« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »

2006年2月

「炎」は消えない

トリノが閉幕した。

選手・スタッフのみなさんお疲れ様でした
まずはゆっくり休んでください

【電車】を降りるひと、まだ乗っていく人と別れるでしょう
どちらも栄光ある決断と思います。
どちらを選択するにせよ
胸をはって次のステップへ向かっていってください。

純粋に競技することがなんと美しいことなのか
それができることがなんと巣晴らしいことなのか
思い知らされた大会でした…

Photo

「4年に1度しかチャンスがない。」
ひとことで【過酷】と断ずるにはいかない『ときの永さ』
このスパンをどうみるかは本当に難問なのですが
今は、皆さんの誇らしい笑顔をみて、自分を納得させています

いろいろ課題がでたオリンピックとなりました
報道(特に民間放送)のあり方も大きく変わると思います
アマチュアスポーツを国としてどうするか
さらに変革をする必要も強く感じました

次回はますます本来の姿を取り戻せたらと思います。
『世界の平和を前提にした
スポーツを純粋にひたむきに追いかける競技者たち
それを応援することに集中できるよりシンプルな大会』
となることを強く希望します。

また、4年後。
わたしもそして読者の皆さんも4つ年齢が増えます
そのときは、私たちはどんな人間になっているのでしょうか?
そして、何をしているのでしょう?
そのとき私は、このブログを省みて
充実した人生を歩んでいることを実感したいと思います

閉会式に参加した選手の晴れやかな顔や瞳をみていると
とてもさわやかさを感じます
その感慨を分けてもらっているみたいで
見ている私たちまで清々しい気持ちになります。

自分のココロに醜い感情が生まれたときには、
貴方たちが笑いながら涙を流した顔を思い出しましょう。
…いろいろつまらない感情を消し去ることができそうです。

日本人は熱しやすく、さめやすいという国民性はどうしようもないかも
しれません。
次は、ワールドカップだとばかり大会を省みなくなるかもしれません。
しかし私は皆さんの勇姿を忘れないでいます。

オリンピックの聖火は、
それをみる世界中のヒトの心に移され灯されました。
そうして、4年後それらの全てを結集し、
新たなる大きな炎が巻き起こると感じさせる閉会式でした。

それでは、また、4年後に。
「世界は、【まだ】素晴らしい」(またしても、感涙。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

CMが先かTBが先か

ブログの機能のなかで非常にイイと思われるのは
トラックバック(以下TB)というやつだ

TBを利用していない読者はいないと思われるので
説明は省くけれど

最初は筆者もコメント(以下CM)となにが違うのかわからず、
どの様に活用するべきものなのかわからなかった。

いまはひととおり使い方がわかりその効能を理解している
よく考えられている有効な機能だとおもう。

本節は、CMの違いを述べ、さらに関連する気づいたことを述べる
したがってTBについてはイイという方は、
他へどうぞ。

CMとTBを最初にみたとき、CMは非常に判りやすい機能だった。
ブロガの書いたものへの感想や評価を寄稿したいと思ったら、
この機能を使えば、自分の述べた意見がそのブログの本文のした
についていく。たまにそれに返信があると「うれしく」なる。

希望としては、記事全体が長いといったいどの文やことばへの
CMなのか読者が探さなくてはならないので、本文下部ではなく、
本文中にリンク+ポップアップできるとベストだ。

しかし、それと比べるとTBはどのように使えばいいか
よくわからなかったのです。

CMをつかっていてオヤと思ったのは、CMは成りすましができるね
ということだ。
成りすましとは、「みずすまし」の亜種ではない(笑
あたかも自分ではないブロガに【偽装】してアクセスすることである。
詳細はさけるが、これをヤラレルと本当に萎える。

なぜこんなことをするのか理解に苦しむ。サミシイのかな。
成りすましにより記事のCMが紛糾し、CMを廃止した人気サイトがあることを
私は知っている。本当にやめていただきたいものだ。

これに対する対策はE-mail連絡による文章(符丁)の認証となるが
メンドウだし、ソコマデやるというのま何か、何かこうひっかかる

さて、TBである。
実は、TBは「成りすまし」はできない。
なぜなら、ブログサイトのID・パスワードを知らない限り、
相手の記事にTBをかけることができないからだ。

それで私は、自分が何かを主張したとき、それに類するものを
見つけたときは、コメントの替わりにTBをかけることが多い。
TBを利用し、「確かにアナタの記事みましたよ」と表明するのだ。
tbはcmとくらべるとそれにかかる時間が少ないのでベンリだけど
その代わり、その記事ならではの内容とはならず、不満がのこる

現時点での本件の抜本的な解決策は、
自分のブログを会員制として、認証のキーを与えることではあるが
そうなると門戸がせまくなり、あんたっちゃぶるとなって良くない。

また、暫定策としては、
CMのリンクとして、自分のサイトの「固定リンク」をつければ
間接的に自分であるといえるのではないだろうか?

いずれにせよ
CMとTBのイイトコどりをしたサービスを期待するものである。

あと、最近わかったこととして「裏TB」の存在に気がついた
「裏TB」とは朱色会の造語で
本来の機能であるTB、CMを駆使するのではなく、
自分の記事本文に、好きなブロガのいいたかったこと・文句・いいまわし
を入れることで同意・賛同を表明するモノだ。

これを懇意のブロガの記事に発見したりすると
一日が「ウキウキ」とした気分になり、足取りが軽くなるのである。
日本人らしい『以心伝心』というか【奥ゆかしさ】を感じる
技と表現であることは間違いない。

流行るとイイナ。
おっと、バスが丁度ついたので、今日はこのヘンで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

県庁の星

「カイカクするのはココロです」
というコピーにツられていつものとおりふらりと入館。
「カイカク」も「ココロ」も大変に関心があるゾ。と。

…いまは、映画館の帰り道のいつもの喫茶店。
ここはチェーン店ながら、ICとチーズケーキがうめー
+楽園ケーキ(いちじく)を注文し、感動を反芻中…

【注意書き】
あまり、ネタバラとか関係なく思ったことを
書きなぐってしまうので、
予定の方は当ブログは映たあとにした方が無難です。
 とか断ったところでGo!!
【注意書きおわり】

映画監督というものは
いいたいことや表現したいことを、
宝箱のようにどこかにかくしておく奥ゆかしいヒトと
滝のように直球勝負でドシバシ最初っからおわりまで
投げてくるヒトと
2タイプあるが、本編は
まちがいなく後者。

…イヤ。表現がヨワいな。
スクリーンから観客にむかってマシンガンで
無差別に【感動という弾丸】をうちまくるタイプだ。
『オラオラオラ~』

「もう、カンベンしてくれ!! オナカ(こころ)いっぱい」
といってもあとからあとから表現主張と感動を波状攻撃的に
かけてくるので注意が必要だ。(何の注意だ?)

しかし、いっていることは一貫しており、
たいへんにわかりやすい。
わかりやす過ぎるシーンもありちょいそこは残念。
(カニと寿司満載の篠崎建設社長宅の夕飯とか)
議会の独演もちょっと唐突(あれは前フリが必要)

本編主人公の体験や
ヒロインの体験
またはその他共演者の体験は
社会にでたヒトならばどこかで
経験したモノで、『あるある』と共感できるところが満載されており、
みていて非常に親しみぶかい。
映画監督なんて【社会】にでていないはずなのに、
よくここまで表現できるものだと感心した。

わたしはヘルプデスク(前記事参照のこと)が仕事なので
織田君と同じだ。まぁ「ブガイシャ」というアツカイを受けることも
多々あるので非常に共感できた。
職場や職を変え(られ)たヒトがもつ立場というものを
よく捉えている。

また、改革は部外者からもたらされるというのもワカル。

この映画を彷彿するのは 僕の大好きないまは亡き監督の
「スーパーの女」だ
アレもスーパーものだが、本編はもう少し視点が大きい。

公務員は、自分とことなる人種を「ミンカン」と呼び
他方は、その逆に「オヤクショ」と呼ぶ。
まるでその間には、解りあえない見えない壁があるかのように。
しかし、自分の足元を支えている手の生えている先は
ダレでしたっけ

…というなればソンナ映画である。

この映画にも勿論宝石のようなセリフが数多くある。

「アナタの昇進にはまったく興味がないわ。ワタシはただ
 貴方の喜ぶ顔が見たかったの」
「オレ…。この窓からナニをみていたんだろナ」
「イイね。ソレ」
「僕を頼ってくれるヒトが、だれもいなくなってしまった」
「()←ココ。…それを、パートの娘が教えてくれました」

この映画は、非常に、いや異常にリアリティがある。

普通の映画だと、Aプランに覆りハッピーエンドとなるのだが
やはり、ゲンジツは「Bのまま」となる。これは偽わざる事実の描写だろう
しかし、監督や製作者の願いは、最後の最後に
本編を通じてでてくるエスプレッソメーカに表されている。
何事も、できるところから地道にちょっとずつというところであろうか

「イイ映画を見た。」と観客に思わせるだけでは終わらせないぞ
カイカクは「想い」やノウガキだけでは屁のツッパリにもならない。
カイカクは「行動」して始めて転がっていく。というトコロかな。
『星になりたければ具体的に【動き】なさい』
『【誰のための星】になるか考えなさい』
…どうかな?

キャスティングもバッチリだ。
主人公役は、織田君しかできん。
それにしても外観変わんないねカレ。(でもちょっと痩せたかな)

あと、厨房のニィちゃん役の人(名前わからんゴメン)
いいアジだしてます。
テンチョーもサイコー。あの笑い瞼に焼き付いて困る(笑

いろいろ述べたいこと尽きないけれど最後にやはりヒロインについて

どこにでも(読者のナカにもいるんじゃないか?)こんな境遇の
女性はいるのではないか
それを自然に好演しているコウ。

やはり舌を巻くのは彼女の瞳の演技だ
20世紀に構築・完成した女優の演技技術を根底から覆す
ある意味異端な才能なのだが
これがマタ如何なく発揮されている

目線から見えないセリフを発する女
(心情を表現できるなんて才能)は
多くの日本女優のなかでも稀有なものだと思う。
海外だと何人かいるんだけど。

どこで「ケンチョー」さんという呼び名が変わるか
チェキしていたのだが…

いやーヨかった。そうそう、いつもの採点はナント

評価:99点。(多分、ブロガ連中でも最高点なのでは?)
映画がおわってキャラメルポップコーンが半分も残っていた
…手と口が止まってしまっていたのだ。

それにしても石坂サン 悪代官ぶりイタについてきた。
最近老獪な悪役おおいなー
でも青い原色スーツはリアリティないぞー(笑
どういうつもりなんだろう
これは未だになぞなのだ。ナンの象徴かな。

| | コメント (6) | トラックバック (23)

プライド「1。」

久々にブログタイトルがキまってから筆を進めている…

今はアサ。
心なしか歩くヒトの目の輝きが元気だ。

筆者そして殆どの国民が待ち望んでいた朗報を聞いたか、
TVその他で直接その姿をみたのだ。おそらくそのせいと思う。

「1。」

その栄光は8年余におよぶ彼女の努力と、
失わなかった強靭なる心によってもたらされた。

20060224_260_450_1

そしてそれはわが国における(現時点において)
トリノ大会「初」そして【唯一】のメダリスト
日本フィギュアスケート会初のオリンピック金メダルホルダ として
さらに意味のあるものとなっている。

どんなにか想像を絶する激しいプレッシャーであったことか…

さまざまな情報により、知りえたことだが
けっして彼女は順調なスケート人生を歩んではいない。
さまざまな苦難を乗り越えて、彼女はプライドを取り戻した。
大きな栄光となると思う。

