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2006年3月

カネより想い出-Part1

読者は、何時に帰着していますか?…家に。

そして

「ただいま。」と声を発してなにが返ってくるでしょう?

・「ぉかぇり…」という疲れきった女の声のみ
・『し…………………………ん(無音の静けさ)』
・どたどたどたどたとと突進して首にまとわりつく娘たち。
  『ぱぱーーーおみやげは?----おみやげ。』
  「あっ、ちょっとまったあぶないあぶない。コレだよ」
 ばっとお土産だけ奪い取り、居間にすっ飛んでいく娘たち
 ジブンのコートを脱ぐ音と、包み紙をびりびりやぶく音が同時に聞こえる。
 「コラっ、『お帰りなさい』でしょ。」と奥で聞こえる妻の声
   「ずる~~~ぃ。おねぇちゃーん。それxxxのーー。」…きいてない
  『おかえり』はいつ聞けるんだろな 
  といいながらビールの入っている冷蔵庫へ進むと
  「ご苦労様。」とやっと挨拶の返しが聞けた。

ーーーのどれでしょうか。…えつ?どれでもない?

ーーーー(閑話休題)

貴方の、一番古い想い出はなんですか?

ワタシは、多分まだうまく歩けないほどのときの
父がワタシを「高い高い」しているときのイメージだ。(あくまでも記憶)
その「高い高い」は、手でやるのではなく、父親が仰向けに寝て、
足の裏で子供の腹を支えて、手放しでやるアクロバティックなものだ。

恐怖と、足のうらのぐにゅぐにゅ感が胸でこそばよく
その相反するものが同時に押し寄せてくるのが「愉快」で
笑っていたような気がする。
そうしているワタシを見て、目の前の父も笑っていたような気がする………

ーーーーーー
起死回生の再生を果たした 日本第2のクルマメーカ。そのCMのコピーで
いまもココロに残るのは

「モノより、想い出。」

このコピーの説明は、私の読者ならば不要だろう。

ーーーーーーー
『なぜ、いまの仕事を続けていますか?』という問いについて

「?。家族のためです」

といえる人は多いとはおもうけど、さらに質問をかさねる。

『それは、どうして?』

「えっ?どうもこうもないでしょう?一家の大黒柱として
 かせがにゃならんのです。塾の月謝や家のローンがあるんだ!」

『もうすこしわかりやすく答えてください。』

「えーい。一体なんなんだよアンタは?【家族の幸せ】のためだよ」

『なるほど。なるほど。うーーーん。ところで…
 【家族の幸せ】ってナンですか?』

「貴様!なめとんのかこりゃ。お、やんのかこら!!」

…彼は、怒ってしまった。

しかし、意外と【幸せの送り先】への気持ちがずれることはあるらしい。

ーーーーーーーーーー
『xxxちゃん、はじめましてこんにちは』

「……こんにちは…おじちゃんだれ?」

『あ、わたしですか。【神様】です。どうも。』

「かみさま?(ぱっと輝く。)」

『もう8時ですよ。寝ないといけないのではないですか?』

「…おとーさんのかえりをまってる。。。」

『そうですか。しかし、もう寝ないと……
 代わりにオトーサンに伝えたいことが
 あったら、私が伝えてあげますから、言ってください。』

「……はやく、……かえってきてほしい。…」

ーーーー
…世の、オトーサン、そしておかあさんたちよ。

貴方は子供に逢うジカンを我慢して削ってまで、
シゴトをしているのだろう。
カネは確かに大切だ、コドモを育てるために。
しかし、残念ながら、それだけでは「不足」なのだ。

A:『いつかは、コドモもわかってくれる。』

また、

B:『いつかは、暇になり子供と話しを交わせる日もくる』

【いつかは】ではダメなのだ

Aは、まず、その日が訪れることはないだろう。
Bは、いつかではなく、『今』しかない。

「【いま】時間をつくりなさい。」

…親と子供の絆を繋ぐもの。それはコドモのときのたわいのないオヤとの体験だ

オレ、小学生のときに毎日オヤジとシートノックしたんだぜ。

ワタシ、おままごとじゃなくておかーさんの食事の手伝いをしてたの
いつもおとーさんに一品つくって食べてもらったんだ。
いま思うと…よく食べてくれたと思う。

【家族の幸せ】をもう一度考え、できるならば家族で話し合おう。

それのありなしで、
・親をオヤともおもわないモノ
または
・親を認識し尊敬していく者
のどちらかになる。

ここまで読み進めてくれたアナタに最後のQ

『想い出、作っていますか?』

…想い出をまだまだつくることさえできない朱色会が、世界のある場所から
 全世界へ配信いたしました。

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部長といふもの

今日は、ワタシについての5回目となる
少々シリアスになるので、よろしく。

実は、私は大きな労組の執行委員(役員)
単組としては2000人超の書記長をやっていたことがある
ジコマンの話ではなくて、そのときに出遭った出来事の報告と
わたしが『部長』という存在に思うことを上梓します

私を単なるパソコン青年から、「人間」にしてくれたのは
社会にでてからは間違いなく『労働組合』だ。

その経験は、私にものごとの捉え方、人間をどう見るかの
基本路線を築いてくれた。執行委員としても大変に鍛えれた。

『組合』というと
若いひとたちは「社会主義的」なものの象徴や
「ストライキ」を代表とする経営との対立組織というイメージがある
だろうが、当時の組合は(いまもだけど)
労働者の代表権を担う
いわば会社との交渉権を委任された代議士だった

そこには、すばらしい先輩たちがいた。

そして、会社というものの全体を理解したのもその3年間だ。
それまでは、机の上のことしか見えていなかった
いや…白状するとそれしか関心がなかったのである。

希望するSW開発部門に新卒で採用され、
その開発部のエースの下に入れてもらった。そのため、いまからして思うと
かなり驕り高ぶっていたと思う。

売り上げ?利益?⇒営業のシゴトでしょ。がんばって。
アカウント・勤怠管理⇒総務の仕事でしょ。かんけーないなー

売り上げの数値を部会で見せられても、
上下のみチェックし、あとは課せられたテーマであるアルゴリズムの世界に
埋没していった。それが自分のシゴトだと割り切っていた。正直部長の話なぞ
部会の途中で忘れていたし、それで何の弊害もなかった

そのあとおこる顛末は、前回までのブログの内容に任せるとして

本節では、執行委員をやっていたときに体験したある事件について話しておく

これを体験したことによって

私は「ウエノヒト」が偉いという概念を抹消してしまったのである。
それでははじめる

ーーー
組合には『選挙』というものがある。
組合員のなかから、
コレはとおもう代議士機能を果たせる者を選出しなければならない

そのため、選挙であるがじつはあたりをつける。いうなればお願いするのだ
だれでもいいというわけにはいかない。組合の代表だから、自分勝手な者
自分のことだけ考えている者はたとえ立候補でも除外しなれければならない

あくまでも『公』を意識できる人間でなくてはならない

それで、見所のある者を選出し、議員に立候補してもらうように
お願いするのだ。
ただし、殆どの者が辞退または難色を示す。
当たり前である。執行委員は手当てはでるものの、
かなりの自分の時間を手弁当で拠出せねばならない。
また、経営陣と渡り合うため、
「目をつけられる」のではないかという危惧もある

それでも、ゼッタイこの人は必要だと思ったら、
執行委員・役員で、その人の『折伏』にかかるのである。

そのときに協力要請をするのが、もうすでに組合を脱している管理職の上司だ
この組合と職制の「説得」により、首を立てにふってもらうというわけである

(わたしの場合は、最初からやってみたいという気持ちがあったのでそこまで
 はやられなった)

対象となったのは、課長前の主任だった。

最初は申し出に対しては頑なだったので、事前に部長をよび、
組合にこの人は必要だ、と説明をして、協力を依頼した

部長は、『よし、わかった。出す』と、快諾してくれた。
営業統括の首領(ドン)といわれている男をオとしたので
仕事は99%完了となったかに(その時点では)思えた。

そこで、私、職場の部長、そして他の役員2名にて
改めてその男に立候補のお願いをしたのである。

もう少しで折れそうなところで、
一度職場に残務があるため戻りたいという。
「それなら戻ってきたら返事を聞かせてください。」
と帰した。

すると、男は、同僚の課長全員(5,6人)を引き連れ、
帰ってきた、そしておもむろに
「やっぱりやらない」という
ついてきた課長も口々に彼が執行委員をやることを反対した
厳しい口調で主張する先は、われわれ組合執行委員というよりは
その場にいた部長への憤りと強い指摘というように感じられた

私たち組合側としてみたとき
まずいことをしてくれたなとおもう反面 男を羨ましくも思った
やっていることはマチガっているが、男を助けたいというココロから
このような暴挙にでたのだろうが…しかし

課長たちは【組合の機能】を曲解しているのだ
あるいは、課長になる試練でそのことを忘却してしまっているのである
人数的な構図でいうと組合のつるしあげにちかい形に彼らは激昂していった

『ここまで嫌われているとはな…』

落胆の表情を見せるわけにもいかず、
粘り強く説得をつづけた。
なぜなら孤立無援になったわれわれに対し
快諾してくれた部長が、助け舟をだし、
間違った行動を示している部下たち全員をこの場で
正してくれるとおもったからだ。

…しかし、そうはならなかった。

板ばさみになった部長は、あろうことか
手のひらを返したように
こんなに職場で求められてる男はやっぱり出せないと態度を覆した。

唖然とする(カオには決してだせないが)われわれ。

『部長なんて、こんなものか…』

脳裏に浮かんだこの言葉を打ち消して、
私と役員は、顔を見合わせ、目で合図を送りあった。

『残念だけど、あきらめよう。』

…そして、口を開いた。

「職場の関係をこわすまでこちらもお願いできる立場にはありません。
 大変残念ではありますがあきらめます」

…意気揚々とかえる男と課長たち。
残った部長もばつが悪そうにそのあとに続いてそそくさと
職場に帰っていった。

残されたわれわれは、あまりの事態に言葉を失い
しばらく組合事務所の会議室は、沈黙が支配した。

ーーー
会社が変わってしまったのでもう詳細はわからないが
まだ、その部長は部長をやっているようだ。

私は、あの部長だけが特別な人間であるとは考えていない

部長という立場の危うさ(課長連あっての立場であること)
人間としての格の低さ
そして、信念のなさ

をまざまざとその部長は見せ付けてくれた
『エラくなるということは、こういうことなんだな…』

…他もそんなに変わらないだろう。

部長になる人間とはこんなものだ
否、こういうことができないと部長になれないということだろう

本件のような話ならばまだまだ印象強く覚えていることが
あるので、折を見て紹介していく。

本日はこんなところで。ちょうどバスがついた。また明日。

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ヒトの命

私には妻はいないが、

自分の妻が自殺する事態というのを想像すると
これほどの酷い事態はないなという感じだ
…それも自分の起こした事件が関わっているとなると……

またしても驚愕し
思考停止するほどの事件がおきた。

うーん。何もいえないな…。

ちょっとだけ引用させてもらう

ーーーー(引用開始)

・ある中学生のブログ
…車見たらサンルーフが壊れてて死体があったという
 精神的ショックを受けただろう発見者がカワイソウ・・・。

・マンション被害者のブログ
…異常な取材攻勢と、理不尽な報道、不愉快な視線に
 曝されているという点については、
立場をこえて不快感を共有できるような気がします。
 はっきり言って、迷惑でした。許せません。

・その他印象に残ったブログ記事
惨めな思いをしたことだろうか。
ひどい嫌がらせもあったかもしれない。
生活も大きく変わったかもしれない。
近所の人と顔を合わせられなくなったかもしれない。

…(中略)…

地震がおきてたくさんの被害者が出るような最悪の被害
が出る前に発覚して良かったんだと、
前向きにまた一から出直してほしかった。
でも、もういっぱいいっぱいだったのかもしれませんね

私が姉歯氏の奥様だったら
本当に悲しくてつらい気持ちになったと思います。
だって、自分の身体が弱いから
こんなに沢山の人たちを巻き込んで大変なことになってしまったのか・・・。
と考えてしまうから

ーーーー(引用終了)

…巨大な哀しみに満たされたココロを、
 いろんな義憤でうめようとしているジブンがいる…
でも、それってやっぱりジブンのためなんだ。他人のためじゃなくてね。

想像するのは、故人にもご遺族にも不謹慎なことではあるけれど
マンションの踊り場で靴を脱いだときの奥さんの心情を察すると
なにかこう、なにかこう胸にこみ上げてくるものがある…

最大の絶望。最大の哀しみ それからなんとしても逃れたい…
「ゴメンナサイ。アナタ」

……………なぜ、こんなことに気がつかなかったのか?
……ブロガをやっていて最大の失態だ。

「コレは、…防げた。」

そして、依然として、まだ防げるものは「ある。」

容疑者とその関係人を、監視、保護できるヒトがいると思う。
24H離れないで欲しい。そして

『声』をかけてやって欲しい。

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『国語』=【倭語】?

時事ネタです。テーマは『英語教育の小学校導入』

いやー私も英語には苦労しました
なんでガイジン様の【国語】をベンキョせねばならないのか
当時はマジで悩みました。「いつ使うんだろ?」

出会ったときは暗号に見えました。
足掛け3+3+2くらいですかいやー8年間か…ハチネンカンは短くないよね

…んで、その苦労が報われたのは、ナナナント
英語の学業としての修了を経て、やっと8年たってから…ナガッ!!
(中学1,2年の知識しか脳みそに残っていなかった…orz)

中国の外注をつかってシステムを組むときになったときだね。
彼は日本語ができなかった。
『ネイティブ(どの中国語か忘れた)』と英語をカタコト話せたのみ
というヒトと組むこととなった。サイは投げられた。
仕事を進めていくしかない。
お互いに額に汗をかいて、「ボディランゲージ」を交えながら
意思や考えを文字どおり手探りで、確かめ合った。

それでなんとか彼はワタシの期待に応えてくれ、
クライアントが満足するものを納めることができたんだ
あのときは大変だったけど楽しかったなー
日本人の小生意気な後輩と仕事するよか10倍大変だったけど充実してた

あのときの収穫は、文化の異なるヒトと
仕事を進めていくにしろ、大切なのは『テク』じゃなくて【スピリット】

(情熱と思いやり)

だってこと。これがお互いに通じれば成功するし、
通じなければ、どんなに技術的に両者が通じていても失敗する。

残念なのは、プライベートまで交流できなかったこと
彼は仕事としてワタシと付き合っていたことが分かっていたので
なかなか本当の意味での付き合いまでには行けなかった
至りたかったんだけどね。
天安門事件とか、シャカイシュギってコッチにきてみてドゥ
チュウゴクってどうよとか
とかやりたかったなー。マジで。

それはココロ残り。

…んで、英語教育のスタートの前倒しなんだけどーー

いいんですよ。どうせねらいは【コクサイ化】でしょ。

国際人としてのバックボーンとしてエイゴは不可欠。
たしかに、『はらへった』も意思表示できないと行き倒れになっちゃうしね
『あいしてる』も外国語だとなんとなくいいやすそうだし…

んで、アタマがやわらかーーーーい内に入れておこうって魂胆なのね。
わかるわよ。(←なぜにオンナ言葉)

わかるんだけどねぇ…ちょっとまってよ。

冒頭に書いたけど、英語の能力を実際に行使する可能性はどぅなのよ。

交換留学を必修科目にするならいざ知らず
(って書いてみて10年後にやってたりして、はひはひ)
フツーは社会人になるか、バイトで英語しか話せないガイコク人にあうか
どちらかでしょ。(レアな海外旅行は除外します)

もし、企業人としての即戦力をリフレッシュするのならば
NOVAに放り込んだほうが、それまでの英語の成績などとは無関係に有効だね

なぜって、話すという【手段】に対応した『目的』があるから。
足の長いねーちゃんとエッチする。または仕事を成功しないとクビになる。
これならば『いやいや』なんてありえない、使う目的があるから
必要にかられて真剣に修めるのよ。(←なぜにオンナ言葉2)

「いつか使うことになるからがんばれ」
 っていっても熱くなれるのかしら。うふん。(←???)

やっぱり、どうあってもこの門を潜れといわれるから、
潜る術を真剣に学ぶのだと思う。

もう一つ言わせて…ちらっ(←ナンダこれ。)

英語ぺらぺらになったとする。          ・・・・・
それで【コクサイ人】になったとして、『彼らは、彼にナニを聞くのかしら』

「ニホンノブンカヲオシエテクレ」(注:English)
「ハラキリトハナンダ。ブシドーオシエロ」(注:English)
「オマエガニホンデホコレレルモノハナンダ?」(注:English)

彼らは、カレを把握、理解するために「日本」を訊ねるのではないかな。
…どうかな?

