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2006年6月

ずるい…

最近のCMで朱色会の心中に直撃ヒットしたのは、
なんといっても○ントリーのウーロン茶のCM

「おねぇちゃんは、良く食べる。」

「なのに…ずるい…」

ま、がんがん「おんな」という生き物に変貌していく姉に対しての
置き去りをくらいそうな妹の姉への憧れと自身の焦燥感など
姉に対する妹の想い(オマージュ)を表した
コメントと絵が秀逸なできだ。コピーも絵もすばらしい出来です。

出演している二人、姉もいいが妹もいいぞ。

「ずるい。」ってなかなか日常会話で使わないね。
でもなんとなく他人にときどき使ってみたくなる言葉だ。

さて、…本日のお題のテーマは、がらりと変わりまして

責任をとらなくなった「老人たち」について書きます。

・ファンドの風雲児をアゴで使っていた現職銀行総裁
・違法ホテルを建築指導したコンサルタント
・有史以来最高のパクリ洋画家
・古くは、薬害エイズを撒き散らした血友病の重鎮

 共通しているのは、自意識の中で
「自分が悪いことをしている」という認識をもっていないことだ。

くだけたいいかたをすると、
『【死に花】を悪く咲かせている。腐った華を咲き散らす必要は
 ない。』
…老醜、ここに極まれり。

といった感が強い昨今ではあるが、じつはじじぃたちが
だらしくなくなったのは、最近にはじまったことではない。
しかし、やらかすこと(悪事)は、途方もなく大きくなってきた
迷惑かける人間も多く、悲しみや苦しみは、より大きくて深い。

その悪行と比べると、彼らの犯罪が公になってからの
体たらくというか責任転嫁(自己正当化)は、
目を覆いたくなる。往生際がわるいんだよね。ものすごく。

権力を握ってしまった人間はこうなるしかないのかな。
最近は、『白眉な偉人・賢人』をまったくみなくなった。

大それたコトをしたという意識をもたず、さも
何も自分が悪いことをしていないという態度をとる。
どうしてこんなに老醜をさらす人間が増えたのか?
ま、老人が増えたので、犯罪老人も増えるのも自然の摂理か
とは思うんだけど、偉い老人は、とんと見ないな。

昔の老人たちは悪事が明るみにでたら
もぅちょっと毅然とした態度をとっていたように思う。

いまの老罪人についていうと、事態が明らかに
なっても、のらりくらりのらりくらり…

いわく『知らなかった。』
いわく『しろうとなので…』
いわく『…と思われてもしかたがない。』

彼らは、最期(棺おけ)まで
『良く考えてみると私がわるぅござんした』
とはいわず、この世を去るんだろぅなァ

老人たちが自分たちの身の処し方をきちんと表さないと
若いやつらに示しがつかない。
潔くしてほしい。最期(くらい)は。

おそらく、もぅ余命短くなると死刑とか重い量刑とかくらっても
お迎え(死神)がもぅそこまできていることがわかっているので
あまり抑止力にならないんだろうな。
『死刑に処す』
「あ、そぅですか。」

でもなんでだろ。…なにか、若いとき、…あったんだろうな
こんなしょーもない非人間に変貌する事件が。そして、
心がよごれまくって、ついに悪事に手を染めるようになった

永年、人間をやっていると、権力が特定の人に集まってしまうのは
どぅしようもないことだ。しかし、権力者が偉人・賢人となるためには
委譲された「力」をどう『他人に行使』したのか
その行動や実績が裁定の判断となるんだと思う。

さて、今日はこのコトバで締めくくるか(笑

「おじぃちゃんたちは、よくわるいことをする。」

「なのに…………。ずるい…」

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Windows Vista Beta2 評価中。

朱色会のやっている仕事・ヘルプデスクはいわば
『消防士』のようなものだ。

火事・救急がなければ平穏だ。そしてそのような事態が長く続いていれば
良好な状態なのである。(カズは朱色会の評価中Vistaデスクトップ。)
Vista_mydesktop
ただし、そのために準備・対策・訓練はきちんとしておくべきことだ。

たとえば、新しいOSに先んじて慣れておくことは、訓練の一環で仕事の一部だね。
これを、平穏の合間にやっている。

今日は、特に平穏状態なので、ゆるゆるVistaレポ(ファーストインプレ)を上梓します。

--
ひとことでいって、「ウィンドウズ。きれぃになったなぁ~」という感じ。
画面は起動(ブートアップ)中。(な、なにかに似てる。な、ナニカに似てる(2回目。なんだろぅ。
Vista_bootup

--
ちょっと仕事はいったのだ。またあとで追記しますね。

--
評価版ほしぃ…ほしぃな~といふ方は…下記の公式サイトへGo!!
http://www.microsoft.com/windowsvista/ja-jp/preview.mspx

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「わからず屋」三態

「わからず屋」もいろいろな種類がある。
朱色会が捉える3種だけ書いておくので、自分が
どれに近いかちょっと考えて欲しい。
(間に挟んでいる記事リンクはとくに前後と関連ありません。)

http://homepage2.nifty.com/tanimurasakaei/yomi-wa-no.htm

Aタイプ:
確固たる信念構築自己主張型
相手の意見をとにかくは聞くが、決して自分の意見をまげない。
このタイプと話をするときは結論が見えている。
つまり、相手の言うこと(主張)がはっきりと解るだけ。
お互いの意見が異なるということだけはわかるが
両者の合意は望めない。

http://www14.plala.or.jp/komorebiroad/novel4.html

Bタイプ:
批判・批評家型
相手の話に反応し、それについては意見をいうが
自分の意見を表明せず、いつまでたっても立場を明らかにしない。
質問型人間。ナンデを繰り返しがち。こどもの会話にもありがちな
コースだが、とくに何かゴールをイメージした
話ができない。レピューアとして機能してくれるから、
逆にいうと、自分の意見をはっきり整理するのはうってつけの相手。
相手のいっていることが「わからず屋」の典型

http://f33.aaa.livedoor.jp/~eiiti/wakarazu.htm

Cタイプ:
相手のいっていることを理解できない(と、いうか理解しない)
別名「解らず屋」
相手の話に理解力を行使しないだけでなく、自分の話そうとしている
内容も理解できず組み立てられない。
意見はあるが、それを相手にわかってもらおうと思わない
相手の話したい内容を、捉えることができないので
不毛な話となることが多い。ただ、本人は、それに悪気がない場合が多い。

http://www2.ocn.ne.jp/~murasaki/f_yk02.htm
--

自分の意見を通すため、いろいろな話を他人とするとき
どのタイプと話しているか捉えるのは、両者で結論を導きだせるのか
単に暇つぶしになるのか、分かれ目となる。

ほかにも色々なタイプがあるが
割愛します。

http://www4.plala.or.jp/k-k/komoku145.html

さて、いつもならばここで読者にQとなるが
それはあまり当たらないことを予めいっておく。

他の方にこの記事を読んでもらい、自分が「わからず屋」であれば
どれに該当するか判断してもらうといいだろう。
大体自分の考えていたタイプとはことなる答えを聞くこととなる。

--

会話とは知的ゲームだと思う。

音声・表情・動作などを受け取り、
本人の内面というか隠れた心の振る舞いを捉えないといけない。

http://nakata.net/jp/fanmail/mail19980625/mail0079.htm

同じ文言でもまったくことなる意味を発している場合もある。
こまかくいうと瞳の輝き・色なども参考にしないと本意を
受け止めそこねる。気を配りたいことだ。

当たり障りのない100篇の会話よりも、
いつでも思い出せる1対の「あのやりとり」。
--朱色会--

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「成立しない」会話

「おかん。俺ヒト殺してしもぅた。」

「何人や。」

…これはどう考えても、母ー息子で成立しない、
 いや、成立させてはならない会話だろう。
 この会話については、他のブロガたちも主張を書いている
 だろうが、私も書かずにはいられない。

今も7時のニュースにてその後の報道がなされているが
やはりこのやりとりに勝る衝撃はない。それほど
この母の息子への応対は、朱色会に衝撃を与えた。

この一対の会話で、この母子がどんな関係をこれまで
築いてきたのか、…見切った。

『溺愛』。

…ひとことで表すとこうなる。
 この母が、どういうつもりでこの言葉を発したのか考察する。

まず、私が女で、母で、息子がいて、電話でこのような電話を
 受けたときのことを想像してみる。

仮説1
息子「おかん。俺ヒト殺してしもぅた。」
私 「エっ。どぅしたんや。怪我はなぃんか!いまどこにい(る)んや」

…まずは、ヒトを殺さなければならないほどの危機に直面したコト
 を想像察知し、息子への脅威が継続しているか、また、
 息子を保護するため、今の居場所を聞く。
 これが、本当だろう。

あるいは

仮説2
息子「おかん。俺ヒト殺してしもぅた。」
私 「落ち着いて!!何があったの?」

…何が起こったのか、まずは把握しないことには動きがとれない。
 だから、事態の把握のため、まずをそれを聞く。
 これが、本当だろう。

しかし、【小林竜司容疑者】の母は、

「何人」と聞いた。

何人?

一人と複数でナニが違うかというと、立件起訴され、
判決を受けるときの量刑内容が異なる。

起こったことではなく、思わず
これから「息子」に言い渡される罪の量刑に想いゆき
瞬間的にこの言葉を吐露したといっていいだろう。

つまり、息子がこのような事件を起こすことは
母として「想定内」であるため、このような言葉となったのだな。

まさに、この息子にして「この母」あり。

これから、この未曾有な罪の裁定がされ、
おそらくは息子は、娑婆にでることはない。

母親は、その事実にきちんと向き合い、
自分の子の育て方についてよく過去を振り返ってもらいたい。
そして、残虐な「生き埋め」という方法で
家族を奪われた遺族に対し、
生きる自分の残りの人生を全てを使って、
誠心誠意お詫びをつくしてほしいと思う。

報道陣のインタビューに対し、
「おかあさんの子供でよかった」などと
遺族をさかなでするようなコメントをするようだから
まだ、自分の責任について、真剣に向き合ってはいないのだろう。
いや、おそらくはこのあとも…
ほんとぅにそれに向き合えるか、その途につくか分からない。

この修復不能に思える親子関係が
ほんとぅに世の中において稀有な存在であることを望むのだが、
恐らくは、そぅではないのだろうな。

…とても哀しい。そして、とても空しいな。

怒りで、これ以上…書けない。

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パイレーツ・オブ・カリビアン - 呪われた海賊たち

「私の好きになった男は、鍛冶屋じゃないわ。パイレーツ(海賊)よ!」

…うーんなるほどね。
 全世界の婦女子のココロをつかんで放さなくなるわな
 男だってホれちゃうぜ!

実は朱色会は、1作目(2003)を見逃しているのだ。
敬愛する映画ブロガーが、キャプテン・スパロウに入れ込んで…いや
トチ狂っているし、2作目からみるのもナンだしな…どぅしたものか?
DVDを2作目の予習としてみておくか?

…と考えていたら、ジムにおいてある映画雑誌にて、
千葉幕張シネプレックスにて今週まで
前作をやっている情報をつかみ、そのまま映画館にいくことになった。
それで前作:「呪われた海賊たち」を映画館でみることができたのだ。

映画をみた第一印象が冒頭で述べたことばだ。

海賊は違法行為だし、どっちかというと身形(みなり)は悪いし
なぜこれほどに彼らに魅力を感じるのか、
いままでよく考えていませんでしたので、よく考えてみることにした。

登場人物のエリザベス(キーラ・ナイトレイ)は、典型的な
「日常が延々と続く未来」を悩める女(お嬢さん)の代表だ。

あの締め付けるコルセットそのものが、
女(娘)はこうあるべしというなにか目に見えない社会との【戒律】拘束として
表現されていることはすべてお見通しだ。

やってくる男共は、エリザベスより、地位や名声や家柄にご執心なものばかり。
だれも、エリザベスのココロの中まで進入するものはいない。

ま、タイタニックのローズと同じ立場だな。

しかし、その日常を180度破壊し、否定する男が現れた

ジョニー・デップ扮する「ジャック・スパロウ」。
…コルセットを『ばかっと』脱がせたのも彼。(イヤらしいな俺。)

彼の魅力は、他人を自分の思い通りに動かすのに、
負の力(権力とか武力)を使わないところにある。

コトバのみでその人のココロに進入し、その人間を本質を動かしている
しかも展開ごとにものすごい速さで。

最終的に彼が成し遂げたいねらいが最後までわからないところに
不満感を覚える暇もなくどんどん話が進行していく。

舌を巻いたのは、船を奪うということは難儀なことと微塵も思っておらず、
しかも、雑作もなく、いとも簡単にそれを成し遂げてしまうところだ。

いってしまえばすべて口八丁・手八丁でやってしまうのだが、
騙されたほうが気持ちよさを覚えるほどの手際のよさ。

一見いきあたりばったりでやっているように見えるけれど
超高速度で動的計算をして実行してるからそう見えるのであって
実はきっちりと準備や段取りをとっている。それがまた、
映画のなかで確認できるところがおもしろいと思った。

いやはや
おもしれぇ~~。おもしれぇなこの映画、スクリーンで観れてえがった。

一寸の虫にも五分の魂という諺があるように
ならずものの集まりの海賊にもルールがあり、
彼らは、それだけは守る。逆にいうと、それ以外は守らない。

海賊島(根城)はまさに彼ら「ならずもの」のパラダイス。

・くいもん
・酒
・喧嘩
・女

…とにかくおとこの生命力に溢れている。しかし、思ったのは
 本来の「おとこ」ってこういうものなのかも。…ってことだ。

・すけべで
・いじきたなく
・けんかっぱやく
・たんじゅん

勿論、【衛兵】としてのいき方を全否定するものではない。秩序も必要だ
しかし、秩序だった軍隊は、「海賊たち」に翻弄される。

頭のいい自由奔放で男くさいヒーローとして記憶しているのは
インディ・ジョーンズことジョーンズ博士(ハリソン・フォード)。

インディとジャックはお互いを彷彿させる。
自由奔放に好きなことを生きる。この世においてはなかなかできない
ことだ。だからそれをみる男たちも彼らの「生き方」に憧れるのだ。

頭の良さだけでなくて、強い優しさを感じる。
こんな男が近くにいたら、
女だろうと男だろうと、大変冒険に満ちた充実した人生を送れることだろう
彼に魅せられる男の象徴が、ウィル(オーランド・ブルーム)だろう。
彼らが、この後どんな再開を果たすのか、楽しみだな。

…小さくても「自分の船」を持ちたいものだ。
そして、できれば乗組員を搭乗させ、
線路も道路も終着日時も、そして行き先も大体な航海を
目的だけははっきりさせ、内に秘めて…
彼らのようにやってみたい。

そんなところに、あこがれます。143分。アッという間でした。

…んで、読者の男子諸君。
【心のコルセット】を『解放』してほしい婦女子は世界中に溢れている
そう。君のすぐ近くにも。そしてシンジられないだろうけど
君の視界に入る殆どの女の子は、その「見えない拘束着」を装着している。

え?こんな無茶苦茶な
ブログを上梓して大丈夫かって?いや大丈夫でしょう。

いいの。いいの。
絶対のルールはない。あるのは行動の参考となる『ガイドライン』だけだ。

…準備完了。間に合った。
 早く来い。2作目。そしてキャプテン「ジャック・スパロウ」!

