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508葉:映画「大日本人」

松(本人)志。の処女作。大日(本人)(だいにっぽんじん)を観た。

映画を終えると、普通はこの映画xx点とか。
アレがヨかった。コレが悪かったなどど頭にリストが残るのが
映画の直後の観客の状態なのだが、・・・松本作品はちがう。

劇場が明るくなっても、あんぐりと口を空けたままの観客。一同唖然。
そして朱色会は、その場で頭を抱えることとなった

いつもは
映画をみて楽しいとか、悲しいとかの感傷とか
または作品や監督への
怒りとか悲しみとか起きるが、この作品ではまったく起きない。

『あれ?いまオレ映画観たんだよな。。』

観客も口々に「わからん」『難しい』
と顔を見合したり、首を傾(かし)げたり。。。

いや、意味のない映画ではない。それをそのまま
受け取っていいのか戸惑うほどのシンプルな作品だとおもうが
・・これは松本からの映画ブロガへの<朝鮮>状だ(笑

受けてたとうじゃないか・・
私は「朱色会」なのだ。逃げるわけにはいかない・・だが
時間をくれ。要旨はこの方にいっていることが正解。私は違う側面で書く。

http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id327082/rid144/p1/s0/c5/

~~~~~~
本人はいやだろうが、やはりこの人と比べられるのは仕方がないことだ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%87%8E%E6%AD%A6

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E5%BF%97

鑑賞機:現代にっぽんのリアルウルトラマンをひっさげ、
    吉本 カンヌへ初見参!

少年の頃みたヒーロー。それは、その時代を生きたものたちの共有の財産であるとともに
ほかの世代に組み入れられない【ある世代】を形成する。

・力道山
・石原裕次郎
・鞍馬天狗
・ハリマオ
・月光仮面

→王・長島
→アントニオ猪木
→ウルトラマン
→仮面ライダー

・(ヒーロー未存在時代:第一期

・ガンダム
・ドラゴンボール

・・・そして「21世紀」になり、ヒーローはまたいなくなった。

ヒーローを語るのが許されない時代
ヒーローが存在することを許さない時代
ヒーローを逢えて奉らない時代
ヒーローを貶め、嗤う時代
が今なのだろう。・・そうかもしれない。

松本は明らかにウルトラマンをオマージュしている
あの時代、少年たちはだれもが「怪獣ごっこ」をやっていたのだ

はぁ?怪獣ごっこ?シラネェ・・・となる観客は、やはりこの映画を
呑み込むことはできまい。また、月光仮面より上も同様だろう。

つまり、わからぬものたちにこの映画はメッセージをかけているのではない。
わかるものたち。つまり→マークに感応する世代にむけて
松本は同じ世代の男として語りかけている。

松本は6代目の「大日本人」であるが、
4代目の時代に生まれたかったのだ。
ヒーローが、ヒーローとして扱われていた時代。

「4代目には恩義があるんや。」

あの時代に少年をやったものならば、大人たちがそれなりに輝いていたことを
知っている。強い誇りを携え、瞳に明るさと勢いがある大人たち。

いまは、どうなのか?

それを手っ取り早く確認する方法がある。朝夕、電車に乗ってみるだけでいい。
乗客たちの顔が、それを表している。

~~~~~
できれば、(養育費のため)月80万はもらいたいと真剣にインタビューに答えるヒーロー
別居し、娘に逢いたい頻度をごまかすヒーロー
負けるヒーロー
逃げ出すヒーロー
「広告」を体にはるヒーロー(←これはツボにきた。「白い恋人」(笑
TVの要請にけなげに応えるヒーロー
花見に「持ち出し」があること突っ込まれ逆ギレするヒーロー

・・・もちろん現実に存在する「ヒーロー」たちだな。誰とはいわないが。

怪獣のほうも可笑しい。ただ、いえるのは
怪獣のほうは、昔とそれほどは変わらない。まっすぐひたむきに
怪獣をやっている。そのへんが
ヒーローの【変化】を際立たせる。

怪獣のアイデアはさすが。「世界の珍獣」を思い出す。↓
http://www.butsuyoku.net/shokugan/matsumoto/index.html
http://www.toypara.com/catalog.cgi?products/extra/matumotohitoshi/home.html

~~~~
自分の領域では如何なく自分の才能を発揮する松本だが
他人の畑では、借りてきたネコになってしまう。この映画でも
おそるおそる感が垣間見える。

また、どの監督もやはり肩に力が入ってしまうものだ。処女作はね。
映画通の松本はそのことがわかっているので、
あえてまったり感を出しているのも、映画通には見抜かれてしまうことだろう。

・・・さて、そろそろ調子がもどってきた。アクセルを入れよう。

1.松本にCGは似合わない。
本人も作中で気がつくことではあるが、やっぱりこれはだめなんだ
とCG→特撮に切り替えるところがあるが、この変化をあえて作中に残すところは
評価したい。ほかの監督さんだと、ばっさりどちらかを切る。ということは
このカットは意味があると考えるのが自然だろう。

なんというか、まぁエヴァンゲリオンのアニメ→実写に切り替えのシーンを
彷彿させた。庵野はアレで、「アニオタよ。現実に帰れ」をメッセージとしたわけだ。
実際、あの映画で私はアニメファンをやめた。

が、そもそも本作品でのあの切り替えは何を意味するのかというと
まるでこれというのが捉えられない。今は。

2.なぜ、こんなシンプルな映画にしたのか
複雑と思えるものが実はシンプルで、
シンプルなものが実のところ複雑なのが映画だ。
これは、「大日本人」の正体が松本だとしてもそうなるし、
今の日本人の【様】(←ザマと読んでください。
としてもそうなのだ。日本人を憂いている彼の苦しみは伝わってはくるが
そうなればほかの題材でもよかったはず。自分(本人)を撮りたかったということなのか?
自分のみを「売り物」にしてきた芸人らしさは感じる。

3.映画ファン・松本ファンのため、最後は表現者として【落ち】るか「スベって」欲しかった
松本は優秀なTV作品や著書を残している。だが、映画は映画での確立されたスタンスがある
それは踏襲してほしかったというのが正直な感想だ。
なんとしてもボケるだけで終わらせるぞという気骨というが意地はわかるが
そうなると観客が突っ込まなくてはならない。
でも、ほかの多くの観客は、「浜ちゃん」はやれないから、不満だけが残るというわけ。

評価:61点

・・も一度。いや何度も作ってほしい。これに懲りずに。。・・・・懲りてないか(笑

映画専用サイトはコチラ(↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-06-03

ま、アレだな。中身に入っているテーマはいいものなのだが

オブラートに包むつもりが、間違ってビニールに包んじゃったてカンジ。

ビニールを溶かす唾液をもつものだけが、この映画を(楽しめ)るだろう。。

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