「本当におめでとう。」

…かくして彼女は、
この大会の日本の「プライド・ワン」(栄光の象徴)となった。

いまは、休むまもなくマスコミの「おめでとう取材攻勢」に
さらされていることと思う。
それは帰ってからもしばらくは続くのだが

そのあとは、次のスケート人生をどうするかゆっくり決めてほしい。
報道によると『自由に踊る』 ため、プロ転向するという。
それもまたよし。

そして…
彼女と同じくして精一杯のパフォーマンスを大会で示してくれた
すべての参加競技者と、
選手と長年苦楽をともにしたコーチ(関係者)にも
この言葉を贈ろう。

「感動を、ありがとう。」

…やはり、スポーツはいいな。(感涙。)
…この感動が、いつまでも世界中で続くことを望んでいます。
今は心地よい感動のみが全身とココロを覆っている。
…『トリノの女王』は、氷の祭典のラストダンスを
いままでのことをかみしめるかのようにしっかりと、踊り終えた。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

「まるなげ」の行方

…永田議員関連を書こうと思ったが
まとまっていないのと
まだ、事実が完結していないので
もうしばらく漬けておくこととした。

本日(セーカクにはキノー)は、いささか内輪ネタっぽいので
ご容赦のほどを…

本社に久しぶりにいくこととなった。
いろいろなことがあったけれど
モチベーション研修というのを受けたのでその印象と
カイシャが抱える問題点を論ずる。

受けていないひとのために概要を述べると

会社のなかで自己のパフォーマンスを高めるため、
自己分析をしたり、他人とのコミュニケーション方法論を
紹介するまァ流行(はやり)のセミナだ。

結論からいうとがっくりした。

集合教育の限界を感じた。
全社員を集めて分けて全員が受講するという。ふざけてる。
だめだこりゃ。

時間が1.5H程度だったが、
ワタシの大切な人生を返してくれといいたい。

講師は、マジメに熱意をもってやっていたと思う。
しかし、プレジデント(以下ぷれ)を熟読しているワタシにとって
『全部既知の内容』だったのだ。
いつまでたっても新鮮なネタがでてこず、
何か面白いオリエンテーションでもアルカナデーモン
と期待していたのだが裏切られた。
最後まで期待していたのに!!

ここまでで疑問点が2つある

1.このカリキュラムは会社が有償で頼んだはず
  ということはこのカリキュラムを実施することを決済したヤツ
  がいると思うが、本人はちゃんと内容を査定して
  『ああ、これなら社員達に有効なものだ』
  と思ったのだと予想できるのだが
  だとすれば
  「ヤスクみられてるなー」と思う。

個人ごとにスキルは異なるのだ。そのスキルに応じたものを
用意してもらわないと困る。あとで同じように受講したヒトも
同様な考えのヒトが多かったとつけ加えておこう。

2.なぜ、「ヒトマカセ」&「マルナゲ」にするんだ
  これは、受講後のアンケートにも書いたが
  ぷれでも特集を組むような問題だ。
  教育コンサルタントも自分達の問題としてとくに
  教育を放棄した経営層が多すぎるという。
  確かに教育というのはメンドーなものだ。しかし
  ヒトマカセにする企業は遅かれ早かれ滅ぶのである。
  
たどたどしくてもいい
スマートでなくてもかまわない
泥臭くてもいい
ジブンのココロを汚してでも、伝えたいモノがあると前掛かりで
熱血なヤツにヒトはついていく。
そしてそれは会社の中の人間でなければならない
なぜならば、業者というのはセミナーを終えたら
代金をもらって帰ってしまう。

教育が効果があったのかなかったのか
次にどんな手を打つか
長期的にみる人間は社内にできれば専任で必要なのだ。
今回の沙汰はカネをドブに捨てたようなものだ
…もったいない。

ちなみにアンケートには怒りにませていままで述べたコトバより
辛らつな評価結果を書いておいた。それはココにはのせないが
真に受けたマジメなやつならば コンサル会社ヤめると思う。

ここでまとめとしていいたいことは

会社の構成員の教育を、お金や効率だけでヤッツケで
やってもまったく効果はナイということだ
書いていてまたむかむかしてきた。
くそーオレの人生を(1.5Hだけだけど)
かえせーーーーーー。
かえせーーーーーーーーっ。
かっえっせ。

ひさしぶりに感情にまかせて書きなぐってます
キモチイイ…。

それとだな、人間を型にハメてそれで制御できるかと思ったら
オオマチガイなんだよ。大体が逆にウゴカナクなる。

1000人いれば1000人まったく異なる人間なんだね
それくらいもうわかってくれないと泣きたくなってくるなァ
ほんとにもぅ。

なんでコンナニ上のヒトは「手抜き」(…というか気が抜けている)
が好きなんだろう…

そうそう話はガラリと変わるが、
昨日から千葉に春がきたことを報告しておく
熱を感じる風が街をかけていった。

それを外出して頬に感じました。おわります。

最後に、…何とか…一矢を…報いたい。
スケート靴を履く可憐な娘さん達。頑張れ~!!!!!!(徹夜宣言。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

親方の包丁

いま、この記事を読んでいるアナタ。

貴方は、プロな方ですか?

ここでいうプロとはアマチュアの逆すなわち

仕事をもち、その仕事のみで生きている人のことです。

もし、プロでない場合は、
今日ワタシが述べる話は、よくわからないかもしれません。
それを踏まえて、前へ進むか決めてください。

一流の料理亭には私はなかなか(よく考えると生まれてから一度も)
入店していないので、メディアからの情報のみとなるが

裏方の主戦場であるところの厨房は

塵ひとつごみひとつなく清潔に保たれ
整理整頓されている

これは整頓により仕事の効率と働く心の平静を整えることだったり、
清潔により、来店し、自分の作品を楽しんでいただくお客様の健康を
守ることだったりすることと理解できる。

さて、厨房には親方というその職場の長がかならずいる

親方は、厨房の長であり、厨房からでる作品のスベテの責任を任される。

そのため、さまざまな仕事を厨房内で行う。

自分の部下たちに的確な指示・指導を行ったり、
お客様におだしする作品の最終チェックをおこなったり、
お客の身勝手な要望に誠実・迅速に対応したり
おかみさん(フロント)連中と連絡したりおおわらわだ。

店が終わっても、
料理の研究をしたり、後進の教育指導をしたり、
明日の献立を立案したり、仕事はたくさんあるから、
他人に任すことができる仕事は、
信頼する部下や同僚に託したりするのだが
どんなに忙しくても疲れていても 人任せにせず 
必ず自分で行うことがある
それは一日の最後に、

「自分のつかう包丁を研ぐ」ことだ

前述したとおり、親方はたくさんの種類、
かつ高度な仕事をこなさなければならないのに、
一見 部下に任せられそうなこのことをナゼ自分自身で
おこなうのであろうか?

それは、料理人として
自分の「仕事」の源であるところの道具を
きちんと手入れすることによって
明日もまた100%自分の仕事をしきるための準備なのだ

その準備がきちんと成されていることを確認するため、
自分の手でおこない、自分の目でしっかり確認する

また、研ぎながら今日の仕事の出来を反芻している

「今日おだしした料理は、お客様にホントウに喜んでいただけただろうか」
「今日の献立や応対に問題はなかっただろうか」
「明日の準備に不足はないだろうか」

などアレコレ考えているのである。

そう、つまり「研いで」いるのは「鋼の刃」ではない
「料理職人としての心」を毎日研いでいるのである。

その「おやじの背中をみて」花板も同じことをするし
包丁を握ることを許されない小僧まで
それに類することをいわれなくてもやるのである。

冒頭で述べた職場(整然とした清潔な厨房)は
その結果として、生まれるのだ。
…どうかな?

さて、料理の世界の講釈はこれくらいにして

これに類することを厨房の外のこととして考えてみる。

当然のことながらアナタがプロならばアナタにも
「親方の包丁」に類するものは必ずあるし、
「包丁を研ぐ」に値する行為もあるので
思い当たらないんだとしたら探してほしい

それでも見つからないときは、
アナタは自分をプロだと勘違いしていただけのことなので
安心してほしい。

さて、ここまで読み進めてくれたアナタに質問をひとつ

「商売道具、手入れしてますか?」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

選者の苦しみ

政治家はいつも民衆の非難のまとだ

特に現在のように経済や社会環境が
不透明で見通しが明るくないときは
矢面に立たざるを得ない

このような状況で自分の職業について政治家をやるというのは
そうとうな気構えと胆力が必要だ

したがって現在の政治家の資質のレベルを考慮しないならば
彼らはかなり奇特な人種であるといえる

ダレが好き好んで政治家をやるものか
よくもまァ「政治家なんて」やっていると思う

よってその初心という観点で彼らを思うときは
敬虔にならざるを得ない
割のあわない職業に敢えて挑戦している様に思う

とはいえ、昨今の政治家の言動・振る舞い・成果
についてはあやふやさと危なかしさを禁じえない

簡単に表現するならば「腐っている」という表現となってしまう

「いやそんなことはないよ。やるべきことはやっているよ」
と反論する方も本人もいるだろうが
ともかくワタシの印象はそうだ。

ここで考えたいのは

「彼らは、なぜ腐ってしまったのか?」

ということだ。

彼らは、憲法によると我々主権者の 代表権 をもつ存在に過ぎない。

成果は、
・法律を作ること
・国家予算を承認すること
・外交(国家防衛含む)をすること
などだ

選出方法は、「選挙」しかなく、その権利を剥奪させるためには
・次の選挙でオトす
・リコールする
すればいいのだ。つまりダメ(政治家としてに資質が基準に達していない)
な者は容易に罷免できそうである

現在の政治家がダメであるならば
こういう疑問と向き合う必要はあるだろう
つまり

「我々は、ダメな者をナゼ選んでしまったのか?」

【選者の苦しみ】ということばが
慣用句であるかどうかわからないが
ワタシにはこのことばが、政治を思うときに脳裏によぎる

選者とは、『われわれ』だ。選ばれた方ではなく、「選ぶ側の人間」を指す。

我々は、代議士を選出する権利を確かに行使できるけれど
それに対する責任もあるのではないか?

