613葉:映画「サッド ヴァケイション」
女人禁制にしなければ成立しない。どうするか?
コマカ男たい
とはいわれたくないしな。・・・どうしたものかな?
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-09-16
~~~~~
http://sarouksarouk1234.at.webry.info/200709/article_16.html
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女人禁制にしなければ成立しない。どうするか?
コマカ男たい
とはいわれたくないしな。・・・どうしたものかな?
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-09-16
~~~~~
http://sarouksarouk1234.at.webry.info/200709/article_16.html
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京成ローザ10さんで、リバイバル上映をしていたので、その中から↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-09-09
最近、病的に眠い。どうしたものか?何かおかしい。
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↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-09-08
ちょっと、眠くなってきちゃった。
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風邪がほぼ治ったので、今日封切りの映画を観にいった。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-08-25
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朝から、天の釜が抜けたほどの大雨である。
仙台の2007年の『夏』は、今日で終わり。
109シネマズ富谷 にいってきます。鑑賞記は、↓にて。それでは。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/
↓)面白い画像。
http://www.ami-yacon.jp/yume_yasai/yume_yasai_hebiuri.htm
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夕凪の街 桜の国 を観て、それから、これから仮眠して、それから仙台に出発する
次回投稿は、実家または高速道路上から。
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暑気払いで、怪談を観てきました。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-08-04
そのあと、Web買い物。
http://shuseki-kai.seesaa.net/article/50277790.html
BS/CS110アンテナを、5号通過の強風のなか、取り付け。早速チャンネルを増やす。(↓

・・・これでパラボラ・アンテナを1つに集約できる。
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とてもいい映画に出会えた。お勧めします。
↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-07-21
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マンニィは去った。映画を観て、パラボラ(BSデジタル・CS110)を買った。
↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-07-15
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ダイ・ハード4.0を観てきた。詳しくは(↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-06-30
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休日ながら、投稿時刻が遅くなってしまい申し訳ない。
諸般の事情で、銭湯にいくため、下記のレビューは書きかけになる可能性が高い。
それじゃ。(←それじゃって?
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-06-17
・・・osx86のインストールに梃子摺っているのだ。ごめん。
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映画、「ゾディアック」を観てきた。
完全なヒューマン映画なので、エンタを期待する方は避けたほうがよい。
私自身は楽しめたが、観客を選ぶ映画であることは間違いがないだろう。
『暗号映画』では、ない。詳しくは↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-06-16
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松(本人)志。の処女作。大日(本人)(だいにっぽんじん)を観た。
映画を終えると、普通はこの映画xx点とか。
アレがヨかった。コレが悪かったなどど頭にリストが残るのが
映画の直後の観客の状態なのだが、・・・松本作品はちがう。
劇場が明るくなっても、あんぐりと口を空けたままの観客。一同唖然。
そして朱色会は、その場で頭を抱えることとなった
いつもは
映画をみて楽しいとか、悲しいとかの感傷とか
または作品や監督への
怒りとか悲しみとか起きるが、この作品ではまったく起きない。
『あれ?いまオレ映画観たんだよな。。』
観客も口々に「わからん」『難しい』
と顔を見合したり、首を傾(かし)げたり。。。
いや、意味のない映画ではない。それをそのまま
受け取っていいのか戸惑うほどのシンプルな作品だとおもうが
・・これは松本からの映画ブロガへの<朝鮮>状だ(笑
受けてたとうじゃないか・・
私は「朱色会」なのだ。逃げるわけにはいかない・・だが
時間をくれ。要旨はこの方にいっていることが正解。私は違う側面で書く。
↓
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id327082/rid144/p1/s0/c5/
~~~~~~
本人はいやだろうが、やはりこの人と比べられるのは仕方がないことだ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%87%8E%E6%AD%A6
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E5%BF%97
鑑賞機:現代にっぽんのリアルウルトラマンをひっさげ、
吉本 カンヌへ初見参!
少年の頃みたヒーロー。それは、その時代を生きたものたちの共有の財産であるとともに
ほかの世代に組み入れられない【ある世代】を形成する。
・力道山
・石原裕次郎
・鞍馬天狗
・ハリマオ
・月光仮面
→王・長島
→アントニオ猪木
→ウルトラマン
→仮面ライダー
・(ヒーロー未存在時代:第一期
・ガンダム
・ドラゴンボール
・・・そして「21世紀」になり、ヒーローはまたいなくなった。
ヒーローを語るのが許されない時代
ヒーローが存在することを許さない時代
ヒーローを逢えて奉らない時代
ヒーローを貶め、嗤う時代
が今なのだろう。・・そうかもしれない。
松本は明らかにウルトラマンをオマージュしている
あの時代、少年たちはだれもが「怪獣ごっこ」をやっていたのだ
はぁ?怪獣ごっこ?シラネェ・・・となる観客は、やはりこの映画を
呑み込むことはできまい。また、月光仮面より上も同様だろう。
つまり、わからぬものたちにこの映画はメッセージをかけているのではない。
わかるものたち。つまり→マークに感応する世代にむけて
松本は同じ世代の男として語りかけている。
松本は6代目の「大日本人」であるが、
4代目の時代に生まれたかったのだ。
ヒーローが、ヒーローとして扱われていた時代。
「4代目には恩義があるんや。」
あの時代に少年をやったものならば、大人たちがそれなりに輝いていたことを
知っている。強い誇りを携え、瞳に明るさと勢いがある大人たち。
いまは、どうなのか?
それを手っ取り早く確認する方法がある。朝夕、電車に乗ってみるだけでいい。
乗客たちの顔が、それを表している。
~~~~~
できれば、(養育費のため)月80万はもらいたいと真剣にインタビューに答えるヒーロー
別居し、娘に逢いたい頻度をごまかすヒーロー
負けるヒーロー
逃げ出すヒーロー
「広告」を体にはるヒーロー(←これはツボにきた。「白い恋人」(笑
TVの要請にけなげに応えるヒーロー
花見に「持ち出し」があること突っ込まれ逆ギレするヒーロー
・・・もちろん現実に存在する「ヒーロー」たちだな。誰とはいわないが。
怪獣のほうも可笑しい。ただ、いえるのは
怪獣のほうは、昔とそれほどは変わらない。まっすぐひたむきに
怪獣をやっている。そのへんが
ヒーローの【変化】を際立たせる。
怪獣のアイデアはさすが。「世界の珍獣」を思い出す。↓
http://www.butsuyoku.net/shokugan/matsumoto/index.html
http://www.toypara.com/catalog.cgi?products/extra/matumotohitoshi/home.html
~~~~
自分の領域では如何なく自分の才能を発揮する松本だが
他人の畑では、借りてきたネコになってしまう。この映画でも
おそるおそる感が垣間見える。
また、どの監督もやはり肩に力が入ってしまうものだ。処女作はね。
映画通の松本はそのことがわかっているので、
あえてまったり感を出しているのも、映画通には見抜かれてしまうことだろう。
・・・さて、そろそろ調子がもどってきた。アクセルを入れよう。
1.松本にCGは似合わない。
本人も作中で気がつくことではあるが、やっぱりこれはだめなんだ
とCG→特撮に切り替えるところがあるが、この変化をあえて作中に残すところは
評価したい。ほかの監督さんだと、ばっさりどちらかを切る。ということは
このカットは意味があると考えるのが自然だろう。
なんというか、まぁエヴァンゲリオンのアニメ→実写に切り替えのシーンを
彷彿させた。庵野はアレで、「アニオタよ。現実に帰れ」をメッセージとしたわけだ。
実際、あの映画で私はアニメファンをやめた。
が、そもそも本作品でのあの切り替えは何を意味するのかというと
まるでこれというのが捉えられない。今は。
2.なぜ、こんなシンプルな映画にしたのか
複雑と思えるものが実はシンプルで、
シンプルなものが実のところ複雑なのが映画だ。
これは、「大日本人」の正体が松本だとしてもそうなるし、
今の日本人の【様】(←ザマと読んでください。
としてもそうなのだ。日本人を憂いている彼の苦しみは伝わってはくるが
そうなればほかの題材でもよかったはず。自分(本人)を撮りたかったということなのか?
自分のみを「売り物」にしてきた芸人らしさは感じる。
3.映画ファン・松本ファンのため、最後は表現者として【落ち】るか「スベって」欲しかった
松本は優秀なTV作品や著書を残している。だが、映画は映画での確立されたスタンスがある
それは踏襲してほしかったというのが正直な感想だ。
なんとしてもボケるだけで終わらせるぞという気骨というが意地はわかるが
そうなると観客が突っ込まなくてはならない。
でも、ほかの多くの観客は、「浜ちゃん」はやれないから、不満だけが残るというわけ。
評価:61点
・・も一度。いや何度も作ってほしい。これに懲りずに。。・・・・懲りてないか(笑
映画専用サイトはコチラ(↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-06-03
ま、アレだな。中身に入っているテーマはいいものなのだが
オブラートに包むつもりが、間違ってビニールに包んじゃったてカンジ。
ビニールを溶かす唾液をもつものだけが、この映画を(楽しめ)るだろう。。
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映画「しゃべれどもしゃべれども」を観てきた。レビューはコチラ。
いい映画です。
↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-06-02
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記念すべき500葉は、映画レビューでした。でもいまいち。詳しくは↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-05-26
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レビュー書きました。コチラです。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-05-20
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観てきました。レビューはコチラ↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-05-19
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やっと書きあがりましたので。読んでや。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-05-12
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自分の『怒り』と数時間対峙した
自分自身が生み出した感情であったとしても、他の感情に
「偽装」することがあるためだ。しっかりと見定める必要があるのだ
・・・しかし、この映画を観たあとの感情は
自分への悲しみでもなく、楽しみでもなく、やはり
【怒り】だったのである。
怒りと対峙して4,5hが経った。
なぜ、この映画は私を怒らせているのか?
そのことを自分分析を含めて追記しておこう。
~~~~~~~
・・・この映画を職業人に例えるならば
『とってもへたくそな按摩(マッサージ)さん』
というのがぴったりくる。
上手な按摩さんは、別に客がアレコレ指示をしなくても
「そうそう、ソコソコ。キクゥ~~・・・アぁッ(感」
となる。
そうでなくダメな按摩さんはやってもらっている間、終始
『・・・そこじゃないんだけど。。(ココロの声)』
と下手さにイライラ感が募るのだ
そうしていつかは1箇所くらいはストライクするかなと、我慢して委ねてはみたものの
サービスの終了時刻となる
「ありがとうございます。1800円になります。」と
按摩さんがにっこり。満面の笑みで手をさしだす。私は
・・・震える手で支払う(笑
これは、仕方がないことだとは思う。
マッサージをお願いしたのは自分だし、
「客」はマッサージしてくれる人を「選べない。」
どの方が「自分のツボ」をきちんと押してくれるのか、わからないからね。
…今回は、それがあまりにも酷くて、私のほうから
「時間内ですけど、もう、このヘンで結構です。」
で打ち切る形となった。(代金は、前払いだった(泣
退席したシーンは
チエコが光だけが渦巻くディスコで、友人と知り合った男が抱き合って
いるところを見つけ、その場を離れるところで
朱色会も映画館を後にした。
工程としてはやく半分くらいのところだね。
・・・それでは、鑑賞記(←となるとはとても思えないが・・
「始めます。」
~~~~~~~~~~~~~(因みにまだ映画をごらんになっていない方は
私のブログをご遠慮してもらっています。
あまりおもしろ(く)もない海外内の佳作ショート映画を4つ
ミキサーに掛け、ばらばらになったフィルムを手当たりしだいに
つなげ、そのまま映画館で放映すると
「バベル」
になる。・・・この映画は、私が生まれてから観た映画で
最悪の駄作である。
~~~~~~~~
「わからない」でもない。要旨ははっきりしているとおもう。
それも立派なコンセプトがある。マジメルな映画はとても好きだ
だから、とても期待して映画館にいった。
「演技がダメ」だったのでもない。日本・アメリカを中心として
【てだれ】(へんかんせず
な演者たちが、自分たちの【持分】を遺憾なく発揮している
【やすっぽい】わけもない。製作費100億はナットクと感じる
しっかりとしたロケーションとやっつけでは撮れない【絵たち】
それでもこの映画は
途中で逃げ出すしかなかった。
観ていて【不快】だったのだ。延々と不快だった。それで、
劇場から「逃亡」したのである。観ていられなくなったのである
ことわっておくが、
私は自分でいうのもなんなんだけど、堪え性のあるほうだと思っている
n次会は(体が問題なければ
必ずサイゴまでいく。えてして、宴会は最後になればなるほど
「面白いこと(モノ)」が控えていることを知っているからだ
・・だが、この映画はムリだった。耐えられなかったのである。
~~~~~~~~~~~
映画は、削りの美学の象徴である
採(←意訳)ったフィルムのことをカットという。つまり
たくさんとったもののなかから、使えるものを【選び出し】
観客に伝わるように【繋げ】そして
スパイスとして【効果】(音・特殊映像効果など)をいれ
お客さんの口の前まで運ぶのだ
そうして、身銭を払ってまできてくれた客が【うまい!】と
叫んでくれるのをじっとまつこととなる。映画とはそういうものだ。
・・・上映時間には制約があり、時間内に伝わるべく
すべてのシーンは、【意味のある】そして「他のシーンに必ず繋がる」
もので構成されていなければならない!それは
「悲劇」だろうと「喜劇」だろうと「惨劇」だろうと同様である
(今回!がおおいな
~~~~~~~~~
・少年のおなにー
・チエコの「怪物」の披露
・3子の突然死
は、すべて「その場(シーン)だけの存在」だ
他につながらない【スタンドアローン】なエピソードなのだ
~~~~~~
また、伝えたいテーマを観客にわかってもらうため
劇の設定においても必然が必要である
チエコが聾唖者であること
ブラピ夫婦の三男が突然死したこと
甥が結婚すること
どれも物語をいうため、ああ。そういうことだったんだという
必然が必要なのだ。それが観客を納得させる。
(たとえば言語がことなることで他の意思疎通ができないことを
手話は世界共通語なので意思が通るのだ
というシーンをずっと朱色会は待っていた。
そのためにチエコはその映画に存在していたのだと事前に確信していた
(オナニーはなぜ挿入されているのか・よくわからない
予断だが、Evangelonのシンジのオナニーは本人の台詞からナットクできる
同じオナニーながら、なぜ、オナニーのシーンがあるのか
今回はまったくもってオナニーはわかからなかったので不快でした
できれば映画ブロガの方にだれか講釈をお願いしたいところだ。
~~~~~~~~
いいところもちょっとあったので、最後に少し書いておく。
はやり、観客に【無音映画】を体験させたことは評価するべきだろう
全盲の方が映画館にはこない
そして
聾唖者も殆ど映画館にこない
その理由を、この映画は観客に伝えた。そのことは映画のデキは別にして
アイデアとして評価できる。
「あの瞬間、観客はチエコになれた」
~~~~~~~
おおきな声で最後にいっておく。
【まずいッ】
とてつもなく不味い映画である。
口にしたものが不味くても、この映画をオトナの理由で仕事をした方々がいる
その人々へヒトコト。
・・・いつまでもその世界で蠢いていて
平気ですか?
最後にこの言葉で締めよう
喜劇であれ
悲劇であれ
惨劇であれ
【映画】は、「観客の心」を楽しませる責任がある
ーー朱色会ーー
・・・・義務ではない。
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こちらに掲載いたしました。↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-04-28
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書きあがりましたので、コチラ↓をご覧ください。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2007-04-22
いい映画でした。お勧めいたします。
最近は、ジムに熱が入り、午前様になってしまう。
ジムの施設は11時まで。それから、サウナ&シャワーなどを
してから帰宅するからだ。
特にそれを繰り返しても疲れがたまらなくなった。いいことだと思う
朱色会も体重に関しては足踏み状態であせる。夏はすぐそこなのだ。
また、食事ダイエットとかやるか。。。あれは効くけど
栄養遮断がハゲしくて顔にでるからなんとか運動で。BMIは微増。
↓
http://diet.goo.ne.jp/member/howto/index.html
~~~~~~
さて、朱色会は映画の専門ブログをやっているんだけど。そこに
挙げてくれた2名のブロガのコメントにつき、深く考えることになった
映画というものを生み出し、世に問うのはそうとうに大変な
マンパワー&マネーパワーが必要なことは想像に難くない
映画の表現者たちにとってみると2つの軸足がある・・すなわち
・伝えたいことがある
・観客に喜んで(楽しんで)もらいたい
どちらかだけというわけにはいかない。たまにそのような映画があるが
大体は閑古鳥だ。
どのようにその2つをさじ加減するのか?・・これに悩む。
いいたいことだけを単純にいうだけでは、観客は劇場に足をむけないし、
逆に、スターを連ねておもしろおかしいだけの映画は劇場をでて
「ああおもしろかった。」の言で頭や心から掻き消えてしまう。
映画をつくる人々はそのバランスに苦労するのだと思う。
私たちブロガも実はただ戯れにキーボードを打っているのでない。
伝えたいものがあるから、それに自分の時間(人生)を
割り当てているのだ。しかし、まっすぐなことばを連ねるだけでは
読者はつかないものだ。それは、よくよく身にしみている。
自分の表現している場所に訪れてくれる方々に「お土産」を持たせて
返したいな。・・・もちろんできれば楽しんでもらいたいと考えている
それは、受けてのときも同様だ
せっかく2時間のひとときと身銭をつかうのである
映画から、なにか、もぎ取りたいと考えて劇場に足を向けている
毎週そんな感じで、京成ローザ10に通ってます。。
いつも、スクリーンに隠れているお土産を探している
お土産が自分になりにゲットできたときは、差し支えないかたちで
レビューに起こしています。
『おもしろかった』だけでは<ことばぶそく>だ。
「何が」面白かったのか?
「どうして」面白く感じたのか?
・・少なくてもその説明は要る。
そのような姿勢の映画ブロガが最近多くて・・・うれしい。
鑑賞記:「ダイヤは人を殺さない。人を殺すのは・・・もちろん『人』」
私たち観客は、ついつい陥ってしまうことがある。
映画は娯楽物(フィクション)であり、
報道物ではないことを忘れてしまうのだ。
つい先ほどだが、朱色会もそれにハマった。
http://www.toonippo.co.jp/tokushuu/scramble/scramble2003/20030428.html
いわく
『ダイヤを買うやつや流通に関わるはわるいやつ』
「アフリカってなんてヒドイところなんだ。カワイソー」
などだ。もちろん解決されていないもんだいもあるが
映画を観た後、とくに現在と近い題材のときは・・
ココロにとどめておくことだな
エンターテイメントと【事実】の間で表現者たちに翻弄される
受け手が観客というものだ。それは自覚するべきだろう。
ダイヤは天然鉱物である。つまり資源で、
石油・レアメタル・ウランなどと同列のものだ。
見栄えのよくなる「石っころ」だが、市場では高値がつく。
発展途上国(←なんてまるでわがくにが発展を達成したみたい
で使うのもいやなんですが・・・
で起こる武力紛争は、さまざまな理由で「武器」の需要が高まる。
ところで、発展途上国では、その国力レベルが低いため
武器を製造できない。武器を製造しているのは、
日本を始めとした(誰が呼んでいるのかしらないが
「先進国」であり、
武器を輸出している国々は、日本のすべての友好国たちである
翻って武器を買う側は、経済的に金がないことがおおいので、
その国の資源をお金のかわりにあてがうことになる。
つまり、その国の資源がほしい国々にとって
『お客様』に置かれましてはいつまでも
貧困・低教育・紛争状態はながぁ~~~~く続いてほしいなぁ~と思っている
取引先は多いというわけ。
さて、映画の話にもどそうかな。
~~~~~~~
(映画の感想)省略。
~~~~~~
この映画、登場物である主役の「石」に<人格>を与えるととてつもない
人間喜劇になる。映画を観る前にこのブログを訪れてしまったしまった方は
申し訳ない。私の話は、きれいさっぱり忘れて、映画に臨んでいただきたい。
評価:65点
この映画を観てよくよく思い知ったことを告げ、この節を綴じる。
この世界のあらゆる国ぐには、須(すべか)らく
『発展途上』国である。肉体的にも、
精神的にも、いまも、そしてこれからも。。
ーー朱色会ーー
『世界がこれからも正常に成長するために必要なもの、それがこの映画では
なんども台詞に現れている』それを探してみてほしい。
======
・・・。(↓
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?fr=top_v2&ei=UTF-8&p=%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E6%84%9B%E7%BE%8E
鑑賞記:「女性たちよ!『自分の人生(舞台)』でバイプレーヤを演ることはないッ」
1日はMovie Fanならば映画館に足を向けるだろう。
わたしも何かないかなとおもいながら映画街に赴いた。
・・・しかしそれにしてもだ。LadysDayがあるならばだな
ManDayもつくってくれないかな。(Mondayとかさ・笑
・・え?LadysDayってManのためなの?そうか、Manの財布のためかぁ・・・
でもなぁ。いや、やめとこう。。カネのことは・・
さて、今日はホリデイ(イは大文字
に『ホリデイ』を観ましたが、そのレビューをしますが
この映画がダレに供せられたか、朱色会は観たからわかる。
その方々・・・すなわち女性たちに贈ろう。
以下のゲートを潜るのは、この映画を観た『貴方』です。。。
ーーーーーーーー「 」ーーーーーーーー
貴方は、女性ですか?・・・その証拠を見せてください。
・・・・・・・
・・・・よし。あ、そ…そのままで結構です(笑
~~
会社勤めをしている女性ならば感じることであるが
ときどき、職場では「ある風」が吹く。
その風を起こしたものが職場を去ることもあるし
その風を受けたものが、職場を去ることもあるし、
・・その両方もある。
風はいつもは吹かない
そして、何人かはそのとき
口から出かける「あの言葉」を喉の底に押し込むのだ
『なんで、わたしは選ばれないの?』
~~~~
アイリス(ケイト・ウィンスレット)のブース(仕事場)を見て
「ぎゃぁぁぁぁ、これ私の机とおんなじいぃぃぃッ」
と思った方はおおいのではないか?
(仕事の)成功を収めたアマンダ(キャメロン・ディアス)。
しかし、私生活は満たされていないことを自覚する。
いつも、(何かに)怒っている
完璧に仕事をしている(…と思っている)女性は、完璧なる恋を求める
そのようなおんな2名がこの映画には登場する。
ひとりは、涙をながせなくなり
ひとりは、男性の甘えに抗えない自分自身に嫌悪する
だが、おそらくはご存知だろうが完璧な男子などこの世にはいないのだ
2人をエスコートする野郎はこの二人
ジャック・ブラック。スクール・オブ・ロックにはほんとうに心酔した。
…イルカのような瞳は健在
そしてジュード・ロウ。
悲しみと温かさを内在させる難しい役柄を演じきった
…かおいいな。
http://movie.goo.ne.jp/special/holiday/cast.html
~~~~~~
すこしとばします(脚本家のエピソード部分は感銘を受けましたが、割愛します
~~~~~~
・・何年も「あなたを愛しています」をいっていなかったことに気がついた
女は、愛とはなにかを何かも取り戻し
・・ずっとずっと涙をながしていなかった女は、涙を流せる対象に気がつき
そのもとへ駆け出していった
『風に飛ばされるなよ。』
扉の前でたじろぐ自分を悲しむより、扉を開けた世界で起きることに
「大泣き」せよ。
評価:72点
・・・愛は、貴方のもとに「在る」
(ふぅぅぅ。とりあえず校了とします。
『食わず嫌いはよくないな』と思いかえし、
映画館に足を向けた。
鑑賞後の結論としては、『意外とイイんじゃない?』
あるある2にて日本中にその会社の名を国民に知らしめた
8系・「関西テレビ」が製作する
「アンフェア」なムービー…なんてアンフェアなんだ
とわけのわからない心持で映写機は回り始めた。。
・・・この映画は、観客の感想を「勧善」に分かつ。
どちらかというと根が【マジメル】タイプの人間には
【好】評価をもらえる。
…出演者も皆【マジメル】タイプ。
アナタにとってこの記事が吉とでるか凶とでるか
それはわからない。
涼子。キミも3つ×11かぁ。完全に『大器晩成』タイプの女優だな。これからもっとヨくなるだろう。
「サダヲっ!オレの涼子にそれ以上近づくんじゃない!」
…スミマセン。つい・・
こぅなったら病院ジャック&細菌テロルっきゃないな。。ぐふふ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%86%E3%83%AD
・・・う"う”う”・ずず・ぐぐぐ・・・じぃ
1.理解力こそが映画を受け取れるちから
・この映画TV観てないとワカランとか
・人間関係がくんずほぐれつでムズカシィとか
・ダレが裏切りモンなのかよく理解できないとか
いろいろ映画評を読んだけど。んなことない。
朱色会は、TVシリーズもTVスペシャルも一切見てないけど
この映画を一本の作品として理解できたよ。
TVケイケンなしで大丈夫です。それは、大丈夫です2回目。
2.映画界ははじめっから『アンフェア』
表現と「予算」の鬩ぎ合い
「私の病院を爆破していいです。…映画のためですから。」
っていう院長さんやオーナーさんっていないよ。だからCGにせざるを得ない。
映画づくりはいろいろなものとの格闘なのだ。
・俳優との格闘
・時間との格闘
そしてなんといっても
・予算との格闘
がいちばんキツイ。。。
プロデューサーがかき集めてくれたお金を使って作品をつくる
いいものをつくりたい。
お客さんに喜んでもらいたい
・・・もあるがもうひとつ
使えるお金と時間は限られている。
観客は、映画をつくったことがない。
ーー朱色会ーーー
爆破がCGだからどうだというんだ。
やりたいことができないことなどもっとたくさんあるのだよ。
私には、CGの爆破のたんびに、製作者の
『ごめんッ』ていう「声」が聴こえる。
3.この映画が示す【答】
お金(税金)を焼いたことが「明るみ」になってから、
このような題材はSFではなくなった。
どの役所にもこの問題はあるだろう。つまり年度ごとの「残金問題」
読者にQをしよう。月次の給料を給料日の前日まですべて使ってしまう
などという神業は、家計においては不可能なことである。
しかし、すべての自治体・役所機関ではそのことが公然と実行されとるのだ
「んな、あほな!」・・・という方は
収支報告書がすべて公開されとるから、腹を抱えて嗤うがよい!
なぜか?コストダウンを達成し、お金を浮かせたとしよう。そうすると
「じゃ、他の部署でつかいます。」
結果として、公共機関全体では減らないのだ。
この問題につき、わかりやすい映画を作ってクレタ島。
・・・小林サン。初【映画】監督おめでとう!
校了。
先行ロードショーだったため。1800円だった
ちょっとまよいましたが、『字幕(オリジナル)版』にした
・・・先行はプレミアム要素が高いためこうなるのはしかたがない。
それに、79thアカデミー賞長編アニメ作品賞受賞作品となった
…でもなぁ。いや、やめておこう。お金の話は、この論説にふさわしくない。
映画そのものは素晴らしい作品でした。
それでふと思うのは、先行を観た場合の読者への伝え方だ。
朱色会のスタンスはあくまで、「観た人」むけ。
ほとんどのMovieファンはまだ観ていない。
どうしようか?書こうか?それとも1W遅らせるべきだろうか?