さて、【国際人】となったカレは
マサカこんな答えはしないだろうね。本末転倒だから…

「いえす、あいかんすぴくいんぐりっしゅ。
 but, I can speak nothing about Japan.」

おーまいが、ちゃんちゃん。

P.S 『国語』(こくご)という【教科】が、『倭語』と改名される日も近いか…
    セカイの中の日本であることを否定するつもりは毛頭ないが、
    足元を甘くみるとエラいことになると思うね。
    なにはともあれ、「必要なもの」は勉強しないとね。

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CMと本編

ある好きなブロガがいみじくもいっていることをちがう言い方で書く。

民放と国営放送(以下協会)の異なる点は
表面的にはCMのある・なしである。
これはわかりやすいことだが重要なことを示している。

竹野内豊とジゥ姫のラブ・シリアスシーンにおいて盛り上がっている
最中において、突如としてぜんぜん脈略のないCMが差し込まれ
機先をそがれた視聴者も多いと思う。

『アぁ、いいトコロでもう!トイレいっておこう…』

ドラマを作る方もCMが入ることはワカっているんだから
構成MGRと相談してどこにどのようなCMが割り当てられているのか
考えて作ればいいのにとおもうこともある。
涙ボロボロのところへもってきて、いきなし
「トイレの防臭剤ナガモーチよろぴく!」では興ざめだ
いや、外乱や制限は物語としての作品の質をさげるから、難しいかな。

さて、よく知られていることではあるが
民放と協会の違いは、その番組をつくるカネの出所だ
民放は、スポンサーがおり、広告料を財源として番組をつくる
協会は、視聴者より放送受信料を『徴収』し、それを財源としている

そのため、両者の立脚している立場は大いにちがう。

まず、民放でいえることは

スポンサーにしてみれば
放送を通じて視聴者に伝えたいことはたったの1点だ。

「ウチの商品を是非、買ってください。」

これだけ。
1hこれを本当はやりたいのだ
・いかに自分たちの商品が素晴らしいのか
・どこに力をいれて開発したのか
・そのため、どんな血のでる苦しみをしたのか
などである。それはクルマなどいいやすいものだけでなく、
ガムひとつであっても、いや、ガムの包み紙一枚だってさえ
『プロジェクトX』を作れる。

別に本当は、ジゥも竹野内も要らないのだ
スポンサーからしてみれば、視聴者が、自分達の商品の消費者になってくれれば
それでいいのである。

だから、本来の民放の番組の姿っていうのは
竹野内やジゥのでるドラマ
ではなくて
『お茶の間テレビショッピング拡大版』
がじつは正しい姿といえる
24Hゼンブ、ずっとこれだけ。

しかし、それをやっちゃうと
こんどは視聴者がついてこない。
そのため、竹野内やジゥたちにご登場いただくのである。
それで、15Sだけ、ちょこっとお邪魔させていただいて
あわただしく商品のご紹介をさせていただいているというわけだ。

奥ゆかしいったらありゃしない。
だから、許してやってほしい、スポンサーも必死なのだ。
なにしろ15S-30Sで『その(買う)気にさせないといけない』のだ
彼らを、許してやってほしい。彼らも苦しいのだ。
許して、…やって、…ほしい。(2回目)

TVのことであれば協会の受信料やペイTVなど書けることは多いのだが
今日はヤメにしておく。

さて、このTVのことをブログに置き換えてみる。

最初にいっとくけど、やっぱりブログって日記じゃないと思う。
日記は、死ぬまでジブンだけのものだ。書いていない間は机の奥の
日に当たらないところにいつも置いておく、だから
とてつもないジブンの醜い心(所謂ヤミのブブン)まで吐露することができる

我々のほとんどは、アンネの日記のような美しいものにならない
のだ、逆にそうでなければならない。
美しい言葉を書き連ねる必要はない。

しかし、ブログはちがう
不特定多数の方々に、好むと好まざるとにかかわらず
読まれてしまうので、「伝えるもの」があることが必須だと思う。
それがナイと公開するイミがナイ。

しかしまぁこれが曲者で、受け手って
伝えたいもの=受け取りたいもの
とは限らない。延々と『伝いたいもの』だけを書いていると
あろうことか「飽きられて」しまいます。

これは、受け手だけじゃなく、送り手もそうだ。
「オレ、必死こいてナンデこれだけ説法してるんだ?」
と我に返ってしまうとヤバイ。
真面目な話おおいに結構。しかし、タマにはお茶らけてみるのも
悪くないよ。時には【道化師】をやる度胸も必要なのだ。

…さて、最後まで読み進めてくれた読者に質問をひとつ。

『アナタは、「竹野内」や「ジゥ姫」を持っていますか?』

P.S Upする前に下記のサイトチェック。非常に重宝してる。
http://homepage1.nifty.com/hidex/goyo/jinmei.html

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ITもんに金をだせ

内監部機能を観点としたメールサーバの管理
・情報統制

メールを中心に立件・起訴された『かのヒトたち』を偲んで
思うことを少々かく。本日は「べらんめぇ調」で失礼します。

まず、メールが証拠となるという事実から
私の中の常識に大転換が起こった。
企業防衛・情報管理を考えた場合、
社員(パート・嘱託ふくむ)のメール管理のあり方もこれから
見直しがされるだろう。

以上が本稿の上梓のトリガーである。それじゃ、書くね。
(今日は、フルブースト・モードなにしろ明日カイシャ)

1.外的脅威について

SSLの導入によって経路中の捕獲はほぼ不可能なものの
やはり問題はメールサーバへのハッキング防御になるかな。
メールサーバって何かは他の文献にまかせます。

ここではメールサーバのハッキングに成功したAが行えることを述べる

Aがハッキングしたメールサーバのドメインが、

damedame.co.jp

とする。

xxxx.xxxxx@damedame.co.jp

に送付されてくるメール それから、

そのメールアドレスをもっているヒトが発信する

メール全部を

閲覧・改ざん・破壊できる。

まじってかんじでしょ。
うそだと思うならば、メールサーバの管理者に
きいてください。

「えぇ、そうですよ。」

とこともなく回答がくるはずだ。

可能性はないんだろうなとQすると

メールサーバの ipアドレスと
管理者権限のアカウントが知れたら
「ダレでも可能ですよ。社長でもできますよ」

と返ってくるはずだ。

さらに悩ましいのが、

特に措置が講じられていない場合は、

「だれにも知られずに」それが可能なことだ

おっともうひとつ。

例えば
だめだめ株式会社の社長のメールアドレスが

shacho@damedame.co.jp

で、Aが

a_hacker@yahoo.com

をもってると、

shacho@damedame.co.jpから送受信されたメールを

a_hacker@yahoo.com に全て転送することができる。

どうだ、すごいだろう。メールサーバって

えっ、メールサーバの管理を『アウトソーシング』で海外の企業に
お願いしちゃってるって?

だめだ、こりゃ。全部ツツヌケだ。

さて、外的脅威のよた話はこのくらいにして

2.内部情報統制について

まずは産業スパイさがし

メールサーバの監視を行うことで

社内から、 damedame.co.jp 以外のメールアドレスに
メールを送っているヒトを特定できるし、そのメール内容も特定できる

だから、あいつスパイじゃないかとおもったら
監視すればいいじゃん。

そこまでいかなくても、
社内で自分のシンパサイザーじゃない集団やヒトがいたら、
監視すればいいじゃん。

内部告発マニア問題社員もこれで
監視すればいいじゃん。

えっ、おたくやってないの。なんで?

スパイされまくっとるよ。「残念ッ!!」(←ふるゥーーーー。)

3.ITもんに金をだせ

内監機能を情報システム部門につくらないと
社内の経営情報全部抜かれるよ。

それから、それを担うヒトが敵に寝返らないように

主任会計士・税理士や専任弁護士なみの給料はらっとくべきだな。

それでもそれ以上の金払われたらやるんじゃないですかね。

だって、「証拠全然残んない」ですから。わははは

こんなリスク、ブログで書くやついなかったから

泡吹いてる経営者サンいるんじゃないかね。

まー身から出たさびと思ってあきらめてこれからがんばろうね。

「ちっ、よけいなことをしゃべってくれたな」

というB級ハッカーのみなさん。だからあんたはS級じゃないんだよ

『逆を考えてみる』発想が必要だよ。もうわかったね。

答え合わせはしません。面白いから。
 
さぁ、明日からなぜか自分の会社のメール数量がへることになるんだろな。
日本の ip網テキには、よかった。よかった。じゃあね。

対策や防衛は、IT専門家にききな。ITをただで使うな。企業は金をだせ。

---
実は、この話を書いてからしばらくしてこの話を酒の肴にして
ある経営者と話をしたら、こんな答えが返ってきた。

xx(私)ちゃん、大丈夫や。本当に重要な基幹決定や極秘指令は
ゴルフ場で口頭で伝えられるんや。電子情報に残らへん…。
あそこはメンバー全員が自由移動するし、部外者は近寄れん。
盗聴はほぼ不可能やし、伝えた指令は証拠とはならないからね。
『そんなことをゆうた覚えはありません。』で一発やから。
万一漏れたら、その場にいた3人全員切ればいいんや。

内監やて?内監が裏切ったらどうすんのや?

ホリエモンか…あいつは、たった一つのミステークをしたんや。
ゴルフを習わへんかった。それだけや…

…おみそれしました。

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シアワセの競争ってナニ?

動物界において
狼と羊は対極の存在としてシンボライズされている。

「男はオオカミなんだから気をつけなさい。」
とは良く聞くフレーズではある。

【オトコは狼か…うーん。うーーーん。そうかなぁ…】

この世紀においてこの『慣用句』は通用しないだろうな
いや、実は前世紀においても、ひとつの真実を隠すための
プロパガンダだったのではないかということに
遅ればせながらうすうす気づいてきた。そう。

実は、【オトコより女のほうがオオカミであった】
という事実に。

さて、ここからさきは、残念ながら、いつもとは逆で
【男性専用】だ。申し訳ない
紳士たちだけの密談を行いますので、けっしてけっして女性は
この門をはいるべからず…野郎ども。シューゴーだ!

=========[    ]=========
さて、読者の御仁は「オトコ」ですね。みせてみろ。

…よし。

まずは、いまいちど『狼』のイメージをおさらいしよう。
・『一匹狼』というようにつるまない
・基本的に個人(←?)主義
・喧嘩は本気でやる。生きるか死ぬかただし、滅多にしない
・常にイチバンになるため同性と競争する
・同性と根っこのところでは仲良くしない
・グループ行動中は、やたらと「位」(ジブンのポジション)を気にする
などかな

これと、男と女の特徴をくらべてみる

…と、そのまえに、

ある知り合った姉妹のことについて話さなければならない

この話のトリガーとなった人たちだ。
その方々(2人とも年上)

「…(中略)」競争って妹と、何の?

どっちがいい男を捕まえるか

へーーーおもろい話だなーカンケィないだろ兄弟でそれやるの

?関係あるわよ。いつもなにか取り合いしてるんだから

たとえば?

たとえばおとーさんとか。

おとーさん?

おとーさんとどっちが手を長くつなぐかとか

あァ?姉妹(きょうだい)で?

シアワセになる競争…も…

どういうこと?

いつも、どんなことでもハッピーになるキョーソーしてんのよ女って。

…おとこにはそういうのないなァー…

おんなはちがうのよ。多分幼稚園から始まって「xxxクンの取り合い」
から始まって、おそらくはケッコンするまで…ううんお母さん同士でも
いつもだれかよりはシアワセをつかもうって競争してるの。

女が化粧や身形(みなり)に心血を注ぐパワーもそうなのか?

そう!

誰かから聞いたんだけど、自分のオトコを友人に紹介しないのも?

まさしくそのとおり。

いやーーー。まいったね。女の世界も厳しいんだなぁ。
いや。「も」じゃないな。「のほうが」か。

あははは。そうね。

…このあとは、シアワセのナカミについて話が移っていったが
覚えてはいないから、あまり重要なことを話したのではないだろう
酒もはいっていたしね。
ーーーーーーーーーーー

「シアワセを競争する」って意味、実はいまもよくわからない。
いくら考えてもだ。私が男だからだろうか?

シアワセを感じるのは自分の心だ
そして他人の幸せ度などと比べる術はない
相田みつを がいっているように 幸・不幸は自分の心が決める のであって
他人ではない。だから他人とシアワセの競争をするっていう意味がわからんのだ

もしかして
シアワセって、家の大きさや形とかすんでいる場所の駅からの距離とか
バルコニーがついている・ついていないとか
夕食のあとデザートがでるかでないかとかそんなことすか?

ーーーーーーーーー
話が横道にそれそうなので戻す。

たとえば親しい友人がいてその2人の前に
結婚してみたいほど魅力的な異性が現れたとする。

そのとき男が最初に思うことは

A:『どうやってアイツを出し抜こうか?』

ではなくて

B:『どっちの方がこのヒトを幸せにできるだろうか?』

だ。これに賛同する男連は多いと思うが

女だと、彼女たちの話に則するとAが多いということになる。
げに、不可思議ないきものだ女って…

ーー
それでは、バスがついてしまったので議論を打ち切り、
表決にはいる。
女は羊ではなく、狼であるを是とするものは挙手願いたい。

はい。
ハイ。
はぁ~~い。
Hai
はーーーーい
Yes!!
んだな。
そう思います。

…満場一致にて本日は散会とする。

『解散!!』

(【女は羊なのか】より一部抜粋。)

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3rd traffic accident

ブログは何でもアリだろうということで4回目

本日は過去命拾いした3つの交通事故(回避含む)について話す
母親が見たら卒倒するね。あはは。

1.カンゼンニ寝てました
クルマ:運転手(スターレットGTターボ):乗員1名
季節:夏
ブログエピソード『カエルところ』でも書いたけど
昔はほぼ走り屋さんでしたね。クルマが好きで、運転するのが好きで
良く乗ってました。観光も全てドライブでした。
で、帰省するときは700Kくらい走るのにひとり

それでだいたい徹夜になってしまうのですが
お金が惜しいので高速は使わず下で…

だいたい2時から4時あたりがきつい
それでやってしまったのですね。

ハンドルを握っていて
ねむいなーとおもって気がついたら
『あっ』と「起きた」のです。
【瞬間睡眠】というやつですか、落ちていたのはたぶん10秒か1分か
とにかく『やべーーーーーー』ということで
すぐ枝の路地にはいり仮眠にはいりました。
起きたら昼でしたけれど。

たぶんご先祖様が起こしてくれたんだと思う。
危なかった。アブナー。(ミュンヘン)

そのあとは、どんなに急いでいてもきちんと睡眠をとることになりました
おそらくこの事件がなければ
もっと悲惨な身になっていたといまでも背筋がぞっとします。はひはひ。

2.前の車が梅雨払いクラッシュ
クルマ:運転手スバルレガシィRSターボ:乗員1名

ららぽーとへいくR357船橋競馬場駅方面への右折にて
トヨタRAV4がいきなり私の車の前に割り込み
こん畜生ーと思ってクラクションをならしましたがハザードなどのごあいさつなし
中はおそらく3名くらいのワカぞーで

右折信号赤でラブ4、レガシィでとまりました。

…で、右折専用の緑矢印がでてRAV4が交差点に入ってところで

シンゴームシの 娘さんと母親(初老)の対面進行くるまがノーブレーキで

RAV4と正面衝突『がっしゃーん』

つっ込んできた車は180度もしかしたら+360度して路肩にとまり、
運転していた娘さんは、助手席に手をやり気遣っていたが怪我はなし
しかし、つっこまれたRAV4はめちゃめちゃに壊れ、
フロントウィンドゥ他すべてわれ、前にすわっていた
二人は、グッタリしていました。赤いものも見えたかな。

わたしも降りて救護しようかとおもったのですが
兎に角その交差点で止まるわけには(駐車するとこ皆無)いかず、
たくさん歩行者がいたのでその方たちに任せることにしました。

100%直進シンゴームシが悪いのですが、もし、RAV4が割り込まなかったら…

私の車がやられていたと思います。
一瞬先は闇だなと、私にとっては幸運な事故回避でした。

それ以来見通しの悪いところはつっこまれてもいいように用心して入ります。
えーいいっちゃえと思ってやっちゃう人いるでしょ。危ないよ。

3.跳ね飛ばされてひと夏右腕ギブス
クルマ:なし(歩行者)
加害者クルマ:パッソ(またはライフ)(黒):天候雨の深夜

飲んで徒歩で帰宅中。

横断歩道歩行中に、7時の方向から
右折ぐるまが私に衝突。Aピラーで見えなかったっていってた

わたしはボンネットを乗り上げ、クルマのやねを超え
約2M跳ね上げられた
『お、コレデおわりかな?』っと一瞬思ったが
その後ぬれて冷たい路面にたたきつけられた

クルマはとまり、たぶんカップルだとおもったけど朦朧としていたので
よくわからないが、若い男が介抱してくれた

やがて救急車がきて搬送。

送り込まれた病院で一夜をすごす。

ところで、わたしは病院がすきではない。というかきらいなのだ
あの消毒液のにおい 21世紀には解決するかと思ったのに
消毒液メーカのみなさんもうすこし頑張ってください。

アタマを打たなかったのが幸いしてか一日で退院できた

最初は捻挫と誤診された右手首は、【舟状骨骨折】となり
一夏右腕ひじから指先までギプス。

その夏は、実家に帰省しなかったことはいうまでもない(笑

飲んで帰宅経路じゃないから通勤途上災害にしてくれなかった
元会社さんありがとう。…けちだね。

以上3点 思い出せる交通アクシデントでした。

…考えてみると、ニンゲンやっていると
事故で亡くなる人、紙一重でかわす人、関わらない人
すべて紙一重ちゅうことですかね。

人の生き死にってこんなものなのかも。

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朱色会の『変身』

本日は、我ながら面白いゾ! ワタシについて3回目
まずは、下の写真を見て欲しい

在りし日と「今」の私の姿だ。

Photo
この肥えた男と、プロフィールの写真の男は
同一人物なのだ。読者は『ウソでしょ』と叫ぶだろうが
ホントゥです。

自分でも最近は<他画像>化してしまう
昔の写真を見ると思うのは

「やっぱり太っていたなァ」ということだ

しかし、恐ろしいことではあるが
自分では、当時
『ちょっと太めかな』くらいにしか思っていなかった

よく考えてみると
思い当たるふしがある
【ユニクロ】で、パンツや靴下を買っていた頃

真ん中の列から徐々に右側にうつり
そして右側の列のパンツをめくるようになり(棚のですよ。客じゃありません。
最後には、「アレ、ないぞ」となり、(棚のですよ。客じゃありません。2回目(笑
大きめのかたというオプションの棚へいくようになった

この時点で『あれ、おかしいな』と思うべきだったのだ

最終的には83Kまでいってしまった
身長は168なので、完全なる、いや、完璧なる『肥満』である

思い当たるのは2点
ひとつが酒席が増えたことだ、以前やっていた【のんだくれ集団】
「酒席会」が、このブログの名前の由来の元だ
いまは、しらふで酔っている

ストレスもあり、毎日酒に逃げていた
もしかしたら、軽度のアル中だったのかもしれない。

もうひとつが、前節で述べた病気の治療の副作用だ
ステロイド剤をいやほど毎日点滴するのだが
そのため、体質が変化してしまった。

最初は、異常なダイエットプランを敢行した。
名づけて『栄養遮断』

甘いものはすべてシャットアウト
好きな牛乳も一切ダメ
飲み物は、お茶かミネラルウォーター

あさ、コーヒー一杯(当然クロ)
ひる、おにぎり1ことウーロン茶
よる、食べないか、20時までにバナナ2本か
    シリアル(ミルクなし⇒キツイ)

という過激なメニューを作成し、それを実行した

これで73Kまできたが
それでとまってしまった
このときは、強固な精神をビルドするのに成功したため
何の苦労もなかった

しかし、弊害もあった
腹が減っても何のリアクションも起きなくなる
『食欲』が喪失したのだ
こうなると
コンビニにいって食料の棚をみても
食料に見えなくなってくる
食べる時間になっても空腹がやってこなくなるので
薬を飲むがごとく、食事をとる。そんなこともあり
仕事や遊び、いや生きる意欲も消失する