・後に権利を悪用し、犯罪者になってしまう政治家
・政治家としての使命を放棄し、私利私欲に奔走する政治家
・委譲された権力であることを曲解し、
 本来の政治家の成果に従事しなくなった政治家

を選んでしまった我々の能力を疑う時期にきていると感じる。

つまり、我々には「人を見抜く力」が備わっていないのである。

これを認める必要があると思う。

これを読んだ読者諸君は、認めたくはないだろう
ワタシだって認めたくはない。自分の眼力を確かであると信じたい。
しかし、昨今の政治にまつわる事実を直視すると、認めざるをえないし、
どちらかというと 我々をして
それを指摘されたくないから考えないし、
反省もしてこなかったのである。

われわれ自身が、選者としての責任を全うしていないから、
ホントウに選ぶべき人が選ばれず
その資質を有していない者が選ばれる。そうなれば
政治が変になるのは
火を見るよりあきらかなことなのだ。

もうひとつある

過去を照らしてみると イケてない行動 あまつさえ
犯罪を犯し起訴された 政治家がいても
次の選挙にはナゼかまた当選してしまう

もちろん、罪を憎んで人を憎まず という諺があるので
犯罪を犯してしまった者を
被選挙権の枠から永久追放していいはずはないが

これについても 選挙のときは「みそぎ」は済んだとばかり
揚々として復帰するものをみると
反省や対策は万全なのかと疑いたくなる。

この件のホントウの確認方法は

きちんと過去犯罪についてのじぶんの総括をしているか、
本人にきちんと釈明をさせ、さらに【自分の躾】をどのように立てたのかを
自己実施したことについて説明させるべきと強く思う。

それもなしに
当選したから 今までの過去はもう不問にする風潮は
日本の悪文化として辟易する。
反省をうやむやにせず、常にウォッチしていくべきことだ

つぎに本節の骨子である

「彼らは、ナゼ腐ってしまったのか」

そして

「彼らが腐ってしまったのを、なぜわれわれは気がつかなかったのか」

さらに、

「彼らを腐らせず、新鮮さを保つには、具体的にナニをすれがいいのか」

について述べようと思うっと
バスが、バスがついてしまったのよん。
またね。また、いつか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ナイト・オブ・ザ・スカイ

凄惨な事件が頻発するので沈んだ心を修復させるため

まずは散髪+カラーを敢行

懇意にしているママさんと話ができ幾分かはココロが晴れた
休日に誰かと話すことがあまりないので楽しみにしている

その後、腹がへったので

【COCO'S】にて豆腐チゲ+雑炊セットを所望
しかし、腹は満たされたけれど、ココロは満たされなかったのだ
うーーむ。やはり「ひとり鍋」はむなしい。

さて、その後映画街に突撃。兎に角すかっとしたい

それで「ナイト・オブ・ザ・スカイ」をチョイスした

このときまたちょっとイイことが起きた。

ワタシがいくシネコンはメンバーズカードを発行しており

いつもー300円というお得ぽ なのだが

ホカにも特典があったのだ ナナナント 6回に1回くらいで 

タダ なんである

そうか、カードに回数がでるのはこのためなんだなと
納得した。しかし、回数が0回になってしまった。通算回数が
わからなくなってしまうのはちょっと残念だ。

まーそれでも 試写会があたったようなものだ
京成ローザ10さんありがとう!!
こんなことならば、最初から入会しとくべきだった。

そしたら ワタシの場合あと3,4回は タダ映画だった
ぐわーーーーー。知らないとはおそろしいことだ。

さて みた印象としては典型的な 今風フランス映画である。
飛行機版「TAXi」だね。
そう思って頂いて問題ない。

印象たかいのは航空ショー映画としての

ジェット戦闘機のパフォーマンス!!!

じつにイイ。航空ショー映画のなかでも屈指に入るものだ

多用されている 後方視界ビュー がなかなかイイ
アジだしてます。

「ステルス」や「フライトプラン」は フルCGだが
本編は、リアル撮影(一部合成はあり)なので、臨場感たっぷりだ
映画館でしかみられない迫力も抜群なので「好きな」人にはお勧めだ
エアーアクションはいいぞ!!ビバ実写空撮!!!

あと、フランス映画っぽい艶っぽいシーンや
役者さんの男くささ(真面目空軍大尉:ブノワ・マジメル渋ゥ~)
女くささはスクリーンから匂ってくるほどだ
エロいぞ フランスさん。

しかし、お話は、込み入っているようで非常にシンプルなもの。

描きかたも複雑にしたかったのかシンプルにしたかったのか
ストーリー展開に迷いが見える。
軍需産業の暗躍などスパイスがあるものの

アクションとの両てんびんになるほどではないね
しかし、そんなことはどーでもえー みらーじゅ かっちょいいぞーーー
ジェットオタクまるだし。
うはははは

あーすっとした。フランス映画にストーリーを求めてはいけないネ。
オトコ。おんな。ジェットでスカッとしたいひとは
頭をまっ空にして映てください。

評価:75点
(この映画に難しさイラナイ。どっちつかずやめぽ)
目的は達した。

公式HP(よくこのドメインとれたな)の謳い文句にもあるけど

フランス版『トップガン』
という意味あいもつよい
それにしても…
邦題「ナイト・オブ・ザ・スカイ」はどうかね。

『空の騎士たち』か…うーむ。もうふたひねり。
原題は「LES CHEVALIERS DU CIEL」です。これカナよみで良かったんじゃない?

| | コメント (2) | トラックバック (11)

『劇』のオワリ

相変わらずの政治劇が続く

もう【劇】はいいんだけどと呟いたところで
役者たちがその気ならば変わらんなとぼやいている

自分が行動しないといけないのが正道だとは思うけど
やっぱりそこまでの勇気を持てない。

観客に甘んじているワタシでも、こんななかでも
明るい兆しがある観点が散見できたので
この発見を指摘しておきたいとおもう

それは
「主権者(国民)が、政治に関心を高めているという事実」だ

『ナニを馬鹿なコトを』とおっしゃると御仁のために実例をば…

[ 地球温暖化 ] 検索結果 (6,824件
[ BSE ] 検索結果 (6,681件
[ 3000万 ] 検索結果 (5,081件
[ 野口さん ] 検索結果 (2,567件
[ ガセネタ ] 検索結果 (1,757件
そして
[ 格差社会 ] 検索結果 (2,291件

いづれもGooブログサーチにてのHit件数だ…

つまりこれだけの人がこのコトバについての思うことを発信しているのだ

みるといままであまり政治に関心のなかった(と思われる)

・主婦の方
・学生

の発信が多い

そのためいままでそのテーマを追いかけている既存ブロガ(専門家)の声が
埋もれてしまい探すのに苦労する

しかし、平易な表現というのもとても重要で大切にしたいと思う
生活感覚に立脚した「いままで黙っていたが、イイタイことは言うぞ」
というとても素直な「声」は、見習うべきものがある

むずかしいはなしをしなければならないときもあるけれど
多くの一般人は(ワタシを含めてくれーー)
日常のなかで平易なことばで生活している
別に政治学をもちだすまでもなく、いまのリアルな生活で感じることを
語りはじめている人が急激に増えているのだ!

政治に対する関心が高いのは社会的な構造変化を指摘する評論家が多い
いわく 格差社会 ということが
よくあげられる。

しかしそこまでいかなくても生活をしているなかの
実際の現実から
多くのことを感じ初めている人が増えているのではないか?

これはワタシの私見なのだが本来の『競争社会』というのは
競争を行うことで、勝っても負けても
皆がハッピーになる社会をさしていたのではないのか?
わたしとて『競争』は是としているが
その結果として『格差』が大いにつくことついては否である

ワタシは政治にはかなり関心があるくせに
実際に行動しているかとそれはせず、
このようにブログにてトグロをまいているだけの
人間だが こと次の国民の権利(選挙)については
行使せねばならないと感じている。

小泉総理は、民営化進めますか いりませんかと説いた
非常にわかりやすかった選挙であったことは認めよう
したがって

次の首班は、格差社会 いりますか いりませんか

で選挙をするべきだ

その問いに対する答え はもう用意してある。

私たちは「豊か」になるために努力している
しかし、それは、「自分だけ」ではなく
多くのひとが豊かになるために努力していることと理解している

さまざまな人の努力や貢献により得られた成果
それは、限られた者だけが享受していいものではないはずだ

人がなにかについて他人のために努力をするということ

…もしかしたらこれがこの国の 
……「最期の希望」という名の
   パンドラの箱に残っていた蝶 なのではないか…

そう思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「いちにちひとつ」

マイブログをいざ公開しようとするときに、
これからナニを書こうかなと考えることはない

どちらかというと今日はいったいドレを届けようかと
選び出すことに時間がかかる

「どれを今日いったほうが、
 読者の心に届くか、強く響くか、そして残るか」
アレにしようかコレにしようかという具合に悩むのである

本日この記事を選択したのは

ワタシが好きなブロガの方で
文力が著しく低下していると見受けられる方が
いらっしゃるので

自分の方法論をご紹介し、
何らかの参考になればと思ったからである

書くための材料のことを、本稿では『ネタ』と呼称します

1.ネタのため方

ネタはいつ自分の頭やココロにふってくるかわからない

たとえばいいアイデアや考えや着眼点が
頭やココロや体の一部(男ならワカルハズ)に浮かんだら

呼吸以外の何にも優先して
何かに書き留めることを
お勧めする

なぜかというと風のようにやってきたそれは
風のようにさっとすぐ立ち去ってしまうからだ
↑↑↑↑
(たとえばこのフレーズは 2005.11.11付けに発生し記録されたもの)

いわゆるココロのスナップショットだ
↑↑
(このフレーズは、2005.1.xx付け)

ワタシのばあいは、単語帳またはケイタイで
センテンスとして書いておく。それだけでいい
ただ、単語の羅列だけだと
あとでみたときに

「アレ、これなんだったっけ」

となるので文がいいとおもう

また、これをやるにあたり
気構えとしてもカマえる必要はまったくない

すずめをとるワナのようにあまり気構えなく

(同上)
待っているにこしたことはない

ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
ネタをためるぞ
(わはは。古ゥ~。)

…とやってもアンガイいいネタってこない

おっと原稿用紙がつきてきた(←この解説はまた後ほど)
急がねば

あとは
ネタを元に(殆どつなげるだけになる)
一通り文(章)にする

…で、村主いやすぐには公開しない

2.ネタの寝かし方

もう文章となったものは小分けしておく
そしてときどき読み返してみる

それで誤字脱字などを直す一方で
改めて読み手として読んであんまり自分の心にこないものは
ファイルごと削除してしまう

浮かんだときはいいとおもった話題も
あとで咀嚼に耐えない内容もあるのでここで英断し
落としてしまおう

言い足りないところが必ずでてくる
表現を変えなければならないところが必ずでてくる
一個もでてこないものは熱がさめてしまった話題なので
これもばっさりやる

最後に題名ぎめだ
これは公開のときでもいいが
文章で一番言いたいことと内容を反芻できるフレーズを
題名として保存しておく

保存期間は ながければいいというものではなく
長くても2ヶ月ということろだろう
ただし、時事ネタは、活きがすべてだ

…とまぁいろいろワタシの場合の方法論を書いたけれど

毎日欠かさず書くことが本題とはワタシは思わないので

どうしても何もかけない日があるのならば
頭とココロの休憩日と割り切っちゃていいと思う

「コンテンツ」は呼吸と同じなのだ
スいこんだからこそ、ハキだせる。
屈めるからこそ、ジャンプできるのだ

記事は、読者にご提供するものなので

あんまり最後の一ひねりの歯磨きチューブみたいものを
ひねり出してもあんまりいいものはでない
できれば滾々と湧く泉のようにいきたい

逆に、溜め込みすぎたので今日はサービスデーだとばかりに
アレコレいっぱい一回にご披露するのもどうかと思う

「いちにちひとつ」

(コレ、相田みつをみたいで気に入っている。どうすか?)

