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2006年11月

ヘルプデスク日常から

朱色会は、ヘルプデスクである。

派遣常駐してやく1年7ヶ月が過ぎた。
ヘルプデスクの「存在意義」は、
ITを利用しているユーザの障害からの
復旧を最大限短縮することである。

ユーザが自力で解決した時間をXu

ヘルプデスクが介入して解決した時間をXh
とすると

Xu-Xh>0となることが絶対だし、
限りなくXu-Xh=Xuとなることを目指すべきだろう。

過日、久しぶりに激高する事態がおきたのでそのことを
備忘録的に記しておきたい。

ユーザが利用するシステムの認証が入らないという
依頼をうけ、それを調べたときのことである。

ところで、この会社は部門に派遣常駐ヘルプをおくほか
電話対応の全社のサポートをする本社ヘルプをおいている

まず、派遣常駐しているヘルプで問題解決を図り、
その範囲に収まらない場合は、本社ヘルプに問題解決を
上程する。(これを、エスカレーションという)
やみくもにエスカレーションしては、本社ヘルプが
パンクしてしまうので、ほとんどの場合は
朱色会で問題は解決する。

しかし、今回のは本社が管轄しているシステムのため
手順どおりやっても、パスワードが通らない

そのため、エスカレーションした。

そのときの出来事だ。

朱色会は、自分が派遣常駐しているヘルプデスクであることを
告げ、状況を説明した。ところが、あくまで、その原因は
端末にあるのではといって頑なに問題を受け取らない。

パスワードの管理サーバは本社管轄だ。
それくらいわかっているだろうとおもったが
ぐっと我慢して状況を説明した。

しかし、あくまで手順を間違えたのだろうと
いって聞かない。あげくは、こちらがIE7を使ってやって
いるのを聞くと本社はIE6でしか対応していないので
応対できないという。

これでキレてしまった。

仮にもITをやっている会社で、正式リリースされた
ブラウザのサポートができないなどと
舌を噛み切っても発言してはいけないことだ。

最低でも、IE7が正式リリースする前に、
すべてのシステムの動作を把握しておいて
対応できるようにしておかねばならない。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-06-29

本社ヘルプデスクは、その用意を怠っていたのだ。

結局、こちらが本社ヘルプデスクをサポート(説得)
するかたちで、本社サーバであることを認めさせ、
他の専門スタッフに対応してもらうことでサーバの
機能を復旧させ、ことなきを得た。

サッカーにたとえると、
常駐部門ヘルプデスクはバックスであり、
本社ヘルプデスクは、ゴールキーパーなのだ。

障害が起きたとき、バックスが抜けられても
最後の砦が障害をうけとめ、解決をはかる力をもって欲しい。

朱色会は、川口能活(のように頼りになる
キーパー)が欲しい。
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=%E5%B7%9D%E5%8F%A3%E8%83%BD%E6%B4%BB&btnG=%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E6%A4%9C%E7%B4%A2
そのようになってくれないとちょっとこまる。

また、本件でほとほとこまったのが、
常駐ヘルプデスクが電話しとるのに、
一般ユーザと同様なマニュアル対応をされたことだ。
誰が依頼を投げてきたのかで、対応を変えられる
臨機応変さがまったくなかった。

シロウトと玄人で、確認する質問。応対することば
は変えるべきだろう。Xhを限りなく0にするためには
いろいろな応対スキルができてくれないとこまるのだ

相手のITスキルを会話のなかで捉え、
そのスキルに適合した説明なり指示ができないと
ヘルプデスクとしては落第だ。

本社ヘルプデスクについては残念だが
「成長が見られない。成長をして欲しい。」
・・・厳しいことをいわねばならない。同じ職務責任を担う者として
やる気がないのならば、他の仕事に移って欲しい。
我々に信託を授けているユーザが迷惑する。私もだ。

これらのことは、べつに今回のヘルプデスクだけの話ではなく
仕事をおこなっている方々に相通ずる話だと思ったので
わが社の恥ではあるのだが、苦言を呈してみた。

・・・そんなことを考えた事件だった。

たのむで。

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A5%D8%A5%EB%A5%D7%A5%C7%A5%B9%A5%AF+%B8%D8%A4%EA&ei=

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内面は、必ず表出する

今日のGoo ニュースの一位を続けたのは、
「フリーターは惨め」 近大、HPの文章削除

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A5%D5%A5%EA%A1%BC%A5%BF%A1%BC%A4%CF%BB%B4%A4%E1&ei=

これについて書こう。。。と思ってますが、0時こえそうなので

また。。。

それまで

他のブロガさんの意見をピックアップしておきましたのでごらんください。

http://blogs.yahoo.co.jp/femme_mnk1204/43980030.html

http://blog.goo.ne.jp/areyousure/e/86ce9e7a8a1210a42cd6ca643e95133b

http://blog.goo.ne.jp/no-identification/e/eab4ffff9e2d0357eb1e6b0201aedd07

http://blog.livedoor.jp/dekigoto6/archives/50395612.html
http://pottin2.blog84.fc2.com/blog-entry-83.html

http://blog.goo.ne.jp/requiem02/e/9e861133580995d53f50110c726e7284

http://blog.goo.ne.jp/aya-version/e/3cd9c0c81cd11c0bd7fd04f9880b2283

http://blogs.yahoo.co.jp/caraco_1990/345840.html

http://blogs.yahoo.co.jp/gxe50/44246326.html

http://paranoia17.blog64.fc2.com/blog-entry-301.html

http://blogs.yahoo.co.jp/horan36naran516/7424141.html

http://blogs.yahoo.co.jp/massirosihirosuke/42476920.html

http://japanc.exblog.jp/5048703

・・・とまぁいろいろマジメルなイケンが頻出しており、(ジムから帰ってきました~

久々に「読者」をやらしてもらった。発言者本人にとって

「どれも正解」だ。

朱色会の本件に関することでいうとこの問題(となった)発言をしたヒトは

あまりヒトの瞳をみて話をできるヒトじゃないなってことだな。

典型的な大学人なんだ。

フリーター志望または現役フリーターにハッパをかけたかったのだろうが

「欠陥品」ということばはまずかったねぇ。

大学が削除したとのことでAuthorがだれなのかわからないけど

もちろん削除したからってその人の人格が変わったわけもない。

このヒトはずっとこのスタンスで、これからもやっていくのだと思う。

そして、多分このヒトは大学、いや社会において

特殊でユニークなヒトではないことだけは、確かだね。

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おかしなことに「気が付く」こと

コンビニ弁当売れ残りを飼料化本格ビジネス化

について一言。

「すごいことだな」
と思う心を
「なんという世の中なのだろうか」
と思う心が凌駕した。

確かに、ごみになるよりはいいとはおもうが・・・・

そもそも、飼料の材料になるほどの大量の残飯を「生産」するわが国の
産業・流通構造が「ヘン」なのである。。

いいことじゃないかと思っている読者諸兄へ
朱色会の考えを述べておきたい。

もともと家畜の飼料としてつくったものと
わざわざ人間様の食べるものとして作成し、包装し、店先に運び、
店先にならべかつ保冷し、しかるのちに残版となったものを飼料とした
もの

・・・どちらがコストが掛かっているだろうか?

無駄・ムリの是正の仕方が根本的に間違っている。。

また、いままでの流通構造を反芻すると・・・・

ゴミって捨てるのをタダだと思っている方がいるだろうか?

確かに、自宅近くのゴミ捨て場に、お賽銭箱はないけれど。。。
…とんでもない!ゴミを処分するのには、
タイヘンなコストが掛かっている。そのへんの詳しい飼料(笑↓)
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%A4%B4%A4%DF%BD%E8%CD%FD%A1%A1%A5%B3%A5%B9%A5%C8&fr=top_v2&tid=top_v2&ei=euc-jp&search.x=1

であるから、コンビニ企業は、弁当の値札の中に
見えない内訳で【ごみ処理分】をきっちり取っている。そして、
それは買った弁当だけの分が乗っているわけじゃない。
「売れ残った」弁当の処理分も当然見越して入っているのだ。

ゴミを有効にリサイクルするのではなく
ゴミをださない社会

世界的にも絶対的なごみ後進国(発展途上国なんてことば使えない)
である日本が、世界のゴミ先進国と肩を並べるためには
基本的な考え・発想から改めねばならないのだ。

われわれの社会は、ベンリをおかしく極めて「ムダ」が多すぎる!!
『必要なものを必要なだけ生産する。』
そこへ回帰するべきだと
強くおもう今日このごろでした(笑

ベンリ⇒英語:コンビニエンス【conveniences】
いやさかさっさぁ~、ほいなあ。(←?)

・・・『ソリューション』ということばの意味が…
 【その場しのぎ】となって久しい
ーー朱色会ーー

ゴミゼロ-コンビニ。21世紀に最終的に勝利するコンビニは
これを最初に掲げたところだと断言しよう。

アトは、テレ朝のコメンテーターに任せるッ。
・・・少々筋肉痛だが、ジムに行ってきます!!

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ルールは、ルールでしかない

いじめ防止のための法制化・罰則による抑止などという
戯(たわ)けた対策について一言。

もんか・教育委・PTA …そこに直れ。

「たわけもんッ!」

どこまで責任をシステム(組織)に転化すれば気が済むのか・・・・

こどもたちを、ルールにより制御できると思っているようだ。
ならばつぎのようなルールでもつくることだな。

教育憲法

ひとつ。センセイを尊敬しないものは、教育を受けられない
ひとつ。教育の場をみだすものは、ついほうとする
ひとつ。いじめは「死罪」に処す
ひとつ。うつくしいにほんの一員となるを反するものは、
    「ついほう」とする

・・・なぜがっこうがあるのか、山田 洋次監督の「学校」でも観て
味噌汁で顔を洗って出直してほしい。

ルールを強化して、うまくまわるというならば
行き過ぎた管理ルールによって生徒が爆発した時代をしらない
おこちゃませんせい
だろう。まったく、、正気のさたとは思えない措置だ。

この措置で、仮に「いじめ」が確認できなくなったとしよう
それは、他のものにかたちを変えているか
大人たちの視界から巧妙に隠蔽されたと考えるべき事態だ

「ルールは、ルールでしか、ない。」

大人たちの思惑はこうだ。ルールでいじめを厳罰化する。
それを破ったものを、学校から隔離する気なのだ

・・・日本人は確かに法治国家に生きている
しかし、法を守るよりも優先する「生きる規範」は、ある。
人間としてどういきていくのが正しいことなのか

その社会で生きているうちに学びとることはあるのだ。
法が定まればいじめがなくなるんだと考えているのであれば
それはとても『やすい考え』であると敢えて指摘しておく。
さまざまな苛めは、法があろうとなかろうとこれからも
発生する。

これらの問題は、法をまなびとる能力よりまえに納める
「人間としての常識」のなかで培うべきことである。

弱きものを守ること

邪悪なものには屈服しないこと

正義を重んずることを旨とすること

これは、法律書をひっくり返してもでてはこないが
我々はそのことが大切で守っていかねばならないことをよく知っているではないか!