自分のココロの変化にとまどい、面白ながら続けていたが
その方法そのものを再考せざるをえない事態に遭遇した
『鏡をみた』のだ
生きている人間の顔ではなかった。
どおりで車内で、じろじろ見られるわけだ

そこで、路線転換し、
体を動かして健康的に体重を落とすことにした
それで『ルネッサンス幕張』さんにお世話になることにした。
ここでトレーナーに自分の到達数値をつげ
メニューを作成してもらい
とにかく最低限そのノルマをクリアした
Y.S さんお世話になりました。

それで62~63Kまで落とした
1年後、健康診断があり、カルテをみると
約20Kのマイナスとなった、体重の4分の1を削ったわけだ。
カルテをみて、ぎょとなる看護士さんのことばがわすれられない

『病気でもしたの?』

たしかに…病気だったのかも。病名は

【ジブンヲカエリミナイ病】という精神病だ。

ここまでくるとうれしくなってメンズのファッション誌などかって
トレンドを追求したりするようになった
『千葉そごう2階』とか『ららぽーと3』に出撃することとなった。
お気に入りは、
「COMME CA ISM」の桑原くんと
「EPOCA」の鈴木さんだ
よくわからないワタシにファッションをイチから教えてくれた

…体がかるくなると、心臓をはじめとする臓器の負担も軽くなり
キモチも軽くなり とても「キモチイイ」

いまはあまりにも細くなってしまったので、
トレーナの意見をうけ筋肉をつけている
毎日のようにいっていたが、いまは週2-3回という所かな…

耳以外の体調はすこぶる良い
皆さんにもお勧めします

ま、自信過剰といえるが「成功」といっていいだろう。

ポイントは2つある。
1.始める前に信念構築
よくありがちなのが、始めたのはいいが「時間がなくていけない」というやつ
「信念構築」に失敗している
たとえばエクスサイズを「ごはん」と同じものと捉える
時間がなくてメシをくわないなんてことはないでしょ?
メシを食うため、「時間」を確保するはずだ。発想を逆転しよう
今日は調子が「悪い」ので、調子を戻すためにきましたとなればOKだ

2.つまりところ内在カロリー制御
体に入れたカロリー>使ったカロリー なれば太るし、
体に入れたカロリー<使ったカロリー なれば体重はへる
単純にこれだけだ。生きているだけで結構使うから、あとは
食べる量と動く運動量のコントロールだけだ
難しいことはひとつもない
食料を買うとき、ひっくり返して自然にカロリーをチェックするようになれば
意識が高くなったといえる

それでは、今日はこの辺で…
・・・・えっ?なんでやせることにしたのかって?
 …それはいまのトコロナイショです。。

このブログがとてつもなくながく続いて
いうことが無くなりかけたら書きます…

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私の突発性難聴

わたしのコト 2回目(本節ちょっと長めです。)

私は、軽度の【身体障害者】である。

左耳がほとんど聞こえない。

『突発性難聴』に罹った

先天的なものではなく、社会人になって数年たち
ひょんなことから発症し、不治となった

後遺症もある。耳鳴りだ
朝、おきてからそれはスタートし、
夜、寝て意識がなくなるとエンドする
つまり起きているうちはずっとその耳鳴りとお付き合いしているのだ

どんな感じかというと
AMラジオ(←もう、聴いている人すくないだろな)
のチューニングがずれていると さーザァーという音が
きこえるとおもうが、それはずっと左耳の奥で鳴っていると
考えていっこうに差し支えない

重いときは鼓膜がきりきり痛む。
きーんという高い音になるときもある

これが、数年間つづいている
治るみこみはない。医者も大きなスプーンを投げた

自分でもスゴいなと思うのは、
『良く、正気を維持しているな。』ということだ
自分の「強さ」で誇れることだ。

最初は眠れずに、『コレは、死ぬしかないか…』
と弱音を吐いたものだが、
いまは大分(一日は)耐えられるようになった

読者の方は、あまり実感ないかもしれないけれど
今、突発性難聴に罹るひとは多いのだそうだ
Goo/yahooブログサーチしてみてください

そこで『本日の贈り物』としては、
発症者として突発性難聴になる予兆の話と
なったと自覚したときの対応について書いておきたい

まず、コンナひとがなりやすい

・ひとつの物事にとてつもなく集中する
・夜更かしが大得意
・睡眠時間が毎日5Hをきる
・神経質である
・公私ともに精神的なストレスを自覚している

つぎになる瞬間の症状について、
私の身に起こった現象を書いておく

・あたまがぐらぐらし、立ってられなくなる
・そこで横になるのだが、こんどは起き上がれなくなる
・別に回転運動をしたわけでもないのに、寝ていて目が回っている

…思えば、ここで躊躇なく119すればよかった。
 疲れだと思ってそのまま強引に目を閉じて寝てしまったのだ

次の日 朝起きる
・めまいがおさまっているが、方耳で耳鳴りがする
・(ここ重要)耳鳴りがしているので、聴力を失ったことがわからない
・ゆっくりしていれば治るだろうと【病院】にはいかず、自宅でうだうだする

次の日 日曜
・耳鳴りが収まるが、どうも耳の聞えが悪いことがわかる
・しかし、体調は復調してきたし、『日曜で病院も外来やってない』ので
 そのままと やすんでいる

次の日 会社
・職場にいき、起きたことを上司に報告する
 すぐに休んで病院へいくように指示をうけ、したがう。
・会社の診療所にいったが、持ち回りのため、他の事業所へ外出することになる
・やっと医師にあう。いままでのことを報告すると
 血相を買え、重篤なことだから大学病院にいくよう紹介状をもたされる
・PM入院措置のための精密検査…

こんな感じだ。ここで声を大にしていいたいのは
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『耳が聞えない』⇒「即、専門の病院へ直行!!」ということだ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時間勝負となるので、
自覚症状を言葉で言えない小さい子供をもつ
親御さんも気をかけてもらいたい。
治療が早ければ早いほど、完治する確率が高くなる。

治療・通院のもようは割愛する(あとで書くかも)

「方耳くらいいいや」
とカルく考えているかたに罹ると
これだけ不便ということを書いておく。

A:自動車がどっちからくるかわからない
B:喧騒のなかでの会話でのコミュニケーションは不可
C:内線電話が直取れない(どれが鳴っているかわからない)
D:映画館などで採用されている『皿うどん』システムの恩恵に預かれない

『…Give Me 【皿うどん】!!!』(笑

音が鳴らないと、ずっと生きている耳の方だけを音が聞えるのではなく
脳が進化?してモノラルとして頭の中心で聞えるように
神経回線を改造してしまう。体の神秘だ。

それでいよいよ、
音源が近づいてくるのか
音が大きくなっているのか
わからなくなる。

治癒率は1:1:1らしい。
詳しくは、Yahooってください。
早期治療が、治癒率と相関関係があるという文献が多い

なぜ発症するかの原因が、医学的にも解明されていないので
予防策もままならないのだ

耳鳴りもひどいときは本当に音として聞える。
これは意識がなくならない限りずっと襲ってくるのでとてもこまる
そう、私にはもう、【真の静寂】は『生きている限り』体験できないのだ…

もう一度、静寂を味わえたらなァ…

日常生活でへこむのは、
わざわざ相手に突発性難聴だってアピールしていないので
(当たり前だが)健常者と同じ扱いをされるとき問題が起きる

とくにBのケースがイタイ

飲みにいくと、喧騒のなかでの会話になるのが普通だが、
そうすると90%話を聞き取れない。
そこで、えっ?えっ? を連発すると
あっちも 聞き返されるのにうんざりするような表情や目をすることがある
これが目下一番泣きたくなる事態だ

それを回避するため、こちらは、聞えている振りをする

たぶんこういうことを話てんだろうなと相槌をうつのだ。
『ごめん。本当はほとんど聞き取れてないんだ』と内心詫びながら、
「うん。うん」と首を振るのだ。
ときどき話しが合わなくなるときがあるが
そのときは、いきなり話の話題を変え、難を逃れる……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(泣。。。orz

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3つのジブン

一人の男は
ひとりの『賢者』と、ひとりの『聖者』と
そしてひとりの「愚者」を内在する。

というのが今日の話。
タショーえろくなるが…まっいいか。

本日の読者は、【女性】限定です。
なぜなら、男性諸君・諸兄は全員気づいていることですので
読んでもムダな時間をすごすだけになります

ーー
ワタシがこれに気づいたのはいつの頃だったろうか?

マクロでみれば一個の生命体といえる人間も実は
腹のなかには大腸菌などの生命を飼っており、それなしには
生命の維持は不可であること。さまざまな
生命体の集合体であるといえるのは周知のことではあるが

人間を一個の固体と考えても、それをコントロールしているものは
唯一であることは自明であるといわれている

つまりこころはひとつで、体をコントロール・維持しているのは
ヒトツの精神であるということだ。

しかし、それは正確ではない。標準的な人間の装備する
精神は少なくても独立で3つあるこということを説明するのが
本節の主題だ。

「ふざけたことをいうな」という読者をすべて尺服できる自信がある。
…それでははじめる。

1.頭
(おもに知性・運動・判断をうけもつ。デジタルな判断を受け持つ)
学力テストをうける。
跳び箱を飛ぶ。逆上がりをやってみろといわれて鉄棒の前にたつ
ようなとき、他の2つを差し置いて 体から全権委任をうけるココロが
この部位だ。
また、2.3を養っていく使命を自覚しているのも本部位である。
理知的・創造的・運動制御などはここしかやらない。

2.心
(おもに人格形成・性格構築・情緒をうけもつ。アナログな部分を受け持つ)
ーー映画をみて感動したとき
 ココロが痛くなることはあっても、アタマが痛くなるというこはない。
これは何を意味するかというと
アタマとは別の精神が心臓に宿っているいうことだろう
この精神と仲のよい身体の組織は涙腺だ。

3・おちんちん
(いちばんオトコとして原始的な部分をうけもつが、いつもは
 アタマとココロに通常は押さえつけられている)

うはははは。遂に書いたぞ!!

ディスプレイのまえで「フガフガ」し、
両手を「にぎにぎ」してうなだれている貴方の姿がみえるようだ

静止を振り切ってここまで読み進めた読者で男ならば
「ん?なんだ!たりめーじゃねぇか…」
何を改まっていってるんだという話題であるので、
つきあってくれなくてイイデス。
だからハジメっから、読者は「女性」っていっているでしょ。

女に類する活動があるがどうかしらないが

男には朝、こまることがあるのだ。
「朝立ち」というものだ。ほんとーに困るのだ。
トイレで小便するときが一番キツイ。正直できない。
そのあとの着替えも。

…最近は男物のローライズのジーパンなどあるが…
 本件発生時は履いてはイケナイ。タイヘンなコトになる。

『ワタシヨクワカンナイ』という方はインターネットで調べてください。
具体的な説明は、本節では述べない。
これは、1.2.の指令を受けつけない。

男性が女性とくらべて「エラ」いという人はいないと思うが
男が女よりも「エロ」いというのは
みんな【是】とうんうんというのではないかな?

それはミンナこの「おちんちん」のせいだ!!!
1.と2.はカンケーないぞ。「男」は悪くない!!!!!!
(「そーだそーだくりーむそーだ」と全男性ブロガの影の声)
このココロの役目はただひとつ。『種族維持』だ。
最近は、このココロだけは押並べて減退が激しく、発言機会が少ない

今日は、
いつも表現できない単語を連呼できたのでヒジョーに「キモチイイ」

わはは

ーー
ここまで読み進めてくれたヒトにおまけ。
男がオンナをみているとき、

それぞれのココロは、女の違う部分を見ている

よって男を管理したいとおもうならば
それぞれに応じた対応を区別したほうが
コントロールは容易であることを追記しておこう

あーたのしかった。
『自分weekじゃなかったのか?』というご指摘は甘んじて受けます
「…忘れていました。」

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エイジアのBaseBall

本日は、一昨日行われたWBC 2006 セミファイナルについて
TV観戦記を上梓します。
決勝戦が終わってからでもよかったんだけど、
いいたいことは変わらないので、前夜祭モードでUp!!

ーーーー
アメリカからもたらされた「ベースボール」。

もらったものをすばらしいものに昇華したニホン!!

…野球はやっぱりすばらしい。
『歴史的な一試合だ!!!!!!』

野球のふるさとで
しかも『ベースボール』の頂点に座位するお国にて

すばらしいプレーを連発する
球と『遊ぶ』ヒトたち…
英語に訳すると「プレイヤー」たちか…

「点が欲しい!!」と足掻く打者
「させるか!!!」とファインプレーを連発する野手・投手

『執念VS執念』
まさに攻守『がっぷりよつ』
「じりじりとした1点勝負」
アナウンサーがまず『コワれた』…ムリもない。

ワタシはまたしても
はらりはらりと泣きながら
Liveで感動しながらみている。

「野球」をしたことがない『男の子』はいない…

少年の日のバッターボックスに向かうときの
「どっきんどっきん」と口から心臓がでそうな緊張感…
腕と足がしびれる…それでも、バッターボックスに立つことを
逃げることはできない…まったくの虚勢(かぶき)でしかないのだが
ピッチャーを睨みつける…
それを見て睨み返すピッチャー。(立場はどちらも同じだ)

あと一球で、敗戦してしまい
人目もはばからず号泣してしまった「あのころ」。

なんのオモワクもヤシンもなく
好きなことにただひたむきに集中している両軍の選手達
あの日、あの時間スタジアムにいたのは『18人の野球少年だった』
「とりもどしたんだね。」

「うつくしい…」

ーー松中の2塁ベースへの拳のたたきつけから
最年長の宮本の三遊間が、韓国の強固な砦を打ち破った瞬間
ではあるが…しかし…

野球の試合の途中経過ではあるが
『…もう、「目的は達した」のではないかな?』

いやまてよ。「目的は既に達成されていたのだ!」

メジャーリーグの常々のプレーにより目が肥やされている
野球ファン(ファンもメジャー)をも魅了した
両軍のファインプレーの応酬!!!
エイジアの野球が、野球の祖国のレベルに追いついた
ことを十二分に示すことができたと思う。

どちらかが勝ったというよりも
「とてもすばらしい試合だった!」そして
『試合』は終わった…。

…王監督のインタビューに答える声は
【白い息】に包まれていたことを報告しておこう。

30人【×2】の志士たちよ

『胸をはって』祖国に帰ってきて欲しい
すばらしい「お返し」を果たしてくれたと思う。

お疲れ様。
そして、これからも『できれば祖国』で、
「プレイヤーとして」辣腕をふるって欲しい

『プレイ ! ベースボール !!』

P.S 隣国の韓国のスピリット(ソウル)を我々は認めるべきだ。
    「終盤」の浪花節はちょっと余計かな。

P.S2 ホントウの意味での『ワールド』シリーズか…解説者もウマイこというなぁ

P.S3 来年やらないなんてシンジラレナィが…次回開催が待ち遠しいなァ。それと、4チャンさん。コレでわかったでしょ。やるべきこととやらなければならないことが…

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BBM

BBM (ブロークバック・マウンテン)を観てきました。

…この映画を評価し、尚且つそれを表現するのは
 タイヘン勇気がいる。特に、『男』にとっては…
 40年前のことをあらわしたものではあるが
 この映画があらわしたものは、この世紀になっても偏見があるからだ
 それにぶつからないように表現すると、当たり障りのないものなって
 受け手にとって意味がないことになってしまうし
 それにこの映画を作り上げたひとたちにも申し訳ない
 したがって、できるだけ素直にやらせてもらおう。

 たどたどしい表現となってしまうが
 あらわしたもの というのは 『男性の同性愛』がテーマだ
 それも短期間のものではなく、2人の男性の長期の人生がつづられており
 ヤスイことが言えない。正直書いていて『ヤメ!』
 と叫びたいところなのだが、それではダメだ、映画通の沽券に関わる。

 したがって、こちらも読者を限らせてほしい
 受け手は、女性。そして この映画を観たものとさせていただく。

…それ以外の方は、退去してください。
 読んでもあまり意味がありません。

ご同意いただいた方のみ、以下の門をくぐって下さい…。
========[   ]==========

久しぶりに映画を観たあとのあの感覚を思い出した。

いつもだと
映画がおわったあと、
眠っていて目が覚めたら夢を全部忘れたみたいに
「あーおもしろかった!」となり現実に引き戻される

しかし、この映画はそうはならなかった。

映画館をでても、まだ夢からさめず
自分がどこを歩いているかもあまり意識できず
時間や日にちへの感覚がうせ、
まだ夢の中を歩いているような感覚

まるで宇宙船から降りた異邦人のように
違う星に降り立ったような感覚。
現実に戻れないのだ。まだ夢のなかにいるような感覚

最後にこれを体験したのはおそらく「E.T」を観たときかな。

エンドロールの文字が見えないほど
ハラハラと泣いたあと、ぼ~~と街中を歩いた。
それで、いま、いつもの喫茶店でこの記事を書いている。

ーー
この映画は、じつは「○○」(←一度文字入力してそれから修正した
実際入力してみるとドギツイ……それで、伏字にした)
を描いた映画ではない。

製作者が、『男』というものの本質を、正直に表現したものだ

これだけストレートに表現したものは よく考えるとない。
おそらく日本では、あと50年は表現できないだろう。
それほどタブーな主題に挑んだ、製作者や俳優(とくに主役の二人)に
まずは喝采をおくろう。

「うちのだんな(カレシ)は、あんなじゃない。」

…といわれる方は、残念だがまだよく『男』をわかっていない。

ぎゃくにこの映画をみた女の人で
「やっぱりそうなのか?」
…と感じた人はかなり 「男」を捉えている。
しかしそれは「女」にとっては哀しい現実だとは思う。

それは何かというと…
『男同士の絆は、それ以外の絆より遥かに強く、それは解くことができない』
というものだ。
特に、自分を理解してくれる同姓と出遭ってしまった場合は
決定的になる。
【男の友情】などと文字に書くとやすっぽくなってしまうのだが
この絆の前に、他の全ての絆は『白旗』を上げざるを得ない
唯一対抗勢力となるのが【父ー息子の絆】だ。
おっと、これも男同士だったね。
それについて『肉体関係』があるのが○○であり
ナイのが「○○でないだけ」のことだ。

