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「ど」ぶろぐ事情

どぶろくは、つくってはイケないそうです。
税金がとれないから。また、ジムの後で。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A9%E3%81%B6%E3%82%8D%E3%81%8F

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嵐のような「春一番」は姿を消し、今はおだやかなり。

今日はボディパンプ45でちょっと疲れているので、だらりとした駄文にします。

喜怒哀楽は人生のスパイスだ。

喜怒哀楽のない人生など、ルゥの入っていないカレーライスのようなものだ。

ところで、喜怒哀楽を発するほうも、受けるほうもそれぞれ

その感情の寿命は異なるようだ。

楽しかった思い出は、あとから反芻してもまた楽しい。

また、哀しかった感情も、あとからまた思い出すときりりと痛む

しかし、怒ったことについては、怒った瞬間は感情が爆発するものの

怒ったことを記憶するのも難しいほど、心の中から消えてくる

このように、感情の「正味期限」には偏差があるのである。

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さて、ネットの世界を回遊し、いろんなブログに出会うのであるが

やっぱりいちばん楽しみで求めてしまうのは読んで「楽しいブログ」である。

書いたヒトの楽しい感情が、自分の心にも流れくるようなきがして

キモチイイ。

逆に、怒っているブログは、読んだ瞬間は「そうだ!そのとおり!!」

となるのだが、1日を待たずして心の外にでてしまう。つまり

弩(怒)ブログは、短命なのです。

せっかくの余暇である。

あははと笑い。笑わせたいではないか

もちろんなっていないヒト(政治家など)はこの世にごまんといる。しかし、なっていないヒトは

当然のことながら、弩(怒)ブログをいっさい読んでいない。

関心がないのだ。それに、側近が配慮してその情報から遠ざける。

どんなにブログで罵詈雑言を畳み掛けても、

選挙で勝たせてしまったら、たんに弄られているだけと「当事者」

も思ってしまう。

私たちは「書くとき」当事者に読んでもらえるのではないかと期待して書く。しかし実際にはそうはならない。それが目的であるならば徒労になるだろう。

弩(怒)ブログは書いていても一見書いてすっきりする気がするが

期待する効能としては効果がすくない手段であることに気がつくべきだ。

同じ機能は、マスコミがず~~~っとやっている。

・・・でも、当人たちは「変わらない」でしょ。

同じです。

影響力の行使として、とく政治家に対しては、選挙で落選させることだ

そのためにも、対抗馬を自分としてもっている必要がある。

その調べものをしたければ、Webの世界はまだまだそのへんが足りない

・政治家
・裁判官

の情報がほしい。選者の苦しみを得るために。おやすみ。
http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_edde.html

http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/part2_b40d.html

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=image:on+%A5%AB%A5%EC%A1%BC%A5%E9%A5%A4%A5%B9

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