法を学ぶ前とは、人間として早い時期である。

それを飛び越えて、法だから守れといっても
それは、・・・・・通らない。

「紙」をいれる順序は、よくよく考えねばならないことである。

http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/part1_4e57.html

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麦の穂をゆらす風【The Wind That Shakes the Barley】

アイルランドの歴史は、隣国からの抑圧と蜂起の歴史である。
参考Web記事(↓)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

さて、この作品を評するため、朱色会は告白しておかねばなら

ないことがある。実は・・・このカンヌ・パルムドールを獲得

した作品の上映中に…あろうことか、朱色会はうつらうつら、

してしまった。

すまん。ゆるしてくれ。つまり、作品上映中にもかかわらず、

意識を飛ばしてしてまったのである。この釈明も含めて書いて

おく。だから、点数を甘辛にするつもりはまったくないが。

それでは、始めます。

鑑賞記:「むかしむかし。かつて人間は、敵とトーク(意思疎

通)しながら、戦闘をやる時代があった」

こういう2極的(ステロタイプ)&敵と悪をはっきりと分けた

戦争映画はいまは珍しい。この映画の冒頭は
敵:差別、迫害する英国出稼ぎ兵士
味方:アイルランド義勇軍黎明期戦士
の構図となる。敵はとお~~~ってもワルく描いているし
迫害を受ける側の描写も鮮烈で強烈だ
・・・んだけれども、そのへんからアルファ波が
朱色会の脳波計に記録されることとなった。
多分、半白目系に移行しつつあったのだ。

おいおいいまさら古典戦争映画ですかね。
・・というモードになってしまうと
明らかに表現のなかの宝探しモードになってしまう。

もはや使い尽くされた、味方の裏切りの粛清や
味方が敵方になるなどというものに、朱色会は新鮮さを
感じなくっている。これは、朱色会が戦争映画ドランカー
なだけで、このことを悲惨とかいとかなしことと
感じなければならないのか。。。

はっときがつくとわれに返るという事態が起きると
もう止まらない。アルファ波の波に溺れていってしまった。

・・・たしかに文芸系の香りがあり、
さすがわカンヌ作品・さすがわパルムと思うこともあるけれど

。。。
古い。表現に真新しさがない。(きっぱり)

ま、それでも発見とまではいかないが戦争の表現として
再認識できる点を幾つか書いておこう。

イギリス出稼ぎ兵士は、とにかくも自分たちが
侵略者だって自覚しながらやっとるので、とても
やらされ感がある方たちだね。
その当時のイギリスは、あんまし隣国にはご執心じゃなく、
アジアを捕縛するため、精鋭は、そちらにまわしとったので
職を食い詰めた労働階級くずれ、やさぐれな男たちを
とりあえず、派遣するしかなかった。映画でもいっとる
ようにさける兵隊数も少なめ、占領統治というよりは
おとなしくしていてくれるための監視できればいい。
蜂起させなければいいといった感じ。

そのためか、映画でも表現があるとおり、
実にほのぼのとした戦闘が行なわれる。
義勇軍側も、兵器がないので、とりあえず相手側から
奪ってそれで抵抗をしめす。彼らの願いは、
「でていってくれ。」
だけ。英国を倒したり、負かしたりできないことは
わかっていた。ゲリラ活動で、ま自治権が獲得できれば
いいなというくらい。

リアリティーを感じたのは、戦闘時に敵方と「会話」が
あることだな。最近の戦闘とはことなる。
コミュニケーションがある戦闘ってやつだ。
いまはちがう。問答無用・・・というか・・遭わずに
決着がつく。人類が同類と戦う作法って
これくらいでとどめておくべきだったのだ。

敵が、血を噴出しておがあじゃあああああんと叫んで
亡くなる。これを目の当たりにしたら、親近感がうまれて
戦闘どころじゃないだろう。

劇中後半の、味方同士の対立も、
統治する側の「常套手段」だ。いかに自分の手のうちの
コストをかけずに、相手を疲弊させるかのイチバンの
手っ取り早いやりかた。つまり敵側同士で「対立」をさせ
相殺させ、弱めていく。それにのっかちゃうんだから
その当時のアイルランド人は、ばか正直というか
深く考えていなかったのだろう。

どれもこれも既知の内容だったので、
そのうち睡魔が、朱色会を襲った。そして、その睡魔に
朱色会は負けてしまったというわけ。

いいところは実は少ないけれど

マジメルな戦争風刺映画として、アイルランドの歴史を
2H(強!)で振り返ることができる教材としての
価値はあると思う。実際のところは、退屈だった。

評価:54点

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めぐみ-引き裂かれた家族の30年

鑑賞記:「長いたたかい。そして多くの『ムカンシン』」

劇場はガランとしていた。意外だった
・・・これが日本の現実なのだ。

第一日目の第一回目を観る。これが朱色会のポリシーだ。

つまり、これにくる観客というのは
暇つぶしだから、映画館に来たわけではない。
明らかに見たい映画をまず選択し、
その上で劇場に足を向けた観客だと思う。

つまり、その映画を観ることにマジな
映画ファンなわけで、できるならば
そういった人たちを感動を分け合いたいのである。

・・・京成ローザ10は、大小10の劇場がある。
チケットを切られるとき、1から3番の入り口右側
を案内されたら、ミニシアターで、
4から6番入り口から左ならば大きな劇場だと、
そのときにわかる。

・・・・朱色会は、はなっから4番方面だと思い
入り口左側に踵を向け、おにぃさんにチケを切って
もらったならば

「右側1番です。」

『え”ッ・・・ええええ~~~ェ~~ッ!!!』

と(ココロの中で)叫んでしまった。
うーん。まさか会場(小)とわな。
劇場も年配の方がぽつりぽつり。

意外だった。自慢じゃないが朱色会は劇場で映画を
よく観るほうだ。それで、よくこの映画の予告を目にする
だから、少なくても初日はけっこう入るんじゃないかと
思っていた。なんかしらんがNHKまでニュースで
「報道」してるしね。関心高いと思っていたんだが。

内容もドキュメント映画としてよくできている。

もちろん、リアルストーリーを題材としているから
いままで得た情報の域をでない。
ネタバラのねたにあたるものは当然ながらない映画だ。

しかし、特筆すべきは
横田ご夫婦の、子供が帰ってくることあきらめない
強靭なる心とその行動だ。胸を打たれる。

めぐみ という題がついているが、実際には
「横田夫妻の長いたたかい」
という題名がふさわしい。
いろいろなもの と戦っている

ドキュメンタリーは、徹頭徹尾その横田夫妻の
つよさを追いかけている。

考えてみると、この映画も拉致家族の活動の
ひとつにすぎない。多くの活動のなかの一部分なのだろう。

おふたりは、子供が帰ってくることを訴えることを
頑として辞めない。

そのつよさ。おおきさ。娘に対する愛情の深さに
胸が締め付けられる。これが親のつよさなんだなぁと
思い知らされるのである。

ーーーーー
なにか「どんでんがえし」があるわけじゃない
スーパーアイドルが出演しているわけじゃない
何十億も製作・広告にかけているわけじゃない

しかし、日本の幼い少女が、得体のしれない国家に
誘拐され、利用され、そしていまも自由になっていない
事実。

それを放置したままになっている我々(政治家も含む)
これは、まずい状態なのではないだろうか?

客が少ない映画館をアトにしたとき、
犯人を目撃したのに怖くて見なかったことにした
ような見てみぬふりをする目撃者
に自分がなったような気がした。

なにかできないだろうか?この夫妻そしてめぐみさんの
ために。

それで、この記事を書いてネットに載せる。
今は・・・これくらいしかできない。

事件の風化は、「かの国」がもっとも望むものである。
日本人は、「熱くそして冷めやすい」か、それは認めよう。
事実、それを私は、今日劇場で体験した。

観客動員の結果というものは、
「いろいろな方面」に情報としてわたされ、利用されることを
よくよくわれわれは知っておかねばならない

明日、自分や自分の家族が、同じ目にあったとき
横田夫妻のようにやれるヒトは少ないのではないか
そして
横田夫妻の身におこった出来事に耐えられるヒトも
少ないと思う。

国がその下で支える国民をまもる。
他の国では、当たり前のことが、この国ではおきない。
それがこの映画が見せる現実だ。

われわれは、すくなくとも
このできごとを、忘れてはならないのだ!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E6%8B%89%E8%87%B4%E5%95%8F%E9%A1%8C

・・・劇場へ、行こう。いや、言い直す。行って欲しい。
 我々の「意志」を、示すのだ。

千葉の映画ファンのみなさん。貴方が上映会場を
1番から4番に変えて欲しい。

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この国の行方

オレオレ詐欺が他の国の方に通用するかというと
まったくだめだろう。
つまり、ジャパンオリジナルな犯罪だろう。

日本はいままで、他人は良人なりで長くやってきた。

明日、観る映画に向けて
これから先、日本がどうなっていくか
少し想像してみる。

まず、思い当たるのは若者たちのrevolt(叛乱・蜂起)は
あるだろうなとは思った。

ひとり800マン。それはおぎゃ、としてかいわない
赤ん坊までしょっている借金。
インフラを整備するため、過剰投資した結果である。

就職しても、上はびっしりと痞えている。

そんなにすぐに給料はあがらない
(すでに、社員の給料はあげないと宣言している
 会社もある)

明るい未来にむかう目標が欲しい。この国の。

目標管理シートなどを書くのはたやすいことだ。
しかし
その元手として、目的管理シートが必要だと思う。

何になりたいのか
誰のようになりたいのか
何が(サービス)できるようになりたいのか

ヒト・会社・国でこれがひつようだ。

それが不可欠なのに、絵に描いた餅のように
目標だけを設定する。そんなもん。だれもマジで
やらないよ。

からくりはばれている。それが、前世紀の社員とは
ことなる。

政治家の方は、それをいつでも話せるように準備して
ほしい。

今日もいそがしかったので、だらだらとした筆となってしまった。
申し訳ない。

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%CC%DC%C9%B8%B4%C9%CD%FD%A5%B7%A1%BC%A5%C8&ei=