それを一環としてしかも、男の2人の人生をじっくりと長く描いている

その2人を解こうとする全ての女たちは、
スクリーンの中で翻弄され
ひとりの女性を除いて納得できないままラストまで苦しんでいく。

2人の妻
2人の娘
2人の女
1人の母

本編ではそうしたオンナの悲しみを連綿と表現しており、
観客として真に受けとってしまったり、
気がついてしまった女性にとっては、
今付き合ったり、同棲しているパートナーに対する見方が
根底から変わってしまうかもしれない。

『あたしは貴方のイチバンには、なれないの?…』

それほどに強い1つのメッセージを含んだ映画だ。

だから、逆に○○映画として『特殊な関係の特別な映画』として捉えた
ほうが観たあとの人生が、【女にとっては】カルくてよさそうではある。
そうしたい方は、いっこうにそうしてもらってかまわないです(笑

…それにしてもこの監督なにものだ?…すご過ぎる。

アトは気に入ったところをいくつか…

アメリカの田舎の表現のリアリティが素晴らしい。

青空の領域をたっぷりとった構図
草原をなでる風
当時の羊追いをじっくり・しっかり取っている(今もああなのだろうか
通りがことのほか辺鄙であること(実はマンハッタン島が特殊なのだ

2人の主役にじっくりと据えた構成と演出
この二人もすごい。この2人のほうがオスカーに相応しい。
うだつが上がらず足掻くいなか青年から、人生の粋を知った中年までの
男の人生をきちっと演じている。あまりもハマっている。
おなかまで…
心配なのはレオみたくこの映画のイメージがついてしまうと
次のスクリーンで輝けなることくらいか
あっぱれな演技。ぶらぼー
脇を固める共演者たちもぴちっと役をこなしていた

ベタな演出
・月がでると、ナニかが起きるというパターンは踏襲していた…
・ニポンとあんまりかわんないアメリカの一般家庭の日常
 赤ちゃんは、泣くか・寝てるかだけ というのは日米共通だった。

などなど…さてと

評価:
一年に一本あるかないかの映画
である。

本編の採点に入ろう この映画の評価軸はいままでの
評価軸は使えない。評価が高い・低いとかできないのだ。

それで「ずるい」といわれそうだが、『∞』(評価不可)とさせて頂く。
ごめん。

最後に、門をくぐるなといったのにここまできてしまった御仁たちへ。
約束を守ってください。つまり条件に合致した人になってほしいのです。
つまり観てください。

おそらくTV放映はムリです。日本では。
ビデ倫もかなりもめるだろな。TOWERVIDEOに並ぶかなー。

調べているうちに残念な記事とHappyな記事をみつけた
『【第78回アカデミー賞】ミシェル・ウィリアムズ、
“ゲイ映画”に出演したとして母校から縁を切られる』
まだ、アメリカでさえこんなもんだ…。それと彼女は
『ヒース・レッッジャーと共演、のちにロマンスへと発展し、
05年秋にはめでたく2人の間に第一子となる女の子が誕生している』
おめでとう!!『ケッコン。フぉ~~』

…正直、消化不良のところもあるが今日のところは、こんなところで
カンベンしてください。読んでくれてありがとう。
コメント&TB ぷりーず。

P.S やはりというか当然というか
    本映画の内容についてのWeb上のコメントは少なく、
    そして真正面から踏み込んだものはプロライタも皆無。
    頑張れ映画ジャンキーブロガたち!!!

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千葉のおかみさん

今週一週間は、おおやけのことでなく、
『わたくし』にちかいことを中心にかく。

実は、タロ・ジロに会いにいったら、
ナナナナアナナナンアンアナナン…ト、まだ
千葉シネコンではやってましぇん。だって。くそーーーーー

千葉は【映画先進県】だと、思っていたのに、裏切られた…

かえせーーーーーー(はじまった。)

ワタシの大いなる期待を返せーーーーーーーーーーーーーーっ

かっえっせーーーーーーー(←自分が確認しないのがワルいんだろ…)

…そゥだよね…

ちなみに、BBMもダメ。う”ぉ~~~

…もしかして、映画観すぎなのか…
確かに1/wを超えているような気がする。
まてよ、…ということは、ワタシのペースに
千葉の映画街がついてこれない?
…などとジコマンに走ったところでしょーがないか…。

いまは巣束にて、悲嘆にくれながら、シュガードーナツを
朝珈琲で流し込んでいます。ついでにザッハトルテも。
…なんでレモンケーキなくなったんだ…(ひろし風)

いつもぶらり+でたとこ勝負だからこんなことになるんだよ。

…さて、与太話が過ぎた。

なぜ、「私」のことを書くのか?
読者より、アナタの書くこともおもろいが貴方自身もおもろそうなので
よく知りたいという奇特なお手紙がきた

ブログをなぜやるのかということは
人それぞれである。なにかこれというヒトツにこだわる必要はナイ

わたしが続けられている理由は
「わたしが気づいたことを、読者にも伝えたい。」
…ただそれだけだ。根性とか、情熱とか、理念とかあまりなく

どっちかというと「…ねぇねぇ一寸みなさんお立会い~きいてきいて」
という軽いノリだ。ただし、立ち止まってくれた人への敬意のため、

『プレゼントフォーユー』

という姿勢だけはもってます。
見えないプレゼントを持って、じっと店の軒先に立っているという
イメージですかね。

さて、こんなわけで、(どういうワケだ。)
今週は、私、あるいは周りの人々のことに終始しますので
そのような情報にまつたく関心がない人は、
とっとと、他のサイトにJump願います。

ゴッドファーザー2をBSで観て思い出し
巣束でエスプリを追加した。あやうく

(ヌ?小カップに5分の1しか入っていないじゃないか!)
「なんだよコレ!!!」と店員に叫んでしまうトコだった。

…アブナイアブナイ。そういうモノであることを
 すっかり忘れていたのだ。

ーーーーーーーーーーーーー
両親は、健在で、仙台に住んでいる。
しかし、年に数回しか会えていない。

船橋(JR北習志野)に『アゼリア』という美容院がある。
髪が伸びるとそこでカットしてもらう

そこは社長夫人自らはさみをにぎるところなのだが
私が以前入社した会社の独身寮がその町にあり
つきあいはそのときから、会社が変わろうが、住所がかわろうが
ずっとだ。

歳は50前後か、もうちょっといっているかな
店の女主人らしく口数は少ないが仕事は完璧だ
社会人になってからずっとその人に刈ってもらっている。

初めは、二人ともはじめからおわりまで

ずーーーーーとダンマリ。

いまは

ずーーーーーとくっちゃっべってる。(←これ方言じゃないよね)

このブログをおかみさんがみる確率は0に近いから
白状してしまうと おかみさんは私の

『千葉の(ココロの)かぁちゃん』だ。
いまでは【ママさん】と呼んでいる。

お互いの身の上を交換してから急速に私のほうは
ココロを許すこととなった

この道35年の散髪のプロは、仕事も丁寧だし、部下の信頼も
厚い。職場で、場をはって後輩を見ている

彼女は『仕事人』として尊敬する数少ない大人の一人だ
仕事に手抜きがない。しかも早い。まーいわば【プロ】なのだ
若い衆からしたら、『ビッグマザー』だ

いろいろなことを話した

…同郷なこと

…「突発性難聴」になり、『人生』を考えたこと

…82K⇒62Kに一年間で減量した理由のこと

…仕事(への取り組みかた)のこと

…お互いの性格のこと

…ニガテなこと

もしかすると母よりこの人のほうが
私を理解しているのではと感じるほどだ

こういう人に出遭うというのはとてもハッピーなことだと心底思う

私が彼女の話で一番印象なのは

実はママさんはいつも厳しい顔をしているので
それをつっ込んだら、
そんなことはない。いつも内心でははらはらしながら
やってるんだと白状してくれた。
「じつは、気がよわいんだよ。」

そうか。そういうもんなんだな。

それから、一日中立ちんぼでタイヘンですね。といったら

これ(床屋)は『天職』だと思っている
仕事をしているときが一番たのしい
つぎが孫をあやしているときだ

…と答えたことだ。2年前くらいのことだ。

見習いたいことばだと思う。

まだまだいい足りないけれど
読む貴方も他につかう時間があるでしょうから、

本日はここまで。

悪しからず。…というのはシネコン以外でやってないかな
ということを今思いついた(←まさしく計画ナシの典型的O型)
のでちょっといってきます。

また、明日。

P.S BBM を観ることができたので一時本件は中断
  予定は未定なのだ。
  ポスト予定時刻はおおむね24H後です。

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人が笑うということ

エンタの神様

というTV番組がある。

内容が番組名に伴わないときも実はときどきあるけれど
ワタシはこのTV番組が好きだ。

…そして「お笑い」が好きだ。いや、言い直そう
『愛している。』

イナバウアーそば

3

エンタとはエンターテイメントの略。

芸能という神に帰属することにした戦士たちを
舞台という厳しい試練の場で競わせる

勝敗の優劣は番組ではつかないが

価値基準はただひとつ

『客が笑ったか、笑わなかった』だけ。

そして、目的もたったひとつ

『客を、「わはは」と笑わせること』のみ。

また、目標もタイヘンに困難なレベルなのだが

『すべての客を笑わせること』

その困難を達成させるため、たくさんの演者が結集する。
NHKにも同様な番組がある。

私たちは、この宗派に属することに決めた人たちを
『道化師』としてあつかい
彼らを卑下してしまうことがあるが

しかし実際にはまったく逆だ

彼らの能力はすべて天性の逸材であり、
神から遣わされた『笑い教の使徒』なのだ

他人を笑わせるという高度な所業を修め、確実に行使できる実行力

また

他人を笑わせるといことが、世の中に意味があると発見した洞察力

笑いのたねをみつけだす、観察力・分析力

などなど書いていて暇が無い…

その中でもわたしが特にスゴイと思うのは
良くぞその「道」に入信することに決めたその『くそ度胸』だ

なぜならば、世の「笑いは」変わっていくのだ
だから、自分の笑いが、客に通用しなくなることを
ワタシならば恐れてしまう

人間の才能ってやつは旬と、
そのひとがもつ能力の許容量ってある
スポーツアスリートとほぼ同じだ。

野球職人がバットやボールを置いたときは、
こんどは「コーチ」「野球解説者」がある
しかし お笑いの人は アトがない
ずっとその道をやっていくことになってしまう。
お笑いのコーチとかお笑い解説者 て職業ない。
厳しい道だと思う。
…応援していますよ。みなさん。

なにやら本節は書いている筆者もとりとめがなくなり
いいたいことが定まらなくなってきたが

「人が笑うということは、『尊い』」ということだ

しかしTVの世界から出て、実際の社会全体で見ると、
世の中の笑いはまだまだ少ない。
巷の人の表情や眼を観るとわかる。
コチラ側を増やせねば。

経済諮問機関に属する人たちよ。
是非、黒塗りのクルマから降りて
朝夕のゲキ混みの山の手線へおいでください。

アナタたちは、『実態』を把握していない。

そこには、経済の実態を『顔』の表情であらわした
人の姿があります。
あなたがたが机上でちまちまつくった
「ウエに報告するためだけ」の数字じゃなく
人々の本当の心の実態を、観察することができるでしょう。

わたしなぞは単純ですので
経済が上向いた実態を表したいのならば

「車中にて、目を輝かせている人の割合」
「車中にて、ニコニコしている人の割合」

でぜんぜんかまわないと思っていますよ。

…アナタはどうですか?

ーーーーーーーーーーー
バスがもうすぐついてしまうのでこれで中断するが
もちろん私たちも仕事を選んでいる中で

ひとつの神様を選択している。

本当はこのことは今日書きたかったのだが
時間切れとなってしまったので日をあらためて
今回は序論とさせていただきマッスル。(古ゥ←ってかナイだろ。)
それでは、また。

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どうでもいい4点セット

おばんどす。NHK⇒winny万歳。

千葉は深夜ものすごい風雨です

今日は、ストックしているネタが
イイ臭いを発する前に、『だいたひかる』さん風に、
まとめてポストいたします。

「どうでもい~いですよ~」スタート。

1.時事ネタ:こしくだけPSE

草の根運動の勝利に酔いしれているヒトもいるかもしれないが
びんてーじしんせはPSEマークなくても売れるんだって。

この方法で
びんてーじ炊飯ジャー
びんてーじブラウン管TV
なんかも通そうぜ。

【本来の目的の理念を貫かなくなった】法律など
私にはもうどうでもいい。好きにしてくれ。遵守する気は毛頭ない。

2.スポーツWBC:間違えはダレにでもあるんだけど…

スポーツの歴史はミステークの歴史でもある。

ホームラン・ヒットは投手の失投。
ファインセーブは、ストライカーのミスキック
かっこいいパスカットは、相手のパスミス。
ショートホールのホールインワン以外は、ミスショット。
オウンゴールは、エンターテイメント(←これちょっとちがうか。)

したがってミスジャッジは、「ある」前提でプレーしないとね
同じ人間なんだから。

それより、ミスがおきたと認知されたあとの
本人や関係者の対応が大切

それに期待したい!
期待はおそらく裏切られるだろうけど。

アメリカにしてみれば、どこかに一回負けたことで
もう『どうでもよくなった』のではないかな?

この大会が終わったら、どんなコメントをメジャーリーグ団体が
するか、みもの。

予想するけど
「あれは、本来のアメリカの野球ではない。」
なーんていいませんよね。アメリカさん?

3.時事ネタ:『特に思うことはない。』

そのことば、そっくり君に返すよ。
妹を焼き殺した人間が、これから更正しようと、のたれ死のうと
私は、貴方に対して「特に思うこと」はありません。お達者で。
私にとってアナタは、もう【どーでもいい存在】です。
社会にこれ以上迷惑をかけないで、生きていきな。

※おねがい※
本件3については、トラックバックならぬ
『フォワードトラック』を求めます。
ご意見のある方は、タイトルまたは本文に「жд☆」を入れて
ご自分のブログサイトに意見を、ポストしてください。
朱色会は、「Wallerstein」さんをご指名します。

4.政治:肩ポンされた民主党

政敵に情けをかけられ、それでも毅然とした態度もとれず、
曖昧にして、だらだらとながされている…党としての結束もなし
与党の送り狼的な執拗な攻撃をかわしきれず、
情報を提供した仲間を売る用意をしている政治団など

もう用はない。消えろ。どーでもいい。

もう、だれも表舞台でモノ申さなくなるし、
舞台裏の情報提供も皆無になるからな。

表ざたの情報だけで戦ってくる政党など、
「あるもの」にとっては怖くはない。

『…男ならば、戦って氏ね。』

(これでも日本で2大政党出現かと、相互チェックができる
新しい正当な政党政治(笑
ができるのかと夢をもった時期もあったのだが
…裏切られた。そんなチカラはなかったのか。頼りない人たちだ。
一体何処に政治を託せばいいのだろう)

以上。「…私だけでしょうか?」

どうでもいい4点セットを上梓してお茶を「飲む。」ずづづ。

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木に咲く花のように

木に咲く花が咲いている

春はこれがいい。

代表的なものはやっぱり 梅と桜か。

あとは、マンサク
モクレンやはなみずきなど。
春の暖かさと相まって、ココロが緩む。

…会社や社会もこの花の咲く木のようなものだ。

1.花をやることをゆるされた人

2.葉っぱをやるところまでしかゆるされなかった者

3.幹をやると決めたもの

4.あえて果てるまで泥まみれの根をやることにしたもの
  あるいは定められたもの

それぞれ、役割があり、果たさなければならない仕事もちがう

読者は、自分が『花が咲く木』のどの部分をやっているか
自覚できるだろうか、そしてそれはどれも大事であり、
その役目を果たすものがどれが欠けても
花の咲く木とはならないことを、自覚してるだろうか

…また、これに類することを人生に当てはめてみると

とくに花や葉は【持ち回り】であり、
いつまでもそれだけやれるものではない。

一生だとこんなところか

種⇒葉(または若葉)⇒芽⇒蕾⇒花⇒落葉⇒根(または幹)

花や青い葉の時間はことのほか短く、自分でそれを自覚し、
それを担う時間は一瞬だ。多くは過ぎてからそれを自覚する。

葉っぱの役目は、光合成により幹や花や自らが成長する
栄養分をつくることだ。そしてそれも期限があり、役目がおわると
自らが栄養分となるため、枯れて落葉する。

若い葉っぱがたくさん育ったのを横目でみながら
「さてと、そろそろ俺の番かな…」
といって皆に惜しまれながら落ちていくのだ。

これが自然の摂理だが、われわれの会社も「20世紀」までは
このしきたりを暗黙的に遵守していた。
「していた」←過去形である。いまは「していない」

まだ蕾にもなっていないものを「花」として利用したり、
もう「枯葉」で土に還るころあいなのに、自らの体に緑のペンキを
塗って「いや、まだ落ちないぞ」と醜態をさらす者たち。
「もう、葉緑素ないって…」

もう、花としての役目はとっくの昔に過ぎたというのに
いつもでもそれにしがみついているもの。

…どこをやろうと決めたにせよ。忘れてはいけないのは

花だけの木

根だけで地上に現れない木

などはないということだ、つまり それぞれが自分の責任をはたすことによって
やっと 「木」となる。
だから、花をやっているからといって慢心してはイケナイ。
「あなた方のおかげで、【花】をやってられます。やらせていただきます」
という姿勢が大切だ。これは「映画界」や「芸能界」だけの話ではない。

花になれなかった者たちも、
「しょうがないか…。なんとかあいつを俺たちの力で綺麗に咲かせてやろうぜ」
と、応援するココロになれるのだ。

まちがっても
「ワタシは、花なんだからもっとあんたたちサポートしなさい。」
…そんなやつは誰も応援しない

いわんや
「余は花である。下々のものは余のために働け。よいな」
などとやろうものならば、根や幹や葉っぱから愛想をつかされ、どこかにいなくなり
「ぽとっ」と花だけになってしまいます。

全国の社長さんたちに問いたい。
貴方は、自分が1~4のドレにあたると自覚していますか?

