされる奴なんて、1000人に一人くらいじゃないの。

えっ、そうなの

贅沢いってるんじゃないの?

じゃあ、おまえはどうやってその不満を克服したんだ

家庭をつくったね。メシを食わせていかにゃならん立場になれば
いまのおまえの悩みなど瑣末なことですよ

うーん。そうか。

おまえもはやく所帯もてよ。

半信半疑な私は、ほかの人にも相談を持ちかけたのだが
そこでさらなる衝撃を受けることになる。

友人の細君をやっている人とのやりとり(酒席)

私:…ということで悩んでいるんだけど

彼女:あのねぇ、xxxxくん(私の名前)ここだけの話にしといてね。

私:なんだよあらたまって

彼女:貴方は男の仕事をの話をしているようだけど、
   女のなかで、ホントーに好きなヒトと、つきあったり、結婚したりする人って
   どのくらいいるかわかる?

私:いや、しらん。

彼女:10000人のうち数人くらいじゃないかな

私も人に聞いていいことと悪いことがあるのはわかるので
脳裏に浮かんだ質問は飲み込み会話を続けた。

私:それは男もそうかもね。

彼女:それはおかしいわね。女がそういう状態だから、逆に男は本当にすきな
   ヒトといっしょになっていると思いたいなぁ
   そうでないと女がやるせなくなるでしょ。

私:愛情はどうなる?

彼女:あはは。愛情?愛情っていったいなんなのかしら?
   女はやっぱり選ばれたと思いたいわけですよ
   その誇りを愛情に転化して、その人と暮らしていくのよ。
   知らなかった?

衝撃の発言に対して、私は『マジですか!?』と発するところを
間違って

『まじなるど?』

といった。すると彼女は事も無げに、こう返した。

『うん。 まじなるど。』

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ラーメン屋のおやじと私

私は、牛丼もすきだが
実は、『ラーメン』もすきである。うまいし。

1000円に届かない額で
これだけ食として楽しめるモノは少ないだろう

ラーメンを黙々と作り続けるおやじさんの前で
私も負けじと(意味不明)
一心不乱にラーメンを啜り続け、一通り堪能したあと、
いつも考えるのは

このカウンターでわかつ2人の男の
どちらが価値のある人生を送っているかということである。

おやじさんは
たったいまラーメンを食べる楽しみを確かに供してくれた。
後ろのボックスをそっとみると、子供が不器用にもラーメンを口に運んでいる。
ほとんどの客が楽しそうだ。

開店から閉店まで何杯のラーメンをつくるのだろうか
そのうちお客さんが感動した数は?
そのうち私ほど、このラーメンに感動した数は?

すくなくとも、その数×客の感動量が、
おやじさんが今日一日に、ラーメンによって生み出した感動の量となる。
その同じ時間で
私が他人(特に顧客)に対して、渡せた感動の量は?

比べるべくもない。

…もし、天国への搭乗整理券があるとしたら、

おやじさんと私の番号の差はどれほどになろうか?

或は、いざ、<その時>になっておやじさんは
天国の門番に、こういわれるにちがいない。

『何しにきた。すぐに戻れ!!
 君のつくるラーメンを待っている人々がいる。』

本節の終わりは、私から読者のみなさんに次のことばをお贈りして締めくくりたい。

『勝ち』のある人生ではなく、『価値』のある人生を!!

…我ながら、<うまい>ことをいう。

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ジャーナリストの罹る病

旧勢力の勝利におわった感のある逮捕劇だが

巷の反応は、

旧い理(ことわり)が守られたことにほっとする人と

ドンキホーテのように新しい畑(市場)を突き進んだヒーローが挫折したことを
残念がる人

半々のようである。

おまえはどっちなんだと問われたら、
私は後半の組である。
今をもっても、彼を憎む気持ちがまったくない。
市場を励起させる方法として、法律ぎりぎりの際をあやまったのだ。