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降臨

「どこに、しようか?」

厚く垂れ込めた・・・といってもそれは彼らの足元にある
雲の切れ目から、2人の男女が下を覗いていた。

「うーん。どこにしようかなァ」

「そうよね。」

よくみると男女といってもそれは幼児いや乳児のような
いでたちである。彼らは、あそこにしようか
いやあそこがいい・・・と口々に話している。

「なんか・・希望ってキミあるの?」

「えへへへへ、実はらくだに乗りたいんだよね~。
 だから、多分アラブがいいなぁ・・なんて…キミは?」

「うーん…きれいでゆっくりとしたところかな。」

「ふぅん・・・」

「あのね、最近は乗らないみたいよ。そのかわり鉄の馬なんだって」

「えッ!そうなの?それは・・つまらない。。」

どうやら、下の世のどこに「降りるか」品定めをしているようだ

「ね。そんなばしょなんてそんなかわんないよ」

「ま、そうだよな。歳をとっとら、自分の足でどこにでも
 いけるんだからな」

「それより、だれの2人の間にするか?これ、重要でしょう?」

「それは、こだわりたいね。」

「あたしね、あそこに見える男女にしようかな」

「え、あれ?多分にふつーじゃないですか?」

「でも、2人ともニコニコしていてよさそうじゃない?」

「あまいな」

「エッ?」

「あのふたり。リコンするんだよ。」

「え”」

「たくもう、みてくれで決めるなんて、天子にあるまじきだな」

「なによ。えらそうに。あんたはどうするのよ」

「オレは・・、アレにする。」

「え、ふたりとも元気なさそうだし、ぱっとしないわよ」

「だから、オレがいって彼らを暖める。かれらに明るさをあげたい。」

「・・・やるわねぇ」

「それじゃ、オレ、そろそろいくわ」

「あ、そう。決めるのはや。」

・・・というやいなや男の方はすぅ~~と消えていった。

「ふぅ。もういっちゃった。きがはやいやつ。」

『何をぐずぐずしとるのじゃ!』

「あ”、神様。」

『はやくオマエも決めなさい。』

「彼、あっちでの滞在4周期でいっちゃいましたよ。」

『うむ。わかっとる』

「っていうことは4周期でもどってしまうから、逆に哀しみを
 あたえて還ってくるんじゃないでしょうかね?」

『ばかもんッ、だからおぬしはだめなのち”ゃ』

「え”」

『あいつは4周期専用なのじゃ、一生分の幸福を4周期に凝縮して
 人間に渡しては還ってくるのじゃよ』

「へぇ~あいつそんなことやってるんだ・・・」

『おまえも、見習ったらどうじゃ』

「ちょっと感動しちゃったね。じゃわたしもそろそろ」

『うむ。がんばってきなさい!』

女のほうもすぅ~~と消えていき、神さまだけとなる

『がんばって、こいよ。ふたりとも』

しばらく、神さまは雲の切れ目の下を
・・・ずっと優しい目で眺めていた…

4周期が人間時間でいかほどになるのかは、
 実は神さまもわからない。

(おしまい)

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ダメなひとを「ダメ」といってはダメ

…っていう題でこれから、書く。

とっても残念なことではあるけれど。

この世には、自分の周りにどうしても、どうひいき目に見てもダメな人は

視界に入る。これは、避けようがない。

ついもっと良くなってもらいたいがために

20代の朱色会は

「ああしてほしい。こうしてほしい」

と他人によく当たっていた。

それをくんでくれて変わってくれた人もいたけれど

ほとんどの場合は、どうやってもあまり変わらなかった

他人を変革していくことはとっても難しい

ということをほとほと身にしみることとなった。

別にものすごいことを要求するわけではない。

ふつうに自分があの立場であったならば

ふつーにやることをやってなかったり、

ぜったいにやらないと思われることを、あっさりやっていたりするのが

目に入ると我慢がならなくて具体的に指摘していた時代がある。

しかし、あまりにんげんというものは変わらないものである。

それはべつに部下だから上司をコントロールできるかとそうでもなく

生徒だから先生をコントロールできるかとそうでもない。

とくに、会社に入るとそれはかなり硬化してしまいおいそれとは変わらないことは

読者のよくしることである。

理路整然とあれやこれこれでよくない。ダメ。直してくれ。といっても

話が通らない。なぜかというと

話の中身を受ける人はもう受ける気がない場合が多いからだ

男だと35歳で硬化する。

女だとおそらくは24歳くらいだと思う。

なので、その人の短所というかイケてない部分はとりあえずおいておき、
ぴかりと輝くところを見つけて

そこをつついたほうが人は動く。・・・というかそれ以外にあまり人は動かない。

にんげんは自分が関心をもつものにはとても執着し、こだわるけれど

それ以外は「めしのたね」として割り切っている場合が多いのだ。

他人をリードしたいと思うならばそのような方法を試してみることを

お勧めする。

・・・・ダメなとこじゃなく、スゴイところをなんとか、なんとか、見つけ、
そこをくすぐって伸ばしてやるのだ。

今日はこんなところで。ちょっとジムやりすぎた。耳鳴りがひどい。

おやすみなさい。

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リーダー本音論

いいこともあり、そしてわるいことも起きるのが人の一日だろう。

たったひとりで外にでていると
孤独が自分を苛む。

ひとりじゃない。けっして・・・と
自分に言い聞かせるのも限界は、あるのだ。

今日は、1年余ぶりに会社の仲間と飲んだ。

楽しかった。つぎは・・・いつなのだろうか?
それが、いまは楽しみなことだ。

ーーーーーー
今日はリーダー建前論のツヅキ。

昨日はちょっち理想的なことを書いた。
今日は現実的な話をする。

ーーーーーー
リーダーである・でないの条件についてかえるつもりは
ないけれど、もうひとつ重要な要素がある。
今日はそのことについて。

リーダーは何かをリードする。その対象はにんげんだ。
んで、にんげんを引っ張る場合において、重要なことがある。

ついてきてくれるにんげん+カゾクを食わせていくという
結果責任がある。だから、謳い文句が美辞麗句で納得性
があるだけでなく、
アウトプットとして自分の食いぶちだけじゃなく
金を稼いていくということがある。

つまり、プロモーター(興行主)としての顔と成果を
発揮しないと、実は誰もついてこないのだ。

ーーーーーーーーーー
企業は、利益追求集団であることは前に書いた。

お客様に提供するサービスにかかるコストは
お客様からもらえるお金を下回らないといけない。

その場合、値札をどうあげるかということ。
値札未満でどうサービスを提供するかは
その事業の継続を願うならば第一義的に考慮することだ

リーダーは、それを踏まえていろいろ手立てを考える
べきだろう。

リーダーとしての「父性」は、そこから生まれる。
それをやめてしまったにんげんからは
ひとり、またひとりと去っていく。

その現場を目の当たりにしたことがある。

結局、なんで部下が去っていくかを
そのひとは自分以外に答えをもとめていたので
いまも気がついていないのである。

金をかせぐ。いってしまえばちょっと下世話なこの能力は
稀有な能力だと思う。

技術者をやっているひとも、それは、考えていかねば
ならない。

今日は、こんなところで。おやすみ。

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%CD%F8%B1%D7%C4%C9%B5%E1%BD%B8%C3%C4&ei=

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リーダー建前論

リーダーなどの論を書いてしまうと、
すぐに
自問自答モードになってしまい、筆が鈍ってしまうのではあるが、

今日は月曜日だし、週末も近そうなので、
自分のことはちょっと「置いといて」少しマジメルに書いておきたい。
だから、朱色会さん自身はどぉなんですか?
・・・ていう問いなしね。それでは気を取り直していってみようかな。

ーーーーーーー
私はたくさんの上司を新卒から渡り歩いている。
たくさんの上司をみてきた。これは朱色会オリジナルの財産だと
思っている。

後から考えて思い知るわけだが、
とても素晴らしい上司もいた。そしてその逆も。

ほとんどの会社員というのは
入社したときの上にいた方がずっと上司だと思う。
つまり、多くて2,3人という方が多いだろう。
そして。。。。もう1タイプある。

「上司なんて。。いない」

たくさんの上司に出会いたいなどという要望は、会社員をやって
いると望むこともできない願いではあるが
どういうわけか朱色会はその経験を果たした。その経験のなかで
これは上司をやっている。これはやっとらんと区別できる
基準を得るに至った。

今日はこのことについて。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
朱色会がリーダーとして特定できる条件はたったひとつである。

「【頂】を指しているか、指していないか」だけである。

指していることが明確な人間は、リーダーである。
指していないか、不明確な人間は、おじさん(おばさん)である。
ーー朱色会ーー

「山登りですか」という素朴なQに明確に回答しよう。

そのとおり。会社稼業それすなわち「やまのぼり」である

・どの山を登るのか
・なぜ登るのか
・どうやって登るのか

という3つのテーマを明確にパーティのメンバーに伝える能力がいる。

その頂にパーティを持ち上げる意義や意味を自分の頭や心のなかに
しまっておくだけじゃなくて、同じ意識に同じ山を上るメンバーを
洗脳できる人

それがリーダーだ。

ーーーーーーーーーーーー
おおう。筆がのってきたぜ!!!

「いや…、そんなやついない。」

・・・ていう人は多いと思う。だったら自分がリーダーやってみてもいいんじゃ
ないか?立候補して、どの山を目指すのか
なにしろあんがい順番なんてないよ。早い者勝ちだね。

もう1タイプある。

ーーーーーーーーーーーー
だれも自分の登る山(処女峰)に登らせない。だから黙っている
(単独山行)

・・・てタイプだな。だけど、ほんとにその山ってあんたひとりで
登れるの?それに20世紀ならばいざ知らず、『処女峰』なんて
そうそうないよ。。。

『近所の砂場のこどものつくった山』ならば征服できそうだけど。
それなら達成できるけど、登頂したとき「達成感」が皆無だよ。

だからこそ、4つ目のテーマが存在する。
・「誰と」登るのか?

ーーーーーーーーーーーーー
なぜ人は山にのぼるのか?