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DEATH NOTE【前編】

デス・ノート【DEATH NOTE】は最近の漫画の中でも
イチオシの漫画だ。

全巻把握しており、映画が封切りされたときは
ちょっと心配していたのだ。

デ○○○ンみたくなってたらドゥしよう?
…と心配していたが、「そつがない」出来栄えだった。

実は、前節の前に同時に観たのですが、
タイヨウがホントっ・・・に良くって、これは逆に鑑賞記を
分けたほうが良くてよ(←?)
…となり、今日の掲載の運びとなりました。

いつものとおり…(以下割愛)なんだけど
ほとんど怒りっぱなしになるので、
朱色会のがなりごえと口からでる唾を受けたくない方は
退去ねがいまーーす。

それじゃ・・・いくぞ・・う。「そつがない」映画についての
朱色会のコメントGo!

==
…「ちょっとコマッタ映画」っていうのが朱色会の結論です。

まっ、映画っていろんな人、団体の圧力ってあるのかなと思った

いわく原作者(+出版社サイド7)
いわく原作の熱狂的なファンファン大佐
いわくプロデューサ連(作るためのお金集めてくる人たち)

そんな人たちをうまく「なだめ」ながら、表現者たちは苦労をして
「自分の表現したいものつくる」
わけだけど、わけなんだけど…ね。

…うーん。ヒトのイケン聞きすぎ。

金子さん。
「監督(表現者)が、サラリーマンやっちゃあ、いけないよ。」

だれに、この映画を届けようとしたの?
それに、何のために?何を届けようとしたの?
(ですのーとオモイシロイカラヨンデナイヒトハカッテヨンデネ)
ですか?だったら、それは、ポスターに書いてほしい
こんなカンジで…

この映画は、原作を「忠実」に映像化した(だけ)の映画です。
コアなファンの鑑賞にはたえられません。

逆に、金子監督にサラリーマンやらせたの、だれだ?
でてこい。
==
映画を見た後、あまりのそつのなさに映画雑誌から
情報を得ることとなったら、やっぱりありましたよ。

1.ファンから金子さんのHPに、「ナニモカモ変えるな」メール殺到
2.原作サイドからの、映画化のおける条件提示

などなど。これはね。原作もん(それも売れに売れているやつ)
やるとき、必ず発生する問題なのだ。

1.を出すやつの気持ちも分かるんだけど、
 受けてとして捉えたヒトが100人いればだれもことなる物語として
 捉えてしまうので、どんなにあたりさわりのないトレースをしても
 誰かから声がでてしまう。また、万人向けの映画なんかやっぱり
 つまらない。

2.は映画化Goの前の準備段階(原作者)との話し合いが
 足りなすぎ。お互い表現者なんだから大人の会話をするべきだったのに
 多分製作サイドが条件をまるのみしたんだろうが。
 その場に監督いたのかな。それとも丸呑み条件のめる監督
 手を挙げてだったなら、映画業界も知れたもんだ。

どっちにしろこれに折れたんじゃ「映画監督」の看板
おろしちゃってくださいませ。

==
アニメでやれば、朱色会もこんなコメントは出さない。
しかし、実写でやるんであれば、やはり原作にない
金子という人間がやりたいこと。そして伝えたいことを
入れるべきだと思う。ヒト(役者)が絡むからだ。

金子。(すでに呼び捨て)なんだこの映画は!!
腹を切れとはいわないが、映画スクールからやり直せ!

==
たとえば、こんなところが足りない(やってないだろう)

・この話はとてもダークな設定なのに、世の中にて原作は
 売れに売れまくっている。この原因はなんなんだろう。

・デス・ノートは架空のアイテムだけど、世の中の何の象徴と
 して描かれているのだろう

・たびたび死神たちは、人間に対して眉をひそめる
 人間を表すことのなかで伝えるべきことはなに?

・前編・後編に分けても4Hくらい。後編に託すものはなに?

==
ま、とはいっても藤原くんとかが入れ込んで熱演していることは
分かるのであんまりこき下ろすのもなんなので、
いいところも少しだけかいておく。

やはり藤原竜也さん。演技の演技を体現するというのは
このようなまっすぐ青年俳優に演らせるの酷なのだが
その試練に真っ向から立ち向かっている姿勢に好感がもてます。

鹿賀丈史さん。父親役のギャップをどうのりこえるのかと
心配していたがやはり、父親という表現で鹿賀流を踏襲。
御見それしました。

戸田恵梨香さん。ばかっぷりアイドルを熱演。才能の発揮というよりは
「天性」のモノだとは思いますが後半も期待しています。イメージどおり。

…後はゼンブだめです。魅るべきところがない。


・・・・・・・・・・・・・評価・・・ですか?うーむ。後半の巻き返しを
期待しつつ。53点(←特に他意はありません。)

もういちど、映画館にきていただける観客に何を伝えたいのかを、
まとめてください。

もぅ後編編集済みであれば、
「世の中に出すことに【価値】があるかないか」
もういちど考えてみることが大切だと思います。

それで、もし、NG(恥)であるならば、
【後編】を世の中に晒すということを取りやめるという決断も
あってよいのではないでしょうか?

…あずみはヨかったんだけどなァ…あ…でも2か。
 何かがちがうんだろぅな。

追伸:エンドロールの後も【宣伝】があるから、見逃したくない
ヒトは明るくなるまで観客席にいてください。死神がいうこと
を真に受けると、誰も知らない結末になるらしいです。期待。

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タイヨウのうた

ううぅ…「病気もち(エピソードはココログにて既出)」の朱色会は、
『病(やまい)モノ』にヨワい(号泣
映画をみると決めている人は、観てから読んでください。

--

物語は、七里ヶ浜の海が見える夜明け前の町並みから始まる。

この物語は、病のためずっと受身にものごとを捉えていた女の子が
ある青年と出会い、活きるということに意味を見いだし、そして
生きることの意味をつかんでいっ(た)物語だ。

物語か…物語に片付けてみたくなるXPという病気は確かにこの世に
存在し、いまこの瞬間にもこの病と戦っている本人や家族がいること
は現実に存在することはいうまでもないことだ。

さて、彼女が受け取った病とは、
色素性乾皮症 (Xeroderma Pigmentosum)は、現在の医学では不治とされる。
いつ、発病してこの世とおさらばするか分からない彼女は
学校にいくこともできず、太陽がでている間は、【そと】に出ることもできない。

子供のころから、このことばを自問自答していたのだろうな。

『ワタシ。ナンデウマレテキタノカナ…?』

16歳ともなれば、ジブンがどぅなるのか。調べもつく年頃だ。
そして、なんといってもタニンとはことなる人生を送り、終えることにも。

そんな彼女のたったひとつの楽しみは、
「唄をうたうこと」
そこで夜、ひとりでギターを持ち出し、
ストリートライブを、七里ヶ浜の静かになった駅前で開く。

そうなのだ。じつは、観光地の駅前はじつは夜ともなるとこうなる。
リアリティーがあった。

そしてもうひとつが、いつも「毎朝、寝る前」に窓から見える青年。
(彼女は、昼夜が逆転している。食卓をチェキしてみてください)
バス停にて友人たちと待ち合わせをして、
朝の波乗りを日課にしている男子高校生。サーフィンが大好き。

時刻表がじゃまで顔が見えないので、バス停の標識をずらしてみたりする
彼女は、ついに、「見てるだけ」では我慢できず、ライブをやっている最中に
通りかかった彼に、尋常じゃない告白をする。

この映画の話は、
彼女がそれをしなければ何も始まらないストーリーとなっている
ところは、この映画で表現者がいいたいことが隠れている部分だ。

普通な生活を送れない彼女であることを知った青年はそれでも
彼女を支えていこうと決める。

彼女を支える家族・友人・恋人から受け取ったプレゼントは、活きる
証として彼女が好きな唄をCDにすること。

岸谷五朗さん。XPの娘をもつ父親を好演。
朱色会と同年代だけど、「若ェ~。」カラダ鍛えているな。
男親にとって年頃の娘は、どぅあつかっていいか分からないところの
ぎこちなさと、父親の優しさと哀しみに溢れた演技が光る。

麻木久仁子さん。五朗さんの妻を好演。お母さん役
抑の効いたいい演技でした。これまた「若ェ~。」
年上とは思えない。

主役のYUIさん。
まったくの新人だけど、歌手だけでなく女優としてカメラに怖気づかない
度胸のよさが、主役の役柄をどぅどぅと演じていました。

親友役の通山愛里ちゃん。
イマドキの女子高生をぴちっと演じてましたね。ぴちぴち。

本編に出てくる俳優でいちばん
好感触だったのが、恋人役の塚本高史さん。
ま、青春まっただなかの好青年を熱演というか自然な演技が
悲しいお話の光となっていたように思う。
まっ、なかなかこんなダンシいないけど、よく探せばいるもんですよ。
…いや。そんなにはいないか。

…たんたんと物語が進んでいくように
 たんたんと彼女の病状も進行していく。

そして、物語は、七里ヶ浜の海が見える夕景で終えていく。
彼女の歌が街中に流れたとき、それは彼女がこの世に生きた証拠となった。

唄のもつパワーとはこういうものだ
人は肉体としては潰える。しかし、魂(精神)は、この世に生き続けるのだ
唄(音楽)を生業にしている人は、その「証」を唄として想いを残していく。
そして、このことをしっかりと表現したこの映画も
おそらくはこれからずっと、誰かに受け取ってもらえるに違いないのだ。

朱色会の仕事は…どぅなんだろうね。

この映画のテーマは、「生きるイミ」。
「今」は、これが見えにくく、そして探しにくい。それは認めるところだ
しかし、やはりそれを見つけることができたものが
この世を「確か」に(行)きていける。
実は、この「命題」は、病気の方のみが考える問題ではなく、
元気に映画館に通えたり、ブログを読むことができる
健康な人間も考えることが重要なことだとは思うのですがね…。

YUIは、高史と出遭う前は、「あたしなんかさァ~」を発しており、
高史は、YUIと出遭う前は、「オレナンテ…」を連呼していた。
物語のふたりは、そのコトバは発しなくなっていった。読者にQ。

「貴方はどうですか?」

日常(まいにち)と向き合う真っ当な方法として、
いま一度よく考えてみたいことではないだろうか?

…生き方に、偉さや善悪を持ち込むことが恥ずかしくなる映画だ。
 「タイヨウのうた」とは朱色会にとって、…そんな映画です。

評価:82点 ゆっくりとしたトキが流れる、映画館に入るときに
   ご自分のココロのクロック数を下げておくこと。

正しい生き方とは、自分なりに精一杯生き抜くこと。それだけだ。

…海の近くに、住みたいなと…ふと思った。

「ねェ!!あたしのこえ、聞こえているよね!!」

「あぁ!! タイヨウが沈んだら、逢いにくるよ!」

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『果てしない上』

0-2-1-(2)。日本のWC2006が、今、終わった。

3大会連続予選突破
私たちは、自国の代表チームが
WCにでてそれなりの戦績を収めるのを至極当然のごとくの
ように求めるようになった。それ自体は非難されるべきこと
ではないが、色々と思うことがあるので書き留めておこう。

しかし、やはりWC本戦にて勝ち上がっていくことは
とても大儀なことであることを思い出させてくれた大会だった。

F組からは
○ブラジル
○オーストラリア!(ヒディンク監督)
×クロアチア!
×日本(ジーコ監督)

試合とはこういうものだ。勝つものがいるというと
いうことは、負けるものがいるということなのだ。
負けたものは、負けた理由を探しがちだが、
単純にいって、様々な面において
「強いチーム」が勝ったというだけなのだろう。

それでも、負けたチームは、次に勝つため、そして強くなるため
これから何をすべきか、今大会を反芻する義務はある。

1.自由の代償
前代表監督・トルシエのチームビルディングは、『管理』
そして、よく巷で言われているジーコの方針は、「自由」
言葉として象徴するチーム運営を表すことばとしてよく用いられているが
勿論どちらも一長一短はある。そして、サッカーというゲームに
限らず、両極端(100%管理・100%自由)はその虚をつかれて破られて
しまうことは皆しっていることだ。
そして、重要なこととして、「自由」と【放任】はまったくことなる。

チームで行うプレーであるから、自分に課せられた責任を全うすることが
大変に重要だ、それはオールラウンドプレイヤとして自由奔放に
プレーを行うこととは異なる。

今日の試合で自分のポストをきっちり守っていたのは
中澤と川口のみ。他の者はは攻守いりみだれてフィールドの端から端まで
駆けずり回った。
「おぃおぃおまえなんでソコにいるんだよ」っていうこと多かった。
これでは足が止まるのは当然。

守りと攻めとそのつなぎは、それぞれのプレーヤにきっちりと任され
そしてその任を自覚した選手がそれを全うすることで、チームとしての
連携が強化される。

全員攻撃・全員守備は、自分の持分をきちんと果している集団については
通用しない。重ねていうが

自由と放任はまったくちがう

自分が与えられている責任を自覚するとともに、そのかわり
自分以外の人間にもそれを求める。これが重要だ。そしてブラジルは
それをどのチームとやっているときもそれをきちんとやる。
個人の力もすごいが、自分の役割の意識の高さ、そしてチームとしての
連携もすごいのだ。だから勝ち上がっていく。

