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σ(シグマ)な人たち

明日から2日間休暇をとる、なかなか風邪が治らないため、
ゆっくり休養をとることとした。そのため、今日の話は<軽く>いきます

正規分布にて2σの外にでる確立は、やく5%
これらの方をシグマな人と呼称する。

たとえば会社。会社は、これらの人々で回っているようだ。
上位な組織にいるというよりは、事業遂行に欠かせない能力を
発揮するという正規分布である。
この人材が流出すると、文字どおりその会社は
存在価値が0となる。

σな人はそのため、自己での意識にかかわらず
自信過剰な方が多く、エリート意識ももっている人が多い。

たとえば政治。国会議員という範疇では、
国会議員を使う立場にいる人々だ。
政党の方針を承認したりするフィクサなどが該当する。
国策の決定機能のメンバーなどかな。

サッカー。プロ選手だと、代表選手が該当する。
(なんとか決勝進出をお願いしたい。)

野球。学校でマジメに野球をやっていた人は思い当たるだろう
σはベンチに入れた人びとだ。どんなに野球がすきでも
才能が開花しなければベンチを暖めることさえできない。
野球一流校では、万年補欠にも成れず3年間スタンド声援で
終わる人もいる。σの法則は冷徹で、たとえば
ドラフトで監督の周りで笑顔をつくる若者が6名誕生したならば、
そのシーズンにバットを置くベテランは確実に6人生まれている。

σな人々は集合の自然の摂理なので、どうやっても
生まれてしまうものだ。ただし、彼らは往々にして陥ってしまう
ことがある。

『全体集合のなかでは、σな人は少数である』

ことをいつしか忘れてしまうのだ。
どうやってσでない考え方を持ち続けていけるかが大変重要だ

コスト管理や効率を考える際に、とくに注意が必要だ
極端な例としてσだけに富があつまったとしよう。
そうするとこんどはお金の流動がとまり、経済が枯渇する。
お金は、天下のまわりものというが、天だけに回っていては意味がないのだ。

最期に、実はσな人は、本当にσな人と自称σという亜種がある。

『おれ。σ』なんて自分を云う人は自称σだ。実はσではない。
本当のσの人は他人からそう思われ、σでない人たちから選ばれた者である。

…ただしくその自己の才能を使ってほしい。

驕らず。
敬虔に。
そして、誠実に。

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