いや・・・「今」書いておくことにする。カンドーにも賞味期限要素
があるからな。
それで、まだ、観ていない読者はソッコーで退去のこと。。。
映画を観られる前はコチラたちをごらんアレ。
http://wwws.warnerbros.co.jp/happyfeet/
http://wwws.warnerbros.co.jp/happyfeet/teaser_update/
http://www.cinemacafe.net/movies/cgi/14435/
(内容充実の3サイトです
それでは…始めます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
鑑賞記:澄み切った青空と穢れなき白氷とオーロラ色の下で繰り広げられる
「生命の賛歌」
評価:90点
そのわけは最後に。
封切り1W前にして、早くも50件を超えるユーザレビューがあつまる
Yahoo!映画村(↓ 賛否両論あるものの。好意的に受け止める方が多いようだ
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id326362/
私も、「オトナのCGアニメ」として1票を投じたい。そう、この作品は
大人に供せられている。
「みなさんにもお勧めします」とはいうが、みなさんとは
『世の中』がある程度見えているオトナの方々に捧げたい。(←って、私が
作ったわけじゃないが・・・
1.アメリカ産アニメの新しい表現の切り口
アニメのなかに、本当の人間を登場させるのは、本当に度胸が必要な
ことである。映画は、人間を表現するためのものである。であるから、
今までは、キャラクターを擬人化させ、その擬人性を壊さないように
するため、リアルな人間の登場をアニメ作品は遠ざけてきたのである。
【作り物の世界観】が、「その登場」によって壊れてしまうからだ。
この作品は、その『今までの』戒律を破ることに挑戦し、はんば成功している。
その挑戦そのものに、まずは、拍手を贈ろう。
2.またあとで。(イブプロフェンが効いてきた。
(超絶的なCG表現にさらに。・・・すばらしい【声】たち。
・個性
・家族
・仲間
・冒険
・自然
・人間
・地球
・資源
…多くのメッセージが積み込まれており、鑑賞する方は
多くのプレゼントを贈られることだろう。
3.but... 結末のもっていき方については疑問が残る。
我々、人間は地球のほかの生物にとって確かに『エイリアン』だ。
人間の表現の仕方も斬新さがある。劇場では、観客である我々が自身が
ペンギンの一匹にされてしまうし、人間の登場は、私たちでさえ
エイリアン出現と錯覚してしまう。
劇中で現れる『人工物』は、もはや観客の目となった場合
【宇宙船】以外のなにものでもない。
自分のことなのに。
ここまではいい。
しかし、冒頭でのべたとおり、そこからの展開や主旨は、
やはり『コドモ』にはわかるまい。この映画はアニメなので、お子さんを
つれてやってくる方もいらっしゃるかもしれませんが
この作品を受け取れる人間は、【人間を長年やっている方】となっている
だから、コドモにはつらい映画になるだろう。
特におやっと思ったのが、『水族館』の扱いかただ
これには朱色会もつよい疑念が生まれた。
おとーさんが家族を動物園や、水族館につれていくとき
ためらいを覚えてしまう状態になる恐れがある。そのつもりがなくても。
『おとーさん。ライオンさんたちかわいそぅだねえ』
・・・などと存外な言葉が返ってきそうである。
動物園や水族館にお勤めの方も、胸を締め上げられることになるやもしれん
おとーさんが水族館勤務だと、「ダブルパンチ」だな。
アニメは子供たちのものなのだ。
まずは、『彼ら』が受け取れるものにすることが第一義的なことである
「こっから先は、オトナの話よ。コドモは早く寝なさい!!」
とふすまをぴしゃりと閉められたような気がして
映画を観たという達成感が『締まらない』子供の観客がでるだろう
いきなり話が「高度」になる。
・・そんなわけで、この作品はやや「高尚」すぎる。それも終幕近くに
なっていきなり高尚化するのがいただけない。
それで、マイナス10点とさせてもらった。
しかし、全体的な構成・キャラクター・ストーリー
どれもハイレベルであるので映画そのものの作品の質はとても高い。
なのでココロが「オトナ」のみなさんにお勧めいたします。
これがホントの『肯定』ペンギン・・・なんちゃって。
(執筆途中。
鑑賞記:私たち人間が妨げられない『権力』という名の病(やまい)
原題:【The Last King of Scotland】を観てきた
イディ・アミン。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%B3
元ウガンダ大統領。その孤高と苦しみ・狂気を外国人医師の目からみた
事実を元にした映画である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80
今、BS2で彼がオスカーを受賞した。いいことを言う。
フォレストといえば『ゴースト・ドック』と【ハスラー2】だろう
http://www.wowow.co.jp/a_g2007/
(作品レビューについては後日また埋める
ーーーーーー
【アフリカを『外からみるものの目』への批判】。(あとで
からだがきつい。こころが・・つかれとる
ハラキリ・ゲイシャ・フジヤマ…
まだ、このフレーズが日本の表現として利用されているこの世界ではあるが
もちろんそのことは『アフリカ』にもあてはまる。
いわゆる偏見というやつである。
偏見の除外は、この世紀についても。。。ごほっ。
排除はとても難しいのだ。
・・・ごほ。ごほっ。。。く・・くるしぃ。
・貧困
・未開の土地
・食人族
アフリカをイメージするときは貴方はなにをイメージするだろうか?
見渡す限りの平原。ライオン?像さん?・・・・そして槍をもった鼻輪をつけた
黒人?
・・・・ごほ。ごほっ
~~~~~
ナンバー2の変遷にみる権力の構造(これもあどで。訛り亭…
【結論】
アミンも結局はナンバー2。(きっぱり。
・・・彼のその後の余生からそのことがわかる
イギリスの傀儡となることでその『玉座』を得たこともそうだが、
彼は、失脚したあとも亡命し人生を生き延びた。(没:2003年
あれだけ【むちゃくちゃ】をやった彼であっても、
彼を擁護する組織が存在していたのだった。
彼を生き延びさせたほうがいいとした『存在』がこの世には厳然としてある
その事実が、彼さえも『ナンバー2』であることの所以(ゆえん)なのである。
ナンバー1の存在はおいそれとはわからない
それが、その存在の最大の脅威である
ーー朱色会ーー
わからないから、対応も非常に困難だ。『見えないもの』
の捕らえ方、いや捉え方を、我々は何とかして習得せねばならないのだ。
↓
http://www.shinkabukiza.co.jp/
おあとがよろしぃようで。ごほん。
パフューム
・・・しばしお待ちあれ。『調合中』だ。
~~~~~~
すいません。今日は講評(レビュー)を「2本立て」でいきます。
まずは・・・【不マジメル編】から。。
世界がひれ伏す「裸」とは?
誰も『観たくない』笑劇の結末!
・・・・やっちまった…オレ。
朱色会は、自分なりに映画の見方を確立している。
だから、面白かった映画も、そうでなかった映画も
確信(核心)をもって評することができる。どちらも自問自答すれば
自ずと答えがでるのである。終幕から約4時間ほど経過したが
その『答え』がでないという不可思議な状況に置かれている。
・・・この映画は受けてである観客にコンサバティブな
モラルの破壊を求めてくる。それがいやなのである。
私の前に座っている観客の方がクライマックス直前で席を立った
のと同じように、この映画はある一線の超越を
このむと好まざるとにかかわらす容認を求めてくるという
いわばヘンな映画だ。
だから、噛み砕くことが難しい。
結局ナニをいいたかったのかが四散しているように思うのだ。
口の中に葉っぱごと入れてしまった柏餅が
飲み込めずにいつまでも口の中にある事態に似ている。
~~~~~
音楽もいい。
役者も自己の責任を全うしている。
しかし、この作品の『世界観』が容認できない自分がいる。
この映画と同じ感触を味わったときがある。そう・・・あれは
リメイクされた「フランケンシュタイン」だ。
とにかく、映像は美しい。↓このヘンなんかフレスコ画みたい。
女優さんも美しい。
音楽も美しい。
死体もやたら綺麗だ。
http://perfume.gyao.jp/intro.html
しかし、ストーリーというか。。テーマが美しくない。
・・ま、でもいいところから書いておくか。。気を取り直していってみよう
まずは、主演のグルヌイユ役のベン・ウィショー。
冒頭の見初めのシーンは、さすがは劇場上がりといった才能を強く感じる。
…こんなスゴイ人がまだ埋もれていたんだなぁ。
まるで生まれながらの天才香水調合師になりきっていました。
今後の活躍にも期待といいたいところだけど、ちょっと心配なことがある
【はまり役シンドローム】である。
役にあまりにも「はまって」しまうと、その役のイメージが抜けきれず
どの作品にでても昔の作品を引きずってしまうアレである。
例をあげると
1)タイタニックのJack Dawson役のレオナルド・ディカプリオ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AB%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%AA
日本だと
2)【帝都大戦】の加藤役の嶋田 久作さん
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B6%8B%E7%94%B0%E4%B9%85%E4%BD%9C
古くは
3)刑事コロンボのピーター・フォークさん
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF
などだ。
次作に早めに出て、この役の『におい』を落としたほうがいいだろう。
とりあえず、休筆中。
Gagaの宣伝手法は、よくわかりません。
クライマックスを映画公開中にバラしてどうすんだ!!(↓
http://movie.goo.ne.jp/contents/news/NFS120070302027/index.html
御大ホフマンさんをバイプレーヤーでつかうのもなあ
ちょっと容認できないねぇ。
~~~~~~~『マジメル編』はここから。↓
鑑賞記:「才能」という名の孤高。
人は、誰でも、他人から崇められ、敬われ、そして妬まれる才能をひとつ
神から「貸与」される。・・・期限付きで。
このブログを読んでいるあなたにもそれはある。
え?そんなもんないって?それは、貴方自身が見つけ出していない
という事実でしかないのだ。
この映画の主人公は、トンデモな人生を歩んだわけだけど。
なぜか観客は、普通の悪党とは異なる感情をもつに至る。
「それはなぜなのか?」
この映画の主材料(見世物の対象)なり視点を変えてみることで
より深くこの映画を理解できるはず。朱色会がその道先案内人を務めよう。
映画は、つねに主人公を著して表現対象の目的を達しているわけではない。
そう、この映画の本当に光を照らしているのは、稀代の調香師ではないのだ。
彼の目を通して見えるもの・見えたものが本来表現者が表現したかったものである。
その名を「体臭」
いや・・【大衆】という。
何人もの「普通のひとびと」が彼の人生を通り過ぎる。
彼は、この映画で、カメラの役目をしているのだ。
先鋭化していく彼を止めたものはいない。
彼を望み、持ち上げ、利用し、どうにもならない状態まで追い込んでいった存在
それを冷徹に、そして克明に記録したフィルムがこの映画ということだ。
主人公は、そのような卑小な存在でいることに嫌気がさし、
そうして、それを実行した。
あなたは、この映画をみて、いやな気分になったはず。
その感覚はただしい。映画のスクリーンは、時として現在の人間の鑑(かがみ)と
なることがある。貴方がいやな気分になったのは。そう
「あなた自身の姿が、スクリーンに映ったから」なのである。
先鋭化した人間はいずれ、普通の集団からハズれていく。
「縁」をなくした人間が思うことは、たったひとつ。それは
『世界は、【わたし】のために在る。』
かつて人間をして、たしかに獣のような振る舞いが公然と行われていた時代
それからだいぶたつけれど。。。
それほどは、人間は変わっては、いない。
香料・・・いや。。。校了です(泣
鑑賞記:ひとりよがりな『幽霊』と自暴自棄な「人間たち」
・・・どちらもありきたりでコワくないなぁ。
監督の「葉月の幽霊姿をみたい」から、はじまった映画づくり。
http://sakebi.jp/index.html
それに巻き込まれてしまった(あるホラー映画ファンの苦悩と嗚咽)をお贈りする。
「黒沢清」という人間はポット出の監督ではない。
↓)長い下積みから、いまの地位を築いた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E6%B2%A2%E6%B8%85
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%83%E3%83%88
http://ja.wikipedia.org/wiki/IPod
また、監督人生としてもホラーになにやら思い入れがあるようなキャリアである
で、あるから、朱色会もとっても楽しみにして劇場にいったのである。
それは、前節の『ドリームガールズ』のやくみつる(←まちがい
約2H前の出来事だった…。
~~~~~~~
・・・リアルにおきる事件が、『想像』を上回って久しい。
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%AE%8B%E8%99%90%E3%80%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6&ei=UTF-8&x=wrt
このため、映画を作る方々の苦労も大変なものだろう。とくに、
ホラーとなるとよっぼどうまくやらないと
ホラーなのに『ふつう』の烙印を客からいただくことになってしまう。
「ほらぁ、だからいったじゃない。○ろろにしとこうって!!」
私の映画を愛する心が、私自身を責め立てる。。
失われた2hは、どう足掻(あが)いてももどってはこないからである。
『かえせぇ~~~~』(キターーーーーーーーーッ…久々。
きよしィ~~かえせェ・・・か・え・せぇ~~~
カッ・・・エ・・・せええええええええェェェッ
(↑少し、叫んでみました(笑
~~~~~~~~~
甘党なひとは、無性に甘いものが食べたくなるものだ。
甘味処にいき、まるで、麻薬でも貪るように寡黙に
あんみつやら、ぜんざいやら、それから、しるこを黙々と
舌の上に乗せていく。
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=image:on+%B4%C5%CC%A3%BD%E8
たっぷりと甘いものを食べたいのである。
であるから、甘味処も、そのお客様用にどっしりとした甘いもの
を味わえるように準備をしているものだ。
ひとしきり食べ終わったあと、
「ふぅ。あふぅ、甘かった!」(←あふぅがポイント。
と満足な顔をして、お店をでる。
甘味処とは、そのような方のために存在しているお店なのである。
甘くないものをだす甘味処など、【無価値】なのである。
~~~~~~~~~~
ホラーが好きなひとは、無性に怖がってみたくなるものだ。
ホラーにはいろいろなジャンルがあり、
それぞれ味わいかたがことなり、かつ細かく「体系化」されている
だから、
牡丹灯篭がすきなひとに殺人鬼フレディ・クルーガー(Freddy Krueger)
を与えても「萌え」ない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%A0%E8%A1%97%E3%81%AE%E6%82%AA%E5%A4%A2
逆に、死霊のはらわたが好きな人に
貞子を与えてもいっこうに反応しない
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E8%88%B9%E5%8D%83%E9%B6%B4%E5%AD%90
客に喜んでもらうために、
まず、この映画が
牡丹灯篭なのか
死霊のはらわたなのか
貞子なのか
フレディなのか
「店」のジャンルを開幕後冒頭に示さないと
しるこ がこれからでてくるのか
ぜんざい はまだなのか
まさか しめはウメ昆布茶じゃないよね
といらない外乱だけが頭を占拠して、
身もココロも、『ホラー脳』にならないのである。
ーーーーーーーーーーー
・・・まだまだつづくよ。説教は。
(以下、調査。執筆中(特になぜこんな駄作が公開されるハメになったのか
・・について。
役者さんたちは、きっちり自分の責任を果たしていることは確認ができる。
(しかし、銀幕をみるかぎりにおいて
その役になりきるというよりは、その人なりの「役者流を示しているだけ」の
ように朱色会は捉えた。
さすがに『撮りたかったカット(葉月の幽霊)』のシーンはリキが入っている
秀逸なできだ。この2分間だけの上映でエンドロールでヨかったのではないか?
出演者たち個々の表現者としての演劇技術力:高
ストーリー/構成:だめ
テーマ:前半だけでいっぱいいっぱい。あとは自己崩壊
主題:なし(←映画サイトで知りました
主題歌:良
結論:コワくない小難しいだけのホラー映画は、、、
『ほら映画』と命名す(きっぱり。
・・・・おいしい甘味を口直しに食べに行こう。。
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=image:on+%B4%C5%CC%A3%BD%E8
~~~~~
評価:不能
・・・今にして思うと、「ひとりよがり」で「自暴自棄」だったのは
出演者じゃなくて、スタッフのなかの(ひとり)だった…(落胆笑い
…たはは。
ま、映画も「玉石混淆」なワケで、あたりハズレは仕方がない。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%CC%C0%D0%BA%AE%DE%C2
【犬に噛まれた】とでも思って、我慢します。
今年初の↓映画。
・・・でも、心が・・・「ハバネロ」になったことだけは確かなことである(怒
<img src="/blog/_images/blog/_d6b/shuseki-kai_org/6615177.jpg" />
http://tohato.jp/products/habanero/campaign.html
カカオ入りか…(ま、まさかナカ~タが絡んでいるのだろうか?
観客を、「他の感情」で(叫ばせて)どうする?
とりあえず校了。
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鑑賞記:「うた」の強さ!【声】の強さ!!『ことば』の強さ!!!
・・・そして生きていくという強さ。
「∞」。
今日は、実は映画を2本観たのだが、1本目は完全にすべてを忘れてしまった。
たしか・・・そう…あれは日本映画だったとおもう。
それほどに、2本目は強烈に朱色会の心を打ち抜いてしまった。
『ドリームガールズ』である。
圧倒的なパワーで人生を歌うかれらの力強さに、、、
・・・力づけられたというよりは。。バシッと背中をたたかれたような
きがする。
『あんたも・・・しっかり生きなさい!!』
彼ら、いや彼女たちの漲る強く生きる姿に、上映中ずっとあてられ、
正直ぐったりしてしまったのが本当のところです
この映画の優れているところは、いくつか種類のことなる観客が
それぞれ楽しめる点である。
・60s-70sアメリカンPopsミュージックがすきな方々
・ショービジネスの光と『闇』を堪能したい人
・ビヨンセや、ジェイミーが好きなファン
冒頭にすでに採点は完了している。
とってもお勧めな映画です。明日ご覧ください。それでは・・はじめます。
~~~~~~~
全編を通じて観客に土砂ぶりの雨のように降り注いでくるもの。それは「歌」。
歌のシャワーと言っていいだろう
この映画でまずは感じたのは、人生を歌うかれらの詩、
すなわち『ことば』である
日本はもとより、アメリカでもやはり『歌詞』は軽んじられる傾向にある
リズム重視。ノリ重視。そしてそれがどこからくるかというと
『売り上げ』重視だ。すなわち歌の成功とは、CD(レコード)の売り上げ
というのが巷の一般的な概念だろう。
劇中でもそのことがとてもよく著されているシーンがある。
(後半にあります。
「ワン・ナイト・オンリー」という曲が2曲でてきます。
聞き(感じ)比べてみてください
・・・・この映画が述べたいことは、その対極にある。
何人のこころを響かせたのか、それを歌い手として実感できたのか?
そして、その舞台の上でも観客席でも何人を感動させることができたのか?
そこに実は成功があるのだよ。
・・とこの映画はいっている。
歌を歌うという情熱はどこからくるのだろうか?
歌を聴くという感情は、どこから生まれてくるのだろうか?
この歌を広めたいという想いは、何からやってくるのだろうか?
この映画は、その答えをしっかりとあらわしている。
『あたしは、、歌。』
~~~~~~~~~~~
あなたにも大切にしている歌があるはず。
それがもしあるのならば、そのCDを探し出して
中にある紙をひっぱりだしてほしい。
そして、そこに書かれている文(ふみ)を、じっくりとかみ締めながら
ゆっくり声にだして読んでみよう。
貴方が、なぜそのうたが好きなのか?
…その『答え』があなたのココロの中に生まれてきます。
「少女は、いずれ自分が操り人形ではいられないことに、自分から気がつく」
戸田さんの字幕がすごい。筆がノリノリだったんだとわかる
すばらしい言葉の数々に、しばし、画面を観れなかったほど。
う~~ん。いつもながら、「いい仕事」です。
・・・・大変にすばらしい映画を観た。
ぜひ、あなたもこの映画をごらんください。
多くは語れない映画だ。あなた自身も何か異なる答えを見つけることと
なるだろう。おやすみなさい。
(校了。
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鑑賞記:「世代を越えて輪廻する純真で不器用なトライアングルたち」
先週の3連休にて、お目当ての映画はすべて観てしまった。
もよりの駅に張ってあるポスターに目をやる。
「『天国』か・・・てんごく。いいなあ天国かぁ…これにしよう。」
~~~~~
エンドロールが、読めなくなった。
・・・この体験を最後にしたのは、いつの映画だったろうか?
前半のたどたどしさは、今年初の「途中退場」か?とふと思ったが
後半盛り返し、ラストは怒涛のダム決壊がまっていた。
この映画、観客として観るには胆力がいるが、最後には観客にたくさんの
プレゼントが用意されている。
おすすめします。ご覧ください。
=====
ひとつの幸せがうまれたとき、
ひとつ以上の哀しみがうまれる
ーー朱色会ーー
私たちは、このことをよくよく知っている。
なぜそれが起きるのか? ある人を好きになる人は
「ひとりではない」からだ。
舞台は、築地。
この風景も、数年後にはなくなる。(↓
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%C3%DB%C3%CF%20%B0%DC%C5%BE
蟹江さん。ぶっきらぼうながら暖かい河岸の男を演じる。
いしだあゆみさん。
「もうひとつの結論」を出したおんなを演じる。いつまでもチャーミングな人だ
・・・様々な人の想いが交錯する
恵梨香もだいぶ「人」を演じることが上達してきた。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-03
綾。「宇宙一美しいおでこ」は健在。
『友情とやら』に翻弄されるおんなを確かな演技力で、私たちを魅せてくれる。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-21
イノッチ。(写真なし)
(いつものことながら、V6の兄さんの写真がない。…事務所の圧力だろう。どう考えてもファンの心を踏みにじる行為である。(怒
イノッチにとっては、この現場はいい勉強になったのではないか?
最後(トリ)は、清木場(きよきば)俊介。
「天は二物を与えず」ということばは、彼には通用しない。
初出演とは思えない堂々たる振る舞い。とてもよかった。また出てほしい。
http://shopping.yahoo.co.jp/p:518867:domain=music;page=
評価:87点
~~~~
いつの時代も、「トライアングル」は存在する。
貴方も『その一部』だった時節があるはず。
(そのときの想い)が蘇る。
この国の音の筆頭である音と次で構成される言葉
【愛】
『相』
「哀」
私たちは、現実のなかでもうすこしこの言葉を大切にするべきだ
そのことを、劇場をでるとき思い起こした
悠久の時の流れのなかで、人と人は出会い、愛し、…そしてお別れがくる
その繰り返しだ。そのなかの一つを、築地という町でおきたことを
切り取った物語。
・・・朱色会にとってこの映画は、そのような映画でした。
すがすがしい(春)のような風が、朱色会の心に吹き込んできた。
最後に読者にいっておきたいことがある。
題名のことばは、実は、正しくはない。
「天国は、『ここ』(現世)にある。」
この世において、【貴方の天国】をもとめてください。
他の鑑賞した方のイケン(↓)
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id326154/
http://movie.goo.ne.jp/review/movie/MOVCSTD10126/index.html?flash=1
(V6の兄さんの写真がない。イノッチ。。。
やけくそ
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail?ty=mv&id=15554
(校了)
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《前説です。》
3連休で、3つの映画を観ることができた。
・世界最速のインディアン
・Shooting Dogs【邦題:ルワンダの涙】
そして本日は
・The Secret Life of Words【邦題:あなたになら言える秘密のこと】
である。どれもとても素晴らしい映画だった。
実は、昨日観た映画があまりにもヘビーな映画だったために、今日は
ライトな(カルい)ものを見に行くつもりでチョイスしたのが
本日お届けする映画なのですが、・・・「とんでもない。」
Shooting Dogsの2倍ヘビーであり、
朱色会にとっては、3本のなかで一番心が震える作品となりました
語弊があるかもしれないが、存外な『大収穫』だ。
この映画、なんの予備知識もなく観ることをお勧めします。
そこで、もし、『観ようかな?』と思ったかたは即刻退去願いたい。
私のブログの信条は、【観た人むけ】。
鑑賞が済んでいる方が読んでいることを前提に書いているからである。
大変よい映画です。
本作は、2007年度朱色会アカデミー賞【作品賞】ノミネート作品となります。
本編をごらんになった方のみ、
下のゲートを潜ってください。
それでは、22時頃に校了をめざして。
「始めます。」
==========「」===========《前説ここまで。》
~~~~~
Sarah Polley (サラ・ポーリー)。
http://movie.goo.ne.jp/cast/58887/index.html
工場の仲間とは誰とも心を通わせることなく、
ヒロイン(ハンナ)は黙々と仕事のみに専念している。
食べるものも、チキン・ライス・リンゴのみ。
趣味らしい趣味もない。合間にやっている刺繍は「ひまつぶし」に過ぎない。
まるで自分の人生が終わることを急ぐかのように、淡々と仕事だけをこなしている彼女。
しかし、そうしなければならない、誰にも知られたくない「秘密」を彼女は持っていた。
Tim Robbins (ティム・ロビンス)。
やぁティム。朱色会が貴方を知ったのは、ジェイコブズ・ラダーのあの圧倒的な
演技だった。あれから大分たつけれど、あの作品を上回るものには出遭えなかった
んだね。この作品にめぐり合うまでは。
http://movie.goo.ne.jp/cast/16492/index.html
海洋石油掘削搭で働くジョゼフ。火災(事故)により大やけどを負うがそれも
ワケがあることだった。彼も、誰にも知られたくない「秘密」を心のなかに隠していた
ーーーーーーーー
…監督はこのヒト。↓イサベル・コイシェ女史。
有名な作品は、『死ぬまでにしたい10のこと』なのですが、朱色会は残念ながら未鑑賞です。
さてと。副題は・・・
鑑賞記:相手の深い悲しみを知り、理解し、共有できて始めて深い絆がはじまる
人間を「長い間」やっていると、誰にも知られたくない心の傷を
いくつか背負うものだ。朱色会も5,6個は持っている。
このブログを読んでいる貴方もそうだろう。
それは、心の深い底に沈みこませているにも関わらず
本人の表情、行動、性格に現れる。多くは悲しみそして苦しみとして。
「この傷を癒す方法は、ないものだろうか?」
この作品は、その傷の『癒し方』について言及している作品だ。
日本はしらないが、石油掘削搭に「就職」する男たちはやはり
過去をもち、外の世界(街)とは一線を隔している。
いわゆる、「すねに傷をもつ男たち」
彼らは、故あってここに流れ着いた。他にいくところはない。
・・・だから、『事故』も起きる。
起きることを、彼らは予想し、そして心構えているのである。
彼らはそれほどに敏感だったから、ハンナとの付き合い方も
とても繊細に接している。なぜ、看病を志願したのかなどという
無為でくだらない質問はしない。
彼らと接しているうちに、彼女のなかに変化が現れていく。
そして、彼女は、「答え」を見つけた。
その哀しみを一生をかけても自分のなかで償却することは
不可能なことであることに。
心に傷をもつ男たちは優しい。傷があるもの、傷をもたないものを見分け
どう接すればいいのかを心得ているのだ。
翻って、彼女を救うことで、彼もまた、救われたのだと思う。
過去は、、、消せない。消せないのだ。
ううぅ(嗚咽
人間の優しさ、他人がいなければ癒されないこともあること。
どんなに辛くさびしくても、それでも、人生には生きる価値がある。
・・・そのことを、この女性監督は、訴えている。
評価:96点
人間をやっていて傷ついた方は、この映画をご覧ください。
見えていなかったものが、見えてきます。。
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・・・ずっしりとした重厚感(事実)が観る者の心を座席に縛り付けて離さない
鉛のようになった体を、座席からなんとか引き剥がし、帰途についた
私にとっては、「挑戦」となる。この映画を評することができるのか?
