« 「炎」は消えない | トップページ | 『ASAhIパソコン』に捧ぐ… »

神々の与太話

『雲の合間』より、2人の「神」が下を覗き込みながら話をしている

「ねぇねぇ、ちょっとみてくれない」

「なんだ。」

「ちょっとヘンなのよ。」

「お、アレはおまえがお気に入りだったやつらだね。どうした?」

「うごきがヘンなの。あるコロニーで個体数が減り始めているのよ」

「ふぅん。だけどおまえ、あれ、失敗作だったから
 アブナイおもちゃ与えてリセットさせるんじゃなかったっけ?」

「ええ、それはしたんだけど、自分たちでどうやら回避しちゃったみたい」

「へぇ、珍しいこともあるもんだな。前の霊長みたく彗星でも投げてやるかな」

「まだ、それはいいわ」

「なんだよ。結局お気に入りなんじゃねぇか」

「まぁね。でもおかしいのは私たちの設計したとおり動きをしないのよ」

「ええっと、あの星のプランはと…。と、あった。
『固体が増えすぎ、自分の住処の資源を使い尽くし、
 破壊しつくして滅ぶ。ばかまるだし』だって」

「ちゃんと設計どおりにつくったんでしょうね。」

「ぬ?あたりめーだろ。」

「信用できないわ」

「わはは、まぁいいじゃねぇか。予測がつきすぎるのも面白くねぇだろ」

「本当にいいかげんなんだから」

「で、どうする?」

「かれらには、先代がどうやって滅んだを捉える能力と
 その理由を考える知恵はあたえたんだから
 もうすこし永らえると思うんだけど」

「どうかな…」

「え?」

「あいつらはいつまでたっても、自分の本当の姿をみる鏡をみようとしないだろ
 責任は全てジブンイガイで発生していると思っている。…でヒハンをすることで
 さらに責任を転嫁しているのさ、本当はまったくぎゃくなんだが」

「あははは」

「お、お、なんだよなにが面白ぇんだよ」

「なんだかんだいって気になってるんじゃない?ウフフ」

「だれがあんな奴ら。へんにかんぐるじゃねぇよ」

「まァいーわ、本当にダメで面白くなくなったら、また彗星をぶつけるなり
 天幕をはずすなりしてあわてふためきながら滅んでいく様を楽しむから」

「もう、いいかげんあきらめたらどうだ」

「もう…少し。アタシも粘り強くなったと思わない?」

「おもわねぇ…いてっ…いやッサヨウデゴザイマス」

「わかればよろしい。…であのコロニーだけど、突然変異かしら」

「うーん。確かに特殊だな。根源設計は、外れるハズがない」

「ちゃんとオトコをスケベにつくったんでしょうね。」

「そりゃーもう。ねんごろにしたてたよ」

「じゃーなんで個体数が減り始めるのよ。ヘンじゃない?」

「急に聞かれてもナ、オレも観察てつだってやっからよ」

「ありがとう」

「なあ」

「え?ナニ?」

「今夜あたり、オレたちもどうだ?」

…天上界に、「今夜」はナイのだった。(笑

バスが到着。つづきはまたいずれ。

|

« 「炎」は消えない | トップページ | 『ASAhIパソコン』に捧ぐ… »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

朱色会様、こんばんは。
場末のBlogにトラックバック、ありがとうございました。
そうですねーこう物語風に書いた方がスムーズに聞けますね。
それと大腸菌とかと一体で自分...そうそう。その話私もよくします。
何か食べてお腹の菌がそれを嫌いだったらお腹痛くなります。
つまりその食べ物がいやだったのは自分?それとも菌?(^^;
体の表面も色んなバクテリアで守られてて、きれい好きで洗いすぎると肌荒れてくるし、いろんな病気の抵抗力を失ってしまいますよねー。日本人弱い弱い...
ではまたじっくり読みに来ます。ありがとうございましたー

投稿: 杜のおっとっと | 2006年3月22日 (水) 20時34分

技術はナンでもできる。20代だったワタシもそう
確信して『いました』。ワタシが子供のころ見た映画やアニメで
実現していないのは、【空飛ぶ円盤】だけです。

ただし、年を重ねるとこう思うようになったのです。
マテリアル(物質)はそうかもしれない。しかし
精神はどうなのかな…と。私たちの国は確かに『応用技術力』は研鑽を極めていると思います。しかし、それをつかうココロの鍛錬は十分だったのかと、ジブンを含めて考えるこのごろですね。
この二つは手押し車(←ってわかるかなーーーーー)の
両輪のはずが、押している我々がしらずに左の輪がはずれ
そのまま、気がつかずに押し続けているような気がします
いや、気がついているのに押している手をはずすことができずにいるって感じですかね。なのでまっすぐ走っているはずがどんどんどんどん左に曲がっていく。『おぃ!ちょっとストップ』と誰かが号令をかけて外れた左輪を探しにいかんと、おもうわけであります。

投稿: 朱色会 | 2006年3月23日 (木) 09時40分

朱色会様、こんにちは。
続けざまにコメント書かせていただきます。(ツボ突かれてのってきちゃいました)
そうなんです。技術と呼ばれるものは自然のシステムのどこか一部に無理くりエネルギーを突っ込んで肥大化させるフォアグラみたいなのものなので、ちゃんとした視点をもてなければとんでもないことになるように思います。
 私10年ちょっと前にソーラーカーってやつをやってました。
小さなプライベートチームでしたので、投資できるのは自分の労力とわずかな金のみ。勝負するには限界まで自分を追い込むことしかない。
そんな中でオーストラリアのレース中砂漠の中で、あっちの世界へ行きかかりました。痙攣の後からだが全く動かなくなって”ああーこのまま行っちゃうのかなー”と何かあきらめたような気持ちになったとき、全身の五感が急に澄みきったような感じになって、地面を歩く小さな蜘蛛の足音まで聞こえてまるで見えるように位置から動きまで感じられたんですね。

そんとき思いました。”ああー生かされてるんだーいろんなものたちに...”
そしたら太陽電池よりずっとすごい太陽エネルギー変換機を見つけました。自分で増殖し、故障を治し、リサイクルされ汚染物質は出さない。なんという理想的な機能。おまけに美しい。その名は植物...

それをどんどん砂漠化させ失って(きっと人間がいなくなったら帰ってくるでしょうけど)、一方でエネルギーが無いって原子炉を作る。うーん。科学ってなんなんだろって思いました。結局は道具に過ぎないから使い方を分かってない人間が駄目なのか...
いやいや、失った片輪、やっぱ探しにいってこそ生き物ですよね。

投稿: ottoto318 | 2006年3月25日 (土) 18時48分

問題はドコに落ちているかということと、我々が見つけることができるかということと、さらにいうと拾える能力を我々がまだ有しているか…ってトコが非常に疑わしいのでアリマス。

投稿: 朱色会 | 2006年3月26日 (日) 01時19分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/27553/878816

この記事へのトラックバック一覧です: 神々の与太話:

« 「炎」は消えない | トップページ | 『ASAhIパソコン』に捧ぐ… »