山にのぼることがすきだからだ。それ以外のことなど瑣末なことなんだ。

だれかと登り、登った感動を分け合う。
『君のおかげで登れた。自分ひとりだったらムリだった!』

・・と肩を抱き合い、涙を流したいわけである。。。

ーーーーーーーー
意外と挑戦的な山頂を目指したものの、登ってみたならば
先にまた、頂が見えるものだ。なぜか。

登る前は、登ったあとに見える頂が見えない
ーー朱色会ーー

さて、読者にお休みの前のQ。ジムにいくけどね。

「貴方は、リーダーですか?どの山を【誰と】登っていますか?」

この記事を、リーダー論の佐藤直曉さんに捧げます。
それでは今日は早いけど、こんなところで。

「求めるな。…成れッ!!」

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%BA%B4%C6%A3%C4%BE%DA%FC&ei=

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手紙

『言葉にならない』感動が、
他人との関係線を失いかけている観客の心へ
怒涛のように押し寄せ、
・・・乾いた心を癒していく。

心と心を繋ぐものの大切さを改めて思い知らされた映画となった。

終幕にてBGMに拍手が沸き起こる。
私はといえば自分自身の感動に身を溺れかけながら、
必死に拍手喝采をリアルにやろうとしている自分を
なんとか抑えていた。

人事不省になるほど、感動に酩酊した。
もはや『エモーション・ドランカー』だ。
この感覚を味わった映画はいつだろうか?

そうか、『フラ・ガール』以来だったね。

日本アカデミーはフラ・ガールでキマリと思っていた…昨日までは、
しかし、強烈な対抗馬が今日朱色会の前に現れた。

『手紙』である。

感動で、ことばが紡げない。おそらくは
たどたどしくなってしまうことだろう。しかし
それでもいい。この思いを紙に記しておこう。

鑑賞記:『私たちの内なる最大の敵は、
    【自分】の外に対する不許心(ふきょしん)』
面倒くさいんで言葉つくっちゃいました。(↑)

それでは、・・・・始めます。
ーーーーーーー

ひとつの犯罪特に『殺人』は、
3つの悲劇の始まりを生む。すなわち

加害者の悲劇の始まり
被害者の家族の悲劇の始まり
そして
加害者の家族の悲劇の始まりだ。

主演の山田孝之さん。
正直いままでの微妙な演技はあまり好きではなかったが
彼の実直なキャラクター(持ち味)が生かされた
彼の代表作となるだろう。
遺族の許しを得て号泣する直貴の演技はとても素晴らしい。

そしてエリカ。
もはやこの年代の女優では
敵なしと断言できる圧倒的な演技力と存在感を示す。
そして今回も『強い女性』をしっかり表現していたと思う。
おそらくは中身もそうなのだろう。
彼女が映画に出すぎというヒハンがあるが
彼女ほどのパフォーマンスを出せる女優が他にいないという
事実に目をむけるべきだろう。この役誰か他に演れる?いないね。

そして本映画の殊勲賞は、相方役の尾上寛之さん。
まるで、本当のお笑いさんのような自然な演技。。。
お笑いを映画の中で演技することは難しい。
永年の友人としての暖かい気配りが、心を暖かくしてくれる
・・・よく演(や)った!

あと、職人の域に到達している田中要次さん。
出番は短いものの、この映画の重要な【スパイス】となっている。
うーーん。好きです。・・すき。

まとめの前に印象にのこったシーンをいくつか。

靴音がなりひびくリビングでの食事
うーん。セレブぅ。そして、音演出はこまやかだなと
ほえぇ~と舌を巻いた。
他のシーンでも靴音、足音はこの映画の場面転換や
演出として、隠し味的に効いているところだ。

これからご覧になる方は、是非、注『聴』してほしい。

あと、「工場」の描写がすばらしい。
朱色会は工場もんなので、とても自然にこのシーンを
心の中に取り入れることができた。違和(映画)感まったくなし
とっても自然。例えば、社食(ごめんね社員食堂のこと)
のカメラアングル。厨房側から配膳列を狙っている。
うーん。玄人がうなるぅ。それとエリカが直貴たちを観ている
ときの俯瞰のアングルなんかもイイね。

スタッフのなかで工場実習体験がある人がいるとしか思えない
とてもいい写しでした。

それから、やはり気になったところ。
CG。

もはや、リアルに近づけるためにCGを使う時代は
過ぎたのではないか。桜しかり。塀しかり。
いまのCGの使い方としてまっとうなのは
7月24日通りのような使い方だとおもう。

いや、点でダメというレベルじゃない。DVD鑑賞ならば
だれも気がつきやしない。でも、大きく聳(そび)え立つ銀幕では
どうしてもわかってしまうし、見えてしまうと観客は
必然性を探してしまう。例えば、塀をとりたかったのなら
別撮りでもいいわけだし、ロングショットでなく
クローズアップでも同じ表現は撮れるだろう。

CGの使い方の理念については、最近のデジスタなんかが
とても参考になると思うのだ。

とかなんとかいっちゃもんしとるわけですが、評価は・・
ーーーー

100点です。

多くの映画ファンにお勧めしたいです。

朱色会としては、初日からお勧めできなかったのが悔やまれる。
だって、ローザ10でやってないんだもんな~。
今日は、さる人のお勧めで、シネマックス千葉におじゃましました。

もっと、社会的情勢を踏まえてマジメルにもかけるけど、
今日は、やめときます。感動の押し売りだけは
したくない。ご覧になった皆さんが思い思いにこの映画を
楽しんでくれることを切に願い、筆をおきます。

「手紙」。是非観てください!!

・・・人がひとときでも屈託なく笑うということは
とても大切なことだ。お笑いのかた。お笑いを目指すかたがた。
貴方の歩く道は、とても「正しい」!…応援いたします。

http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_1d1b.html

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SAW3 /N

SAW3 ソウ3 を観てきた。

・・・・おそらくは最短のレビュー記事となるだろう。
執筆していてキーボードに打刻する指に力が入らないからだ。
1>2>>3または2>1>>3。

ひどい。

評価:52点(←意味はあります。)

鑑賞記:『アイデアより、マテリアルが勝ると、【創造】は消失する。』

まずは、一言、「観るな。」に、1024票。
秋は収穫の秋だ。いい映画に出会えるわけだが、
ソウでない映画に出くわすこともある。

この映画は、後者である。

読者の方で、もし、映画を楽しみたいという方は
SAW3
以外をチョイスすることをお勧めする。

『ビジネスに捕らわれた映画ほど醜悪なものはない。』

それだけは、製作者にいっておく。

配給会社とその担当官におかれては
猛省をせよ。

なんじゃこりゃということで早速公式サイトを閲覧したならば
なぜこれほどの駄作に落ちぶれてしまったかの
原因の片鱗をみつけることとなった。。。
4とか5とか、観客をなめるのもいい加減にしてほしい。

この後は、機会があればDVDを手に取るかもしれないが
その可能性もほぼ0だ。

1も2もとても良かった。そのことを書いてうさをはらす
気力もない。連作とは難しいものだな。確かに
『3』が前作を凌駕することはとても希少ではあるが・・・・

こんなことを題材にして映画に臨んだ。

・SAWシリーズの魅力は、じっくりとした『人間観察』しかも『死に臨む』
・鎖(くさり)&SAW(のこぎり)と、生(苦役)&死(開放)
・バイオレンスや高度かつ複雑なストーリーに隠されている真理

などなどを書ぎたがっだぁ(←すみません。あまりの駄作ぶりになまりました

SAWは、1と2だけが『SAW』だな。
あとはSAW’(ダッシュ)と命名しておく。

・・・無為な2Hだった。もったいないことだ。。

今日は、絵もはりません。あしからず。(泣き寝入り。

同意な方々(↓)。
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id325995/p0/s5/

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省(はぶ)くと省(かえり)み

「Yさん。この『反省』っていうポスターナカナカいいですねェ~」

「あっ、これ・・これ、『反省』って書いているんじゃないんだよ。
 匠、省っていうんだよね。」

「エッ!そうなの?」

「いわれてみれば確かにそう見えるな。ホントだ」

「『反省』としか、読めないよ!」

「わははははは・・・」

ーーーーーー
11.17。

派遣先でのお客さんとの会話だ。

省みるというのは本当に大切なことだと思う。

一日仕事をして帰る。そしてその日の仕事を省みる。
うまくいったこと。うまくいかなかったこと。
そして、うまくいかなかった理由を考えてみること。

そして、それは1日区切りでなくてもいい。
一時間前にやったしごとを、いま、振り返る。省みる。
省みるとは、反省をするということだ。
仕事の中で、イケてない「自分」を発見するという行為である。

そこで発見できたイヤな自分を、明日や次の1時間で
繕う(造ろう)ことができるのだ。

振り返って…省くということばがある。

この業態で食っていく限りにおいては
不必要なことは省いていくにかぎる。
無駄なこと。無理なこと。そして無謀なことは省くべきだろう

しかし、省きはじつはマイナスの考え方だ。

たとえば、合理化のために「人」を省く。
いわゆる『省人化』である。これは気をつけたい。
企業は、ひとなり。

人が集い、力を結集することで、世の中の人様に
意味のある価値を供することができるのだ。。。

このポスターのデザイナーは、クライアントから
いわれたとき、そのようなメッセージを埋め込むため、
あえて朱色会に気がつかせるために、このようなデザインに
したのではないだろうか?

・・・・そのように確信している。
きっとそうだ。…そうに違いない。
「誰か」に「何かを」いいたかったのだろう。

さて、「おやすみ」の前は読者にQ×2だね。

『最後に省みたのは、いつですか?』

そして

「最後に【何か】を省いたのは、いつですか?」

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[es]初メジャートラブル

朱色会の[es]がぁ・・・・
オレの[es]があぁ・・・
(↑ここ、ラピュタのように読んでください(笑

起動しなくなった。。。

・・凹んでます。

いつもヘルプデスクの業務にてもずく酢を
口にいっぱいにほうばりながらユーザに、

「バックアップとってくださいよ!」

・・・っていっているやさき。。。

そう・・パソコンも、ケイタイ([es])も、バックアップとってなかったよ。

。。。ああ。。あ””あ”あ(←?

