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本の音(ね)

これは、通常の現象と思っていたので、あえて口にだして
いわなかったことなのだが、友人にそのことをこともなげに
いったならば

「それはない。」といわれた。

うげ。しかし、ひとりの意見だけで断ずることではないから
読者にもイケンを伺うことにする。

図書館や、本屋にいく人はおおいとおもうが

書棚を回遊し、平積みの本たちに目をやる。
すぐに本をとらない。ゆっくりと館内を歩き回るのだ。
できれば目を閉じて。

そして数分がたつと…
蜆(しじみ)が砂を吐くときのような小さな音が聞こえる
その泡のような音に耳をすますと、
それは、音ではなく、「声」であることがわかってくる

その声は
「ワタシヲヨンデ。」
「ワタシヲヨンデ。」
「ワタシヲヨンデ。」

ぬ。私を読んでだとぉ。どれだ!だれだ!どこだぁ~。

朱色会は「片耳」なので、こえや音のなる方向がわからないはずが
その声だけはどこかからくるかわかるから不思議だ

「おまえか?」

おもむろに『その声の主』に手を伸ばす。

「ソウデス。アタシデスヨ。ヨンデクダサイヨ~」

しかたなく手に取り、がばっ(←いやらしぃ意味はありません。)
と両手で開いてみるのだ

それで、小一時間ほど読んでみると
大概あたりの本でレジにつれていくことになるのだ。

え…妄想だろ?そうかもしれない

しかし、よく考えてみても自分のカンカクを信じたい
貴方にその能力がないだけのことかもしれないしね。

それで、貴方もためしてほしい。

書棚の間を回遊し、目を閉じる。ほんとうに小さな音だ

喧騒があろうとなかろうとそれは関係ない。

そのうち静寂があなたの周りにおりてくる。

「おねーさん。オネーサン。コッチコッチ。」

え。アタシ?

すべての本が貴方に用があるわけではなく、
「今」の貴方に最適な本だけが貴方に話しかけてくる

…違う現象をとらえることもある。

声ではなくて、本の背ラベルが他のよりも光って見えるのだ

なんだろう。とおもって手を伸ばしてみよう。

本を書くヒトは、戯れに筆を動かしているのではない。

話したいことがあるのだ、伝えたいことがあるのだ
その信念が、筆から紙に文字として乗り移るのだ。

紙の上にのり移った文字(ことば)の霊は

廃本になるまで、自分の思いをつたえるべき読者をまっている
しかし…

どの世にもこらえ性のないモノはいるのである。

それで、つい、「力」をつかってしまったわけだな
しょうがないやつらだ。許してやってほしい。

ただし、貴方が手を伸ばした本のなかに書かれていることは
貴方にとってとても重要なことが書いているだろう

・・・と、ここまで読み進めてくれた貴方に

ひとつの告白をせねばならない。

私の書いた記事も、その輩のひとつだったのだ。ゆるしてやってくれ
私の文章を読んだあなた。あなたにもこの言葉が届いているはず。

「私を読んで。」

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