現在は執筆に向けてクール・ダウン(心ではなく頭の冷却)と
取材中である。そうそうひとつだけ、
点数は私の能力ではつけることはできないだろう。
【∞】(評価不能)とさせて欲しい。
邦題は、『ルワンダの涙』だそうだ。…涙だとぉ。
『なにが、涙だ。』
これほど、内容と邦題が乖離しているのも珍しいことだ。
せめて、「ルワンダの血」とか「ルワンダの骨」くらいにしろ。
それでは、後ほど。(かなりビビッてます。
校了完了は、日付を跨ぐだろう。
それまで、↓でもご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E7%B4%9B%E4%BA%89
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%8E%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E9%9B%A3%E6%B0%91%E6%95%91%E6%8F%B4%E6%B4%BE%E9%81%A3
~~~~~
やはり、この映画を観てしまった者として、これから始めなければならないだろう。
とてもつらい。
あの青年のことである。
私も、「持っている」のだろうか?彼のあの「狂気」を…
…人間には『スイッチ』があり、そのスイッチの手ごたえに差があるだけなのか
すなわちてこでも動かないものから、小指だけでONになってしまうものまでいる。
この日本とてそれは例外ではないことは、巷から流れるニュースが教えてくれる。
続ける?(続けます。くるしいけど。
私は、人間だ。
そして彼も人間なのだ。彼が宇宙人で、このお話が、SFだったら、どんなに・・
どんなに、か・・・気が晴れるかしれない。しかし…
この映画の題材は、世界でも認知され承認されている事実なのである。
つまり、認めなければならない。
私にも、そして、このブログを読んでいるアナタも、「それ」をもっている。
ハエの、、蝿の…羽音が、耳から離れないよ・・・(泣
続ける?(大丈夫だよ
~~~~~
ジョン・ハート。
【Vフォー・ヴェンデッタ】↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-04-29
での彼の悪代官ぶりは、名優として実力をいかんなく発揮した結果だが、
本編においても、辺境(失礼 の地での
英国ローマン・カソリック教会のクリストファー神父役を全うしている。
ヒロインは、これまた、
【人類のこどもたち】↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-23
にて、異彩な演技をいかんなく発揮したクレア=ホープ・アシティが、
ツチ族の少女マリーを好演。
この二人に押され気味ながらも、自分のいまの演技を精一杯しているのがわかる
Hugh Dancy (ヒュー・ダンシー)
がNPO(海外青年協力隊)として国際社会に貢献しようとするコナー教師を熱演。
この3人を中心に、あの事件(史実)が描かれる。
ふぅ・・・つづけます。
=====
ひとつ、日本人としてよく解らないのが、「宗教」の描き方だ。
なぜ、神父はあそこまで強くなれるのか?
「すべては、神さまがお決めになったこと。」
異常事態においても自己のカタルシスを封印し、神とともにあることを選ぶ
クリストファー神父には残念ながら、朱色会はついていけなかった。
人間、あそこまで強くなれるもんなのか
入信するということは、反面ある恐ろしさを感じる。
===
わたくしたちはよくわすれてしまうことがある。
【軍人】とは実は、ウルトラマンとか仮面ライダーのような
「セイギの味方」ではない。
ある政府に属する「公務員」であり、背広を着た本国の人間の命令に絶対服従の
存在なのだ。
そして、さらに哀しい事実として、その背広を着た人間は、ほとんどの場合
現場を把握せずに自国内のオフィスにて、本国の権利・人権を優先して命令を下す。
~~~~~
やがて、「そのとき」がきた。「このあとのこと」は、、とても書けない。
いろいろな資料をみても、認めたくない自分がいる。
これが、人間なのか?
これが、民族なのか?
これが、世界なのか?
そして、これが『この世の現実』なのか?
・・・認めたくはない。しかし、それは、史実として歴史に刻み込まれていることだ。
この映画は、
人間の「よわさ」
民族の「狂気」
そして国家の「非情」をあますことなく表現している。
正直いって「楽しい」映画ではない。しかし、貴方が人間というものの
内面というか、中心というか、裏面を把握したいとおもうならば
つらいけど。。観ておくべきだろう。けっして朱色会は
「お勧めします」とはいえないが。
人間・社会・国家の哀しい一面を、スクリーンの中に捉えることができる
というか津波のように貴方のココロを蹂躙し、私のように
観客席に、押しつぶされることだろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E5%A4%A7%E9%87%8F%E8%99%90%E6%AE%BA
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80
ひとつの希望があるとすれば、この狂気さえ、人類は記録し、覚える(飲み込む)ことが
できるということだろう。明日へ進むために。
フツとか、ツチとか
クロとか、シロとか
「小さきこと」に拘らず…
全ての人類に『幸』がおとずれんことを、願う。
この映画では、人間の素晴らしさに涙をすることはない。
もし、貴方がこの映画に涙をするならば
それは、人間のおろかさ、ちいささ、そして哀れさに涙するだろう。
・・・なんとか、書けた。ふぅ。
(校了です
Yahoo映画ユーザー・レビュー↓
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id326158/
そして、「人類」は成長していない。↓
http://wiki.fdiary.net/sudan/
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鑑賞記:夢に挑むひたむきな姿に心酔するスクリーンの前のキャベツたち。
アンソニーmeetsバート。
結論から言うととても朱色会のツボにはまる映画だ。
人間鳥コンにも通じる感動があるな。
たいへんすばらしい映画です。
上映されている劇場はすくないですが、
是非大画面で、疾走するバイク(と彼)の雄姿をごらんください。
以下。取材&執筆中。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD9771/index.html
http://sonypictures.jp/movies/theworldsfastestindian/
アンソニー・ホプキンス。
といえばジョディと競演した「羊たちの沈黙」のレクター博士がよく人に
知られている。ホプキンスといえばレクターということだっ(た)
しかし、それは今日までだ。
これからはアンソニー・ホプキンスといえばバートとする(きっぱり。
バート・マンローは実在の人物だ。(↓)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4270001828/ex-product-22
↑この人は、(劇中でもそうだったように)モテまくりだったろうな。
・・・おんなにも、そして男にも。
『夢』。
この世において夢と対峙しかも長期間対峙し続けることは並大抵のことではないことだ。
それは、朱色会の読者ならば同意してくれるにちがいない。
夢を捨てずに挑戦をやめない人には、ひとが集まる。
その人を助けていくのだ。夢の『王道』をなぞるように、
ボンヌビルへの彼の「道」が拓けていく。。
・・・ただひたむきに夢にむかって、まっすぐに、そして淡々と進む
バート。その人間の輝きにあてらえたひとときだった。
夢をもつことの大切さ。
夢を、持ち続けることの大切さ が観る人の心に還る。
~~~~~~~~~~
評価:95点
突き抜けたカンドーはないものの、じんわりと沁みる感動を手にいれることができる。
え?鑑賞記のキャベツがわからない?・・・映画をご覧ください。
他の方も絶賛ッ。↓
http://homepage3.nifty.com/ccp/hihyou/saisokuindian.html
http://blog.goo.ne.jp/charlotte26/e/da3251f8af3eb604a4ec43d873617dc1
http://www.newzealand.com/travel/ja/media/story-angles/04_dec_23_film_worldsfastestindian_storyangle.cfm
http://harayan.air-nifty.com/blog/2007/02/post_6feb.html
http://movie.goo.ne.jp/review/movie/MOVCSTD9771/index.html?flash=1
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朝、起きたら「まだらまん」になっていた。。。
髪が、、まだらまん(茶と黒の)。。(泣
&染料で、かさかさ。。。
とてもマジにブログを上梓する気分ではない。それで、昨日のソネブロの記事で
お茶を濁します。ごめん。ずずず。
~~~~~~~
【Dear Friends ディア フレンズ】
鑑賞記:トモダチはたくさん<持っている>けれど…
ともだちはひとりもいない貴方へ観て欲しい
大方の予想通り、観客は9割がた青少年少女たち。
じゃまにならないように、一番後ろに離れて座った。
~~~~~~~~
トモダチ:それは利用するだけの存在。
・・・といってリナははばからない。
ともだち云々より前に他人との関係をうまく
表せられないリナ。
その苦しみから逃れるため夜な夜な倶楽部通い。
しかし、そこにいるのはやはりトモダチだけだった。
・自分の存在
・家族との関係
・なにもやりたいことがみつからない焦燥感
だれでも思春期のとき、それらの自分への問いかけで自分自身にイラついて
しまうものだ。そして、「答え」もなかなかでない。
このあたりの表現はシンプルながら観る学生たちも共感できるだろう。
北川景子は、等身大の女子高生リナを熱演している
それがとても自然だ。絶望をし、嗚咽する演技には圧倒された。
よく演れている。
<img src="/blog/_images/blog/_d6b/shuseki-kai_org/6371558.jpg" />
マキ役は、ユイカ、さすがはというか、役と俳優両側面から
リナ(北川)を劇中でサポートしている。またそれが
いやらしくなく表現されていていいな。うぅぅ。
数々の出演者たちのぴったりとこのお話の世界感にはまっている
とくに主治医、看護婦長さん、そして・・・子役の方
は印象にのこる。
受けてにわかりやすくしようとするところと、
映画ファンのために答えを隠しておくところのバランスがとてもよい
坊主のままの退院。それは・・ホスピスへの転院を意味する(哀
専業主婦だった母がお仕事に?それ以後父親は劇中で再登場しない。
お話自体がとてもシンプルで、ややベタな部分があるにしろ
素直に観ればとても素直にリナの心情にすっきり同化できる
このおはなしの受け手は、やはりスクリーンの前に座っている
リナであり、マキなのだ。
父親役の漣さんもうすこし絡んでほしかったです。
ま、途中退場役なので演りすぎをしなかったのでしょう。
・・・・さて、朱色会の評価は79点です。
ここまでつきあってくれた貴方に辛らつな質問をします。ごめんね。
貴方のそばにいる人は、「トモダチ」?
それとも「ともだち」ですか?
~~~~~~~
「自分でやっちゃんじゃ、ないやいッ!!」(まだらまんの魂の叫び
・・・・気分晴らしに、ジム、いってきます。。
ストレッチと、フッキン。明日に備えて。え?
白状すると・・・実のところ。朱色会は「幸福」に飢えている。
足りていないものを、『週末の映画』で充填しているのだ
なさけないが。。
・・・そこで、本日は×ろろの長い列をスルーして
和・洋の家族もの(鑑賞前は父親ものだとおもっていた)
2本連続で観ることとした。そして、・・目的(↑)を達したのである
1.幸福の食卓
1月から100点がでるとはな。。。最初に結論から。
評価:100点
申し分ない。すべての映画ファンにお勧めいたします。
演者たちすべてヨかったのだがとくに素晴らしかったのが
きい と
さくら。
「演技とは、感情の再現である」
とは、演劇論の基本だ。したがって若輩な演者というものは
「人生経験」も短いから、はなから不利なのだが、きいは
がんばってひたむきに演じていたと思う。
ヨシコ役のさくらもこの作品のスパイスとしていなくては
ならない役。さくらがこれほどに演れるのも、上で朱色会が述べた
ことと同じで、さくらの豊富な「人生経験」がヨシコを輝かせるわけ。
あとは、おんなの撮りかたとして監督の手腕にも言及しておく。
とくにきいについてはやはりところどころ
「演技ではない演技」がでてしまう。しかしそれはしょうがない。
それをうまく監督が演技指導したのだろう。
あとは、、やはりすばらしいお話がベースにある。
原作・シナリオが演者たちを自然に輝かせている
前半の「緩」みかたというか(じったりとしたながれ)は
性急な展開を望む観客にとってはもどかしさを感ずるかもしれないが
映画のクロック数は、映画によってことなる。
クロックを感じることは、観客が観客として映画を
受けるときのリテラシーとしてとても重要なことだと思う。
この映画はココロのクロック数を下げる必要があるだろう。
おおくの心を揺さぶるセリフが、朱色会の心にいまも遺っている。
それをここにご披露したいが、なんといっても今日は初日。それを
明らかにするのは、無粋なことだと思うのでヤメておく。
あなたじしんが彼らからもらってください。直接。
かならず、あなたも『おおぅ』と思うことばを受けることになるだろう
朱色会は3つもらった。それはまたどこかで書くこととなるだろう
ヒントとして、、「結婚のイミ」がわかった。
是非、劇場に足を向けてほしい。
「家族のことで悩んでいる」
「家族との関係のことで悩んでいる」
方はその解決策がきっちりと見つかると思う。
余談:
私の受けてとして反応は満点となったのだが、この映画に反応する
人は、自分の人生の中に、家族の食卓の記憶をもつものだろうな
とは考えた。つまり、家族が食卓に一同に会し、それらしい
ものをたべ「おなじじかんをすごす」体験をもつものが
共有感をもてる。いまの家族の「現状」は、すこしちがうようである。
それは、タイヘンに残念なことだ。朝だけでも。顔を合わせてください
========
2.幸福の追求「邦題:幸せのちから」
ウィルスミスさんは好きなので、観ています
・・最近は人間関係を表現した映画に出演している。
…んで、今回は実の息子さんとの競演。息子と仕事をいっしょに
できるなぞ、父親冥利につきるのではないか?
上の映画(食卓)は、しっとり・ゆったりとして流れを感じる。
いわば『緩み』の流れのなかでときがながれていくが、
この作品(追求)は逆に「緊」が大半をしめる。
生活ぎりぎりのなかで、親として自分の息子をまもっていけなく
なる自分への怒り、息子への愛情、周りへの怒りなどが
ウィルの熱演によって観客の心に届く。
ウィルもいいが、ジュニアもいいぞ!
もちろんウィルやスタッフのサポートがあってのこととおもうが
カメラが回っているとは微塵もかんじさせない自然な演技(?
本人もまだ、自分が俳優をやっているなぞの自覚はまだないだろうが
愛らしいこどもを「演じている」
劇場ではとなりのカップルが映画がはじまるまでケタケタ笑っていたので
どうなるものかと心配したけれど、映画が始まってすぐにとくに彼氏の
ほうが真剣に映画に没頭してた。なにか自分に重なるものを
みつけたのだろうか?
テーマ:父親が強くなれるのは、ワケがある。
世のおとーさんたちに(あらためて)エールを贈ってくれる映画だ。
ちょっと最近、いろんな意味で仕事に疲れているおとーさんたちには
うってつけの映画だ。ご覧ください。
評価:80点
2つの和洋映画をつづけてみて、特におもうことは
「家族」とは・・・そうだな。。。声にだしていってみよう。
すばらしいかけがえのないものだ。
他のブロガさんのレビュー(↓
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id325624/
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id326148/
http://movie.goo.ne.jp/review/movie/MOVCSTD9986/index.html?flash=1
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鵜飼の「鵜」のようにTVの情報を鵜のみにする視聴者。
だまされたと憤る方々がいるときく。(↓
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A4%A2%A4%EB%A4%A2%A4%EB+%C7%BC%C6%A6+%A5%C0%A5%A4%A5%A8%A5%C3%A5%C8&ei=
しかし、きっぱりといっておこう。
「やすやすと騙される、貴方が悪い」
もうTVが正しい情報を提供しているなどどまだ信じているのか?
アホだなぁ(そうだよアフォだよぉ
あふぉだなぁ(それがどしたよアフォだよぉ
旧マスメディアといわれる
新聞・TV・雑誌は、その意図をもって情報を流す媒体であり
それが事実かどうかなどはわからないのだ。
もはや「公共放送」としてのモラルなどないのだ(きっぱり。
信じていたのに、とかいわないように。
もういちどいってさっぱりしたい。
「騙されるあなたがわるい」
以上。おわり(おわりかよッ!
・・・因みに、朱色会は『ごはんのダマ』が死ぬほどキライだ。↓
http://images.google.co.jp/images?svnum=10&hl=ja&q=%E3%81%94%E9%A3%AF+%E3%83%80%E3%83%9E&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2
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冬香は、幸せだったろうか?・・・・「Yes」。
この映画は、正直なところとてもレビューしにくい。
いままでの映画は、自分の体験から通じる話ができるものだったが
それが一縷もないからだ。いや・・・あるのだろうか?
いや・・・ある。
あるから書きにくいのか?
いや、ないだろう。あると思い込みたいだけなのだろう。
最愛の人は、家庭があるなしに関わらず現れる
映画のなかで女は2タイプあるとママさんとトヨエツが
話していたが、ああいう話でいうならば他の例えをだしてみる
最愛の人が現れたとき、それにどう対処するかということだ
100人中97人は、
自分の持つ「今」の責任を鑑みて踏みとどまる。それが普通の
対応だ。ま、端的な話『我慢を』し拒絶するわけなのだが
その女の代表は、劇中のなかでは美雪(女検事)だろう
一般的にはこれだ。
「橋」は渡らない。そして後悔だけはずっとその人を苦しめる
そして、100人中2人は、その「橋」を渡りきってしまう。
…もともとの2つの家庭は崩壊する。
劇中ではでてこない
そしてあと一人は…橋の途中で立ち止まってしまう
もともとの家族を裏切れない自分と
最愛の人との逢瀬に身をゆだねる自分の
両方を抱え込むことになる。
冬香である
この世に果たして何人の
『冬香』がいるのだろうか?
不倫は、ゆるされないがどうにもならない恋というものが
どの世にも発生するものだ。だから、このような『話』が潰えることがない
美雪は冬香を蔑んでいたのか?
いや、むしろ羨ましさを感じていたのかもしれない。
現実社会において、その『危機』がおきるときは、どちらかが
相手の想いを推しとどめるものだ。しかし、菊治は美雪の手をひっぱって
しまった。
======
菊治は、幸せになったのだろうか?・・・・『No』。
「貴方は、殺されたいほど人を愛したことがあるのか!」
冬香は、どうにもならないこの世の精算をするべく、
一度菊治に心中を持ち賭けるが、そのかわしかたが
さらに冬香を追い込むことになった。
このあたりから菊治と朱色会はちょっと考え方がちがうな
と想い始めて感情移入が難しくなっていった。
愛する人を殺す?
うーーむ。かわしたセリフが耳に残っている。それと犯行が
どうしても合致しない。
「ずっと生きていたい。君といっしょに。」
問いかけに対して、いろいろ自分のおんなに言えることは
あったのではないかとはおもう。
ころしてといわれてころしてはせわない。
さて、映画の話にもどそうか?
=====
しのぶ。おまえこんなにすごい女優だったのか?
冬香を演るために生まれてきたようなはまり役だったと思います。
冬香そのものに成りきっていた。
=====
トヨエツもすごかったねぇ。いくつもの血を吐くようなセリフは
観客の心に突き刺さる。本映画を代表作としてもいいのではないか?
~~~~~~~
わるかった演技者
2人の滑舌の悪い弁護士と検事はホントにミスキャスト。
映画の緊張感がきれてしまうほどで、
なんでこの演技でOKがでたのか不思議なくらい。
よかったもの
夕日・朝日・紅葉などを織り交ぜた映像表現。
2人の心の感情がよりいっそう引き立っておりました。
トヨエツのシャツがいつもぱりっとしていたのは拘留・係争中の被告としては
不自然なきもしたが娘さんが毎日着替えをもってきののでしょう。
・・・そして、残されたひとびと
トオルさんの演技については私よりも(↓
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id325798/rid158/p3/s0/c21/
評価:83点
皆さんにお勧めしますというセリフがでないけど。
不倫というものを深く考えさせられる映画となっています。
今不倫中の方々も。そして「不倫」に気がついていない方々にも
いろいろな面で考えることができる映画です。
いささか総括が不確定ではあるけれど、今夜はこんなところで。
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鑑賞記:そのとき、劇場は傍聴人席450席の小法廷となった。
この映画が、2007年の皮切りとなった。
読者の皆様、今年もよろしくお願いいたします。
~~~~~~~~
人(他人)が人(当事者)を裁くこれが裁判だ。
この映画は一見
・ケイサツ
・ケンサツ
・弁護人
・法曹界
のばかっぷりを表現している映画のようにみえる。
しかし、本当のテーマは
『人が人を裁くことのムズカシさ』
が根底に流れている。
エンターテナー監督として、映画人に認知されている
周防監督が手を出したのは、ななななんと『裁判』
いやー。手を出したって勇気にまずは敬意を贈りたい。
裁判官を志す人というのは
『大岡越前の上』を目指すのだろうか
はたまた「遠山の金さん」を目指すのか
いずれの場合も、事実を見通す【目】が要る。
そして、判を断じることができる『こころ』か?
ーーーー
ケイサツの機能と立場の著し方については
あのとおりだ。我々が税金で雇っている彼らのなかには
悪人に遭いすぎて心が壊れてしまったモノが存在する。
タイヘン哀しいことである。
もし、貴方が身に覚えのない誤認逮捕によって
取り調べるを受けることとなったら、
高圧で乱暴な態度を一通りご披露いただいたあと
こういえばいい。
「いやぁ、刑事さん。とてもスバラシイ『演技』でしたよ。
どなたからこれを教わったのですか?」
このセリフだけで、もう高圧的かつ乱暴な態度を
止めてしまうから、機会があったら試してほしいね。
・・・ケンサツもしかり。
=========
そして裁判官の資質の問題。
基本的に司法試験に受かることで、
人間の最大の成長期である
思春期を棒にふった人間が【真人間】になるわけがない。
彼らは、世の中のことも紙のなかで起きていることと
いう認識しかないのだ。
裁判という小部屋が彼らのメシのたねの仕事場だ
彼らは人間というものがどういうものなのか?
会社社会というものがどういうものなのか?
人間関係というものがどういうものなのか?
知らない…「わからない」のである。
【人生経験】を著しく『欠損』した人間が法曹界を担っている事実
遠まわしなくこの映画はこの事実を伝えている。
裁判官に集められる情報は
「だれそれが、こういってます。」 これだけ。
基本的にこれだけで判断する。
後は参考にするのは判例だけ。
・・・それでも(彼らも我々の僕ではあるけれど
「心のかたわれびと」であったとしても
彼らに【判】をお願いせざるをえない。
ーーーーーーーー
朱色会の判断は
「人に、人を裁くことなど、ムリなことである」
ということだけだ。本映画は、それを再確認させてくれた。
前半でていたおもろいおじさんは、どこへいったんだろう。
・・・いったんコマーシャルでぇす。
====
<痴漢冤罪>映画のヒントになった会社員夫妻が本出版
1月20日10時55分配信 毎日新聞
痴漢で起訴され、無罪が確定した東京都内の会社員、矢田部孝司(たかし)さん(43)が妻あつ子さん(40)と共著で「お父さんはやってない」(太田出版)を出版した。突然の逮捕、会社からの退職要請、心中未遂……。苦悩の2年間が克明につづられている。事件をヒントにした映画(周防正行監督)も20日、上映が始まり、夫妻は「えん罪に巻き込まれた家族の味わう恐怖を、ぜひ知ってほしい」と話している。【小林直】
<刑事がまくし立てる。「お前がやったんだろう。常習だな!」>(00年12月5日逮捕)
本は電車内で女性に陰部を触らせたとして、孝司さんが現行犯逮捕されるシーンから始まる。刑事は「車内の様子を思い出せ」と追及し、詳しく説明すると、副検事が「痴漢をやろうと様子をうかがっていたからだ」。眠れない日々が続いた。
<「死ぬなら一家で死なないと」。夫はそういうと両腕で(長男の)首を絞めた。私は慌てて長男を夫から引き離した>(01年7月5日)
起訴されると会社から自己退職を迫られた。無罪を主張した裁判でも有罪率99%超という現実がのしかかる。保釈された孝司さんはうつ状態になり、周囲に裁判支援を依頼したあつ子さんに「なぜ言いふらした」と当たった。「なぜ負けると決めつけるの?」。あつ子さんとの口論が続き、2人は疲れ果てた。
1審の懲役1年2月を覆し、東京高裁で無罪を勝ち取るまでに2年かかった。03年に会社への復職が認められたが、中途入社扱いのため、年収が逮捕前の水準まで戻ったのは05年。今も電車が怖く、乗ると、のどに何かが詰まっている感じになる。孝司さんは「裁判官が簡単に有罪にするから捜査がずさんになる。ぜひ本を読んでほしい」。
◇ ◇
本は300ページ、1524円(税別)。映画「それでもボクはやってない」は20日から上映中。
最終更新:1月20日10時55分
ーーーー
周防監督ブログ(ココログ
http://www.soreboku.cocolog-nifty.com/blog/
ウェキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%A8%E9%98%B2%E6%AD%A3%E8%A1%8C
======
俳優がたでいうとダントツは役所さん。すばらしい。
次点は、カセ。君だ。すこしイジられ感が強いが、配役がアレだから
難しい役どころをよく演ったと思う。
あとは、最初の男のなんとか弁護人役の人。イイです。
セットはどれもとてもリアリティがある。法律事務所の紙のファイルの山とか
スタッフご苦労様です。
=====
評価:お正月ご祝儀で、78点。(チト辛いか。
減点部分は、もうちょっとエンタ入れてほしかったな。
主題の隠れ方が高等すぎます。もうちょっとシンプルに。
出演者のハジケ方が弱い。と、いうところか。
=====
正直なところ、この映画で著されているとおりなのだ。
判決の結果。ある人間だけに、【裁判官が】ただしい目と心を
持ち合わせているかどうかだけが判明する場
それが裁判というわけ。
つまり、裁定されているのは「判事」であり、
裁定しているのは「被告」および傍聴人席にいる
「原告」である。
裁判とは…それ以外のなにものでもない。
Yahoo映画:ユーザーレビュー↓
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id325423/
Goo映画:ユーザーレビュー↓
http://movie.goo.ne.jp/review/movie/MOVCSTD9896/index.html?flash=1
今年の日本の映画界はこのような結果だった。
邦画興行1000億円超も、21年ぶり洋画抜く
12月23日10時38分配信 読売新聞
2006年の日本映画の興行収入(興収)が、1985年以来、21年ぶりに外国映画を上回る見通しとなったことが22日、明らかになった。
日本映画製作者連盟のまとめによると、11月までの邦画、洋画を合わせた興収は約1749億円。このうち、邦画は935億円で、全興収の53%に達した。12月も1日公開の「武士の一分」が、これまでに17億円以上の興収を記録するなど堅調に推移。邦画の興収は昨年の817億円を大きく上回り、1000億円を超えそうな勢いだ。
邦画の比率は、黄金期といわれた50年代後半は70%台で推移していたが、60年の78・3%をピークに低落傾向に入った。75年に初めて50%を割り込み、02年には27・1%にまで落ち込んだ。
最終更新:12月23日10時38分
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1166812806/l50
http://www.geocities.jp/kosyu2ch/
※(↓)
http://www.meti.go.jp/policy/media_contents/downloadfiles/kobetsugenjyokadai/eiga200307.pdf#search='%E6%98%A0%E7%94%BB%20%E8%88%88%E8%A1%8C%E5%8F%8E%E5%85%A5%20%E6%8E%A8%E7%A7%BB'
http://kyoto.cool.ne.jp/ushiyan/thesis.html
http://www.bk.mufg.jp/report/indmgyo2001/monthly_gyokai3.pdf#search='%E6%98%A0%E7%94%BB%20%E8%88%88%E8%A1%8C%E5%8F%8E%E5%85%A5%20%E6%8E%A8%E7%A7%BB'
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A0%E7%94%BB
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A0%E7%94%BB%E8%A9%95%E8%AB%96
=====================
・・・それでは、ご報告いたします。
対象映画:朱色会が2006年に劇場で鑑賞し、かつブログ上で論評したもの。
1位から10位まではこのような結果となった。
1位
1:BBM
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-03-20
2位
2:フラガール
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-09-30
3位
3:父親たちの星条旗【Flags of Our Fathers】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-28
4位
4:手紙
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-19
5位
5:ブラック・ダリア 【THE BLACK DAHLIA】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-14
6位
6:V for Vendetta
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-04-29
7位
7:パイレーツ・オブ・カリビアン - 呪われた海賊たち
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-06-26
8位
8:日本沈没
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-07-17
9位
9:ただ、君を愛してる
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-29
10位
10:タイヨウのうた
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-06-24
ランク外(鑑賞順)
ーーーーーー
11:フライトプラン
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-01-28
12:RIZE
13:Munich
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-02-04
14:ナイト・オブ・ザ・スカイ
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-02-21
15:県庁の星
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-02-26
16:crash
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-03-12
17:ナルニア国物語-第一章-:ライオンと魔女
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-04-02
18:プロデューサーズ
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-04-08
19:タイフーン
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-04-09
20:連理の枝
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-04-16
21:THE NEW WORLD
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-04-22
22:ナイロビの蜂
23:明日の記憶
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-05-13
24:ダ・ヴィンチ・コード
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-05-20
25:DAISY
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-05-27
25:ココシリ
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-06-03
27:インサイド・マン
28:初恋
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-06-10
29:カーズ
30:M・I・Ⅲ
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-07-01
31:パイレーツ・オブ・カリビアン - ⅡofⅢ
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-07-15
32:時をかける少女
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-07-17
33:ハチミツとクローバー
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-07-23
34:ユナイテッド93
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-08-12
35:スーパーマン リターンズ
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-08-19
36:ラフ ROUGH
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-08-26
37:マイアミ・バイス
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-09-02
38:UDON
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-09-03
39:X-MEN 3
40:LOFT
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-09-10
41:出口のない海
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-09-16
42:親切なクムジャさん
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-09-18
43:イルマーレ 【The Lake House】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-09-23
44:そうかもしれない
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-09-30
45:レディ・イン・ザ・ウォーター
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-01
46:ワールド・トレード・センター 【WORLD TRADE CENTER】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-07
47:サイレントノイズ 【WHITE NOISE】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-09
48:アダム-神の使い 悪魔の子- 【GODSEND】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-15
49:地下鉄(メトロ)に乗って
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-21
50:デスノート後編【the Last name】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-03
51:天使の卵
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-05
52:7月24日通りのクリスマス
53:虹の女神
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-11
54:人間の子供たち【原題:The Children of Men】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-23
55:めぐみ-引き裂かれた家族の30年
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-25
56:麦の穂をゆらす風【The Wind That Shakes the Barley】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-26
57:武士の一分(いちぶん)
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-12-02
58:硫黄島からの手紙【Letters From Iwo Jima】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-12-10
59:犬神家の一族
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-12-16
選考外(酷い順)
===
60:デュエリスト
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-04-23
61:立喰師列伝
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-04-08
62:ゲド戦記
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-07-29
63:DEATH NOTE【前編】
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-06-25
64:ブレイブ ストーリー
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-07-22
65:SAW3 /N
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-18
66:ソニー・ピクチャーズの、007/カジノ・ロワイヤル
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-12-03
評価外(途中退場した映画)
67:ハイテンション
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-22
68:なんとかホテル
http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_4c55.html
・・・来年も、素晴らしい映画に出遭いたいものだ。。そして、
映画界の正常なる発展を祈念し、映画ブログ2006年版を綴じる。
・・・・ご覧頂き、誠にありがとうございました。またいつか。…せば、まず。
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市川崑。
石坂浩二。
横溝正史。
…この3人が集まれば、『間違い』が起こるはずもない。
日本映画界の翁として観客からの信奉が厚い
市川監督だからこそできる
30年を経ての「リテイク」。
え”っ、こんなリテイクありなのか!
