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2006年10月

グラビア・アイドルは「2度」化粧をする

・・・・この、お話は、「フィクション」です。

フォトレタッチ・マンをしている友人の家兼仕事場に遊びにいった。
基本的にSOHO完璧らしい。データをうけとり、データを「装飾」し
そして納品する。

「ずいぶんと手が動くんだね」

「・・・そうしないと納期に間に合わなんだ。すまないが冷蔵庫のもの
 勝手に飲んでおくれ。それと、私にも。」

彼は、画面から目を離さずにそういった。

彼の右手が止まることはなく、彼の両目がディスプレイから
離れることはなかった。

「いそがしいそうだから、また、出直すわ」

「いや・・・いつもこうだから、それに、もう少し。。。」

数分後、納品をすませた彼はやっと画面から目をはなした。

からだ大丈夫かね。

うん。まだもっとる。金もいいしな

そうなんだ。

ひとしきり近況を交換したあと、かれの「作品」の話になった。

これ、原画(もとえ)・・・んで、これが完成品。

エツ、まったく別人じゃないか!!!

そうだよ。

ほぇ~。

な、xxxx(朱色会の本名)。街を歩いていても、雑誌のグラビアみたいな
人に出会うことないだろ。

そりゃそうだ。

グラビアの顔は、俺たちが「つくっている」わけ。現実には存在しないよ。

そんなきがしてきた。

化粧学ってもんがあるんだ。
舞台をやる人、スポーツをやる人、スタジオでテレビカメラに写る人
すべてそれ用の化粧があるんだよ。一般社会でそのまま現れたら
爆笑もんの化粧なんだね。んで、俺のやっているのは「電子の化粧」。

うーんわかる。

で、グラビアだけど、いままではカメラマンの手腕とか
写る人の才能・努力によってなされてきたが、いまは、それより
われわれが手にかけているんだ。最終段で加工したほうが
やりやすいしな。素材の調整がいまはとても悪い。
つまり、素材そのものが自覚がたりなくってあまりいい状態じゃないわけ。
…ダイエットの宣伝記事なんか、まだかわいいほうだな。
まったくの別人をつくりだすことも可能だよ。
おどろいた?

おどろいた。。。

ま、グラビアの人間は、作られた人間であることさえ
わかってもらえばいいよ。表紙だけじゃない。肌色が多い雑誌なんかもそうだし、
写真集・カレンダーもわれわれを通さないで世にでることはないね。

うーん。。。そうか。すごいもんだなや。

すごいやろ。

グラビアアイドル。彼女たちは、カメラに写るときに、メイクに化粧を
施される。それが1回目。

そして2回目。写真ができてから、世にでるまで、2回目の化粧が
彼らによって施されるのだ。新しい発見を得た土曜だった。

「いっとくけど。。。顔だけじゃないよ。」

彼が化粧をしていた人の名前は、、、彼女の名誉のため、
ここには明らかにしておきません。あしからず。
くどいが・・フィクションです。たぶん。

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いじめ&自殺」列島に生まれた子供たちへ-Part.4

学校が温室を通り越して無菌室化しているような社会の動きがありますので、これについて

みなさんと考えてみましょう。皆さんとは、いま、学校にいっている子供の

皆さんです。

皆さんは、学校でいろいろなことを「学んで」いるんですが、

学校を【卒業】した朱色会から言わせれば

さんすうとか

こくごとか

かんじとか

けいさんとか

そんなものよりもとっても大切なものを「がっこう」で学んでいることを

伝えておきましょう。

それに比べれば、上にあげたものは、ケーキにたとえると上にのっている

イチゴ程度のものなのですよ。

たとえば、

放課後、遊びをするとき、どんな遊びをするか決める。

決めた遊びで仲良く過ごす。

けんかがあったとしても、こどもたちだけで、おさめる。

仲間はずれをしない。

あそびどうぐを貸し借りする。

遊びどうぐをもっていないともだちに遊び道具を貸す、または借りる。

そのときにありがとうという。かえすときにもありがとうという。

・・・そんなことのほうが、はるかに、はるかに学校をでてから、

役にたつのです。

「えッ!!そんな!!、受験があるよ!」

・・・受験というのは、「決まりきったことを思い出すだけの作業」でしかありません。

ガキ大将をどのようにやりすごすか、スネ夫とどう仲良くやっていくか

シズカちゃんとおはなしをするためにどういう作戦をたてるのか

そんなことのほうが、受験よりはるかに難しいことです。

決まりきった答えが

ないからなのです。

もし、あなたの周りに、ジャイアンや、スネ夫や、シズカちゃんがいないとしたら

あなたは大人になってから、それらの人といきなりお付き合いをしなければなりません。

大人になってからの対応は、子供のときにいろいろ体験しておかないと

ちゃんとつきあえないのです。

おどかすわけではありませんが・・・がっこうをでるとですね。ジャイアンや、スネ夫や、シズカちゃんが、うじゃうじゃあなたの前に現れます。それをとめることは、できません。それが「おとなの社会」なのです。

この話はながくなるので、今日はこのへんで。。おやすみなさい。

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ただ、君を愛してる

なぜか、本文が入らないのでリンクだけ。

http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-29

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父親たちの星条旗【Flags of Our Fathers】

「∞」。

・・・この作品は、2部構成作となっているため、必然的に
「∞+∞」になるか、ことによると「∞×∞」となるかもしれない

1930年生まれのこの監督は、私たちに鉛のように重厚な感動と問いかけを
投げかけてくる。観終わっての感想として、まずは、このことばをいいたい。

「Go, movie theater.Now ! 」

鑑賞記:「セピア色になりかけのフィルムが、『今の』私たちに語りかけることは・・・」

硫黄島の戦いについては、以下の2つが詳しい。よろしければ・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Iwo_Jima
「ショーグン(司令官)」のような貫禄のクリント・イーストウッド監督。

主演のライアン・フィリップ。クラッシュの坊やがこんなに成長した。
映画俳優は、映画のなかでその時代のにんげんを演じ、そして成長していく

摺鉢山は、すべて(彼らの一部始終)をみていた。
・・・あれから、なんと61年余が経った。
摺鉢山は、静けさの中にいる。あるのは、波の音と、風の声だけだ。
あれから、大分経つのであるが
…「わたしたち」自身は「変わった」のであろうか?

http://www.iwojima.jp/data/handbill.html
http://www5f.biglobe.ne.jp/~iwojima/
http://www.iwojima.jp/

他のブロガさんたちの意見(↓)
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%C9%E3%BF%C6%A4%BF%A4%C1%A4%CE%C0%B1%BE%F2%B4%FA&ei=

今まで、色々な戦争映画が作られ、様々な戦闘シーンが生まれて
きた。この映画は、それらを「結集」した秀逸なものとなっている
「戦闘シーンが好きな」観客も短時間ながら
入場料のもとが取れる出来栄えとなっている。

…にしてもだ。やはり舌を巻いたシーンは
「例のシーン」だね。
・・・照明弾とカメラのフラッシュを合わせるなんて
誰が思いついたんだろう。劇場の席で、ほぇ~と
唸ってしまいましたよ。

戦争には欠くことができない【存在】がある。
それはお金とか高機能な兵器ではなく、
血を流し、叫び、
そして生きて笑顔で帰ることを許されない「兵士」だ。
戦争を始め、遂行し、継続し、終結させるモノたちは、
それについては用意周到だし、綿密に、かつ細心の注意を
払ってそれ(兵士)を扱う。

そして、大概のばあい、その役目をおおせつかるのは
貧乏人のせがれだ。

戦争学を紐解くと、損耗率というものがある。
派兵した人的数(いのちの数)と、帰還する数の割合だ。
100人して、帰還0(全滅)したら100%
…んで、損耗率がいちばん高いのは、最前線の緒戦だ。
だから、緒戦に選抜されて名誉などと思ってはいけない。

おれ、安い命なのね。

・・という判断でOK。カーネル(大佐)やジェネラル(司令)が
上陸するのは、ひとわたり戦闘が一段落してからだからな。
大学上がりの参謀達は、海辺の水を自分のブーツに
浸み込ませたことはない。

戦争の「現場」に英雄はいない。
在るのはわけもわからず罵る上官と、
逃げ惑う兵卒なのか。

私たちが、無垢にも引き金を引けるのは、
『相手』の笑顔をみた経験がないからに他ならない
ーー朱色会ーー

・・日本は、「あの時」アメリカとやりあうため、
「皇国」になるほかはなかった。
両国の戦争のエンジンとなったのは
アメリカは、「興行」力と金
・・・金は、実はつきかけていたんだね。それで『戦争債』
そして日本は、島国ならではの「自尊心」(プライド)か。

戦争を始める力の源は、息子たちを送り出す
「親」の浅はかさ、幼さにある。
ーー朱色会ーー

人類がこれまで得た「戦争映画」の集大成といえる作品だ。
是非、大きなスクリーンで、ご覧になってください。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-28

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ラスト・ゲーム-Part2

昨日は、「ラスト・ゲーム」に酔いしれた。

あとからあとから泪がでる。
身上いや心情いや信条いや・・・・
新庄ではない。
TVで試合を観戦しながら、朱色会もずっと男泣き状態だった。

そういう読者は多いと思う。

…北海道の「現実」は実のところ厳しい。

そんな中、ココロの中に熱いものを流し込んでくれた新庄。
「この球場をいっぱいにしたい」
・・・それは、果たされた。

にんげんの可能性
絆。
挫折。失望。その中からの復活。

ブロガの諸兄も、思い思いの気持ちを、ブログにたたきつけている。
それをひとつひとつ読むうち、昨日の感情がよみがえる。

・・・にしても、朱色会はこの感動に拘りたいのだ。
なぜ我々は、「あの姿に」泣いてしまったのだろうか?