受け手はアナタのブログだけ読むのではない
ホカの人の記事もたっくさん読む人であることを
踏まえるべきだ

よって伝えたいものを読者のココロに残すために

できるだけシンプルに、簡潔にいこう
満干全席にしてしまうと、
「アレ?アノ店でナニ食べたっけ?」
となりかねない。

関係ないけど
…メダルがとれない。(あーいっちゃた。いっちゃったオレって弱い)

ごめん。バスがついた。あとはまたで

| | コメント (0) | トラックバック (0)

現実と想像

…もうきょうはかく気力が……日本はどうなってしまったんだろう

こんな事件が起きる国って…なんなんだ

この現実を受け入れたくない
こんなことがおきるのかこのくには…たぶん世界唯一だ…

あした…おきて…TVで『アレはウソでした。あまりにもヒサンな事件がつづいたので
報道業界全体でしこみました』という報道がききたい

そうして、『なーんだ、そうだったのか』
…といって、予定していた散髪に…気持ちよくいきたい。

TVのおとがかぎりなく雑音になっていく
何の番組をやっているのかな…わからないが
笑い声とか歓声がかすかにきこえる。

想像が現実を追い抜くということばはきいたことがあるけれど

現実が想像を追い抜く事態となっている。

……嗚呼…
……いまは、お亡くなりになった二人の園児の冥福を祈ろう。
それしかできない

キーボードにしがみついているのがやっとだな。

なにもかんがえられない

なんのかんじょうもおきない

もう、だめかな、このくに。

わたしは、ジブンでも発想ゆたかな方だと思っていたので
これからおきることを想像したこともあるけれど

こんな非道いことはまでは考えられませんでした

負けました。現実に。まだこれより上ってあるんですか?
…もう、いいですよ。これより上はもう、耐えられません。

まだ、力のない無垢な子供のみなさん。
大人を、…われわれを、どうか…見限らないでください。

なんとか、いや、なんとしても……取り戻します。
大人の威信をかけて。まともな世の中を。

世の中の何たるかをふれないまま
あなたたちが先に逝ってしまう世の中なんて

…まちがっている。

あなたたちがいったところに
わたしたちがいけるかどうかはわからないけれど
もしもあえることができたならば
これだけはやってきましたと報告できるものを
残された私たちひとりひとりが
もっていきます。
それで…なんとか…勘弁してもらえまえんか?

しかし、今日は…考えるということができません。
ココロと体が虚脱感で覆われていて
何かを諭すとか把握するとかいうことができないのです

何か大きなものがコワれんタんだナ…
ナニが無くなったのか、ちゃんと探さないといけないナ…
それだけはわかっている。

…哀しみや苦しみも感じないほど空虚だ
…こんなときはねるしかない…おやすみなさい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

顔バレしているわけ

よく、プロフィールの顔写真について問い合わせをいただくので

今回はこの件にまとめて答えます。
よって、本件にまったく興味のない人には無価値な情報ですので
ソッコーで他のブログサイトへどうぞ。

まず、これがいつのダレなのかというと
紛うことなくワタシです。

やく半年前の写真なので
現物はもう少しくたびれました

そして一番多い質問は

「ブログなのに、なぜ顔をさらすのか?」
というQ

かっこい文句を僭越ながら申し上げますと
「自分のかいた文章に、より意味(説得力)を持たせたいから」
である。

顔をさらすことでさらに自分の書く文章に
謙虚さ、冷静さを得られることができると自覚できるからである
そして確信している。(その理由は未整理のためまた後ほど)

たしかに、文章は文章なので
どんな人が書いたってその表現や内容の価値など
変わらぬと(以前は)考えていた

しかし、じつはちがうのだ。

まずは発信側としての効能から

ブログに立ち向かうときのココロの
立ち向かい方がまったく違う。
自分のなかで心情を書き散らすことが不思議となくなる

書いたものへの責任感が増すような気がする
(まっ、たまにはムセキニンなザレゴトを吐き捨てる
 こともありますので、いつもではないけどね。)

それと

この文章はオリジナルであり
確かに 日本人の中年男性である「朱色会」が発信したものです

と、宣言するためのサインやはんこの代わりの意味も
こめています。ココロをこめています(2回目。)

実はこのサイトを含め 7つのサイトに
マルチポストしているので
ゴーストライタとの差別化を図る意味もある

本文がいっしょなのに
プロフィールにワタシの写真がないブログ
この写真の本人とは違う写真があるブログ

私を騙るコピーブロガのサイトなのでそのつもりで。

逆に私の顔があるブログは
私自身がマルチポストしているミラーサイトです。
(ミラーを立てている理由は以前の記事を参照してください)

発信側の変化はこんなところだが

実は受信側にも絶大なるココロの変化がおきる

つぎのことをやってみてほしい

貴方が好きなブログサイトで、顔をさらしている
たとえばビジュアル系の芸能人
のサイトのコンテンツをみて

ブラウザの設定で「絵を表示しない」と設定を変えてみる
そうすると文章だけになるのだが
まったく異なる印象をもつはずだ

極端なことをいうと
ホントウにアノ人が書いたものなのかまったく認知できなくなるのだ
まるでホカの人が書いたように見えるから面白い

読者のみなさん
ウソだとお思いならば、10分間だけ自分のサイトで試してみてほしい。
かならずジブンの書く文章への責任感や表現者としての謙虚さが上がり、
ひとりよがりな考えが浮かんでもその場その場で軌道修正ができる
いいたいことが明確になり、読み手にそれを届けたいと思う気持ち
が強化され、ナゼか文章にメリハリと面白い表現文句が
浮かんでくるのだ。

無駄な表現もてきめんに減っていく。

最後に(これが重要でいいたかった。)

ある願いを(私は)込めているのです。

…私たちはブログを縁にして、心は出遭えたけれど
おそらくはオフ会などに出席しないとリアルには遭えない。

そして肝心なことは

「本当にこのまま実際には一生遭うこともないのです」

顔をさらすことで読者と遭えたようなきがする

顔をさらしているブロガのサイトに赴くことで
その人に、遭えたようなきがする

そんな気持ちをこめて

……ここに「顔バレ同盟」を発足します!!

同盟への参加条件はただひとつ
「自分だとわかる顔」をブログにさらすこと(グラサンは不可)。
それだけ。賛同者はヤってみてください。(退会自由)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アフターアスリート

やはり、トリノねたには言及しておくべきだろうとおもった。

しかし、ある特定の人に焦点をあてたコメントは差し控えたい

彼らの歩んできたアスリート人生の一端さえ把握しているわけもなく
彼らの大会に臨む信念・心境・背景も、近くにいて密接に知っているわけでもなく
あまつさえ、その競技を体験したこともないワタシが、
とやかくケッカ云々について物申すスジアイもケンリも
ないと考えるからである。

それでまァ何が他にかけるかなと思ったが

大会運営と国のサポートの在り方ならば書けそうなので書く。

まず、ルールの改訂について

ルールの改訂がなぜ行われるかというと

判定の公正化が一番大きいとは感じるが
本大会での印象ではそれが災いして
その競技がもつ楽しさ・美しさが損なわれている

いわく
こまかーーーーーーーーーーい競技規定と採点基準

いわく
2度目のふらいんぐは一発失格
これも選手のためというよりは大会進行の円滑化だろ

いわく…(省略)

おかげで 通常でもぴりぴりびり(あっ破けた)している
選手・コーチ・現地の観客が
かちこちになってしまった。

「見ていて(も)楽しく(競技してい)ない(ように見える)」

競技を大会現地でやっている人はどうおもうのだろうか

とくに今回の基準改訂は
選手を輝かせるためというのは2の次で

審査・採点者のためというのがもっぱらの風評だ。
本末転倒なことだ

いろんな加点の合計だけで評価されるため
オリジナルティをだせないし、マイリズム・マイペース
演技が全体の構成が流れるように
なりにくくなるのではないかと心配である。

オリンピック ルール改訂
でぐぐるってみてなるほどなとおもった外部リンクを
ご紹介します。
アレコレ

人間は自分に対しても客観性をもたせられらないいきものである
ましてや他人の評価をルールのみで厳密に評価することもほぼ
不可能と感じる

うー…いいたりないっす。でも次。

オリンピックを目指し、

・選ばれなかった人
・メダルをとれなかった人
・メダルととれたけど金じゃなかった人

のその後の人生について考えてみる

よくケッカが振るわなかった人へのインタビューのしめくくりで
「ジカイのxxxではがんばってください。」ときく阿呆がいる。

……どういうつもりでそんな質問するのか
  オトナとしての作法と心遣いナシの馬鹿野郎ども
『ふざけんなー』…と選手のだれがTVカメラの前でキレても
オレは許す。すべてを許す。
…いや、是非全員がキレてください。お願いしますホント。

あと経済的+精神的支援について
成功(メダル)報酬の低さについては他の人に論説をまかすとして

競技者としての人生をリタイヤした人のサポートについて述べたい

彼らは、青春とおそらくは若さのすべてを真面目にささげた人たちだ

とくにつぎのメシの種についてのサポートは厚くしたい

メンタルな面でいうと
「燃え尽き(バーンアウト)症候群」にならないように
次の人生に向けてナビゲートしてあげる周りの人のサポートが
どうしても必要と思う。

あしたのジョーは燃え尽きるだけでよかったが
リアルな人間はそのアトもしっかり平凡に生きていくことが
課せられている。人生は永く続いていく。考えたくはないが

サポートがまったくなくなり、無職になってしばらくして犯罪に手を染める事態が
起きたら、世界中から日本は嘲笑をもらうことになる。それだけは避けたい。

最後に、上と絡むが【商業主義】について

「アマチュアの精神」なんて看板もう下ろすべきだ。

なぜ、プロ色を出したらはダメなんだ
というより差別だろこれ。
スポーツを愛することにプロもアマもない。

それに実態として トップアスリートは
現実にはプロである

CMにでてるは、企業のイメージ広告塔だわ
一般ピープルより行動が制限されているんだから
芸能人とそんな変わんない。

と今日はコンナとこだけど
ちょっと今回の論説はぐだぐだになって申し訳ない
ゴメンナサイ!
(応援時間帯が生活サイクルと合わず、寝不足なり。
 やはり、地球は丸かった!)
ーーー
P.S トリノに派遣された 女子アナのみなさん

いまひとつふるわない成績はあなたタチの責任じゃないんだから

顔をこわばらせたり 目をおよがせたり 瞳をくもらせたり
する必要はありません!!

いつものように元気に笑顔で伝えてください。

もう、【残念】は聞き飽きました。禁句にして下さい。

| | コメント (2)

○○士といふ人タチ

昨今の世の中の様々な事件に必ずといって登場する○○士

今回はこの件について考察してみたいと思う

企業と彼らの関係と存在意義と事件が発生するプロセスを観点としたい

建築士
会計士
弁護士
以下は○○士と略す

彼らが企業のシステム(組織)と組まず独立して存在するわけ
は人事権という強力なパワーから、隔離し、その機能を全うさせよう
ということと理解している

しかし、このしくみの目論見は、かの事件におけるあの男の告白
彼の一言で吹っ飛んだ

「弱い自分がいた。」

つまり、高給と思しきうらやましさを伴う彼らの職業さえ実は
経済活動の観点ではその機能の受注さえなければカゾクを養うさえ
危ぶまれる弱小個人法人でしかなかった

さて、彼らが社会から求められる使命は

企業から独立した法人として 企業のチェック機関として機能することだった

いろんな事件の中心人物である御仁がいうように
企業は、「経済性」をもとめる集団だ。これについては
ワタシとしても異論はない。特に昨今の市場要求は度を越すほどの
要求をだす。企業は生き残りをかけ、サービスレベルを維持しながら
ギリギリギリギリのコストダウンを成し遂げようとする

翻って チェック機関は 市場の原理を横目でみながらある基準をきちんと
まもっているかを、専門の学問・技術を駆使してチェックするわけだが
その代金は チェック対象からいただくということになる

これでは、厳密な規定をかけたときに、つぎの「声がけ」がなくなり、
きちんとした仕事をしたことによって 収入を失うというパラドックスが
発生してしまう

したがって ○○士たちはゴハンをジブンやカゾクに食わせるため
徐々に手心を加えていかねばならず、最終的には守るべき信念や
約束されていた閾値をこえることについて泥をのまずにいられなくなるでは
ないか!!!(ナニかこうふつふつと怒りがこみあげてきた)

「事務所はあんたんところだけじゃない」

今も、この日本のどこかで、
めがねをかけた支店長がこの台詞を○○士に浴びせているのか?
そして○○士は カゾクのメシととるか信念をとるか
葛藤しているのであろうか?