と知らせを聞いたときはちょっと訝しいとはおもったが
いや、アリだろうということで、映画を拝見し
その結果、予想通り楽しめるものになっていることが
確認できたので報告しよう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E7%A5%9E%E5%AE%B6%E3%81%AE%E4%B8%80%E6%97%8F
・・・それにしてもなぜ
犬神家の一族(いぬがみけのいちぞく)は観る人の心を
長い間離さないのであろうか?
今回のキャストはほんとにすごい
豪華絢爛を通り越している布陣だ。
いま使える日本屈指の演者たちを総て
結集させましたという感じである。
病的なまでの息子への偏愛を示す3人の母たちには
・富司純子
・松坂慶子
・萬田久子
この3人ひとりずつで映画一本ずつ撮れます。
さらに異才をはなつ若手女優陣として
・松嶋菜々子
・深田恭子
・奥菜恵
また、この映画には絶対欠かせないキャラクター
加藤武。
などなど
このそうそうたる顔ぶれをスクリーンで眺められる
だけでも価値がある!
(書いていて、なにかこぅ。興奮してきました。
これだけの人を限られた尺のなかで登場させると
ひとりひとりがチョイ役となってしまい、
印象が残らない懸念があるが
どの演者たちもしっかり役を輝かせていたこと
報告しておく
影と光の名匠が織り成す
「日本映画の王道」的表現を堪能できる作品となっている
結論としては「安心して観ていられる【純】娯楽日本映画」
として太鼓判を押しておきたい。
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007/カジノ・ロワイヤル を観てきたので報告するがその前に前説する。
まず、SONYの関係者は出て行ってくれ。
それから、「スパイ映画はこれからもワクワク観て生きたい。」
という方もご遠慮してほしい。
まずは、さらに性懲りもなくウルトラパワーアップした
「Save Our Movies」については、ムービーファンとして指摘しておく。
いや、指摘など生ぬるい。犯罪的街宣活動につき、糾弾しておく。
「ソニー・ピクチャーズ・・・笑いを取ったって、騙されんぞ朱色会は!」
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=Save+Our+Movies&ei=
http://www.sonypictures.jp/movies/casinoroyale/
鑑賞記:「【映画】は、『テレビ』ではない。」
もう、金輪際このようなことは止めて欲しい。
でなかったら、映画が始まる前に、次のテロップを挿入してから始めろ。
『この映画は、わがグループの製品がたくさん登場いたします。
よろしければ、ご購入ください。』
・・・・もちろん映画ポスターにもだ。CMにもそれを流せ。
そして、もうひとつ。これが大事なことだ。
入場料をタダにしろ。
…当然のことだがな。無論、朱色会は劇場に足を運ばない。
(執筆継続中
http://www.sonypictures.jp/corp/feedback.html
http://www.sony.co.jp/SonyInfo/IR/library/yu.html
http://www.sonypictures.jp/movies/index.html
http://www.sony.co.jp/
http://www.vaio.sony.co.jp/
http://www.jp.sonystyle.com/Style-c/Shop/cyber.html
http://www.walkman.sony.co.jp/ (←洒落ですか?
評価:評価の範疇にないものを、劇場で確認することとなった。
範疇にないものは、採点も不可能である。
・・・結論。「観るな」に、4096票。
作り直してくれ。少なくとも、いくつかのシーンを削除して欲しい。
そのシーンがどれかは、実は、送り手であるスポンサーがよくよくわかるところだ。
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=SONY+logo
「この作品は、【映画】ではない。8640秒のコマーシャル・フィルムである。」
命を左右する情報端末として、
電池が爆発するかもしれない粗悪品を、国家も、プロも「採用」はしないのだ。
http://shuseki-kai.seesaa.net/article/26074733.html
「ミュンヘン」はとてつもなく良かった。ダニエル・クレイグ。
…さまざまなプレシャーのなか、貴方自身は頑張っていたと思う。
・・・・xxxxのCMだけは出演してくれるなよ。
http://marumaru333.blog62.fc2.com/blog-entry-121.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB
http://ja.wikipedia.org/wiki/007_%E3%82%AB%E3%82%B8%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%AB
…。(↓)
http://www.sonypictures.jp/archive/spej/profile/index.html
アトは、So-net版で。↓
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-12-03
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鑑賞記:「雨が降り、風が吹き、雷が鳴り。そして、風は止んだ。」
「オレ演じる方。」
「ぼくは撮る方。」
二人の男は、まるでレールの2本の無限軌道のように
同じ道を異なる役割で、長い年月をいっしょに歩いてきた。
『これほどに【ひと】を撮れるのか!』と
終幕のとき、ひとしきりためいきをつくことに抗えなかった。
山田洋次と、そして笹野高史。
映画をやることを志し、そしてそれぞれの役割の【全う】の
集大成といえる映画が、昨日からロードショーされている
この映画の本当の主人公は誰なのか?
それを捉えた観客は、この映画がだれにスポットを
あてたものなのか、何を表現しようとしていたのかに
到達することができるだろう。
山田監督を初めとする優秀なスタッフと
熟練なる俳優人のあうんの呼吸を感じる作品に
仕上がっている。負けじと若手演者の溌剌なる演技もいい。
xxのxxについては、
さまざまな映画評論がWeb上でも発言されているので
そちらをご覧いただきたい
この映画の主題は、
【助け】と『許し』ということになろうか?
終幕後にほとんどの映画について結を見出す朱色会もまだ
これだろうという確定したものを捉えていない
不思議な感覚の終幕であり、幕後だった。
・・・『夫』を守っていくことは、
<きれいごと>だけでは許されない。
心にのこる、現代のわれわれにも通ずるシーン。
毒見により光を失った侍に、拝謁した殿が、たったひとことだけ。
「大儀」
…うーん。そんなものかもね。しかし、そのアトは・・「ご覧の通り。」
あの時代のリアリティを感じるのは
お殿様への食事のため、たくさんの人々がいろいろな役目で働く姿。
「いくさ」のない世の中で、どうやって侍は食べていったのか?
お城を維持するべくいろいろな役目がつくられる。
これって、『今』の世にもいくつかあるんじゃないかな。
一見ハッピーエンドに見えるこのお話も、
この後、この家に同じようなことがおきないとは限りない
安寧な日々ではなく、またおきることについていちいち
対応していく日々が続いていくのだ。人がそこにある限り
それは続く。
風が止むのは、
風が吹くことを人々に知らしめるためである
ーー朱色会ーー
・・・誰にも、武士の一分(いちぶん)は存在する。
…そう、このブログを読んでいる貴方の心の中にも。
それを大切にしてほしいと思う。
評価:84点
山田節は、健在。それにあらたなる様々なスパイスが加えられ
人間の才能というものが、いろいろと堪能できる良品である。
ご覧ください。
・・・外は、まだ風が強く吹いている。。
・・・山田洋次監督。「アナログ」に拘ってくれネ!
せば。
アイルランドの歴史は、隣国からの抑圧と蜂起の歴史である。
参考Web記事(↓)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
さて、この作品を評するため、朱色会は告白しておかねばなら
ないことがある。実は・・・このカンヌ・パルムドールを獲得
した作品の上映中に…あろうことか、朱色会はうつらうつら、
してしまった。
すまん。ゆるしてくれ。つまり、作品上映中にもかかわらず、
意識を飛ばしてしてまったのである。この釈明も含めて書いて
おく。だから、点数を甘辛にするつもりはまったくないが。
それでは、始めます。
鑑賞記:「むかしむかし。かつて人間は、敵とトーク(意思疎
通)しながら、戦闘をやる時代があった」
こういう2極的(ステロタイプ)&敵と悪をはっきりと分けた
戦争映画はいまは珍しい。この映画の冒頭は
敵:差別、迫害する英国出稼ぎ兵士
味方:アイルランド義勇軍黎明期戦士
の構図となる。敵はとお~~~ってもワルく描いているし
迫害を受ける側の描写も鮮烈で強烈だ
・・・んだけれども、そのへんからアルファ波が
朱色会の脳波計に記録されることとなった。
多分、半白目系に移行しつつあったのだ。
おいおいいまさら古典戦争映画ですかね。
・・というモードになってしまうと
明らかに表現のなかの宝探しモードになってしまう。
もはや使い尽くされた、味方の裏切りの粛清や
味方が敵方になるなどというものに、朱色会は新鮮さを
感じなくっている。これは、朱色会が戦争映画ドランカー
なだけで、このことを悲惨とかいとかなしことと
感じなければならないのか。。。
はっときがつくとわれに返るという事態が起きると
もう止まらない。アルファ波の波に溺れていってしまった。
・・・たしかに文芸系の香りがあり、
さすがわカンヌ作品・さすがわパルムと思うこともあるけれど
。。。
古い。表現に真新しさがない。(きっぱり)
ま、それでも発見とまではいかないが戦争の表現として
再認識できる点を幾つか書いておこう。
イギリス出稼ぎ兵士は、とにかくも自分たちが
侵略者だって自覚しながらやっとるので、とても
やらされ感がある方たちだね。
その当時のイギリスは、あんまし隣国にはご執心じゃなく、
アジアを捕縛するため、精鋭は、そちらにまわしとったので
職を食い詰めた労働階級くずれ、やさぐれな男たちを
とりあえず、派遣するしかなかった。映画でもいっとる
ようにさける兵隊数も少なめ、占領統治というよりは
おとなしくしていてくれるための監視できればいい。
蜂起させなければいいといった感じ。
そのためか、映画でも表現があるとおり、
実にほのぼのとした戦闘が行なわれる。
義勇軍側も、兵器がないので、とりあえず相手側から
奪ってそれで抵抗をしめす。彼らの願いは、
「でていってくれ。」
だけ。英国を倒したり、負かしたりできないことは
わかっていた。ゲリラ活動で、ま自治権が獲得できれば
いいなというくらい。
リアリティーを感じたのは、戦闘時に敵方と「会話」が
あることだな。最近の戦闘とはことなる。
コミュニケーションがある戦闘ってやつだ。
いまはちがう。問答無用・・・というか・・遭わずに
決着がつく。人類が同類と戦う作法って
これくらいでとどめておくべきだったのだ。
敵が、血を噴出しておがあじゃあああああんと叫んで
亡くなる。これを目の当たりにしたら、親近感がうまれて
戦闘どころじゃないだろう。
劇中後半の、味方同士の対立も、
統治する側の「常套手段」だ。いかに自分の手のうちの
コストをかけずに、相手を疲弊させるかのイチバンの
手っ取り早いやりかた。つまり敵側同士で「対立」をさせ
相殺させ、弱めていく。それにのっかちゃうんだから
その当時のアイルランド人は、ばか正直というか
深く考えていなかったのだろう。
どれもこれも既知の内容だったので、
そのうち睡魔が、朱色会を襲った。そして、その睡魔に
朱色会は負けてしまったというわけ。
いいところは実は少ないけれど
マジメルな戦争風刺映画として、アイルランドの歴史を
2H(強!)で振り返ることができる教材としての
価値はあると思う。実際のところは、退屈だった。
評価:54点
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鑑賞記:「長いたたかい。そして多くの『ムカンシン』」
劇場はガランとしていた。意外だった
・・・これが日本の現実なのだ。
第一日目の第一回目を観る。これが朱色会のポリシーだ。
つまり、これにくる観客というのは
暇つぶしだから、映画館に来たわけではない。
明らかに見たい映画をまず選択し、
その上で劇場に足を向けた観客だと思う。
つまり、その映画を観ることにマジな
映画ファンなわけで、できるならば
そういった人たちを感動を分け合いたいのである。
・・・京成ローザ10は、大小10の劇場がある。
チケットを切られるとき、1から3番の入り口右側
を案内されたら、ミニシアターで、
4から6番入り口から左ならば大きな劇場だと、
そのときにわかる。
・・・・朱色会は、はなっから4番方面だと思い
入り口左側に踵を向け、おにぃさんにチケを切って
もらったならば
「右側1番です。」
『え”ッ・・・ええええ~~~ェ~~ッ!!!』
と(ココロの中で)叫んでしまった。
うーん。まさか会場(小)とわな。
劇場も年配の方がぽつりぽつり。
意外だった。自慢じゃないが朱色会は劇場で映画を
よく観るほうだ。それで、よくこの映画の予告を目にする
だから、少なくても初日はけっこう入るんじゃないかと
思っていた。なんかしらんがNHKまでニュースで
「報道」してるしね。関心高いと思っていたんだが。
内容もドキュメント映画としてよくできている。
もちろん、リアルストーリーを題材としているから
いままで得た情報の域をでない。
ネタバラのねたにあたるものは当然ながらない映画だ。
しかし、特筆すべきは
横田ご夫婦の、子供が帰ってくることあきらめない
強靭なる心とその行動だ。胸を打たれる。
めぐみ という題がついているが、実際には
「横田夫妻の長いたたかい」
という題名がふさわしい。
いろいろなもの と戦っている
ドキュメンタリーは、徹頭徹尾その横田夫妻の
つよさを追いかけている。
考えてみると、この映画も拉致家族の活動の
ひとつにすぎない。多くの活動のなかの一部分なのだろう。
おふたりは、子供が帰ってくることを訴えることを
頑として辞めない。
そのつよさ。おおきさ。娘に対する愛情の深さに
胸が締め付けられる。これが親のつよさなんだなぁと
思い知らされるのである。
ーーーーー
なにか「どんでんがえし」があるわけじゃない
スーパーアイドルが出演しているわけじゃない
何十億も製作・広告にかけているわけじゃない
しかし、日本の幼い少女が、得体のしれない国家に
誘拐され、利用され、そしていまも自由になっていない
事実。
それを放置したままになっている我々(政治家も含む)
これは、まずい状態なのではないだろうか?
客が少ない映画館をアトにしたとき、
犯人を目撃したのに怖くて見なかったことにした
ような見てみぬふりをする目撃者
に自分がなったような気がした。
なにかできないだろうか?この夫妻そしてめぐみさんの
ために。
それで、この記事を書いてネットに載せる。
今は・・・これくらいしかできない。
事件の風化は、「かの国」がもっとも望むものである。
日本人は、「熱くそして冷めやすい」か、それは認めよう。
事実、それを私は、今日劇場で体験した。
観客動員の結果というものは、
「いろいろな方面」に情報としてわたされ、利用されることを
よくよくわれわれは知っておかねばならない
明日、自分や自分の家族が、同じ目にあったとき
横田夫妻のようにやれるヒトは少ないのではないか
そして
横田夫妻の身におこった出来事に耐えられるヒトも
少ないと思う。
国がその下で支える国民をまもる。
他の国では、当たり前のことが、この国ではおきない。
それがこの映画が見せる現実だ。
われわれは、すくなくとも
このできごとを、忘れてはならないのだ!
・・・劇場へ、行こう。いや、言い直す。行って欲しい。
我々の「意志」を、示すのだ。
千葉の映画ファンのみなさん。貴方が上映会場を
1番から4番に変えて欲しい。
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『言葉にならない』感動が、
他人との関係線を失いかけている観客の心へ
怒涛のように押し寄せ、
・・・乾いた心を癒していく。
心と心を繋ぐものの大切さを改めて思い知らされた映画となった。
終幕にてBGMに拍手が沸き起こる。
私はといえば自分自身の感動に身を溺れかけながら、
必死に拍手喝采をリアルにやろうとしている自分を
なんとか抑えていた。
人事不省になるほど、感動に酩酊した。
もはや『エモーション・ドランカー』だ。
この感覚を味わった映画はいつだろうか?
そうか、『フラ・ガール』以来だったね。
日本アカデミーはフラ・ガールでキマリと思っていた…昨日までは、
しかし、強烈な対抗馬が今日朱色会の前に現れた。
『手紙』である。
感動で、ことばが紡げない。おそらくは
たどたどしくなってしまうことだろう。しかし
それでもいい。この思いを紙に記しておこう。
鑑賞記:『私たちの内なる最大の敵は、
【自分】の外に対する不許心(ふきょしん)』
面倒くさいんで言葉つくっちゃいました。(↑)
それでは、・・・・始めます。
ーーーーーーー
ひとつの犯罪特に『殺人』は、
3つの悲劇の始まりを生む。すなわち
加害者の悲劇の始まり
被害者の家族の悲劇の始まり
そして
加害者の家族の悲劇の始まりだ。
主演の山田孝之さん。
正直いままでの微妙な演技はあまり好きではなかったが
彼の実直なキャラクター(持ち味)が生かされた
彼の代表作となるだろう。
遺族の許しを得て号泣する直貴の演技はとても素晴らしい。
そしてエリカ。
もはやこの年代の女優では
敵なしと断言できる圧倒的な演技力と存在感を示す。
そして今回も『強い女性』をしっかり表現していたと思う。
おそらくは中身もそうなのだろう。
彼女が映画に出すぎというヒハンがあるが
彼女ほどのパフォーマンスを出せる女優が他にいないという
事実に目をむけるべきだろう。この役誰か他に演れる?いないね。
そして本映画の殊勲賞は、相方役の尾上寛之さん。
まるで、本当のお笑いさんのような自然な演技。。。
お笑いを映画の中で演技することは難しい。
永年の友人としての暖かい気配りが、心を暖かくしてくれる
・・・よく演(や)った!
あと、職人の域に到達している田中要次さん。
出番は短いものの、この映画の重要な【スパイス】となっている。
うーーん。好きです。・・すき。
まとめの前に印象にのこったシーンをいくつか。
靴音がなりひびくリビングでの食事
うーん。セレブぅ。そして、音演出はこまやかだなと
ほえぇ~と舌を巻いた。
他のシーンでも靴音、足音はこの映画の場面転換や
演出として、隠し味的に効いているところだ。
これからご覧になる方は、是非、注『聴』してほしい。
あと、「工場」の描写がすばらしい。
朱色会は工場もんなので、とても自然にこのシーンを
心の中に取り入れることができた。違和(映画)感まったくなし
とっても自然。例えば、社食(ごめんね社員食堂のこと)
のカメラアングル。厨房側から配膳列を狙っている。
うーん。玄人がうなるぅ。それとエリカが直貴たちを観ている
ときの俯瞰のアングルなんかもイイね。
スタッフのなかで工場実習体験がある人がいるとしか思えない
とてもいい写しでした。
それから、やはり気になったところ。
CG。
もはや、リアルに近づけるためにCGを使う時代は
過ぎたのではないか。桜しかり。塀しかり。
いまのCGの使い方としてまっとうなのは
7月24日通りのような使い方だとおもう。
いや、点でダメというレベルじゃない。DVD鑑賞ならば
だれも気がつきやしない。でも、大きく聳(そび)え立つ銀幕では
どうしてもわかってしまうし、見えてしまうと観客は
必然性を探してしまう。例えば、塀をとりたかったのなら
別撮りでもいいわけだし、ロングショットでなく
クローズアップでも同じ表現は撮れるだろう。
CGの使い方の理念については、最近のデジスタなんかが
とても参考になると思うのだ。
とかなんとかいっちゃもんしとるわけですが、評価は・・
ーーーー
100点です。
多くの映画ファンにお勧めしたいです。
朱色会としては、初日からお勧めできなかったのが悔やまれる。
だって、ローザ10でやってないんだもんな~。
今日は、さる人のお勧めで、シネマックス千葉におじゃましました。
もっと、社会的情勢を踏まえてマジメルにもかけるけど、
今日は、やめときます。感動の押し売りだけは
したくない。ご覧になった皆さんが思い思いにこの映画を
楽しんでくれることを切に願い、筆をおきます。
「手紙」。是非観てください!!
・・・人がひとときでも屈託なく笑うということは
とても大切なことだ。お笑いのかた。お笑いを目指すかたがた。
貴方の歩く道は、とても「正しい」!…応援いたします。
http://shuseki-kai.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_1d1b.html
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SAW3 ソウ3 を観てきた。
・・・・おそらくは最短のレビュー記事となるだろう。
執筆していてキーボードに打刻する指に力が入らないからだ。
1>2>>3または2>1>>3。
ひどい。
評価:52点(←意味はあります。)
鑑賞記:『アイデアより、マテリアルが勝ると、【創造】は消失する。』
まずは、一言、「観るな。」に、1024票。
秋は収穫の秋だ。いい映画に出会えるわけだが、
ソウでない映画に出くわすこともある。
この映画は、後者である。
読者の方で、もし、映画を楽しみたいという方は
SAW3
以外をチョイスすることをお勧めする。
『ビジネスに捕らわれた映画ほど醜悪なものはない。』
それだけは、製作者にいっておく。
配給会社とその担当官におかれては
猛省をせよ。
なんじゃこりゃということで早速公式サイトを閲覧したならば
なぜこれほどの駄作に落ちぶれてしまったかの
原因の片鱗をみつけることとなった。。。
4とか5とか、観客をなめるのもいい加減にしてほしい。
この後は、機会があればDVDを手に取るかもしれないが
その可能性もほぼ0だ。
1も2もとても良かった。そのことを書いてうさをはらす
気力もない。連作とは難しいものだな。確かに
『3』が前作を凌駕することはとても希少ではあるが・・・・
こんなことを題材にして映画に臨んだ。
・SAWシリーズの魅力は、じっくりとした『人間観察』しかも『死に臨む』
・鎖(くさり)&SAW(のこぎり)と、生(苦役)&死(開放)
・バイオレンスや高度かつ複雑なストーリーに隠されている真理
などなどを書ぎたがっだぁ(←すみません。あまりの駄作ぶりになまりました
SAWは、1と2だけが『SAW』だな。
あとはSAW’(ダッシュ)と命名しておく。
・・・無為な2Hだった。もったいないことだ。。
今日は、絵もはりません。あしからず。(泣き寝入り。
同意な方々(↓)。
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id325995/p0/s5/
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うーん。うぅーん。どーしよーかなぁ。
男は悩んでいた。曇り空の下
映画街はまったなしでかたたんかたたん近づいてくる。
ど、どぅいえばいいんだろうか?
「いらっしゃいませ。」
「7月24日。」
「えッ!お客様…今日は11月11日ですよ。」
「いやっ。だから」
つかっ、つかっと靴の音が近づいてくる。。
「あ、支配人。」と娘達。
「また、きみか。もうわれわれをからかうのは
やめにしてくれないか。」
自慢じゃないが、朱色会は、滑舌じゃない。
「・・ですから、映画を観にきたんですよ。」
「あ、そうでしたか・・キミ、お通して。」
ふぅ。。よかった。今回はすんなりと入れてくれたな。
んで、映画がはじまったならば
『7月4日に生まれて』だった。
・・・・となったらどうしようか?うーん。やっぱり
フルネームで注文すればいいのか。。しかし、スマートじゃないし
クリスマスを言い間違えたらどうしよう。それこそ
警察ざただな。。
と・・・妄想が妄想をよび、危うく千葉中央を乗り越す
ところだった。(汗
それでは、秋の新作ラブ・ムービー祭第3弾/完結編をお贈りする。
(ちなみに、↑のような祭りは実在しない。)
件名: 7月24日通りのクリスマス
鑑賞記:「何かに」臆病な人々を励まし続けたコロッケパンと白いヒール
今回のキメ台詞。
「間違ったっていいじゃない!」
現実逃避の街としてサユリの頭に現れるリスボン。
現実の通りとして存在するやいなや?
まずは調べてみたくなる。その名前の由来も…
通りでの告白はさすがは「姫」の真骨頂だ。
BGMにあわせるがごとく、歌うように台詞を奏でる
そうかとおもうと
おいおいブラコンかよ!
大沢たかおさん。
彼の演じる人物像(生い立ちや性格など)は朱色会ににている。
親近感をもって観ることができた。
「君は、昔の俺を見ている。」
そ、そして、劇中にて主役を凌がんという光り輝きかたをしていたのが
このふたり。
YOUさん。ホントに魅力的なひとだね。
そして、佐藤隆太さん。
ナイーブな青少年ながらも、愛する人をしっかりと
見続ける。
昨今の【4作品】の中では、唯一の
劇中にて誰も死なない、そして欠けることがない
リアルなラブストーリーだ。
私たちは、存在し続け、誰かに影響を及ぼし続けることで
輝き続けるのだ。暖かい世界にいるとその暖かさに甘えてしまう
こともある。とにかくリアルなお話を隠すがごとくの
リスボンやCGのスパイスが効いています。
『姫予備軍』の女たちの応援映画として
この時期にみてもらいたい。
評価:82点
この劇場に吸い込まれたお姫様予備軍のおねーさま方。
(ナニモナイ)世界から
何か「在る」世界へ走り出す
準備は、完了したかな!(笑
オン・・ユア・マーク。。。
「レディ」GO!!
