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カエるところ

いつから、全国民はこのような仕来りをするようになったのだろうか
盆暮れの、『国内民族大移動』である
世界的にみても稀有な現象らしい

これにまつわる、
まだ、私が社会人になって数年というときにみた
…ある体験を書きます

当時私は一人で片道約700Kmの道のりを運転し盆暮れに帰省する
というなかなか元気なことをやっていた。クルマが好きだったし
ドライブ(当時は走り)も好きだったので、何の苦もなくやっていた

ある年の帰省で、東京に戻るとき
高速道路が事故渋滞したため、下(一般道路)に
降りてやりすごそうととしたときのことである

ま、降りたところで同じことをする人は多く
下の道も激混みで、ぴったりとまってしまった

するとあるところで、これから都心に戻る家族と、それを
見送る老夫婦の一部始終をみることとなった

とはいえ何か特別なことがおきることはなく
孫が元気にのりこみ、妻が挨拶し、最後に夫がハンドルを
握って「いってきます」とばかりに出発した

老夫婦は、クルマが見えなくなるまでずっと手を振っていた
そして、クルマが見えなくなるとお互い顔を見合わせるでもなく
そぼ、そぼ、と暗い玄関のなかに消えていったのだ

わたしは、自分を送ってくれる両親のすがたを見たようで
感傷的な気分になった。あれから何年と経つけれど
二人の小さな後姿を忘れずにいる。

おそらく日本中でこの時期はこのシーンが繰り返しおきるのでは
ないかと思う

しかし、ナゼ殆どの日本の家族は3世代で生活を共有する
ことがなくなったのだろうか?もはやサザエさんだけになってしまった。

前世紀は、都市圏にいろいろなものを集約し、効率化を図る必要が
あったのかもしれない。しかし、もはやこの流通・通信網が整備された
21世紀においては文化的格差という観点では
ロケーションなどあまり意味をもたない。
あるとすれば ベンリとジコマン が少し高いだけのことだ

(昔は一極集中型東京を始め
大都市圏にしか勤めるカイシャがなかったため
しかたがなかったのだがこのインターネット情報社会で
ロケーション問題だけ放置されていると感じる
もうどこでも仕事はできるし、
買い物もネットショッピングできるのにもかかわらず
相も変わらず人はトーキョーにあつまる)

集まっていいこともある。
しかし、集まり過ぎて弊害が発生しているともおもう。

全国のおじいさん、おばあさんも好き好んで
見送っているわけではない。
今後は、里帰りという風習もなくなり、たとえば
海外へのバカンスがさらに主流となり、つぎには
世代を埋める交流も徐々になくなっていくのではないか

家族のつながりも加速度的に縁・絆がきえていっている

海外旅行にでて実家に立ち寄ることがなくなった人たちが
多いときいた。コドモまでつれいくという。
レジャー(いきぬき)も確かに必要だ
ある観点では豊かになったと思う

しかし、そのコドモが大きくなったときは、
今度はどんな回遊をするのであろうか?
想像するにまったく同じもしくはさらにレベルアップするだろう。
子供は、意外と親の親の扱いかた、付き合い方を
本能的に見ているものだ。したがって善し悪しにつけ
自分のバンになったとき倍返しすることになるだろう。

このツケは、カルいようで重たいものになると思います。

…どうかな?

帰れるうちは、できるだけ帰ろう
自分が帰る対象となるために。

どこへ?…決まっている

『貴方がくるのをずっと待っている人』のもとへ。

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