転ばぬ先の杖とはよくいったものだな。

いままでいれたお気に入りのアプリゼンブ入れなおし。。。

アドレスは、まぁSyncしていたからゼンブダメでも問題ない。

データは、miniSDだから問題なし。

しかし、、、調子がおかしい前兆まったくもってなし。
イキナリのお亡くなりとなってしまった。

今日のお昼のことだ。とくに思い当たるイレギュラーな手続きはない。

うーん。バックアップとして9(ナイン)が発売されたら
着せ替え代替として常備しなければ。。。。

初期ロットに不具合があるってWikやBlogにあるが、
ときに朱色会には連絡がなかったのである。。。。(泣

いえ、実際におこってみるとぐったりとしてしまう。

「バックアップを昨日とっていたら。。。」

この記事をご覧になったみなさん。
何が貴方のケイタイにこれからおきるかわかりません。。

『今!バックアップをとってください。』

わたしのようの悲しみに包まれることは有馬煎餅。。。。

今日はこれから飲み会というか、話を聞く会なので、これで。
くれぐれも。。。。いま、いま、バックアップを。。。(泣

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『二号』からの報告

こんにちは。わたす朱色会さんの二号をやらしてもらっております。
今日は、朱色会さんのキャラについて
わたすなりに、ご報告させていただきます。

彼は、赤いものが好きなんですよね。
ブログをご覧になっている方はご存知のことですが・・・
クルマも赤。財布も赤に変えました。
好きなケイタイ電子機器も赤があればそれをカッチャウ。。

最近は、ダウンも赤をかっちゃって
そろそろ落ち着いて欲しいとはおもっているんですが・・・

「おまえにのって汗をかいていると、キモチイイっ!!」

と臆面もなく毎朝口にだしてくれるので
ウレシぃのですが、「1号」のわたすを見る目線が。。。厳しいですね。

『なんで朝はあたしなんですか?』
・・じつは、「夜のジム」には1号をつれていくので
不思議におもって聞いてみたならば、
「【ジムでトレーニング】するとくたくたになるのだ。
くたくたになってまた、疲れるのはごめんだ。貧乏っぽくて
かっこよくないだろ。。。」

との言。…よくわかりません。

ま、でも・・歓んでもらうのはわたすとしても望むところです。
そのために生まれてきたのですから。。。
これからも、コワれるまでなんとか彼の要望を満たしていきたいとは
思って・・・います。
希望としては、すこし手をかけてくれないかな~
ということです。すこし草臥(くたびれ)れてしまったので。
新しいかたと・・・イキナリ交代ともなると。。つらい
…それだけが今心配なことです。

えッ。。わたすですか。それじゃわたすの写真をあとでアップ
しておきますので、、、お待ちくださいネ。。

2

これが、わたす。

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ウチは団扇

ヘルプデスクをやっていると、派遣先のいろいろ面白いところを見つけることができる
そのなかで、公開できるエピソードをご紹介しよう。

社内でのオープンスペースにて、派遣先の社員同士で会議をしているときに
耳につくことば。

「・・・うちは、xxxxx」
「いやだけど。うちは。xxxxx!!」

…やたら『うちは』が連呼され、耳に残る。
まるで
『熱くなった議場を、誰か団扇でさましてくれェ~』
・・・と、いっているように感じるが、それは
朱色会の思い過ごしかもしれない(笑

朱色会は、【ウチは団扇】と勝手に命名してその様を聞いているのだが、
社内のオープンスペースで行われる会議でも、白熱するものだ。
【ウチは団扇】は、そのようなときに現象としておきる。

大概、ちがう部署同士での2極の対立の場で発生する。
例をあげると、
海外EMSを含む工場管理部門。これは製造の立場で、部品の供給につき
責任がある部門と
取引先への納入責任がある、いわゆる販売部門だ。

つまり、顧客との契約の履行のために
ウチはこれをこれだけ、この時期にほしい。というニーズと、
いや、そんなことをいっても品質を維持した上での製造能力はこれこれだ
というシーズが、会議のなかでヒートアップしていくのだ。

仕事熱心なことだとおもう。それぞれ懇意にしている取引先や顧客の
代表として、権利を主張しているわけだな。しかしちょっと考えてほしいことがある。

うちは、うちは・・・ってどちらも「ウチ(同じ会社の人間)」でしょうが・・・

うち、ということばをつかうとき、うちとそとの「壁」が、そのことば
を発する人には見えているのだろう・・・

うちとそとがあるのはわかる。しかし、それは、ほかのときに使う言葉ではないかな
たとえば、社外の競争相手と「わたしたち」の間とか。。

販売部門であろうと、製造管理部門であろうとも、結局はサービスの提供先は
同じなのである。そこからお金をもらって共栄しているのだろう。

このような「現象」は、おそらくは、私が昨日みたこの会社だけの
出来事ではないだろう。

そこで、しめくくりとして、このQを、
会社で働いている読者の諸君に贈り、本日の締めくくりとしよう。

「貴方の会社には、【ウチは団扇】ありますか?」

・・・ぱたぱた。

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こどもを救えない荒涼な社会

「自分の存在が終わればすべて終わる」

「すぺてを聞いてから話し始めてほしい」

こどもの魂の叫びというか嗚咽のようなことばだ。

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=+%A4%A4%A4%B8%A4%E1+%BC%AB%BB%A6%A1%A1%B0%E4%BD%F1&ei=

先生は、生徒の「規範」だ。何のというとそれは『文字』に表されている。

先死でもないし、死徒ではない。

・・・石にかじりついても生きて責任を果たすのが

先生というわけ。

死ぬ規範を示したつもりでこの世から逃げられてもこまるな。

不渡りを出して、債権者に追求されたり、

路頭にまよう妻子を見たくないがゆえに

心中したり、自殺したりする弱い経営者に似とるな。

自殺は、自分という存在を殺害(抹殺)する「犯罪」である。

死ぬな。生きろ。生き恥をさらしてでも。・・・私も生きていきます。

http://blogs.yahoo.co.jp/jingmouyinghung/6028219.html
http://blogs.yahoo.co.jp/eveevebb/43947566.html
http://ameblo.jp/komorin/entry-10019874102.html

つらいけど。ジムに行ってきます。

ほんとは「つかいすて議員がまかり通る世」を書く予定でしたので、

誰か書いてください。

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%BB%C8%A4%A4%BC%CE%A4%C6+%B5%C4%B0%F7&ei=

…使い捨ては、せめて、『もの』にとどめておきたい。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2711346/detail?rd

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ひどいロゴ・・・

明日のネタにとっておこうかなと思ったけど。。。

あまりにも県政にダメージがおおきいので今日中に問題提起する。

私は千葉県人だ。千葉にあだなすことは極力回避努力するのが

県民の責務だ。では、これをみて欲しい。(↓)
http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/b_kouhou/logo/logo061102.html

千葉県総合企画部報道監の仕業だ。また、やってクレタようだな。

デザインは、クリント・イーストウッドより3つ年下の

仲條(なかじょう) 正義(まさよし) 氏。

GO!GO!7188。。。いや、ひなんごうごうだ。
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%C3%E7%DB%EA%C0%B5%B5%C1&ei=

うーん…朱色会が彼の「領域」まで到達していないのが悪いのだが、

容赦しないコメントをしたい。ひとこと。

「ださい」。

以上。

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千葉ロッテマリーンズ ファンフェスト2006

友人に誘われて、すっきりとした青空のなか、

千葉ロッテマリーンズ ファンフェスト2006

にいってきました。詳しくはコチラ(↓)をご覧ください。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-12

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7月24日通りのクリスマス/虹の女神

うーん。うぅーん。どーしよーかなぁ。

男は悩んでいた。曇り空の下
映画街はまったなしでかたたんかたたん近づいてくる。

ど、どぅいえばいいんだろうか?

「いらっしゃいませ。」

「7月24日。」

「えッ!お客様…今日は11月11日ですよ。」

「いやっ。だから」

つかっ、つかっと靴の音が近づいてくる。。

「あ、支配人。」と娘達。

「また、きみか。もうわれわれをからかうのは
 やめにしてくれないか。」

自慢じゃないが、朱色会は、滑舌じゃない。

「・・ですから、映画を観にきたんですよ。」

「あ、そうでしたか・・キミ、お通して。」

ふぅ。。よかった。今回はすんなりと入れてくれたな。

んで、映画がはじまったならば

『7月4日に生まれて』だった。

・・・・となったらどうしようか?うーん。やっぱり
フルネームで注文すればいいのか。。しかし、スマートじゃないし
クリスマスを言い間違えたらどうしよう。それこそ
警察ざただな。。

と・・・妄想が妄想をよび、危うく千葉中央を乗り越す
ところだった。(汗

それでは、秋の新作ラブ・ムービー祭第3弾/完結編をお贈りする。
(ちなみに、↑のような祭りは実在しない。)

件名: 7月24日通りのクリスマス

鑑賞記:「何かに」臆病な人々を励まし続けたコロッケパンと白いヒール

今回のキメ台詞。
「間違ったっていいじゃない!」

現実逃避の街としてサユリの頭に現れるリスボン。
現実の通りとして存在するやいなや?
まずは調べてみたくなる。その名前の由来も…

通りでの告白はさすがは「姫」の真骨頂だ。
BGMにあわせるがごとく、歌うように台詞を奏でる

そうかとおもうと
おいおいブラコンかよ!

大沢たかおさん。
彼の演じる人物像(生い立ちや性格など)は朱色会ににている。
親近感をもって観ることができた。

「君は、昔の俺を見ている。」

そ、そして、劇中にて主役を凌がんという光り輝きかたをしていたのが
このふたり。
YOUさん。ホントに魅力的なひとだね。

そして、佐藤隆太さん。
ナイーブな青少年ながらも、愛する人をしっかりと
見続ける。

昨今の【4作品】の中では、唯一の
劇中にて誰も死なない、そして欠けることがない
リアルなラブストーリーだ。

私たちは、存在し続け、誰かに影響を及ぼし続けることで
輝き続けるのだ。暖かい世界にいるとその暖かさに甘えてしまう
こともある。とにかくリアルなお話を隠すがごとくの
リスボンやCGのスパイスが効いています。
『姫予備軍』の女たちの応援映画として
この時期にみてもらいたい。

評価:82点

この劇場に吸い込まれたお姫様予備軍のおねーさま方。
(ナニモナイ)世界から
何か「在る」世界へ走り出す
準備は、完了したかな!(笑

オン・・ユア・マーク。。。

「レディ」GO!!

ーーーーー

件名:虹の女神

・・・特に語ることはない。思うことはたくさんあるが。。。
思うことと語ることはちがうのだ。

語ることが映画となり、その思いが伝わることで、
観客の足が、劇場に向かうのである。。

・・・この映画はかなり映画ブロガのお歴々、または
映画レビューアの諸兄から高評価を得ているようだが
じつは、朱色会にとってはあまりそう感じなかった。

感じなかった理由もいくつもあげつらうことができるが
せっかく虹の女神を楽しんだ観客に冷水を浴びせかえる
必要はないので、

「思うことと語ることはちがう」

ということを述べておく。

たとえば、この映画で朱色会が、耳に残っているセリフ

女家族のなかで孤軍奮闘する小日向文世さんが
つい娘の死の確認の道中でこぼしてしまうセリフがある

あれは、おんなの観客に聞かせていいセリフなのだろうか?

「あ、やっぱりそうなのか・・」

と、おもうだけで、そのあとなんのつながりもない。話のなかで。

それから、我らが元Winkの相田翔子の扱い方。
観ていて監督に『殺意』が沸き起こる。

34歳の独身女性がこの映画をみて、
なにを思えばいいのだろう?