いや、いまここで支店長を責める気は毛頭ない
なぜなら、その台詞を言えればこそ、その人も支店長になれたからである。

コストダウン競争

確かに市場原理として いままでワタシたちは
ヤすくて イイモノ・すごいものを消費者として選択してきた
しかし、行き過ぎた競争はひずみをうみ
現実にねじれや弊害が 「事件」 として顕在化してきている

わが国の誇れる国民性として
「他人に対するサービス精神が他の諸外国と比べ度を越して旺盛」
であることがある。
これは本当にいい国民性だとはおもうが
企業がそれを目指し、正常なかたちで遂行継続させるためには、

「正当なる対価」

が必須である。

正すべきものが2つある

ひとつは
独立したチェック機関(監査法人)がきちんと機能できるしくみ
を改めることそれも早急にだ
彼ら全員に栄光と誇りを取り戻させ、本来もつ責任を全うさせるのだ

ワタシの諸案としては監査法人の権限強化と
オープンで正当なチェックプライスリストだ
間にナニかはさむというような複雑化は賛成できない

もうひとつが 
行き過ぎたコスト競争を是正するシステム(組織)
の開発と運用だ これを達成するため経済産業界全体で
この問題に取り組む機関が必要だ。

これについての私の意見は
利害関係を鑑みると
 企業の寄り合いよかは政府がおこなうべき機能
と考える

この2つを早急に対策をとらないとホントーにタイヘンなことになる

「魂」を失った監査機関がいい加減なチェックをおこない
コストダウンを市場命題とする企業は、大きな問題を内在するサービス
を垂れ流す、そうとは「知らず」にわれわれがそれを買うのだ。

いずれ、以下に述べるモノが市場にでてくる

ウーロン茶の混入した缶コーヒー
「肉」がはいっていない肉まん
3年「保障期間」を過ぎてすぐ車軸が折れる車
(まてよ。こんなのはもう存在するかな…どうかな)

重ねていう。

あらゆるサービスの「コスト限界」はある

消費者はそれを把握しなければならないし、
それを踏まえた購買をしないと
アトで取り返しのつかないしっぺ返しを受ける
(もうすでに ある業態において発生していることは
 新聞を見ればいくつも散見できてしまうのは本当に残念だ)

だれが「姉歯建築士」や「支店長・局長」を生み出したのか
今一度よく考えてみる必要はあるとおもう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

沖縄県警へのバレンタインチョコ

バレンタインデーなので沖縄県警に以下のメールを配信した。

件名:県警への意見要望「野口さん自殺についての捜査終了について」

送信日時:2006/02/14 (火) 0:45

本文:

拝啓 沖縄県警 様

初めてお手紙(E-mail)を差し上げます
常日頃からの、治安維持活動、また沖縄ならではの特殊事情のなか
限られた人的資源での事件の捜査活動
誠にご苦労様です。

さて、様々なマスコミの報道で
沖縄管轄事件:野口英昭さん死亡の件につき
自殺と断定され捜査が打ち切りになったとの報道について
僭越ながら意見を述べたくメールを差し上げました。

マスコミ報道によると
野口さんの死は捜査から自殺の決定となり捜査を終了したとの
報道となっております。これをふまえて
一市民として述べたいことがあります。

まず、この県警の判断には多くの疑問を
大多数の国民が感じていることを伝えたいと思います。

例を申し上げますと
インターネットの検索エンジンサイトで
【野口英昭 自殺】 
と検索すると 本日時点(2006.2.13 11:00現在で)

Google検索:野口英昭 自殺 の検索結果 約 238,000 件
Gooブログ検索:[ 野口英昭 自殺 ] 検索結果 (613件

記事が検索されます。

その内容も、やっぱり自殺だったかと納得する内容はわずかで
殆どが 明らかにされない疑問点・不明点が残っている
という意見であります。

この中には、警察(県警)に圧力操作があったとか
沖縄ならではの(警察の)事情を、解説している記事まであります
その内容は読み手にとっては真実かどうかはわかりませんが

情報の受け手としての心境としては
捜査が足りないという印象を否めません。
また、捜査終結の判断も納得のいくものではありません。

その理由としては
捜査の進捗・内容が既存の公共報道機関のみから
サマリ(概要)しか得られないことがあります。

せっかく 広報活動として有効なWebサイトを
開設されているのですから
スポークスマンとしての機能を 沖縄県警ホームページ
にもたせることはできないでしょうか?

つまり捜査権限を一任されている機関としての説明責任の強化です。

具体的には 
・捜査状況の明らかにできる部分の情報公開
・捜査機関として得たい情報の収集依頼の公募
・進捗(検挙まで何段階かあるはずです)の進度報告
・捜査で行きづまっている問題の公開と市民への協力依頼

などです。

もちろん捜査内容は、個人情報の塊ですので、扱いが難しいことは
承知しています。また、検挙責任を果たすため捜査内容を公開できない
ことも了解しています。しかし、これだけ国民の関心が高く、不可思議な
事件において、自殺と断定した捜査方針や決定の経緯・判断材料の
いくつかは、信頼できる公的な機関が確実かつ明確に公開することで
国民の不要な疑問が払われると感じております。

ぜひご一考いただきますようお願い申し上げます。

本件の提案は、捜査コストの削減に効果が期待できると考えます。

今までは捜査員の皆様が靴底と血豆の跡を削って情報を得ていたと思います。
インターネット時代に則した情報収集の方法検討も必要ではないでしょうか?
情報の間口を大きくし、多くのリーク情報の中から
有効な情報をもとに捜査を行うというものです。

しかし本提案は その特質上
諸刃の刃であることも付け加えておきたいと思います。
(本人符丁のため、中略。)
…つまり、いままで頼りにしていた公的報道機関のみとの
情報の管理の終了を意味するからです。
また、あらたな情報コントロールを構築しなければなりません。

最後になりますが
県警ホームページトップに書いてあるコメントにつきまして
…まだ、私は信じています。

追伸
本件につき、回答をいただく必要はありません。
県警として国民の唯一の公的捜査機関として
正義と真実の追求を
是非行動で示していただきたいと切に願っております。

差し出がましい意見を述べたことを
お詫び申し上げます。
耳障りかつ不躾な意見を言上いたしましたが

県警の将来のためにも
何卒ご高察頂きますようお願い申し上げます。

敬具

2006.2.14

【住所・氏名・電話番号】
【xxx・yyy・zzz】

…来年のバレンタインデーまでには、いい思い出となることを切に願う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

草稿『グラビア笑い口運動の提唱』

明日起きてからまた5日間カイシャだ。がんばろう兎に角。
最近通勤電車(京成・総武線)で感じること。

ほとんどの大人が

「やァやァワレこそは『イチバン不幸な』大人なりィ」

といわんばかりに眉間にしわを寄せ口をヘの字にして
背中まるめて視線を落としているかまぶたをぎゅ~~と閉じている

眠くて疲れんだろうなって最初は思ったけど
やっぱりちょっとちがう
だってアサからなんだもんね
何をそんなに毎日アピールしているのかな

中年のバリッ・キリッとした
たとえば仲村トオルさんなんかが苦みばしった表情でカッと
たっていればかっこいんだけど

おじさんもおばさんもつかれきった表情で
あさっぱらから『どろらーーーーーん』とした雰囲気を
車中に撒き散らしいるんだ

きもちはわかるけれど
あれ、よくないとおもうね。

なんか、人生苦行だ
とでもいわんばかりの集団パフォーマンス。電車の座席とつり革
全部使って。ホントウの苦行など知りもしないくせに。

なにがワルいってアナタたちだけ乗っているんじゃナイんだよ
「花電車」じゃないけど
Only30Overっていう電車があればそこでヤってくれ
そこのみの行為ならジコマンでゆるす

ソコ以外はだめ
少なくても新聞よんでくれ
マンガ・写真週刊誌はだめ。犯罪。オトナ矮小物陳列罪でし。

なんでこんなにおこるかって
オトナとしての作法と守るべき佇まいってやっぱりあるんだよね

ランドセルしょっている子供も乗ってみてるんだからさ
エーキョー考えてくれエーキョー。ね。

もう、肉体年齢的にはコドモじゃないんだからね。
ツライからってツライ顔できるのは、15歳まで。

オトナとしての作法と心意気みせようぜ
昔の大人たちのように。彼らは人生つらくても顔にだしてなかったろ
あれが『オトナ』なんだよ。

ちょっと極端だけどさ
コンビニのファッション雑誌のグラビアの一律人工的笑い口
あれ練習して乗ってから降りるまでアレをやれ
病は気からっていうだろ。口が笑えばココロもカルくなるって

すこしキモチワルイけど。ゆるす。
そっちのほうが、『どろらーーーーーん』よりはカッコいい

あと、デブもだめ。やせろ。いじょう。じゃあな

…最初の草稿は、こんなものです。
 この記事を、1ヶ月以内にクリーニングします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

落ちたバトンはドコにある?(フネに乗り遅れた者たち:後編)

またしても
またしても美味いミセを見つけた。

JR千葉駅構内:ほんのり屋

ワタシが注文したのは、地鶏親子丼定食
これと地酒(大)を合わせた

ウマイ。正直千葉そごう地階に入っている店よりウマイ。

地鶏の薫り高さと歯ごたえ、卵のホカフワさの合間に
メカブと地酒(銘柄わすれた)を堪能しつつ
しばし酩酊した。(ただいまかなりのヒルマエ。)

あとは、従業員が厨房からフロントまでもくもくと
プロの仕事をしているのを確認した。

こういうミセと出遭うとやはり自分は運がいいのだと確信する
ほんのり屋さん、「久保田」も昼飲めるようにしてくんなまし(贅沢かな)。

そのミセで追加注文すると余韻がにごるので(意味不明)
隣のドトールでICとイチゴろーるを所望。

イチゴうめー。
(いちごフェアと謳っているだけのことはある

おいおいダイエットはどうしたというジブンの小脳のいうことはシカトして
うまいものは食べる
今日はそういうコトにした

本日は、大切な鰤の36ヶ月法定定期車両点検の日
17万円即金(ディーラ)か。ま、ショーがない。

…そんなわけで
前編のつづき

まずワタシがやったのは、はたして彼女のいったことが
その世代の代表の意見として一般的で多数なことなのか
確認することだった

同じ世代の知り合いを(親戚を含め)、片端から確認していった
意見に迎合されるのをさけるため、とくにテーマを絞らずに
不満・不安をリサーチしたところ…

でるわでるわでるわもうひとつでるわでんでん

彼女のいったことと同様な話がでんでん
(ひょっとしたらカンチガイという淡い期待は
 アッサリと崩壊)でんでん

ちょっと音圧がちがうのは、男よりも女の方が感情Voltageが高い
でんでん(くどい)

そしてナ、ナント<対象>へのコンタクトと相確認を実行した
「アイツ」を特定し、<サトラレ>ないように話題は他から絡める方法とした

テーマは題して「若い人と気持ちを通じさせるにはどうしたらいいか」
(ここまでくるとオレもそうとうに老獪)

以下は彼とアクセスしたのときの要約である

まず、カレラの感じている感情を受け手として
感じているかについては

Yes。(これは実は意外。)

なぜそのように感じいているかのその理由については

ジブンが若いころ、先輩と会話したときの気持ちの姿勢とは
ことなる扱いを言外に感じる。まず、表情・態度そして視線

そのことについてどう思うか

彼らのいいたいことも一理あるし実際本当にそうなのかもとは思う。
しかし、家庭をもつ身にとって一番大切なのは
「ブカではなく、カゾク。」
カゾクを犠牲にしてまでカレラを守るということはできない。

これからドースルか或は彼らにドウシテ欲しいか?