ラスト・ゲームは、プロ野球選手の専売特許ではない

お医者さんをいまやっている人。
貴方にも
「ラスト・ペイシェント(患者)」。

もの書きを生業としているひと。
いつに日か「ラスト・ブック」を書くときがくる。

今、新聞配達をしている人。
貴方にも
「最後の配達」をする朝がくる。

…朱色会がやっているヘルプデスクならば
「最後の依頼」が訪れるわけだ。

はじまりがあれば、もちろんおわりはある。

おわりをどう気持ち良く過ごせるかは
それまでの「経過」次第だ。

いつかやってくる「あるおわり」
それを意味のあるものにするために、
私たちは、自身がいま選択している「信ずる道」において

やれること
やりたいこと
やるべきこと

をしっかりやっておこうじゃないか。

「おわり」は「つぎのはじまり」に過ぎない
ーー朱色会ーー

本節の最後は、このブログを読んでくれた奇特な読者に
ひさびさに「ラスト・メッセージ」を贈る

貴方は、貴方に訪れる貴方なりの
「ラスト・xxxx」を

言えますか?

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A5%E9%A5%B9%A5%C8%A1%A6%A5%B2%A1%BC%A5%E0&ei=

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ラスト・ゲーム

嗚呼。。

「野球」というものは、なんと素晴らしいものなんだ!!!

ことばは、『真実』に負ける。
ーー朱色会ーー

おわり。

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A5%E9%A5%B9%A5%C8%A1%A6%A5%B2%A1%BC%A5%E0&ei=

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?topic=1&p=%BB%E0%B7%BA%20%BC%B9%B9%D4%20%CA%BF%B6%D1%207%C7%AF

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サラリーマン-ジャーナリスト

マスコミの対応をどのように考えるべきなのか・・・・

江川昭子さんのブログでもこの事案に対するマスコミの対応について

の違和感が綴られていたわけだが。

やはり、いっせいに報道封鎖がしかれたのだとしたら

この国の「権力」ってやつも姿は見えないがどっしりと横たわっているといえるだろう

放送業務は政府の許認可によってなされるから、どの放送局だろうと

じつは実質的な反政府行動報道はとれないということは自明だ

・・・・で、ジャーナリストは手を変え、品を変えて変化球で勝負だ。

しかし、変化球を受け止められない視聴者も増えた。。。

タイトルはサラリーマン・ジャーナリスト。。。

私自身もサラリーマンなわけであまり卑下につかいたくはないが

しっくりくるので使わせてもらう。

そうなのだ。実は報道をメシのたねにしているひとだって

同人誌ならばいざしらず、ほとんどのみなさんは実は

会社に入り、お給金をもらっているサラリーマンなのだ。

普通のサラリーマンと同じだ、サービスの内容が

人様の起こした事実だけのことなのだ。

上司がいて、部下がいてもちろん決済をうけた記事だけが

世に出てくる。つい我々は、彼ら自分自身が発したい事実が

報道されると勘違いしてしまう。しかし実は

須く視聴者に送られる情報は、「せんぺつ」を受けたものだったね。

それをわすれていた。

もう・・・真のジャーナリストなんていないか、いや、金輪際現れては

いなかったのかもな

藤田氏の総理官邸前のパフォーマンス(・・といっておこう)

あれはスルーされた。

スルーされるべきものだったのか

その日のトップニュースは、どの局もおしなべてそばやの火事だった。

うーーーーーーん。ごめんな報道にたずさわるひとびと

貴方達を特別視していた朱色会をゆるしておくれ。

あなた方もサラリーマンだったね。信念を通したら最後、カゾクが路頭にまようか・・

「昔」は、あなた方が権力への最後の防衛線と思っていた時期もあったけど

いまははるかに強大な力をもった存在が現れた。

ナニからも束縛されないもの。おめでとう。お役ゴメンです。

いままでありがとう。そして

おつかれさま。

http://www.egawashoko.com/c006/000197.html

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ダレにでも幸せになる「ケンリ」はある

裁判中のホリエモンの彼女がJJモデルなのは少し驚いた。もてるなぁ。

そのお金の出所は別として、選択される男の条件として

現実的なはなし、経済力というのはやはりあるだろうとやけくそ気味ながら

この記事を見ておもった。朱色会もえらそうなことをいっているが

小さい男なのだ・・・・

いや、案外と近くて付き合ってみるとホリエモンも素朴で素直な優しいところもある男なのかもしれない。…想像の域をでない。

もでる。。。。

やめ。

いや今日書きたかったのはそういうことじゃない。すっぱぬいたWeb記者の腕は評価したいけど、公判中の唯一の支えをこういった形で公にするのはいかがなものかと思った。ホリエモンのやったことは、悪いことだ。悪いことだからいま裁判をしている係争中なのだ。味方はほとんどいない、身内(肉親)と彼女くらいだろうな。部下や同僚に愛想をつかれひとりぽっち。。あるのはオカネとネームバリューか。大きな裁判や事件を起こした方は須くその後、本を起こしそこそこ売れている。面白い世の中だとは思う。

この記事によってモデルの仕事がなくなったとしたら、2つのことをいいたい

付き合っている相方の刑が確定するまえに、きちんとパフォーマンスを示している彼女が職を追われることがないように願う。

もうひとつは彼女のブログをみたら、もう、誹謗の意があるコメントやトラックバックがついていた。見苦しいと思う。いや、非常にキモチワルイ得体のしれない感情がわく。紳士的に静観できないのであろうか。もちろんその中には応援もあったが・・・・

どんなにんげんだろうと、幸せを追求する権利はある。

もちろんやったことへの清算はしなければならないが。。。

最近は石を投げるケンリを持たないものまでが、石を拾うからいやな世の中だ。
鬱積した感情をこのようなタイミングで発散しているのだろう。みるのもいやだ。

今日はジム帰りでつかれているのでこれで…

おやすみ。

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A5%DB%A5%EA%A5%A8%A5%E2%A5%F3+JJ%A5%E2%A5%C7%A5%EB&ei=

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いまの「ゴリ」たち。

朱色会が高校生のときの生活指導の教諭はほんとぅに怖かった。
進学高であったにも関わらず、風貌はもはや「やくざ」
あだ名は「ごり」。

「オイッ!ごりが来たぞ!!」
その名前を聞いただけで、生徒は背筋を伸ばしたものだ。
『鉄拳』による矯正は日常茶飯事。

今にしておもうと、あのキャラクターは必要だったのだ。
生意気120%。そして、『死』などまったく恐れない青春野郎(たち)を
仕切るためには、それなりの対処と覚悟がいる。

最近は、人並みの通勤時刻となり、駅から会社まで、
高校生群に紛れることがおおくなり、
彼らのはなしことばを通勤のなかで拝聴する。

くだらないことから、いがいと『おっ』とおもうものまで
いろいろ耳に流れ込んでくる。

そして、道すがらの校門に彼らだけ吸い込まれていくわけだが、
そこに、生活指導の先生が毎朝待ち構えている。

・・・『ごり』は健在した。

「こらっ、スカートの丈が短いぞ!」
「ずぼんをちゃんとたくし上げろこらぁ」

そこらじゅうに響き渡るこえ。
いちいち指摘をして声を上げている。
指摘されたほうはえへへと直している。
ま、毎朝同じことの繰り返しなのだろう。

しかし、今日の朝はちがった。

ごり、がかわっていた。
「みんな。おはよう!」
「やぁ、きょうも元気だね。」
相方の女性教諭ともども、思いっきりぎこちない作り笑いとさわやかなる声

・・・・・ショックだった

ごりはごりだ。必要なものなのだ。
ごりを取り戻せ!ごりは、ごりだけをしっかり極めてほしい。
ごり、よ。帰ってきてほしい。
ごり・・・

どうせ、いじめ問題についての誤った対応措置なのであろう。PTAなのか
教育委員会かどちらかのくだらぬ示達だな。

げんこつの意味に気づいたものだけが、しっかりまっすぐ歩いていけるようになるのだ。
私たちのごりは、生徒たちに慕われていた。。
・・・一本びしっと通った教育信条があったからだ。

げんこつを取り上げられた「ごり」。
…可愛そうだった。。
明日も似合わない猫なで声を発するのだろうか?

ごり、かむばっく。(いがいと今日はマジメルに終わります)

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ハイテンション:(途中退場↓)

鑑賞記:今年二回目の途中退場。今日はその理由をこってりと…
一回目はコチラ↓
http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_4c55.html

いやはや・・
フランスのホラー映画の歴史に詳しくないのでなんとも言えないが
歴史がもしかしたら浅いのではないか?
結論として、
おフランス人は、ホラーの神髄に近づいていないと断ずる。
・・・途中退場してしまいました。

朱色会が劇場を飛び出したのは、今回の『主人公』が
馴染みのガソリンスタンド店主をヌッコろしたあたりからだ。
観ていられなくなり、居たたまれなくなり
我慢に我慢を重ねてついに劇場を飛び出したのは
血しぶきに堪えられなかったからではない。

「あまりのつまらなさ」にである
・・・監督および配給会社担当責任をヌッコろしたくなった。
B級だからゆるされる
というレベルを超えたひどさだった。

平板で、
話が単純で、
キャラに魅力がなくて
つまりことろ・・・つまらない。時間のムダ(泣

京成ローザさん。
[実りの秋 ホラーの秋!]京成ローザ10 ”秋の新作ホラー祭り”開催
なんですけどぉ・・・
http://www.keiseikog.co.jp/cinema/top.htm
新作ちゅうのは「とれたて」のことでしてね。。
ちなみに、この映画の製作は2003年。3ねんか。。また飛脚で
運んできやがったな。
…やるなら秋の古典ホラー秀作3部作にしてほしかったな

これからみようと思っている読者の皆様。悪いことはいいません
つまんないです。観ないでください
くりかえします。観ないでください。もっといいやつやってます。
…ほかに良いのやってますから。

あれがダメとか、あそこが駄目だとかこまかいことを
いうのもイヤになる。一言で言って「ホラーを舐めてる」
「ホラーがわかっていない」
http://filmstudies.blog21.fc2.com/blog-entry-87.html
この言葉がおフランス人まで届くことはないだろうから
このままダメ駄目論文を展開しても読者のためにはならない。そこで
朱色会のホラー論を展開し(おけつまで観ていない作品)の鑑賞記の
【代わり】としたい。おけつとは終幕までの意。