これからの取調べにより、いろいろな事実がでてくることを待ちたい。

なんらかの対抗勢力のフィクサーの逆鱗に触れたことはまちがいないが、
何とか再起をしてほしい。あの稀有な性格・才覚はこのまま終わらすのはもったいない。
…もったいない。(2回目)

tvでは、淡々と通常の番組を行った8ちゃんの姿勢が際立った夜だった。

今回は、ジャーナルコンプレックスの話

8ちゃんを除くとくに10ちゃんが

夜から深夜にかけて逮捕特集を編成したが

すぐに情報が枯渇し、豪華版DVDのおまけについてくるような
内容を繰り返し流し始めたので、ドラマ(西遊記)に切り替えた。

ジャーナルを仕事にしている人は
その仕事の特有性によりある病気にかかり、
ヒステリックな表現(報道)をしてしまうことがある。

これはなぜか

報道の物書きを生業として選択した人は

はじめはまったくそのようなことはないのだが
時間(3-5年)がたつにつれ、ある慢性の病気に須く罹る。
報道は、報道する価値の対象を探し、表現し、伝えるのが仕事である。
報道対象は、善し悪しどちらにつけ、世の中の主人公となる。
ジャーナリストは、仕事の完遂のため
誰よりも早く密接に情報対象にアクセスし、
得た情報を編集・脚色できる特権を行使できるが、
決して 自身として主人公になることはない。
そこで、報道対象と関係が深まるにつれ、常に仕事の中で主人公となれないストレスと
メシの種となる対象(主人公)からの謂れのない拒絶により、『妬み』となり、

ついつい、攻撃してしまうのである。
彼らを許してやってほしい。彼らも、苦しいのだ。
寛容な心で、許して、やってほしい。
(2回目。)

マスコミ対策として、企業が行える有効な手段としては
合併などの組織的で実質的な支配(剛管理)
よりは
広告料などの支払いによる経済的で間接的な制御(柔管理:つまりいままでのやり方)
のほうが有効なこともわかった。

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自由主義と日本主義

20世紀中から、今世紀にいたるまで
日本は海外からさまざまな概念を受け入れ、自分たちの
固有の文化・機構に組み入れてきた。

時に昨今、産業構造の大幅な見直しを強いられたことは
今世紀の日本がどうなるのかを考える上で興味深い。

・国際会計基準
特に、退職金の準備金に関する会計措置
若い人には信じがたいことだが、かつて企業は福利厚生の一環として
差別化のため(良い人材を手に入れるために)
いくら退職金を支払うか、固定ヶ月で規定していた。
国際会計基準が履行されるまでは、会計の(  )として組み込んで
一般会計で計上することはなかったのだが、国際会計基準を取り入れるため
準備金として計上しなければならず
平均年齢の高い企業は、財務を直撃した。
そこで退職金を一時金ではなく、準備として経常の必要がない資産運用型(株など)に切り替え
るとともに、退職金のレベルについても、現在の自己の業績に連動したものとし、
高止まりしていた支払額も結果的に圧縮した。
(これは、海外では一般的運用なのだが)

年功序列・終身雇用のひとつの象徴として経営者が行っていた退職一時金は
運用において刷新された。

(なぜこうしなければならないかも、企業の国際化が絡むが、省略する)

・個人主義(競争主義)
2000年にわたり延々と培われてきた『結い』の文化も、を消失しつつある。
見えない糸でしっかりと結われていたのは、
縦糸:先人と新人(経験の伝承の喪失・師弟関係の消失)
横糸:企業における各機能の先鋭化・専門化がもたらす『隣のヒトは何するヒトぞ』状態

弊害としては
自分(と一部のまわり)だけよければオッケー。リタイアしたあとのこと知らん。
となり、本来企業として培われるべき、教育・躾・共有価値の継承は行われなくなった。
職場の中においても競争して勝つ(狭い見識のなかでの良い評価)が最重要視され、
世界や、国といったグローバルな見地での、理念・哲学をもつことがなくなった。