「うん。1だね。だから他の人のサポートを大切にしている」

なんて答えならば【社長落第】だ。

貴方は、『4』です。間違わないでください。
貴方は、自分以外の花になれる逸材を特定し、
大きくて綺麗な花にしてあげる立場にあるのですよ。

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ある日の2つの出来事

今日は趣向を変えて、2つのことをご報告いたします。

ひとつめ。
ブログトラッキング中にみつけた記事をひとつ転載します。
ワタシはツボにきました。ご覧ください。

Ws000000

ま…主婦(?)ならではの話の飛躍を楽しめました。

奥さん。最後の2行目からのコメントの飛び方に朱色会は
ついていけませんでした…。
照り焼きチキンとサンドうまそう。ご主人が羨ましい…

悲しいニュース…なんだよネ?主婦ってスゴイ。(笑
ーーーー
気を取り直して二つ目。

私の派遣先職場で、いつもとは異なることが起きた…

全フロアの人が集められ、事業管理部長が、

「今日は、みなさんに悲しい報告をしなければなりません。」

冷静を装いながらも、一人の男の死を告げる内容は、時々とぎれ
とぎれながら、私の鼓膜までは届いた。

白昼夢?いや、いま8時15分か…ちがうな…

…散会が告げられても
その場に立ち尽くした。実はいまから約36H前のことだ。

x日からみてないなー。しかし…
確認するため人事DBにアクセスする。余計なことはしてはイケナイ
ことになっている。「構うものか…」

氏名検索する
震える手で(実はいまも打っていて震えてるけど)内容を確認する

「25歳」

うーーーーーーん。やっぱり去年の新人か………。

…やつは元気だったろ。
やつは…おとなしい奴だったが、病気ではなかったはず。

自分と同い年の人事情報を流されているはずの課長を
階段で捕まえる。あくまで冷静にやれよ。と自分にいいきかせ、

「おはよ。xxxxくん亡くなったんだって?なんで」

なんでってところが上ずった…。まずったかな?

「……すまん。答えることはできない。」

「そうか。………それでわかった。ありがとう。」

相手はしまったという顔をしたが、もう遅い。

次は、社内の掲示版だ。もうでてる。
なんだ。もう通夜はおわったのか、W県か、遠いな。ムリ。
死因は、掲載なし。

ここまで5分ですませ、あとはトイレに直行した…。

…声を出さないで、することは難しいことを成した。

こぶしに歯型がついて血がにじんでいるようだが
これまた、構うものか。

しかし、意外なことに職場に戻ると…喧騒が取り戻され、
いつもの技術用語が飛び交っている…

うーん。そうだよな。仕事場だもんな。
オレもシゴトしよ……。
…職場は、いつもの調子をもう取り戻していたのだ。

シゴトは、若者の死のことなど待ってはくれない。
納期は、それでは動かないのだ。
真剣に喪に服したところで、売上も利益もかわらん。

オレが、今日交通事故かなんかで心でもこんな調子なんだろね。

以上似たような2つの実話を掲載いたしました。
…お後がよろしいようで。(泣

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ITの正体【ムジン君編】

本節は、ITというものの正体・本質を読書の方に知っていただく
3部作の中篇である。

読者のみなさんは、【無人工場】というのをご存知だろうか?
製品が粛々とロールアウトされているのに、
その中には、人間が人っ子ひとりいない。
中で作業しているのは、
・ロボット
・ベルトコンベア
・コンピュータ
だけ。

材料を飲み込み、電力とメンテナンスさえほどこせば
あとはナニもいらない。
24時間、365日製品が作り出されていく。

昼休みに若者のボールを追う歓声はない。
娘さんたちの談笑の笑い声はない。
朝夕の挨拶もない。
おやっさんやセンパイの怒鳴り声ももちろんなし。

あるのは、「うぃーんうぃーん」という機械音のみ。

…これがITが生み出すもののヒトツの【理想形・完成された姿】なのだ
つまり、『人間は要らないのだ。』

万物の霊長は、いまもおそらく人間だと思う。
しかし、霊長の条件に、無機質をいれるとなると話はかわってくる。

アナタは、PCを「利用している」と思っている。
しかし、たとえばUFOにのる宇宙人が先進国の国民をみる視点では
ちがう捉え方をしてくるだろう。

『なんであいつら機械に「仕えている」んだ?』

あなたを公私ともに拘束しているあなたの目の前にいる機械は
確かに
・アナタより正確に
・アナタより高速に
・アナタのように怠けずに
・アナタのように不満をもらさず
・アナタより清潔に
そしてなにより
・アナタより低コストで
仕事をこなしてしまう。

ワタシもこの機械に出遭ったときは
『高級なゲーム機』か『やたら綺麗に仕上げられるメモ帳』
とばかり思っていた。いまはちがうものとして捉えている。

私たちの職を奪っていく脅威は、
巷では発展途上国出身の安価でマジメな労働力と
思われている方が相当数いるようだ。

…ちがうね。

アナタの愛機のお仲間が、アナタの寝首を狙っているのだ。

ここでいきなりではあるが
アナタの仕事が、『機械にもっていかれる度チェック』を行います。
次の当てはまるものにレを入れてください。
・流れ作業の一部を担っている
・おとといやった仕事と、きのうやった仕事がそんなに変わらない
・1W以内に、仕事のやり方を改善した実績がない
・パソコンといっしょにいる時間が多い
・パソコンがないと仕事にならない
・受ける仕事の量質があまり変化がない
4つ以上レがついたら、アナタの仕事はかなりの確率で、
近いうちにコンピュータに仕事をとられる。

ITに従事していると、このことに加担していることに
人間として良心がいつもうずいている。

その起点となった読み物を紹介しよう。とても有名な小説だ
松本清張作「点と線」だ
(※すみません。読者より、アンタのいっとるのは
西京の『東北新幹線殺』か『あずさ殺』じゃないか
とご指摘がありました。うろ覚えでした。確認チュです。)あらすじは省くが、
この本のいいたいことが現在への警鐘になっていることに気づく。
ある仕事を奪われた男が、自分の【特性】を活かした犯行を思いつく。
この小説が生まれた時代を考えると素晴らしい先見性だと舌を巻く。

仕事の話に戻そう。さて、ITは情報をコントロールすることで付加価値を
作り出し、その価値を評価してもらってメシを食っていくのが『表向き』の
生業ではあるが、もちろん裏の顔もある。

かこうか、かくまいか今も迷っているが…しかし、…いくぞ!
ITがもたらすもうひとつの「価値」…それは、……それは…

『省人化』だ。(←変換もされないのね。)

ぐわー書いちゃった。もう後戻りしないぞ!!

ITは、実は「人間を減らせる」のだ。その代わりに入るのが
PCやサーバなのだ

コンピュータにはできないこと、つまり
『決断』『予見・想像』『能動的な知識習得』以外は

こいつは
人間の仕事として発揮できるものすべてを
代替できる存在までに成長した。

冷静に(いや冷徹か)考えると
人間というものはかなり【非効率な部品】とみることもできる。

私たちも、仕事でITをアピールするとき、
決済をする経営者は、投資という観点でしか発注の可否をしないため
われわれも
『コレをいれることでコレダケ効率化ができます。』と説明する

…そして、効率化のナカミは問われたら、具体的なことを
話さなければならなくなる。

要は
『これだけ少人数で同じ仕事できまっせ。だから入れてくんなまし。』
と説明をするのだ。

われわれITを生業をしているものは、ビジネスとしてコンナコトばっかり
考えている連中なのである。

コンサルタントなんてそんな高尚な商売じゃない
ITの裏の顔をどんどん進める「人間」にとっての陰謀組織以外の
何ものでもないことをこの際『告白』しておく。

ITはアメリカからきた。 「Information technology」として。

しかし、本当は最初っから、
『Inhuman transformation』(産業社会の省人化)
としてやってきたことを痛感する毎日だ。

ーーひとまず区切らせてもらう。
【自宅にて、執筆時の時刻はとても深夜】

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送り手のココロ得と受け手のサホウ

ブログがいよいよ活況だ(何の根拠もないが
原因として一番シンプルなものは
それに費やせる時間を持てるヒトが増えたことが適当とは思う。

ブログをトラッキングしていて思うことは
言い方が悪いが、『玉石混淆』だということだ

素晴らしいライターたちに出逢う毎日ではあるが
その合間に「そうでない」ライターたちにもであう

・時事につき、感想だけをぽそっと1行だけ書くもの
・コンテンツの95%が引用で占められているもの
・それをあわせたもの

だらだらジブンのコト(不満や愚痴)を書き連ねている場合は
さすがの私も『サイナラっ』と声を大に出して
異なるサイトへジャンプするのだ。
「いつまでも悩んでなさい。」

要は
『ひまつぶし』
『不満のはけぐち』
などだ。
まっ、これが『ブログ』だ。仕方が無い。

…逆に
べつに(本人にしてみると)変哲のない日常の記述で書いているものでも
ぐいぐいとツられてしまうものもある。
受け手としての読者にとって
アドベンチャーになってしまうことがある。

読んでいていらいらするブログにあったとき、
さっさと退去する場合もあるが
この判断は、「発見があるかどうか」で判断している。

やはり、基本は日記なので、ジブンが思うとおりに書いてイイ
受けては「よませてもらっている」という姿勢でイイと思う。
読んでてキモチイイ・キモチワルイで判断して
いっこうに構わないのではないか?

送り手のココロ積りとしては
どうしても怒りを公的なメディアに叩き付けたい衝動に駆られたとしても
次のことには留意してほしいと思っている。

読み手は、面白いものを探してトラッキングしているのだ
そして、読み終えるまで、そのブログが面白いか、そうでないか判断できないのだ。

つまり、面白かろうとなかろうとブロガは、
その読んでくれた人の
『受け手の人生を奪ってしまう』ということだ

送り手の責任としてそれだけは執筆している最中、ココロにとめている。

公的なメディアにジブンのココロを吐露するのは自由だけど
本当にただ吐き出したいだけならばブログを使うのは適当な行為ではないと思う。

送り手を自覚しているならば、受け手を慮ることは必要なので
わたしもできるだけそれを最後には考えた表現となる。

書くときのコツとしては

「今日はコレを感じた。それについてコウ思う。よってxxxを読者に伝えよう」

と最初に【届けたいこと】をがっちり決めてしまうことだ。

そうすると執筆がラクだ。アタマに浮かんだ文字をさらりとまずテキストにする。
順番とか演出とか構成などはそのじっくりやる。まずはアタマに浮かんだものを
正直に文字に実体化する。調子がいいとこれで完了するときもある。

それと、今日の自分の感情モードも確定しておいたほうがいい。
・今日は、ワタシ…泣いているんです。
・今日は、めちゃくちゃ楽しかった!!!
・今日は、あきれることがありうずうずしてるんだ
・今日は、ふられた…死にたい。
・今日は、怒っているゾ!!いわせてもらおうか!!!
・今日は、ナニもありませんでした。退屈です。

途中で感情が変化してしまうと、読者は「置いてきぼり感」がでてしまう
『アレレ、イママデのなんだったの。』
ってコトになっちゃうと信用問題となる。同意してもらうためには一日単位で
モードは変えないに限る。

表現手法の研鑽としては、とにかく他のヒトのブログを読みまくるのが効果的だ。

それで、『おもしれー』と思った記事がみつかったならば

【なぜ、それをおもしろいと感じたのか、自分に問いてみる。】
…そこに『答え』がある。

読み手で時間をつぶすとき、宝石のような内容によく出逢う。
そのときはそのココロ(コトの葉)に触れることができたことを
送り手に感謝している。

よって、「アナタの努力になんらかのお返しをしたい」
と思ってコメントやTBをかけることになる

巷では、単に自分のサイトのアクセス数を上げたいがために
策をこうじるヒトがいる。萎える。

人気サイトに群がるようにTBして、訪問客を取り込もうとする輩
あれはなんなんだろう。サミシイのかな?

あと、コメントを管理者が載せるかどうか判断待ちになるところがある。
これもイイ気持ちにはならない。

『アナタの発言を載せるか載せないか、こちらで決めます。』

と、言っているように思う。自分の発言を検閲されている感じがして
いい気がしない。
つまり、自分にとって都合のよいコメントやTBだけを載せるということならば
もうコメントは載せない。そのようなヒトとは友達になりたくないからだ。

コメントがいやならば全面禁止。
または、全部OKにして、コストをかけて関係の無いコメントを削る。
そのどちらかにして欲しい。

コメントをよせようとするヒトの気持ちを損なうようなことを
受ける側がやってはならない。自分がやられたことのことを考えてほしい。

いろいろ問題を指摘したが
おおむねブログ界は正常に成長していると感じる。

その一員として微力ながら、
淡々とその一部を担っていきたい。

バスがついた。また明日。

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crash

crash 観てきました。

Criticism of movie "crash"

アカデミー賞をとる前に見ておきたかったかな。
どうしても評価軸がアカデミー脳と目になってしまいます。
今日はいつものシネコンではないところでみてきたので
キャラメル味はなかった。

さまざまな人間関係の衝突と
人間模様の絡み合いを
シナリオと役者の演技で魅せる
オーソドックスなつくり。映画の王道をはずしていない
CGもほとんどなく、じっくりと『人間』に浸れる佳作といえる
(あっ。オスカー3つとったんだっけ。)

冒頭は『ぬ?ポリスもの?』と思った。しかし…
アメリカの問題を全て放り込んだ問題提起と
様々な人間の苦悩がバランスよく入っている。

『人種差別・銃・貧困・麻薬・警察の腐敗・医療の限界』

ロスにすむ幾つかの関連のない家族が【事故】を通じて絡んでいく。
事実を淡々と表現していくストーリーと
役者のいまの能力を最大限引き出した演出が好ましい。

多くの役者がでていたが
うまくそれぞれの役どころを引き出していたと思う。
これが最近みた日本映画とちがうところ。

みんな。少しずつ年をとっていた。
マット。おじさんになったね。でも役になってたよ。
サンディ。君も年をとってしまったのか。しかし役にアっていた。

そのなかでもキラっとしていたのは
ドン・チードル。母親の愛を求め続ける警官の役を好演していた
  演技に深みがでてきた。アブラノリキッテます。
ライアン・フィリップ 
  腐った先輩を憎む、まだ正義を行使しようとする若い警官
  しかし、思わぬことが…
  若手らしいひたむきな演技が良かった。
ショーン・トーブ
  雑貨店店主。異邦人としての苦しみに耐えながら自分の店を
  守ろうとし、間違いを犯しそうなる。老獪といえる演技が渋すぎ。
テレンス・ハワード
  今なお残る人種問題の象徴としての演技を見事にこなしていた。
  天性の演技に貫禄が。

…唯一サンドラだけちょっと浮いていたかな。

役者たちが、人種差別のエピソードを【好演】できるのはもちろん
理由があり、彼らも『アメリカ人』として生きてきて役者人生のなかで
人種差別の荒波を実体験しているのだろう。その刻み込まれた
記憶(差別する側、そしてされる側)が、彼らの才能によって
さらにリアルに体現されるのだ。

There is a reason not to mention actors cutting an episode of racial discrimination in [a good performance], and they live as "an American", and substance will investigate angry waves of racial discrimination in the actor life.The incised memory (a side to discriminate against and a side considered to be it) is for it to be embodied more realistically by their talent.

映倫にひっかかり(OUT)そうなところがあったが
なんとか演出でセーフというところか
映画で子供を傷つけたり・殺したりすると放映はできなくなる。
そう。『映画は子供を殺せない』のだ。
…このしきたりをずっと前から知っていたので
 あのシーンはびっくりした。チョット裏技過ぎるかな。

"a movie cannot kill a child."Because I knew this tradition much more for some time.That Sheen was surprised.Is a tip over a little?

あと、いちゃもんくさいことだが
ここまで、みんなを絡めなくてもよかったのでは?
しかし、そこも製作者のいいたいことなのだろう。
人身売買(誘拐?)もヨケイかな。

やはりアメリカの問題をソースにしているので
アメリカというところからはずれていないために
日本の観客がどこまで理解できるかというところ。
これは『アメリカの映画として』オスカーを逃すことができない
何かを取るしかないつくりになっている

ぐわわーというカンドーは少ないものの、
マジメでオーソドックスな人間映画が好きなかたにお勧めします。

しかし、アメリカって自分をきちんと理解しているくせに
なおさんなー。わかっててもむりなのかな。
人種差別が持ち上がっている映画だけど、やっぱり銃のことを
いいたいのではないかな
カンタンに命を奪える銃。自暴自棄になり銃を向けられ
なら殺せさぁ殺せと嘯くテレンス。
引き金を引いたあとで後悔してしまうショーン。
あぁ勘違いで誤射してしまうライアン。
アメリカの全ての銃弾が魔法の空砲ならいいのに…(泣

Though if all American bullets are blanks of magic, it is good…(I am sad and cry.)

日本で交通事故直後に死ぬ人 < アメリカで銃で死ぬ人

There are many people who die with a gun in U.S.A than a person dying just after a traffic accident in Japan.

…こういうことを考えていくと、地球の外から我々人類をみたとき
 クルマだろうと銃だろうと人間の間でおきる死ということで
 いえばどちらも『crash』なんだろうね。…どうかな。

When I considered we human to think about such a thing from the outside of the earth
 Both will be "crash" if said to be a car concerning death to happen among human beings to be a gun. …How do you think in this opinion?

音楽・演技と脚本・演出で魅せる正統派の社会ドラマ。
採点はオスカー採点のちょっと辛めで、72点

サマリーは
オフィシャルよりココが良い。

…来週は、アメリカ版タロ・ジロに逢いにいくぞ!!オンオン。
もしくはBBMだーーーー

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PSEマークに想う

PSEマーク 4月より本格稼動につき、ひとこと(チト長い)…が、その前に

最近のTVニュースのディレクターは、ブログをチェックしてから
報道するニュースソースを特定して取材を始めているのではないか?

