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「CAとお呼びっ! 」 花津ハナヨ

スピリッツは、スペリオールに匹敵する良書になりつつあるが
そのなかでも最近キレにキレまくっているのが

花津ハナヨの「CAとお呼びっ!」だろう。

エピソード『xx』は2週間を経ても朱色会のココロにのこっている
コマがある。

そのエピソードでは、主人公が、先輩として
中途入社のキャリアウーマン志望を飲み会にエスコートし、
会話にて逆襲(切り替えしを受ける)されるというものであった。

思い出してみると
『到達点』
『そのサキがない。』

などの語彙が心に残っている。
読んでない人は読んでほしいが、
かいつまんでいうと

・CAという職をゲットできた娘たちの努力・才能はすばらしいものだ。
・しかし、実はCAになるのは目的ではない。いろいろな『次への』手段だ
・殆どの今のCAは、CAになることが自体を目的(到達点)として
 しまっている
・わたし(中途)はちがう。到達点はさらに『その先』だ
・CAになった理由は、自分に投資してくれる人を見つける(売り込む)
 ためだ。それを足がかりにしてビジネスを起こしたいというのが
 目的で、CAはそのための手段だ。

…と思い出せる限り書いてみた。

朱色会がなぜこのコトバに引っかかってしまったのかというと
その中途が主人公に指摘したコトバは、
私の身の上にもココロアタリがあるからなのだ。

わたしはSW技術者になることが『夢』だった。
そして、入社とともにそれを叶えた。
しかし、SW技術者としてのツールを使って、
人生において「何」を成すのかは…決めていなかった。
つまり、中途に指摘される側の男だったのだ。
ぐぬぬぅ…その反省は、「今」もある。

到達点(目的)の設定は人生のテーマのなかでも
とても難しい課題のひとつといっていいだろう。
「夢」と「日常(現実)」をうまくバランスしないと
うまく転がっていかない。

絵空事だけでは日常のエネルギーとはならないし、
現実に囚われると、夢をみることさえしなくなる

ほんとぅに難しいテーマだと思う。
それを、思い出させてくれたエピソードとして、今もココロに
残って「消えない。」作品だ。
・・・いかん。書いたのでさらに残ることとなった。

ーー
さて、CAは、TVドラマも同時にやっているようだが、
どうにも原作のイメージに、主人公があっていないのと、
かりなちゃんの使われ方がうまくないなと思って殆どみていない。

主演のxxxは、女優として過渡期にあることが間違いないな

少女⇒娘⇒女⇒女性⇒熟女

どこまで演(や)るかわからんが、三つ目の矢印で、かなり足踏みしてる。
そういう使われ方はいずれ破綻する。人間は、変化していくものだ。

ありさ。そろそろ自分でも考えてくれ。
自分がどぅ変わっていかなかきゃならないのかということをね。

ーー
「…到達点か、確かに難しい。」

それにとくに今の世の中においては
夢をかたる物悲しさや青臭さが濃くなりつつある。

しかし、この世のリーマン・リーウーマンにだって誇りはある。
自分のなかで確かに到達するイメージは持っているべきだとは思う。

考えていなかったと自覚できるものは
考えることから始めるべきことだと、ことばを重ねてこの節を
綴じる。

Q。「貴方の『到達点』はなんですか?」

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