・世界分業化
農業・漁業・放牧業の強化・近代化を怠り、ついに食料自給率が()%をきると
石油につづき2本目の命綱をつくってしまった。
石油は産業を棄てればなんとかなるが
『食料』は人間が生きていくために不可欠なものだ。

また、資源のないわが国では輸出するものとしていわゆる『製造業』が産業を支えてきたが、
この業種もコストを下げやすい(ライン:材料調達+組み立て)については
一部の製品を除き、積極的に海外に移管し、コストダウンを果たしてきたが、そのため、
国内地方に築いていた拠点は、不必要となり、大量の失業者(仕事がない)を作っている。
なお、地方の惨状は国内旅行をすればよくわかる。

日本はそれでも、正社員の指名解雇は容易ではないため、
他の方法で対策中。(内容は伏せる)

・従業員の非社員化
(省略⇒後述)

日本は独立国のため
外圧によってそれを選択したというよりは
リーダーたる為政者の意思のある選択だと思いたいが、

古来より日本を支えてきた主義の中にも、大切に残すべきものはあると私は強く考える。

なにもかも西洋化すればいいとは思えない。
とにもかくにも、明るい未来予想図に築きにくい世の中になってしまったが
悲観していても埒が明かないので、何か打開策はないものかと
けっこう真剣に模索&思案中なのだ。

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落着のことば

TVをみていて、椅子から転げた。

キャスター『(竹中さんが堀江さんに)自民党の資産運用に貢献してほしいと…株式分割か何かで。』
甘利 明『ええ。まぁ…(笑)派閥でかなり分割していますからね。』

小池 晃『(真剣に)堀江さんを生み出したのが自民党政治だった。規制緩和の成果・改革の旗手として…』

ナマでこういう切り替えしができるのはさすがとしか言いようがない。

…人が死んだ2つの事件についての議論をしていた。

雪は、まだ融けない。

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約束を守らない国

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本日は、珍しく雪が降りました。


私は<牛丼>が好きである。

安くて・早くて・うまい

あの、一日だけ開店したときの認定証はまだ大切に保管している。

BSE対策輸入協定から逸脱した肉がはいってきた。
今回も、優秀で確実な検疫部門の仕事により、我々の安全が守られた。
関係各所にまずは御礼申し上げます。
あなた方のおかげで、安全な輸入食材を手に入れることができます。
ありがとうございます。

それにしても…

かの国は、自分たちの我を通すことしか頭にないらしい。
今回はさすがに政府も毅然とした姿勢を今のところ示している。
是非、今の姿勢を崩すことなくかの国の態度を正してほしい。

心配なのはこれが自由貿易に影響しないかということだ
「お前らが牛肉買わヘンのなら、おら達はクルマかわねぇ」(何故か訛り亭)
というようなヘンな圧力がありそうでこまる。

牛肉が手に入らないものだから
様々なベンダが工夫を凝らしている。
最近驚いたのが、
焼肉チェーン店の『カルビ』亭が、『ハラミ』亭になっていたことだ
…ゆゆしきことだ。