まるでピンボールマシンのようにボールがフィールドを行き来するのは
ブラジルと日本だけだ。そういう意味では、比べるのは大変勇気がいる
けれど、チームの闘い方はとても似ていると感じた。

2.「日本」らしさをどう極めるか
日本にはストライカーがいないと、前節で指摘した。
これは4年後までに用意するとして、

サポートする我々も「成長」していかなれれば勝てないだろう
何をいいたいかというと…

・Jリーグへのサポート
・報道機関の教育
・サポータとして心の成長

が必要と感じた。

サッカー興行の頂点はWCというならば、チケットについては妙案がある。

「カネだけもっているにわかサポータ」
が現地入りしても、選手のモチベーションアップにはつながらない
どれだけサッカーに肩入れしている人が現地までいけるかは重要だ。

選手のほうも「観光」できている人に対して熱くはなれない
そこで…

いつも球場にきて応援している人に優先してWCチケットが
いくようにする。たとえばカードにマイルが貯まり、マイルの高い順に
チケットが優先されるようにする。例外・特権は許さない。

4年に一回しか球場にいかない人は、ワールドカップを肴にしないで
勝手に海外旅行を満喫してください。お願いします。

報道機関もにわかサポータを擁立するのをやめてくれ
選手のモチベーションが下がる。基本的には静観で
自分の分析により試合や選手を評価できる人だけを現地に差し向けて
ほしい。それは女子アナも同じだ。

サッカーのことなどなにもわからん芸能人や人気放送関係者を
送り込むのだけはやめてほしい。

そしてコレを声を大にしていいたいが
テレビでみていて、今回は現地サポータのレベルが低いなと感じた
ことがあった。天王山のクロアチア戦にて 試合終了の笛がなった
とたんにテレビに大写しされた娘が、がっくりとうなだれて涙をみせるか
と思いきや、自分が大写しされたことがうれしいせいか、ガッツポーズを
してにこやかに笑っていたのだ。
…笑っていたのだ(2回目)

笑うところでは、ない

そうか。と思った。勝敗なぞどうでもいい観客もそのスタンドにはいたのだ
サッカーを愛しているわけでもなく、実はサッカーのサの字もしらず
「自分が楽しければそれでいい。騒げてうかれればそれでいい」
ただ、観光の一環でWCスタジアムに足を運んだ人たち。

そういう人が多いのではないかな。どうかな。

もちろん、それが【悪】とはいわないけど
時と場合を考えて行動して欲しい。国際映像だったら、
なんだ?自国が勝たなかったのに笑っているひとがいる国なんだと
全世界のテレビ視聴者から思われる。朱色会ならば恥ずかしい。

ワールドカップは、「観光」ではない。

いうなれば
サッカー教における『聖地巡礼』である。宗教行為といっていいだろう。
それを踏まえた行動をとってほしいな。

3.ジーコ。ありがとう。

日本の勝敗結果をネタに、
いろんなマスコミ、そしてこのようなブログで、
ジーコのことを悪くいうものはでてくると思う。

彼は、日本のサッカー界の恩人だ。
そのことを皆、忘れてしまっているのではないか?

おぎゃあと生まれ、右も左もわからない日本プロリーグの世界に
文字通り単身で飛び込んでくれたジーコ。
さまざまな輝きを選手として、そして監督として見せてくれた
そして日本サッカーを育ててくれた

Jリーグは日本に根付き、青年となった。
育ててくれた、彼につばを吐く行為をすることは、
自分と、
自分の愛するサッカーに対してつばを吐くのも同然の行為である。
もし、これを読んでそのことに気が付いた人は、
自分の書いた記事を、訂正して欲しい。ブログならばそれは可能だ。

私は、彼に、この言葉を贈る。

「ありがとう。」

【日本 vs ブラジル】試合終了後のジーコ監督コメント [ J's GOAL ]

--

最後に、サッカーが好きなちびっこ。少年少女たちに。

試合中に、クビを振る日本プレーヤの姿をみて
こんなにすごい選手でも通じないことがあることを知った人
は多いでしょう。…しかし、この結果をもってあきらめて欲しくない。
世界には『果てしない上』が用意されていて、
そこに挑むと決めたものだけが、あの芝生に上に立つことを
許される。

『このオレが、歴代の先輩たちの屈辱を晴らしてみせる!!』

今回の大会を見て、貴方がサッカーマンとして悔しさを感じたならば
恐れず・侮らず・挫けず 貴方の好きなことをし続けてください。

…長文失礼いたしました。

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楽しくないのにフリはしたくない

いつも笑っている。そぅ病はキからと貴方は教えてくれた。

唇の端をココロとはうらはらに

やっと持ち上げている。

だけどほんとぅは顔とココロの鬩ぎ合いだけに

マイニチを疲れてしまうよ。

コップではためてることができずに

それはペットになりそしてバケツになった

手に持てるだけのイレモノしかモテナイね。

いつかはそれも手に持てなくなる
大きな広いところにそれを捨てにいきたい。

誰にも知られずに

誰にも捨てるところは見られたくない。

だれにも。

-

いつも泣いている。ココロはからだに現れると君は教えてくれた

涙のあとはミセツケル。だれかがソレどぅしたのと言ってくれるのを
待っている

だけどほんとぅはだれかじゃないよ。

マイニチを使いつづけて

いつか干上がるまでそれをしないといけないの

いつかはそれもオワルのかな

ゆっくりと静かなところへ歩き始めよう

誰かといっしょに…

誰かじゃない

あなたと。

(岩下 光の詩の一遍より、朱色会が『オマージュ』しました

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「権威」とだめだこりゃシンドローム

朱色会は、プレジデントも読むが、最近のお気に入り雑誌は
「WEDGE」だ。その前は、「チョイ悪おやじ系雑誌」を好んで読んで
いたけれど、高いしあまり【代わり映えしない】ので変えた。

さて、http://www.wedge.co.jp/ だが、企業経営雑誌系で
とくに製造業に力を入れている。因みに、wedgeとは楔(くさび)の意。

編集方針は特に明記がないが、ニポンの製造業の復権が
メインテーマなのかなと、受けてとしては勝手に考えている。

最初は、『うげ、こんなに薄いのに400万円かよ!』
とくだをまいてぶつぶついっていたが、
まじーめな紙面づくりが朱色会のココロのつぼ(秘こう)を
つきまくり、広告のボリュームも少ないし、記事が真っ当な感じ
を受けたのでほぼ毎号買っている。

さて、今日は7月号の記事の中でも非常にすばらしいものがあったので
報告する…いやっ!紹介させてくださぃ!!

題して岩瀬達哉・作
「仕事を語り自分を見せればオヤジの権威は復活する」(P97~)

はすごくいい。内容の詳細は割愛するが
題名のとおりで
「オヤジの権威」の取り戻し方について実例を交えて紹介と
解説が平易に書かれている。

オヤジさま方、是非ご覧ください。400万円です。
昼メシをダイエットを兼ねてヌけば、予算調達されます!(泣
武士は食わねど高楊枝。(←意味不明。)

この記事にあるとおりだ。
オヤジの権威なるものは昔あったようだが、オヤジ以外に言わせれば
今は皆無だろう。

ところで、オヤジ=親父ではない。
本文でも他の人間関係を包含して表現されている。
男の役目として
父親・夫・上司などすべてを総称してこのばあい「オヤジ」だ。

ところで、「権威」というと巷では、「えらそうにすること」
などと曲解を受けるがYAHOO-辞書によると、類語は

[類語](1)威厳・威信・威名(いめい)・威望・名望・威光・威風・威力
・権力・勢威・力(ちから)/
(2)第一人者・泰斗(たいと)・大家(たいか)・巨匠・耆宿(きしゆく)
・大御所(おおごしよ)・オーソリティ

とたいそうある。だから、「オヤジ」たちの専売特許ではなくて
人間をやっているならばだれでも権威を持てる。

・(新入/古参)女子社員の権威
・娘の権威
・母の権威
・妻の権威
・子供の権威

よって、朱色会にいわせれば
・赤ちゃんの権威
も成りたつ。

赤ちゃんの権威の一例でいうと、自分を生んでくれた母親の乳が張って
困るという。これは何とかしてやらねばな。
母乳をのんでやるか。「じゅっぱ。じゅっぱ。ごくり。ごくん。」

…これは「赤ちゃんの権威」の表現だろう。(きっぱり)

皆さんも、自分のことを表現する一文
・私は○○である。

をつくり、自分なりに○○の権威について、妄想…いや定義をしてみては
いかがであろうか?

さて、かなり横道に入ってしまった感があるので本線に戻す。

権威であるが、権威を「与える」のは、本人以外の他人である
ことを忘れてはいけないだろうな。権威は与えられるモノだ。
ジブン以外から。んで、本人がやれることは言動と行動のみ。

また、権威を上げますなどと何かカタチがあるものを
もらえるわけもない。ケンイと書かれている賞状や
ケンイと彫られたトロフィーはもらえないのだ。
実は、その対価も、その権威を取得した者に対する、
振る舞いの変化、たとえば尊敬の念を感じる行動や言動などとなる。

紹介した記事では、その体言のためのキーワードとして
「オヤジの背中」ということばがつかわれている。わかりやすいな

かように男というものは、誰かにジブンを認めてもらいたいという
希望が高い生き物なのだということをおんなにはわかってもらいたい。

そして、権威は、宝石のように恒久的な「免状」ではない。
「たったひとつの他愛のない言葉や振舞」によって
砕けるグラスのように粉々となってしまう実はもろいものだ。

権威ゲットぉーーーーーーーーーーー。永世権威人だな。これで。
とはならない。いつも権威の風化を避けるための常日頃からの努力
(アッピールともいうが)
が必要なものだということを、権威が欲しい方は肝に銘じるべきだろう。

いろいろつらつら書いてきたけれど、今は
権威を求めないオジサンも増えたような気がしてならないのだ。
これは『だめだこりゃシンドローム』と名づけて、
別節にて朱色会の経験を交えて後述するので、しばしお待ちあれ。

さて、ここまで長々と朱色会の与太話(出鱈目)につきあってくれた
奇特な読者にこの質問をおくり、この拙文を綴じよう。

「貴方は、権威を『もって』いますか?」

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ネット世界での立ち居振る舞い

作法ということばがある。

作法という概念は広いが、朱色会は短くいってしまうと

「自分という【存在】をわかってくれるための表現」となる。

ブログやネットの世界にもいろいろな作法がある。

たとえば、この様に文章を書いて
朱色会は命が潰えるまでの時間のうちの、今この時間を失っているのだが

おそらくは何人かこの文章を読んでしまうことだろう。
そうして、その読者は、あろうことか
私なぞが書いた文章を読むために、自分の一生の一部を
多少なりとも消費してしまうのだ。

…なんということだ。なんということなのだ(2回目)
時はカネなりとだれぞがいったが…あまぃな。

「時は、命なり。」--朱色会--

私がなぜこのような想いに駆られるかというと
朱色会も読者として、ネットの世界を旅しているとき
それはとても矢のように過ぎ、そして、
もちろん宝石のような作法の整った純粋無垢でかつ
卓越した筆技やすばらしい着眼に出会うことは出会うのだけれど

その合間が問題なのだ

合間に、そうでないものに会う。

高度に語彙を尽くせば、内容として高度となることは殆どの
場合においてない。専門用語を羅列して実身のないものや、
自分のためのことだけを延々といっているもの。

そういう人に会うとこの言葉を、直接発したくなることがある

「私の【命の一部】を返してください。」

…わたしもなるたけそのことばが返ってこないように
 努めているのだけれどなかなかできないでいる。

わたしのお気に入りに入れているひとは
わたしより上位な表現を披露してくれる。
つまりところ私よりも作法ができている。だから読んでいて
キモチがいい。

表現手段や述べるべきものの方向性が朱色会とは異なるが
見習いたいと思う。

作法の第一義的な意味は「もてなし」。

今日、読んでくれている貴方に出遭いましたが、
私も貴方もいずれは木に枯れる一葉のようにこの世を去ることは
同じです。

悠久のときの流れのなかで
こうやって私がお話しし、貴方が聴いてくれている
この偶然の奇跡のような出会いをできるならば意味のあるものに
したい。だから、受けている人にとって
いくらかは意味のあることを話し(述べ)たいのです。

送り手が、書く事を考えるときに、考えなければならないこと
何を伝えるか、そして伝えることが受けてにとって
重要かどうか、よく思慮することは大変に価値があることだと思う。

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ストライカー創生元年

0-0。「誰」がいないのか判った。「ストライカー」

よって2006年は、日本サッカー界ストライカー創生元年とする。

カムバック。釜本。
どんなチームだろうと、必ず1点もぎ取ってくれる男を、
12年から16年掛けて創り上げる。
それが必要なことを痛感する試合である。

サッカーの勝敗は、点数。よって
まずは1点を取ることが何よりも重要だ。

決定力不足と巷のにわかファンまでいう。だが正しい。
おしぃだけでは勝ちあがれない。

この大会の日本の最大の収穫は、
「わが軍に、ストライカーが存在しないことが判ったこと」
だ。これにつきる。これ以外ない。

守りや玉まわしは世界レベルに追いついた
だろう。しかし勝利するための機能がなかったのだ。

点取り屋。

どんな状況であろうと、ゴールにボールを叩き込むことが
できるやつ。

試合90分のうち、やく10分しか仕事しないやつ
だけどかならず点を上げるやつ

生意気だろうと私生活にだらしがなかろうとサッカーに勝つと
いう観点で瑣末なことはいうまい。

試合中にかならずそれだけは履行・実行可能な男を
創り上げる。それが日本のこれからの課題だ。

いま、ストライカーはいないので、
本大会は終了したも同然なのだが、
次の試合は、4年後のために試しておきたいことができた。

世界屈指のストライカー4名を擁するブラジルに対し、
守りと玉回しで、「負けない」ことをどこまでやれるか?
それを世界に示して、今回は胸を張って帰ってきて欲しい。

強靭な防御力は、維持したまま(ポスト川口の課題はあるが)
攻撃力を身につけた日本チームを4年後、世界に送り届けよう。

…いまは、ブラジル戦が楽しみだ。
将棋でいえば、角2枚+飛車2枚があちらの陣地にあり、
コチラの陣地には、角と飛車のあるべきところが

「ぽかん」

と空いている。そんな状況なのだ。そして、その状況で
2戦戦ってきた。そう考えてるとよく健闘していると思えるように
なってきた。

1名のキーパーと
5名の守備的・ミッドフィルダと
5名の攻撃的・ミッドフィルダと
0名のストライカー でよくぞ戦ってくれた!!

