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予期されていた別れでもそれは…

私の通っているジムのトレーナがまた他に移る。
元気な娘さんだった…

また…というのは定期的にトレーナが変わるのは永年同じジムに
いればわかることなので、あ、またかとう気持ちと
定期的に別れが訪れることについてのやるせなさと
半々だ。

転勤であり、そのスポーツジムを運営している会社の
人事方針であるため
ユーザ(顧客)の意見することではないのだが、
この定期的な転勤の「企業」としての意図することは
…ことばではだせないがわかることだ。
これついてはコメントしたくない
ドロドロとした文章を、今夜は書きたくない。

しかし、せっかく打ち解けてきたところで
入れ替えとなるの繰る返しは
やはり物悲しさを感じる。

ーー

…じつは朱色会はあんまりほめられるものではないが
親しいヒトたちとの「別れ」に免疫がある。

銀行員の家庭であったため、ちいさいときから
約3年くらいで学校が変わった。住むところも。
大人のヒトとのわかれと子供のヒトとの別れや出会いというのは
やはりココロに影響するものは異なる。

…朱色会の超絶的な社交性は、
この幼少のときより、培われたものだ。
そうしていかないと、「こどもムラ」では村八分にされるからだ

そのときの処世術というか、異なるコドモの社会に
飛び込んでいく術は、いまもおそらくはしらずしらずのうちに
現れているにちがいない。身とココロにしみ付いている。

ーー

別れに免疫ができること自体はハッピーなことではないよ
別れに鈍感になるし、ほんとぅはわぁわぁないてさっぱりした
ほうがいいに決まってる。

別れについて、出遭ったときより身構えるという
いやな性格がついてしまった。

ヒトとの出会いは奇跡のようなものだ。たとえば
…貴方はワタシのブログを読んでいる
初めまして。いや、わたしが一方的に
話しているだけですが、この思いが誰かには
届けばいいなとは思って書いています。

しかし、別れのほうは、奇跡はない。
必然が潜んでいる。これっきり。もう会うことがなくなる

ーー

あの娘にとっては、おそらくは初めての別れになるのだろうな
気丈にいつものように
いや、いつも以上に笑っていたが
従業員通路では異なる顔を見せていたのだと思う。

別れがヒトを強くする。そして次の出会いを
考えるようなっていくのだ。
トレーナーとしてそして一人の大人の女性として
これからも成長していって欲しい。

出会いがあるから別れがあるのではない。
別れがあるから、新たなる出会いがあるのだ。--朱色会--

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