雪が、強くなっている。
明日もクルマを使わないほうがいいだろう。

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リバイアサンを倒す日はくるのか

株が大流行だ
ケータイでデートレードがトレンドな人らしい。

確かに 座して 儲かる

というのは魅力的ではある。

流行る要因としては
ネガティブ(パッシブ)な要因としては

会社にいて齷齪働いても、
今後 経営者はおいそれと従業員のお給金を一律には上げない。
がある。

なぜか

経営者は
20世紀に生まれたリバイアサン(怪物)⇒経営パラドックス
と対峙しているからである。

どういうことかというと

社員ががんばる

給料を上げる

会社が供給しているサービスのコストが上がる

コスト競争力が、競争相手と比べて弱まる

サービスが顧客に選ばれなくなる

会社が傾く

歴史のある企業はこの怪物と営々と戦ってきた。

そしてあるものは真正面から立ち向かい
敗れ去り

あるものは
この命題に取り組むことをやめ
ここにはあまり書きたくない邪な方法で
生き延びている。

この怪物を倒す根本的な方法を、なんと21世紀に入っても
誰もまだ編み出していないのである。

…という事実がある。

景気が回復基調にあるなかで
経団連 奥田サンが ことあるごとに釘をさすように

「賃上げは、個別かつ慎重に行う」

というのはこういうことなのだ

また、積極的な理由としては以下のようなことが考えられる

先進国と呼ばれるカテゴリに何とかお仲間いりさせてもらっている
わが国は、ほかの国との特異な部分が多いが経済でいえば

・税金の取り方
・国と一般家庭の財務状態
・あらゆる面での高コスト・高品質体質

が特に際だつ

国の借金が(知りたい方はコチラ)円もある
途方もない金額である。

だが、途方もないものは他にもある
国民の預金だ
政府(官僚)はこのおかねに目をつけている。
この金をよく言えば活用したいのである。

そこで国策として
銀行預金補償額にリミットをかけるともに
さまざまな金融商品とインフラ(土壌)をつくりだした。

国民のもつ箪笥預金(死に金とよばれる)を活用し
家計の財務について
預金貯蓄から有価証券運用に変えることで
この莫大なお金を、産業復興の元手としたいのである。

思惑どおりに進んでいているように思える株が
怪物を倒すだけの力を持つようになるかはこれからだが
株をやってみたいという方は次のことにも留意してほしい

冒頭で私は

座して 儲かる

といったがこれは実は謳い文句である。
申し訳ないが『株』はそんな錬金術ではない。

・株の売買の判断のための情報収集
・自分が集めた大量の情報の分析と迅速な判断
・決済にはもちろん追加コスト(手数料)がかかる
・決済までのハラハラドキドキといった心理的重圧ストレス

など見えないコストが相当量かかることをお忘れなく。

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行動は心根からくる

前置き
最近時事ネタがつづいて読者には申し訳ない。
ネタが尽きないので、かける時に書いてしまおうと思っています。
時事ネタが嫌いな方は、読み飛ばしてください。
前置きおわり

取引件数の予想外の増大にシステムが追いつかずに
取引全面停止措置となってしまったときの東証の担当者のコメント
についてひとこと…

「このたび市場関係者に多大なごめいわくを…(中略)
そのことについて
livedoorの役員の方は責任を感じてもらいたい。」

とのこと。
(おいおいちょっちまてよ)と、思った。

マザーズにおきたことをデパートでおきたこと
とするとこうなる

【ある階にある商品があまりにも大人気で
デパートの陳列棚に客が殺到した。
デパートは、客を捌ききれず、あろうことか
まだ商品を品定めしている最中の客を含め、
すべての客を建屋から締め出し、
店を閉めてしまった。】

デパートは客に商品を提供をするのが仕事であるから
なんとしても営業を続けることで
社会との責任を全うできる。

新潟で天候のために、大停電がおきたとき、
ある大手のコンビニが暗闇のなかろうそくの火で
寒さにこごえながら、営業を続けたニュースをみて
感動をしたことを思い出した。

両者の企業としての振る舞いは雲泥の差があるが
冒頭にある代表者のコメントを聞いて

行動(言動)は心根からくる

ことを改めて再認識できた出来事だった。

他責発言は、ある受け手には効くかもしれない。
しかし、本質を捉えている人には逆効果となることもある。

執筆している間にこんなことも思い出した

小学生のころ私はサラリーマンの息子だったので
近所の駄菓子屋が土日も店を開けていたので
不思議に思い、こう聞いたのだ
「おばちゃん、休まないの?」
おばちゃんは終始笑顔で答えたが、その内容は殆ど忘れている。

しかし、結びの言葉だけはわずかに覚えていた。

「…それに、みんなくるからねぇ」

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新しい世界を認識したもの

新しい世界を認識したものにとっては

その世界に挑むことしたにせよ

今までの概念に敢えて踏みとどまることにしたにせよ

多少の勇気と自己の行動を解釈をするための自分なりの尺度がいる。

自分を取り巻く環境の流転が早い昨今はそのことを強く感じる。

踏みとどまるから悪、または去るから悪ということはできないと思う。

この国は、超成熟経済国家となったマスコミがいうけれど

国家も経済もそれを構成する人間ひとりひとりも

潰えるまで成長することが正常な状態と思う。

『成熟』なんて言葉

自分が自分を表現するためにつかう言葉ではない。

自分以外から受け取る可能性がある言葉だと思う。

この世に起きる不可思議な事柄を説明するための理由づけとして

なんらかのキーワードで納得するなどということは

少なくても、私には

できない。

企業の起こすさまざま事案に共通する事項として

私が共通の話題として考えるのは『法律の際(きわ)』ということだ。

そこまでギリギリを狙わないと、勝てないということなのか

また、勝つということは具体的にどういう状態と認識しているのか

…想像が膨らむ。

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ライブドア強制捜査について

私のブログを運営している会社に大規模なGメンが入った。

ニュース配信映像を見る限り、
査察部隊はなにやらものすごくヤル気満々だ。
古い勢力の影を感じる。


利があつまるところに赴いたり関わりをもつものは
その世界の負の部分にも十分に考慮・対策・反応をする責任がある。
この捜査に関係する被害者たちが誰なのか現時点では見えない。
対応トリガーもよくわからん。
損をしたものがいるから捕まえるということなのか

かつて政府はなけなしの老後のたくわえを毟り取られた人たちを
特別救済しなかった。
翻って直近の出来事では、
違法マンションとは知らずに買った人を税金で援助するという。
前者は詐欺であり、後者は建築法違反である。

商行為「あきない」
とは残念ながらこういうことがおきる
損をした=被害者⇒捜査というスキームを社会的に確立したいならば
まずそのことを政府見解として

代表者がコメントしてほしいものだ。

私見ながら、損の代償は、購買(決済)をした側にも責任はあるのだ。
オトナの言動として、
『知らなかった。考えもしなかった。』はもう止めよう。

ブログ利用者としては、現在のサービスの維持を願うばかりだ。

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千葉オートサロンにいってきました。

年中行事として欠かせないオートサロン巡礼を実施。
特に鮮やかなTopicはないが、
晴海のころと比べると
家族づれなど増え、一般化してきたように感じる。
人は多かった。
前世紀のASは、
必ずといっていいほど会場内に孤高の
スーパーウェポンが光臨していたが
それはなく
現在は、ミニバンのドレスアップカーが会場を席捲している。
大手メーカの大規模な参画により、
マニアックさもやや薄れている。
Defiのブースでドレスアップ目的で追加メータを物色。
ブーストの次は油圧計と決定した。
丁寧な対応ありがとうございました。
練り歩くと、
SUBARUブースでアンケートすると、オリジナルクリスタルキーホールダー
もらえるというので並んだら…
遅々として行列が進まない。
理由は、自分の番になって合点がいった。
PCから14答(画面)するのだけど
キーボード+マウスで答えていくので
一人平均10ぷん程度かかるのです。
スバルsan....(-_-;)
感想にこってりと長文回答し、
キーホールダーをGet(写真)なかなか良い。
<バッテリーあがり>
私の住む場所は、
例年になく寒いせいか、ついに鰤がきーをひねってもうんともすんともいわなくなった。
サービスをかけ、始動してもらいそのあとAutoWaveへ直行した。

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本日は、ワリと暇なり。

私の現在の職場は派遣常駐型ヘルプデスク。
普段は間断なく仕事が舞い込むのでブロぐことなどムリですが、
今日は、派遣サイト至ってトラブルなく平穏である。
こんなときの時の費やし方として
また
徒然草的な発奮材料として
・感情・事案記録
・できれば他の業種の方とのふれあい。(派遣ヘルプデスクは基本的に孤独なのです。)
などを目的として
楽しく利用していきます。

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