「あ・・・やっぱりダメなのね。」

映画は表現物ではある。だが、その前に「娯楽作品」なのだ。

熊澤(←すでによびすて)。。
映画スクールから、やり直せ。

伝えたいことをまっすぐに表現するだけでは
お金をいただく表現物としては不足だ。
観客に、『満足』してかえってもらうためにいろいろ
汗と工夫をしなければね。

どんな風をきって歩いている女性でも
多くのコンプレックスを抱えて、悩みをもってそれでも生きている
それを映画のなかでどう「楽しんで」もらえるのか
それを考えるところから、始めてほしい。

映画のなかで映画をやる。それ自体はあまり斬新なことじゃないし、
それに、「自主制作映画」を劇場でやるのは
やめてほしいことだ。あなたは、プロなんだろ?
まっすぐ、ありのままいうことが、観客に受け入れられるとは
かぎらないのだ。

映画とは、「○」を見に行くところ。
○の中を、うめなさい。

評価:22点

上で紹介した映画とはかなりことなり、こちらはいけてない。
どちらもみていない方には、(上の)映画をお勧めする。

http://search.yahoo.co.jp/search?p=7%E6%9C%884%E6%97%A5%E3%81%AB%E7%94%9F%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%81%A6&ei=UTF-8&x=wrt&meta=vc%3D

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マイ・タイム・イズ・マイン…という考え

少しか

『しょうしか』と打ち込み、変換キーを押す。

すると【少子化】は一発ででない。
少しか か・・・
少ししか命が生まれなくなっているこの日本。

『問題』とするひと
「現象」だとするひと
さらには
関心をもたないひと
までいろいろいるわけだ。。

飲み会の席にて、男女ひとりずつから
別々の席にて、答えの断片らしきものを
朱色会はとらえた。

今日はこのことについて書く。

1.男(社会学を学生のころに専攻)

朱)「少しか」どー思う?

男)社会の未来を考えるおいて、人口がへっていくという
 オプションは、考えられていなかったわけ。
 社会は、増大していく。それが是。それを是として
 いろいろな社会システムが構築されて、維持されとるのだ。

朱)もしか、して、ねんきんのはなしかね

男)ま、それもあるけどな。もっと根源的な話だ。
 一度減少現象を始めた国家が、自身で、それをとめることはほぼ不可能
 21世紀中盤には、「移民」について考えて準備していかないとな
 日本は短(意訳)民族国家だったわけで、受け入れについて
 ほとんど免疫がない。免疫とは慣れの問題をいっているのではなく。
 何を受け入れ、何を拒絶するかという判断基準がまったくないのだ。
 免疫についての基本的考えを、この世紀前半でやっておかないとな。

朱)せいふがしっかりやるだろ。

男)「しっかり」何をヤルのかが問題なわけ。人へりました。
  人いれます。だけなら、国家やめますと動議だろ

朱)うーーーむ。む・ず・かしーから、映画の話にしない?

男)!・・・。望むところでしょ。

2.女(34歳独身。美女。こどもうんでない。バツなし)

朱)こどもほしいな。

女)あんたみたいなのいっぱいいるよね。言葉だけのやつ

朱)言葉だけでもいえてるのってだめですかね。

女)男は言葉よりこうどおじゃない

朱)押し倒せっとしか聞こえないんだけど
  なんで、こんな女や男が増えたと思う?

女)じぶんの時間がとられるのがイヤなんじゃかな。

朱)?

女)こどもでも。。いや、だんなでもいいんだけど
 やっぱり一人のときより、ほかの人の世話っていうか
 時間とられるでしょ。

朱)そりゃそうだ。

女)・・・で、結婚できないおとこもおんなも
 それが我慢できないわけ。
 「自分の時間は、自分のためにつかいたい。」
 他人のために、時間が奪われると、それが苦痛なんだな。

朱)どうすれば苦痛とならなくなるのかな?

女)それが楽しいことなんだって思えるようにならないと
 だめなんじゃない?そもそも、結婚をしたり維持できているひと
 はそれを考えないというか・・そもそもそう「感じ」ないんじゃないかな。。

うーん。なるほど。思い当たる節はあるな。。。

My Time is Mine.
か。。。ま…
Time is Life なわけだから。。

My Life is Mine.
と、同義なわけだ。意味深いな。

明日。観る映画のタイトルがきまったところで、とりあえずは
筆をおく。

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小『夏』日和

「ほんとに11月なのだろうか?」

昼飯は天気がよければそとで弁当を買って食べるのが楽しみだ。
千葉は暖かい。田舎では、この時期は外にでようとも思わない。

しかし、程度というものがあると思う。
小春日和ということばがあるが、もはや、春などという表現では
生ぬるいと、

ちりちりとしてくるふとももが教えてクレタ島。
くっきりとした「夏の影」。異常だ。

キモチイイ風がそよぐ。それで、午後にむけて
ストレスコントロールだ。りらっくするために、日向ぼっこをかねて
ベンチにめしのあと横になる。そうするとわかるのだ。ぽかぽかという
表現が適当ではないことに。。。。

肌がでているところは、ちりちりと日光につねられる。8月ならわかるが・・・
いま、11月だろ。。
しだいに、鼻の頭にみずが、鼻水じゃなくて汗なんだ。たまの。
「うーん。ううーん。・・アツい。。うーん。はふぅ…」

見上げると、落葉樹も、季節はずれの直射日光に困惑気味だ。
「秋だよな…いいんだよな葉っぱ落として。。。」

地球温暖化の(恩恵)というべきなのか。しかし、いいことばかりとはいえないだろう
いつぞやのNHKの番組で、津軽林檎はいずれ、津軽みかんになるそうなのだ
現実味を、(肌)で感じるお昼だった。

明日も、ハレルヤ!(意味不明。
パカパオ(豚)を食べました。

きょうはカルくこんなところで。みなさんも昼食は楽しんでください。。。

それじゃ、また。幕張の外は、今日もアツかった。。

So-net写真つき。(↓)

http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-09

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いじめ&自殺」列島に生まれた子供たちへ-Part.5

みなさん。いまは児童(じどう)か、学生(がくせい)さんですね。

卒業(そつぎょう)のあとは、学生でしょうか
それとも、社会人(しゃかいじん)でしょうか
とても、楽(たの)しみにしていらっしゃることでしょう。

学校生活(がっこうせいかつ)と卒業してからのことをすこし
学校を卒業したものとして、みなさんにおはなしておきたいことが
あります。

がっこうをでると、社会(しゃかい)の一員となるのですが
「社会の厳(きび)しさ」は、
がっこうとは比べ物(くらべもの)になりません。

比べ物にならないくらい、パラダイスということではなく、
むしろその反対(はんたい)なのです。

『えっ!たのしみにしているのに!』

・・・と驚(おどろ)かれるかもしれません。
もちろん。たのしみもたくさんありますよ。それはよくよく
たのしんでいただきたいとおもいます
しかし、たのしみだけでは、ないのですよ。

がっこうを卒業すると
「いじめ」も卒業できると
お考えのかたが、多いのではないのでしょうか?

・・・むしろその逆(ぎゃく)です。

学校は、実(じつ)はたくさんの大人たちに守られている
恵(めぐ)まれた園(その)なんです。
せんせいたち
せんぱい
ともだち
ふけいのかた

卒業をすると、それらすべての方の、あなたについての役目(やくめ)は終わり
あなたは、社会のなかでたったひとりになります。

あなたは、ひとりで、じぶんじしんを、しゃかいのなかで
まもっていくひつようがあるのです。

がっこうのなかのいじめなど、しゃかいにでたわたくしどもからすれば
かわいいものです。むじゃきなものです。
どうか・・・

「つよくなってください」

『いじめ』があなたのまえにあらわれたならば
とにかく逃げないで欲しい。そして、いじめというものの【正体(しょうたい)】を
じぶんなりに見極(みきわ)めてほしいとおもいます。

正体を見極めることができたならば、あなたは
しゃかいにでてから、いじめがまた現れたといしても
的確(てきかく)に自分だけで『対応(たいおう)』ができるのです。

そのために、いくつかのいじめは、
あなたの目の前に現れることになっています。
つまり、あなたの人生(じんせい)のため、用意(ようい)されています

あなたをつよくするために。

いじめは、しゃかいにでるためのかみさまからの
『宿題(しゅくだい)』のようなもの。

宿題をしあげて、しゃかいにでてきてほしいですね。
宿題ができずに、社会があなたをうけいれるかどうかは
あなたじしんがためしてみてください。
その【答(こたえ)】は・・・すぐにわかることです(笑

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マイナスの渦

あるブロガの『マイナスの渦』ということばに引っかかっている

そうだ。今は日本総てがマイナスの渦に
引き込まれているような気がする。
日本だけかな。セカイともいえるが
…いやとくに日本だろう。

目的の喪失。

どこにむかっているんだろう。いや
もう、この問いそのものが既にマイナスだ。
だから言い直す。
「わたくしはどこにむかいたいのだ?」
それはなんのために?
だれのために?

ジャイアントロボはできた
壁掛けテレビはできた
ケイタイもできた
PS3もDSLもできた(笑
あとは空とぶ円盤ですか?
なんかなぁ…ものだけ?