ーーーーー
件名:虹の女神
・・・特に語ることはない。思うことはたくさんあるが。。。
思うことと語ることはちがうのだ。
語ることが映画となり、その思いが伝わることで、
観客の足が、劇場に向かうのである。。
・・・この映画はかなり映画ブロガのお歴々、または
映画レビューアの諸兄から高評価を得ているようだが
じつは、朱色会にとってはあまりそう感じなかった。
感じなかった理由もいくつもあげつらうことができるが
せっかく虹の女神を楽しんだ観客に冷水を浴びせかえる
必要はないので、
「思うことと語ることはちがう」
ということを述べておく。
たとえば、この映画で朱色会が、耳に残っているセリフ
女家族のなかで孤軍奮闘する小日向文世さんが
つい娘の死の確認の道中でこぼしてしまうセリフがある
あれは、おんなの観客に聞かせていいセリフなのだろうか?
「あ、やっぱりそうなのか・・」
と、おもうだけで、そのあとなんのつながりもない。話のなかで。
それから、我らが元Winkの相田翔子の扱い方。
観ていて監督に『殺意』が沸き起こる。
34歳の独身女性がこの映画をみて、
なにを思えばいいのだろう?
「あ・・・やっぱりダメなのね。」
映画は表現物ではある。だが、その前に「娯楽作品」なのだ。
熊澤(←すでによびすて)。。
映画スクールから、やり直せ。
伝えたいことをまっすぐに表現するだけでは
お金をいただく表現物としては不足だ。
観客に、『満足』してかえってもらうためにいろいろ
汗と工夫をしなければね。
どんな風をきって歩いている女性でも
多くのコンプレックスを抱えて、悩みをもってそれでも生きている
それを映画のなかでどう「楽しんで」もらえるのか
それを考えるところから、始めてほしい。
映画のなかで映画をやる。それ自体はあまり斬新なことじゃないし、
それに、「自主制作映画」を劇場でやるのは
やめてほしいことだ。あなたは、プロなんだろ?
まっすぐ、ありのままいうことが、観客に受け入れられるとは
かぎらないのだ。
映画とは、「○」を見に行くところ。
○の中を、うめなさい。
評価:22点
上で紹介した映画とはかなりことなり、こちらはいけてない。
どちらもみていない方には、(上の)映画をお勧めする。
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かたたん。かたたん。映画街が近づいてくる。
男は、考えていた。
『うーん。うーん…どうしようなァ?』
・・・どういえばいいのだろう。
てんたまひとつ。
えッ?ウチは映画館ですけど・・・・
いやッあの!その・・・
どうしたの?
となりのレジ娘が、怪訝に伺いながら割り込んできた。
だ・・だから、てんたま。。
いい加減にしてください!
つかつかと映画館の責任者らしい人が近づいてきた。
また、君か・・・今度はなんだ!
いやあの、てんたま。。
君、ケイサツを呼びたまえ。
はい。
えッ!ケイサツ!!そ・・そんな。映画ですよ。
ウチは、うどん屋じゃないんだ
ひやかしは営業妨害だ。
そうか・・わかったぞ!略さないで、いえばいいんだッ!!
天使の卵ください。
はい、こちらですね。10万5千円になります。
え”ッ。。じゅ・・・ジュエリィ?
うあ”ぁ”ぁ”ぁ”・・どうすればいいんだあ・・・
「…つぎは、千葉中央。千葉中央ォ~」
夢想はここでおわった。おそるおそる入場券をいうと、
つつがなく劇場にはいることができました。…少し
緊張はしましたが(笑
さて、与太話はこのくらいにしてレビューにはいるけれど
いっておきたいことがある。私のレビューの読者の対象は
あくまで映画をみた人しか相手にしていないのである。
だから、まだ観ていない人は、私の話はよく分からないだろう。
観てから、またおこしください。
それでは、始めます。
ーーーーー
「(セリフ)ことばの省略の美学が織り成す間(以心伝心)。」
これを捉えた観客だけが、原作者の隠れたワールドへの鍵を拾う。
鑑賞記:【一徹した、セリフの2つとばし。
三人の恋人たちの想いはそれでも交錯する】
まずは、シナリオを練った人に拍手を送りたい。
すばらしい!シナリオだ、シナリオ(セリフ)で、
人物が完成している。最近は、このような映画とんとみない。
とても秀逸なものだとおもう。
云いたいことをことばにして話す。
受ける側は、その真意を斟酌して自分の思いを重ね、さらに2つ先の思いを
ことばにして返す。
終盤まで、このセリフの妙技というか、ココロのキャッチボールに
まずは魅了されてしまった。人がなにをおもってことばを紡ぐのか
そのことが理解している人向けのシナリオ構成である。
生粋の文学少女むけの映画だ。
これに気づいた観客だけが、この映画が単なるラブストーリー
でないことを得るわけだね。いや~~堪能。堪能。
…ただし、なぜかこの素晴らしいシナリオは、終盤は切れ味をなくしていく。
クライマックスでは説明口調となり、余計な添え物が増えていく。
これは残念なことでした。おそらくは、シナリオライターが変わったか
最初の優良なシナリオにつき、だれかが改竄をくわえたのだろうな。
ホントにざんねんだ。だいなしになっとるぞ。
本当に・・・残念なことである(2回目。)
さて、とはいえ、この映画。先週みた、「ただ、君を愛してる」よりも
ストーリー展開。動機付け。キャラクターすべて
わかりやすい。
いささかシンプルに見えてしまうきらいがあるが、
映画の素直さという点ではこちらが好みの方が多いだろう。
朱色会もこちらが好きです。
(卵)をひとことで著すならば「とってもまっすぐ」
なんだな。(ただ)のほうは登場人物みんな「とっても不器用」。
どちらが現実に近いか、どちらが自分の理想に近いかは
2つの映画をご覧になった方が、自分の経験(体験ぐふふ)
と照らし合わせて決めることだが。。。
観ていて、、とても気持ちイイんですなコレが。。
さて、それではこの映画を演じてくれた3人にご登場いただくとしよう。
人を愛することに哀しみと恐れを覚えてしまった、コニタン。
悲しみを背負いながらも、無限の「あたえる愛」を放出し続ける、隼人くん。
うーん。こんな男が彼氏だったら。その娘はラッキーでしょう。
姉と恋人に翻弄され続けながらも、愛を待ち乞いつづける女。エリカ。
3人はとてもよく演じてくれたと想う。
隼人のみずみずしいさわやかさ
コニタンの女性としての成熟なところ
エリカのもはや堂々とした女の哀しみと強さの部分
どれも、おそらくは自分のキャラクタから切り出してきたものだろうが
とてもよく表現されていたとおもいます。『演技仕事人』として拍手。
映像も、キャラクターのカラーを壊さない
京都でのロケがとても聞いている。
たしかにな。愛や恋は、ビルディングの林の中だけで
おきるもんじゃないな。紅葉のコントラストが
3人の美しさや儚さによく(効用)されてとりましたね
これは、書こうか、書くまいかいままで暖めていたものだが
この映画で書いておこう。
ひとつの確かな愛のふたりの足元には
複数の泪の屍が、横たわっている
ーー朱色会ーー
ま、だからどうしたということなんだけど。
もしも読者の方で、自分が確かなものを持っているんだとしたら
それは自分の力だけで手に入れたとは考えてほしくない。
それは、相手の力だけでもないということなんだ。
・・・大切にしてほしいね。ほんとに。
あと、きになったところをいくつか。。
やはり、父の最期については言及(補足)しておいたほうがいいだろう
狂人から、常人になる瞬間が、実は一番あぶないのだ。
その瞬間とは、こんな思いが一気にその人を襲う。
・ずっとカゾクを苦しめてきた自分の存在
・また、狂人に戻るのではないかというとてつもない恐怖
・これからも自分が重荷となって存在していかねばならないこと
などだ。これ踏み越えていける人は、そもそも狂人にはならんのだ。
評価:88点
恋愛は、まっすぐやっていきたいな
という方はとくに見ていて気持ちよくなれるだろう。
「つれてきた」彼氏に、(隼人のように)やってくれることを
はっきりとねだるべきだろう。
そのかわり、(エリカ)を強要されることにはなるけどね。
愛はGetするものじゃない。P。。。
…村山由佳 さん。富樫監督。・・・こんなトコでどうでしょうか。
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いや、驚いた。朱色会は、不覚にも初回上映を見逃し、いつもの喫茶店にて待機中なのだ。
今日は、9:15~というイレギュラーな上映スケジュールだったし、前回はそんなに混んでいなかったから
安心していつものように出たのがアマかった。
劇場のチケ売場は、デスノートファッションに身を包んだ
女子中高生で埋め尽くされていたのだ。
さながら、何かのコンサート会場。
ぐおおおおぉ。。。
当日チケットの行列だけで2百めえとる以上。異常なり。
三連休初日&レディースデイ&上映初日が
重なるとトンデモないことになる。
それと、、、tvのちからとなっなんといっても
藤原竜也だろうな。恐るべき集客力と人気の高さ。。
などと書いているうちに初回をゲットできなかったファンが
この喫茶店にも流れ込んできた。
------
執筆中ながら、答えをまっている人のために、結論だけ先に申し上げておこう。
「★★★★★」。
「金子【監督】。…おかえりなさい。」
読者の皆様。3連休の間に、観てしまおうぜ。
ワーナーブラザース配給なので、映画ファンのわくわく感に凍り水をぶっかける地獄の宣伝映画
「Save Our Movies」は事前上映されるのは、まったくもって残念だ。
因みに、これからやる映画も総てこのつまらないものを見せ付けられるので、
イヤな人は耳をふさぎ、目をつぶっていよう。(↓)
http://www.warnerbros.co.jp/web/main/movies/movies.jsp?frompage=wb_homepage_jp
・・・それでは、レビュー開始。
------
鑑賞記:『2冊の本。我々が手に取るべきは・・・どちら?』
原作(漫画)の最終回には、失望した。
失笑したことを覚えている。だから、
とても心配していたのである。
前編と同じで「トレース映画」だったらどうしてやろうかと。。
…そして、朱色会の原作の月(ライト)への魅力が急速に消失していった
あの『父親殺し』のエピソードを、どのように扱うのか?
それも気になっていたところだ。
しかし、それは、xxxxに終わった。ヨかった…。
(xxxxはことば思い出せない。すまん…)
今回の主役。ケンイチくん。うーん。かっこよ過ぎ。。
いよッ!!ひょっとこ!(←ひょっとこはとてもよかったです。
観客のココロを解きほぐすとてもイイスパイスとなっていました。
ひょっとこはいい。
ひょっとこ。サイコー。
恵梨香もよかったねぇ。アイドルより映画女優のほうが
あってるかもよ~。これからも挑戦していって欲しい。
CDより光っとるぞ。恵梨香のようなキャラは
いま日本映画会にはいない。
「必要なんだよ君が!」
・・・そして、なんといっても、竜也。
汚れ役を完璧に熱演。にんげんの愚かさ、美しさ
両面をきっちりと演じていた。
アイドルはこれで『卒業』だね。
この役は、彼の代表作となるだろう。
これからも期待します。
鹿賀丈史さん、何もいいません。いいです。
俳優として、にんげんとして完成された姿。
貴方のようになりたい
おそらくは全員5K減の減量を命じられた捜査員と女優の
みなさん。大変だったでしょう。しかし、よく耐えたッ。
カンド~したッ!!(←?)
おかげで、緊迫した画面を作ることができましたぁ
この場を借りまして、御礼申し上げます。
「ありがとうッ」(←おまえが監督なのか!)
(休憩)
朱色会の好きなシーン
政治家:キラはある意味、アリなんじゃないかと・・・
津川ジジ:誰だ!こいつを政治家にしたのは!!
朱色会:『国民です…』
さくらTVを牛耳る『さくら』。洒落が・・・
うーむ。おなごのたたかい。現代版【大奥】。(笑
おちんちんがまだ立たないボーイズにはムズカシかったかなァ~
オンナの表現といえばもうひとつ
おんなは、自分を必要とおもってくれる人を最大のパートナーとする
「TV」を嗤う『映画』。
そりゃあそうでしょ。身銭を払ってみる客とただで観ている客の差
とおんなじ。視聴率合戦か・・・さくらTVはどこ?
・・・xxxTVはどこ?
随所随所の『騙し絵』が映画通を泣かせる。
…とまぁいろいろ楽しめる。
表現の自由度が、前編とは異なる映画の楽しさを取り戻している
・・・そろそろマジメルに戻すか。。。
緩急の金子ピッチングに打者(観客)は翻弄されながら楽しめる。
…2冊の本が、この映画では登場する。
1冊目は表紙が黒く、薄い。
2冊目はぶあつい。
にんげんは、どちらの本を手に取るべきか
観客である「我々に」にその問いが向けられているのだ。
・・・確かにデスノートみたいなものがあれば
一過性には『効果』がありそうだ。
誰もが、ひとりやふたり、記入したい名前を持っている。
しかし、「それ」では、根本的な「解決」は期待できない。
にんげんは、『ながいあいだ』をかけて
ここまでになったのだ。理想に近づく「近道」はない
「おきた哀しいこと」にしっかりを目を向けて
じっくりと軌道修正していくしか、これからもないのだろう。
『ホワイト・ノート』完成への道のりは、、、長い。
カントクが伝えたかったことを
ジャンプ少年少女たちは、静かに…そして確かに受け取っていたようだった。
物語で、登場人物たちは、『生死』を演じる
生き残るもの、死んでゆくもの。
どちらも観客のココロに『生き残る。』
…にしてもだ、監督の生死感と朱色会の生死感が同じなことはよかったな。
評価:95点
満点でもいいかなぁ~とはおもう。
正直いって、原作よりもいい結末だ。
しかしやっぱし、「ちょっと…長かったぁ」
一般の観客が緊張の糸ぴっちりとはれるのは120分くらいっす。
緊張の糸がゆるんだ空気を、劇場で感じたので
5点減点どす。
・・・前編と同じ監督とは思えない。とてもいい良品です。
たくさんの方に、観てもらいたいですね。お勧めいたします!!
前編のレビュー記事はコチラ(↓)
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-06-25
他のブロガさんのイケン(↓)
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=The+Last+Name&ei=
「カントク」のブログ。(↓)
http://blog.livedoor.jp/kaneko_power009/
「作品」のへの忌憚のないレビューたちは、コチラ。(↓)
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id325401/
拙の分家:映画ブログはこちら。(↓)
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-11-03
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「∞」。
・・・この作品は、2部構成作となっているため、必然的に
「∞+∞」になるか、ことによると「∞×∞」となるかもしれない
1930年生まれのこの監督は、私たちに鉛のように重厚な感動と問いかけを
投げかけてくる。観終わっての感想として、まずは、このことばをいいたい。
「Go, movie theater.Now ! 」
鑑賞記:「セピア色になりかけのフィルムが、『今の』私たちに語りかけることは・・・」
硫黄島の戦いについては、以下の2つが詳しい。よろしければ・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Iwo_Jima
「ショーグン(司令官)」のような貫禄のクリント・イーストウッド監督。
主演のライアン・フィリップ。クラッシュの坊やがこんなに成長した。
映画俳優は、映画のなかでその時代のにんげんを演じ、そして成長していく
摺鉢山は、すべて(彼らの一部始終)をみていた。
・・・あれから、なんと61年余が経った。
摺鉢山は、静けさの中にいる。あるのは、波の音と、風の声だけだ。
あれから、大分経つのであるが
…「わたしたち」自身は「変わった」のであろうか?
http://www.iwojima.jp/data/handbill.html
http://www5f.biglobe.ne.jp/~iwojima/
http://www.iwojima.jp/
他のブロガさんたちの意見(↓)
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%C9%E3%BF%C6%A4%BF%A4%C1%A4%CE%C0%B1%BE%F2%B4%FA&ei=
今まで、色々な戦争映画が作られ、様々な戦闘シーンが生まれて
きた。この映画は、それらを「結集」した秀逸なものとなっている
「戦闘シーンが好きな」観客も短時間ながら
入場料のもとが取れる出来栄えとなっている。
…にしてもだ。やはり舌を巻いたシーンは
「例のシーン」だね。
・・・照明弾とカメラのフラッシュを合わせるなんて
誰が思いついたんだろう。劇場の席で、ほぇ~と
唸ってしまいましたよ。
戦争には欠くことができない【存在】がある。
それはお金とか高機能な兵器ではなく、
血を流し、叫び、
そして生きて笑顔で帰ることを許されない「兵士」だ。
戦争を始め、遂行し、継続し、終結させるモノたちは、
それについては用意周到だし、綿密に、かつ細心の注意を
払ってそれ(兵士)を扱う。
そして、大概のばあい、その役目をおおせつかるのは
貧乏人のせがれだ。
戦争学を紐解くと、損耗率というものがある。
派兵した人的数(いのちの数)と、帰還する数の割合だ。
100人して、帰還0(全滅)したら100%
…んで、損耗率がいちばん高いのは、最前線の緒戦だ。
だから、緒戦に選抜されて名誉などと思ってはいけない。
おれ、安い命なのね。
・・という判断でOK。カーネル(大佐)やジェネラル(司令)が
上陸するのは、ひとわたり戦闘が一段落してからだからな。
大学上がりの参謀達は、海辺の水を自分のブーツに
浸み込ませたことはない。
戦争の「現場」に英雄はいない。
在るのはわけもわからず罵る上官と、
逃げ惑う兵卒なのか。
私たちが、無垢にも引き金を引けるのは、
『相手』の笑顔をみた経験がないからに他ならない
ーー朱色会ーー
・・日本は、「あの時」アメリカとやりあうため、
「皇国」になるほかはなかった。
両国の戦争のエンジンとなったのは
アメリカは、「興行」力と金
・・・金は、実はつきかけていたんだね。それで『戦争債』
そして日本は、島国ならではの「自尊心」(プライド)か。
戦争を始める力の源は、息子たちを送り出す
「親」の浅はかさ、幼さにある。
ーー朱色会ーー
人類がこれまで得た「戦争映画」の集大成といえる作品だ。
是非、大きなスクリーンで、ご覧になってください。
http://blog.so-net.ne.jp/shuseki-kai_org/2006-10-28
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鑑賞記:親子の愛を素直に描いている良品なるも、展開と決着は疑問が残る。
帝都1000万人の毎日の足となる、「メトロ」。
もはや都会人にとっては「日常」で欠かせない存在となっている。
日々の通学・通勤・買い物・デート・旅行など
都会人の日常に組み込まれている
いつもと変わらない「日常メトロ」の風景。しかし
メトロを利用する人は、ふと、誰もが思うことがある。
「あの暗闇の向こう側に、いつもとは異なる風景が
現れはしないだろうか・・・」
浅田次郎。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E7%94%B0%E6%AC%A1%E9%83%8E
…こうして、この原作者の人となりを再確認してみると
あのシーンの意味はこういうことだったのかと合点がいくものを
いくつか見つけることができる。
さて、それではそろそろレビュー開始。
そうそう、この映画の配給は松竹・GAGAであるため、
事前にみて非常につらく、きもちわるくなる「Save Our Movies」の
上映はナッシングなので、とても清らかなキモチで
映画に臨めることを報告しておこう。
それでは、はじめます。
ーーー
人は誰もが、何らかの「荷」を引きずりながら
歩き続いている。
「ガラガラ・ガラガラ…」
そしておそらく誰もが、なんらかの傷をココロに
抱えているものだ。
父を疎みながらも、父と同じように生きている男
主人公:堤真一(長谷部真次)
「貴方は父親と同じよ。」
母と同じ生き方をしている自分を悩む女
ヒロイン:岡本綾(軽部みち子)
う”、う”ずぐじィぃぃぃぃぃぃぃ~(結婚したい。)
そして!!俳優としてのパフォーマンスを今回も如何なく発揮してくれた男!
大沢たかお 兄ィ
出生時の2等兵から、大企業の老社長までぴちっと演じてくれました。
一人5役くらいやっとるな。(ま、ゼンブ小沼佐吉なんだけど)
戦後のオンナたちは、こういう生き方しかできなかった
それを好演しているのが、常盤貴子 (お時)
さて、お話の方は、父親と相容れない主人公がメトロに乗っている最中に
タイムスリップさせられ、父親の一生をみて、父親を理解し、
そして父親を許す物語だ。いってしまえばこんなところ。
同様のらせんで、ヒロインもこのスリップに巻き込まれ
母親の半生を見ることとなる。
スリップに地下鉄をつかうという「演出」は、観客の心の
入れ替えにも一役かっていて、観客をおはなしにナビゲーションする
良薬となっている。すっと荒唐無稽な話に没頭できる。これはいい。
演者の力量は、バイプレーヤも含めてすべて及第点以上。
とくに、岡本カラーは出色であるし、実直俳優の堤も真骨頂。
貴子の使われ方もよかった。しかしなんといっても
たかおさん。やるねぇ。
やや記号化した役ではあるものの、10代から末期までの男の役を
きっちりと演じきっており、俳優として
アブラ乗り切っております。トロですなオオトロ。
「痩せてみたり、太ってみたり、大変だったでしょう」
話のなかで朱色会が、心にのこったこと
戦後の混乱のなかの男たちの姿だ。
めしをくっていくのがやっとの中でも
「プライド」を失わず、知恵と元気で生き抜いていく
ものたちは、本当にイキイキとしている
あの時代ほんとうに餓死をするものがこの国にいたのだが
彼らの生き抜いていく様になんというかへんなことだが
うらやましさ
を感じてしまった。
明るく、豪快で、粗暴で、そして下のものには優しい。
いまの「男たち」は、どぅなんだろうね。。。
くわえて、女たちだが、
あの当時は好きな男がいてもその人と結ばれるのは皆無。
その代表として小沼夫妻が描かれている。
好きな人がいても、その人以外と結婚し家庭を築いていく
いまはあのころよりは。。と想いたいが
あんまり変わんないような気もするし、その辺は
いまの女たちが答えをだすことなので、これ以上はコメントしない。
途中の展開としておやっとおもったのは
やはり血縁のからみだが、この映画のテーマに本当に必要だったのだろうか?
ちょっと韓流で、朱色会はいやだったな。
それと、みち子が下した決断は、どうにも理解不能。
生きていてこそ、他人に幸福をもたらすことができるのであって
これほどの「親不孝」があろうかと想う。
この結末の仕方は、ちょっとアレでしたな。
好きなひとの幸福のために、自分は犠牲になるっでが、
それだばわがんねな。(←すみませんつい方言が。。)
生きていく強さというものは、そんなキレイごとじゃない。
生きていき、そして好きな人をみつけて、その人との幸福を考える
これがまっとうなことだろう
評価:62点
とはいえ昭和のセットは念入りにつくられており、
CGに頼らない「もの」による再現は、表現としてはよかたす。
そして、演者たちの熱演も心に響きましたよ。
「幸せでした。貴方のような人を父親に持てて、幸せでした」
「幸せでした。貴方のような人を母親に持てて、幸せでした」
父親や母親がいるものは、いつもこのことばを胸に持っているものだ。
そして、恥ずかしいためか、それを口にだしては云えない。
父親や母親であるものは、いつもこのことばを待ち望んでいるものだ。
そして、恥ずかしいためか、そのことばをまっていることをおくびにも
ださない。
・・・そしてそのことは、逆もしかり。。。
いつかは、朱色会も。。
人は、親と子の「リレー」のなかで、
『命』だけを運び続けている存在ではない
ーー朱色会ーー
いのちと他のもの、それは表現としてとても【単純なことば】だが、
もしそれがなんなのかわからぬ方は、スクリーンでご確認ください。
「幸せでした。貴方のような俳優に、観客として出会えて、幸せでした」
ーーー
お知らせ。
金曜日放映のNHK【にんげんドキュメント】は朱色会を感動の坩堝に
叩き込み、執筆不能にした『良品』です。
ご覧になった方もそうでない方も是非ご覧ください。
世界中の方に観て頂きたいです!!
(この作品は、NHK以外作れず、かつ放映できないしょう。。。)
再放送あり。詳しくはコチラ↓
http://www.nhk.or.jp/ningen/
他のブロガーのレビューはこちら。是非ご覧ください。お勧め。
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A4%CB%A4%F3%A4%B2%A4%F3%A5%C9%A5%AD%A5%E5%A5%E1%A5%F3%A5%C8&ei=
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執筆中。。。あのぅ、読者のみなさん。あとでちゃんと上げますが、
待ってなくていいです。ひさしぶりに、、、『地雷』、ふんじゃった・・・ちゅどーん。
詳しくは、こちら↓
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「ブライアン・デ・パルマ。」一度聞いたら忘れることがないこの名前の監督は…
常に「問題作」を我々に供してくれる。
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail/typs/id950/tm/
その作風はひとことでは、朱色会も言い尽くせない
スタイリッシュ
斬新にて難解
音楽やカメラワークに拘る
そして、公でのハリウッドでの成功者にもかかわらず、私生活においては女性遍歴もすこぶるすごい。ちょい悪とはいい難い。本悪オヤジといっていい「巨匠」だろう。(←いちおう褒めてます
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%9E
http://cinema-magazine.com/contents/film.htm
・・・・さて、いつもご愛顧いただいている映画ブログだが、今回の読者は、女性に限らせて
いただく。そのわけは、つぎのゲートを潜る女性だけが理解できればいいことなのだ。
それから、この映画を既に観ていることが条件だ。
この映画をみてから進んでください。見る前に見ると、ダイナシになること請け合いますよ。
尚、この映画の配給は、東宝東和東和東和系(笑なので、
いつも上映前にやる観る人の気持ちをズダボロにしてくれる『Save Our Movies』の
事前上映は、ありません。よって安心してご覧いただけます。
それでは、はじめます。
ゲート。オープン。。。
=====================[ ]========================
貴方は、女性ですね。いちおう。念のため、検めさせて頂きます。
その証拠を見せてください・・・・良し。
…では続けます。あ、そのままで結構です(笑
さて、この映画ブログを訪れた女性達の望みは何かというと
この映画、どう解釈すればいいの?
ってところだ。確かにもずく酢のように
人間関係とかいろいろなストーリーが絡まっていて
くんずほぐれつ状態になっている
ところで、映画監督というものは2タイプあるというのは
以前どこかで話したと思うけど
・分かりやすく噛み砕いて順序立てて説明してくる優しい監督
と
・分かるやつだけわかればよし!っているとても映画リテラシー
を求めてくる監督
とあることは書いたけど、間違いなくブライアンは後者。
もずく酢は、その想いを隠すための蓑と考えてよい(きっぱり
もちろんその中には、2つに真ん中から切断されたうら若い
(映画志望の)(美しい)死体も含まれる。
タバコもそうだね。
ほんと、この映画タバコすっぱすっぱスっているか
ヤっちゃってるかどちらかだけって感じだけど。。。
これも彼ならでは目くらましというやつだな。
(あと、タバコについては混沌と表現者として苦悩も表している)
・・で、じゃどこを探せば、宝箱に到達できるかというと
こういう場合は10中8,9はセリフに託される。
朱色会がこれだと捕らえた繰り返されたセルフは、
「Choose Me.(あたしを選んで。)」
・・・彼は、1940.9.11生まれ。そしてショービジネスに
ほとんどを自分の人生を費やしている。
この映画は、女性の本質とは何かを、彼の人生経験から
導かれた結論を、あの事件を題材にして表したものだと捉えた。
このくらいの年になるとなにを描こうとも怖いと思わなくなる。
そして口はばかることもなくなってくる。
映画監督の集大成も近いこと
は自覚してくるから、総括として、「女性とは何か」
をこの映画で表そうとしたのではないか?
