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ブログ依存に罹りました

ブログやりすぎだ。依存症といっていいくらいだ。

人間は24Hしか与えられていないので
これをどう切り盛りしていくかは非常に重要なテーマである。

単に書くだけなら頭や心にいままでためたり
書いているうちに湧き出たものをかきとめればよかったので
さほど(と、いっても1Hくらいだが)かからない。

問題はまずは読むほうである。
面白すぎてTV(夜好きだった報道ニュース)を殆ど見なくなった。
時間がなくて掲示板やチャットもやめてしまった。

取材(記事のトラッキング)の過程で
素晴らしいブロガーたちにどうしても出遭ってしまう。
日本にはこんなに強力な論客が埋もれていたのかと思うほどだ
これと比べるとTVのコメンテーターの【うすっぺらい】こと。
仕事(プロ)として、敢えてレベルを下げているのだと思いたい

感銘を受ける表現や着眼点あるいはいままでの
経験や取材(知識)に裏打ちされたの厚みのある主張
真鍋るものが大きい。

そのため、書くだけでなく読むことにかなりの時間を遣う。

それにしても驚いたのはみんな真剣かつ理性的に表現していることだ
書くための準備(取材量)もものすごい。
ワタシはもっとエンターテナーか、もしくは【おちゃらけた】表現が多いのかな
(勿論その要素もある)と思っていたのだが、日本人の気質なのかどうかしらないが
中身についてはとても真剣に主張・表現している(一部除く)

心に響く表現に出遭ったときは
わたしはとにかくできるだけその人の全ブログを遡ってみることにしている
そのヒトの【ひととなり】が知りたいからだ。

そうすると、あることに気がつく。

殆どみんな、最初っからスゴイブロガーだったわけではなく、
ある日、忽然として変貌するのである。

最初は、日記をベースとして起想記から始まる
しかし、たとえば何かの事件やある記事にであうと
まるでなにかが降りてきたように変わる日がある。

『誰か(おそらくは師)と出遭ったんだろうな』とおもう。

共通しているのは、『未来への危機感』である。
あまり、みんな明るい未来を想定していない。

読んで、書いて、かなりの時間を遣うのだが
まだ終わらない。つぎはトラックバックと必要ならばコメントだ。

これもやらずにはおれない。とくにいまは
反論主張のためよりは、同意と支持応援に使う。

みんな無関心ではなく、意外と未来のことを考えていることがわかる。
まだ、ニホンは大丈夫なのかも。と、思う。
これらのヒトが活躍できる舞台があればの話しだけど。

ブログをはじめてよかった。
バスが、ついた。ではまた。

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