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選者の苦しみPart.2

なんだ、ちゃんとパート2書くこともあるんだな。・・・と

いわんといておくれやす。

深夜UP予定。それまでコチラをご覧ください。

今回は「教育者」。

http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_edde.html

ーーーーーー
帰ってきました。再開します。

・・・トンデモなセンセイが増えた。

いやまてよ。単にトンデモな大人が増えたがための
現象であるかもしれないし、

マスコミを始めとするプローブ能力がことの他上がった
ため、見つかりやすくなっただけのことで、

古今東西あまり代わり映えしないのかもしれないが・・・

このようなセンセイたちが増えたとした場合
もうあまりそのセンセイたちに朱色会は関心がない。

どちらかというと
そのセンセイを選抜したしくみの方に関心が高まる。
つまり、なぜ、その人間が教師として採用され、
教師をつづけることができたのかということだね。

なので、今回のことでいうとあの女校長に関心が高まる
断っておくけれど、「恋心」じゃない。

しらないは、こどもと同じ。
「わたし、おこちゃまでした」と高らかに宣言しているも
同じなのだ。

・・・翻って、教育基本法だけれど、裏の本意しては
先生たちを篩い分ける「ざる」として機能するだろう。

子供(生徒・児童)は減る。だから今ほどの人数の
教師は実は要らなくなるのだ。

だから、教師としての資格を上げて再試験なり再査定をして
篩い分けするのだろう。

朱色会もじつはこの「ざる」システムには期待している
明らかに、「間違って」入ってしまった先生は存在するわけで
合法的に不適格者は除外して、新たな他の才能を
発揮してほしい。
別に恥じゃないとおもう。

なってはみたものの、合わないことってやっぱりあると思うのだ。

公務員は、とてつもない失敗をしないか、
犯罪を起こさないとその道抜けは難しいようだ。
このざるをつかって「本人が」新たな道をさがすのも悪くないと思う

そこで問題なのが、じゃあ何が残る先生なのかという条件だろ

う。イチバン多く指示されるのが、大学にいれる実績となるの

だとするとそれではダメだろう。

立花さんが失望したように、大学にあがった人間は
かなりつかいもんにならないものが増えた
人間的資質がとても低く、他人とのコミュニケーション能力や
自己表現力が押しなべて劣化している

・相手の話を理解できる
・自分の伝えたいことを他人に理解させられる
・論理・情緒両面からバランスよく自己表現ができる

など基本的なことがきちんとできるヒトが残って欲しい。

誰が査定するのかしらんがおそらく成功の可否は
それを誰がするのか、その選者の苦しみを負えるに
ふさわしいヒトが、教師を「選別」してほしい。

そこが肝心なこととなると思うね。・・・・ねる。お休みなさい。

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