いまの経済構造が起因していると思うので、個人的に対応できることは
殆どナイ。何もデキナイ。時代の潮流と把握してほしい。時代の変化が解決
するかもしれない。要は我慢してほしい。雨もいつかはアガル。

…うはははははははは
…うはっ。うはっ。あはははははは、はァ……

……………。………。……。
…話を打ち切り、差しさわりのない四方山噺に切り替えた

本件の経験を一言で表すならば

世代間の精神的な断絶

ということなるだろうか?

「マジかよ。…ナニコレ」
ひっジョーにつらい。書いていて涙がにじむ。だから書きたくなかった…
指が震えるわけだ

この世紀で日本が喪失したもののマイ・ナンバーワンだ。

世代を通じて受け継がれたリレーが切れたと感じた瞬間だ

誰が切ったのか、誰がバトンを(わざと)落としたのかわからないけれど
どこでダレが落としたのか、バトンはこれからなんとか見つかるのか
まったくワタシの中では不明なのである

こんなこと考えるのワタシだけ?

…確かに、同世代それ以上で、
『ナーンモ考えてない』ように見受けられる人は少なくない
しかし、それは【見受けられない】だけでホントーは少なからず
いろいろなことを考えているのだと信じたい

今のこの国に起きていることって

…まさか、【静かなる終焉】?

ワタシのアタマの中を恐ろしい仮定がよぎることがある

この国が、人類がかつてまみえたことのない
『国家的なレミング現象』に、いま途についたのではないか

国民的全体心理として「コンナクニもぅいいや。オワリオワリ。」

そんな途方もないことを考える今日このごろです。
(暗く書いてゴメンナサイ)

早いですが、今日は、もう寝ます。
起きていても…ぐすん。だども

このままでは終わらん。必ずコタエを見つけてやる…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オリンピックの理念

嗚呼…やっぱり開会式はイイ!!(感涙。)

「世界が<平和>であればこそ、この地球規模の祭典を

我々は行え、そして選手・観客はスポーツを『楽しむ』ことができる」

毎回、そのことを開会式で思い知らされる

聖火のあの神々しくも力強い火

あの火を消してはならないし、弱めてもならない。

われわれが世界中のアスリートをかの地へ送り

そのパフォーマンスや感動を享受できる原点・本質は

『世界が平和であること』

このオリンピックの理念に照らせば、開催は我々の勝利の結果であり、

それにより生み出される素晴らしい競技者のパフォーマンス・感動

そして勝敗や優劣の象徴であるメダルの有無や色はその付帯物にすぎないのだ

嗚呼…しかし世界は残念ながら、<完全に平和>ではない

せめて、この期間内だけでも、このお祭りが終わるまでの間だけでも

他人を憎しみ、紛争を起こすことをやめてもらいたい。(鼻水)

…さぁ、オリンピックを楽しもう!!

オリンピックを見たくてもみれない

世界の貧困・紛争地域の方々へ、この想いを届けたい

そして大会を守ってくれる

警備員・警察官・ボランティア・選手村の食堂のおばちゃん

…よろしくたのんます。(最敬礼)

選手のみなさん。

貴方達が『一番好きなコト』を、単純に『楽しんで』ください。

日本時間:2006.2.11 AM6:45

世界のある場所から朱色会が直接ポストいたしました

| | コメント (0) | トラックバック (1)

「ウエノヒト」(フネに乗り遅れた者たち:前編)

「…ふゥー……どうしてアイツが私より給料が高いのかワカらないわ…」

…いよいよもってこの節を上梓するときがきた

正直キーボードをうつ手が震える。

いやっ!書くぞ!!
勇気をもってGo。

第1行目のコメントは知り合いの娘が

4次会にて発言したものである

解説を加えると

「アイツ」とは彼女の直接の上司である
20ちかく離れているらしい
いうなれば彼女の愚痴につきあったときにでた発言である
「アイツ」ってあまり知り合いには使わない
聞き手がその表現対象を知っている場合は特にだ

…わたしがこのことばをナゼそれほどまでに覚えているか
というと、彼女はいつも公私ともにそんなコトバをつかうヒトでは
なかったとうことと、そのときの彼女の瞳の色だ
正直怖かった。紅蓮の怒りと、途方もない絶望感を感じたのである。
ここで会話のログをそのまま載せるとながくなるので要点だけ

・ワタシ(彼女ら)タチの世代は、特に年上のひとにいろんな感情が
 鬱積している
・正直、それは怒りが大きい。それは表面にはでてこないが
 大きくそして深い
・たったいまも自分の世代は、経済的に苦しいヒト(友達)も多い
 就職も大変だったし、「やりたいコト」より「就職するコト」が優先だった
・それに比べるとバブルを味わった世代の人たちが羨ましい
 バブルの「味」がわからない。しりたいとおもうが、感覚がわかない
・よくもマァこんなヨノナカにしてくれたもんだという気持ちが強い
 自分たちで変えていくのはそうとうシンドい
・チャンスも少ない。将来の夢がもてない。夢の材料がみつからない
・いまはゴールのない身長より深いプールをずっと泳いでいるみたいだ
・経済的に余裕があるようにみえる「ウエノヒト」がそれだけの能力があるように
 どうしても見えない。

…とまぁこんな文句がナイアガラの滝のようにワタシに浴びせかけられた

今回は反論はナシでまず彼女の心境を受け止めることにしたのだが
聞いていて身に覚えのあることや(いやワタシがやったということではないけど)
いやこれはオカシイというのもあったりしてすべてを了解できたわけではない
けれど

感情としては
・悲しみ
・怒り
・虚脱感
・集団的な孤立感
をキーしたものだった

その象徴が一番初めの文句なのだ

それから彼女は【フネ】がどうたらこうたらといっていた
【フネ】に乗れたヒトたち、【フネ】に乗り遅れたワタシたち
というような感じだ

実は白状するとわたしも同じような感情をある時期もったときはある
しかし、誤解を恐れずにいうとこれは若い気性が言わせるもので
だれにでもある時期発生する感情だということは(今は)知っている

だが、ワタシから起こった感情はあくまで個人的なもので、対象も
個人であったため、あくまでプライベートな感情と判断している
彼女の主張が穏やかでないのが、彼女の世代の殆どの人が他の世代に
もっているというところだ

そこでワタシは実施によるカクニンがとても好きなので
あることを実行にうつしたのである

おっと、気を吐いて書いていたら
『バス』に酔ってしまった。本編のつづきはまた明日以降に
ちょっとクールダウンします

| | コメント (1) | トラックバック (1)

IT化にまつわる産業の行方

私の仕事はヘルプデスクであることは
以前に書いたが、そのまえは
システムのソフトウェア開発を
10年くらいやっていた

その当時はまだバブルがはじける前で、
どの企業も増収増益
膨れた利益をつかって多角化を進める経営者が殆どだった

その後、それはどうなったのかは
読者のご存知のとおりだ

多角化の追い風にのり、新規に生まれたのが
さまざまなシステムソフトウェア開発事業である

宮沢サンがこれで500マンニンの雇用創出といった
追い風もあり(これについてのオチはアトで)

「これからはハードではなくソフトウェア」
で市場全体いやもしかしたら国策で
本腰をいれて
IT産業を立ち上げ、製造業にかわる産業の柱にしようとしたのである

当時の職場はそんなこともあり、
まず、優秀な方が集まっていた
機械語でコンピュータ(PCではない)と会話できる人がザラであり
そして先輩たちはともかくも自信に漲っていたと記憶している
誰もが明るく、活発だった
そしてなにより、自分が日本の未来を支えていくという
自負を、皆がもっていた。

考えてみるととても恵まれた職場に配属できたものだ
鍛えてくれる頼りがいのある先輩がいて、
好きで意義のある仕事がやり放題だったからである

バブルが弾けたのは、土地と株の暴落といわれているが
なぜ、暴落したかについて覚えているひとは少ない
これは長くなるので別途後述する

ともかく、製造業は、異常なコスト競争にまきこまれることになる
それはまだ、終わってはいない

翻って、一世を風靡した製造業は、好況だったため、当然
組合を中心に賃上げを敢行した。賃上げは市場を刺激し、
さらにモノが売れるといういまの逆のスパイラルが発生する反面
自分たちの生み出す製品のコストまで急激に上がることになった

そもそも、円が世界的に高値になっていた
当時1000万もっていた人は、外国にいくと王様のような暮らし
をすることができた

しかし、対外的な国際競争力とくにプライスについての対策が
遅れてしまった
プライスを管理できない業態から、国内で製造をし続けること
を断念し、土砂崩れ的に海外へ活路を求めた

(実は、この日本の産業界でも、ひとつの業態だけ
プライスを管理していることろがある
これも長くなるので割愛するがいつか書こうと思うので
答えあわせを楽しみにしてほしい)

ジブンたちの成果として従業員はこぞって
給料をもとめ、それを達成した
自分たちが豊かになることと、自分たちが生み出すサービスの価値は
相反関係になることに気がついていなかった

いまだにこの解決策がないことは
以前に書いたとおりだ

製造業におきたことは、ここ10年においてのことであるが

ソフトウェア産業においての変化はもっと急激かつ過酷だ

まず、情報処理技術の高度化により
それを操れる技術者を雇うコストが高騰した
それと相反するように製造業のコストダウンが加速化したことに
よって、システム開発への投資が圧縮し、事業採算をとることが
困難となり、事業そのものを売却したりそこまでやらなくても
大幅なリストラを行うこととなった
あわせて、海外とくに中国・インド・韓国など国策として
ソフトウェア産業復興を目指している国から
安価で優良な労働力が提供されるようになり
さらに開発力とコストのバランスがくずれることとなった

製造業の経営者も熾烈なコスト競争に打ち勝つため
とにかくもユーザとして『ヤスくアゲて』くれるところを望むようになった

このように市場とメーカの関係、メーカとシステム開発ベンダの関係は
サービスの享受側と提供側なので非常に似通った動きをする

人が仕事をする動機はいろいろあるが
その中に大きくしめるものとして
ジブンとその周りを豊かにするため、カネが要る
というのがある。

しかし、カネは企業(経営者)にとってみると
費用対効果でしかない
また、特にIT化の本質に言及しなければならないが
これも別途述べることにする

製造業で起こったことは他の業態でもおこる
その突端がIT産業だったわけだ

500万人…たしかにそれくらい本当に増えたのかも知れない
しかしそれにはその変化によって職場を追われた人の数は
入っていない それをいれると差し引き0か 雇用人口全体でみると

マイナスかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

カエるところ

いつから、全国民はこのような仕来りをするようになったのだろうか
盆暮れの、『国内民族大移動』である
世界的にみても稀有な現象らしい

これにまつわる、
まだ、私が社会人になって数年というときにみた
…ある体験を書きます

当時私は一人で片道約700Kmの道のりを運転し盆暮れに帰省する
というなかなか元気なことをやっていた。クルマが好きだったし
ドライブ(当時は走り)も好きだったので、何の苦もなくやっていた

ある年の帰省で、東京に戻るとき
高速道路が事故渋滞したため、下(一般道路)に
降りてやりすごそうととしたときのことである

ま、降りたところで同じことをする人は多く
下の道も激混みで、ぴったりとまってしまった

するとあるところで、これから都心に戻る家族と、それを
見送る老夫婦の一部始終をみることとなった

とはいえ何か特別なことがおきることはなく
孫が元気にのりこみ、妻が挨拶し、最後に夫がハンドルを
握って「いってきます」とばかりに出発した

老夫婦は、クルマが見えなくなるまでずっと手を振っていた
そして、クルマが見えなくなるとお互い顔を見合わせるでもなく
そぼ、そぼ、と暗い玄関のなかに消えていったのだ