もう一度いう。1-5-5-0。これがジャパンチームだ。

…と、冷静さを装いつつもココまで書いてきたけれど、応援するキモチは
変わらないぞ。なにしろ、対戦相手の顔を目が落ち窪むほどに
へろへろにさせた結果は、闘うのがヤナチームだなと思わせるのに
十分だった。その辺は評価に値する。

あと、試合終了とともに、足がつってしまったニポン選手に対し、
相手側のクロアチアチームが、自分もへとへとに疲れているだろうに
足のストレッチをしてくれたシーンをTVで見た。

朱色会としてサイコーのスポーツマンシップに溢れたシーンだった。
この大会で今まで一番ココロ温まる出来事である。

…まとめに入る。角とできれば飛車も 次の大会までに用意する。
それをしよう。そして、世界のサーカー野郎どもにこぅ答えさせるのだ

「日本チームで警戒したい人は?」
「xxxxだね。」(全世界全員一致した答え)

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本当の命のオワリ

今日は、祖母の三回忌で長岡にいってきた。
いちおう報告しておくけど、「夏」が早めにやってきていた。

ま、いろいろなことがあったけれどプライベートは抜きにして
命のことについて簡単に述べておく。
(↓の男は、朱色会の実のおとーと。撮影は今日)

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結論から言うと祖母は生きている。
私のココロのなかで。

肉体がほろんでも人間の魂はあるとおもう。
その存在が、残された私たち生きている人間に
大きな影響を与えている。

自分が何かの行動を起こそうとしているとき、
祖母が生きていたら悲しんだり、怒ったりするだろうなと思うと
頭やココロに浮かんだ恐ろしい考えを思いとどまることがある。

私もできればそのような存在となりたい。
私がこの世を(物質に)去り、だれかか私が生きて
『見て』いたらどぅ思うかなどど想われる存在になりたい…

人間の本当の死とは
その人を覚えている人がまったくこの世から消えたとき
だと思う。だから、偉人たちはひとりも死んではいない。

くりかえす。
祖母は生きている。まだこの世にへばりついて
生きている我々のココロの中に。

いつか再会を果たしとき、
『ナニやってるんだで!』を叱られるようなことは
しないでおこう。
『よぐぎだな。そこさへれ。』

2人でみかんを食べながら、私たちから離れて、どんな
出来事があったのか、そして何を思ったの聞いてみよう。

それまでの「短い間」は、この世でできることに挑むのだ。

そぅして、あの世にいって、いろいろなことを報告する。
しかし、おそらくこぅいわれるのだろうな…とも思っている。

『みんな見でださ。』

…今日はこれで。おやすみ。

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「モーニング娘。」システムの崩壊

平成になってからのアイドルグループとして金字塔を打ち立て続けきた
「モーニング娘。」

最近は綻びが見え隠れしているが、しかし、トップアイドルグループで
あることは依然として否めない事実だ。

オリジナルメンバーである5人が残0となってからは、朱色会も
あまり注目していなかったが、ここにきて名前を諳んじることが
できない女の子の卒業となるといよいよ疎くなってしまった。しかし
ひとつだけ、モーニング娘。という
アイドル【ブランド】というものの特異性については
いまでも芸能界でも稀有な存在であることは間違いがないだろう。

ところでイキナリだけど
私は、実は「キャンディーズ」の大ファンだった。

「ヌ?南海キャンディーズ?しずちゃん?」
という声が聞こえてきそうだがもちろんしずちゃんもすきだけど
それでない。

ラン・スー・ミキという3人で構成された
昭和のアイドルとしてはピンクレディーと双璧をなす
伝説のアイドルグループ。

とくにミキちゃんがよかった。ちなみに実はスーちゃんとは
ななななんと女優で活躍中の田中好子さんなんですよ。
ランちゃんこと伊藤蘭さんは今は俳優水谷豊さんの奥さん。
コンサートでの発言「普通の女の子に戻りたい」はあまりにも有名。

どの娘がその言葉を初めて発したかは定かではないが
その娘が抜けることで、キャンディーズは成立しなくなったのだ。
『代わりはいない。3人でひとつ。』
…それで解散コンサートとなった。

翻って、モーニング娘。であるが、
ダレが入ろうとダレが「卒業」や『脱退』しようと

「モー娘。」は「モー娘。」

誰かが欠けても依然としてモーニングというブランドは存在し続ける。
常にファンのどんな『要望』に対応できるように
組み合わせ自由&抱き合わせ自由(M&A!しゃっふるしゃっふる!)
規制緩和アイドルGとしてとても特異性が高い。と、いうか唯一だな。

…こんなグループ2つとないと思う。

最初から3人目くらいまではメンバーの卒業について
感動を覚えたが、いまにいたっては『あっ、そうなの?』と思うくらい。

メンバーのアイデンティティー(個性)で構成されたグループではなく、
モーニング娘。というブランドを維持するため、そのメンバーは
『採用』され、そしてリxxx(卒業or脱退)される。
まるで、昨今の新興企業のような存在だ。

特異な存在としてとくに【歌】芸能において寵児となった彼女たち
ではあるが、やはり、アイドルというものはその人の魅力が
ファンをひきつけるのであって、グループ名とかブランドが
人をひきつけるのではないことに、誰もが気が付き始めている。

…結局、人間(個人)の魅力で「勝負」する世界なのだ。

そして、その誰もがという中には、その中に編成されている
メンバーもそのことについて気が付き始めている。

そのことに(たぶん)一番早く気が付き、行動に移したのは、
明日香だった。
脱退理由はなんと、『勉強がしたい』。
人気絶頂時での自己申告による離脱。アイドルに憧れ、それを
目指し、彼女はそれを掴んだのではないか。
女の子ならば誰もが憧れる存在になったはずの彼女は
この理由で、モーニングを去ることを決めた。
この6文字にすぎない言葉に、多くの意味がこめられていると
思うのは朱色会だけだろうか?いま、どこで何をしているのだろうか?「普通の女の子に戻りたい」と双璧を成す言葉だ。

その昔、アイドルとは、崇高な異性存在だった。
雲の上のヒト。つまりは憧れの人。年上だったね。…百恵さぁん!

それが、キョンキョンや聖子ちゃんあたりから恋人感覚となり、

果ては、友達(擬似娘)感覚。…対象が殆ど年下らしーな。
特にモーニングのファンはかなり年齢層が高いと聞く。

その存在がユニーク(代わりがいない)からこそ
世の人に注目され続けるのが本来のアイドルの本質だ。そして
そのユニーク性とは組織のことではない。<そのひと>個人だ。

今は、モーニング娘。という【ブランド】を今後どぅしていくか
自身の存在意義・存在価値がいま問われ始めていると思う。

残るもの、去るもの。今後どぅしていくか
ファンのために、そしてジブン自身のために。
今一度メンバーは考えてみる必要はあるのではないか?
今の『芸能』を続けていくならば別だけど。

「何を成すために、芸能界に入りましたか?」

いま、何人なんだろう。……………わからない。

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絶望に効く薬-125節

…ついに、「自分本人」に逢いにいったか…

山田玲司の最高傑作といっていいのではないか?
ヤングサンデーは、スペリオールなみに良品が多い青年漫画雑誌だが

その中でも一押しなのがこの「絶望に効く薬」
いつもは、コアな有名人に会いに行く。つまり他人のことを
描き、そして思うわけだ。(逆か。)

しかし、本編は、なんとインタピュー対象が「本人」

・常識という名の「情報」のこと
・漫画家(表現者)としての自分のこと

など、カミングアウトなどを交えて深く自分を追及している

実は、漫画とかブログとか表現ゼンブにいえるコトなのだが
連載ものは、乾坤一擲状態とだらだらぁ~んモードという
のが交互に作品に表れるのだ。それは、送り手のほうも
いつも眉間にしわをいれ目を三角にして肩と腕に力を加えて
書いていたのではミがもたないし、受ける方も
いつも唾を受けるわけにはいかない。

読者も、「あっ、今回はゆるゆるなんだね」
と捉えたならばゆるゆる楽しめばいいし、
「おっ、今回はまじまじモードか」
と感じたならば、座布団を用意して正座して背筋を伸ばして
(もちろんココロの中でだが)読むべきだろぅね。

…んで、今回の125節は、ゆるゆるモードではなく、
大真面のまじまじモードである。

是非、今週のヤングサンデーを「購入して」読んでもらいたい。

…と、ここまでは良品の紹介と宣伝であったわけだが、
2つのこという。

1.ジブンを描くこと

表現者も実はこの取材対象は一番身近で把握しているようで
描きにくく、苦手としている。それは、これに類するいろいろな
有名表現者の作品を見るとよく理解できる。たいていが
本当にあの才ある彼が書いたものなのかと思うほど
ホウホウノティの作品となっている。自画像を残さない美術家も多い。
必要以上に誇張したり卑下したり、
なかなかに鏡の中の自分をうまく表現できない。

しかし、本編は表現者の苦悩という切り口でとくに「絵」が
よく描かれていた。山田の味は、やはり、照れや焦りを交えたココロの
描写表現力にあるわけだが、
それをジブンという対象に使った勇気にはまず拍手を送りたい。

2.常識と情報と真実の、娯楽との関係

表現者は、イロイロな責任を担わされる。
全て受け手(金と時間をつかう立場の読者)にとっては

1)おもしろいこと(おもしろいは笑うとは別の意)
2)既知ではないこと
3)わかりやすいということ
・世の中にとって重要であること
・事実であること

だが、困ったことに 3以下についてと1)~3)は
相反することがある。これが悩ましい。

伝えたいことについて、おもしろく描けなかった場合、それを
漫画で伝えることは、編集長である仕事人に没をくらう。なぜならば
「売り上げ」に貢献できないからである。

ジブンが捉えた重要なことを伝えたい。これを商業的に展開
する場合表現者にはとくに悩ましい問題なのである。

なぜか?真実で重要なコトでも、面白くなければ、
漫画であることに関係なく、誌には載せられないからである。
このことに、気づいているヒトは少ない。(…と朱色会はおもう)

漫画だけではない。テレビも、週刊誌も、そして新聞とてそうだ。

情報と真実・表現物、そして何かのくくりで
公知なことと一方的に定義されている「常識」…

いうまでもないことだが、これらは全てことなる顔をもち
同じことを指し示していても、まったく異なる著わしをしている
ことを、
よくよく「受け手」は吟味の上で捉え、確認するべきことなのだ。

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So-netブログ復旧?

大人気ないと哂われるかもしれないが、
以下のようなメールをSo-netに送りつけた。下記はその返信である。

ーーーーーメールはじまり

From: info@so-net.ne.jp [mailto:info@so-net.ne.jp]
Sent: Wednesday, June 14, 2006 6:06 PM
To: xxx@xxx.so-net.ne.jp
Subject: So-netインフォメーションデスクです [案件番号 9690560]

So-netインフォメーションデスクです

お客さまへ長期に渡り多大なるご迷惑をおかけしておりますこと、
深くお詫び申し上げます。

お問い合わせの件ですが、メンテナンス以降に発生して
おりました、「 So-net blog」につながりにくい状況ですが、
現在改善の方向でございます。

今後も継続的に監視を行い、快適にアクセスできるよう
改善を加えていく予定となっております。

本障害によって、お客さまにご迷惑をおかけしておりましたこと、
あらためまして、深くお詫び申し上げます。

最新の状況につきましては、下記ページにて更新してまいりますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます。

 < So-net blog: What's new?>
   http://blog.so-net.ne.jp/blog_wn/

 < So-net緊急連絡>
  http://www.so-net.ne.jp/emerge/

今後、このようなことなきよう、十全な体制で業務に臨む所存で
ございますので、何卒ご容赦賜りますよう、お願い申し上げます。

なお、弊社サービスに関するお問い合わせは、インフォメーションデスク
にて承っております。

<インフォメーションデスク> (So-netのサービス内容についてのお問合せ )

  ■受付時間: 09:00~ 21:00 (年中無休)

    イヤル: 0570-00-1414(日本全国どこからでも市内通話料金)

  ■携帯・ PHSの場合
    011-711-3765(札幌)  022-256-2221(仙台)
    03-3446-7555(東京)  052-819-1300(名古屋)
    06-6577-4000(大阪)  082-286-1286(広島)
    092-624-3910(福岡)

    X: 03-3446-7557
   E-mail: info@so-net.ne.jp

しかしながら、 So-net blogに関しましては、メールでのお問い合わせ
のみとさせていただいておりますこと、あらかじめご了承ください。

 < So-net blog:お問い合わせフォーム>
   https://www.sec.so-net.ne.jp/blog/qa/

   So-net blog事務局 :blog@so-net.ne.jp

このたびは、お客さまからご連絡をいただくお手間をとらせることとなり
大変申し訳ございませんでした。心よりお詫び申し上げます。

今後とも So-net blogをご愛顧いただけますよう、よろしくお願いいたします。

※以下、本文中に個人情報を含みますため、一部省略させていただきます。

----- Original Message -----
> 直接。口頭にてクレームを入れたいので、
>
> そちらに接続する外線電話番号をご連絡ください。
>
>
>
> なお、その外線番号は、ブログにて公開いたします。
>
>
>
> ブログURL: http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/

ーーーーメールおわり

現在、So-netブログの【ユーザ障害】は、収束しつつあるように思う。

本件については、So-netブログの内外ユーザにおいて
批難・悲鳴・絶叫・弁護・応援などさまざまな意見が頻出しており
興味深いのであるが、朱色会的にいうなれば
企業プロバイダとしての【失態・不祥事】の範疇にいれていい出来事だと思う。

わたしのようにいくつかのサイトにポストできているユーザは
自分の「想い」を他のサイトにて放出できれば、幾分かは
気が晴れるのであるが、So-net専任ユーザはそれができないから