ブログで着目・取り上げられた話題が、1W程度経過してから、
TVのゴールデンタイムのニュース番組で取り上げられるパターンが
最近多いのでそう思う。

ブログ⇒新聞⇒報道TV⇒その他のジャンルのTV
とこんな順で話題が取り上げられるので、TVニュース報道を観ると

「…遅いなァ。」

といつも感じてしまう。ちょっとだけ誇らしい。
…『ニュース』の語源ってなんだったっけ。
報道マンとしての【沽券に関わる】んじゃないかと心配している

さてと…
とはいえ私もこの件で書くのは遅くなってしまった。

同じコトバを連ねても、読者に悪いのでワタシなりの斜め見での
捉え方を中心に述べておきたい。よって前提としてPSEマークや
それに関連する法律、運用にいたる騒がれている事実については
すべて割愛します。

まず、法律の施行についての可否の立場については、朱色会は
現在の少数意見であると思う【可】に一票である。

この法律の歴史的背景については、そのスポークスマンをかねている団体
資料のとおりだろう。

ここで、『この政府の犬め!!』と怒らないでくれ。『ワンワン』。

問題がナニもないわけではない。それは後で述べたい。

法律は、その必然があって生まれたり、改定または改廃される
そして、全ての法律を統べているのが、代議士である
おっと代議士批判に行かないように注意しなければ。

またその根底にあるのは、その法律を運用することにより
市民の幸福が強化・増大するだろうという
『善意』がベースであると思いたい。
一部、有権者以外で代議士を動かせるものの意図が
介入できるところが悔しい所だが。

さて、本件の電気用品安全法の経過措置の理由(意図)だが
結局のところ、『電化製品をあつかう市民の安全を強化したい』
というところか

これだけならばなんとスバラシイことなのかと、法律の改定に尽力した
官僚や議員さんに「投げキッス」なのだが、巷で言われているように
運用の仕方がまずすぎた。

…われわれはよく、環境の変化を捉えるとき、デメリットを感知してしまう。
なぜかというとそれはわかりやすいのである。
いわく『xxxができなくなる』。

しかし、法律というのはそんなものだ。Limittedをかけて注意喚起や
市民・企業にリアクション(反応)をしてもらって、やっと単なる文章が
現実のなかで『実態』として生きてくる。

この法律の目的はひとつ。
 ⇒『売り手(事業者)は、安全を確保したもので商行為をしなさい』
これに異論はない読者のみ、読み進めてください。

否な方は、他のイケンのblogにGo!

…進みますか?ではいきましょう。
この事件の登場人物ごとに影響・(本人たちの)問題点をまとめた

1.ワレワレ消費者

イイコト:
 バイヤとして商品を選択する際に、安全の目安がわかりやすい。
ヤナコト:
 PSEマークがない資産は、業者が引き取ってくれないので、どんな名品であろうと
 (日本での←ポイント)商行為を行えないために、現金化が難しい。
問題・今後の対策:
 消費者として、【官報】などで猶予期間を把握しておくべきだった。
 私を含めて勉強不足でした。前にも書いたけど『知らなかった』というコメントは
 「自分は大人ではない」と宣言するものです。今後に活かしましょう。
 自分の生活に関する法律の動きは、市民として法律が『生まれる前』から注目して、
 問題があるならばそのときに騒ぎましょう。
 その経緯把握の方法はいくらでもあります。
 マスコミは機能不全していますので、頼りになりません。

1.中古品を扱う事業者

イイコト:
 自分たちが扱う商品の安全についてのチェックコストをより管理しやすくなる
ヤナコト:
 在庫の処理に、いままでの方法は利用できなくなること
問題・今後の対策:
 中古商品を扱うプロフェッショナルとして…(以下上と同文)

1.法律改定する立場の人たち

イイコト:
 これからは安全管理も市民がメーンですよ。カンはコストかけませんよ
 いうことをさらにアピールできたこと
ヤナコト:
 その仕事を公でやっていた職務がなくなり、
 それをやっていた人は他の仕事にまわらざるを得ないこと
 「なぜ、教えてくれなんだ」という自分達のユーザから予想外の詰問を受けること
問題・今後の対策:
 市民が把握しているかということについての確認が足りなかった。
 周知徹底させる効果的かつ低コストなやり方の改善が急務。
 なぜ、伝わらなかったのかという分析を今後に活かしてほしい。

ーーあとはめちゃめちゃ裏読みしたことについて、少々書いておく。
ただし、本ブログとしては裏技である、
裏取りのない憶測がかなりあることを予めいっておく。

…家電(新)製品って国内で売れているのかな?

私の家の中のことで恐縮なのだが、情報電化製品はまぁちょこちょこ
買っているんだけど、一般電化製品は、ほとんどが10年選手だ。
実家は、さらにスゴ過ぎて20年選手もいる。
そして、壊れない限り、次を買う気もない。読者のご家庭はどうだろうか?

そう。ホントーにMadeInJapan is not brokenなのだ。コワレナイ。

こんな状態だと新しいものがほしい人以外は、中古市場で十分だ。
『拘らなければ』一ヶ月をまたず、気にならなくなる。
すると金の流れだけをみると、消費者と中古業者の間「だけ」で
『メーカの』中古品と【金】が還流している事態と眺めることが可能だね。
レンタルCD業界とレコード業界の関係(対立)に似てなくもない。

…『オレにもくれ』

と悲鳴をあげ、喘いでいるものの声が、なぜか、私の脳裏で木霊している。

…『この法律によって倒産を余儀なくされる』と悲鳴を上げる中古業者団体。
ホントゥに狙ってたりして。
…どうかな。

(ダメダ!! 本節も長すぎる。これからはもっと端的に書かねば!)
…最初のタイトルは【法律はダレのモノか】でした。

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ケーキへのナイフの入れ方

社会全体が上昇をやめた今日の日本においては
全てのヒトが『幸福』となるような社会は望めない。
論理的にみるとそうなる。

ここでいう『幸福』とは、
マジメに勤めていれば給料が上がって、
主に「物質的」に豊かになっていくというものだ

しかし、日本の経済は、上昇(拡大)をやめてしまった。

産業が拡大していくことにオワリがないとした設計を前提としていた
会社運営は、【終焉】をむかえた。

パイはこれ以上大きくなることはない。

そこでモチベーションコントロールが変わった。
『ミンナでガンバロウ』はやめ、「ヒトリでガンバッテ」になった
パイはおおきくならないので、
パイを均等に切るのをやめ、切り方の偏差を大きくすることとした

これが『成果主義』である。

なんとなくカッコいい語感ではあるが
…なんのことはない。
不満が出にくいケーキへのナイフの入れ方のテクニックに過ぎない。
ちんまりとしたケーキ…それを切る。

現在の政権運営の骨子・方針がこれに則っているのだ。

だから「成果主義というのは詭弁だ」と再三いっている。
正確に日本語に記すると、『偏差拡大主義』となる。
ある国の元首は、これを【格差】といった…。
だから勝ち負けにこだわる運用がされる。

ベースとなるのは
会社のリザルトとなる【売り上げ】と【利益】だ

どんな難しい仕事にトライしているか
どんなムズカしいヒトと仕事を進めているか
どんなに仕事に工夫や効率を施しているか
どんなに部下を育てているか

そして、どんなに未来において価値のあることをしているか

など何の加点もされない。
全て直近のケッカが全てだ。

…こんな世の中に、ヒトはどれだけ耐えられるのだろうか?

とても心配だ。

そんなに美味しくもない人参を目当てに
人間関係を無視した競争を強要される。
部下もライバル。上司はタンコブ。同僚は、
会社を辞めていく。他にいくとこなんてないのに…

成果主義がすばらしいのは
一部の人間にとってだけだ。
つまり成果主義を運用し、ヒトをコントロールする側の人たちにとって
それもまた短い…ほんのひとときの間だけ。理由は省く。

会社の資本を代表するもの
第一の利益還元受益者(続編の株主チャンたちへつづく)
たちがそれにあたる。

こんな世の中は何れ、破綻するだろう。そして修復の見込みはない。
この日本が一番大切にしてきたものが完全破壊されたからだ…。

なにか「かすかな光」はないものかとさがしてみたが
今は、なにも見つからなかった。

殆どのひとが会社で【社会のためにナニをするか】という観点で
仕事をしなくなった世の中だ
それを考えるより、家族をどうやって守るかを考える世の中だ
とっても「さもしい」世の中だ

いつまでこれがつづくのだろうか。人を待つ振りをして
立ち尽くして
ーー駅のなかで行き来している人の顔をずっとみている…
100人中99人が、口をへの字にしている。
ほんの数年前は、みんな両目をへの字にしていたと
記憶している。あれは…『幻』だったのだろうか…

最近、大切なことを思い出せない自分に驚く。
なぜ、いまやっている仕事を【自分の人生】に使うことにしたのか?
その最初の目的はなんだったっけかなぁ。。。

…もし、あなたの近くに会社に赴く親しいヒトがいるならば
ときにはブログを一休みして
優しいことばをかけてあげていただけませんか?
そのヒトと、コンピュータは抜きにして「未来の楽しみ」について
人間同士として話し合って欲しいのです。
ハナシがニガテというひとは、ぎゅ~と抱きしめてあげて下さい。

それをするだけで数日間は、あなたを守るヒトも
仕事をする意味と意欲を取り戻すような気がする。
あくまでもきにするだけで根本的な解決ではないのだが…
あなたの目の前にいるヒトは、見ため以上に疲弊しています

…朱色会からの切実なるお願いです。

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Winny2で警察から流れた本当のもの

『Winny2』によりケーサツの捜査情報が流出する『事件』が相次ぐ。
自衛隊は、『対応』をこれからするようだ。

警察は情報統制がとれない組織であることが露見した。
公安が動くのも無理からぬことであるが
またそのトップが私の逆鱗にふれるコメントを発してしまった。

括弧書きでちゃんと言っておかねばならんだろう
これは、「不祥事」ではない。『未必の故意』による【犯罪】
であるから、事件として立件し、容疑者を検挙してくれ。

…ケーサツさん。ただでさえ『朱色会』は社会へ述べたいことが
目白押しなのだ。本当はこんな【事件】にかまけていられないのだが
あまりにこの事件に対する対応と反省がなっていないので
耳をかっぽじってききなさい。

それでは、述べさせてもらおう。

まずは
捜査で利用するパソコンに【私物】があると報告があることだ

???なんで?ウソだろ。

「さらー」と流れてしまった事実だが
これについて記者は、このQをしなかったのか?

「警察組織では、『ISMS認証』に類する取り組みをどのようにしていますか」

想像するに、おそらく、つぎのAがきたろうな
A:「ISMSって何でしょうか?答えられません。」
または
B:「ISMSは『ミンカン』の認証ですので、
 独自の管理手法を採用し、運用しております。」

もし、Aならばハナシはオワリだ。
勉強が足りないという以前のレベルから話をせねばならない
(読者の皆さんも申し訳ないが『ISMS』についてはぐぐってください。)

まず、犯罪組織または犯罪予備軍に、
ケーサツのネットのなかに私用パソコンが接続できるという
【事実】が知れてしまった。このことについての次のことができることを
指摘しておく。

・捜査員の自宅を特定する。
・無線LANを介し、捜査員のパソコンをハッキングする
・そこで情報が取れればオワリ。
・取れなければ、可搬PCを特定し、ウィルスを仕込む
・仕込みの入ったPCが警察LAN内に接続
・警察の管理情報を『知られないように』盗む
・痕跡を削除
(悪用されないように、詳細手順は省きました)

……(長い沈黙)
警察は、組織内外でおこった悪い奴を捕まえるのが仕事だが
その仕事の完遂のため必要なのが
事実の整理と管理である。つまり情報の管理となる。

もし、これが外部から改ざん・漏洩・破壊が可能と知れてしまったら
彼らはナニを思いつくか、想像してくれ。
この世の中だ。もうマスターは紙じゃないだろう。

いいか、私物で仕事をするな。こんなこと
『ミンカン』じゃジョーシキなんだよ。
完全に隔離しろ。職場にはテブラで行け。

また、Bならば…
「おぉ、見せてもらおうじゃねぇか、そしてどうしたらこんな不祥事が発生するのか
それも説明してもらおうじゃねぇか!」
と、いう話からスタートする。

…そして、本稿を上梓せざるを得なくなったのは
公安幹部のつぎの一言だ。

『管理パソコンのxx%が私物であることは把握しているが
 各捜査機関の事情もあり、全てを公物とするのは難しい』

「事情」って「お財布のナカミ」のことすか?
ばかやろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!

コトの重大さがわかっていないのかな?
これは、警察・公安のトップが全員ハラキリモンの事案なのだよ。
…なんという低レベルな危機管理意識なのだ

捜査情報が不特定多数のものへ流布したという事実からは
捜査情報の管理ができてないとISMS監査機関からいわれ、
『業務停止』をくらう案件ですからね。
ケーサツやコーアンが業務停止って。国内治安はドウナル。

それより前に、大の大人と思っていた人間に対し、
以下の躾レベルことを言わねばならないのが哀しい。

アノネ、コーアンのミナチャンネ。
アナタたちのヤクワリ。ソンザイイギはネ。
ケーサツのカントクとシドーとカンサにあるのネ。

だからネ。ケーサツに対して責任を全うさせるためのネ
指導をきちんと正せるかドーかが
あなたたちのメシの種なのネ。わかるでちょ。
あまりこんなことネ。
いわせないで仕事をネ。してちょうだいネ。

おねがいネ。

はァーーーーーーーーーーーーーーー(国民のため息)。

今日やって欲しいことを書くから、明日までに履行しろ。
『マジメに仕事をしてくれ』
・警察・公安機関のネット内で、稼動する私用パソコンの特定
・特定されたパソコンのユーザとその管理者の特定
・その数と人名の公表(正しく精査した査証はこれ以外なし。)
・特定したパソコンのLAN外への排斥とその実行記録
・再発防止策の策定と遵守および履行記録の保管
・内部・外部監査の管理統制の整備
・対策の公的報道機関への報告

いっとくがスポークスマンから
「LANに接続する全PCにおいて『Winny2』が存在しないことを確認しました」
などという『たわごと』をきいたところで
ぜんぜん胸をなでおろさないからな。

報道機関にもこの際お願いしたい。
この件で、キャンペーンを張って欲しい。特番を組める内容であることを
『太鼓判』を押します。どこのTV局とはいわないが。

Winny2を介して、警察・公安・(自衛隊)から流れ出て
(おそらくは)亡くなったものは予想以外におおきい
それは、捜査・検挙・(防衛)機能を国民から預託された機関が
失ってはイケナイものだ
その名を
『信頼・信用』という。

…すぐに取り掛かれ!!

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少子化一考察

…この日本で子が生まれないという事実がある。
 世に言う『少子化』だ。

さまざまな評論・理論・議論が巷にあるが
ワタシも、既に何児かを儲けてなんら不思議はない【年齢】だ。

しかし、その気配すら見えない。
最近は、土日に幸せそうな小さい子をつれている家族をみると
『目が痛くなり、ココロがうずく。』

いい大人としてやらなければならない
「夫」や「父親」のヤクをジブンがやっていないことについての
焦燥感や敗北感が沸き起こるのだ。

こればっかりは、ヒトリではできないな。うーむ。

あの世に赴くとき、自分を見送ってくれるヒトはいないものか
と考える日もある。何はなくても、やはりそれだけは欲しいな。

…わたしも少々『少子化』現象を考えてみた。

1.環境(外)的要因説
子供が生まれない要因を、いわゆる外的な環境要因として
家計の経済状況だというヒトがいる
つまり、社会設備やインフラが整っていないのでコドモが生まれない
(生まない?)というのだ。
しかし
「ヒトは貧乏だと、子供をつくらない生き物」なのだろうか
子供の出生率と一人当たりのGNPは相関関係がないどころか
逆に現実には反比例している。これはもちろん
・性教育の不徹底
・避妊知識の不備
はあるとは思うが、ともかくも人間が生まれいずることと
「カネ」はワタシは結び付けたくない。

また、女性の社会進出による 性行為の 機会喪失をあげる
社会学者もいる
「ヒトは忙しいと、子供を儲けないものなのだろうか」

うーむ。可否は別としても
これは実は私の人生で思い当たる節がある。

私は、実は3人兄弟の長兄である。
父は銀行員という仕事を
母は専業主婦という仕事を
を全うした(まだ、健在です)笑

何をいいたいかというと
私の親の世代は
A:大人の男は「父親」役をみんなしっかりやっていたし
B:大人の女は「母親」役をみんなしっかりやっていた。
つまり、役割分担を明確にし、ことなる種類の責任を担っていたということだ

おかげでしっかり育ててもらったと思っています…
兄弟(おとーと)達がいたのもヨかった。

いまは、
A:をやるひとはいっぱいいるが、
B:をやるひとがすくないように思う。
これは合点がいくところが多い。

いまは猫もしゃくしも機会均等がスローガンだ。

したがって、男も女も 
C:仕事を作って D:子育てを始めとした家事も夫婦で共有するという考えのようだ

しかし、現実は
C にかまけて、 Dは両名ともやらず、
それぞれのさらに親に任せっきりになっている場合があるという
或はそれを理由として子供をつくらないという。

つまり C はおもしろいのでメインでやり、
D は仕方なくやるものとなっているようである。

これはおかしいなー

C は D のためにやるのではないか?:E
優劣がないどころか D
のほうが大切で大事にやらないといけない。

それとも E という考えは間違いなのであろうか?

まずは社会学的につらつら考えてみたが、
私が本件の観点でこれかなとおもうのは

「この素晴らしいこの世を、自分の子供にも見せてやろう」

という気がおきない世の中になってしまったのではないかということだ。
だからましな世の中にしたくてブログで吼えている。

でもなー。「シャカイが悪いので、子を作らない。」ってのも
ちょっと『大人げ』ないかも。

2.能力減退説
次に心理学的(人間の内面で)にとらえてみる

けっして生理学的なところにはいかないので(笑
女性の方も「安心して」読み進めていただきたい…ぐふふ。

実はもっと深刻なことを指摘する。
ここでいう能力とは
女が男を愛する能力、
そして男が女を愛する能力が全体的に弱まってきているのではないか

能力というと「どきり」とする方は
『耐性』と言い換えてもいいか。

この世は文化的ににみても多様化したといえるだろう。
人間にたいして気にかけることよりも多くの情報が
まとわりついてくる。

いわくファッション
いわくグルメ
いわくミュージック
いわくコンピュータ

など、考えること、思いを募らせる対象がたくさん増えた。
異性のトラブルに関して 逃げ込める先(精神の駆け込み寺)が増えた。

これも実は私の人生で思い当たる節がある。

学生のとき私には悪い先輩がいたのだ。
(しかし、今も出逢ってよかったおもっている)
雪深いいなかで育ったときのことだ。
先輩の『ぶゆうでん』を聞かされるときがあった
もちろん女の話だ。

田舎は娯楽がすくない。よって
彼女と2人でこたつの中にはいり、みかんを食べつくしてしまうと
やることがない。

そこで『…するが?(方言)』となるのであった。

こういう話をすると
昔のヒトのほうが素直でエロかったように思う。
今の表現が下品ならば言い直そう。
そう、異性を愛する心が今よりも強かったのではないかと

『先輩の武勇伝』を思い出すたびに思う。

他に(余計に)考えることが多すぎて
男女とも愛する能力に異常・減退をしているのではないか

と思うこともある。
…いや、しまった。やはりエロくなってしまった。ゴメン。

3.生命体としての終焉説
最後に、生物学的にとらえてみよう。前もっていっとくが、
コレがいちばんキツイ。
⇒イルカの集団自殺がよく報じられるようになったが、あれはなんだ?
 「知性が高いから」意外とデリケートなんだなと思う。

進化論では自明なことではあるがあえて復習してみよう
人間の固体に寿命があるように、
人間という種にも寿命はある。

天変地異以外に、それが起こる場合はいわゆる種の限界が訪れる。

つまり、DNAの螺旋がとまるか、変異することにより
同種の固体が生まれなくなる状態をいう。

ここまでいえば勘のいい読者ならばアレかと思い出すと思う。
『xxxx』

日本は伝統を重んずる社会ではあるが、その反動として先進・先鋭的なこと
もご執心だ。もしかしてDNAにそれが刻みつけられているのだはないか
つまりどの国にも先んじてナニかを成し遂げたいという熱情が強いと思う。

この習性が、今回も「でた」のではないかという恐ろしい仮定だ。

ドコヨリも早く、先鞭をつける

ナニを?…こわくて文字にできない。

もしも3ならば、ワタシ自身で回避するのはかなりむりっぽい。
実際のところは、独力でできそうな1か2を選択したいところである。
…どうかな?