1.人はなぜホラー映画を怖がるのか?
あとで

2.ホラーの魅力とはなにか?
これもあどで

3.ハイテンションで、朱色会はなぜローテンションになったか?
まづこいつ。全然魅力的じゃない。たんなる壊れたおじさん。

評価:しません。被害者は、ハイテンションを不幸にして
   観てしまった今日までのホラー&スプラッター映画ファンだけで
   ・・・たくさんです。

今日のジャパンホラーファンは、「血がぶしゅう」だけでは
なんの感嘆もいたしません!!
「味噌汁で体中を洗ってでなおしてこい!」
それから、配給会社!!もっとイイモノを持ってきて欲しい。

新作ホラー祭りのハイパイは聴牌(テンパイ)した。
あとは誰かが振り込んでくれればな(笑
(写真)

それでは、読者の皆様。ご唱和ください。
ほらあ。だから言ったじゃない!!(←今日は、これがいいたかっただけ。。
すぷらっしゅまうんてん!(意味不明。)

(つづく)

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地下鉄(メトロ)に乗って

鑑賞記:親子の愛を素直に描いている良品なるも、展開と決着は疑問が残る。

帝都1000万人の毎日の足となる、「メトロ」。
もはや都会人にとっては「日常」で欠かせない存在となっている。
日々の通学・通勤・買い物・デート・旅行など
都会人の日常に組み込まれている

いつもと変わらない「日常メトロ」の風景。しかし
メトロを利用する人は、ふと、誰もが思うことがある。

「あの暗闇の向こう側に、いつもとは異なる風景が
 現れはしないだろうか・・・」

浅田次郎。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E7%94%B0%E6%AC%A1%E9%83%8E

…こうして、この原作者の人となりを再確認してみると
あのシーンの意味はこういうことだったのかと合点がいくものを
いくつか見つけることができる。

さて、それではそろそろレビュー開始。
そうそう、この映画の配給は松竹・GAGAであるため、
事前にみて非常につらく、きもちわるくなる「Save Our Movies」の
上映はナッシングなので、とても清らかなキモチで
映画に臨めることを報告しておこう。
それでは、はじめます。
ーーー

人は誰もが、何らかの「荷」を引きずりながら
歩き続いている。
「ガラガラ・ガラガラ…」

そしておそらく誰もが、なんらかの傷をココロに
抱えているものだ。

父を疎みながらも、父と同じように生きている男
主人公:堤真一(長谷部真次)
「貴方は父親と同じよ。」

母と同じ生き方をしている自分を悩む女
ヒロイン:岡本綾(軽部みち子)
う”、う”ずぐじィぃぃぃぃぃぃぃ~(結婚したい。)

そして!!俳優としてのパフォーマンスを今回も如何なく発揮してくれた男!
大沢たかお 兄ィ
出生時の2等兵から、大企業の老社長までぴちっと演じてくれました。
一人5役くらいやっとるな。(ま、ゼンブ小沼佐吉なんだけど)

戦後のオンナたちは、こういう生き方しかできなかった
それを好演しているのが、常盤貴子 (お時)

さて、お話の方は、父親と相容れない主人公がメトロに乗っている最中に
タイムスリップさせられ、父親の一生をみて、父親を理解し、
そして父親を許す物語だ。いってしまえばこんなところ。

同様のらせんで、ヒロインもこのスリップに巻き込まれ
母親の半生を見ることとなる。

スリップに地下鉄をつかうという「演出」は、観客の心の
入れ替えにも一役かっていて、観客をおはなしにナビゲーションする
良薬となっている。すっと荒唐無稽な話に没頭できる。これはいい。

演者の力量は、バイプレーヤも含めてすべて及第点以上。
とくに、岡本カラーは出色であるし、実直俳優の堤も真骨頂。
貴子の使われ方もよかった。しかしなんといっても
たかおさん。やるねぇ。
やや記号化した役ではあるものの、10代から末期までの男の役を
きっちりと演じきっており、俳優として
アブラ乗り切っております。トロですなオオトロ。
「痩せてみたり、太ってみたり、大変だったでしょう」

話のなかで朱色会が、心にのこったこと

戦後の混乱のなかの男たちの姿だ。
めしをくっていくのがやっとの中でも
「プライド」を失わず、知恵と元気で生き抜いていく
ものたちは、本当にイキイキとしている
あの時代ほんとうに餓死をするものがこの国にいたのだが
彼らの生き抜いていく様になんというかへんなことだが
うらやましさ
を感じてしまった。
明るく、豪快で、粗暴で、そして下のものには優しい。

いまの「男たち」は、どぅなんだろうね。。。

くわえて、女たちだが、
あの当時は好きな男がいてもその人と結ばれるのは皆無。
その代表として小沼夫妻が描かれている。
好きな人がいても、その人以外と結婚し家庭を築いていく
いまはあのころよりは。。と想いたいが
あんまり変わんないような気もするし、その辺は
いまの女たちが答えをだすことなので、これ以上はコメントしない。

途中の展開としておやっとおもったのは
やはり血縁のからみだが、この映画のテーマに本当に必要だったのだろうか?
ちょっと韓流で、朱色会はいやだったな。

それと、みち子が下した決断は、どうにも理解不能。
生きていてこそ、他人に幸福をもたらすことができるのであって
これほどの「親不孝」があろうかと想う。

この結末の仕方は、ちょっとアレでしたな。
好きなひとの幸福のために、自分は犠牲になるっでが、
それだばわがんねな。(←すみませんつい方言が。。)
生きていく強さというものは、そんなキレイごとじゃない。
生きていき、そして好きな人をみつけて、その人との幸福を考える
これがまっとうなことだろう

評価:62点

とはいえ昭和のセットは念入りにつくられており、
CGに頼らない「もの」による再現は、表現としてはよかたす。

そして、演者たちの熱演も心に響きましたよ。

「幸せでした。貴方のような人を父親に持てて、幸せでした」

「幸せでした。貴方のような人を母親に持てて、幸せでした」

父親や母親がいるものは、いつもこのことばを胸に持っているものだ。
そして、恥ずかしいためか、それを口にだしては云えない。

父親や母親であるものは、いつもこのことばを待ち望んでいるものだ。
そして、恥ずかしいためか、そのことばをまっていることをおくびにも
ださない。

・・・そしてそのことは、逆もしかり。。。
いつかは、朱色会も。。

人は、親と子の「リレー」のなかで、
『命』だけを運び続けている存在ではない
ーー朱色会ーー

いのちと他のもの、それは表現としてとても【単純なことば】だが、
もしそれがなんなのかわからぬ方は、スクリーンでご確認ください。

「幸せでした。貴方のような俳優に、観客として出会えて、幸せでした」

ーーー
お知らせ。
金曜日放映のNHK【にんげんドキュメント】は朱色会を感動の坩堝に
叩き込み、執筆不能にした『良品』です。
ご覧になった方もそうでない方も是非ご覧ください。
世界中の方に観て頂きたいです!!
(この作品は、NHK以外作れず、かつ放映できないしょう。。。)

再放送あり。詳しくはコチラ↓
http://www.nhk.or.jp/ningen/

他のブロガーのレビューはこちら。是非ご覧ください。お勧め。
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A4%CB%A4%F3%A4%B2%A4%F3%A5%C9%A5%AD%A5%E5%A5%E1%A5%F3%A5%C8&ei=

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宴(うたげ)のあと

今日、かけるかどうか・・・・

きぃぷ

追伸:今日はダメ。「にんげんドキュメント」。カンドーで足腰立たない。
世界中の方に観て貰いたい!!!
(この作品は、NHK以外作れず、かつ放映できないしょう。。。)

再放送あり。詳しくはコチラ↓
http://www.nhk.or.jp/ningen/

他のブロガーのレビューはこちら。是非ご覧ください。お勧め。
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A4%CB%A4%F3%A4%B2%A4%F3%A5%C9%A5%AD%A5%E5%A5%E1%A5%F3%A5%C8&ei=

それから、中皮腫についてはコチラをご覧ください。
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%C3%E6%C8%E9%BC%F0&ei=

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ガクシャなひとたち

つづきますが、今日は、一息いれて
現場「外」のていたらくについてひとこと書いておきます。
つづけて、召集された人たちの資質の限界について指摘しておきます。
ですから、今日の受け手はこどもたちではないです。

まずは、次のリンクをクリックしてほしい。
(絨毯爆撃読みをする必要はありません。
 ねむくなったり、理解不能な文にぶち当たったならば
 ブラウザの戻るボタンで、本記事に戻ってきてください(笑
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%81%E3%80%80%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%AD%A6

いかがでしたしょうか?
これが、アカデミックな方たちの、「いじめ」の捉え方なんです。

たとえるならば、救急病院にて。
血が噴出している交通事故の急患が運ばれてきた。
今にも心停止に陥る状態のけが人。
そこにいるのは、メスを握ったこともない病理学者。
「うーん。この患者の症例を分析いたしますと・・・」
「センセ!なにを悠長なことをいっているんです!!死んでしまいます!」
「ぬ?いやわたくし、専門が・・・」
「ぐおおおお。しぬぅぅぅぅうぅ、がくりッ」
「うーん。。。この状況は、心停止と判断いたします。その査証は」
「どけぇ!(女の看護師)」
「うーん。。この場合の正しい処置はですね。。。ちょっと、論文を。。」
「ぴーーーーーーー」

ーーーー(泣
政府がいじめ問題に本腰をいれたという
どんな人をあつめたんだ。と確認したならば。
現場を体験したこともない学者たちや門外漢ばかり。

http://meim.exblog.jp/5906808

・・・おわった。すべて、おわった。(力石)

どんな結果(答申書)が提出されるやら。心配です。
また、棒にも端にもかからないへんてつないレポートがでそうで、怖い

朱色会のメンバー条件は以下のとおりです。
・いじめを長期間実体験した
・いじめをしたことがある
・いじめを受けたこどもの親
・いじめをしたこどもの親
これのどれかにかかるひとがきちんと議論してほしい。

そして、現状分析のレポートなんかもう要らない。
「・・・で、どうすればいいの?」
に対する「こたえ」を示してほしい。具体的に。

ちなみに、上でご覧になったものは、須くこの答えがなかったと
報告しておきましょう。

それはどうしてか、彼らは答えを見つける「責」がないからなんです。
いま、集められた人には、その責任があります。

「答え」見つけてください。そのために集まっていることを
再認識してください。答え。待ってます!!