ガマンにガマンを重ねて今に至っていると思う。

情報公開として足りない情報をまっている状態である。
つまり

・なぜ、こんな失態を大企業かつ【ぷろちゅうのぷろ】である
 So-netがしでかしてしまったのか
 原因の公開と今後の対応策

である。まだ、経過措置中であるから、
スポークスマンから、【事態修了宣言】の詔があったのち
公式なメッセージがあることを望みたい。

ユーザの中には、無料なんだからそんなに目くじらを立てるな
という意見もあるが、それは誤った考え方である。

無料なワケは、無料でよしとした企業上の戦略もあることも
考えなければならない。企業は利益追求集団であり、かつ
優良なサービスをユーザに提供し続ける義務があり、
そしてユーザは、ユーザとしてそのサービスに声を上げることが
できる。

ユーザの心配ごととして、朱色会が考えたことは
ユーザからのクレームの集中により、So-net側がキレて

「もぅ、やんぴ」

となることだが、それはユーザ規程にもあるとおり
So-net側はいつでもそれが可能なのである。
それについて対策をとっていないユーザが
辞めてくれるなと心配するだけでなく、いつでもどうぞ
というユーザ側の情報リテラシーを向上しておくことは
企業が供するサービスをさらに強化・向上させるために
我々がおこなっておくべき義務であることを忘れてはならない。

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「先に入社したおじさん、おばさん」にならない方法

私のリンクにはってあるリーダー論の重鎮。

佐藤直曉さんは朱色会がとても敬愛する人物だ。
毎日なんらかのリーダー論を説くという離れ技を実行中。

ブログは、あるテーマに絞ったほうが読者がつきやすいとはいうが
朱色会は映画がすきとは言え、毎日講釈を垂れろといわれるとつらい。

それをなんと、数年にわたりされているのだから
頭がさがる。見習いたい。
見習いたいが、朱色会は好き勝手なことをしゃべり続けるつもり(笑

さて、本節はリーダーに関することだ。

ヒトをリードすることはとても大切なことだ。企業人としての人間
関係の一形態だし、会社は何らかの徒弟制・師弟機能がなりたつことで
成長していく組織体だからである。

先人が踏んでくれた地雷(会社としての失敗)
先人が蓄えてくれた資産(定款を初めとした存在意義と経験則)

が後輩に伝わることで、よりうまくパフォーマンスが果たせる。
その輪廻により、さらに次の後輩に

・地雷のありか
・有効なる資産

が伝承されていくのだ。その企業は、永続的に成長を続けることができる。

先輩の先輩たらしめるところは実のところこれを他人に供すことが
できるかできないかだと思う。

もし、貴方が後輩(年齢として年下なのではなく、
その会社での勤続年数が自分よりも少ない)に対して、
地雷のありかや伝えるべき技なり
コツなりを示せないならば、単なる

「この会社に先にはいったおじさん(おばさん)」

となる。それは、決して口にだして呼ばれることはないが
ココロのなかではそう思われることになる。

『いや、おれ(あたし)は大丈夫。【プロ中のプロ】だから』

…なんて自画自賛しているヒトが一番危ない。
逆に、いつも

『自分は先輩としての機能を果たしているだろうか?』

と自問自答してかつ自分の言動なり行動を自己チェックしているひと
は(おそらくは)大丈夫だろう。

手前味噌になるが私が最初に入社した会社には

ほとんど【おじさん】と【おばさん】はいなかった。

だれもが先輩でありつづけたいとう使命感というか危機感というか
そういうものをもって私に接してくれた。とても【当たり】の会社
だったのだ。そういう意味ではね。

…今の会社のことはあまり『悪く言いたくない』ので
コメントを差し控えたと思います。(笑

もしも貴方の会社にこのような関係がたとえば
・成果主義とか個人主義の曲解運用によりその関係が希薄
あるいは途絶している場合は

貴方の会社は、「賽の河原」と同じである。

先人が積んだ、石の塔「ケルン」は、貴方がくることで
全て崩され、貴方はイチからまた石を積むことになる。
貴方もまた、次の人間が来た姿を遠くに捉えたとき、
やおら自分が積んだ塔をめちゃめちゃに崩してそこを去る…
そんな会社が、勝てるわけがない。

このような会社ができてしまうひとつの一要素としては
起業した人間がひとりぽっちで立ち上げに成功してしまった場合
それを是としたルールができてしまうことがある。

『成り上がりたければ、自分ひとりで這い上がってこい』

川原の石を途中から積んだことがない(と、思い込んでいる)ものにとって
他人が自分が積んだ石の上に石を置くことなど
想定外でありえないことと思ってしまうのだ。

…実は、そのような会社は、増え続けている。

もしも、会社の中が全員【おじさん】で占められている場合ならば
あなた自身がまずおじさんを辞めてみることを奨める。
価値の創造と伝承は、なんと貴方から始まる。

さて、ここまで読みすすすめてくれた貴方に感謝の意を込めて
つぎの質問をプレゼントして、この拙文を閉じたいと思います。

『貴方は、【おじさん】じゃないですよね?』

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克己

1-3。流れから言ったら2-0のはずだった。

またしても、ヒディンク・マジック炸裂…
こちらの采配は、からぶり。

茫然自失となるスタンドとイレブン、そして放送席。
わたしたちもことばを失った。

おそらく、スポーツバーにいた人々も
1分くらいは沈黙が支配がしたのではないだろうか?

試合後、冷静にかつ淡々と結果分析をする、歴代代表監督二人。
くやしがっているというよりは、専門家として
「だからいったでしょ」…といった感じで解説をしていたが
鼓膜を掻くその声は、私の頭とココロには到底届かなかった。

ーー

なぜなんだを繰り返し、とこに伏せ、そしてまんじりともせず
朝となりそこで脳裏をよぎったことばもこれ。

「なぜなんだ。」

もう、どうころんでもいままでのような
はらはらしながら観戦しなければならない連中じゃない。

海外のトップクラブでピッチで「活躍」している外組と
もやは円熟期に入ろうとする国内クラブチームが選りすぐりを
集めた内組。それは、選ぶのに苦労するほどの
選手層の厚さなのだ。

ーー
中盤戦から終盤にさしかり、カウンタの最後の一矢が
はずれまくるころ。いわゆる決定力の発揮よりも心配したのは
ロナの「まねしんぼ」行動。

玉をまわす最中にリフティング、ヒールキックによるパス・はては
エラシコ(Elastico)なドリブルなどあまり見せないことを始めた…

余裕ならいいのだがと懸念は現実のものとなってしまった。

敵ながらあっぱれとおもったのは3点目のストライカー。
勝利をこじ開け、もぎ取るとはこういうことさといわんばかり
の執念の塊のような切込み。そして今まで耐えてきた
防護陣地はあっさりと侵入をゆるし、「ころん」と転んだ。

「ころん」。疲れてしまったのか?誰とはいわない。

ーー

試合が終わったあとのメンバのあのなんともいえない

表情。負け試合の高校サッカー少年とも違う
得体のしれない表情をしていた。敢えていってしまえば
「大変なことをしでかしてしまった。」

Jリーガあるいは世界トップクラブチームに籍を置き、
国の代表として誇りをもって戦ってくれたはず。
そして、勝利は(朱色会の目には)見えていた。

しかし、結果は彼らのプライドをずたずたにしたようだった。
怒るでもない・哀しむのでもない
まるで悪いことをしてしまったかのようにどういう振る舞いをして
いいかわからぬ表情で、ピッチにたたずむイレブン。

ーー

ワールドカップは、サッカーという競技を借りた

「民族の見本市」なのだ。

『あの国の人たちってどぅいう理念・行動・性格なの?』

がチームに体現される。そしてそれは「戦いかた」も
さることながら、「勝ち方」「負け方」にも色濃く現れてしまう。

全世界に日本というクニを評価してもらう絶好の機会なのだ。

そして逆にいうと、世界の人たちの「姿」をつぶさに見ることが
できる大会であるともいえる。

ブラジルらしさ。
ドイツらしさ。
トリニダード・トバゴらしさ。

…そして…
その「国旗」とともに印象を全世界に伝え、そして受け取る。
ーー

「衆」で戦う集団から、「確固たる個」への変換。
トップダウン戦術よりも、個の自由な発想を重視する方針へ。

どちらも、世界で勝ち上がるためには必要なことだと思う。

そしてそれは予選ではうまく機能し、世界で一番早く桧舞台へ。

この成長はすばらしいとおもう
実力は4年前、8年前とくらべ、「体力」、「技力」そして「心力」
倍々で成長していると感じている。

自分たちの成長を疑わないで欲しい。

ーーー

クラブハウスに引き上げ、「キャプテン」はこう檄を飛ばしたと思う。

「顔を下げるな!落胆するという【贅沢な時間】は
 オレたちには 与えられないんだ!!もらう権利さえない!
 クロアチア、そしてブラジル、勝ちにいくぞ!!!」

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いい加減にしろ!So-netブログ

So-netは私のメインプロバイダだ。
サブはぷりん。
だからオフィシャルなメルアドもso-net.ne.jpなのだ。

やくみつる(←まちがい)
約15.5時間にわたる全面サービス停止による
サーバ速度改善。さぞや早くなったんだろなと思って
自分のブログにアクセスしてみたならば…

ーーーーーーーーーーーー
エラーが発生いたしました。

誠に申し訳ございません。サーバで技術的なエラーが発生いたしました。
ご迷惑をお掛けいたしますが、
しばらく経ってから再度アクセスしてみてください。

時間をあけてアクセスしてみてもこのページが表示される場合は、
お手数ですがQ&Aからご連絡ください。
ーーーーーーーーーーーー
さて、私の映画ブログ読者の方。

ご唱和ください。せーの…

『ばかやろぉーーーーーーーーー~~~~~~ッ』

・遅い。
・切れる。
・説明不足。

…ダメだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ…(笑@Evaxxxxx

どんだけだめやねん。おたく!!!!
ほとけの顔も3度までや!!

ーーーーー

有名ブログサイトとしてはmsn-Spaceと双璧をなす
速度の遅さ。
そして他の追随をゆるさないプロバイダとして理念の低さなど
枚挙に暇がないがいくつか基本的なことをいっておきたい。

まず、

サービスを全面停止することなぞ他のプロバイダから
げらげら嗤われまっせ。

関係者のみなさん、ダージリンティの香りが漂ってくるのがわからぬか!
ふつーならば

・投稿ができなくなる
・編集ができなくなる

など一部の機能がつかわれなくなるだけで
閲覧は常時サービスするのが、プロバイダのき・ほ・ん。
プロバイダのし・め・い。

ーーーーー
説明も不足している。

たとえば速度の向上が狙いならば
何が速度低下の原因なのか公知させた上で取り掛からねばならぬ。

また、現状の実測と、どれだけ早くするかの目標値の設定
かつ達成率の公開なども必要だ。

ね。So-netさん。『まるなげ』なんでしょ。
怒らないから答えて。技術ぜんぶ『まるなげ』なんでしょ。

だから、あえてこたえないんやなくて答えられんとちがうかこらぁ。

おらぁ!

ーーーーー
…そろそろ緒戦が始まるからこのくらいにしておいてあげるけど、

早く!少なくても、改善に取り掛かる前の速度に戻してください。

はっきりいいます。今回の措置⇒『改悪』です。

Soしてきっちりと説明とxxxを、御社トップページに掲載してください。

…ほんま。怒るで。もぅ怒ってるけどな。

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ブログの世界を徘徊して…

ふぅぅぅ~~~(おおきなため息…)

まずは、この記事をご覧いただきたい。
今日は、書くことが目白押しで、耳からこぼれそぅなのだが
それはやめて、もう一度ブログの作法について
講釈をする。

『いらん。』といぅ方は、右上のXマークか、ブラウザの←マーク
をクリックして退去願います。

人気ブログに学ぶ(オリジナルは『きっこのブログ』にある)

オマージュやら和田画伯やら旬なキーワードをブログ検索すると
こういう目によくあう。本人も多分悪気があるのではないだろう。
…とひいき目に見てもやはり看過できない。

本来であればこのブログに意見をいうべきことで、
ここで展開するべきではないことだが
そうするとやりたいこととことなる事態になりそうなので
ここで述べる。紹介した記事は単なる例だ。
他にも似たものはいくつもあるので該当する記事全体
に苦言を呈したい。

私はこのメディアの成長に期待しているところがある
たくさんの素晴らしい表現者に『出遭う』ことができた
このブログという新しいメディアがそれを可能にしてくれた

そして、先人達の功績やすばらしい表現にであうと
なんとすばらしい。彼らの発揮する才能の一端でも
発揮できればなぁと思って
朱色会も独特な切り口で世の中を切り取ってきた。

しかしやはりフリーな世界は
とくにこの世界は振り落としがないので
玉石混淆なことは前に書いた

上に挙げた記事は、何のために挙げているのか
よくわからない。

引用するなとはいわない。引用は朱色会もよくする。
しかし、程度はあると思う。

検索エンジンの高度化で幾分か緩和されるのではないかと
いう記事をどこかでみたがそんなもの待ってられない。

私が探すもの。
それは、その書いた人自身から発せられるオリジナルなことば
なのだ。いやもっというと感じ方や考え方だ。
それが稚拙とか、わかりにくいとか関係ない
その表現にその人の人生が見えれば価値のある言葉だと捉える。

90%引用+ヒトクチこめんと や・め・ろ~~~

ある事象事態について、100人の人が見ていて
そのことをかけばゼンブことなるはずだ。100人100(葉)となる
なぜならば 100人全員異なる人生を歩んでいるからだ。

自分とことなる人生を歩んでいる人が
同じ事件を捉えたとき、どんな感情をもつのかそして
どんな表現をするのか、そのユニーク性を探しにネットの旅にでる。

だが、たいてい落胆を覚えることとなる。
3人に2人は金太郎飴。

他人の文章をコピッって載せ、かさ上げをはかるブロガが
あまりにもおおい。

私は、郷里の笹かまがすきなのだが(みなさんま・さ・か醤油つけて
食べていないでしょうな。)10個くらいは入っているだろなと
箱をあけたら1個しかはいっていなくてしかもチーズ入りだったくらいに
落胆する。

ほかで開催しているSo-net版は映画専用ブログだが、
私は、あらすじや基本情報は書かない。
なぜか、そんなものは公式で情報は拾える。
映画好きは、基本情報は踏まえてブログ海に漕ぎ出す。
自分の島とはことなる島を探し、放浪の航海をするのだ。
それが分かっているから無駄なことはしない。
断っておくが無駄なこととは書いた私のことではないぞ。

読んでくれる読者のためにそれをしないのだ。
その理由も、どこかに書いたので気になる人は探してみてほしい。

書くことの量が少ないことを恥じてほしくない。
1行でも驚嘆することがあるのだ。ただし、それが書いた人の
オリジナルな場合だ。
思い当たる方は猛省してなおしてほしい。おねがいだ!!!