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有頂天ホテル 【↓:途中退場】

『本稿は、元劇団員いまはトップTV脚本家への苦言に終始しています。
 ⇒要注意』

途中で(冒頭20分くらい)で出てしまった。よって【ブログ初の採点不可。】
いま、私の心にあるのは【怒り】だけだ
これがあの【古畑任三郎】や『新撰組!』を表現した男の作品なのか…
「信じられない。」まるで別人の作品のようだ。
やはり、映像作品というものは、多くのヒトの総合作品であること
を思い知らされる。

そこで、本節では、なぜワタシが途中退席してしまったのか
(最後まで観て面白かったというヒトもいるので)釈明するとともに、
映画に対するワタシの映画の対峙の仕方を述べたい。

…このコメントをブログに載せることもひととき躊躇った。
傷つくヒトもでるだろうし、
期待しているヒト、また、観ておもしろかったと感じたヒト
のココロをそぐ権利など、ワタシには無い。
…しかし、敢えて言わずにはいられなかった。許してほしい。

⇒ゆるせんという方は以下は読まず、他の映画ブログへGo。

実は、ポスターをみたときから「ちょっこっと」心配していた
多くの邦画スターを結集させた、いかにもストーリーもりだくさんですよ
的なあつかい。
それと、今なぜ、【ホテル】なんだ?
扱ったエピソードは『大晦日』だという
今、何月だっけ?

疑心にかられながら、まぁ興行成績はよさそうなので、
おもしろかろうと思ってぶらりと入館ったのが間違いだった。

特記事項として、私は、大きなホテルのフロントをバイトした経験が
あることを申し加えておく。

冒頭から感じたのが、役者の目の輝き。
よどんでいて、演技にひたむきさが感じられないことだ
キャラクターとして『記号化』され、それのみを演技強要された
『しかたがない演技』をこなす役者たち。

かわいそうな役所さん。
かわいそうな四朗さん。
かわいそうな香取くん。
かわいそうな篠原さん。
その他かわいそうな役者さんたち。

観ていて涙がでてきた。

…映画は、ストーリー重視ならば冒頭15分と結末2分がいちばん肝心だ。
この時間は、意味のないカットをいっさい入れてはならない。
そこで、観客は平凡な日常から、幽体離脱し、映画の世界に這入っていく。
それから、亜空間に迷い込んだ観客のココロを、日常につれもどすため、
最後の細工も大切だ。映画が現実とつながっていることを示すために。

ワタシの映画の善し悪しの基準は、まずは観客であるワタシを、15分で
「洗脳」できたかどうかである。
しかし、目の前に供されたのは、
脈絡のない細切れなCMのようなカットの嵐…
目や頭(眉間)が痛くなった。

細切れなエピソードをつなぎ合わせたって『映画』にはならない。
三谷さん。結局ナニがいいたいノ?

スタンダードな映画理論に挑戦しようとおもったのか
いろいろなタブーにも挑戦している
たとえば映画は人間を表現したものとは前節にて述べたとおりだが

人間の『何』を表現しようとおもったとき、
必要不可欠なのは『老人と海』を除き、2人の演技者のみ。

女と男
師と弟子(上司と部下)
ヒールとベビーフェース
大人と子供(小人)
親と子
金持ちと貧乏人
などだ。そのうちのどちらかが『主人公』だ。

この映画には、このような軸がみえない。そのため、この
映画を受け入れようとした人間が、何をベースにこの映画をみていいか
つかめないのである。

わたしは、入場料と少しの自分の人生(映画の行き帰り)をムダにした。
・チープなセットと全てシコミの宿泊客
・細切れな人生をかき集めただけのストーリー
・役者のやる気を削ぐ、まずい配役と起用
・趣旨がよくわからない展開(とたぶん結末)
・リアリティが欠落した演出

たかだが2H程度で 観る人に残るものを伝えられるのは
たった「ひとつ」だ。ワタシが「名作」として記憶しているものは
須くそうだ。

あと、映画の中、スクリーンからずっと臭うのが、
「監督は偉い。それに従い演技するのが役者」という
なんともいえない高圧な空気。
役者の潜在的な才能を開花させ、さらに伸ばすのが監督の役目なのに
出来合いの演技を役者にやらせ、話に組み合わせているに過ぎない。
つまり、冒険し、その結果としての新たなる人間の発見がない。
監督というものの『人間のレベル』としてどうなのか?

厳しいことを言わなければならない。
三谷サン。映画監督をやめなさい。いますぐに。
アナタは『本業の脚本家』に立ち返るべきだ。映画監督としては
【失格】です。これからの映画界のためにもお願いいたします。
おそらく、VIDEO_outしてもレンタルしないと思います。

有頂天ホテルか…、有頂天になっていたのは「誰か」だけはわかった
【観客】として、有頂天になりたかった。

エピソードだけでみたら、
現実のホテルマンの体験のほうが断然おもしろいし、
カネが入るのでおトクだ。

映画をおもしろいと思う要素として、観客の想像力を、
送り手である映り手が凌駕しなければならないというのがある
つまり、劇場とは、観客と監督の「想像力」の果し合いの場なのだ。

三谷(←既に呼び捨て)がよかれと思ってたくさんつぎ込んでいる
サブストーリーは、すべて「んなことしってる」という
「既知の情報」でしかなく、「へー」となることはなかった。
しかも差し入れ方が場当たりで、薄い。

…もしかしたら、ワタシが立ち去ったあとで素晴らしいセカイが
展開されていたかもしれない。それを映たヒトは、
ワタシを頓馬なやつ、堪え性がないやつだと哂ってほしい。
…しかし、残念なコトにこれがワタシの映画のミかたなのだ。

『詰め込みすぎなんだよ。』

「ホテルリアー【第1話】:韓国TVドラマ」の方がダンゼン面白い。
いやな予感はあたるんだな。これからは素直に従おうと思う。

こんなものが動員400万人超だという…『はァ?』(摩邪風)
どう間違ってそうなるのか?
重ねて言う。

「これは【映画】ではない。」

『宣伝にヤられた』と泣き寝入りすることにする。
VIDEOで十分だ。(←ワタシはもう観ないが。)
TVでやるようになって暇ならばもう一度自分の時間を使う。
今は、これが何かの映画の賞をとったら(前節:選者の苦しみを参考)
そのときはせっかく明るい兆しが見えてきた日本映画界の
衰退と【滅亡】を意味することを記してひとまずは筆をおく。

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ITの本質【ショーラーセー編】

今日はのっけからハイテンションでいくぞ!!ノリノリ。
なんせ6H後にはカイシャだ。

ITをココロざす若人よ!

ヒトコトでITといっても方向としては2つの道があるぞ!
チミはどっちをめざすのかチョットここで決めてほしい。

A:IT起業家 か B:IT技術者 どっちかな。

もし、フェラーリにのってみたいならば、Bだとかなりムズカシィ。
なぜならば「単なる普通のサラリーマン」だからだ
あと、『IT技術者になってみたい』ではダメで
技術を既に行使できるようになってないと採用はされない
「IT技術者『なので』雇ってください」がセイカイだ。
せいぜい肩書きとして資格をいっぱいとって
即戦力となれるように準備しておいてくれ
安い仕事はいっぱいあるから、マジメに時間をいっぱい働けば
達成感はないかもしれないが、
中年になるまで食うにはこまらないぞ。

ただし、基本的にジブンの腕一本が頼りだ。
ダレの支援もないし、仲間意識もそんなにない職場だから
若くて下半身が元気なうちに 「嫁さん」もGetしとけ。
嫁さんとガキは結一の話し相手になるから、大事にしろよ。

それから、過当競争が激しいから、健康には気をつけてな
体を『壊し』ても、たまっている医療休暇が使えるだけだぞ。
これはホントゥだからな。

Aでいくときめた君は前向きだね。フェラーリ狙いかい?
それともプレジデントの表紙狙いかな?
激烈なる競争に勝てば、そのうち一人はGetできるかもね

まず、英語を話せるようになってから、
MBAを「さくっ」ととることに注力してくれ
PC・インターネットのことはまったく知らなくていい。
そんなのは「B」のめぼしいやつを雇えばいい。
一番重要なのは、経営と会計 の基本を抑えて、
プレゼンテーションという名の
「はったり」と「ウソ800」能力を伸ばしてくれ。

女を作ったり結婚生活は、しばらくはあきらめてくれ…
ムリにつくってもうまくいかない。
何せ「起業家」として成功してもリコンしたりする
恋愛は遊びまでならOK。その時間があるのなら人脈作りだ!

とにかくいいスーツと靴とハクがよさそうな名刺をつくって
渋谷の一番でかい森ビルをうろつくんだ
おんなじ出で立ちのやつらがいるから、名刺交換し
コネをつけまくれ。君の熱意が伝わればもしかして
渋谷メンター(現存する日本のベンチャーキャピタル:VC)の
目・鼻・耳のどれかに止まるかもしれないから
呼ばれたら【礼儀の正しいストーカ】と化して食いついて離れるな。

相手が根負けするまで自分の夢と金の稼ぎ方を喋り捲り
投資家の財布を開けさせろ。

金ができたら 計画通りに「売るためのカイシャ」を起こせ
最初は少々カネがかかっても人材をあつめるんだ
どうせまとめてあとで売ってしまうんだけど、
それは悟られたらダメだぞ。VC以外の
パートナや、部下にゼッタイしられないようにしろよ。

ビジネスの中身は、実質より将来性がよく見えるように
見せかけるんだ、どうせ買ったほうだってすぐ転売しちゃうんだから
しょうーらいせーだよ。外見のショーラーセー

…え。どっちもいやになってきた?
そうか、じゃーね。あっちょっと、そこのキミ!
(冒頭に戻る。エンドレス)

……ここからいつもの調子にもどしてみる。(戻せるかな?)

ーーLDは「虚業」と揶揄された。

そのとおりとは思わず
あたるともとおからずといった印象をもった
本節はその解説。

まずは

「あたるとも」説
粉飾があったにせよ、ホントウの決算をみると
企業としても決算報告があり、赤字だけど、売り上げもあった。

売り上げがあったということは、IT事業体としての仕事を
誰かがしていたわけなので、
すべてが虚業だったというのは少しいいすぎなのではないか

次に、「とおからず」説
いささか暴言めいた話になるが
IT業界に長年従事していてわかったことがある。

それは、IT業界というのは
本質的にはまさしく「虚業」だということだ
「何をいまさらいってるんだ」という感じである。

これに異論を唱える方が多いことは承知している。

いわく、この世(先進国)を統べているのは「情報」であり
それを軽んじる世の中は退行であり、未来への蔑視であるという説

いわく
情報技術というものがさまざまな魔法
(携帯・情報金融商品・衛星による探査)を生み出しているいう事実

いわくIT化がもたらした産業貢献
たとえば、 流通の効率化  POSなどをいうもの

それはそのとおりだよ。…だけどねぇ。

そもそも「ITが扱う商品」って
01000101001010101001010000010101010
001010001001000111110101001011010101
010101000000101010101010010101001010
01010101001000010101010010111001010
01010010101010100100010101010101001…
これだよ。

これが気の遠くなる数だけお宅のPCとか会社のサーバに
入っているわけ。
においなし、あじなし、いろなし、ぬくもりなし
かんしょくなし。ユーモアなし。
実在するものとの対(仮体として)でしか存在しえないものだ

僕らが、楽しんだり、感動したり、味わったり、
くんくんと匂いを嗅いだりできる「本物」を、
電子情報として量子化したもんなんだよね。

…で、IT企業は、「仮体」しか扱わない。
本物そのものを一切生み出していない。

世の中の主役って顔してるけれど
ゼンゼンそんなことないね。
いばる要素、まったくないんだよね。

世の中の「本物」、つまり

真っ赤な瑞々しい「トマト」
げらげらと笑える「漫才」
首が痛くなるほど高い「ビルディング」
涙がでてくる「小説」
うっとりとしてしまう「カッコいいスポーツカー」
おなかの痛みをとってくれる「薬」
ほっとする「花」
寒さから守ってくれるイケてる「服」
人生を考えてしまう「ドラマ」
人間の仕業とはとても思えない「トンネル」
普通の人を美男美女に代えてしまう「メーク」
生きててよかったと思えるうまい「料理」
イチバン大切なものがなにか思いださせてくれる「歌」
やはり人間はすばらしいと思い直させてくれる「映画」

そして何より、
明日を自分の足でしっかり歩いていく【人間】を育てること

これら世の中の「真実」の本物には
…ITを生業としている間は、携われない。

後輩予備軍全員に告ぐ。
「本物を目指し、本物を極めろ」

うげ、バスちゅいちゃった。寝ないといけないからつづく。
また、いつか。

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昨今のママ『ちゃん』たち

いつのことだったか実家に帰ったときのことである。

古びたテープレコーダと

リールテープ(っていっても殆どの読者わかんねぇだろぅな)
が見つかったので鳴らしてみた。

数十年前に、親がワタシの『声』を録ったものだ
聞いていると懐かしさとむずかゆさを感じた。

そこで、ちょっとした発見があったので、それをネタとして
タイトルにつなげていく。今回のコメントの送り手は実は限定でして
対象は 現在の(イマドキの)ママさんたちです。
(さらに標準語圏と限定)

語尾上げコトバつかい(以下、語尾上げ)というのはご存知ですね。
話の最後で 『…でぇ↑』などと語尾を上げるものだ

わたしは実は アノ語尾上げが苦手だ。というか「キライ」である
日本女性は、できれば連綿と継承されている
「美しい日本語」を駆使してもらいたい。たのんます。以下はその理由

リールテープレコの話にもどす。聴いた録音内容は
父親と私の会話で、ナントわたしが多分5,6歳のころだと思うが
そのときの会話で、私自身がアノ語尾上げを使っていたのだ
会話では、そのことばづかいを父親が戒めるものだった。
驚いた。このことばづかいは、近年編み出されたものと
思っていたからだ

つまり、こういうことだ
私自身が忘れるほどの昔に、語尾上げコトバは、子供達で
はやっていた。そして、子供達だけでもてはやされ、
そして消えたということだ

昔の母親たちは子供たちの世界と
ジブンたちオトナの世界を明確にわけ
毅然とした態度を貫いていた。
いわんやコドモがへんなしゃべりをしようものならば
きちんと躾で正していたのである。

バブルの頃コドモの語尾上げが流行り、社会問題となった。
そのほか、女子高生を中心に、まったく異なる言語圏を形成し、
社会現象といわれていたのが記憶に新しい。
いまも似て非なるものがはやっているようだ。

この現象はブームであり、一過性のものであると
考えられていた。なぜそうなるかというと
新しい言語カルチャーを生み出した年齢層より上にも下にも
それは伝播・定着せず、いずれ廃れていくものだったのだ。

しかし、どうやら 語尾上げだけは
生き残るどころか、氾濫している。
【日本語の破壊】といわれるまでになっている。

おかしいのは現在の母親たちだ
殆どの母親が、コドモの語尾上げコトバに洗脳され、
盲従している。
それがジブンのコドモと話をするときだけでなく、
大人同士の話あいでも
臆面もなくご披露いただくときがあり、ちょっと萎える。

わたしが把握している、人間が成長していく過程での
コトバ使いの変化【女編】は

幼児:赤ちゃんことば

児童:こどもことば⇒語尾上げ感が高い

思春期:娘ことば⇒語尾上げが弱まる

結婚:女ことば⇒語尾上げ【卒業】

中年:おばちゃんことば(押しが強くエロくなる)

壮年:オトナことば(ニポン女性の完成)

…という具合に成長していくなかでかわっていき、だんだんと
言葉遣いに『貫禄』がでてくる。

そして、ジブンのコドモがどんなコトバを編み出したり、
使い方を変調させたとしても
毅然とした態度で、動じず、そまらなかったのだ。

例をあげるとわかりやすいだろう
 サザエさん と フネさん だ
 ワカメ ちゃんにそまらない。

不思議なのだが、これは女が顕著で
いまでも男の場合は、ほとんどそまらない。
この理由は解っているけど割愛する

昨今、子供と友達的な付き合いをする女親がいるという
キモチワルイ。親の威厳はどーしたんだ。
親は『トモダチ』じゃない。
保護者であり、監督者であり、人生の師である。
それを求められているというのに『トモダチ』とはなんたるザマだ。

この背景には、親の権威の失墜がある。
あまりに親面を示さないため、親を敬わないコドモが増えた。

考えたくはないが、『母親の権威』がなくなっている
のではないか?
つまり、注意する→ぶすり(?。までは極端か)
注意→ウザイ→ムシ を起こさせないため
母親のほうから、子供に歩み寄り・おべっか・ウチノコはイイコ
となり、指導者としての機能を自ら放棄している
母親が自分の子供と『ナカヨク』するために、
自分のコドモの言葉遣いを模倣・追従している
そのため、いい大人が語尾上げを使う。
理由の一端なのではないかと危惧している。

そんなに遠くない昔、『かぁちゃん』は強かった。
武田鉄也のおふくろさんの詩のとおりだったのだ。
自分の子供に阿る、靡くなど、ありえない話だった。
いまはどうか?
ママさんならまだいい。威厳をもたず、果たそうともしない
ママ『ちゃん』をもった子供の未来は『悲惨』だ。

…明日から直してほしい。

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カンドーの正体

「今回の五輪おもしろかったよね」

「どこが?」

「やッ、カーリングとか、アラカワとか…」

「…ぜんっ全!!メダルも1コだけだったしね。」

「いや、だけど報道の競技者への人間の掘り下げが深かったとおもうけど」

「ホリサゲ?『わかんなィ』」

「うーん。そうかイマイチだったみたいだね」

「だってひとつだョ。おかしいよ日本が1つだけなんて。オカシィ…」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「映画面白かったよね。」

「どこが?」

「いやストーリー展開とか演出とか人物描写とか」

「うーん『ワカンナィ』」

「うーん。そうかイマイチだったみたいだね」

「xxxx(好きな役者)がカッコ良くなかった…」

「…それじゃまた」

「うん。またね」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
…ある対象にたいするヒトの『受け様』は十人十色だ
それはそうだ。お互いまったく異なる人生を送っており、
何かを捉える能力も感性も異なるし、思考プロセスも嗜好も
ことなるので、コレに異を唱えようとは思わない

しかし、やっぱり
『損をしているな~』
と思うことはある。
何となればそれは『人生の味わい方』という表現になろうか?