頂がみえない。
頂がわからない。

だから…道筋もひけない。

嗚呼、だれか、私を騙してでもいい・・・
それが、まったくの嘘でもいい
【暖かい場所】を示してはくれないか?
そこにいけば(皆が暖かくなれる)場所を。

その場所は、どこかにはあるはず。
それが、わからない。
永遠の拡散を続け、無に還るこの世においても
それは「在る」ということ
・・・その『想い』だけは、失いたくないのだ。

一(いち)にんげんなど、星の前では
朝霧の間だけ葉っぱにうかぶ水玉のひとつ。
水面に「ぽとり」落ちるその際までには・・・

…『答え』をみつけたい。

http://zgmf515.blog10.fc2.com/blog-entry-877.html
http://sleepyjean.blog81.fc2.com/blog-entry-31.html
http://blogs.yahoo.co.jp/bij7n3/43258184.html
http://blogs.yahoo.co.jp/saku_20_0000/23166735.html

http://cinematoday.jp/page/N0009393
http://homepage1.nifty.com/y2001aida/archives/archiveto/trust.html

…だめだ。これじゃ・・・最後に笑いを取ろう。

『シンジラレナ~イ!!(笑』
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A5%DE%A5%A4%A5%CA%A5%B9%A4%CE%B1%B2&ei=

展開ありました。(↓)
http://cinematoday.jp/page/N0009399

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パスワード=銀行印

パスワード・・確かに沢山ありますね。

IDとパスワードのセットで、アカウントまたはアカウント・セット
といいます。

パスワードが存在する意味。

それは、私たちが仕事の中で共有する大切な情報を部外者から守る。
それだけです。

英単語では【An account】これに対応する日本語は『口座』
銀行口座を思い浮かべてください。

「いらっしゃいませ。」

「どうも、預けている1000万円。下ろしたいんだけど…」

「かしこまりました。恐れ入りますがお名前を頂戴いただけますか?」

「朱色会です」

「朱色会様。それでは、通帳か登録いただいた銀行印はお持ちでないでしょうか?」

「いや、それが、今日は、実は・・・・忘れたんですよ。」

「もうしわけありません。それでは、口座と開設いただいた朱色会様であると
 確認ができませんので、預金の引き出しには応じかねます。」

「いやッ、ちょっとまってくれよ。オレッ!オレだよ!!オレオレ。」

「申し訳ありません。お引取りください。」

すごすごと帰る朱色会。

ーーーーー
銀行員は、大切なお客様の預金を預かるため、本人であっても
通帳や、銀行印を持参してこない客には、頑として対応しません。

実は、逆にいうと、朱色会の銀行印と通帳をもってきた別人が
銀行に現れたら、『朱色会』の要求として粛々と手続きが行われてしまうのです。

ーーーー
IDにあたるのが、「私は、朱色会です。」ということば
そしてパスワードにあたるのが、銀行印や通帳というわけです。
銀行員にあたるのが、社内ITシステムになります。

こういうわけで、パスワードがいかに重要なものであるのか
お分かり頂けたと思います。

パスワードを他人が、容易にわかるところに晒している方は

自分の玄関に、ビニール袋にいれた自分の口座の通帳と銀行印を
ぶら下げている

と同じだといえるでしょう。

パスワードは、本当ならば、一つにして自分以外が知れないように
定期的に変更してやっとその効能が得られます。

IDとパスワードを同じにしている場合は、パスワードの効能が
失われているという状態であるといえます。

私たちの利用するITサービスに、いったいいくつのアカウントが
あるのか、それをお話するはずでしたが、それはまたにします。

では、また。

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天使の卵

かたたん。かたたん。映画街が近づいてくる。
男は、考えていた。

『うーん。うーん…どうしようなァ?』

・・・どういえばいいのだろう。

てんたまひとつ。

えッ?ウチは映画館ですけど・・・・

いやッあの!その・・・

どうしたの?

となりのレジ娘が、怪訝に伺いながら割り込んできた。

だ・・だから、てんたま。。

いい加減にしてください!

つかつかと映画館の責任者らしい人が近づいてきた。

また、君か・・・今度はなんだ!

いやあの、てんたま。。

君、ケイサツを呼びたまえ。

はい。

えッ!ケイサツ!!そ・・そんな。映画ですよ。

ウチは、うどん屋じゃないんだ
ひやかしは営業妨害だ。

そうか・・わかったぞ!略さないで、いえばいいんだッ!!

天使の卵ください。

はい、こちらですね。10万5千円になります。

え”ッ。。じゅ・・・ジュエリィ?

うあ”ぁ”ぁ”ぁ”・・どうすればいいんだあ・・・

「…つぎは、千葉中央。千葉中央ォ~」

夢想はここでおわった。おそるおそる入場券をいうと、
つつがなく劇場にはいることができました。…少し
緊張はしましたが(笑

さて、与太話はこのくらいにしてレビューにはいるけれど
いっておきたいことがある。私のレビューの読者の対象は
あくまで映画をみた人しか相手にしていないのである。
だから、まだ観ていない人は、私の話はよく分からないだろう。

観てから、またおこしください。
それでは、始めます。

ーーーーー

「(セリフ)ことばの省略の美学が織り成す間(以心伝心)。」
これを捉えた観客だけが、原作者の隠れたワールドへの鍵を拾う。

鑑賞記:【一徹した、セリフの2つとばし。
     三人の恋人たちの想いはそれでも交錯する】

まずは、シナリオを練った人に拍手を送りたい。
すばらしい!シナリオだ、シナリオ(セリフ)で、
人物が完成している。最近は、このような映画とんとみない。
とても秀逸なものだとおもう。

云いたいことをことばにして話す。
受ける側は、その真意を斟酌して自分の思いを重ね、さらに2つ先の思いを
ことばにして返す。

終盤まで、このセリフの妙技というか、ココロのキャッチボールに
まずは魅了されてしまった。人がなにをおもってことばを紡ぐのか
そのことが理解している人向けのシナリオ構成である。
生粋の文学少女むけの映画だ。

これに気づいた観客だけが、この映画が単なるラブストーリー
でないことを得るわけだね。いや~~堪能。堪能。

…ただし、なぜかこの素晴らしいシナリオは、終盤は切れ味をなくしていく。
クライマックスでは説明口調となり、余計な添え物が増えていく。
これは残念なことでした。おそらくは、シナリオライターが変わったか
最初の優良なシナリオにつき、だれかが改竄をくわえたのだろうな。
ホントにざんねんだ。だいなしになっとるぞ。
本当に・・・残念なことである(2回目。)

さて、とはいえ、この映画。先週みた、「ただ、君を愛してる」よりも
ストーリー展開。動機付け。キャラクターすべて
わかりやすい。
いささかシンプルに見えてしまうきらいがあるが、
映画の素直さという点ではこちらが好みの方が多いだろう。
朱色会もこちらが好きです。

(卵)をひとことで著すならば「とってもまっすぐ」
なんだな。(ただ)のほうは登場人物みんな「とっても不器用」。
どちらが現実に近いか、どちらが自分の理想に近いかは
2つの映画をご覧になった方が、自分の経験(体験ぐふふ)
と照らし合わせて決めることだが。。。
観ていて、、とても気持ちイイんですなコレが。。

さて、それではこの映画を演じてくれた3人にご登場いただくとしよう。

人を愛することに哀しみと恐れを覚えてしまった、コニタン。

悲しみを背負いながらも、無限の「あたえる愛」を放出し続ける、隼人くん。
うーん。こんな男が彼氏だったら。その娘はラッキーでしょう。

姉と恋人に翻弄され続けながらも、愛を待ち乞いつづける女。エリカ。

3人はとてもよく演じてくれたと想う。
隼人のみずみずしいさわやかさ
コニタンの女性としての成熟なところ
エリカのもはや堂々とした女の哀しみと強さの部分
どれも、おそらくは自分のキャラクタから切り出してきたものだろうが
とてもよく表現されていたとおもいます。『演技仕事人』として拍手。

映像も、キャラクターのカラーを壊さない
京都でのロケがとても聞いている。
たしかにな。愛や恋は、ビルディングの林の中だけで
おきるもんじゃないな。紅葉のコントラストが
3人の美しさや儚さによく(効用)されてとりましたね

これは、書こうか、書くまいかいままで暖めていたものだが
この映画で書いておこう。

ひとつの確かな愛のふたりの足元には
複数の泪の屍が、横たわっている
ーー朱色会ーー

ま、だからどうしたということなんだけど。
もしも読者の方で、自分が確かなものを持っているんだとしたら
それは自分の力だけで手に入れたとは考えてほしくない。
それは、相手の力だけでもないということなんだ。
・・・大切にしてほしいね。ほんとに。

あと、きになったところをいくつか。。

やはり、父の最期については言及(補足)しておいたほうがいいだろう

狂人から、常人になる瞬間が、実は一番あぶないのだ。
その瞬間とは、こんな思いが一気にその人を襲う。
・ずっとカゾクを苦しめてきた自分の存在
・また、狂人に戻るのではないかというとてつもない恐怖
・これからも自分が重荷となって存在していかねばならないこと

などだ。これ踏み越えていける人は、そもそも狂人にはならんのだ。

評価:88点

恋愛は、まっすぐやっていきたいな
という方はとくに見ていて気持ちよくなれるだろう。
「つれてきた」彼氏に、(隼人のように)やってくれることを
はっきりとねだるべきだろう。
そのかわり、(エリカ)を強要されることにはなるけどね。
愛はGetするものじゃない。P。。。

…村山由佳 さん。富樫監督。・・・こんなトコでどうでしょうか。

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散髪休日:雑感

髪が伸びて、業務に支障をきたすほどになったので、
3連休中日に、アゼリアにCUT&COLORをしてもらいに
いったら、・・・書くことができたので報告。

クサナギくんとか、キムタクなどいまは黒髪がはやっている
といううわさで、朱色会も前回黒髪にしてみたが、
・・・あまりウケがよくなかった。
もともと、髪の毛が細くて、栗色だったのだ、
瞳と同じくらい。だから、まっくろくろすけにすれば
誰か何かいってくれるかなとおもったのだが・・・

…誰も何もいってくれない

それで、今回は、髪の色をもとにもどすということも
お願いしたのであるが、大変なことになってしまった。

11時頃からきり始めて、UPしたのが4時でした。。。

どんだけこんでるやん。。。
…ではないのだ。若手の店長が、まんつうまんで
対応してクレタ島。

黒から、他の色に戻すときは、黒は強烈なので、
まづそれを脱色して、それから、塗りなおすのです。

通常1回ですむ、カラーのぬりぬりがななななんと
4から5回(すみません。あまりにも長かったんで
正確には覚えていません)

最初、時間がかかるっていってくれなかったら、

おや、さては色をまちがったんだなと勘違いしてしまいましたよ。

いってくださいよ。おにぃさん。

ま、でもこちらは、『まな板の鯉』です。
べつに予定はなかったんで、『もう、ど~にでもして…』状態でした。

それに、たって作業しているのは店長。
誠実に対応してくれているのに、くさる態度は
朱色会の男がすたる。ことらもぐっと我慢がまんでした。
それでも、正味5時間の散髪なんて
生まれてはじめてだった。

もう。クロはヤメようとココロに誓った朱色会でした。

ところで、アゼリアにいくと私が楽しみなことがある。

・・・・それはママさんを初めとして『いじる』こと
と、いってもいやらしい意味でない。へんにかんぐらないでくれないか?

