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マカーな人たちとの不毛な闘争

このブログをやる前の話だけれど

かつて一度だけネットの世界で不毛な論争をした

そのときの苦い経験は
今になるととても私の表現手法にいい影響を与えてくれた。

舞台となったのはケージバン。

スレッドテーマは、ウィンテルをマカーたちがこき下ろす
ところだ。ワタシは自分の【独論】に自信と確信をもっていたので
単身乗り込んでいった。

ワタシの趣旨は
・市場原理(シェア)の事実こそがユーザ選択の真理だ
 (現象事実は、素直に認めよう。)

・Macの素晴らしさを表現するのならわかるが
 ナゼことあるごとに、PCがMacより劣っているという表現を
 するのか?、その表現手法そのものが僻み根性丸出しの野党。
 (これは、既存のマカージャーナルもそうなので、問題提起
  もかねていた)

・貴方たちがやれオリジナルのあるUIだ、すばらしいアーキテクチャ
 といっている間に送り手(ベンダ:A社)の方が方針を変えた
 これについて触れる人がいないのはナゼ。
 (これはつかれると私でもイタイ。あいたた)

とまーいまにして思うとどうでもいいようなコトなのだが
そのときは勇んで【けちょんけちょん】にしてやろうと画策していたのである。

ところでケージバンはダイナミックな意見交換が図れるところ
が魅力だ。その場その場で対応を迫られるので脳みその違う
ところを使う。また、長文はご法度(放置プレイ→スルーされる。)なので
短文で自分の主張を表現しなければならない。

それを踏まえて勇んで議場に取り込んでみたものの
結果は燦々たるありさまとなった。

まず、話の流れをコントロールできない。

よくわからない発言により、話題がころころかわるので
話の内容を「深化」できない。

基本的に自分の主張に疑いをもたないので
話を聞いていない。他の人の発言に反応せず
自分の主張を繰り返すのみ。

結果的には単にマカーたちに弄ばれる(おもちゃにされる)だけとなり
途轍もない敗北感を味わった。

あとになってわかったことだが
彼らは、議論をしたくて集まっていたのではないということだ
つまるところ、「議場」ではなかった。

ニーズがないのに議論をベンドしてもダメってことだね。
バスが到着してしまった。続きはまた、いつか。

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