・何かにきづくこと
・ヒトの行動や表現に慮り、そのヒトのために、心情を理解しようとすること
・何かを託そうとしているヒトの想いをみつけてやろうとすること
・パッと見、見えない・見えにくいものを探そうとすること
・気づいたことが間違いがないか具体的に行動すること

…そして何より
・他人を理解してみようと思うこと

そこに踏み込んでみることで、
さらにきづくこと
さらにわかることは『ある!!』

「ワカンナイ」は非常に都合のよい言葉だとおもう

この言葉を発することで、上に並べたようなことを『ワタシはしません』
と宣言する免罪符のようだ

もちろんそこで思考・行動ともゲームオーバーだ
それ以上は何の発見も自己の変化もない

本節のタイトルは「カンドーの正体」。

映画や、文(章)、または好きな『歌』に触れるとき、アナタは
それらから「カンドー」を『もらった』とおもってる。

…ちがうね。

「カンドー」とは、受けた体験といままでの経験から
アナタのココロが作り上げたものなのだ。

カンドーをジブンで作り出せる能力
それがそのヒトの『感動する力』の正体である。

僕は、(←またひとりでてきた)この世は感動であふれかえっていると思う。
単に人間がそのことに『気づいていない』だけなのだ。

また、感受性というコトバが代表するように
それはもって生まれたDNAがもつそのひとの「変わることのない性質」
⇒個性ではないかというのが定説らしい。

…これもちがう。

これは、「能力」である。
感動を強化・増大・性質を変えることは可能なのだ。
よって下手をうつと 減退・縮小・画一化
してしまうシロモノだ。

ことばを繰り返しておこう

カンドーは、もたらされるものではない。アナタ自身がアナタのココロで
生み出しているものである。よってカンドーが少ないとかカンドーできない
ということは、「アナタに、カンドーする能力がない」だけのことです!!!

…と、ここまで読み進めてくれたアナタにQをひとつ

「最近、『感動』してますか?」

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きっこのグリーンジャンボ

つぎからつぎへ書きたいこと、伝えたいことが生まれ止らない。

あとから生まれる文葉が、既に生えている葉を追い越し
世に出てしまう事態となり、枯葉を含めると180葉を超えてしまった。

しかし、前述したように、
このブログでは、一日一葉未満だ。これはなんとか固持したい。

今日はブログ会最強の事情通であるわれらがクイーン「きっこ」
のブログの値札とそれをつける人々の思惑についてが主題だ。

「2億円か…におくえん」ぴんとこない額だ

『ともかくおめでとう』
他人が生み出した価値であってもそれに人様が高値をつけることについては
誉れであるから、素直に祝福したい

だが、ワタシは天邪鬼なので、本件の事実についても
その値札の思惑にどうしても疑念が晴れない

まぁでもダレかが世に指摘しているだろなと思って、いつものように

Goo ブログサーチにて 『きっこ』『2億円』を検索してみたところ…
予想通り祝福と羨望の内容は確認できたが
(しかし、思ったより検索記事がすくないなァ。ナンでだろう?)

ワタシが直感的に感じた指摘事項が調べた限りにおいてみつからないので
しょーがないが上梓させてもらいたい。

まずは、みんなGyaoの放映やきっこの記事をみて

きっこが売却を承認⇒きっこの銀行口座が+200,000,000円になる

と思っているのならそれはカンチガイだ。

あくまでも、きっこのブログのコンテンツもしくはきっこそのものを材料として
新たに生じるビジネス予測について時価評価を算定したということなのだ
そしてその算定価格には、算定したモノの思惑がある

確かに凄まじいといえるアクセス数だ。これを元とした算定であろう
詳しい算定方式がきっこに届いているのならば是非公開してほしいものだ

それを待たずして現在の情報から、この数字の思惑を考察してみる

まずは、算定をした評価会社の存在意義と生業について指摘しておこう

彼らは、【評価して評価算定結果をうってオワリ】というビジネスを
目指しているのではないということだ

有効と思われる『(今は)市場価値が無算定のものを見つけ、それに値札をつけ
さらに付加価値をつけて市場へ受けてもらい
その利鞘によって会社を運営すること』
を基本路線としている集団であることを指摘しておきたい

引き合いにだしてわるいけれど
もうすこし、きっこをつかわせてくれ。彼らのねらいはコンナところだ

きっこへ2億円を引き換えにビジネスパートナーとしてビジネスに参加してもらう
現金ではなく、ファンドを2億円たてる。ちなみにファンドとは証券のようなもの
と考えてもらっていい。

きっこの協力を得ながら、現実的に3億円儲かるビジネスを立案する。
それを、多くのネットビジネスを扱う投資家に提案する。
何人かのコンペのケッカこのビジネスに5億の投資をすることとなる。
株式会社『きっここーぽれーしょん』が生まれ、きっこはその大株主となる。

ビジネスがスタートする。重要なこととして
そのときには、その立ち上げた企業はコンサルティングとして1億円の
売り上げ(利益)を得て、会社をあとにしている。

ビジネスが成功した場合、きっこはいままでのきっこではなく
ブログをもとに起業を成功させた最初の人物として
プレジデントの表紙にグラサンをはずし、実名で登場することとなる
好きな某酒造会社の乳性飲料は店ごと購入できる。

逆に、ビジネスが失敗した場合、
投資家の株券もきっこのファンドも紙くずとなる
それだけでなく、その責任の矛先は、大株主をはじめとした経営陣に
向けられ、火達磨となる。熱いがアイスはしばらくお預けだ。

………。
世の中のウマイ話というのは実はこんなもんである。バラしてごめん。
また、キボウをもってしまったヒトの心を摘んでしまったかもしれない

冷静に考えるとブログの文章だけで2億円『以上稼ぐ』のは
そうとうに困難だ。なぜなら、それが可能ならば400万に喃々とする
ブロガのなかから、もう成功者が出てきてもおかしくないからだ。

たとえば、ブログではないけれど
『生協の白石さん』は、先駆者として大ヒットして85万部
となったが、本人にいくらのバックがあったのであろうか?
そういう話は話題にならない

或は成功していても情報が世間に通じていないのかもしれない
儲け話は、常に世間から隠れて実行され、世間の見える所に晒されたときは
魁をした者は儲けたあとでトンズラしているものなのだ

…ビジネス(商売)というものは
 シビアでシリアスでドライなものなのである
一般市民に数億円もドンと回収するまえに進呈なんていう仕組みは
 ビジネスとしてリスクが高すぎる
そんな奇特な集団は現実には存在しない
存在しているように見せかけているだけなのである。

…とはいうもののこれは単なる朱色会の憶測だから

ほんとーに、きっこに2億円の『グリーンジャンボ』をプレゼントする
話かもしれない。もしもそうならばきっこは話だけは聞いてみても
損はないだろう。

『ブロガとしてサクセスしたはじめての女性』

という記事を読むのも悪くない。
売った代金で、家を買ったり高級車に乗るようになったら、
いまのような活動を続けていくことは難しくなり、
読者は新しいきっこの日記を読めなくなるのだが
それを決めるのは、読者をあつめたきっこだし、
きっこがきめたんなら、
一介の読者であるワタシが口出しできることではない…

最後に、IT・株・起業 が3拍子そろってしまったら
実業をもとにビジネスを起こすよりは
『カネを儲けるためにナニをするか』から始まった企てと考えてもらって
いっこうにさしつかえないことを断言して筆をおく。

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『ASAhIパソコン』に捧ぐ…

…最初にやって欲しいことと、
 今回少しだけ長いと、断わりをいれておく。

もし、今読者のみなさんに 390円 お金にヨユウがあり、
パソコンについて、何らかの興味があるのならば、
すぐにそれを握り締め、コンビニにダッシュだ。

本日朝、ナントはなしに駅の売店にて
雑誌を物色していたら、いつもの装丁とちがう
ASAhIパソコン』が目に入った。

普段は手に取りもしない。なぜなら、最初から
この雑誌の読者層のターゲットに私自身が含まれていないからである
No.399
とかかれたその雑誌は、一面【真赤】バックにコメントが書いてある。
「!△終了しますが、本当によろしいですか?Yes/No」
非常に目立つ。

Ixy_digital_50_001

気になってとってパラパラみたら
休刊とある。

「えっ、またか…」

つい最近も「PC USER」
という老舗のパソコン雑誌が休刊(他誌と統合)した
そのときは
「えっ、ナンで…」
と驚いた。いつも買っていたので人気雑誌と思っていたからだ。
内容もそんなに悪くない。ひいきにしていた記事(デジカメ)があったので
かなりショックだった。がっくし。

…最近、パソコン関連の雑誌休刊・廃刊が相次ぐ。

確かにインターネットに押されているだろうなと
思っていたが、企業が元気を取り戻しているから
広告料でなんとかやっているだろう
くらいにしか思っていなかったのだ

これだけ立て続けだと気になる。
購入し、読んで驚いた最終号の中身は、
ライター(ものかき達)による業界の
「【血】のココロの叫び」が網羅されているのだった。

表紙が【赤】なのがひとつ合点がいった。

内容については割愛するが、買って損はない内容と受け止めた。
とくにライター達のこれがサイゴとばかりの
【赤】裸々な告白や何も恐れない主張はココロをうつ。

こんなに面白い雑誌だったのか!!
いや、それなら休刊に追い込まれたりしないな
潜在能力が全て開放されたのだろう

編集長も、「これでサイゴだから…」ということで
なんの呪縛・制限・介入もかけなかったにちがいない。
…したがって、誤字もある

『18年か…ジュウハチネン。』

パソコンでいうとこの年月は
パソコンがよちよち歩きをはじめ、今のように私たちになくてはならない
ものへ変化する全ての時間を包含する。

本誌冒頭特集記事の中にも歴史の記載があったが、
ジブンとパソコンの関係とそのとき産業・社会情勢を反芻でき
ページは少ないものの、ばつぐんのできだ。

特筆すべきは巻末へ続くライターたちの「サイゴの声」だ。
そのなかでも、最終号最期のコラム
p116 のライターの最期のことばは
ライターとしての業をまとめて述べており
読んでいる私達にまで哀しさ・空しさがつたわる。
また、p84のコラムリストの記事も
雑誌はこれからどうあるべきかの提案として
面白さを加味しつつ読める。

…産業ジャーナリズムに携わる難しさを連綿とつたえる記事
に埋め尽くされている本誌は、390円以上の価値がある。
是非、読者の皆さんにはこの情報を逃さないでほしいといっておこう。

…さて、事実の通知とお願いはこれでおわりであるが
本件の事実について考察を述べておこう。

まず、キーワード整理から。

「出版業」
「モノカキの誇りと立場」
「休刊・廃刊」
「インターネット」
「情報の普遍性と一過性」
「アプリケーション」

日本ほど多くの種類の雑誌を定期刊行している業態は
世界でも少ないのではないか

クルマ・ファッション・PC/インターネット など
コンビニや書店には多くの種類の雑誌が置かれ、シノギを削っている
出版業を営む企業の収入は、雑誌の売り上げと広告料だ
その割合がどうかはしらないが、それにより、雑誌の情報源の取材費用
雇っている編集員(長を含む)の給料・本を作り店先に並べる製造・流通コスト
外注ライターへのギャラ・回収(返本)されたホンの廃棄費用などが
捻出されるのだ。
厳しい世界だとは思う。その厳しさを飲み込んで
(楽しそうに)雑誌をつくり、売っているわけだ
また、定期発行物であるから、締め切りも過酷だ。
おそらく入稿の時間管理は相当なものだと想像がつく

そうやって苦労して作り、読者に提供した情報も、
数日後には泡のように商品価値のない情報になってしまう
つまりPCの情報は、他の情報ソースと比べても
大間のマグロより鮮度が重要な商品なのである。

クルマやファッションよりも早く製品やインフラの商品価値が
下がってしまう。まさにいつ果てるともしれないまわる台車の上の
ハツカネズミのように記事と格闘しているにちがいない。
…でそんなに苦労しても手元にのこる利潤はすくない。

もともとモノカキを志すモノにとっては
「ヒトより早く事実を捉え、伝えること」が生きるエネルギーの源泉
であるとは思うのだが限界はあるし
出版業とて一般の企業とかわらない
【赤】字では営業活動を続けていくことができないのである。
そう、全ての雑誌発行物は
それにかかわる人間たちの、『【血】と汗と涙と鼻水の結晶』なのである。

さらにいまの出版業を悩ませているのが
めしの種であるインターネットとの競合だ。

たとえば私は『Nikon D70』のユーザ(ちょっとだけ自慢)なのだが
この件について新しい雑誌から有用な情報を得ようとしても
もうでてこないのである!!
なにも初代IXY DIGITALの情報を売ってくれとはいわないが
『雑誌たち』は、あとからあとからあとからあとからあとから
でてくる新製品に御執心で、もうついぞD70のことなどワレ関せずと
微塵も情報提供してくれない。

しょうがないので Google や Goo blog などで既存ユーザの情報(無料)
を得ることにしている。タダだからそうしているのではない
それに値する情報だったらカネは払うのに、そういう口がないので
そうしているのだ。このような潜在ユーザは多いと思うので
是非、既存の情報提供企業は検討ねがいたいのである。

あと、この際どうしてもいっておきたいことがある
これはASAhIパソコンに限ったことではないが、ライターの『質』だ
素晴らしいライターがいることは認める。しかし、
『なぜこんな記事にカネを払わねばならんのだ。
 アソコだけ切り売りしてくれないものか』と思うことは多々ある。

たとえが悪いかもしれないが
(漫画のように)価値のある情報は単行本になっても商品価値は下がらない
…というか逆に上がるだろう。
しかし、そこに選別されなかった情報は、
申し訳ないが普遍性がない情報なので、極端な話、
雑誌(店先)にならんだとたんに陳腐化する情報なのだ

…今回のASAhIパソコン最終号は390円以上の価値がある。
この廃刊にちかい事態の休刊について、長を中心にもういちど
『もとめられる、カネがつく情報』を提供する方法について
結論をだしていただき、有効・有益な『ap』として
よく考えられた、アッといえるものが再登場されることを期待してます。
敢えて400号というテープを切らなかった英断にも拍手します。

蛇足になるかもしれんが、間違っても、マチガっても
『月刊VAIO』とか【Weekly ThinkPAD】とかつくるなよ。買わんぞ。
製品を選ぶのは私達消費者の仕事だ。その責任の範疇に入ってくるのではなく、
本来のジャーナルの本質から答えを出してほしいな。

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神々の与太話

『雲の合間』より、2人の「神」が下を覗き込みながら話をしている

「ねぇねぇ、ちょっとみてくれない」

「なんだ。」

「ちょっとヘンなのよ。」

「お、アレはおまえがお気に入りだったやつらだね。どうした?」

「うごきがヘンなの。あるコロニーで個体数が減り始めているのよ」

「ふぅん。だけどおまえ、あれ、失敗作だったから
 アブナイおもちゃ与えてリセットさせるんじゃなかったっけ?」

「ええ、それはしたんだけど、自分たちでどうやら回避しちゃったみたい」

「へぇ、珍しいこともあるもんだな。前の霊長みたく彗星でも投げてやるかな」

「まだ、それはいいわ」

「なんだよ。結局お気に入りなんじゃねぇか」

「まぁね。でもおかしいのは私たちの設計したとおり動きをしないのよ」

「ええっと、あの星のプランはと…。と、あった。
『固体が増えすぎ、自分の住処の資源を使い尽くし、
 破壊しつくして滅ぶ。ばかまるだし』だって」

「ちゃんと設計どおりにつくったんでしょうね。」

「ぬ?あたりめーだろ。」

「信用できないわ」

「わはは、まぁいいじゃねぇか。予測がつきすぎるのも面白くねぇだろ」

「本当にいいかげんなんだから」

「で、どうする?」

「かれらには、先代がどうやって滅んだを捉える能力と
 その理由を考える知恵はあたえたんだから
 もうすこし永らえると思うんだけど」

「どうかな…」

「え?」

「あいつらはいつまでたっても、自分の本当の姿をみる鏡をみようとしないだろ
 責任は全てジブンイガイで発生していると思っている。…でヒハンをすることで
 さらに責任を転嫁しているのさ、本当はまったくぎゃくなんだが」

「あははは」

「お、お、なんだよなにが面白ぇんだよ」

「なんだかんだいって気になってるんじゃない?ウフフ」

「だれがあんな奴ら。へんにかんぐるじゃねぇよ」

「まァいーわ、本当にダメで面白くなくなったら、また彗星をぶつけるなり
 天幕をはずすなりしてあわてふためきながら滅んでいく様を楽しむから」

「もう、いいかげんあきらめたらどうだ」

「もう…少し。アタシも粘り強くなったと思わない?」

「おもわねぇ…いてっ…いやッサヨウデゴザイマス」

「わかればよろしい。…であのコロニーだけど、突然変異かしら」

「うーん。確かに特殊だな。根源設計は、外れるハズがない」

「ちゃんとオトコをスケベにつくったんでしょうね。」

「そりゃーもう。ねんごろにしたてたよ」

「じゃーなんで個体数が減り始めるのよ。ヘンじゃない?」

「急に聞かれてもナ、オレも観察てつだってやっからよ」

「ありがとう」

「なあ」

「え?ナニ?」

「今夜あたり、オレたちもどうだ?」

…天上界に、「今夜」はナイのだった。(笑

バスが到着。つづきはまたいずれ。

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