お・ね・が・い・だ!!×100!!

P.S 本件で挙げた記事についてはブロガたちの反応はすこぶる
    真っ当な対応で『放置・無反応』状態だ。この対応はイイと思う。
    この意味・対応につき記事を挙げた人もよく考えてほしい。

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インサイド・マン & 初恋

犯罪に貴賎がないとはよく言われることではある。

犯罪は犯罪。悪いことだし、実行に移してはならない

しかし……

あの事件、そうあの三億円事件については、
多くの方が39年を経た今においても特別の感情をもつ方
が多いのではないか

のべ100万人を投じた捜索にもかかわらず
1975年12月10日、容疑者を特定することもできずに時効を迎えた。

読者の方はあの事件についてどのような想いをお持ちだろうか

・華麗
・鮮烈
・洗練

このような感情をもつ人は多い。その後も強盗・強奪事件が
発生してはいるが、この事件のような目を向けられる事件は
ひとつとしてない。この事件はいまも
昭和の事件史の中で最大のミステリーとして人々のココロ
に刻み込まれている。

…これはなぜなのだろうか?

他の犯罪者にもつ感情を我々は(多分)彼(ら)に持たない。
そう、(多分)彼は、誰も傷つけずに、当時の貨幣価値にして10億円
を奪うことに成功した。そして、つかまることなく忽然といなくなった。

・だれも傷つけず。
・姿を見せないで、捕まらずに姿を消す。

朱色会も大きくなってからその事件の概要を知ることとなったのだ。
当時のマスコミもなんというかヒーローのような扱いだった
当時見ていた少年誌でも、
3億円とはどういう大金なのかが、事細かに説明があり、
非道な犯罪をした犯人という扱いでなかったように記憶している

あの当時は高度経済成長の真っ只中で、その弊害が
一気に噴出した時期でもあった。

世の中の閉塞感に風穴をあけた者として扱われた。
そう。ダーティーヒーローとして。

ーーー

本日、拝見したのは、日米2つのいわゆる 犯罪映画である。

ひとつは「インサイド・マン」
そしてもうひとつは「初恋」

だ。どちらも犯罪を、そして共通しているには

犯罪が華麗・狡猾
犯罪の動機が個人的な怨恨ではないこと
犯罪を対象が社会や企業である
 初恋は・日本信託銀行(後の三菱UFJ信託銀行)
 インサイド・マンは・マンハッタン信託銀行(たぶん架空)
犯罪内容が大金(3億円・銀行強盗)

いつものごとく映画を一緒に観た人と感想を交えるがごとく書くので
観ていない人にはあまり意味のないコメントとなることを
あらかじめいっておこう。

まずは、「インサイド・マン」

予告編やTV-CMを見ただけだと
犯人VSネゴシエーター の心理作戦の応酬映画という感じであったが
実際にみてみるとかなり異なる。

銀行襲撃(目的は伏せます)の完全犯罪を目論む
主人公のクライヴ・オーウェンは
本編中ずっとサングラスとマスクで顔を覆っていて
警察と連絡をとるときだけ素顔をみるのだが
その演技は深みがあり、いままでブレークしていなかったのが
不思議なほど、強盗団のリーダを
ハリウッドスターを相手に回して堂々と好演していた
特にクールなまなざしがいい。

たいしゅる(←まちがい)対する
刑事役はデンゼル・ワシントン
うだつのあがらない横領の嫌疑をかけられたバツイチ刑事役

このようないけ好かない才女を演るとなったらこの人しかないでしょう
ジョディ。

2人の男の対立という感じだとおもったが
結局は、すべて犯人の計算された計略どおりに話が進行する。
…ということが途中から分かるので、どきどき感が
徐々になくなっていくのは残念。

銀行ギャングものの最大の話としての話題・注目点は
「どぅやって逃げおおせるか」
観客もこの1点に絞って物語りに入っていくので
しかけと話は及第点をあげていいと思った。

あと、やっぱりいまのご時勢ではカネがほしいから銀行襲撃では
あまりにもリスクが高すぎるし、成功率もほとんど0だから
どうやって話を、観客にとって成立させるかが肝心なことだが
この話の動機付けはとてもよくできていると思った。
シナリオはよい。

銀行強盗は結局ヒーローとして描かれており、
物議をかもし出す内容となっているし、ネタばれの後は
話がちゃんちゃんと進んでるなという感じだったのでそこは
残念だけど。

銀行強盗ものとしてよくまとまっている映画であることは
「まちがいナィ」

さすがスパイク・リー。
評価:70点

ーー
「初恋」

あおいちゃんを見るためを目的としてみたが

話・表現ともによかった。

この映画のジャンルは、ラブ・サスペンスだけど
そうなると題材とのバランスを取ることがとても難しい。

初恋と三億円。ゼンゼンつながならいからまとめるのは
大変だったとおもう。

たとえばデートのねたとしてこの映画をセレクトすると

男女とも
昭和とのノスタルジィは無縁で、共有間がでないのはなかろうか
・機動隊との学生運動とか
・クルマや繁華街完全再現セット

あおいちゃんをうけいれてくれるか彼女に確認してからいこう。
いや、まてよ。確認するといけなくなるかな
「ねぇねぇ、いっしょにあおいちゃん観にいこう」
『どしッ(みぞおち)』
「ぐぇっ…」

ぎゃくに
セドリックに喜ぶ「三丁目の夕日」観客は
どうにもあおいちゃんに入っていけなくなるし…

あおいちゃんがすきな朱色会のような
昭和の水を飲んだおじさんがノスタルジィを味わうための
映画なのかもしれない。

セットやロケは大変だっただろうな
昭和の再現についてそれが余計に目に入っていた。
多分絵を作るのは大変だったとは思いますが。

事件後の話がすこし長すぎる。
感動の落としどころがよくわからなった。
…でも、あおいちゃんがかわいいからいいか。

評価:61点

昭和がわかる人向き。昭和のノスタルジックを楽しもう。

ーー
この2つの犯罪に焦点を当てた映画をみたあとで思うこと。
最近はこの映画のようないろいろな意味で高度な犯罪ではなく、
情けないほどに下卑た犯罪だけがおきる。

犯罪予備軍に告ぐ。

この2つの映画のどちらでもいい。

観て、くやしかったら彼らのようなスマートな
計画を立てるところからやれ。そして彼らのようにはできないことを
しっかりと自覚して、その行為を思いとどまってほしい。

それはなぜか、
彼らと君らでは志が違う。

犯罪を起こす動機・行動原理がどこに由来するのか?
実際に犯罪結果として情報を受けとる我々はそこだけを見るからだ。

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【オリエンタルラジオ】語録-Part.1

10ちゃんの『いきなり!黄金伝説。』

オリエンタルラジオがやっている
の【マグロ生活】はとても面白くて欠かさずなんとかして観るが
特に昨日の中田さん(23歳)のことばは朱色会(中年)のココロに残った。

1.いまの世の中への若者としての慟哭
もし、録画している人がいたら中田さんのこのコメントだけ永久保存
しておいたほうがいいほどの名言をはいた。失礼ながら外見の中田さん
らしからぬ、本人の心情が弾け出たコメントになっている。こまかくは
思い出せないけれどとても胸をうつ内容だった。印象深い

要旨は、
親父たちは大変苦労して、世の中を作っていたけれど、
会社はどんどんつぶれる。
世の中、リストラ・ニート・・・・閉塞感いっばいの今の世の中。
俺らオリエンタルラジオが世の中を明るくしてやる!!

とはじけていた。うーむ…。

…アレはネタじゃないだろうな。おそらく…
いつも考えていたことが
マグローズハイによってココロの中に隠しておくことができずに
ついにかみんぐあうとと相成ったと思う。
若い人たちの大便(←まちがい)
代弁とうけとった。つまり、若者たちの叫びの代表なのではないだろうか?

…おそるべし。マグローズハイ。

見直したぞ、とんがり頭(失礼。)
歌舞伎モノのありがちなココロのきれいな若者なのだなぁ~
(祝!フライデー!!)

相方の藤森くんはついていけんという風な態度をとっていたが
仕事のパートナーだからココロざしはいっしょなんだな…きっと。

2.もてない男のコンプレックス

授業中に消しゴムを机の下に落としたときの
持てないダンシの心理描写

…リアルな発言だった。

要旨は、
授業中は消しゴムを拾うことができない。拾ってくれとジョシに頼むこともできない。
『オレの消しゴムを拾うことがイヤなんじゃないか?』
『オレの消しゴムなんて汚いとおもっているんじゃないか?』
と思ってしまい行動できないモテナイ男のココロの中を
トロしていた。藤森くんはうそーーーー。とモテ男ぶり反応。

結局、休み時間になるまで消しゴムなしでなんとかやり過ごし
モテナイ男子は休み時間に自分で消しゴムをさっと拾うんだということだった。

しかし、転がし方がすこし甘い。
ジョシが『センセィ~。中田くんがアタシのスカートのなか覗いてますぅ~』
あるいは『センセィ~。中田くんがアタシのパンツをめくってますぅ~』
という妄想まで話を広げてほしかったナ。

3.テレビから初出演から1年目のマグロ生活

初心忘れるべからず
・ネットの検索件数が人気の証

うーむ。若い二人はこうやって自分の人気をリサーチしていたとは!!

このような若手の元気な姿は見ていてキモチがィィ
若いときのロンブーやキャイーンのような勢いを感じる。

5件みつかって喜んでいたとエピソードにココロを打たれた。
どきゅーーーーん。ばたり、がくり。

このコーナは、一斉を風靡した他局の、『元気が出るTV』のDNAを
踏襲しているような気がする。
あと、番組サポートとして心配なのは、挑戦者の栄養の偏りにより健康への
影響だ。体調をくずして(営業)に影響がなければいいのだが…、
ご飯・野菜はダメでもサプリなどは与えるべきだね。栄養士さん。
彼らの健康をよろしくたのんます。また観よう。

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『必殺』面接術【1/3】-その後

本ブログにて、4/22付けで上梓した

『必殺』面接術【1/3】について
自分でも実施してみたので面接の内容を差し支えない範囲で公開する。

ところで、この面接術を書いた動機だが、
成果主義が企業の生き残りとして必要なこととして
採用されて、いま、大変苦労しているという
受ける側・やる側の苦労の記事を見たからだ。

ニホン人は、「オレすごいやねん。」
て、なかなか他人にアピールすることが苦手な民族だと思う。

どんなにデキる(あるいはそぅではナイ)ひとでも
「いやいや、わたしなんてまだまだ」…と自分を謙る・謙遜する
奥ゆかしさが、この国の人間の美徳だったりする。

そういう文化が醸成している国で、
「自分をアピールせよ。」といってもなかなか評価者にわかってもらえなかったり
する。これをはじめた人にとっては身につまされることだろう。

この【方式】に異を唱えるひとの代表的な意見の特徴は
うまくいかない理由を自分以外に求めるものだ。

…そういう発言は多い。よって、そのため面接術としての
心構えを自分用として書いてみたのではあるが…

実際のところ『実践』してみるといろいろまた問題を発見できたので
本論に関係のないことは割愛し、差し支えない範囲で公開したいと思う。
(Q:朱色会 A:面接者(上長))

1.自分の所属する組織の未来像についてその長が明確にイメージしているか
  の確認をするためのQ

Q:xxxさん。課長として伺いますが、xxxさんはこの組織を
  3年先にどぅいう風にしたいと思っているのですか。

A:(今の状態とはことなる。一般的な話をする。)だけど現実には
  (現状の問題点の列挙に終始する)

Q:xxxさん。ウチの会社はIT会社だから、『手を上げたモン勝ち
  なんですよ。手を上げて、実践して結果を残す。それを自分から
  どんどんまわしていくことで、他の方は大きなまとまった仕事が
  あるわけです。(だんだんと自分が上長であるかのような気が
  してくる。)xxxさんはそこが不十分だから、細かい仕事、余り
  仕事が流れ込んでくるんですよ。どんどん部長にやりたいことを
  アピールしてくださいよ。

A:・・・・・

ーーこのことは言おうと思って準備していた言葉だったが、本人は
  なにかを感じるわけでもなく、ただ聞いていた。ちなみに、面接は
  朱色会は、ことある毎にメモをとっていた(ので20時間前のこと
  をこのようにかけるわけだが)、面接を通じて、彼がメモ帳を開き、
  ペンを執ることはなかった。つまり姿勢からして熱意が感じられない。
  おそらくは私が書いた目標管理の申告書をGetするために来たのだろうな
  Getするだけじゃ、ダメなのである。

このように、しょっぱなからつまづくことはあまりないというか『想定外』だ。
面接をコントロールするために用意したストーリーは、それをじっくりきいて
納得するまで質問をしていくことだったわけだが、あまり未来について
何も考えていないことがわかり、かなりの落胆を覚えてしまった。
おそらくは、目標管理のビルディング(骨格構築)がなされていないのだ。

2.上長と自分がやりたいことのベクトルが異なる場合、やりたいことを
  おこなえる道があるのかという有無といま、任されている仕事を
  どのように移管していくかの方向性の確認

Q:じゃあ、xxxさん、貴方と私の仕事としてやりたいことはことなるので
  将来的には、この組織から離脱することになると思います。そこで
  わたしがxxxにカムバックする予定は、この会社にあるのか
  あるとしたらどういうステップを踏めばいいのか、教えてください。

A:(課長には人事権がまったくないことをいう。朱色会が抜けたいといって
  代替を用意することが難しいので人事の長にいってくれとのこと)

ーーーまっ、これは予想されていた回答だったのでやっぱりそうなのね。
  と確認できたことがこの質問の成果だ。そのとおりにやることになるので
  次回以降に結果を報告しよう。