布村幸彦審議官:「調査が実態に近いものになるよう、工夫したい」

・・・・だめだこりゃ。(いかりやさん。…嗚呼。
http://blogs.yahoo.co.jp/kingsmanband/42638501.html
http://blogs.yahoo.co.jp/love2taku5/22099946.html
http://blogs.yahoo.co.jp/tanchina7208/42945955.html
http://blogs.yahoo.co.jp/tsujimoto112233/42945835.html
http://blogs.yahoo.co.jp/anego_jin_anego/21886818.html

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「いじめ&自殺」列島に生まれた子供たちへ-Part.3

前回の記事のつづきです

2.むかし、わたしはいじめをどのように克服したのか(事実報告)

おとなたちに頼れないとおもった私は、自分の力で問題を克服しました。

転校当初のこどもの立場というものは弱いものです。
味方がまったくいませんし、誰がワルかもわからない。
それで、明るく・社交的なこどもを演じることとなります。

転校生は常に注目のまとです。つねに周りに誰かがいたような気がします。
たいへん気を張っていました。
帰宅部でしたが、帰宅するとぐったりして、それから、夕食まで
ようやく自分を取り戻すといった毎日だったと記憶しています。

◆私の受けた「いじめ」

・・・は、休み時間中ずっと
誰かの「車」になることでした。「車」とは誰かをおぶって
いわれるまま、そのしょっている人の通りに運ぶというものでした。

「トイレ」にいけといったならばトイレまでおぶります。
「中庭」にいけといったならば中庭までおぶります

私はといえば、転校先に受け入れてもらうために必死でした。
『孤立』だけは避けたかったので、「彼らのいいなり」でした。。

・・・・傍目からみたら、仲良く遊んでいるように見えるでしょう。
もしかしたら、車を命じたこどもも、遊んでやっているという
感覚しかなかったのかもしれません。

私にとっては、休み時間は「地獄」そのものでした・・・・
はやくこの10分が過ぎないものかとそれだけを思っていました。

◆きっかけ

転校初日でしたか

沢山の同級生男子がわたしのまわりに集まり、腕相撲しようとなりました。
腕相撲で勝つことはとくにわたしにとってこだわりはありませんでしたので
その場にいた全員とやってわざと負けたのです。

そのあと、学級でいちばん背の小さく、力の弱いもの(不良グループに属して
いましたが)その子が最初に私に「車」を命じたのです。。。

今考えると、その子はとても自分の腕力や体にコンプレックスをもって
いたのだと思います。私が負けたことで、じぶんよりも弱いものが
学級に生まれたと思ったのでしょう。そしてそのことを、
学級全体に知らしめたいとかんがえたのだと思います。

◆経過

そのうち、複数の子から「車」を命じられるようになりました。
そのころから、女子から「やめなよ。かわいそうだろ」とか
他の男子から、「かわるがわるこうたいでやったら」などと擁護の発言
がでるようになりましたが、それがまた、よくなかった。
やめろといわれると、さらにやりたくなるのがこどもです。

だんだんとエスカレートしていきました。。

おぶったまま走ることを強要されたり、階段を上り下りさせられるようになった
のです。

・・・・それが2週間ほど続きました。

私にとっては永遠の地獄におもえましたが。。。。

◇あっけない幕切れ

このままではいけない、彼らは仲良しで遊んでいるわけではないと
思ったわたしは、意を決したのです。そして、その休み時間が始まりました。

子:よう、トイレにつれていけ

私:つれていかない。

子:エッ、オブってけよう。

私:もう、君をおぶらない。ごめんだ。やらない。

子:…

すぐに喧嘩になるかなと、ちらっと思いましたけど
その子はすぐに引き下がり、それ以来普通の児童と同じ
関係となったのです。つまり、その瞬間に「いじめ」はなくなりました。

◇まとめ

これは私の人生のなかでも、鮮烈に覚えている記憶のひとつです。

『NO。』とはっきりと毅然といっただけで、
私へのいじめは霧が晴れるように終わったのでした。

それからは、まぁ普通の学校生活を送ることができるようになりました。

いやなことは、はっきりといやであることを、いじめをしている人に
まっすぐにいう。続けようとしても毅然とそれに従わない。

わたしの体のなかというか変化があったことは確かなことです。

ノーをいえないジブンから、ノーといえる自分へ変化したのです。。。

変化を果たした人間に対して、いじめをする人は
ちょっかいをださなくなります。

これが、私の経験した唯一の「いじめられ」体験です。

「いじめ」体験は、もうしばらくしてからお話しましょう。

いま、「いじめ」で苦しんでいる君。朱色会のまねをしてください。

私のような奇跡的な変化があるとは限りませんが、
なんらかの変化はあるはずです。

あなたのまわりに・・・・そして、

あなたのからだの中に! です。

現在のいじめの実態がわかる掲示板
http://www.sikasenbey.or.jp/ijime/ijimekeisai.htm
Yahooいじめニュースリンク
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/bullying/
いじめネットワーク(定量的な資料が充実しています。)
http://members.jcom.home.ne.jp/i-network/
いじめ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%81

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「いじめ&自殺」列島に生まれた子供たちへ-Part.2

両親は、現在も朱色会が少年時代に「いじめ」を受けていたことを知りません。
どういうわけか、頑なに秘密にしていました。

今となってはそれが正しい選択だったと思うことがあります。

それで、私の当時の記憶というか当時の心情をまずは反芻することにします。

1.なぜ、わたしはいじめを受けていたことを親に報告しなかったのか

小学生をやっていたものならば、すぐに理解できることですが
学校には、2つの世界があり、その見えないしきりは完全に大人たちからは
遮蔽されていたと記憶しております。
すなわち
教師・オヤたち:大人の世界だけをもつ
児童たち:大人の世界ともうひとつこどもたちだけの世界

こどもたちの世界のことを、大人の世界にもちこもうというこどもは
こどもの世界から、こどもたちにより「追放」されるのです。

こどもたちのことは、こどもたちだけでなんとかしなければなりません。
それが、こどもしゃかいの掟・戒律だったと、記憶しております。

これは、多分いまも存在する概念だと思います。

こどもは、こども世界で起こることをおとなたちには披露しません。

学校は1つになっているなんていうことばは
こども世界を認知できない連中が作為的につくった概念です。

あの場所には2つの社会が明確に、(そして明確なことは大人たちに知れず
依然として存在しているのです。

さて、そんなわけで、わたしもこどもの領分でおきたできごとは
大人の手を借りるわけにはいかず。もんもんといじめを我慢していました。

いじめが露呈したとき、なぜ、いじめを認知できなかったのか
という問いが後になってよく出てきますが、これはカンタンなことです。

いじめはコドモ界だけ起きているため、大人の領域では
事前に察知、または予兆を検知することは、ムリなことでした。

あれから、数十年がたちましたが、多分この状況は
変化がないことでしょう。

教師の方たちは、自分が児童だったことがあるはず、であるならば
コドモの戒律は知っているはずだとおもうのですが・・・・忘れてしまいましたか?

コドモの世界で起きたことは、コドモの世界でケリをつけることです。

・・・・という観念が、いまあるのかどうか
それは、わかりません。しかし、似たような概念はおそらく残っているのでは
ないでしょうか?

それともうひとつ、おとなたちには見えない「状況」を報告したとします。

オヤに報告したとして、それがなんなんのでしょうか?
現実問題としては、学校は隔離施設であるため、オヤが出向いてなんらかの
実力行使をすることはできません。
学校のエリアに自由に行き来できるのは教師と児童のみ。アウトサイダーが
できるのは、せいぜいかなきり声を発するくらいでしょう。

センセエに報告したとして、それが好転の起点になるとは限りません。
そのセンセエの指導力により、結果はピンからきりまで。
正当な対応として考えられのは
「こらッ。お前ら、xxxxをいじめるのはヤめろ」
「はぁ~~~い。。。わかりましたぁ」
となってやめるやつはいません。やめるくらいならば、最初からやらないのです。

本ブログでは、最終的には他力本願にセンセイの不出来を攻めたり、
学校組織の限界を論じることはしません。私はいま、語りかけている人は
がっこうにいる。こどもの皆さんです。

それを踏まえて、話をつづけていくこととしましょう。今日はこのへんで。

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「いじめ&自殺」列島に生まれた子供たちへ

朱色会別ブログ:本日の「カチン」↓

http://shusekikai.exblog.jp/d2006-10-16

検索記事群:↓

http://news.goo.ne.jp/search/article/?MT=%A4%A4%A4%B8%A4%E1&IE=EUC-JP&OE=EUC-JP&day=30

今を去ることやく30年前、私が児童だったとき、今となっては昔になりますが

私自身もいじめをうけ、そしていじめをやったことがある人間です。

私は、父の仕事の関係で、転校を繰り返していました。

転校するたびに、「よそ者がうける水」を浴びました。

そして、いじめられるのがいやで、その矛先を他のものに向けさせたこともあります。

・・・・いじめをどう定義するかにもよりますが

「いやな(嫌悪感)を覚えることは」すべていじめです。

じぶんがいやだな、とおもうことは、他人にもしてはいけません。

私が「こころの傷」としていまも抱えていることは、じつは「いじめられたこと」ではありません。自分より弱いものを「いじめたこと」です。この傷は、わたしが死ぬまで、消えることはないのです。

(つづく)

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A4%A4%A4%B8%A4%E1&ei=

ううぅぅ・・・・
http://blogs.yahoo.co.jp/totoron_47/42548005.html
http://blogs.yahoo.co.jp/ayaaya15678/41085351.html
http://plinst.blog56.fc2.com/blog-entry-83.html

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アダム-神の使い 悪魔の子- 【GODSEND】

執筆中。。。あのぅ、読者のみなさん。あとでちゃんと上げますが、
待ってなくていいです。ひさしぶりに、、、『地雷』、ふんじゃった・・・ちゅどーん。

詳しくは、こちら↓

http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-15

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ブラック・ダリア 【THE BLACK DAHLIA】

「ブライアン・デ・パルマ。」一度聞いたら忘れることがないこの名前の監督は…
常に「問題作」を我々に供してくれる。
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail/typs/id950/tm/

その作風はひとことでは、朱色会も言い尽くせない
スタイリッシュ
斬新にて難解
音楽やカメラワークに拘る

そして、公でのハリウッドでの成功者にもかかわらず、私生活においては女性遍歴もすこぶるすごい。ちょい悪とはいい難い。本悪オヤジといっていい「巨匠」だろう。(←いちおう褒めてます
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%9E
http://cinema-magazine.com/contents/film.htm

・・・・さて、いつもご愛顧いただいている映画ブログだが、今回の読者は、女性に限らせて
いただく。そのわけは、つぎのゲートを潜る女性だけが理解できればいいことなのだ。
それから、この映画を既に観ていることが条件だ。
この映画をみてから進んでください。見る前に見ると、ダイナシになること請け合いますよ。

尚、この映画の配給は、東宝東和東和東和系(笑なので、
いつも上映前にやる観る人の気持ちをズダボロにしてくれる『Save Our Movies』の
事前上映は、ありません。よって安心してご覧いただけます。

それでは、はじめます。
ゲート。オープン。。。

=====================[    ]========================
貴方は、女性ですね。いちおう。念のため、検めさせて頂きます。
その証拠を見せてください・・・・良し。
…では続けます。あ、そのままで結構です(笑

さて、この映画ブログを訪れた女性達の望みは何かというと

この映画、どう解釈すればいいの?

