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2007年12月

二根:増える「顔」芸人

顔芸というものは読者もよくご存知のものだと思う。

今、ホットなのはやはり「加藤歩」さんだろう。
なかなかに<神の領域>に入っていると思う。
顔芸の神っているのかしら?(笑

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%96%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB_(%E3%81%8A%E7%AC%91%E3%81%84)

しかし、家の人の意見では、朱色会も引けをとらないといってくれる
・・・ちょっと嬉しい。。

さて、今日のお題の「顔」芸人とは、顔芸をやる芸人のことではなく
やはり朱色会の造語である。

それは、TVによく出てくる方々だ。
・・・といってピンと来る方は、TVをよくご覧になっている方だね。

それでは、始めます。

~~~~~

バラエティやカルめのドキュメント番組において

TV画面の隅に小さな窓ができて、そこに呼ばれたタレントの表情が
常に映し出されるのだ。と、言えばみなアレとわかるだろう。

番組を一緒に観て、そのリアクションの一部始終を撮って写しているのだ
「顔」だけが写しだされるのだ
番組のスパイスとして機能しているのは明らかなことだと思う

かつて、娯楽番組において、ウケる場面におばちゃんたちの笑い声を挿入する
演出がとられていた。(今も一部残っている

一人でTVを観ていて、部屋の中に自分の笑い声だけが響くのを自覚してしまうと
<すごくさびしい>
我に返る。それを避けるために用意された
いっしょになって見ている一体感を演出するために、そのようなものが挿入されて
いると捉えている

「小窓」も同様な効果を狙った演出なのだ

観ている視聴者と、番組に参加している<芸能人>が「一体観」を共有するための
演出なのである

ま、それは認めよう。・・・しかしである。

~~~~~

番組を最後まで観て、アレと思うことがある。

番組のなかで、そのリアクションの機能だけをして、
あとなんにも披露しない者がいることに気づいた。

その芸人を、わたしは本当の芸能人と区別するために
「顔」芸人と名づける。

観ているととてもいいリアクションをする。
・・・でも、それしかしない。

そして、なんとなれば、ほとんどのバラエティ番組や
ドキュメントものでその演出が花盛りであることも事実なことだ

~~~~

芸能人は、「芸」をするから飯を食えるのではなかったのか?

・・・もちろん、リアクションが芸というならば、朱色会は何もいえないが・・・・

リアクションは芸とはいえない(きっぱり

~~~~~

芸を磨いて欲しいのだ

かつての芸能人は、<超絶なる芸>により観客を圧倒し、魅了した。

そのような芸は、昨今はとんと観ていない。

「顔」芸人を朱色会は否定はしないけれど、<それだけ>じゃだめだと思う。

芸人(芸能人)は、「芸」をしなきゃ。

おやすみ。

http://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%AD%A9&btnG=%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E6%A4%9C%E7%B4%A2&gbv=2

Kato001

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1根:(臨時再開)-「銃」は、我々のすぐ傍に在る

08年元旦を再開日として準備していたのだが、どうしても今日いいたいことが
できたので、今日、再開する。

再開するに当たり、決めたことがある。
「無理には書かない」
ということだ、毎日ともなると書くことが目的でななくて
続けることが目的となり本末転倒だ。

それじゃ、始めます。

~~~~~

わたしは、ルネッサンスの会員だ。今日も幕張ジムでトレーニングしてきた。

痛ましい事件が起きた。さすがに昨日(当日)は私もジムにいくことは
できなかった。亡くなったお二人の冥福を祈った。安らかに。

銃社会アメリカを揶揄してきた我々だが、もうそのときは過ぎたと
認める時期にきている。つまり、我々の社会も銃社会に突入したということだ

私たちの社会は、おかしくなりつつあるのではない。
おかしくなってしまっ(た)と自認しなければならない
・老醜をさらす老人たち
・責任を担えない中年たち
・子供を物の様に殺したり虐待する親またはその逆
・活きる目的を持たない若者
・まともに走れず、かつ学力が著しく低下した子供たち
・全世代を通じて、この世を<予定外に脱出>する者たち
・・・どれかが毎日の新聞記事やニュースになる

~~~~~~

報告したいことがある。
幕張ルネサンスは、(一部の催しの変更はあるものの)事件前と変わらない
運営状態をキープしていることが確認できた。

<同僚が客に、それも銃で殺される事態>

それを乗り越えようとしている。
私も激しくこれには賛同する・・・というか感動した
今回沙汰を起こした<ばかったれ>のせいで、我々の信頼関係に傷がつくことは
なんとしても避けなければならない。

客を同様に迎え、客は以前と同じようにサービスを利用する

それが、亡くなった方々の希望であると信ずる。
我々が悲しみくれるばかりでは、亡くなった方々も哀しむと思う。

<いつものルネ>をいち早く取り戻すこと

が、なによりもお二人に対する鎮魂になるのではないか?

~~~~~

自殺した男に関しては何の同情もない。阿鼻地獄でも落ちて
こってりと鬼どもに摂関を受けることだな。親もね。

~~~~

さて、この国が銃社会となった事実を認めるとして
いろいろとやることがあるだろう。やはり猟銃管理についての強化だ

今までの方法だけでは不足なのである。
今までの方法は、今までの状態ならば十分なのだろうが、
今は、今までの状態ではないのである。

チェックを早めたというがまったくの付け焼刃である
管理そのものを強化しなけばならないだろう。

~~~~

最後に繰り返しておきたい

私たち日本も、銃社会となったのだ
事実(事件)からそれを認め、状況を放置せず、対策を確実に実施して
確認していくことが、次の犠牲者をださないため、我々に課されていることなのである。

・・・おやすみ。また明日。

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