わたしは、自分を送ってくれる両親のすがたを見たようで
感傷的な気分になった。あれから何年と経つけれど
二人の小さな後姿を忘れずにいる。

おそらく日本中でこの時期はこのシーンが繰り返しおきるのでは
ないかと思う

しかし、ナゼ殆どの日本の家族は3世代で生活を共有する
ことがなくなったのだろうか?もはやサザエさんだけになってしまった。

前世紀は、都市圏にいろいろなものを集約し、効率化を図る必要が
あったのかもしれない。しかし、もはやこの流通・通信網が整備された
21世紀においては文化的格差という観点では
ロケーションなどあまり意味をもたない。
あるとすれば ベンリとジコマン が少し高いだけのことだ

(昔は一極集中型東京を始め
大都市圏にしか勤めるカイシャがなかったため
しかたがなかったのだがこのインターネット情報社会で
ロケーション問題だけ放置されていると感じる
もうどこでも仕事はできるし、
買い物もネットショッピングできるのにもかかわらず
相も変わらず人はトーキョーにあつまる)

集まっていいこともある。
しかし、集まり過ぎて弊害が発生しているともおもう。

全国のおじいさん、おばあさんも好き好んで
見送っているわけではない。
今後は、里帰りという風習もなくなり、たとえば
海外へのバカンスがさらに主流となり、つぎには
世代を埋める交流も徐々になくなっていくのではないか

家族のつながりも加速度的に縁・絆がきえていっている

海外旅行にでて実家に立ち寄ることがなくなった人たちが
多いときいた。コドモまでつれいくという。
レジャー(いきぬき)も確かに必要だ
ある観点では豊かになったと思う

しかし、そのコドモが大きくなったときは、
今度はどんな回遊をするのであろうか?
想像するにまったく同じもしくはさらにレベルアップするだろう。
子供は、意外と親の親の扱いかた、付き合い方を
本能的に見ているものだ。したがって善し悪しにつけ
自分のバンになったとき倍返しすることになるだろう。

このツケは、カルいようで重たいものになると思います。

…どうかな?

帰れるうちは、できるだけ帰ろう
自分が帰る対象となるために。

どこへ?…決まっている

『貴方がくるのをずっと待っている人』のもとへ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

するわけないど(友人のリコン)

それは、飲み会の宴たけなわもひとしきりおわり
みんな黙って飲むモードに切り替わったしじまの発言だった

K:…オレンとこ、リコンすることになった。

(オマーナー。そんな話題は
 2Hたってからだすなー )
 と心のなかで吼えたのち、まだ頭の中の酩酊していない
 部分の脳みそを何とかかき集め、それを総動員させて
 有効と思われる言葉を紡いだ。

私:よく考えて結論だしたのか
   おまえこの中のほとんどみんなにxxxちゃんを幸せに
   すると宣誓したんだけど。なにが原因なのか話せ。

K:うーーーーーん。…xxxが浮気した。

私:あ?…何かの間違いじゃないのか?
  xxx(すでに呼び捨て)じゃなくてオマエだったらわかるけど。

(ちなみにKはグループでは新参もので、グループにもともといたxxxを
 掠め取るようにもっていった男である。)

K:確かだ。本人に確認した。

私:(絶句)…

Kは、いままで黙っていたこころのうちをすべて吐き出すように
しゃべりはじめた。しゃべることばを確認するようにゆっくりと
それで、これはすべてゲロさせたほうがいいなと皆は感じたのか
私に任せて(クソー)黙っていた。

K:おまえ(私にむかって)結婚まだだろ。結婚するとしたら目的なんだ。

私:家庭だよな

K:そぅ。だよね。

私:質問の意図がわからない。

K:家庭となると夫と妻とガキだろ。

私:まあそうだね。

K:オレもだからオットの役をしっかりやろうと思ったんだ。

私:いいんじゃない。

K:xxxにも妻と母の役をしっかりやってほしいと思ったんだ。

私:…

K:だけどいつまでたってもそれをヤル気配…なかったんだよね。
 それで聞いてみたことがある

私:なんて

K:そろそろ子供つくろうって

私:…

K:そうしたらまだ自由でいたいなんて抜かすもんだから

私:家庭に入ってほしいといったワケだね。だろ。

(ちなみKは男の私から見ても男前である。よってxxxがよければ
 それでいいではないかとアキらめていた経緯がある)

K:そう。

(ええいままよ)
私:SEXの回数は

K:ツキイチ。

私:ツキイチかー

(さらに補足になるが、Kとxxxは共働きで
 おそらくおのおの年収が1000万円ちかいという
 巷でいうカチ組オブカチ組ゴールデンペアで
 仲間内でも一目置かれていた)

K:オレ、なんかヘンなこといってないだろ

私:いってない…で、xxxはなんて

K:なんも。その場はそれでおわったんだがxxxの友人のYYYYに同じような
 相談をしたら、オレとYYYYがデキていると勘違いしたらしい。そのお返し
 に浮気したらしい。それでオレもキれちゃった。

私:…(このへんからすっかり酔いがさめた)…結婚をきめたときそのヘンのハナシはしたの?

K:するわけないど

私:するわけないどってなんだ?してないの

K:じゃーオマエ、結婚するときに1年後に一児もうけましょう
  そしてできれば兄弟にしましょう。計画書にサインをお願いしますとか
  するのかよ。フツーしねーよな

私:やっ、契約サインはしないけど何らかのハナシはするんでねぇか

K:けっこんするというこてゃ(逆にKは泥酔に近くなっていた)
  そんなこつ…

…Kが鹿児島出身であったことをそのときに初めてしることとなった。

後日談だが、リコンの調停は恙無く進行し、
晴れて二人は独自の道をスムーズに歩みだした。
恐ろしいほどにスムーズに。
いっしょにではないが、あんまり変わりなく2人とは
それからも会っている。よかったノダこれでと思いたい。
もとの鞘におさまらなかったのは残念だが、
彼と同じ立場になったらそんなに変わらない行動を
私もとっただろう。2人にこれまで以上の幸あらんことを願う。

…ケッコンって、中々にムズカシィ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プロの「流儀」 < プロジェクトX

のっけからで恐縮ながら、
プロジェクトXと比べて、プロの流儀をおもしろく感じない。

本日はその理由分析

お恥ずかしい話だが
プロジェクトXの
「黒部ダム」や「VTR開発」のエピソードで涙ボロボロでした
家族でみる番組ではないとは思うが
大泣きする父親の姿をみせて番組はわからない子供のために
残しておくべきプログラムだと心底思う。
繰り返し見ても感動が再現する

しかし、プロの流儀は
「へー」と思うことはあっても、うおーと感動することがない
2度見ることはない。DVDレコーダでも削除対象だ

なんでかなーと自己分析をしてみた
わかったのは番組づくりの方針転換だ

価値基準が
逆境克服から成功ケッカへ
チーム(継承・連携)からある一人のコジンへ
執念からテクニックへ

表現の対象がシフトしたことかなと思っている
まっ、どれも今のトレンドなんだけどね。

確かに、終盤のプロジェクトはネタ不足の面が否めなかったと思う
それでもいまのシリーズよりは良かった。

番組づくりとして、今の風潮をいれないといけないということはわかる。
長寿人気番組はマンネリ化するし、
何しろ総合プロデューサーが人間力を持続できず
制作の緊張感も薄れるし、受けてのほうも
飽きてくる人が増えていくからだ

しかし、私はプロジェクトXは
つづけてほしかった。
人間や社会の根源を表現した素晴らしい番組だった。

公式HPを見ると、再放送の予定はないらしい。
残念。無念だ。

まっ、マジメな話をつらつら書いてみたが、ホントーのところは…
…膳場さん カムバック!!!(もう、ムリなんだけど)

| | コメント (1)

ヘルプデスク業務の特異性に関する苦悩

ヘルプデスクをやっているとその仕事の本質を見極めたとき、
なんとも表現できない感慨・感情を持つ。

それは、ヘルプデスクの存在意義に関わるところです。

…そもそも、ヘルプデスクは何で『外部委託』かということです。

『外部委託』=『アウトソーシング』である。

『アウトソーシング』の意味は下記の通り。
自社に培う必要のない技術・ノウハウ
または業務工数
を外部から人工買いし、
正社員において費用発生している人材開発(教育)費・福利厚生費が
発生しないようにするコストダウン手法。

外部Webとして関連リンクを紹介しておく。
アウトソーシング アウトソース 徹底活用術 経費削減 コストダウン論
情報システム部門の効果的アウトソーシング
わが国におけるアウトーソングの現状と今後の課題

アウトソーサの担い手としては
・派遣(協働者)
・アルバイト
・パート

などである。

21世紀の日本の経営手法として
派遣の利用・活用が重要視されている。

どうしても
会社の血・肉・骨・(脳みそ!)として残し、育てておきたい
人材(コア人材という)と、手足(人手)を選別し、
人手に近い業務は外部流出費から処理をした方が、
『経営上の効率化』が図れる。

アウトソーシングを行える業種・業態としては
・間接部門
・管理部門(経理・総務)
・ロジスティック部門(物流)
・製造(ライン)部門
が今まで主流でしたが、極端な話、聖域はなくて
経営者(社長ではない)以外すべて外注化できそうな勢いだ

会社として取替えの効かない部分と、効く部分を区別し、
それぞれコスト管理を分けていくという一般的な経営手法である

経営者が、何をコア人材として捉えているかにより、その閾は変わっていく
20世紀型経営は、社員は家族と同様であり、経営者は親であり、
 躾レベルから、教育のコストをかけるのは当然

という考えから

21世紀型経営は、社員と謂えど、経営のためのリソース(資源)の一部であり、
 使えるリソースを妥当なコストで雇う

と変わってきている

正社員は、コア人材としてマネジメント・経営に参画を期待される。
正社員以外は、人手・定型業務を行う。
…必要がなくなったら継続契約を打ち切る。

例えば、アウトソーシング担当の貢献により、
その会社が業績があがり、給与やボーナスUPが
されたとしても、それは正社員への還元があるだけです。

----

翻ってヘルプデスクが外部委託であることを考えてみると

情報管理・推進部門のマネジメント層は、コア人材と言える。
ただし、前述したように 
推進部門がマネジメントシステムをまわす業務だけに専念できるように
ヘルプデスクを雇うことが多く、

実際のヘルプデスクが請け負う作業は
企画業務の立案・参画・決済ではなく、
・日々のマイナー障害対応
・FAQ応対
・定型作業(OSのアップグレード・クライアントPCの移設)
・運用(装置の保守・点検/情報資産のバックアップ)
が主業務となっている。

ヘルプデスクの悩み、それは、
『自分はより価値が高く、責任が重い仕事をしたいと感じているのに、ユーザからはその仕事が回ってくる頻度が少ない。またはまわってこない』
といえる

会社として、『派遣』は社員ではない

いくら実力・素養があるとはいえ、

…ヘルプデスク担当に、専門性の高い仕事を任せてしまうと、
契約が更新されなかったときに、技術の流出となるばかりでなく、
せっかく蓄積・構築した社内マネジメントシステムまで失いかねないため、
技術として困難な部分、または長期的に構築していく専門のテーマについては、
正社員に担わせるのが、そのための費用のコスト管理(回収)という観点からも、
会社の運営として至極当然の人材登用手法といえます。