ってところだ。確かにもずく酢のように
人間関係とかいろいろなストーリーが絡まっていて
くんずほぐれつ状態になっている

ところで、映画監督というものは2タイプあるというのは
以前どこかで話したと思うけど

・分かりやすく噛み砕いて順序立てて説明してくる優しい監督

・分かるやつだけわかればよし!っているとても映画リテラシー
 を求めてくる監督

とあることは書いたけど、間違いなくブライアンは後者。

もずく酢は、その想いを隠すための蓑と考えてよい(きっぱり
もちろんその中には、2つに真ん中から切断されたうら若い
(映画志望の)(美しい)死体も含まれる。

タバコもそうだね。
ほんと、この映画タバコすっぱすっぱスっているか
ヤっちゃってるかどちらかだけって感じだけど。。。
これも彼ならでは目くらましというやつだな。
(あと、タバコについては混沌と表現者として苦悩も表している)

・・で、じゃどこを探せば、宝箱に到達できるかというと
こういう場合は10中8,9はセリフに託される。
朱色会がこれだと捕らえた繰り返されたセルフは、

「Choose Me.(あたしを選んで。)」

・・・彼は、1940.9.11生まれ。そしてショービジネスに
ほとんどを自分の人生を費やしている。
この映画は、女性の本質とは何かを、彼の人生経験から
導かれた結論を、あの事件を題材にして表したものだと捉えた。
このくらいの年になるとなにを描こうとも怖いと思わなくなる。

そして口はばかることもなくなってくる。
映画監督の集大成も近いこと
は自覚してくるから、総括として、「女性とは何か」
をこの映画で表そうとしたのではないか?

表現者たちは、ときどき女とはなにか?どういう考えに基づいて
判断行動するものかを表すときがある。

・xxxのxxxx
・xxxxのxxxxなんかもそうだ

この映画でも幾人かの女性が登場する。何人かは、普通の女性ではなく
トンデモな方たちではあるが、ひとりひとりの行動に注視していくと
それほどの破たんはない。

こんな考えにたつと
もずく酢が、そうめんくらいに見えてくるから不思議だ。

話の突端は、3カクものかと朱色会もおもいました。

腐ったりんごと父親に言われた娘は
何かを求めて放浪する
行き着く先は、・・・それほどの変わりはない。

お金持ちの娘達っていつも幸せそうじゃないな
まさかこれって真実なのだろうか

この人は完全にあて馬でしたね。
完全に観客をツリましたね。うまいな。

EVPおじさん。引っ張りだこです。
今回は司法解剖官。うまい。

こまやかな人物設定、関係表現もうならせます。

たとえば、朱色会の眉をひそめた東洋人の事件のくだりは
最初は人種差別かと憤りましたけど、あとで考えれば
あの当時で、儲けていた商人は、中国人だったのです。
こまやか。

また、バイプレーヤたちも要所要所できらきらと輝いている
単位時間あたりのきらめき量は、主役達にひけをとらない
すばらしい。

・・・・朱色会がなぜこのブログを女性限定にしているかというと
このことに気づいた女性たちが、
いっしょに来た男性にバレたくないだろうと考えるからだ。

映画が終わり、彼氏の態度がかわってしまった場合は
バレてしまったと考えた方がいいだろう。だから、
この映画の主題は、女性たちだけの秘密にしておこうね。
・・・朱色会も黙っています。

ココダケの秘密にしておこう。
しいぃぃぃぃぃ・・・それでは、お集まりの皆様、ご唱和のほどを。。。

人生において、女性は須く「女優」であり、
そして男性は、それを観る「観客」である。
ーー朱色会ーー

評価:95点

最近は、「優しい」映画が増えた。本編は、そのアンチテーゼと
とるにふさわしい、「厳しい」映画だ。そしてそのあんばいが
とても突き抜けているため、このブログで読まないで分かる
人は少ないだろう。ということで5ポイントマイナスさせてもらった。

最後に、
カメラテストで、女性は「まるはだか」にされたと
男性は思っている。
・・・ちがうね。
それは、男性ならではの『答』なのだ。。。

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忽然とあらわる【dangerous zone】

朝夕のサイクリングは、朱色会のココロを解きほぐしてくれる
欠かせない一日のイベントである。

走行コースは、サイクリング・ロードとなっており、
経路には、桜並木あり、公園ありと
その「走る風景」を眺めるだけでも、日々のストレスが緩和される。

春には、桃色の雨が降り注ぎ、
秋には、褐色の絨毯が生まれる。その道を快走すると、心がなごむ。

今日は、その帰途にあった昨日の出来事の報告と
思うことを書きます。

朝、爽快な気持ちにさせてくれるこの道は、じつは今の時期から春まで、
夕方からは、あることに気をつけねばならない。

以前、同行してくれた友人が指摘してくれたおかげで、
朱色会は、その事故に逢うことはないが、昨日の夜、それは起こってしまった。

救急車の赤色灯が、朱色会のバイク(自転車)を追い抜いていく

「ぬ?交通事故かな?」

救急車は、なんとサイクリング・ロードの際(一般道との交差)にて
とまっていた。私の自転車が、救急車に追いついたのだ。。。

(これから先は、ちょっと厳しい内容があります。)

おばちゃんが倒れていた。ぴくりともうごかない。

救急スタッフが、懸命に救助作業をしていた。

すぐに、なにが起きたのか、朱色会は理解した。

一般の道路と、サイクリングロードの交差点には、
自転車の飛び出しを防ぐため、太い鉄製U字型のゲートが埋め込まれている。

自転車の運転者は、それを認知し、ブレーキをかけて
自転車のスピードを弱め、それによって交通事故が防がれるということが
わかる。

おばちゃんは、それがわからなかったのである。
それで、もんどりうって、自転車から投げ出されたのである。。。
むごい自損事故だ。

・・・朱色会が指摘したいのは、なぜおばちゃんが、U字ゲートに
気がつかなかったのか、それは、すぐにわかった。

サイクリング・ロードは、ちょっと前まで、
夜、暗くなると、煌々と街灯が、道を照らしていたのだ。

いまは、財政難なのか。街灯は申しわけ程度にしかついていない。
道はくらい。くりかえす。道は、とても暗い。

県の職員は、電気代を浮かせるために、街灯を消した。

そのとき、やっておくべきことがあったのだ。
夜。その場所に明かりがないとき、自転車にのったとき
どういう脅威が発生するのか?…ということを・・・
おそらくは、想像もしなかったと思う。

以前から、
いくつかのU字ゲートは、そのためなのか、白いペンキで塗られている
(できれば蛍光ペイントまたは夜光ペイントにしてほしいが・・・)
しかし、事故が起こったU字ゲートは、さび付いており
ほとんど暗闇では、認識不能だ。ましてや、お年寄りはもっとわからない
だろう。

そのいくつかのU字ゲートは、過去何があったのかを
雄弁に語るように、大きく曲がっていたり、拉げていたりするのだ。

私が見た昨日の事故は、もちろんおばちゃんの不注意は問題だとはおもうが

街灯がきえたとき、何がその場所でおきるのか
・・・・・・・・・    ・・・・・・・・・
その変化を与えた人あるいはその指示を出した人ががきちんとした
対応がなされていれば、防げた事故であったと思う。

これを書いた日は10.13と記憶する。

全てのU字ゲートに、「対応」がされる日を、
待ち望みながら、この道をこれからも、走り、そして毎日、確認していこう。

永いときがたって、それでも改善がされず、『ひしゃげるU字柵』が増えるならば
『実力行使』をするほかはない。
おばちゃんが、回復することを願って、ひとまずは筆を置こう。

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2007年「以降」【現象】

ま、鬼が哂う話題として、巷では
「2007年問題」っていうやつがあるらしいのだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/2007%E5%B9%B4%E5%95%8F%E9%A1%8C

で、もうちょっと知りたいな。という方はコチラをクリックして頭から
絨毯爆撃読みしてください。
http://search.yahoo.co.jp/search?p=2007%E5%B9%B4%E5%95%8F%E9%A1%8C

いてて、昨日のボディパンプ59追い込みすぎていてぇ・・・
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A5%DC%A5%C7%A5%A3%A5%D1%A5%F3%A5%D7+59&ei=

それで、産業界のご重鎮たちもシンパイでシンパイで夜も眠れないらしい(すいません。ウソです(笑
問題の回避のため、「だれか答えを教えてください」なんて泣きつくサイトまで
現れるしまつ。・・・・、これはちょっと情けない。(ITnon-Pro↓)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20030408/1/

(今日の表現形態:きっこ節(文体)でいく

それで、まず。いいたいことは

「これってほんとに【問題】なの?」

確かにな。問題ってことばは、耳にかかる。

2000年問題なんかも、そうだった。未来の年号+問題って

きくだけで「おおぅ。なんだろう」って思うのだ。

いま、2006年だけど、2003年問題とか提起しても、だれも見向きもしない

未来+問題ってうたい文句的にはインパクト高いね。

んで。2007なんていわれると特に食指が伸びるな。

2107年問題だ!っているいわれると、ふうん。ってなるし

2207年問題だ!!!っていわれると、はぁ?ってなるな。

だけど

2006.10.13日問題っていわれると、「もう、マニアイマセン」になるし

やはり

2007年問題っているのは、あるいみ「丁度イイ。」(笑

与太話はこれくらいにして…と、さて

この世は、連続して、かつ無限に「問題」が存在し、
しばしば、『現象』が「問題」に言い換えられる --朱色会--

なんとなれば、この世は、問題だらけなわけで、べつにある問題だけ

とってつけたようにxxxx年問題って呼んでほしくないわけ。

まるで、その年の問題の象徴のようにつかうんだけど、ま、そんなわけない。

それに、あえて言うならこの「問題」は実は非常にローカルな(ニポン)だけの現象だ。

http://hp.vector.co.jp/authors/VA015862/laughY2K.html

やっぱりな。

とはいえ、声をからして叫ぶひとの気持ちもわかるので、今日はコレくらいで

堪忍してあげよう。

(結論:これは問題ではない。現象だ。
    そして、この現象を、問題にしておきたい「存在」が
    この【コトバ】を作った。それと、どこにでも
    「予言者志望者」はいる。その大半は、「余言」者にしかならない

(読者に伝えるべきこと
 問題をどう(対応)しようかに流れるな
 その時間がとれるならば
 (問題とやら)がなぜ発生したのか、それを捉えることが重要
 なぜなら、(問題)は発生原因をつかまないかぎりにおいて
 【再現】するからだ。

…んで、朱色会の結論だけど

・・・これからおきることを問題と称して騒ぎ、
ひとまかせ解決をはかろうとするのがこの国のひとたちのわるいところだ。

「騒いだ時点で負け。」

日本だけだよ。やれxxx問題とかいってさわいで
結局あまりなにも起きないのは・・・・

起きない理由は、さわいだからじゃないのだね

すでに先見性のある方が、『黙って動いている』からであり、

外国のおとなは、こうして書くのも恥ずかしいが

日常のなかで自然にやっていることなのさ。

「問題だ(だれか対応して」

「問題だ(オレはやらないけど」

・・・てさわぐコドモがことのほか多い「かの国」の現状が、もっとも

「問題」だ!!!

本件につき、他の方のイケンはコチラ(↓)
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=2007%C7%AF%CC%E4%C2%EA&ei=

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「ケンリ」を主張し始めた企業内開発者たち

その昔、・・といっても20世紀の話だが
研究者といえば、『清貧』というものを極める存在だった。

世の中のため、ジブンを省みず、自分が与えられた研究道をひたすら突き進む。
ミカエリは求めず、自分の探求する存在のみに没頭する。
それが、「研究者」だった。

そして21世紀、それは、変わったのだ。

知財情報局配信【日立の特許訴訟、発明対価1億6千万円支払い確定へ】
http://news.braina.com/2006/1011/judge_20061011_002____.html

経営者もばかではないので、
ジブンたちの持ち駒のなかに、知力と開発力を維持しておきたいから
給料とはべつに手当てとして(恒常的)にプレミアムをつけ
留まるようにしていたわけだ。

「開発をしなくなった企業」に明日はない。

しかし、以前の『禄』では当人たちは
サテスファクションを感じなくなったわけだね。
これは、21世紀の経営の問題としても大変に大きい問題だね。

明らかに
報奨金:約230万円 < 約1億6280万円:支払い命令判決
だと思う。

日亜のときも思ったんだが、おそらくお金が欲しくて
米沢成二さんは、裁判を始めたんじゃないとは思う。

開発者を志すひとは、『よおし!金をかせぐどー!!』
って思って研究に赴くひとって少ないと感じる。そのような人に
神は、たいした発明を渡しはしないのだ。

結果的に、世の中に誉れとなる発明を生み出す人はいる。
その人の扱いを誤ると、このようなこととなってしまう。

経営者のみなさんにとっては
なにを個人にモチベーションをもってもらうか
これからも人間をあつかう立場なのでよくよく考えてもらいたいニュースのひとつだ。

アメリカの契約社会(発明の利益貢献を金額査定するやりかた)
は、なんか、なんかイージーで『日本的』じゃないな。
朱色会の考えは・・・
『誉(ほまれ)』を、どう表すのかっていうところがヒントだす(笑

わかった?
・・・わ・か・っ・た・か・な・!(にかいめ)

オレ、『誰』にいってるんだろう・・・

んで、他のブロガさんのイケン。↓
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%CA%C6%C2%F4%C0%AE%C6%F3&ei=

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「子供」の躾け方

モノがモノだけに、あまり安いことがいえないのではあるが、今日はどぅしても

このことに触れておきたいのだ。

お隣の国の核実験再開だ。

幼い子供が、悪戯をするのは、はたしてどうしてなのか?

子供をやっていた人間ならば思い当たることがいくつかあるとおもう

ひとつは、「親に振り向いてほしい」

そして「親にかまって欲しい」

さらに「自分の我が儘を、是が非でも通したい」

などである。

国家は、地球という規模でみるならば、この星を家庭としたとき

その中の家人といえるだろう。

その中には、おじいちゃんもいれば、働き盛りの大黒柱や

知恵袋的なおばあちゃん。

そして声の大きい生意気なおにいちゃん(←いつも勝手に決めて動いてしまう)

など役回りは意外とすぐに連想できるくにがある。

そして、幼児にあたる国家も、例外なく割り当てられる。

幼児が、お菓子が欲しいからといって、台所にある包丁を持ち出したとしら、

おにいさんがとりあげ、おとうさんがしかりつけ、おかあさんが折檻する。

これは、正しい家庭のありようではないだろうか。

ただしい家庭をやるためには、その役割にあるものがきちんとした

対応を的確に行わなければならない。それを行わなければ、親の権威を

失うだけではなく、その【幼児の正常なる成長】もありえないのだ。

・・・・朱色会は、正しい家庭(地球)を得たい。

私たち(日本)の役割は、どれか・・・?あまり時間はない。

しかし、「いくら」ちゃんでないことは、誰もが認めることだろう。

躾をきちんとしなかった子供がどうなるのか。わたしたちは国内でよくよく

承知しているのではないか!!

・・・ばぶぅ。

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サイレントノイズ 【WHITE NOISE】

連休3日目は「サイレントノイズ」原題:WHITE NOISEを観てきた。

鑑賞記:『101分間の「空耳アワー」の先にあるモノは…』

現在、京成ローザでは、”秋の新作ホラー祭り”開催中である。
・・・といってもファッションではなくて映画だ。
http://www.keiseikog.co.jp/cinema/top.htm
  10月7日(土)より 「サイレントノイズ」
  10月14日(土)より「アダム 神の使い 悪魔の子」 (PG-12)
  10月21日(土)より「ハイテンション」 (R-15)
※3作品全て(!!)をご覧の方の中から抽選で劇場鑑賞券をプレゼント
  応募方法は劇場備え付けの応募用紙をご覧下さい  

・・・てなワケでかなり『挑戦的な』キャンペーンではあるが
いちおう参戦中です。だから、あと2つも鑑賞記が載るというわけ
です。

しかしなー。ちょっと敷居が高い抽選条件だなーとはおもうけどね。
半券を応募用紙に貼り付けていくんですぜ。3枚。3枚(2回目。
うーむ。

ま、与太話はこのくらいにしてっと…鑑賞記に入ります。

まず、この映画のなかで話の幹になっているEVPから。
http://www.silentnoise-movie.com/evp.html
サイレントノイズ特設サイトより引用。
「EVPとは、Electronic Voice Phenomena(エレクトロニック・ヴォイス・フェノ

メナ)の略で電磁音声伝達現象のこと」
・・ですぐに調査開始。。。
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=EVP&ei=
・・・なかなかいろいろな実例があるようで
秋の夜長の特番として利用できそうな題材ではある。(←はい。ヒント。

ま、でも、この奇怪といわれる現象は
電磁気学と心理学にて完全に説明ができる現象として
それを唱えるひとと、その反対の立場の方、双方が
声をからしつつ論争しているものだ。(←はい。ヒント。

朱色会も、じつはホワイトノイズではないが
EVP経験はある。
ステレオからおじさんのはっきりとした声が突如して
聞こえたり、パソコンのミニスピーカから急に音楽が聞こえたりする
現象だ。その瞬間はぎょとするけれど、説明がつくことなので
いまはまたかといった感じだ。

この映画は、EVPをどのようにとらえるかで
面白さや受け止め方がことなってくるだろう
EVPについての知識が高い人もそうでない人も楽しめるようになっている

ただし、話の筋や組み立て方・つじつまなどは
破たんしており、あまりそこに傾倒してもしようがないことを
あらかじめいっておこう。

まずは、マイケル・キートン。
うーむ。ふけたなぁ。・・・老けた。初代バットマンのときは凛々しかったなぁ
でも、しつれいながら熟練の演技と風貌は、この主人公を演じるのにとても
やくだっている。最初から中盤まではぎこちなさが残るが、終盤にかけて
正気を失いかけてくるあたりからの鬼気迫る演技は
「とてものりのり」でやっていて、観ていて気持ちイイ。

ヒロインのほうは3名ほどでてくるが、どれもヒロインというほどじゃない
しっかりと役どころを全うしています。おつかれした。

あと、EVP専門家については明らかにミスキャストだと思う。
演技よりも、朱色会としては
「なぜ、このヒトには首がないのだろう。」
とぶよぶよにたれたあごの脂肪に目がいってしまい
き・・・緊張感がぁ。。
あまり彼に感情移入ができなかった。イイヒトなんだろなと思う。

・・・と、ここまではあまりほめていないけれど

じつは、この映画の評価は高く、79点だ

EVPに着眼したものは日本の映画には最近多くでているが
西洋ではあまりないという点。
なかなか目の付け所がいいと思った。

描いているテーマは、現世とあの世のはざまというところになる。
ねたばらにならないように浅くいっておこう。

読者の皆さんは、死後の世界があるとしてどんな印象をお持ちだろうか
天国?(女神がいっぱい。パラダイス
地獄?(鬼がいっぱい。折檻+いじめられるぅ
この映画はそれ以外の提案をしているところがココロに残った
すなわち、この世とあんまりかわらんってところだな
イイヒトもいる。そして悪いヒトもいるのがこの世ならば
イイ霊もいる。だけど悪い霊もいるっていっているように捉えましたよ
(byスネークマンショー)

ほじくればほじくるほどいろいろ楽しめる意外と奥の深い映画です。
ホラーというよりは、サスペンス映画に近いな。

【霊】が一番恐れ、かつ依存している存在、それは『人間』である
ーー朱色会ーー

(ホラーは肩の力を抜いて鑑賞記を書けるから。。好き。。)
・・・それじゃ。おやすみなさーい。

他の方の意見はコチラ。
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail/tymv/id325635/

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「きっこの日記」を読んで

今日は、千葉は日本晴れに恵まれ、抜けるような青空が広がった。

買い物のため千葉そごう界隈をうろつく。お目当ては本2冊。

石田徹也」遺作集と「きっこの日記」だ。

残念ながら、遺作集は、三省堂書店で見つけることができなかったので断念した。きっこのほうも、正式には10日発売である。

しかし、Webの情報によるともう先んじて店頭に並んでいるという情報がちらほら。
・・・そして、みつけた。

Ixy_digital_50_005

平積みになっとるなと予想したが、発売前なのかどうかしらないが

女性エッセイの棚にこっそりと置いてある。

購入の是非の判断はいらない。レジに直行した。

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A4%AD%A4%C3%A4%B3%A4%CE%C6%FC%B5%AD&ei=

つづく。(読後)

・・・きっこは、巷でいうところの「成功」を得るだろう。

本人はある目的のため、自分の分いや文を「本」化した。

その目的はおそらく達成されるにちがいない。きっこビギナーでもわかるものがセレクションされており、編者の苦労がしのばれる。

この出版の事実は、歴史上かつ情報社会上いろんな意味があると思う。

そして、これからある時期を過ぎると、大いなる「おまけ」が、彼女に齎(もたら)される。

きっこ。そのおまけのなかみは、君の一部を変えてしまうかもしれないがそれに抗う必要はまったくない。人間は、変わっていくことが自然なのだ

しかし、変わらないところもある。それを大切にしてほしい。

本のなかみはビギナーからきっこマニアまで楽しめるように編集されている。

「アレ」が抜けているとか、この部分が「カイザン」されているとか

自分のリテラシーを下げるような行動は、ファンならば慎むことだな・・・

などと、読者に「釘」をさしておこう。

最後に、

「おめでとう。きっこ。」 そして、

「ありがとう。」

過去記事リンク
http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_c167.html
http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_8c42.html

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ワールド・トレード・センター【WORLD TRADE CENTER】

執筆中(+取材中)。なれど
ストーリーではないものを著した映画の評を書くとき
筆がとまる自分がいる・・・・。

====ここから、映画評。ゲート・オープン。

オリバー・ストーン。

http://park12.wakwak.com/~eslab/books/o_stone.html

JFK。
7月4日に生まれて。
そしてなんといっても。「プラトーン」
社会派映画監督の巨匠として名を連ねるストーン監督の作風は
一言でいって重厚。

そして、なんといってもオリバー風といわれる
今までになかった切り口を見せる監督として初期作品を中心に
一世風靡した。

近年はその切れ味が鈍りがちだ。この映画はどうなのだろうか
なんといってもあの事件が題材だからなぁ

予告編についてはオーラを感じなかったので
ま、あまり期待せずに臨んだ。

このブログは、映画評を書いている。だから、あの事件が
どうたらこうたらというつもりはない。
3000人近い人間が飛行機テロによってなくなった
それをどう描くのか?そして表現者は5年を経た今。
なにを伝えようというのか。それをつかまえるため
初日に臨む。

この映画はパラマウント映画+UIP配信のため
残念ながら、【Save Our Movies強化版】は事前放映される。

さてと、、
この映画も実話を元に忠実に描かれている
その主人公となるのは、2人の警察官。
ビルに被害者救出に向かい、そして、生還した。

前へでろ。
人間は、一生のうちで何度か、その言葉を発し、
そしてそれに応えるか、応えないか判断する機会を得る。
足を前に出すか、出さざるか、その脳裏に浮かぶのは
愛する家族か、それとも、メイン・ペーパーの一面か?

この映画につき事前に情報を仕入れたものは
ユナイテッドのときと同じように結論が決定しているものと
どう対峙するかを求められる。
生きてもどってくることが既知であるとき
あとは、なにが描かれているかに集中することなる。

彼らが帰ってくるために必要だったもの。本編はそれが主題となっている

2人は英雄となった。
灰燼と化したあの場所で、
救助者の励ましの声とともに、
彼らの手と足だけで組まれた回廊を、担架は運ばれていった。

評価68点。

やはり、現実に映画が追いつくのはムリがある。
それは、この映画を捉えるために、取材したときに達した結論だ。

お話と現実は繋がっているとは言え、この題材は
とても「重い」ものだ。

そして、やはりオリバー。
さ・す・が・わ オリバーと終幕のときに
ココロから叫びたかったが。。オリバーサプライズは
ついに朱色会の前に現れることはなかった。
オリバーならではの話のヒネリがあるのだろうと思って
いたが、それはなかった。

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神がかり的な構成の「報道ステーション」

最近の報道ステーションはキレにキレまくっとる。
NHKの報道ニュースを凌駕する日が多い。

しかし、特に今日のは秀逸だった。
それで、ブログに記憶としてのこしておく。

1.舌を巻くニュースの順番
1)いじめ自殺に顔を背けていた北海道滝川市教委のおわび
2)秋雨前線活発化(←す・ば・ら・し・-
3)国会ーぼっちゃんの総理としての言葉の対応について

今日もたくさんの事件がおきた。その中から、視聴者に
事実をセレクションして、重要な事件から報道することが
とても重要だし、朱色会も報道する内容もさることながら
順番にはとても注視している。
なぜなら、内容については、既に知っていることが多いからだ。
速報的なところはTVはもうWebにはかなわないだろう
それより、TVの強みは、事件の深堀を可能とする組織力と
社会にとってどの事実をつたえることが重要なことだと考えているか
そのことに番組として差別化できるのではないかと
つねづね考えている。

とくに、1については世論をマスコミとしてリードしている
報道ステーションの完勝といっていいだろう。
この事件をおりにつけ継続して報道していた報道力の成果が
実を結んだ結果として報道されていた
いささか「ジコマン」てきなところがちょっとだけ垣間見えるのだが
社会的な意義は大きい。
世論をコントロールできるまでになった自分たちの力を慢心することなく
そのチカラを正しいことに使ってほしいものだ
これからも。

人の死をカルく考えていた教育委員会は、ココロを入れ替えてた
わけではない。人間などそんなにカンタンに変わる存在ではないのだ

本件の「アタマサゲ」は、とりあえずの消火活動だ。
世論は、どういうわけか「あやまり」の行動をとると
炎上をとりあえずやめる傾向があるからね。

単にこれもスタートにしかならない。
なぜ、いじめを認知できなかったのか、そしてなにより、
「だれが、いじめていたのか」の報道がでてきて、はじめてなくなった娘さん
の鎮魂の途につくことができる。

そしてなんといっても2番目に水害予報をもってきたこと。

とても賞賛できる。

被害を最小限にするためには、いろいろココロの準備と事前対策が
大切だということが番組を通して伝わってきた。

3つめ、国会。ぼっちゃんのひととなりを事実(発言)から
きちんと具体的に人物像を浮かび上がらせており、ゴシップによらない
事実から具体的に新総理の「人間」を端的かつ短時間にさっぱり
紹介しており、すぐれた内容である。明日のマッキー対決も楽しみだね。

特集:電波のチカラ【しおかぜ】:めぐみさん42歳の誕生日

とてもよかった。ラジオのチカラそして連綿と娘の救出を訴えてきた
母親の力を知ることができた。コメンテイターの
「為政者は、電波を一番脅威と感じている」
の言に、さすがと唸ってしまった。うーむ。

2.障害者に優しい

実は、朱色会は、昨日の冷え込みで風邪をひいており、
寝込みながらTVをつけていた。いわばTVを「聴いていたのだが」
先の記事で報道ステーションのビジュアルを褒めたが
今回は、目の見えない人にも報道ステーションは楽しめることが
分かった。絵をみていなくても(目が見えていなくとも)
番組の内容を、全編、把握できることを確認できた。
・・・これは、すごい。
すごすぎる。ほんと。

3.優れたキャスターたち
前任は、偉大な人で、古館さんも最初はプレッシャーが
あったが、持ち前のキャラクターをじっくりとだしてくるようになって
とてもすっとコメントがでるようになったと思う。

最初は、やはり力みがあり、言葉を視聴者に押し当てていた姿勢が
あり、こちらも暑苦しさを感じて、ことばのおなかいっぱい状態
だったのが、ここにきて肩のチカラを抜いて語りかけるように
視聴者にしみわたりように話すようになり、
とても聴きやすくなった。いいことだと思う。

コメンテイターがいい。正鵠を射る発言とはこのことだ
バックボーンが高いのだろう。
「管理に傾倒した教育委員会の姿勢」ということば
その任にあるものはこころに止めてほしいものだ。ま、現象だけで
いうならばとてもできているとはいえない(泣

アンカーウーマンはさらに良い。
以前の、そして他局(NHKを除く)のおんなたちは、まだ
私たち。お高いのよ・・・って感じで、ほんとにお高いが
ここの娘さんたちは真剣さと謙虚さを感じる。

・・・・いま、報道ステーションには
 「報道の神様」がスタッフに降りてきている
 それに甘えず、驕らず、誠意のある報道をつづけていってほしい。
 できれば、神様が去ったあとも。

最後に、やはり今日のヘッドラインの他のブロガさんのイケンたちを聞いてほしい
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A4%A4%A4%B8%A4%E1%A1%A1%BC%AB%BB%A6&ei=

今日、ブログ巡回イチバンぐっときたブロガさんの記事はこちら。
http://blogs.yahoo.co.jp/sing_le_music_factory/21238875.html

意外と…視聴者は、ニュースの「ひと」を視ている
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%CA%F3%C6%BB%A5%B9%A5%C6%A1%BC%A5%B7%A5%E7%A5%F3&ei=
http://www.tv-asahi.co.jp/hst/

ねむくなってきた・・・おやすみなさい。1:30

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消えた「芸能」人

特番がつづくいま時分のTV番組は、ほとんど視聴しない。

延々と彼ら芸能人の「お遊戯」をだらだら放映している
TVの箱(いまは、板ですか?)の中では、いわゆるテレビ『タレント』
が小ゲームに興じており、その模様が延々と放映されているらしい。

このようなコンテンツに、だれが価値を求めているのか
わからん。なので、ちょっと考えてみた。
必要性がないものは、この世にうまれない。ダレだ?ナゼだ?

1.遊んでいる姿を、みたいby視聴者
この世は、仕事地獄となっており、いい大人は自分から「仕事」に
没頭し、遊ぶことがなくなった。仕事人は、遊びに飢えている。
しかし、やはり時間がない。それで、つかのまのテレビの時間でも
他人の遊びをみて、溜飲を下げる。遊びを疑似体験して、あすの
仕事に備える。。。。うはぁ・・・さびしぃなあぁぁ。

2.TVタレントそのものが、遊びたいby芸能人
芸能を極めるための様々な修行。秒刻みのスケジュールと
仕事だけの人間関係。いいおんなやいいおとこと出会ったとしても
それは仕事のなかでのこと。人間関係のうすい人生がつづく。

・・・もうつかれた。つかれたよ。xxx(マネージャの名前)ちゃん。
 あたし、辞める。。

こりゃたいへんだ。仕事のなかでリフレッシュさせねば
ディレクターさん。たのんだよ。
・・っていうパターン。うーむ。いじましぃ。

3.芸能人の遊びに触れたいbyTVスタッフ
可愛いタレントが芸を疲労いや披露してくれる。しかし、それだけ。
自分の番が終わったら、楽屋に戻ってしまうか、つぎの仕事場へ
いってしまう。

「芸能人と遊びたいなぁ。」
「あ・そ・び・た・ぃ・な・ああ・に・かい・めぇ」

・・・それで、つくりましたよ。「お遊戯テレビ番組」をまた(笑

・・・・

ーーーーー
(閑話休題)

朱色会の望みは、【芸&能】をTVで観たい。それだけだ。

…タレント。その意味は、いうまでもないが、『才能』だ。

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【アロイ】絨毯爆撃8日目- さらばタイ・ラーメン 愛の戦士たち

読者のみなさんにタイヘン残念な報告をしなければならない。

アロイ・デリカーでは、10月のメニュー改訂により、
メニューから、タイラーメンが削除されてしまったのである。

…タイへん。悲しむべきことである。
しかし、われわれはこの哀しみを乗り越えて、前に、進んでいかなければならないのである。

んで、今日はコレにした
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-04

うーん。名前わすれたな。ぷーとか、ぽーとかいっとったな。
フィリピン風煮込み。が、おかず。お茶つきで580円なり。

肉団子風のものが期待できたのだが、それほどの鮮烈な印象は
受けなかった。からくもなく、さっぱりとした味。
日本の煮込みとほとんど同じであった。

さっぱりと食べることができた。今日の天気のような味である。

タイ・ラーメンのデリ除外は、ユーザ(弁当ファン)にとって、タイヘン悲しむべきことではあるが
【アロイ】をうらんじゃいけないよ。デリ・カーで「汁もの」をやるのはタイヘンなのだよ。
傍目からみても、客のはけ(さばき)がわるかったしね。

しかし、タイ・ラーメン・・・食べたかったな。
食べたかったな。(2回目。

あと、トピックとしては、値上げ(開店キャンペーンの終了)により、
OLの皆さんのデリカーへの群がり方が弱まった。
OLの皆さんは、オトコより値段にキ・ビ・シ・-・-

さらば…タイ・ラーメン。お元気で(笑
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%B0%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%88%A6%E8%89%A6%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%88

あのお。読者の皆さん。朱色会の昼食の話題などはあまり価値はありませんので
投稿直後に、そんなに食いつかないでください。怖すぎます(笑

『お詫び』いままで、アロイ=月代わりといっていましたが、間違いでした。
「アロイ」(タイ語で おいしい )でした。。。この場を借りて訂正いたします(泣
ちゃんと、確かめるべきだったのです。
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A5%A2%A5%ED%A5%A4&ei=

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【アロイ】絨毯爆撃7日目- タイ・ラーメン危機一髪

今日こそはタノむぞ。アロイ。

しかし、ラーメンのラもない。器もない。売り切れなのか?
も、もしかして、アロイ(月代わり)!

それで、今日はまだ食べていない…
グリーン・カレーをちょいす。

http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-03

レッドカレーとグリーンカレーは、辛さには差がないとのひがき氏の証言を得る。
レッドカレーについては…
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-09-25

食べてみる。
どれどれ、おおぅナスがいい。。。ばっ・・び・・ぶ・・・ベっ・・・ぽぉぉぉぉ~
から・・・・

から・・・・・

た・ぶ・ん グリーン>レッドではないか

いうなれば、いうなれば
レッドがボディ・ブローならばグリーンは、アッパー・カットだな。

すぐに辛い!!!

タイのカレーは、やはり・・・・かれぇ… ←やはり、言ってしまった。。。。(苦

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A5%B0%A5%EA%A1%BC%A5%F3%A1%A6%A5%AB%A5%EC%A1%BC&ei=

ゴジラの放射線吐いたあとの口になってしまったのだった。
それで、「栗原さんちのおすそわけ(好物)」で、『消火』した。

・・・はやく、タイ・ラーメンが食べたい!!

ところで、アロイ出店場所のさらに手前に、もう一台ランチカーがお目見え。
弁当屋らしい。550円均一。ちょっとぐっときた。今日は、様子見モード。
競争厳しィなぁぁぁ。

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【アロイ】絨毯爆撃6日目- 遠すぎたタイ・ラーメン

今日も、ダメでした・・・・。

タイ・ラーメンへの道は、とても険しい。。。。

そんなわけで、きょうは、ガイ・パッキン(鶏)+お茶 630円にした。

http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-02

過去の記事
http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_634c.html
によると
「ぬ。値上げ?」
と、思ったけど、いままでが開店キャンペーン(9月中)だったことが
チラシから判明した。

デリ・カーのオニイサンにつかみかからなくてヨかった。

・・・・ひがきさん。もっと沢山つくってもってきてください。
とくに…タイ・ラーメン。

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レディ・イン・ザ・ウォーター

映画ブログ巡回をしていて気がついたことがある。きょう
1日は…そう「映画の日」だ。と、いうことは映画をミネバ様。(笑

まだ観ていない映画で、きになっていったのは
うつくしいポスターが目を引く

レディ・イン・ザ・ウォーター
…これにしました。

M・ナイト・シャマランといえば
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail/typs/id96107/
人間がもつ「力」
っというものを連綿と表現している監督だ。んで、今回もそう。

主役はポール・ジアマッティていうおっちゃん。
ひさびさにビルドアップしてない俳優が主役。
(かわりに、他の配役の方がビルドアップしてました(笑
…ヒロインとのバランスがぁ
しかし、これもシャマランの何か考えがあってのこと。

ヒロインは、ブライス・ダラス・ハワード(←注)。
うーむ。う・つ・く・し・~
人間離れした美しさ。
こういうエキセントリックな美しさで印象におぼえているのは
イライジャ・ウッド(男優ですがな)。
こういう「超」人的な美しさのヒトって、重宝されます。
これからの活躍に期待します。名匠ロン・ハワードの娘だって。くぅ~

今回は、たいそう登場人物が多い。これがまずポイント。

舞台は、アパートの敷地から一切でない。これもポイント。

その中でさまざまな人種の人たちが、
好き勝手に生活してる。すべての人間を把握しているのは
故あってアパート管理人をしているポールさんだけ。

ま、ナニを表現しているのかはこのへんで大体きづくわけだな

簡単なはなしこれはアメリカそのもの。
ま、でも卑下できない事実がある。日本はもっと酷い。
朱色会の日常で言えば、隣に住んでいる人の顔を、朱色会は知らない。

そこまでわかると、すべての対象がナニを表現しているか
理解してくる。

おとぎばなしをかりて、「いつものこと」いっている映画だったのだな

妖精は、なんの比喩か?
狼っぽいイヌは、なんの比喩か?
アパートメントは、なんの比喩か?
その中に住むひとびとは、なんの比喩か?

答えは、スクリーンでご確認ください。

・・・妖精はさっていった。

しかし、ポールの人間の心のうちと「外」には変化がおきたのだった。

・・・Yahoo!の映画レビューを見ると哀しくなってくる。
 みんな!もっといろいろなことを「勉強なさい!!」

人間は、個々に何かを成すために「力」を与えられる。
しかしそれは、「すべての」ではない。
ーー朱色会ーー

っというところが今回の主題と捉えた。

評価:84点

この映画のいいたいことについて、シャマランは
たいそう噛み砕いて表現している。いままでの作品と比べると。
シャマラン自身の願いというか望みまで披露しているからね。
でも、なんか映画での表現としていままで培っていた
難解にさせといて、観客に説いてみせろといった厳しさが
抜けてしまったのはさびしい。たとえば
冒頭のナレーションなど。そのオープニングの
記号(暗号)だけで観客はいいたいことはわかるのだ。
かなり噛み砕きすぎていて、シャマラン風を自分から
壊しているように朱色会には見受けられ、それはそれで
シャマランが決めたことなんだからいいんだけど
残念だなぁ~。

あと、シャマラン。「出過ぎ」だ!

映画をこれからご覧になる方、または
シャマランDVDをご覧になる方は、この軸足で
ご覧アレ。

・・・それではまた皆さん。シャマラン。シャマラン。
「主演」だけはやめとけよ。(くどい)

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