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「いじめ&自殺」列島に生まれた子供たちへ-Part.2

両親は、現在も朱色会が少年時代に「いじめ」を受けていたことを知りません。
どういうわけか、頑なに秘密にしていました。

今となってはそれが正しい選択だったと思うことがあります。

それで、私の当時の記憶というか当時の心情をまずは反芻することにします。

1.なぜ、わたしはいじめを受けていたことを親に報告しなかったのか

小学生をやっていたものならば、すぐに理解できることですが
学校には、2つの世界があり、その見えないしきりは完全に大人たちからは
遮蔽されていたと記憶しております。
すなわち
教師・オヤたち:大人の世界だけをもつ
児童たち:大人の世界ともうひとつこどもたちだけの世界

こどもたちの世界のことを、大人の世界にもちこもうというこどもは
こどもの世界から、こどもたちにより「追放」されるのです。

こどもたちのことは、こどもたちだけでなんとかしなければなりません。
それが、こどもしゃかいの掟・戒律だったと、記憶しております。

これは、多分いまも存在する概念だと思います。

こどもは、こども世界で起こることをおとなたちには披露しません。

学校は1つになっているなんていうことばは
こども世界を認知できない連中が作為的につくった概念です。

あの場所には2つの社会が明確に、(そして明確なことは大人たちに知れず
依然として存在しているのです。

さて、そんなわけで、わたしもこどもの領分でおきたできごとは
大人の手を借りるわけにはいかず。もんもんといじめを我慢していました。

いじめが露呈したとき、なぜ、いじめを認知できなかったのか
という問いが後になってよく出てきますが、これはカンタンなことです。

いじめはコドモ界だけ起きているため、大人の領域では
事前に察知、または予兆を検知することは、ムリなことでした。

あれから、数十年がたちましたが、多分この状況は
変化がないことでしょう。

教師の方たちは、自分が児童だったことがあるはず、であるならば
コドモの戒律は知っているはずだとおもうのですが・・・・忘れてしまいましたか?

コドモの世界で起きたことは、コドモの世界でケリをつけることです。

・・・・という観念が、いまあるのかどうか
それは、わかりません。しかし、似たような概念はおそらく残っているのでは
ないでしょうか?

それともうひとつ、おとなたちには見えない「状況」を報告したとします。

オヤに報告したとして、それがなんなんのでしょうか?
現実問題としては、学校は隔離施設であるため、オヤが出向いてなんらかの
実力行使をすることはできません。
学校のエリアに自由に行き来できるのは教師と児童のみ。アウトサイダーが
できるのは、せいぜいかなきり声を発するくらいでしょう。

センセエに報告したとして、それが好転の起点になるとは限りません。
そのセンセエの指導力により、結果はピンからきりまで。
正当な対応として考えられのは
「こらッ。お前ら、xxxxをいじめるのはヤめろ」
「はぁ~~~い。。。わかりましたぁ」
となってやめるやつはいません。やめるくらいならば、最初からやらないのです。

本ブログでは、最終的には他力本願にセンセイの不出来を攻めたり、
学校組織の限界を論じることはしません。私はいま、語りかけている人は
がっこうにいる。こどもの皆さんです。

それを踏まえて、話をつづけていくこととしましょう。今日はこのへんで。

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