補足資料 - 【ヘルプデスクとはいったい何なのか?】

一般的な定義は、Web外部公開資料
運用コストを減らすワザ50 - ヘルプデスクとは
多機能ヘルプデスクがなぜ重要なのか
ヘルプデスクとは 【help desk】 ─ 意味・解説 : IT用語辞典 e-Words
におまかせするとして、筆者が実業務で体験した感覚からすれば次の語彙群に集約される。

IT消防士(火消し屋)
IT駆け込み寺(何とかしてください)
ITすぐやる課(万なんでもや)

つまり、
IT事業のリソース(クライアントPC・サーバ・ネットワーク・SW・OS)が
人間にとってまだまだ成熟していない商品であるために、
おきるすべてのユーザヒューマンエラーについて対策をとる専門部隊

というのが第一義的な意味となる。

おおむね、組織としてヘルプデスク部隊を設けている事業体は
管理部門下にそのセクションをつくり、
ヘルプデスクのコストを削減して利益を創出させるために、
アウトソースによってその機能を得ており、自社で教育して
構築しているところは少ない。

タイプとしては
常駐型(ユーザ張り付き型)
非常駐型(リモート・コール・メール)
のおおきく2種にわかれる。

ヘルプデスクの存在目的(価値)は

事業運営のなかでITを利用しているユーザが、
本来の業務に立ち向かう、時間・思考・行動など妨げられないように
即時解決または予防対策を施し、
極力IT利用についての正社員(ユーザ)のロスを0に近づけること。

となる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

RIZE > Munich。

本日は、『ミュンヘン』と『RIZE』。
書いている場所は、終わったあとの帰り道にある喫茶店。

土曜日の夜なので喧騒が絶えない。
まだ、頭のなかで整理がされていないことを書き散らします。

いつものようにネタバレなし。というか結末をふくむスクリプトを
を書くことに意義を感じない。

映画をみたときの面白さとして
受け手がいかほどその表現したものに共有感を持てたか
主人公がいたならば映画のなかでの行動をする動機付けや心境
に共有感をもてるかということは重要だ。

それを踏まえたうえでGo。

(ミュンヘン
オトコのワタシからいわせると、
オンナの皆さんには知られたくない表現がはいっており、
ここは強く解説しておきたい。

主人公は、大儀のためいろいろと○いことをする。

しかし、本当は大儀のためなんていいわけで
最初の動機はジブンと家族のためなんである。
劇中でも奥さんにハッパをかけられるシーンがある。

本編におけるリアルはここにある。
なにがリアルかというと、
べつに国際紛争やイデオロギーの対立を持ち出すまでもなく

実は、いってくるよといってただいまと帰るまで
家族をステるか、それをとってヤるかという決断はこのニホンの
カイシャ世界においてもよくあることなのである。
単に、銃やからくりバクダンなどの殺人がないだけのことだ

「えー?お父さん(もしくはアナタ)、コレ本当?」
と聞いたトコロでおとーさんは笑って答えない。
カイシャにいっている女の人も見たことないと思う。
当たり前である。本当に見せていないんだから。
オトコは女にそれをみせたくないので
狡猾かつ強引にそのことからオンナたちを隔絶している。

劇中の主人公の奥さんもそういう扱いであったが、
あれがフツーである。

見たことある女の方は、「オメデトウ。」
貴方はオトコの仲間入りである。そしてご愁傷様。

逆に、男なのにその局面に出会ったことないヒト。
ごめんなさい。アナタまだオトコ扱いされていません。

大きな世界を描いているようで、かなりミジカなことを
いっているような映画である。
結末がないような形の仕立てかたになっているが
その表現そのものが結論と受け止めた。
私のいったことを裏付ける台詞や絵が
わりと頻繁にでてくるので探してくんなまし。

それと、ホントーのテロリストたちも
あんなフツーのおじさんたちなのかも。
いままでのイメージが覆った。

評価 65点。
(ニホンジンには、わりかしワカンナイかも。)
いいたいことはわかるんだけどユーモアもうすこし入れて。

(RIZE

口直し(すみません)もかねて立て続けにみた

ダンスのパフォーマンスだけかなと最初は思ったが
ナカナカどうしてヨかった。ナけた。

・ダンスのこと
・家族や社会のこと
・銃やドラックのこと

…そして、「生きていく」ということ

それらが踊りのように絡み合い、お互いを引き立てていた。

棺おけ屋の親父さんが吼えていたコトバ(アレ、セリフじゃないよね
が耳について離れない。

評価 80点

2つの映画には「HOME」という言葉がでてくるので
機会がある方は映くらべてみてほしい。

ワタシが知らないだけかも知れないが
(と、断ったうえで)
世界とはこんなにヒドいのかと思う反面
彼らのもつ何か(言葉では表せられない
で私があまりもっていないモノについて羨ましくおもうこともある。
これについては、私も未整理だし、蛇足になるので割愛します。
…日本とは、ナンだかんだいっても平和だ。

それじゃ、帰ります。また明日。

| | コメント (2) | トラックバック (16)

マスコミやケーサツが追い抜かれた日

本日は、インターネットに生まれたブログというものが
マスコミやケーサツをはじめとする
公的な表舞台の情報機関の機能・性能を
追い抜いた日として記憶しておきたい。
残るは公安だけだが、それもそう遠い日ではないだろう。

世の中には事情通という人がいる
誰よりも早く世の中の事実を捉えて
その情報を生業としている人たちだ。

かつてその人たちの情報のベンド先は
マスコミやケーサツで
ユーザはその機能に頼ってきた。
否、頼り切っていたといって過言ではない。

今、おきていること。
それは、ケーサツやマスコミがつかむ情報は、
すでにインターネットにて配信されている
TVをはじめとする電波媒体
およびアングラを得意とするペーパーが
したり顔で報道するセンセーショナル情報は
既に、インターネットの特にブログ・チャット情報
にある。それをブログのトラッキングで確認した。

情報主体者である本人または
その近くにいる人が 直接
ブログをつかって情報を配信している。

実例をいくつか示そう

ホリエ・狂牛については
きっこのブログ】がそれにあたる。

彼女(たぶん)の書くとおりに事態がおきている

彼女の情報網はブログ界においても強力無比で
公安がオサエにいくのではないかと心配になるほどだ

それから、姉歯マンション関連では

マンションの住民当事者がブログを立ち上げ、
ほぼリアルタイムにおこった出来事を配信している。

情報主体(本人)から、直接情報がとれる。
それが21世紀だ。

既存メディアを生業とする人たちよ
心してほしい。
貴方たちは自分たちの存在価値を
失いかけていることを。

国の捜査・検挙機能を代行する者たちよ
世の中の流れに追随したいならば
得る情報源の軸足を変えてほしい。
昨今の世の中の悪党どもは
ことのほか動きが素早いからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

ブログ依存に罹りました

ブログやりすぎだ。依存症といっていいくらいだ。

人間は24Hしか与えられていないので
これをどう切り盛りしていくかは非常に重要なテーマである。

単に書くだけなら頭や心にいままでためたり
書いているうちに湧き出たものをかきとめればよかったので
さほど(と、いっても1Hくらいだが)かからない。

問題はまずは読むほうである。
面白すぎてTV(夜好きだった報道ニュース)を殆ど見なくなった。
時間がなくて掲示板やチャットもやめてしまった。

取材(記事のトラッキング)の過程で
素晴らしいブロガーたちにどうしても出遭ってしまう。
日本にはこんなに強力な論客が埋もれていたのかと思うほどだ
これと比べるとTVのコメンテーターの【うすっぺらい】こと。
仕事(プロ)として、敢えてレベルを下げているのだと思いたい

感銘を受ける表現や着眼点あるいはいままでの
経験や取材(知識)に裏打ちされたの厚みのある主張
真鍋るものが大きい。

そのため、書くだけでなく読むことにかなりの時間を遣う。

それにしても驚いたのはみんな真剣かつ理性的に表現していることだ
書くための準備(取材量)もものすごい。
ワタシはもっとエンターテナーか、もしくは【おちゃらけた】表現が多いのかな
(勿論その要素もある)と思っていたのだが、日本人の気質なのかどうかしらないが
中身についてはとても真剣に主張・表現している(一部除く)

心に響く表現に出遭ったときは
わたしはとにかくできるだけその人の全ブログを遡ってみることにしている
そのヒトの【ひととなり】が知りたいからだ。

そうすると、あることに気がつく。

殆どみんな、最初っからスゴイブロガーだったわけではなく、
ある日、忽然として変貌するのである。

最初は、日記をベースとして起想記から始まる
しかし、たとえば何かの事件やある記事にであうと
まるでなにかが降りてきたように変わる日がある。

『誰か(おそらくは師)と出遭ったんだろうな』とおもう。

共通しているのは、『未来への危機感』である。
あまり、みんな明るい未来を想定していない。

読んで、書いて、かなりの時間を遣うのだが
まだ終わらない。つぎはトラックバックと必要ならばコメントだ。

これもやらずにはおれない。とくにいまは
反論主張のためよりは、同意と支持応援に使う。

みんな無関心ではなく、意外と未来のことを考えていることがわかる。
まだ、ニホンは大丈夫なのかも。と、思う。
これらのヒトが活躍できる舞台があればの話しだけど。

ブログをはじめてよかった。
バスが、ついた。ではまた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マカーな人たちとの不毛な闘争

このブログをやる前の話だけれど

かつて一度だけネットの世界で不毛な論争をした

そのときの苦い経験は
今になるととても私の表現手法にいい影響を与えてくれた。

舞台となったのはケージバン。

スレッドテーマは、ウィンテルをマカーたちがこき下ろす
ところだ。ワタシは自分の【独論】に自信と確信をもっていたので
単身乗り込んでいった。

ワタシの趣旨は
・市場原理(シェア)の事実こそがユーザ選択の真理だ
 (現象事実は、素直に認めよう。)

・Macの素晴らしさを表現するのならわかるが
 ナゼことあるごとに、PCがMacより劣っているという表現を
 するのか?、その表現手法そのものが僻み根性丸出しの野党。
 (これは、既存のマカージャーナルもそうなので、問題提起
  もかねていた)

・貴方たちがやれオリジナルのあるUIだ、すばらしいアーキテクチャ
 といっている間に送り手(ベンダ:A社)の方が方針を変えた
 これについて触れる人がいないのはナゼ。
 (これはつかれると私でもイタイ。あいたた)

とまーいまにして思うとどうでもいいようなコトなのだが
そのときは勇んで【けちょんけちょん】にしてやろうと画策していたのである。

ところでケージバンはダイナミックな意見交換が図れるところ
が魅力だ。その場その場で対応を迫られるので脳みその違う
ところを使う。また、長文はご法度(放置プレイ→スルーされる。)なので
短文で自分の主張を表現しなければならない。

それを踏まえて勇んで議場に取り込んでみたものの
結果は燦々たるありさまとなった。

まず、話の流れをコントロールできない。

よくわからない発言により、話題がころころかわるので
話の内容を「深化」できない。

基本的に自分の主張に疑いをもたないので
話を聞いていない。他の人の発言に反応せず
自分の主張を繰り返すのみ。

結果的には単にマカーたちに弄ばれる(おもちゃにされる)だけとなり
途轍もない敗北感を味わった。

あとになってわかったことだが
彼らは、議論をしたくて集まっていたのではないということだ
つまるところ、「議場」ではなかった。

ニーズがないのに議論をベンドしてもダメってことだね。
バスが到着してしまった。続きはまた、いつか。

| | コメント (0)

« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »