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ルールは、ルールでしかない

いじめ防止のための法制化・罰則による抑止などという
戯(たわ)けた対策について一言。

もんか・教育委・PTA …そこに直れ。

「たわけもんッ!」

どこまで責任をシステム(組織)に転化すれば気が済むのか・・・・

こどもたちを、ルールにより制御できると思っているようだ。
ならばつぎのようなルールでもつくることだな。

教育憲法

ひとつ。センセイを尊敬しないものは、教育を受けられない
ひとつ。教育の場をみだすものは、ついほうとする
ひとつ。いじめは「死罪」に処す
ひとつ。うつくしいにほんの一員となるを反するものは、
    「ついほう」とする

・・・なぜがっこうがあるのか、山田 洋次監督の「学校」でも観て
味噌汁で顔を洗って出直してほしい。

ルールを強化して、うまくまわるというならば
行き過ぎた管理ルールによって生徒が爆発した時代をしらない
おこちゃませんせい
だろう。まったく、、正気のさたとは思えない措置だ。

この措置で、仮に「いじめ」が確認できなくなったとしよう
それは、他のものにかたちを変えているか
大人たちの視界から巧妙に隠蔽されたと考えるべき事態だ

「ルールは、ルールでしか、ない。」

大人たちの思惑はこうだ。ルールでいじめを厳罰化する。
それを破ったものを、学校から隔離する気なのだ

・・・日本人は確かに法治国家に生きている
しかし、法を守るよりも優先する「生きる規範」は、ある。
人間としてどういきていくのが正しいことなのか

その社会で生きているうちに学びとることはあるのだ。
法が定まればいじめがなくなるんだと考えているのであれば
それはとても『やすい考え』であると敢えて指摘しておく。
さまざまな苛めは、法があろうとなかろうとこれからも
発生する。

これらの問題は、法をまなびとる能力よりまえに納める
「人間としての常識」のなかで培うべきことである。

弱きものを守ること

邪悪なものには屈服しないこと

正義を重んずることを旨とすること

これは、法律書をひっくり返してもでてはこないが
我々はそのことが大切で守っていかねばならないことをよく知っているではないか!

法を学ぶ前とは、人間として早い時期である。

それを飛び越えて、法だから守れといっても
それは、・・・・・通らない。

「紙」をいれる順序は、よくよく考えねばならないことである。

http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/part1_4e57.html

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