いまの中間管理職は、おそらく権限をわたされずにいろいろなものを
しょわされているのかな。上からの締め付け、下からの突き上げの板ばさみ
になって苦しんでいるのかなとは思っている。しかし、大変だとは思うが
苦しんで泣いて耐えているだけではやっぱりダメなんだろうと思う。

成果主義そのものは依然として朱色会はの立場だ。
だからココから巻き返していこうと思う。

キーとなるのは・ミドルの教育強化と人事コアのコントロールにつきる
ま、成果主義については、動かすほぅも動くほうもシロートなんだから
1年くらいで成功するとはこちらも思っていない。

問題なのは、人事政策で付加価値がついた人材をつかって
どのようにして高いコストをビジネスで回収していくか
これが企業としての一番これから問われていくことだ。

生きていく中で、会社をつかって自分の目標を定め、定点観測をする。

あまり悲観的にならずに、じっくりと取り組んでいくこととした。
性急にやってもだめなことがわかった面接だった。(…と自分にいいきかせて
います。ハヒハヒ・・・)

…本節にて、読者の成果主義に対する疑念が晴れることを願う。
 やり方は何万通りもある。それを試してから答えを選ぶべきだろう。

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今年、最強&最高!!⇒週アス6/20号

もう、おそらくはどこかのブログで紹介されているだろぅが
私も書くそ”!!!書かせてくれッいやっ…書かせてください。

今年手に取ったパソコン関係の雑誌で、最強&最良の週刊誌が店頭にならんだ。

表紙はもはや親分のお孫さんといういいかたは失礼になる大沢あかねさん。
彼女の魅力で右腕が伸びてしまったことは白状しておかなければならないだろうが、しかし、内容はもっとスゴイ。とりあえず3つだけ紹介しておく。

1.仮想報道(P26,P27)←この際いっておきたいが週アスの魅力は
   もうちょっと読みたいナと思って次のページをめくると
   もう次の記事になっている。切りのよさがイイ。
   喉ごしのキレの良さは、新発売の発泡酒4種を上回る。

ページをめくって、アレっと思い、表紙を確認。やっぱりあかねさんが
いる。週アスだ。間違いない。「言論」でも「論壇」でもないよな。
でも、この記事は・・・・
いつもはグレードの低い紙でかつ皆が読み飛ばすであろうゾーンに
長期連載(今回で437回)されている
仮想報道 著者:歌田明弘 今回はなんとP26というゴールデンページ+
いい紙に「昇格」、編集長のなみなみならぬ『決断』と意気込みが
みてとれる。

さて、お題もすごい。
「われわれがオウム事件で忘れていること」
もういまとなってはあのオウム事件も風化が著しいが、あの事件の
中心となった宗教法人の今と、あの事件後の社会との関係推移について
実態・考察が述べられており、(被害にあわれた方には大変恐縮ですが)
とても興味深くよめた。とくに文章の前半が良い。

この記事の題材になったブログの記事も読んでみたが、

宗教と人・集団心理など考えさせられる内容となっている
しかし、ブログのリンクは、本稿では掲載(紹介)しない。
題材が題材だけに興味本位でそのサイトにいって欲しくないからだ。

週アスを買い、その記事を読み、さらに探求したい方のみ、
オウムの当事者が情報を公開しているそのサイトにダイブするかを
ご自分の「責任」で可否を判断していただく様に願う。コラムとしても
秀逸な仕上がりになっているといっておこう。この2ページだけで
定価330円は突破する。これでヤめてもいいが、そのほか2件。

2.女の道(P128,P129)青木光恵さん

第2回は、ななななんと「性教育」それもオンナノコの・・・・
うわわわわわ、うわわわ、うわ、うわ、わわわわわわ。
…ここまで描いてしまったんですね。

娘さんの無邪気なQ「子供ってどうやったら生まれるの?」
から端を発した…

・母親としての戸惑い
・女子高のときのおもひで
・今の性教育の問題提起

などよくも2ページでこれだけきっちりと表現されました。

びーむって。。。。あぁた…(汗

…しばらく(電車にのっている間中)朱色会の脳みそのシナプスは
そーか、びーむか、そーか、びーむか…を連呼していた…

3.「え、それってどういうこと?」(進藤晶子:しんどう まさこ)

まーいつも進藤さん(←ワーキングネームOR別姓?:遅まきながらご結婚おめでとうございます!ランク王国のときから好きでした!!)はいつもすごいけど。
今回は「さくらパパ」

パパのコメントがすごい。もちろんそれをいつもさらりと導く(深堀)さんも。

とくに子供の育て方のところのくだりは、とても胸にひびく。
このくだりだけで330円突破は必定。

他にもレギュラー連載もいつもどおりピカリとしているが、とにかく
元気がいいな。いってしまえばロッテが全員安打を果たしたような
元気のよさだね。特に【人】に焦点をあてた編集方針に好感が持てる。

オウム・びーむ・さくら…うぉぉぉぉお~すすすす…

…すばらしい。サブカルPC雑誌として光り輝く
【週刊アスキー】6/20を
売り切れないうちにGetせよ!

Getせよ!!!!!!!(2回目)

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大きな花火の影で

3大ニュース番組(7時、10時、11時)は、
村上氏の記者会見ワンマンショー特集に終始していた
…それを聞いて思ったことについて書きます。

いままで、逮捕された男について

キャスター以外のコメンテイターは、xxx被告という言い方に
変えていたが、こと村上氏については、だれも村上被告という言い方はせず、
依然として村上「氏」と呼ぶ。

たとえばホリエモンについていうと
もう堀江「氏」とよぶ人(最初から呼ぶ人はすくなかったけれど)
はももういない
堀江被告(拘留中は堀江受刑者)なんて呼んでいる

この扱いの差は、きになるね。
おそらく、メディアに携わる人は、
堀江氏は、カムバックはないけれど、村上氏については
何れまた、再会があり、インタビュー等のや仕事のパートナーとして
もう一度会えると考えているのだろう。とてもいやらしい扱いだとは思う。

時代の寵児としてもてはやされて、TVでもこぞって取り上げられ
逮捕されても弄くれる業界のパターンはいっしょ。

「もちあげて、落とす。」

この1日は村上Dayであったわけだ。
ニューステのコメンテイターが指摘していた。司法取引はおそらく
そうだろうね。

やっと国民が、預金ではなく、株やファンドに関心を高めつつあるとき
「やっぱりアレは裏稼業。まっとうなものじゃない」
と思われるわけにはいかないからだ。
したがって、集まったファンドの解散まではやらないのだろう。
彼らを操っていた投資家たちは、黙して語らず。儲かっているからだ。

対して、今までストックを静かに運用していた昔からの重鎮たちは
パフォーマンスにより荒稼ぎをする彼らを疎ましく思っていて
ついにガマンの限界を迎えた。

実際、静かにやるより、利ざやを手っ取り早く得やすい。
その結果として、本来自分にくる予定だったもうけがほかに
流れてしまった。そのことを憂慮したものたちの自然な振る舞いだと思う
この「摘発」は。

ところで、このようなフィクサー(黒幕たち)は
舞台裏にて暗躍し、世の中の日の目を見ることはこれからもないんだけど
マスコミについても大きな影響力がある。

それはオーナーのオーナーだったり、オーナーの親分だったり、
最終的には国益と自分の益とならない情報を遮断(決済)できる立場
にある人々だが、商業的なマスメディアについては相当な統制が可能だ。

村上氏は、自分をきらいになったから、バッシングを受けるんだと
コメントしていたが、おそらく知っていていっているんだと思うけど
ぶらさがり・おっかけ・くらぶ記者はすべて「業務命令」により
会見や取材をしている『駒』なのである。

ねたみ・そねみで取材対象を追いかけて良しなんていう
【株】式会社は存在しない。すべて、ある指令がおりて
その指令をつたえるマネージャを中継し命令が伝達され履行されとる
のだ。「見えざる」頂点の存在を意識しないといけないね。

昨日はいろいろ明るくて、大きな花火が夜空を焦がした。
殆どの人間は口をあんぐりと開け、ぼぅっとそれを見ていただけなんだけどごく少数の人間は、花火の陰に潜んでうごめく怪しい影を捉えたようだ。

ほんとうに重要なことは静かに始まり、そして皆が気が付いたときは
終わっている。

余談だけど、これからもボチボチとこういう「吊るし上げタイホ」
は報道される。それは、以下の意味を含んでいる。

・ガスヌキ
・みせしめ
・隠れ蓑

それぞれの事件報道は、
報道を流したい人がいて報道をしていることに
報道を受ける我々は情報リテラシーを高めて臨む必要はあるのだ。
今の情報社会に生きるものとして、
観点を多角的に広く詳細に捉えることは
とても重要なことであることを言って、ひとまずは筆を置く。

全ての情報は、雨を降らすものの意図が介在する。

しかし、落涙するほど残念なことであるが殆どの民は
「雨だ。雨だ」と喜んで上を向いて口を開けるだけなのだ。

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「…と思われても仕方がない」について

今日、私という樹木の年輪が1つ増えた。

…つまり、朱色会の誕生日だ。

もはやxx歳になってうれしいなどという歳ではないけれど、
健康にこれまで生きてこれた世の中というものに感謝したい。

さて、このブログをはじめて半年が過ぎ、
いくらかの読者がついてくれていることに感謝いたします。
これからも何らかの発言をしていきたいと思います。

ーーー
今日はこれからジム。
そこで起きた事件についてカルク記しておきたい。時事ネタです。

・村上ファンド逮捕
・能代市の児童殺人遺棄一部自供
・パクリ作家の文化賞取り消し

などがトピック…なんて誕生日でしょうか?

夕方のニュースを見ると、まるで事前に準備していたかのように
しっかりと講釈を満場の記者会見において弁士のごとく
持論を展開。うーむ。これもパフォーマンス退場と命名しよう。

「インサイダー取引と思われても仕方がない」
という。

不正をしようと思っていたわけではない。
…そうです。

いきなり。7時のNHKで
村上氏の半生を、波乱万丈コーナー特集。うははは。

10時もかな。(予想)犯罪者でも時の人ならば公共の電波で
プロフィールを無償で垂れ流してくれるのね。そうなのね。(←?)

それにしても、どんどん挙げられることについては
異論がないけれど、また何か裏で画策している
何かの隠れ蓑でないことを祈ろう。

さて、パクリ洋画家も、文化賞取り消し。

文化庁(省じゃなかったんですね。訂正します)も

「盗作とみられてもやむを得ない」

…これで、今年の流行語大賞は決定!!!

「…と思われても仕方がない(やむを得ない)」でしょう。

うーむ。今後はどんな発言がTVや新聞に載るのやら。
朱色会が、先んじていっておくぞ。

・殺人と思われても仕方がない。
・粉飾決算と思われても仕方がない。
・偽装と思われても仕方がない。
・暴行障害と思われても仕方がない。
・窃盗と思われても仕方がない。
・横領と思われても仕方がない。
・強姦と思われても仕方がない。
・痴漢(盗撮)と思われても仕方がない。

・オマージュと思われても仕方がない。
あははははははは(高笑い

ここに至っても、当の本人は
いわく
「盗作とは思っていない。」

だそうです。ある意味、す・ご・い。開き直りだな~

(6.6追記です。(北海道美術ネット別館)ところで、5日朝刊の読売新聞1面には、
和田氏が盗作を事実上認めたというスクープが出ています。

(引用)読売新聞は4日までに、電話や面会で、
和田氏から今回の疑惑について話を聞いた。その中で、自らの創作方法について、
「構図を借り、私なりのものを加えているのが自分の手法。
海外で勉強した画家でないと、このような微妙なニュアンスは分からない」
と主張したものの、
構図を借りることについてスギ氏の了解が十分ではなかったことを認め、
「社会通念上、盗作と言われても仕方ない」
などと述べた。(引用終わり)

 社会面には、和田氏との一問一答なども掲載しています。
6.6追記終わり。)

…んで、笑いはここまで。

ーー

能代は田舎に近い。だから、あのような事件を起こす輩は
(失礼ながら)県外からきた変質者とおもっていた。
あの、子供のころ生きた故郷。あの世界で起きることでは
ない事件が起きてしまったことに、旋律と哀しみを覚える。

そして、またしてもそれは恐ろしい結末を迎えようとしている。
長女の死について関与していないことを願っている。

…保護者が送り迎えをしないと、安全を確保できない日本社会。
 私が年輪を重ねた国が、土壌から腐り始めている…。

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クリミナルメーカX

なんで急に10になるの?

…の問いにはこう答えよう。
Xはラストという意味だ。

しばらくこの講釈から離れる。

犯罪について深く思慮するときに、こまるのが
彼らの考えが私の良心(←朱色会がそう思っているだけだけど)
を汚染するのだ。

さながら、死にカタログを上梓した著者が
死神にココロを奪われそうになったのと同じことがおきる。

彼ら(犯罪者)の行動理念をよく考えたとき
なぜこんな大それたことをやるのか不思議だという
考え方から、私自身が彼らのおかれたとのまったく同じ
境遇に置かれたとき、その自己の行動を律することができるか
というと…まったく自信がない。

極論すると、もしかして「その役」をやるために
この世に落ちてくることを許された
人なのかしらと思うことさえある。

この世に、逆に「誉れ」を果たすために生まれてくる人
たちと、まったく同数の人間が、「(悪)行」を果たすため
この世に舞い降りる。

犯罪者を分析すると2タイプに分かれる。

1.ものすごく高学歴な人たち
2.他人との関係をうまく構築できない人たち

どちらにせよ、ココロの弱い人には変わりないんだけど
ココロの強さ弱さは偏差があるのは仕方がないことだ

高学歴な人間が曲がっていくことを認識したのは
オウム真理教だ。
エリート意識をうまくコントロールされてしまい
善悪の判断がつかなくなった人たちだ。

最近は過去の人となりつつあるホリエモンも
お金という神様にだまされて続けている。

これらのひとは、基本的に何かにマジメだったひとたちだ
先をみる目や耳が敏感である。
恥ずかしい話だけれど、朱色会の本棚にもホリエモンの本が
2冊ある。

才能はあるのだ。才能は。

しかし、どぅいうわけかその才能は、活かされず
人を傷つけることに使われてしまう

彼らが悪人をやると決めた日、いったいどんな
ココロの変異があったのか、想像を超えないけれどこんなこと
なのではないか

世の中、上が詰まっている。フツーにやっていたら、
フツーのヒトとそんなに変わらない人生を送ってしまう。
だけど、残念ながらフツーの頭じゃないからそれに耐えられない。
だから、フツーでない発想や行動の中で生きていこう。
それがグレーかブラックかなんて考えない。

ローリングストーンのように周りを見ずに転がり続けた
それも上り坂を、誰の意見も聞かずに。

ーー
他人との関係性は、社会の中で人間が生きていくうえで
必要なことは自明なのに、それほど特にニホンにおいては
重要視されていない。

読者に次の質問をしよう。

隣人のフルネームと家族構成と、その人のマイブームを
答えられますか?