漫才のいじるです。

よくやるのが、顔芸で、真面目に作業している若い店員さんを
噴出させることだ。なんてイヤな客だろうか
しかし、これ、やってみると病みつきなんだよね。。

店員さんが、
肩を震わせて俯いたり、顔を隠したり、鏡の前で後ろをむいたり
すると『やった。やった。やった』とココロの中で連呼してます。

へんな客No.1。

あとは、会話で、印象にのこったことをいくつか

ママさん

天候が穏やかであるところから、雨が降ってもこのヘンは
水がたまらないということについて朱色会のうんちくを
披露した。この美容院は、自衛隊の駐屯地がある
(千葉では有名)

兵隊さんを駐留させておくところはいい場所にしておく必要がある

出動します。
雨降って、みずがたまりました。
出動遅れました
では話にならんから、機動力が発揮でいるいい土地を
古くからとってるんですよ

・・・て話をした。。

店長

すごく痩せて男前になっていたので、これもいじる。

朱色会の見立てでは10Kはやせとる

ジムかといったら、ジムじゃなく自己トレ+食事でやってそうだ。

それだけで痩せるんだから、若いっていうのはいいなとはおもった。
朱色会は維持するだけで精一杯なんだよね。

以上。とこや雑感でした。おやすみ。

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デスノート後編 【the Last name】

いや、驚いた。朱色会は、不覚にも初回上映を見逃し、いつもの喫茶店にて待機中なのだ。
今日は、9:15~というイレギュラーな上映スケジュールだったし、前回はそんなに混んでいなかったから
安心していつものように出たのがアマかった。

劇場のチケ売場は、デスノートファッションに身を包んだ
女子中高生で埋め尽くされていたのだ。
さながら、何かのコンサート会場。
ぐおおおおぉ。。。
当日チケットの行列だけで2百めえとる以上。異常なり。

三連休初日&レディースデイ&上映初日が
重なるとトンデモないことになる。
それと、、、tvのちからとなっなんといっても
藤原竜也だろうな。恐るべき集客力と人気の高さ。。

などと書いているうちに初回をゲットできなかったファンが
この喫茶店にも流れ込んできた。

------
執筆中ながら、答えをまっている人のために、結論だけ先に申し上げておこう。

「★★★★★」。

「金子【監督】。…おかえりなさい。」

読者の皆様。3連休の間に、観てしまおうぜ。

ワーナーブラザース配給なので、映画ファンのわくわく感に凍り水をぶっかける地獄の宣伝映画
「Save Our Movies」は事前上映されるのは、まったくもって残念だ。
因みに、これからやる映画も総てこのつまらないものを見せ付けられるので、
イヤな人は耳をふさぎ、目をつぶっていよう。(↓)
http://www.warnerbros.co.jp/web/main/movies/movies.jsp?frompage=wb_homepage_jp

・・・それでは、レビュー開始。
------

鑑賞記:『2冊の本。我々が手に取るべきは・・・どちら?』

原作(漫画)の最終回には、失望した。
失笑したことを覚えている。だから、
とても心配していたのである。
前編と同じで「トレース映画」だったらどうしてやろうかと。。

…そして、朱色会の原作の月(ライト)への魅力が急速に消失していった
あの『父親殺し』のエピソードを、どのように扱うのか?
それも気になっていたところだ。

しかし、それは、xxxxに終わった。ヨかった…。
(xxxxはことば思い出せない。すまん…)

今回の主役。ケンイチくん。うーん。かっこよ過ぎ。。
いよッ!!ひょっとこ!(←ひょっとこはとてもよかったです。
観客のココロを解きほぐすとてもイイスパイスとなっていました。
ひょっとこはいい。
ひょっとこ。サイコー。

恵梨香もよかったねぇ。アイドルより映画女優のほうが
あってるかもよ~。これからも挑戦していって欲しい。
CDより光っとるぞ。恵梨香のようなキャラは
いま日本映画会にはいない。
「必要なんだよ君が!」

・・・そして、なんといっても、竜也。
汚れ役を完璧に熱演。にんげんの愚かさ、美しさ
両面をきっちりと演じていた。
アイドルはこれで『卒業』だね。
この役は、彼の代表作となるだろう。
これからも期待します。

鹿賀丈史さん、何もいいません。いいです。
俳優として、にんげんとして完成された姿。
貴方のようになりたい

おそらくは全員5K減の減量を命じられた捜査員と女優の
みなさん。大変だったでしょう。しかし、よく耐えたッ。
カンド~したッ!!(←?)
おかげで、緊迫した画面を作ることができましたぁ
この場を借りまして、御礼申し上げます。
「ありがとうッ」(←おまえが監督なのか!)

(休憩)

朱色会の好きなシーン

政治家:キラはある意味、アリなんじゃないかと・・・
津川ジジ:誰だ!こいつを政治家にしたのは!!
朱色会:『国民です…』

さくらTVを牛耳る『さくら』。洒落が・・・
うーむ。おなごのたたかい。現代版【大奥】。(笑

おちんちんがまだ立たないボーイズにはムズカシかったかなァ~
オンナの表現といえばもうひとつ
おんなは、自分を必要とおもってくれる人を最大のパートナーとする

「TV」を嗤う『映画』。
そりゃあそうでしょ。身銭を払ってみる客とただで観ている客の差
とおんなじ。視聴率合戦か・・・さくらTVはどこ?
・・・xxxTVはどこ?

随所随所の『騙し絵』が映画通を泣かせる。
…とまぁいろいろ楽しめる。
表現の自由度が、前編とは異なる映画の楽しさを取り戻している

・・・そろそろマジメルに戻すか。。。

緩急の金子ピッチングに打者(観客)は翻弄されながら楽しめる。

…2冊の本が、この映画では登場する。
1冊目は表紙が黒く、薄い。
2冊目はぶあつい。
にんげんは、どちらの本を手に取るべきか
観客である「我々に」にその問いが向けられているのだ。

・・・確かにデスノートみたいなものがあれば
一過性には『効果』がありそうだ。
誰もが、ひとりやふたり、記入したい名前を持っている。
しかし、「それ」では、根本的な「解決」は期待できない。

にんげんは、『ながいあいだ』をかけて
ここまでになったのだ。理想に近づく「近道」はない
「おきた哀しいこと」にしっかりを目を向けて
じっくりと軌道修正していくしか、これからもないのだろう。
『ホワイト・ノート』完成への道のりは、、、長い。

カントクが伝えたかったことを
ジャンプ少年少女たちは、静かに…そして確かに受け取っていたようだった。

物語で、登場人物たちは、『生死』を演じる
生き残るもの、死んでゆくもの。
どちらも観客のココロに『生き残る。』
…にしてもだ、監督の生死感と朱色会の生死感が同じなことはよかったな。

評価:95点

満点でもいいかなぁ~とはおもう。
正直いって、原作よりもいい結末だ。
しかしやっぱし、「ちょっと…長かったぁ」
一般の観客が緊張の糸ぴっちりとはれるのは120分くらいっす。

緊張の糸がゆるんだ空気を、劇場で感じたので
5点減点どす。

・・・前編と同じ監督とは思えない。とてもいい良品です。
たくさんの方に、観てもらいたいですね。お勧めいたします!!

前編のレビュー記事はコチラ(↓)
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-06-25

他のブロガさんのイケン(↓)
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=The+Last+Name&ei=

「カントク」のブログ。(↓)
http://blog.livedoor.jp/kaneko_power009/

「作品」のへの忌憚のないレビューたちは、コチラ。(↓)
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id325401/

拙の分家:映画ブログはこちら。(↓)
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-03

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「爆発」への備え

前回、私は次のようなことを申し上げました。

江戸時代のお侍さんの刀は「武士の命」だった。

ヘルプデスクは「刀鍛冶」ともいいました。

では、

平成時代のサラリーマンのパソコンは、「社員の命」なのでしょうか?

パソコンを機械として捉えた場合、その答えは『No』です。

つまり現実で起こりえるケースとして

パソコンが壊れた。うんともすんともいわなくなったときに、ユーザの正しいリアクションは

「あ。壊れちゃった。」

そして、yyyyさんやヘルプデスクに冷静に電話して

「パソコンが壊れちゃったんで、おかわり。」でしょう。しかし、現実には

「ギャーーー~ッなんとかしてくれッな・・なんとかあ!」

となってしまいますね。

パソコンは、物流種別としては、「コワレモノ」に属します。
つまり、いつかは「壊れるもの」という心構えと準備が必要です。

どんな心構えと準備が必要なのでしょうか?

「いま使っているパソコン。1分後に爆発したとしても、私は何も失わない。」

ーーーーー
冒頭に私は、パソコンは社員の命なのだろうかという問いかけをいたしました。

もちろん、仕事人として、パソコンには命のつぎに大切なものは
あります。それは、貴方のパソコンの部品の中に存在しています。…それは、

「情報」です。

情報を、「爆発」から守る方法はいくらでもあります。

私たちが、守らなければならないもの。本日は、そのことをお話いたしました。

では、また。

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初心

xx階に席を移動しましたxxxx@ヘルプデスクです。
これからも、よろしくお願いいたします。

さて、xxxxは「ヘルプデスク」を業務としてやらしてもらっております。

ヘルプデスクとしてのお仕事は私どもzzzzに代わり、
xx事業所常駐にてyyyyほどお世話になっております。

ヘルプデスクとしてのサービスを提供させてもらっているわけですが
xxxxが、ヘルプデスクという業務をどう捉えているのか
そのことをはじめにお話させていただきます。

皆様は、業務遂行と業績達成のため、日々社内ITサービスを利用していらっしゃいますね。

・帳簿を作成する。
・Eメールを利用する。
・報告書を書く、報告する。
・電子掲示板を利用する。
・インターネットで何か調べる。
・プレゼン資料をまとめる。
・サーバに大切な情報を保存する。

などなど、その仕事の道具の代表が、「ノートパソコン」ということになりますか
(昔は、手帳と万年筆だったそうですが)
今や、ノートパソコンなしで、「仕事」を進めていくのは
難しいのではないでしょうか?

昔のお侍さんならば、それは「刀」となるでしょう。
刀はいつも帯刀し、すぐに抜刀できるように、さらに戦いに「勝利」するため、
刀の保守は欠かせませんでした。
いつでも自由に、使用できるようにしておかなくてはなりません。
そこで、江戸時代は、刀の守番がいました。
お侍さんが仕事ができるように、刀の手入れをしていたわけです。「仕事」を全うするためそれは重要なことでした。

ヘルプデスクは、現在の「刀鍛冶」です。

毎日ご利用になる仕事道具を、滞りなくご利用いただくために
ヘルプデスクは存在します。
それが、この仕事の「価値」だと思っています。

みなさんがしっかり仕事ができるように、「刀」をお世話をしています。
ですから、刀がさび付いていないか、刃こぼれをしていないのか
よく確認いただきたいのです。
そして、お客様が最大のパフォーマンスが発揮できるように
これからもサポートをさせてください。

ヘルプデスクとしては…
「抜けない刀」を皆様にお持ちいただくわけには参りません。

それでは、また。

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