…おっと、質問が高度でしたか。隣人ではなく、家人にしましょう。

…これなら、大丈夫でしょうか?

ほんの数十年前、長屋が軒を連ねていた
ときにおいてはこんなことは皆が把握していたのである。

いつからか、自分以外に関心や想いをはせることがいけない世の中に
なった。そして、ほんとぅにそのことができなくなる人間に代わるのに
一世代かからなかった…

隣人を殺害する。家人を殺害する。
親を殺害する。子供を殺害する。

…殺害することによってそのヒトとの関係性はなくなる。
しかし、それ以上のものを失うことを、それをやる前に
ちょっとも想像・思考しなくなった。

先ほどの質問。実は、朱色会もNGなのだ

隣に住んでいるのが何人なのか
姓名は、何を目指しているのかも。

このアパートは「宇宙船」なのかと思うこともある。

「大丈夫?」

…その一言で、自分を含む人間を傷つけることを思いとどまる
 ことはある。思い当たるヒトは事件を防げる人たちだ。

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ココシリ

へんな題名だなぁ。「ココシリ」かぁ…。
ココリコなら意味も含めてしっているんだけど。うーむ。

映画のポスターを目をやるとなにやら男くさい連中が銃をもっている。
うたいもんくには感動という文字も。

よし、最近カンドーしてないのでこれにしよう。

完全に予断を断ち切り映画をみることは
無理なことだ。なにしろ題名と風説だけで映画ファンは
映画を観る前に自分で映画のストーリーを予測する。

多分、こうでこうでこんな映画なのではないか

例えば、まだ観ていないが観る予定の、大好きなあおいちゃんがでる
「初恋」という題名+予告編だけで、
多分このようなストーリーで、いいたいことはこんなところだろうな
と映画を観る前に予想構築してしまうのだ。

んで、映画を実際に観てすり合わせを行い、観客の想像を
贈り手である製作者が上回れば好印象となり、下回ればダメとなる。

しかし、この映画はまったくの素の状態で臨めたので、
答え合わせてきな鑑賞ではなくて、素直に観ることができたのが
幸いした。鑑賞中にいろいろ細かいことを捉えることができたのである。

この映画はなにかというと

・チベットカモシカの密猟者による乱獲
・と、それを守る有志による武装警備隊
が、「外側」の話

朱色会は、自分では世の中のこと、
かなり捉えていると自負(バスジフではありません)
していたんだけど。まだまだ、しらないこといっぱいあったね。
慢心でしかなかった。

中国内地の壮大な自然は、スクリーンでしか味わえない
ので、もし観るのであれば、映画館で満喫してほしいです。

圧倒的な中国の内地の自然のものすごさ。
描写力というよりもよくもこのような奥地までカメラを運んだな
という執念の方に驚いた

出演者も(失礼ながら)まったく知らない方ばかりだ。
しかし、それが、この映画の写実性を高めていて良いと思った。

朱色会が捉えたテーマ「内側」を述べる。

貧乏対貧乏
・カモシカを密猟するのも生活のため
そして
・カモシカの乱獲をやめさせるのも生活のため
両者は生活のためそれをやる。
ハリウッド映画だと、すぐその上の彼らを操作する存在の話に
いってしまうんだけれど、この映画はそのへんをばっさり捨てていて潔さがいい。
生活という名の(命)の取り合いは、哀しみを伴う。

密漁の棟梁の、「人間よりカモシカが大切か?」
というコトバ、きちんと反駁できる読者はいるだろうか?

自然と人間
・毛皮は、お金持ちの国に最終的には「納入」されるんだろね。
しかし、それを直接収穫したり取り締まり、自然に身をおくひとは
キケンとの隣あわせだ。

流砂でいなくなったり、銃で狙撃されたりしながら、
いくばくかの生活のための「金」を手に入れる。

また、この映画はなぜ、放牧民が密猟者に身を落としたのか
の説明がある。砂漠化が進み、羊たちがいなくなったとのこと。

さて、それについてもう少し掘り下げよう。
なぜ、砂漠化が進むのか?

砂漠化の下手人(国)はどこ?

すくなくても、地球的熱量換算でいうとチベットでないことは
確かなことだね。じゃ、どこなんだろね。

翻って、警備隊のメンバーの過去にも言及がある。
彼らも、普通の市民から食い詰めてきた寄せ集めだったのだ。
彼らに【街の仕事】があれば、どんなに崇高な仕事であっても、
彼らは、この仕事に出遭うことはなかっただろうな。

この話の語り部は、映画の主人公(?)である若いジャーナリストだ。

かれは隊長から、
「マスコミがカモシカを守ってくれるのか?」
という問いをもらったが(そのときは)応えることができなかった。

最終的にカモシカの絶滅をすくったもの
それは
・彼の書いた記事
ではあるけれど、
・現実に存在した警備隊の行動とその隊員の死
が政府の判断を動かしたのだろう。

だから、やっぱりカモシカをすくったのはマスコミではなく、
彼らの存在と信念と行動と死だと理解している。

隊長は、若いジャーナリストの申し出にしばし考え、
そして、「よし、こい」といった。あの刹那に、
隊長が考えていたもの。おそらくはこの映画のストーリーの結末と
同じことを考えていたのではないか?

そうでないと、もうそろそろキツイから帰りなさい
というはずである。

エンドロールでは、この映画が史実であることを告げられる。

…ということは、あの密猟者たちは、現実のなかで、
 どのような運命をたどったのであろうか?

冒頭にでてくる撃たれて死んでいる若者の写真

…あれは、「どっちの」若者なのだろうか?

あと、街の女と娘。細かいところまでよく行き届いた表現が映画通を泣かせる。

とっても真面目で、とってもいろいろなものを織り込んでいる映画
朱色会にとって、「ココシリ」はそういう映画です。

評価:(朱色会的に、という注釈をつけて)80点。
マジメルな映画が好きな方向きである。

ーー

あ~ぁ。彼らの警備隊のようにストイックな信念はもてないかもしれないけれど、
「会社」のためじゃなくて、社会や自分の信念のための「仕事」したいな~。
あと、信念を「共有」できる仲間もほしいな~。
ほしいな~(2回目。)

エンドロールが流れ始めてから、浮世の自分と映画のなかの人物の生き方を
比べて、まるっきり違うではないかということに少しだけ涙し、映画館を後にした。

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頻発する『パフォーマンス犯罪』

盗作家のおっちゃんの笑顔が、頭からへばりついて離れない。

好きになってしまったのだろうか、いや、…ちがうな。

あのなんともいえない『ご満悦』の笑み…
マスコミに「もみくちゃ」にされ、
マイクやカメラやフラッシュに取り囲まれながらも、
その笑みは消えるどころかさらに輝きを増していたように感じた。

「最初っから、この状況を狙っていたのかな」
そして、その通りになり、目的は達成された・・・・。
だから、「わが意」を得たり といった笑みに溢れる。

…とふとおもった。
読者の方が男ならば朱色会の想いを理解してくれると思うが

男として生まれたからには、自分の名を広く、そして長く
人のココロに刻みつけたいと思うものだ。
まったくおんなからしたらばかなかんがえだと
お感じになるだろうが、殆どのおとこはこのようなヘンな
想い、というか願いをもつこととなる。

「死ぬ前に、『自分』という大きな華を咲かせたい」

ーー功名心っていうんだっけ。

そしていままでは、功名が辻、じゃない功名によりそれを
成し遂げたいと思う者が多かったのだが
地道に仕事や生活していても、なかなかそれにはありつけない
世の中になった。

「功名はあきらめた。だけど、『有名』にはなりたい」
『だけど、刑務所はイヤダ』

…それで思いついたんじゃないか

どうすればマスコミに注目されるか
どうすればNHKのニュースのトップに顔を晒せるか
どうすれば取材をお断りする位に記者が自分の所に殺到するか

たぶん、書家とか画家とか陶芸とかって
その道の人の範疇では、大切にされるけれど
どんなにその狭い世界において高名でも
『一般』の人には名が知れない。それは文化省から「誉れ」をもらってもだ。

しかし、今回の件はちがう。
もう、いままで日本洋画なんて一枚もみたことのない
人のココロの中にまで、自分の名前と『笑顔』を進入させることができた

目的は達したのだ。

満足だ
満足だ…
ほんとぅに満足だ。by 和田(泣

話がちょっとそれるけれど
いま、起きているいろいろな犯罪や事故・事件は、
「何かを競っている」感じが否めない。

『やァやァ、われこそは最近一番残虐で酷くて惨い所業をした男です!』

まるでそれをパフォーマンス(自己主張)しているかのように
どんどんどんどんそのニュースを受け取る人々の印象が高まる
犯罪のレベルが高くなっていて、暗澹たるキモチになっている自分がいる。

私も、何人もその人の名前を覚えたし、その人の顔がわかる。
その者たちが考えついたこと。

「功名はあきらめた。だけど、『有名』にはなりたい」
『そして、刑務所もOK。死刑もOK。自分の一生がそれで終わってもOK。』

ーー
社会が功績ある人間を表彰するとき、それはお仕着せや
やらせがあってはならない。逆効果となる。
そして、本当の表彰とは、その人の周りの人間変化を伴うものでなくては
ならないだろう。その実質的な変化が、その人をさらに高度な世界に
導く引き金となることが、本来の表彰の実質的な中身なのである。

賞は、もらった。しかしその次の日は、賞をもらった前の日と
まったく同じ日だった。

本件の事案発生のおっさんの心情を考察した朱色会の結論はこれである。

私は、盗作をこそこそではなく、おおっぴらにやり、
それを賞する『専門家ども』は、まったくそのことに『永年』気がつか
へんかったんよ。私は画壇をおそらく去ることになるんやけど。
あんな画壇どぅでもええわ。それに、最期に、多くの人に
『自分』を覚えてもらえたわ。稀代の盗作洋画家。それで充分や。

ひさびさにこの言葉を使う。

…どうかな?

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忘れてはいけないものと忘れたいひとたち

時事ものを今日は2つ。ダメな組織にどぅしても口を噤めなかった。

1.さっそくトラブル。
今日からノリノリで始まった「駐車監視員制度」。

さっそくなんと端末機が故障し、パスワードが入らないだと。
愛嬌を通り越して、落涙した・・・。

ケーサツ+ミンカンさん。…テストしましょうね。

…どこの製造なんだろうね。
もしかして、無線だからさっそくハッキングの餌食ですか?
⇒やばいこといっちゃったかナ?

2.池田小事件の通報記録 廃棄

引用はじめ(時事通信ありがとう)
池田小事件の通報記録廃棄=非開示のまま、保存年限迎え-大阪府警

 大阪教育大付属池田小で2001年6月、児童8人が殺害され、
 15人が重軽傷を負った事件で、事件発生直後に同小から府警本部に入った
 110番の通報記録が、昨年1月に廃棄処分されていたことが1日、分かった。
 通報内容は児童の遺族側が公開を求めていたが、
 府警は「公開すると通報をためらう人が出る」と公開していなかった。
 府警通信指令室によると、廃棄処分されたのは、
 同小の女性教師が事件発生直後に通報した7分10秒間の110番通報の録音テープなど。
 遺族側代理人は、03年6月以降3回にわたり、
 通話状況を具体的に知るために通報記録を公開するよう文書で要請した。
 しかし、府警は「内容を公開すると、通報をためらう人が現れ、
 効果的な運用ができなくなる」として、開示しなかった。
 府警側も、事件の重大性や捜査状況などを考え、
 本来は1年間の保存期間を3年間に延長。
 内部で検討するために通報内容の文書化もしていたが、
 年限を迎え、公開請求も来なくなったため、テープ、文書ともに処分したという。

引用おわり(時事通信さん情報ありがとう)

…いうまでもないことだが、事実の記録は、後世にとって大変に重要だ。
そのとき、なにが起きたのか、そして事案についての
対応は的確・妥当だったのか。次の事案が発生したときの、いい意味でもそして
『悪い』意味でもテキストになりうる。その貴重な検証材料を、
警察の所有者である我々は、永久に失ってしまった。

…それにしてもよくこんな(理由考えつく)し、(口にできる)よ。

・非公開理由
これは、『通報をためらう人がでるから公開しなかった』のではなくて、
最初っから公開したくなかった。
あるいは、あらためて聞いてみて公開できなかったのだろう。
…という結論に全市民が到達するのに、敢えてまた
くだらないあけすけな嘘をつくケーサツさんに脱帽です…
公開すると不利益や非難を受ける人間の判断以外の何者でもないな。
対応の不手際の証拠を、あえて公開しない
ということですね。す・ば・ら・し・い オープンな組織だな、けいさつって

もういっかいいっていいですかね。 す・・ば・・・ら・・し・・・くxxxな
組織ですね。

・廃棄理由

本来は1年間の保存期間を3年間

…そもそも短くないか?ってことは3年以上前に発生した事件を
掘り起こすことは、ケーサツにはムリ?これは彼らが遵守する警察の
ナイキ(朱色会はあの『レ』マークが大好きだ。あっ、ちがうか…)
を改定しなれければならないな。

ケーサツさん。われわれがあなた方に委譲(←まかせるっていみだからね)
している権利のほか、制服・制帽・拳銃・パトカー・手帳・手錠など
仕事に必要で<貸与>しているものも
大切に要領よく的確に利用して欲しいんだけど
君たちが管理している「情報」もキミたちのものなんかじゃない。

…われわれのものなんだよね。

それをよく踏まえて、情報を管理してね。
人様から借りているものを、『自分が要らない』と判断しても
捨てる前にやることをあるでちょ。あまりね。こんなことをね。
言わせないでほちぃの?わかるでちょ?

はぁぁ………・・・(国民のためいき:第2弾)

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