表現者たちは、ときどき女とはなにか?どういう考えに基づいて
判断行動するものかを表すときがある。
・xxxのxxxx
・xxxxのxxxxなんかもそうだ
この映画でも幾人かの女性が登場する。何人かは、普通の女性ではなく
トンデモな方たちではあるが、ひとりひとりの行動に注視していくと
それほどの破たんはない。
こんな考えにたつと
もずく酢が、そうめんくらいに見えてくるから不思議だ。
話の突端は、3カクものかと朱色会もおもいました。
腐ったりんごと父親に言われた娘は
何かを求めて放浪する
行き着く先は、・・・それほどの変わりはない。
お金持ちの娘達っていつも幸せそうじゃないな
まさかこれって真実なのだろうか
この人は完全にあて馬でしたね。
完全に観客をツリましたね。うまいな。
EVPおじさん。引っ張りだこです。
今回は司法解剖官。うまい。
こまやかな人物設定、関係表現もうならせます。
たとえば、朱色会の眉をひそめた東洋人の事件のくだりは
最初は人種差別かと憤りましたけど、あとで考えれば
あの当時で、儲けていた商人は、中国人だったのです。
こまやか。
また、バイプレーヤたちも要所要所できらきらと輝いている
単位時間あたりのきらめき量は、主役達にひけをとらない
すばらしい。
・・・・朱色会がなぜこのブログを女性限定にしているかというと
このことに気づいた女性たちが、
いっしょに来た男性にバレたくないだろうと考えるからだ。
映画が終わり、彼氏の態度がかわってしまった場合は
バレてしまったと考えた方がいいだろう。だから、
この映画の主題は、女性たちだけの秘密にしておこうね。
・・・朱色会も黙っています。
ココダケの秘密にしておこう。
しいぃぃぃぃぃ・・・それでは、お集まりの皆様、ご唱和のほどを。。。
人生において、女性は須く「女優」であり、
そして男性は、それを観る「観客」である。
ーー朱色会ーー
評価:95点
最近は、「優しい」映画が増えた。本編は、そのアンチテーゼと
とるにふさわしい、「厳しい」映画だ。そしてそのあんばいが
とても突き抜けているため、このブログで読まないで分かる
人は少ないだろう。ということで5ポイントマイナスさせてもらった。
最後に、
カメラテストで、女性は「まるはだか」にされたと
男性は思っている。
・・・ちがうね。
それは、男性ならではの『答』なのだ。。。
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連休3日目は「サイレントノイズ」原題:WHITE NOISEを観てきた。
鑑賞記:『101分間の「空耳アワー」の先にあるモノは…』
現在、京成ローザでは、”秋の新作ホラー祭り”開催中である。
・・・といってもファッションではなくて映画だ。
http://www.keiseikog.co.jp/cinema/top.htm
10月7日(土)より 「サイレントノイズ」
10月14日(土)より「アダム 神の使い 悪魔の子」 (PG-12)
10月21日(土)より「ハイテンション」 (R-15)
※3作品全て(!!)をご覧の方の中から抽選で劇場鑑賞券をプレゼント
応募方法は劇場備え付けの応募用紙をご覧下さい
・・・てなワケでかなり『挑戦的な』キャンペーンではあるが
いちおう参戦中です。だから、あと2つも鑑賞記が載るというわけ
です。
しかしなー。ちょっと敷居が高い抽選条件だなーとはおもうけどね。
半券を応募用紙に貼り付けていくんですぜ。3枚。3枚(2回目。
うーむ。
ま、与太話はこのくらいにしてっと…鑑賞記に入ります。
まず、この映画のなかで話の幹になっているEVPから。
http://www.silentnoise-movie.com/evp.html
サイレントノイズ特設サイトより引用。
「EVPとは、Electronic Voice Phenomena(エレクトロニック・ヴォイス・フェノ
メナ)の略で電磁音声伝達現象のこと」
・・ですぐに調査開始。。。
http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=EVP&ei=
・・・なかなかいろいろな実例があるようで
秋の夜長の特番として利用できそうな題材ではある。(←はい。ヒント。
ま、でも、この奇怪といわれる現象は
電磁気学と心理学にて完全に説明ができる現象として
それを唱えるひとと、その反対の立場の方、双方が
声をからしつつ論争しているものだ。(←はい。ヒント。
朱色会も、じつはホワイトノイズではないが
EVP経験はある。
ステレオからおじさんのはっきりとした声が突如して
聞こえたり、パソコンのミニスピーカから急に音楽が聞こえたりする
現象だ。その瞬間はぎょとするけれど、説明がつくことなので
いまはまたかといった感じだ。
この映画は、EVPをどのようにとらえるかで
面白さや受け止め方がことなってくるだろう
EVPについての知識が高い人もそうでない人も楽しめるようになっている
ただし、話の筋や組み立て方・つじつまなどは
破たんしており、あまりそこに傾倒してもしようがないことを
あらかじめいっておこう。
まずは、マイケル・キートン。
うーむ。ふけたなぁ。・・・老けた。初代バットマンのときは凛々しかったなぁ
でも、しつれいながら熟練の演技と風貌は、この主人公を演じるのにとても
やくだっている。最初から中盤まではぎこちなさが残るが、終盤にかけて
正気を失いかけてくるあたりからの鬼気迫る演技は
「とてものりのり」でやっていて、観ていて気持ちイイ。
ヒロインのほうは3名ほどでてくるが、どれもヒロインというほどじゃない
しっかりと役どころを全うしています。おつかれした。
あと、EVP専門家については明らかにミスキャストだと思う。
演技よりも、朱色会としては
「なぜ、このヒトには首がないのだろう。」
とぶよぶよにたれたあごの脂肪に目がいってしまい
き・・・緊張感がぁ。。
あまり彼に感情移入ができなかった。イイヒトなんだろなと思う。
・・・と、ここまではあまりほめていないけれど
じつは、この映画の評価は高く、79点だ
EVPに着眼したものは日本の映画には最近多くでているが
西洋ではあまりないという点。
なかなか目の付け所がいいと思った。
描いているテーマは、現世とあの世のはざまというところになる。
ねたばらにならないように浅くいっておこう。
読者の皆さんは、死後の世界があるとしてどんな印象をお持ちだろうか
天国?(女神がいっぱい。パラダイス
地獄?(鬼がいっぱい。折檻+いじめられるぅ
この映画はそれ以外の提案をしているところがココロに残った
すなわち、この世とあんまりかわらんってところだな
イイヒトもいる。そして悪いヒトもいるのがこの世ならば
イイ霊もいる。だけど悪い霊もいるっていっているように捉えましたよ
(byスネークマンショー)
ほじくればほじくるほどいろいろ楽しめる意外と奥の深い映画です。
ホラーというよりは、サスペンス映画に近いな。
【霊】が一番恐れ、かつ依存している存在、それは『人間』である
ーー朱色会ーー
(ホラーは肩の力を抜いて鑑賞記を書けるから。。好き。。)
・・・それじゃ。おやすみなさーい。
他の方の意見はコチラ。
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail/tymv/id325635/
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執筆中(+取材中)。なれど
ストーリーではないものを著した映画の評を書くとき
筆がとまる自分がいる・・・・。
====ここから、映画評。ゲート・オープン。
オリバー・ストーン。
http://park12.wakwak.com/~eslab/books/o_stone.html
JFK。
7月4日に生まれて。
そしてなんといっても。「プラトーン」
社会派映画監督の巨匠として名を連ねるストーン監督の作風は
一言でいって重厚。
そして、なんといってもオリバー風といわれる
今までになかった切り口を見せる監督として初期作品を中心に
一世風靡した。
近年はその切れ味が鈍りがちだ。この映画はどうなのだろうか
なんといってもあの事件が題材だからなぁ
予告編についてはオーラを感じなかったので
ま、あまり期待せずに臨んだ。
このブログは、映画評を書いている。だから、あの事件が
どうたらこうたらというつもりはない。
3000人近い人間が飛行機テロによってなくなった
それをどう描くのか?そして表現者は5年を経た今。
なにを伝えようというのか。それをつかまえるため
初日に臨む。
この映画はパラマウント映画+UIP配信のため
残念ながら、【Save Our Movies強化版】は事前放映される。
さてと、、
この映画も実話を元に忠実に描かれている
その主人公となるのは、2人の警察官。
ビルに被害者救出に向かい、そして、生還した。
前へでろ。
人間は、一生のうちで何度か、その言葉を発し、
そしてそれに応えるか、応えないか判断する機会を得る。
足を前に出すか、出さざるか、その脳裏に浮かぶのは
愛する家族か、それとも、メイン・ペーパーの一面か?
この映画につき事前に情報を仕入れたものは
ユナイテッドのときと同じように結論が決定しているものと
どう対峙するかを求められる。
生きてもどってくることが既知であるとき
あとは、なにが描かれているかに集中することなる。
彼らが帰ってくるために必要だったもの。本編はそれが主題となっている
2人は英雄となった。
灰燼と化したあの場所で、
救助者の励ましの声とともに、
彼らの手と足だけで組まれた回廊を、担架は運ばれていった。
評価68点。
やはり、現実に映画が追いつくのはムリがある。
それは、この映画を捉えるために、取材したときに達した結論だ。
お話と現実は繋がっているとは言え、この題材は
とても「重い」ものだ。
そして、やはりオリバー。
さ・す・が・わ オリバーと終幕のときに
ココロから叫びたかったが。。オリバーサプライズは
ついに朱色会の前に現れることはなかった。
オリバーならではの話のヒネリがあるのだろうと思って
いたが、それはなかった。
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映画ブログ巡回をしていて気がついたことがある。きょう
1日は…そう「映画の日」だ。と、いうことは映画をミネバ様。(笑
まだ観ていない映画で、きになっていったのは
うつくしいポスターが目を引く
レディ・イン・ザ・ウォーター
…これにしました。
M・ナイト・シャマランといえば
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail/typs/id96107/
人間がもつ「力」
っというものを連綿と表現している監督だ。んで、今回もそう。
主役はポール・ジアマッティていうおっちゃん。
ひさびさにビルドアップしてない俳優が主役。
(かわりに、他の配役の方がビルドアップしてました(笑
…ヒロインとのバランスがぁ
しかし、これもシャマランの何か考えがあってのこと。
ヒロインは、ブライス・ダラス・ハワード(←注)。
うーむ。う・つ・く・し・~
人間離れした美しさ。
こういうエキセントリックな美しさで印象におぼえているのは
イライジャ・ウッド(男優ですがな)。
こういう「超」人的な美しさのヒトって、重宝されます。
これからの活躍に期待します。名匠ロン・ハワードの娘だって。くぅ~
今回は、たいそう登場人物が多い。これがまずポイント。
舞台は、アパートの敷地から一切でない。これもポイント。
その中でさまざまな人種の人たちが、
好き勝手に生活してる。すべての人間を把握しているのは
故あってアパート管理人をしているポールさんだけ。
ま、ナニを表現しているのかはこのへんで大体きづくわけだな
簡単なはなしこれはアメリカそのもの。
ま、でも卑下できない事実がある。日本はもっと酷い。
朱色会の日常で言えば、隣に住んでいる人の顔を、朱色会は知らない。
そこまでわかると、すべての対象がナニを表現しているか
理解してくる。
おとぎばなしをかりて、「いつものこと」いっている映画だったのだな
妖精は、なんの比喩か?
狼っぽいイヌは、なんの比喩か?
アパートメントは、なんの比喩か?
その中に住むひとびとは、なんの比喩か?
答えは、スクリーンでご確認ください。
・・・妖精はさっていった。
しかし、ポールの人間の心のうちと「外」には変化がおきたのだった。
・・・Yahoo!の映画レビューを見ると哀しくなってくる。
みんな!もっといろいろなことを「勉強なさい!!」
人間は、個々に何かを成すために「力」を与えられる。
しかしそれは、「すべての」ではない。
ーー朱色会ーー
っというところが今回の主題と捉えた。
評価:84点
この映画のいいたいことについて、シャマランは
たいそう噛み砕いて表現している。いままでの作品と比べると。
シャマラン自身の願いというか望みまで披露しているからね。
でも、なんか映画での表現としていままで培っていた
難解にさせといて、観客に説いてみせろといった厳しさが
抜けてしまったのはさびしい。たとえば
冒頭のナレーションなど。そのオープニングの
記号(暗号)だけで観客はいいたいことはわかるのだ。
かなり噛み砕きすぎていて、シャマラン風を自分から
壊しているように朱色会には見受けられ、それはそれで
シャマランが決めたことなんだからいいんだけど
残念だなぁ~。
あと、シャマラン。「出過ぎ」だ!
映画をこれからご覧になる方、または
シャマランDVDをご覧になる方は、この軸足で
ご覧アレ。
・・・それではまた皆さん。シャマラン。シャマラン。
「主演」だけはやめとけよ。(くどい)
「今」や「現実」につながる2本の『泪』映画を拝見した。
私のなかでは今年度の日本アカデミーは決定したといえる。
主演女優賞:雪村いづみ
助演男優賞:阿藤快
作 品 賞:フラガール
どちらも、人間、とくに女の人生を描いた良品だった。つまるところ、大いに感動した。
【Save Our Movies】はどちらも事前放映されていないので、安心して鑑賞してほしい。
それでは、鑑賞順に、「そうかもしれない」から…
入りは多くない。ほとんどが老夫婦。しかしこの映画はもちらん老夫婦だけのものじゃない。
雪村いづみの圧倒的な演技力。ダレなんだこのヒト。
ほんとに演技なのかよ。
人の死と残るもの
観てほしいひとたち、また、見方
この映画なにかに似ているとおもった。そう、「小津安二郎」だ。
「ひと」を淡々と撮っている。作風というか、話に演出を求めない撮り方というか
とても淡々としているのだ。そのため、ハリウッド映画のように
どんがら、どんがら、いろんなことが次々と起こることを期待する観客には
平板なストーリーと受け止めてしまうかもしれない。
心のクロック数を下げて、鑑賞することをお勧めいたします。
肩の力を抜いて、それと、心の碇も緩めてください。
…私たちは、死に向かって歩いている。それは誰もがそうだ。
誰かのために生きる。この比率が大きいひとこそ、
充実なる人生を送れるのではないかと、そう思い知らされた。
評価:95点
老人化は人間として逃げられない「さだめ」ではある。
カラダ的に、アタマ的に、その減退には抗えないものである。しかし
「心」はどうなのだろうか?
私たちが、あの世に旅立つ日まで、減退せずに成長をつづけるものは
0ではないはず。私たちは、自分でそれを持っていないと気がついていないだけなのだ。
人を想うこころ。
この映画は、そのことを思い出させてくれる。ありがとう。
あなたのイチバン大切なヒトと、ご覧ください。
「よし子さん。これでいいかい?」
ーーー
つぎ、「フラガール」。
朱色会は、予断をたちきるため、初日の映画鑑賞にこだわりをもっているが
どうしてもブログ巡回をしていると情報がはいってしまう。ぶらりとうことはなく、
ほとんどの方がかなり好印象のひとが多いことが事前に分かってしまった。そこで
この映画は「観に行くぞ」というモードで、千葉中央に降り立った。
京成ローザ10の「10」の意味は、解説するまでもないだろう。しかし、なななななんとだな
やってないんでありますよ。フラガール。
んで、やくみつる(←まちがい)約2年ぶりに「千葉劇場(1)」に足を運んだ。
駅から離れているので、場所がうろ覚えだったのだが、
記憶は確かだった。大きな劇場ではない。しつれいながらこじんまりとした
家庭的な映画館である。2回目の上映はほぼ満席。いやがおうにも期待が高まる。
しずちゃんいい
まつゆきさんいい
トヨエツもいい「2枚目(半)これからもたのむぞ!」
リハウス娘の女優としての「成長」。
新しい「星」あらわる。有望株も、ベテランもうかうかできない業界だな~つくづく。
【1024の瞳】
この映画で特筆すべきものは、演者たちの目・瞳の演技だ
感情がここに集約している。そして撮るほうもそれを撮っている
まなざし、目線、めくばり。それらが感情として観客達に伝わっていく。
これからごらんになる方がいたならば、演者たちの目・瞳の演技に「注目」してほしい。
方言に注釈が入らないのは、その必要がないからである。
笑顔の中にあるもの
仕事のカチ
4人の女の人生が絡み合う
助演する男たちについて
…あああいいたいことがおおすぎてこまるぅ~ま、みてくださいとにかく
評価:どこを減点できるというのだ。満点です。
疾風怒濤のように感動が波状攻撃をかけてくる。観客は抗えるはずもなく
それに溺れる。何にって?「自分の涙」に。
スクリーンの裏(演者たち)と表(映画館に訪れた観客)の泪の応酬となるは必定。
大切なものがなにか、いくつもみつかる映画だ。
「最近、泣いてないな~」という人から、「最近、心が乾き目でコマル」という方まで
とてもお勧めしたい映画です。いや是非ご覧ください。
ドラマの最終回は泣いてしまう方、放映開始10分ごろから、終幕まで本編は
最終回がつづきます。タオル持参のこと。
トヨエツのいうとおりだ。
「・・・たく、女ってつええなぁ!」
書きかけで一時中断。今日はカンドー映画2本で泣きすぎてつかれた。
ひとまずは筆をおく。ご勘弁を…ねる。おやすみ。
イルマーレを観てきた。
予告編にてひさびさにカネシロが映画をやるらしい。
なにをしていたのだろうか?
今度の映画は、俳優と女優の恋を描いたものらしい
10年前に競演し、そして紆余曲折があり再開した二人
におこる出来事とは?…ってカンジの食指がそそるぅ・・・
さて、今回競演するふたりも似たようなものだな
昨日TVでやってましたね。サンドラとキアヌといえば…
【スピード】。
あれから12年ぶりか…
それでは、鑑賞記。はじめます。
そうそう、どうやらワーナー・ブラザース配給映画で
【Save Our Movies】の事前放映はやめるつもりはないようだ。
映画を楽しみに観にきてくれた恋人達の気持ちを踏みにじる
ことをやめない配給会社。その名は、…「ワーナー・ブラザース映画」という
会社であることを、あらためて予めいっておこう。
http://www.warnerbros.co.jp/main/homepage/homepage.html
ーー
サンドラはわかるとして
キアヌはハジメテなんじゃないか?恋の映画なんて・・・
大丈夫なんだろうね。マトリックスと同じ演技じゃないだろうな(笑
といらん心配をしてしまった
んで、スクリーンに登場した彼は、男の渋みを増していながらも
11頭身の肉体は健在なり。うーむ。すごい。
サンドラは、クラッシュ以来の再会となるが
年齢としては大人の恋の演技ができる年齢となったといえる。
スピードのときではムリだったと思う。
この映画のテーマは
遠『時間』恋愛 と
仕事と家族の関係線
といえそうだ。
恋も二種類ある。思春期のおできのような恋とそうでない恋
この映画で描かれているものは後者である。
この世の中、
サンドラのような人生を送っている女の人は
朱色会からしても多いと感じる。
仕事に充実感と自己のアイデンティティを確立させた女性
仕事に誇りをもち、多忙な毎日を送っている。
いわゆる自立した女性ってやつだな
しかし…
「なにかが足りない」
と自分でもいつも感じている
(プリズナーは、私だ…、自分で自分の檻にはいってるんだから…)
対するキアヌは、父親との確執が大きく、反発している
長男は、父親とこうなる運命だ
恋人(サンドラとはことなる)はいるものの、
「イチバン」は仕事。
・・・・本当に好きな相手をみつけたとしても
大概は、既に相手がいて、どうにもならないものだ
世の中は残酷にできている。
貴方に恋人がいるとしてつぎのQを送ろう
貴方にとってその恋人は
モーガンのような存在なのか
それとも
アレックスのような存在なのだろうか?
本当に好きなかつ必要なつれあいをみつけるのは至難だし
とても幸運が必要なのである。そして、さらに3つめとして欠かすことが
できないものがある。勇気をともなう「行動」だ
彼らは奇跡によって出遭ったわけだがそして
永遠の別れの危機を、さらにその奇跡をつかって
見事に切り抜けた。それを可能としたのは
彼らの人を思う強い心と行動だろう。
ーーー
そのほか、ココロにのこったシーンをいくつか
おやじのラストワードを聞くキアヌ。
そのとき、彼は、どんな気持ちでそれを聞いていたのであろうか
サンドラの仕事仲間のショーレ・アグダシュルー
母親として旅立つ娘を心配する働くおかあさんなのだが
とても、とっても「声」がいい。聞き惚れるほどだ。
女性としては低く、太い声、だが、憂いと力強さを感じる声が
なぜか心中に達する。
劇中に登場する素材が、最大限活用されている点も
評価できる点だ、いろいろな人の想いが交錯し、
短編ながらもテンポ良く楽しめる。非常に「エコ」な映画で
好感がもてます。
ーー
評価:82点
タイムトラベルものながら、出演者は旅行しない
想いだけを相手に渡し、そして受け取る。
最後は、アメリカ映画らしい結末ではあるものの
「時間(とき)」を最大限つかったシナリオは秀逸だ。
原作(韓国版)も見たくなった
ーーー
イルマーレと同じというわけではないが
私のブログも、あの湖畔の家の不可思議なポストと同じだと思う。
私の想いが、電子の海を越えて、貴方の心中に到達する。
・・だれもが聞いてほしいのだ
自分の思いを。そして受けてくれる人が存在することが
とても大切なことなんだと思い知り、映画館をあとにした。
そとにでると、千葉では風が
「そろそろ、冬をやりまあす」といっていた
・・・暖かく過ごしたいものだ。
(公式サイト)
http://wwws.warnerbros.co.jp/thelakehouse/?frompromo=movie_maintout_ilmare
ちなみに映画の予告編は、映画の「本意」を表してはおらず、
あくまでも宣伝用です。映画館で本意をご確認あれ。
それから、サンドラファンサイトブログをば…
http://blog.livedoor.jp/t_world1999/archives/50970167.html
キアヌのサマリーはこちらで。
http://www.fmstar.com/movie/k/k0020.html
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朱色会は、こどものころ「ウォーターラインシリーズ」などに嵌っており、
ちょっとというかかなり海軍ミニタリーには煩い。
三連休ともあり、映画を物色しに千葉中央に出陣(朝から(笑
「出口のない海」か…えびぞうか。よし、これにしよう。
はじめにことわっておくが、映画ブログ始まって以来の
「まだ、みていない」人向けに書く。
ねたどころか、ストーリーさえなし。
映画が始まるまえに強制的に見せられるいやなCM
【Save Our Movies】は入っておりません。松竹配給。
映画の鑑賞の観点は、やはり
「なぜ、いまさら【回天】なのだろう?」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9E%E5%A4%A9
ということで鑑賞した。それで…
…エンドロールがおわりってから気がついたが、シャツがぐっしょり
と濡れているではないか。汗ではなくて、全部涙と鼻水だった。
タオルがなかったが、着替えをもっていたのでトイレにいこうと
したが、いやまてよ。別に映画で泣くことは恥ずかしいことじゃないな
と思い。そのまま街を歩いた。清清しい秋風がシャツを乾かしていく。
ついで、瞳もこころもすっきりとしていった。
ひとしきり第一印象はこのようになる
大変良い映画です。それでは鑑賞記スタート。
映画のおもしろくない。おもしろいは、映画のブロガの諸君ならば
わかることだと思うがいちおういっておく。
受けてとして、送り手が伝えようとしたことを受け止めることができたか
どうかだろう。
あまり受け取ることができない場合は、つまらなく感じるし、
表現が自分の想像力を上回らないばあいは、それに怒りが追加される
逆はその反対。
んで、この映画ですが、現実(現代)とつながっていることを
発見できたし、戦争の無慈悲さ、残酷さの象徴の表現として
回天が使われているということだ、つまり回天は映画館の
ネオンのようなものだね
演者や表現者が伝えたいことは、日本映画では隠れているのが
常だった。もちろんそのことは台詞でもでてこない
しかし、この映画は少しそのハードルを低くしており
わかりやすさをだすため、台詞のなかにそれを託している
だから、台詞が
あ、説明口調だとつっこんでもしょうがない
観客のためにやってるんだからな。
映画館におこしになるお客様におかれましては
台詞に集中するといいかも。
えびぞう。映画あまりやってないくせに、さすがだ。とくに表情。
サラブレッドはフィルムの世界でも堂々と遺憾なく自分の才能を発揮する
んだな。いやすごい。えびぞうのファンが多いのもわかった。
これからも歌舞伎もさることながら他の「海」もたまには泳いでくれ
えびぞうとはことなる人間像を好演するきゃしゃーん(そろそろ名前を覚えねばな)
しかし、映画を重ねるうちにさらに演技にまろみがでてきたようにおもう
ひとかわもふたかわもむけていいカンジになってきました。
…もうさんかわくらいむけてくれ。
いもーと役の尾高杏奈
「四日間の奇蹟」以来か。あの映画も泣かせてくれたね
愛らしい妹役を好演。兄を涙で諭すシーンは、ひたむきな演技に
わたしまで諭されたようなきがしましたよ。
後は…小手川さん、友和さん
子供を思う親としてそれぞれの立場で熟演されておりました。
そのほか(若い)演者さんもベテラン(香川照之など)
はつらつした演技が好印象でしたよ。
あと、音楽がとてつもなくヨかった。
評価:95点
-5は、最期のあたりが説明調になってしまったところだ。制作費関係だと思う。
『一番の見せ場』をじっくりと撮ることができなかったのはとても残念だ。
ラストに向けてもりあがるだけもりあがっていた。えびぞうもよく
演じていたと思う。ところでえびぞうは映画の出演が少ないが
とてもよく演じていたと思う。かれに、勇作さんのあの
最期の演技と同じ語り継がれる演技をさせる最大のチャンスだったように思う
閉ざされた潜水艦のなかでの孤独の闇、
生への執着と差し迫る死との対峙
えびぞうならば、「なんじゃあこりゃ~」と双璧をなす演技をしてくれた
ようなきがする。それを見たかったね。
それをきちんと描いてほしかったなと思い。そこが残念なので、5点マイナス。
このブログのなかで私が得た「答え」を公開してもいいのであるが
まだ見ていない方のために、それを明らかにするのは
控えておこうと思います。
ぜひ、ごらんになってください。
この映画の題材は、なんとこの国で、なんと、60余年も前におきた
事実なのです。
「なぜ、いまさら【回天】なのだろう?」
その問いを懐にもっていってください。
かならず、貴方なりの『答』がみつかることでしょう。
え…。ずるいって?そう、俺は、ず・る・い。
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千葉は、また、暑さを取り戻している。ア”ツ”~~~
映画館へ退避。
今日は、なかなか主題を見通すことが難しかった
2本の映画について評します。
期せずして、この2つの映画の隠れている主題は、
共通している。
「人間の才能の発揮の仕方」について
それではいきます。
1.X-MEN ファイナル ディシジョン
(事前毒映画:Save Our Movies 上映あり:20世紀FOX配給)
この映画のテーマは、能力をどう生かしていくか
人は自分が持っていない力を目の当たりにすると恐れる。
そして、その人間を疎んじるか、遠ざけたりする。
それが、人間の弱さでもある。
そのため、人間は「キュア」を開発し、
ミュータントから「真人間」になることを要求してしていく。
ミュータントたちは、ミュータントでい続けるか
それともミュータントを辞めるかを、自分で決めていくことになるのだが…
今日みた映画のヒロインが残したことばが反芻する。
「Save Me.」
X-MENたちは形を変えてこの世に現実に舞い降りて
いることに、我々はそろそろ気がつくべきだろう。
そして。その力の行使がなにに基づいたものなのかも
とらえる必要があるのだ
よく分かる例としてつぎの言葉を届けておこう。
戦争が存在するとき、それを観察するものと、
そしてそれを利用するものは必ず存在する。 ーー朱色会ーー
力を自分または他人から封じ込められているのは
ジーンだけではない。そぅ、このブログをよんでいる
貴方も、もしかしたら、
知らず知らずのうちに力を封じ込めているのかも知れない。
パワー。それをつかう正しい心を成すことと、
だれ対して、何を供するのかはとても判断の要ることです。
評価:92点
その力を生かしていくことの媒体となるもの
それも言葉もつ力なのだ
クライマックスは、往年の「キャリー」出現。(笑
ジーン役のファムケ・ヤンセンさん。「若ェ~」
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail?ty=ps&id=52007
…ま、とはいってもラストは私もぎゃふんとしましたよ。
エンドロールまわりきるまで立席だめは今のトレンドなんだね。
ぎゃふんの意味を知りたいヒトは、映画館へどうぞ。
2. LOFT ロフト
(事前毒映画:Save Our Movies 上映ありません。
ファントム・フィルム配給です。)
http://broadband.biglobe.ne.jp/index_program.html?ch=movie_p&prog=movie&movieid=738350
ま、オカルトなんてもう貞子さんみたいなのがでてきても
「あ、貞子さんだぁ。おひさしぶりっす。」
ってなもんで日本映画のスタンスとして確立してしまい新鮮味に
かける。それより、貞子さんを表現しているものに興味が沸くのが
最近の朱色会の日本オカルト映画のミカタである。んで。
いつの時代でも、女の才能を食いもんにしたり、
妬んだり、利用する「存在」はある。
リアルな社会とのつながりを捉えた。それからは
話の筋そっちのけでその観点で鑑賞した。
これは、べつに女性作家とその関係に限らず、
才ある女性ならばいくつかは通る道なのだ。
そこをうまくスルーできるかは、才能を発揮するよりも
さらに『世渡り才能』の要求されるところだ。
貴方が女性で
かつなにか社会とかかわっている女性ならば
あのミイラの霊に親近感やシンパシー(共有感)を
もつこととなるだろう。
それは、
単に若い美しさだったり、
性格的な明るさだったり、
男を魅了する愛らしさだったり、
そして内在する何かの才能だったりする
これはゼンブ才能だ。
この映画のリアリティとしてまず挙げておきたいのは
社会や会社でおこるそのようなわかりやすい事例を
取り上げているいう勇気にあるといっていいだろう
多かれ少なかれ、社会には(いつでもどこにでも)
木島のような男はいるのだ
その存在とどう退治(←まちがい、退治は普通できない
対峙していくかはとても女にとって重要な課題である
今回の映画の設定でいうと
編集者(男)と女性作家(賞とってこれから)と
いう設定である。
普通に作家は「ものかき」つまり『文芸』という立場に立つことなる
そして編集者は、99%それをめざしあきらめたもの。
そしていまの立場は本を売る、つまり『商』という立場にある。
立脚しているところがちがうのだ
このことは、つっけんどんな二人の会話の口調からも
伺える。シンプルな仕事なかま、同姓同士だと、なんの問題もなく
その関係は長続きするものだが、女と男だとそれ以外のことがおきる。
女の立場を難しくしているのは
仕事のなかで女というものを意識せざるを得ないところに
局面に何度かであう。
言い寄られたり
かってに舞い上がられてキレれらたり
そうかとおもうとほっぽかれたりするんだな。
そういうものに耐えて耐えて
その上で才能を発揮していくことは
並大抵のことではないのだ。
いやーそれにしても勇気があるねー 黒沢監督。
こればらしちゃっていいんですかねーー
ばらして具体的に話にしちゃっていること事態に
まずは喝采しておく。
トヨエツの演技はいつもの範疇をこえないもの。
トヨエツファンであれば満足のいく立ち居振る舞いをしていたと
報告しておく。
妖艶さを余すことなくスクリーンから振りまく2人の女優は
いつもどおり光輝いていた。
とくに、祐美さん(もうちゃんはつけられないね)
は母親となって貫禄のようなものがでていた。
中谷さん。ほせぇー。後姿がおおかったな。腰つきいいな。
どこみてんだろオレ。
そして、とくに秀逸だったのが前述した木島役の西島秀俊。
彼が壊れていくサマは、本編には、直接は表現されてはいないが
それを伺えるような迫真の演技はさすがとしかいいようがない
朱色会は、何千年も前になくなった女には興味がなく、
ひたすらいま生きているヒロインがどのようにこの局面を
打破していくのかそれのみに集中して観てました。
この映画は
男をコントロールしていくヒントがちりばめられた
男にとっては恐ろしい映画である。気をつけろッ!!
評価:72点
…ま、とはいってもラストは私もぎゃふんとしましたよ。
最後はちょっとなー
ぎゃふんの意味を知りたいヒトは、映画館へどうぞ。(本日2回目)
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(香)川県出身の友人と、一緒にみてきました。
…良かったです。
82点。
事前の毒映画:Save Our Moviesはなし。
東宝配給系は、大丈夫のようである。Good!!
さて、朱色会はうどんも好物であるがそばとどっちといわれたら
東北生まれ育ちなので、そばですな。稲庭うどんさんごめんなさい。
この映画は、踊る捜査線のヒットのご褒美に、
フジTVが、すきなもんやってよし、と(香)川出身の監督に
プレゼントされたもんだから、ほんとうに好き勝手にやっており、
ちょっと空回りしているところがあるけれど。伝いたい本流が
はっきりと表現されており、
独りよがりな立ち食いそば映画であるおしい
の映画とは一線を画すできばえとなっている。
うどんのすきなひとは、楽しめる映画です。
ただし、伝えたいプレゼントは、かなり高度なテーマであるため、
鑑賞中にそれをゲットするためにはかなりの映画リテラシーが要るだろう。
それで、見た人向けにいくつか書いておこう。
1.いつもそこにある存在が、一番確かで強い
食べ物を志すことになった人たちを代表する想いがこめられていた
「うまいもんを食べたら、みんな笑うだろ。」
食べ物で笑えたら最高だ。あ、おいしいと思うだけで確かに口元は緩む。
そう、食べ物を人生の生業とした人たちはそのことがよくわかっている
自分の仕事が、ダイレクトに楽しみとして供せられ、なんとその場で
確かめられるんだね。自分のつくったものが喜ばれ、楽しみとなり
頼りにされる。そんな職業が、食べ物をやることになったひとたちの
大きなエネルギーとなるのだ。
いつも寡黙な(香)介の父親、確かに笑いがおを家族に見せたことがないのだろう
しかし、ずっとずう~~っと麺を打ってきた。そのエネルギーがどこから沸いていたのか
は、映画のラストシーンでのおやじさんの
にっこりとした表情に表れている。
自分の成した仕事を、お客さんが喜んでくれる。これを体験したならば
やめられなくなるのだろうな。
朱色会も、あのような「にっこり」してみたいたいな~
「にっこり」して、みたいなあぁ(2回目)
夢って、東京とか、ニューヨークにあるように思いがちだけど、本当は
そんなことない。田舎にだって夢はある。
監督もこどものとき、製麺所に通っていたのだろうか
そして、青年の旅立ちのときに、連絡船のうどんをすすったのだろうか
…そんなことを考えた
2.息子と父の絆
ま、こちらを書く人のほうが多いだろうが朱色会も感動の整理のため、
たな卸ししておこう。この節は「男子専用」なり。
息子と父親は、反目しあうのはどの家庭もそうだろう。
それは、男同士として「いきかた」について意見が異なってくる。
あなたと同じ人生をやりますなんて奴いない。
おやじとは異なる生き方を見つけていくのだ
それで、大概衝突するのだ。
しかし、それは決裂するためにそれをするのでなく、
男として生まれたからには、自分でやりたいことを見定め
果敢に挑戦していく姿勢が大切なのだ。
さびしいことだがやはり親たちたちが…先に…この世を旅立っていく(泣
だから、自分ひとりで歩いていける、そして誰かを支えていくために力を得るためには
「親離れ」しておく必要はある。
この映画は、「だれかさん」に見てもらいたいのだろうな
だれかさんとはいわなくてもわかるね。そしてもう一人いや二人か
だれかさんの親御さん。
あの世に行く前に、それを託していけるなら、
ほかに託すものなんて、たかが知れているのかもしれない。
3.その他
ユースケのわざとら演技は天性のものなので、これは怒ったってしょうがない。
彼の芸風として認めてあげよう。それなりにひたむきにやっている
あの芸風こそが、彼の「うどん」なのだ。
そしてをサポートする2人の女性。コニタンと京(香)さんの演技がうまくサポート
されているなあと感銘しました。いいなぁ。お二人とも。
この映画には、たくさんの香川県出身の芸能人・タレントがでております。
ナンちゃんもうどん、すすってたんだね。
明子さんもうどん、すすってたんだね。
みんな、ちゅるちゅる、すすってたんだね。
まとめ。踊る捜査線軍団の映画なんて~という方、予見を持たず、素直に
肩の力を抜いてごらんください。貴方も、いくつかの答えを
見つけることでしょう。この映画の良さに、気づいてください。
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さて、今日はマイアミ・バイスだが、
その前にいっておくことがある。
ーー
・・・・Save Our Moviesが、性懲りもなくパワーアップしてやがった
もはやゆるさん。劇場にきてくれたヒト(観客)を盗人と決め付けて
劇場にきた客を不快な気持ちにさせるあの広告を止めるために、数々の
具体的な行動をとることとした。みてろよ。
今回のパワーアップは継ぎ足しで、映画が始まる直前に
『おまいらビデオとりやがったら取り上げるからな』
というテロップが10秒にわたり
金をはらって観にきている客に注意をあおるもの。
そんなことするやつニポンにはいないっつーの!!!
腹ただしい。何様のつもりなんだ
やめろといったらやめろ。
映画をみにきてくれた客に対する侮辱以外の何者でもない。
わくわく感だいなし。
観客を減らすことを
観客を減らすことを(2回目。)
観客を減らすことを(トリプル!)
なぜわざわざやるのか理解に苦しむ。
1800円払う客に相応なるサービスを要求するものである!
今後もあおるようならば正式に抗議行動を開始いたしますので
そのつもりで。
と、気分を改め、(改められるかかなり自信ないが
マイアミ・バイス について鑑賞記スタート。
ーー
夏休み映画の目白押しにより、映画鑑賞予算がつきたのか
バイスの初日・初回は、観客もまばら。
ちなみにバイスとは
悪徳, 不道徳, 邪悪;不品行, 堕落, 非行;(特定の)堕落行為, 悪習, 悪癖
であるが、ターゲットとなるのは
その昔アメリカでヒットしたTVドラマ「特捜刑事マイアミヴァイス」だろう
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%B9
そのリメークというか材料(設定)をいただいた映画だ。
ストーリは別仕立て。かつ表現手法も方向性も異なる。
マイアミ。行ったことはないがイメージとしては
常夏。開放的でかなりくだけた・はじけた観光地という表の顔と
そして、裏の顔がアタマに思い浮かぶ。
「麻薬」。この密売をおこなう犯罪組織とそれを追う警察
そしてそのなかで出遭う女と男が話の軸になっている。
まずは、コリン・ファレル。うーむ。「THE NEW WORLD」以来だねぇ。
八の字眉毛は相変わらず健在だ。俳優としての演技はあまり変わっていない。
17歳で麻薬王に拾われる女。イザベラを演じるのはコン・リー。
(彼女のプロフィール見てびっくり。)
映画のなかの彼女は、どんな経験をして、そして何を見てきたのだろうか?
そして、つぶらな正義の瞳を輝かせまくる。ソニーの相棒役のジェイミー・フォックス。
うーん。こういう役あってるんだろうな。3人の中でも特に演技が光ってましたよ。
映画の印象としては、マイアミとくれば
からっとした太陽のような燦々とした明るい日差しがイメージされるが
終始重苦しい緊張の中で話が進行していく。一瞬も緩みもくだけもなく
これはちょっと肩がこっちゃん。(笑
話の題材のなかで心にのこったのは【おみくじ】だ。なぜかなぁ…
あまり整理できていないけど、ヒトはいろいろな役回りをこの世で
やるため、くじを引く。
それは、麻薬王であったり
麻薬王のぱしりだったり
麻薬王のおんなだったり
FBI潜入捜査官だったりするわけだ。
・・・くじを引かないことは許されない。
くじをみて、ああぁっと思ってもその運命から逃れられるはずもなく
その立場で足掻いていく。ただし、自分の力で自分や他人の運命を変えていくことは
可能だ。変える気と行動が必須だけど。
麻薬で稼いでいるマフィアの人たちも、豪華な暮らしぶりなのだが
なにかこう幸せそうじゃないな。…ま、それはそうか。
重苦しい雰囲気はななななんとエンドロールまでつづく
どこかでお涙ちょうらい。とおもったが「それはない。」
なので
泣き所を映画を鑑賞中に同時進行で
アタマのなかでカッテにつくっちゃいましたよ。
注)夢想
「あ、あたしのひぃたくじ、あまり、アタリじゃなかったけど
最後だけ…ヨかった。。。がくりッ」
・・・となるのかナと予測してました。結果は直にご覧いただきたいと
思いますね。ベタ泣きしたかったす
あと、突っ込みどころとしていくつかあるが2つだけ
まず
潜入捜査官の「適正」として、相手になじむ、かつ目立たないっているのが
あると思うのだが、お二人とも正義の炎を瞳に爛々と輝かせて潜入しようと
するんだもんな。…バレるて・・・。
また、麻薬ものってドンパチがメインじゃなく。
「インファナル・アフェア」のように
潜入捜査の難しさ・複雑さに軸足をつけておかないとだめだろうな~
ドンパチ・ドンパチがはじまるとあぁおわりなんだって
時計をみなくたって分かるし。
そのヘンもぅすこし捻って欲しかったです。
評価:61点
TV版と比べてどちらがマイアミっぽいかというと残念ながらTV版です
銃の描写(音とか)と銃のアクションはどれもヨかたす。
もう少し明るさいれて欲しい。明るいコリンとジェイミーも観てみたいぞ!
マイアミの太陽の日差しのように!!そして、お涙ちょうらい。
http://www.kansai.com/cinema/new/index_060824.html
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「みゆき」「タッチ」「ラフ」
など、永年にわたり少年誌学園ラブコメの頂点に君臨していた
あだち充原作の映画化。
みてきました。東宝は、朱色会のみた映画館では
Save Our Moviesを開演前にやらなくなっていたことをまず報告しておく
ーー
この映画を語る前に、あだち氏のことを
述べておく必要があるだろう。
わたしを漫画の世界に引きずり込んだ張本人の一人だ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%95_%28%E6%BC%AB%E7%94%BB%29
おそらく、漫画を読んで涙したのは彼の作品が初めてだと記憶している
それはタッチで、弟が死んだときのくだりと
鉄道高架のした、誰にも知られず哀しみを爆発させている南の
シーンだね
いつも飄々としたゆったりとした流れのストーリーのなかで
ここぞというときは、読者の心に忘れられない感動を
与えてくれるあだち氏の作品は、いまも朱色会のこころに
刻み込まれている。・・・そしてこの作品も
とても印象深くのこっている好きな作品のひとつだ。
それを、長澤まさみと、なななんと、もこみちが演るだとお・・・
大丈夫なのかなぁと心配して映画館に入館した。。。
結論からいうと、・・・大丈夫でした。
原作ものは、完全にトレースするやりかたと
原作の素材だけいただいて、新たなる作品とつくる
という2つのやり方があるけれど、この作品は前者。
だから、ファンも安心してみることができる。
長澤まさみ。今、亜美を演じられる女優は、彼女だけだろう。
ときどき、「女優」としての厳しさがシーンから伺える。
彼女は、顔から太る。亜美を演じる厳しさが、スクリーンから感じられた。
女優としての執念が、減量を成し遂げたのだろう。恐るべし。映画女優。
もこみちくん。映画初主演おめ。
ま、ちょっと高校生っていうのは難しいところだが、
純な青年を頑張って好演してくれた。
ちょっと原作のキャラとくらべると
顔が整いすぎていて圭介とのギャップはかなりあるが
ひたむきな演技は好感がもてました。
それと泳ぐ姿もサマになっていた。水泳やっていたのかな。
くわえて、由衣ちゃん。
うーむ。かおりを演られるのもいまのところ彼女だけだろう
映画女優として演技に自信のようなものが感じられました。
それにしても、ちょっとこちらも女子高生というのは
チョットむりがある。。つまり艶(あで)やか過ぎるのだ。
色っぽいなぁ~
・・色っぽいなあ~~(2回目。)
そして、大きく原作と作風を変えてきた。
緒方くん。これを演じた石田卓也さんの演技はすばらしかった。
この映画でいちばんの大収穫は彼だ。
うーん、まだこんな役者がいたとは。次回も期待しています。
映画のテーマは
漫画で描かれていたものとまったく同じもの。
あの作品を楽しめるかたは違和感なく
青春映画を楽しめることでしょう。
青春を通り過ぎたものならば、かならずひとつは
「あの場所・あの頃」というものがある。
それを思い出させてくれた映画だった。
尊敬される対象となるのは、ほんとに難儀なことだ。
だれもが「それ」に成れるわけじゃない。
だけど、成るためにいろいろあがくこと
それは大切なことだし、あとで必ず宝石のように大切な
ものとなる。読んでいるあなたも、その宝石を必ずもっている。
憧れの対象となるためには、なにかしらの「ふんばり」が
ひつようだ。それがあるか、ないか
それだけで、人生が豊かなものになるか
それとも、空虚なものとなるか分かれていく。
・・・あなたが青春まっただなかあるいは
青春の入り口にたっている人ならば、いっておきたいことがある。
貴方が関心があるもの、好きなもの・ことに
心から「没頭」してほしい。没頭した結果が重要なんじゃない
没頭したという事実が、あとから、活きてくる。
評価:68点
まったく違和感なく、あだちワールドを
現体験できる映画。
男子は、まさみとゆいちゃんの手足にょきにょき
女子は、もこみちくんや阿部力さんのしまったおなか
と少年のようなまなざし をご堪能ください。
(おいおい。上でいってたマジメルな話はどぅなんだよ!)
・・いいんです。これは、朱色会のぶろぐ。
いいたいことだけをいいたいだけのべさせていただきました。
映画館をでた。
千葉は、すでに夏の風を吹かせていない。
夏が終わる前に、青春プール映画をゲットせよ!!
ところで、鑑賞記をまとめるにあたって資料をあつめたらば
小学館さんで第一作目をWebで見ることができるところを
みつけた。
ラフってよくわかんない。または
映画をみたひとで原作に触れたくなった人は
サンデー名作ミュージアム
http://websunday.net/museum/no29/no29in.html
を訪れてみてください。
青春佳作映画として、よくまとまっていたことを結論として
述べておく。
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日本列島は、縦に長いことを実感した一日だった。
北海道は、大雨で、お盆を過ごした仙台はもはや秋の忍び足が聞こえた
もんだから、当然千葉も涼しくなってんだろうなと期待したが、甘かった
宇都宮あたりから『まだまだ夏おわりませんで』と
フライパン状態だったのですね。
すぐさま、映画館へ退避とあいなった
んで、スーパーマン リターンズを観ましたよ。
いや。。。かなりの出来映えです。
最初は、おいおい完全な作り直しかよ!
。。。とちょっとしんぱいしたが
前シリーズ(っといってもなんんと約18年ぶりのですがね
の5年後から物語ははじまる…
のっけから大迫力の救出があり
おいおいこれよりスゴいこと起きんのかょといらぬ心配
をすることとなったがほんとに要らない心配でした。
アクション映画は、緩急が大事。
とても長い映画だけどシナリオとストーリーがとてもよく
時々入るコントも良いスパイスとなって飽きない。
朱色会は、こういう大まじめヒーローものに弱いんです。
予想通りノックアウトされましたよ。
久しぶりに、続いてほしいと思う映画とであうことができた。
いや、ヨかった。
エンドロールにてリーヴ夫妻に捧ぐ
とテロップがでたところで朱色会ダムは決壊した。
この映画が世に出たことを、
天国の窓からニコニコしながらみている姿が、
目に浮かんだからである。
今の世の中、ヒーローを描くのは難しいのではないかと
心配していた。出てくるヒーローは須く悩んでいたり、
小難しかったりすこしヘンだったりする人ばかり
だからだ。スーパーマン。どう「この世」で扱われるのか
それが気になっていた。
しかし、この映画をみて思い出したのだ
本物のヒーローとは、
危機に直面する弱者を助けるのみ。
見返りを求めず、ただただ他人を助け続ける
そんなことを思い出させてくれた。
二代目。きっちりはまっていました
プレッシャーもとてもあったとおもうけど
よく演じていた。クリストファーさんも
いい跡継ぎができたと
喜んでいることでしょう。
・・・そして、ケヴィン。
大先輩のはまり役。プレッシャーだったとおもうけど
素晴らしい演技っぷりでした。
この映画を観て思うことは
やはり男は力だということだ
もちろん、その力を正しく使う心とあわせて
のことだけどね。
いざというとき、守るべきものに使うもの
知力より体力が実に頼りになる。
ーー
正しい魂は、時代を超えて受け継がれていく。
女を介して…
そして、そうでない魂も。。。。
「貴方は、どちらですか?」
大人も子供も楽しめる娯楽作品として
太鼓判を押します!
夏休みの宿題が終わったら、是非親子で
映画館へ起こしください。
家族連れでお出でください。可能ならば、父と息子で。
どちらもたのしんで頂けますが。父親のほうが
泣いちゃうかもね。
評価:95点
お帰りなさい。スーパーマン。
ヒーローとは何か…それを思い出させてくれた
素敵なひとときを過ごすことができました。
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今日は、あの飛行機が落ちた日だ。
8.12。
21年目に入る。
そして海外に目を向けると、今日報告する映画の題材
同時多発テロと同様なテロを起こそうとした集団が逮捕され、
その影響が、お盆を迎えて海外で骨を休めようとする
観光客の足にも影響がでているそうだ。
飛行機事故・事件はとてもおおくのいのちを奪っていく。
そして、ほかの交通事故とおおきく異なることとして
乗客には何の落ち度もない。それが、とてもやるせない。
…今日は、「ユナイテッド93」を観た。
5年前、2001.9.11。その第一報。NHKのニュースにて
朱色会も、11時頃から飛び込んきたCNNニュースを見て
朝まで推移を見守った。現実に起こっていることが
なにか現実として受け入れられなかった。
http://www.youtube.com/results?search_query=911&search=Search
結局4機のジェット旅客機が奪われ、3機が都市へ
墜落。そして、この映画の1機だけが
犯人達の狙ったところまでたどり着けず墜落した。
…それを契機として、あの悪夢のイラク戦争が始まることとなった
自衛隊も「治安維持」として出動した。
映画は表現物ではあるが
ドキュメンタリー要素の強い映画は他の映画にはない特色をもつ
エンターテイメント要素が髪の毛一本もなくなる
たんたんと起こった事件が再現されていく。
観客は、結果もあらすじもしっている。その上で
なにかを表現しなければならない。
観客になにかを発見させなければならないのだ。
現実が一番リアルなので、これが非常に難しい。
犯人・乗員・乗客全員が死亡したわけだから、
日航機のように「証言」がないなかで
http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-index.htm
あの、機内でおきていたことを表現していくこととなる。
特筆するべきは、観客の行動だ
いいようにやられてたまるか
おまえたちのおもいどおりにはさせないぞ。
その思いで、乗客の男たちは犯人達にほぼ素手の状態で向かっていった。
女や老人たちは、もうあえない家族に最期のことばを託していく。
「勇気」そして「アクション」
・・・行動か、そうだ行動していかない限りに
自分の運命を変えていくことはできない。
かりに、それが失敗するかもしれない
それでも、それに賭ける。やってみる。
それが、あの国の人たちのポリシーなのだなと思った。
もし、この国で、同じことが起こったとしたら、
最後まで、『だまって座っている』人がほとんどなのではないか
そう感じた。
収集のつかない修羅場で、都市を守るために行動する空軍指令
しかし、命令は降りてこない。
決断をすること、それは、飛行機の中でも、そして
外でも的確に早く断じる胆力が要る。そして、
その『行動』が、さらなる犠牲者を生み出さない礎になるのでは
ないかと思い知った。
圧倒的な演者の迫力に、観ている私たちは
呼吸も止まる。そのパワーはどこからくるのか。
その想いはどこからくるのか?
・・・その『答え』は、スクリーンでご確認ください。
評価:68点
映画を余暇として楽しみたい人は、もっと他の映画の
夏休み映画をごらんください。
この映画は、直接、現実と繋がっています。
ノンフィクション映画をどっしりと味わいたい人
この映画は、そんな人にお勧めいたします。体調を整えてからどうぞ。
(映画を観た人は下の特別番組を是非ご覧ください。私は・・・この
番組を最後まで見ることが、まだ、できません・・・)
http://broadband.biglobe.ne.jp/index_program.html?ch=movie_p&prog=movspecial&movieid=735032
今日は、苦言モード。
朱色会は、ご覧のとおり、よく映画館で、Movieを観るんだけど
毎回、楽しみに臨む映画の始まる冒頭、いつもとても嫌な気持ちになる。
それは、予告編や劇場の宣伝広告のあとに
映画がまさに始まらんとする直前にながれる
【Save Our Movies】だ。
毎度毎度、朱色会のワクワク感に冷水を浴びせてくれる。
身銭を切って見に来た客に対して、失礼である。
いや、ことばが足りないな。失礼千万だ。
即時停止を望む。
映画館がTVと同じで、ただで運営されているのならば
しょうがないなと思って我慢してやり過ごすのだが、
どっこいこっちはカネをはらってきている客だ
100%映画を楽しめるモードにエスコートしてくれるのが
普通だし、それを求めたい。
それなのに、映画が始まる直前に、ガイコツやら、黒いなみだ
とか気味の悪いものを強制的にみせつけられる
むかむかするので、帽子をかぶり目を閉じて音楽を聴き、シャットアウトする。
あれは、サービスではないね。
伝えるべき対象を間違っている。映画館に足しげく通う人間が、
映画産業の発展に仇なすことなどするわけもないことだ。
正規な入場料を、払い映画をみようとおもっている「まっとうな客」に対する
扱いをしてほしい。
あの映画を流している団体は、
日本国際映画著作権協会 - JIMCA
http://www.jimca.co.jp/
だ。あんな広告をつくって、映画館に足を運ぶ客にいやなものをみせる団体だ。
注意喚起をしたいならば、そういうことをしているひとに
直接言ってほしい。映画館であれを流すときめた本意は
映画館にきた人間に著作権を侵害する人間が多いと断じているわけだから
失礼極まりないといっておく。
くりかえす。あのイミのない広告は、映画館の外でやってくれ。
…映画館も、映画館だ。なぜ拒否しないのだ。
映画館は、直接映画制作には携われないけれど
観客が、楽しく・快適かつ安全に映画を観るという環境をセットアップすると
いう大切な使命があるはず。それを自覚しているならば
ココロを汚されてしまう粗悪品を強制的に見せることなど
私が館長ならば、すぐにお客様のためにならないことだと
思ってやめるけれどね。
これから、フルコースを食べにレストランにきたのに、
食前酒の前に 特盛り大盛りどんぶりめし(おかずなし)を強制的にたべさせれる
ようなもので、とても気分がわるい。
朱色会としては、映画をはじめから100%楽しめる心に
セットアップしたいだけだ。映画館の観客である以上、
その権利はあるし、それを強く求めるものである。
【Save Our Movies】、明日からやめてほしい。
広報活動という意味を、きちんと理解して活動してほしいものだ。
貴方方(JIMCA)の最終的なスポンサーは、「我々観客」なのだから。
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随分と言葉に頼った映画だ。
老成した子供たちが、大人の言葉を吐き続ける。
子供たちは、描かれた映画の中で成長してはいかない
成長を果たした子供たちが、その自分なりを表現している。そんな映画だ。
吾朗チャン。貴方に私のことばが通るか分からないけれど
言わずにはおれない。だから、…それを試します。
ひとついっておきたいことがある。私の放つ言の葉の全てをよけてもいい
ただし、この言葉だけはココロにとめて欲しい。
アニメーションとは、子供たちのものなのだ。
宮崎マニアのためのものではない。
日本アニメ界の巨匠の息子として生まれ、いつも偉大な父親の
息子として、人から謂われのない羨ましさやプレッシャーと
戦い続けて39年…父親とは異なる道を自分で見つけ、
それを元に人が集まる美術館を成功させた。
それってすごいと思う。それを踏まえたうえで話しておくよ…
この映画のテーマは、とてもまじめなものだ
託したい思いはわかるんだけどな。
だけど、からまわりしている。
大切なことをつたえたいとき
単純に言葉に素直に表しただけではつたわらないのだ。
特に、映像として表現を果たすときは、
可能なかぎり、映像化によりそれを伝えなければならない。
貴方の初回作品を、音を止めてもう一度みて欲しい。
貴方のいいたいことが、伝わっているだろうか?
1.宮崎一家を率いていく条件
スタジオジブリとは世界に代表できるアニメ制作会社である
そしてこれすなわち、日本屈指のアニメ職人たちが
集う宮崎一家だ。
生を受け、宮崎駿の映画に出会いアニメ職人になることを
「いつの日か駿さんの映画に携わりたい。」
として志した人たち、駿さんは、その棟梁なのだ。
ジブリ一家をこれからどう代替わりさせていくか
そのことはそのなかにいるものにとっては
解決しなければならないことだったね。
元熱烈な宮崎駿さん映画ファンだった朱色会も、最近の作品には
首をひねるものが多かったし、そしてそれは受けるほうよりも
むしろ中にいる作り手の中で大きな問題として現れていたことだと思う
いわくマンネリズムのニーズと創造者としての葛藤
いわくテーマを高度化していかざるをえないためにおこる説教臭さ化
いわくアニメ技術の高度化による描きたいテーマよりも映像偏重の作品作り
貴方が現実のなかで父親からもらいたかったものを
映画の中からいくつか見つかることができたけど
そういったことはプライベートことだ。観客としては受けたくはない
カットだ。
2.職人たちの頭領となるための条件
いままでの継承をまもるだけでは、後継者として認められないよ
仕事をうけたとき、駿映画を継承することにしたのならば
お父さんは落胆していると思うよ。
そして、お父さんを慕ってきた職人達もね。
お父さんは仲良しクラブでやってきたわけじゃない
世界最高・最強の頑固ジジィ(失礼)だから、作品に一切の緩みがないもの
となったのだ。そして、それは製作過程においての一切の妥協を
許さなかった結果でもある。
叱って、職人たちを泣かせるのが、棟梁の仕事だ。
一度でもそれをやれば、貴方は本当に認められる。
それをやってくれ。貴方なら、できるはずだ。
3.観客は、劇中で演者たちが変化していくことを望んでいる
劇中に変化が起きたとき、そのことに観客は感動するのだ
悪人が善人になる。善人が悪人になる。その変化を描かないと
新しいことはいくつか試していることが認めよう。
・おばさんを連呼するヒールなどはいままでにはなかった型だ。
しかし、あとはとてつもなく古典的なキャラクター達だった。
ことばを繰り返しておこう。心の変化をつづる。そしてそのために
事件を用意する。
採点:評価不能( ゚д゚)ポカーン
2作目について、たくさんの宿題がでてきた。そのいくつかを片付けて
もう一度、私たちの前に姿を現してほしい。そう願う。
ヒントをひとつ。映画監督として、観客に認められた人たちには
ある共通点がある。それを見つけて欲しい。
…そして、それをやり通すんだ。
ぐったりとなる番組だった…
体中の血が、抜かれたようになった。
寂村に住む、老人の言葉
都市にしがみついて生きる、リストラされた浮浪ホームレス中年の言葉
家族が離婚し、家計ギリギリで生活している片親の少年の言葉
…どれも胸にぐっとくる。
そして彼らの絶望を表したまなざしも…
生きる。生きていくこと自体が幸福だったときは過ぎ、
大半の人間には苦行となってしまった社会。
知らなかった。この世(日本)は、それほどに病んでいるのかと。
…そして、「勝ち組」のコメンテイターの
『上から目線の』まるで対岸の火事を、表面的にあげつらう、
無責任で理解不能な「講釈」。だれが「実況中継」しろといった?
………なんで、こんな国になってしまったのだろう。
真面目に働くことさえ、不可能になった国なのか。この国は…
また、朱色会のココロのなかに「黒い水」が流れ込んでくる。
「もぅ。辞めにしちまうか…」
いや、まだだ。まだ、間に合うだろう。…多分。
じぃちゃんたちが『誇り』をもっていなかでゆっくり暮らせる社会
働きたいと願うものは、その能力をいかんなく発揮できる社会
貧富の差はあっても、努力しだいで競争の権利は子供たちに
平等に与えられる社会
…どれもはずせない。
「答え」はあるはず。「答え」を見つけなければ!…ならない。
誰かを換えればOK…というものでもなさそうだ。
何か根源的な原因が、まだ隠れているような気がする。
…でも、もう時間がないのかもしれないと、…焦る。
彼らが、「魔物」になってしまうまでどれくらいなのか?
毎日のように、新聞やTVニュースで、「魔物」の新たなる発生の
ニュースが報道される。毎日だ。ほんとぅに。
誰かをきって生きのびていくやり方には
朱色会は絶対に組しないぞ。
それを意気揚々と進行させている連中は、「大切なこと」に
気が付いていないのだ。
この国を覆う、大きくて見えない黒い陰に気づいた。
そのような番組だった。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/060723.html
知っていたとはいえない。知っていたら、何かしていただろう。
私に何ができるか。それから考えよう。
一言でいって、キャラクターで輝いている映画だ。
まずは、配役と起用に拍手を贈る
朱色会は、原作もアニメも見ていない。だから
原作ととくらべてどうかなどという講釈はできないことを
予め申し添えておく。そのつもりで。
ーー
ダントツにヨかったのが
メガネ:真山巧役の加瀬亮(専攻:建築デザイン)。
素晴らしいハマリ役。この映画に出演するために
うまれてきた加瀬亮(きっぱり。)
演技うめ~。これからも頑張ってほしい。
次点、にっこりと微笑んだ顔が頭から離れない。
花本はぐみ役のリハウス娘。蒼井優:(専攻:美術)
役者としてはまだまだで、記号化されてしまってはいるが
あの天性の微笑みで、最後まで引っ張ってくれる。
そしてやさぐれ青年をやらせるならば
このヒトでしょう!
元キャシャーンの森田忍役の伊勢谷友介(専攻:木工美術)
よくぞ、この若手陣に溶け込むことができた。
これがいちばんすごいことだ。
メガネに一途な山田あゆみ役の関めぐみ(専攻:陶芸)。
圧倒的な刺すようなまなざしが印象的だ
正直、このキャラ本人によくあってました。
そしてようやくでてくる主人公
ポスト山田孝之といわれる竹本祐太役の櫻井翔(専攻:建築デザイン)
泣き顔、似合わないね彼は。青春君。しばらくはこのような役回りが
続くだろう。
いずれのキャラクターもとてもわかりやすく描かれている。
読者のみなさんの周り、
或は自分のこととして写るキャラクターも多いのではないか
「いるいるこんなヒト。」
学園生活の「世界観」はともかくきっちりと表現されていたと思う。
学生生活のリアリティとして
「ごめん。このあとバイト」というのはとてもある。
携帯の使い方も非常に自然だ。
この5つの星星をとりまく
大学模様を切り取った佳作といえよう。
学園ものなので、メッセージ性は弱いが、いくつか紛れ込んでいる
製作者の伝えたいことを中心に解説しよう。
1.美術が売り物となること
どんな「天才」だろうと、ある日あることに気がつく。
そのことをよく著しているセリフがある。
「美術で、メシを食っていくとは、こぅいうことなんだ。」
そのとおり。
パトロンなしに、この世にでた美術家はひとりとしていないのだ
これは別に女性に限ったことではない。
そして、そのことは、別に美術に限ったことでも、ない。
2.告白をとりまく錯綜するココロたち
自分が好きな相手が、自分を一番好きという状態は、
この世間ではとても稀有なことだ。もし、あなたがそういう境遇ならば
貴方はもしかしたら、この世で一番幸福な人だろう。
そして、そうでないとき、
どうしていくかで次の未来が決まる。
・アキラメル
・どぅ思われようとも食いついていく
・相手の幸福をサポートする
などさまざまな選択した行為がじっくりと描かれていた。
3.自分の生きる道
学生たちの心のリアリティはよく描かれていた。
つまり、どう社会と仲良くやっていくか?
とくにこのような専門校ともなると
いわゆる「俗社会」とどう対峙するかについて
ガクセーたちは敏感となる
学生のほとんどの悩みはコレだ。
アタシ。ドウヤッテイキテイコウカナ?
その想いが
学生をまだやっているものにとっては共感するし、
学生をやっていたものにとっては反芻されるし、
学生をまだやっていないものにとっては発見となるのだ。
ーー
脇を固めるバイプレーヤーたちの輝きもひけをとるものではない。
花本修司役の堺雅人は、いつもの堺節をだしていた
ーー
評価:70点
さっぱりと作られすぎていていささか拍子抜けさせられるが、
さらりとした青春群像映画として、佳作といえるのではないか?
朱色会としてはメッセージ性がややうすくて物足りない感がでて
しまったが、いつも肩をいからせながら鑑賞しなくてもいいかなとは
おもう。青春のあのころの想いに浸りたいというかたは
サプリメントをココロに呑むつもりになって劇場におこしあれ。
心の修復というか、ノスタルジィを味わえるエステティックサロンのような映画
それが、「ハチミツとクローバー」だ。
劇場にあつまった人(ほとんどがピンの女性達)は、
そういったペイシェントだったことを報告しておこう。
うーん。これは…おこちゃまにはムズカシィのかも。
大人の目線で子供に託された映画となった。
このような映画。実は増えている。
善悪をはっきりと立場わけせず、
どっちも「いい」やつ。かわいそうなやつ。
ーー
ほの暗い映画館の劇場に入るとき(それは、
朱色会の場合ほとんどぶらりと入るのであるけれど、
私は、見えないプレゼンターを探している。
そして、その見えないプレゼンターが、
誰かにプレゼントを渡した瞬間を見定めた瞬間が、
この映画にであってよかったと思う瞬間だ。
「ブレイブ ストーリー」のばあいは
誰かとは子供たちだ。
主人公ワタルと同じ境遇に近い子供は、
日本においては、増えていると言わざるを得ないだろう。
ニュースや新聞がわいのわいのと書き垂れること
それが、現実に起きていることを・・・
…なんもかもわすれたいよ。ほんとぅに…
そして、悲しいのは、
そぅいった境遇に陥らんとする際(きわ)の子供たちも
数多くいるということだ。
・離婚
・別居
・心中
・一家離散
・暴行
・強姦
・ネグレクト
…いつから、家族がコレれはじめたのだろうか?
ブレイブとは、もちろん「誇り」のことだ。
そして、子供たちにも、もちろん誇りはある。
そして、子供たちの誇りを守るのは、いうまでもなく、大人の
やることなのだ。
ーー
この映画でやろうとしたことは
題名から察するには、こどもの誇りをどう取り戻すといったところだが
どうにも空回りしている。
どうしようもないくらいにリアリティを感じたのは
父親の子供にぶつける言葉だ。
あれは、劇場にきてくれた客である子供たちに
聞かせてはならない言葉だ。なんで劇場にきた子供たち
をゲンジツにもどすようなセリフを、客にたたきつけるのだ
やっていいことと、やってはいけないことは
あると思うがね。だれかのゲンジツのことばを
そのままもってきたんだろが…。
スクリプタが書いてきたシナリオを、正しく選択するのも、
監督の重要な仕事なのだがな。
ーー
映像は素晴らしい。映画技術として特に特筆したいのは
CGと美術(絵)とセルアニメの自然な融合だ。
臨場感を高めるための技術は極めた感がある。
現実よりも美しい 風・雲・青空・などなど
映像オタクには堪えられないだろな。
キャラクター・デザインも素晴らしい。
ちょっと(ヒロイン)が引いたけど、ほかはすっと入りました。
ボイス・アクターたちも自分の「持ち分」
を実に好演してくれた。ベテラン陣もさることながら
「新人」たちの立ち上がり度に舌を巻きました。
ーー
この映画を観ながら、彷彿したMovieは、
「ネバーエンディング・ストーリー」。
それは、ドラゴンにのるファンタジーということもそうだが
バスティアンが旅にでることとした目的などよく似通っている
ところがあるからだ。
ーー
評価:66点
託したいものがあるからこそ、
映画をつくる苦しさに耐えていける。
そのことがわかっているならば
託したいもののわかりやすさに
もうすこし気をかけてもらってほしかった。
そのヒントは、作り手が受けての世代だったときを
思い返せば、容易に「答」はみつかる。
ーー
「現実はそんなにアマクないよ。」
終幕し、朱色会の眼前にて席をたった6人の娘たち(中小生)。
その娘たちは、苦笑いしながら静かに席をあとにした。
プレゼントを受け取らずに席をたつ子供たちを
目の当たりし、朱色会もこれまでしなかったくらいに
帽子を目深に被り、劇場を後にした。
大人の理想と子供たちのゲンジツ
完敗したのは、どちらなのか?
その「答え」は、読者の判断にゆだねたいと思う。
朱色会は、映画を愛しているから、
口に出すこともいやなことなのだ。
ーー
子供たちよ、「誇り」などムズカシィことはいま考えてなくてよい!
いっぱい友達と遊んで
いっぱいケンカして
いっぱい食べて
いっぱい寝て
いっぱい本を読んで
そして
すこしくらいはベンキョしてくれ
…それだけでいい。
君らの誇りのことを考えるのは
大人の、大人だけのことなのだ。
それはなぜかというと…
…子供たちの「危機」を作り出しているもの。
それは「オトナ」たちだけなのだ!
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「秀作リメイクとはこぅいうことさ!!」
…朱色会の心中、いや、心底を奮わせる映画2本に、
今日は、幸運にも出遭うことができた。
「日本沈没」そして「時をかける少女」
どちらもリメイクである。そして、どちらも旧作は
日本映画界に金字塔を打ち立てた2本だ。
…よくぞこの名作2つに挑むことにしたもんだ
と映画を観る前はあまり期待していなかったんだけど、
存外の感動と製作者の表現したかったことを
受け取ることができたので、
朱色会が受け取ったものを、読者にお届けしよう。
ーー
まずは、「日本沈没」から。
久しぶりに「腰が抜けるほど」感動した。
テーマは、他人の心に託せるものはなにか?
映画というものは、表現者が、著したいものを直接著すことがじつは
少ない媒体であることは、朱色会の記事を読んでいる読者ならばすでに
気づいていることではあるとおもうけど、敢えてまた解説しておこう。
実は、この日本は、「沈没しかかっているもの」がある。
(水中に)没する一歩手前だ。しかし、その時期は迫っている。
国土ではない。もちろん東海地震の危機管理のことでもない。
それは…
自分の命を他人のためにどれだけ使えるか ということだ
残念なことであるが…ほんとぅになくなりつつある。
どれだけ、他人のことを考え、行動していくか?
今(現在)は、そしてこの「日本」ではなにが進行中かというと、
全てを「ジブン」を中心に考えるということだ
危機がせまったとき、暫定総理と同じ行動・言動をとらないと言い切れる
人がどれだけいるだろうか?
この映画は、それらの沈没を阻止することを目的として、
その方法として、かの映画を題材に選んで表現したものだ
以前は当たり前に我々「日本人」に身(ココロ)についていたもの
それを取り戻すために、この映画は生まれた。
…ということは全てお見通しだ。
ーー
相も変わらず、コウの眼力は強い。県庁の星でも魅了されたけど
コウの瞳には瞬殺される。彼女ほど「瞳は口ほどにものいう」を
文字通り(体現)できる女優は世界にはいないだろうな。
役作りのため、さらにブラシュアップされたクサナギくん。
うーんもはや俳優としての力量はあの5人のなかではぬきんでた存在感を
発揮できるようになったとおもう。
映画俳優と認めるところとなった。できれば専業してくれないかな。
大地さん。国を救う女性としてリーダシップを発揮する。
一人でも命を救うことに奔走する。
それを任じた首相役は、石坂さん。こぅいう役回りは多くなったけれど
この映画のなかで、旧来の日本人ならではの
印象的なアンチテーゼを吐くこととなる。
潔さを尊ぶか…。たしか日本(古来)大事にされてきた概念である。
いまは…どうなのだろうか?
危機を察知する地質学者は、トヨエツが文字通り怪演。
いやー役にはまりまくってました。
みっちー。またがんばっていたな。壮烈な最期。
もう、美少年は「卒業」だね。
起用の妙についてもぅ少々言及しておくと
俊夫の姉を演った姉は、かの「夏子の酒」の和久井映見。
数十秒の出演だが、登場人物の過去まで彷彿させてくれる
映画の枠外の世界までを観客に把握させてくれるとてもいい起用だ。
その他、端役でもピリリと効いたスパイスを感じさせる起用が
心地よい。
多用ではあるけれど、ツボを抑えたとてもいい配役だと感じた。
ーー
朱色会の最大泣きシーンは
しんかい2000がクレーンから海中に下ろされていくところ
整備員たちが見守る中で、海中へ没していくときの整備員たちの
表情や眼差しがとてつもなくせつなくてやるせなくて
朱色会のココロを打ち抜いてしまいました(泣
そうしてもうひとつ、もはや朱色会ダム決壊となったのは
空いていた巣にツバメが戻ってきたところ
あやうく嗚咽を漏らすところでした(号泣。
ーー
…んで、話もいいが、
映像表現も頑張ってくれたなぁ。
これならハリウッドに見せても恥ずかしくないできばえ。
やっとこのレベルになってくれた。
どこ(世界)に出しても頭を垂れるひつようはない。
胸を張って披露できます。映像技術陣にも
大きな拍手を贈りたい!
迫力とリアリティのある絵作りを堪能できました。
ーー
評価:どこを減点できるというのだ。100点。
話・主題・役者・映像すべてOK!!
リメイクのテキストとしても
まったく新しい映画としても
大変に秀作となっている。是非、劇場に足を運んでごらん頂きたいと思う。
日本映画では、今年最大の収穫となった一本です。
ボロボロに切り裂かれていく日本。それは、むろん現実には目に見えないものだ。
切り裂かれているものはいったい何か?表現者が伝えたいことは
貴方のココロに生まれたはず。
誰かのために生きる。これを強くいえる人ほど、
そして実際に実行できる人ほど
実はこのような世の中においても、
正しくそして強く人生を生きられるのだ。
そんなことを考えさせられた映画でした。
樋口さん。こんなところでどぅでしょうか?
ーーー
そして、「時をかける少女」
テーマは、やるべきこと。
…この映画の旧作のヒロインは、
ほんとぅにブームとなった。その子は先輩と同じく
時代の寵児となった。
原田知代。
その当時の知代ちゃん(いまは知代さん)
はほんとぅにすごくて一世を風靡していた。
この話は、やろうとおもえば実写でできるわけなのだが、
真琴を演れる 娘さんが見つからなかったのだろう。
映画女優を志す娘さんたちは、この事実にきちんと向き合ってほしい。
そして、朱色会を歓喜せしめたのは
タイムトリップ(本編ではタイムリープという)表現として
欠かせない
天地転換がセオリーどおりに組まれていることだ。
意外とこれに気が付いてない方が多いね。
『時』。それはとりもどせないもの
そして、どの瞬間もじつはカケガイのないもの
ないがしろに扱ってはいけない『時』
それに気づいた真琴は変わっていく
そして、「あること」から逃げなくなった。
観客だれもが彷彿させる学園生活も、素直にしっかり描かれている
点は評価したい。ただし、背景の出来に、人物が浮いて見えるシーンが
いくつかあった。
この映画の真の受け手は誰かというと
真琴と同世代の高校生たちだと思う。
医者をやることを先んじで決めた功介は
真琴に「オマエはどぅするんだ」と何回も聞く。
…シンロ
そうだ。確かに朱色会もこの分かれ道に立ったなぁ。
結局好き嫌いで決めたけど。文系・理系の2者択一なんて
いまにして思えば笑っちゃう選択肢だったね。
あんなの、あの当時は決めることは不可能なのだ
まず、社会というものがわかっていないし、
なんにしろ、「ジブン」という存在があいまいだ。
だから、ムリに選ぶしかない。エイヤっ。
…それに、人生の先輩として一応バラしておくけど、
この分かれ道はすぐに合流する。
千昭は、未来でまっているといった。
真琴は、どんな未来を、今、選ぶのだろうか?
評価:78点(旧作と比べても、そして新しい青春SFとしても
どちらの見方にも耐えられる内容と質を持っています)
ーー
期せずして、(朱色会も今回は観てからそのことに気づいたのだけれど)
リメイクを2本立て続けにみて、再認識したことは
媒体をたがわずリメイクするときの成功の可否は、
原作あるいは旧作の主題(伝えたかったこと)ついて表現者が深く理解をし、
それと現在(今の社会環境や国際情勢)とどう組み合わせて
イミのあるものに仕立てるか だとおもぅ。
それを汲み取り、演者や製作スタッフに伝えることに成功した作品。
今日ご紹介した2本は、その作品に該当すると断言しておこう。
さて、またしてもたどたどしく
長文で申し訳なかった。貴方の『時』を私は奪ってしまいましたね。
読者に最後のQをしたい。
「貴方には、自分の命に代えても守りたい人が、いますか?」
・・・え?いない?う~ん。いないかぁ・・・
たまにこのような秀作・佳作に出遭えることはほんとぅに幸福だ。
見逃すのはもったいないから
…もぅ少し、生きていよう。
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『えッ!ここでおわりかよッ!!』
とエンドロールスタートで、声なき絶叫で充満したシアター。
なっ…なんも解決しとらんではないか!!
伏線引き回しまくりの
「あとは、3作目でどうぞ…」ってことですかねぇ。
オフシャルサイトではすでに3作目の興行告知がぁ…
オーランド・ブルーム。キーラ・ナイトレイ。
ジョニー・デップ
それから魅力的なバイプレーヤーたち。
そして観客たちさえも手のひらで踊らされる
ブラッカイマーのムービービジネス手腕に
映画が終了した瞬間に舌を巻いたのだった。
ジェリー!!このやろ~。
やってくれましたな。
しかしまぁ観客の立場で言わせてもらうと
続き物にすることにしたにせよ…
15ドル程度の身銭を支払う観客のために
なんらかの結末なり結論を
観客にたいして1作ごとに提供するのが
映画作りをする者の誠意というか良心ではないのか?
…とは思いましたね。
・xxxxの心臓はどうなるのか
・父と子の確執はどうなるのか
・はたまた、xxxxは再び現れるのか
・xxxを失ったxxxはどうなるのか
…1作目でお役ゴメンとなった俳優たちも3作目で
活躍することを約束されている。
うーん。な、なにか(観客)として達成感がないな・・・
この感触をいつもっただろうか
マトリックスⅡのときの感情ににている
朱色会はネタバラはしないけど、読者にいっておきたいことがある。
この映画は、「3作目(完結編?)のプロローグ編」という位置づけです。
早くだしてください!!ゼンブみせろ!!(←?)
まるで、これ以上撓(しな)らないほど
ブラッカイマーによって我々に向かって弓が引き絞られている。
…そこで、この映画は終わる。
あんぐりを開けて待っていた朱色会の口には、
ついに「ぼたもち」が放り込まれることがなかった。
ーー
…今回の主役は、間違いなく「クラーケン」。
縦横無尽に人や船を襲いまくる。海の絶対神。
CGと実写の融合もここまできたかとおもわせる
圧倒的な自然観と迫力は、
「彼の活躍」だけでスクリーンでみてヨかったと思わせるものだ
人類はついに、空想できる観たいと思ったシーンを
すべて映像化できるに至ったといっていいだろう。
映像はいいのだ。現在の映画技術の見本市といっていいほどの
テキストになる映画の製造技術は目を見張るものがあると
いっておこう。これはすごすぎます。
対して、朱色会がいつも重要視する「話」の展開のほうは
その陰に隠れて、1作目よりも陰ってしまっている。
それはとても残念でした。
ーー
まっ、とはいえ、その他気に入ったココロに残るシーンを幾つか…
最優先させるのは、「男の誇り」の戦い
BBMのときも書いたが、男がこのモードに入ってしまうと
「他のこと」は差し置いてそれに入り込んでしまうものだ
それがまた解りやすく描かれていた。
水車の使い方は「やりすぎじゃ」とは思ったけどね。
ターナー親子の描き方も唐突さはあるものの
しっかりと描かれている。父親と息子の絆はかくも深い。
スワン親子(父と娘)の描き方と対比してみてください。
ーー
それからいらねぇと思ったシーンをひとつ
やはり、xxxとxxxのキス・シーンはどぅかなとはおもったね。
それをみるxxxの悲しげなまなざしが瞼に焼き付いてしまいましたよ。
xってワカラン。
ーー
評価ですか…。ブログ初の「保留」とさせていただきます。
次回作とあわせて評価いたします。…オレも「ずるい」な。
ブラッカイマーのまねしんぼ。
うーん。やられた。ギブ・ミー、「ぼたもち」。
観客として不完全燃焼中。
「さらば、ジャックスパロゥ」じゃなくておそらくは
「またね。ジャックスパロゥ」なんだろうな。
早く来い!3作目!!
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ここに訪れた読者は、映画に関心があるか、映画ジャンキーな方。
だから、生半なコトバを吐けなくなってきた。
少々読者のプレッシャーも感じています。
しかし、スネークマンショーが教えてくれたこと
「音楽にはイイモノもあれば、ワルイものもある。」
そして、映画にも…それは当てはまる。
昨今は自分の書いたものに責任感を感じるようになってきたが
ごまかしをしないでまっすぐ書いていくことが「信条」だ。
これまで通り、自分の感性を信じて素直に書いていく。
今日は、映画の日。
1本分の入場料で、2本観れる。だから、2本みた。
…ではいってみよう。
最初にみたのは、「カーズ」。
もともと、自動車好きだし
CG+クルマ+ディズニーアニメともなると朱色会にとって
はずしようもない。ヨカッタです。
朱色会が感じた点を列挙すると…
1.ベンリを追い求めた結果
置き去りになるものたちの存在を丁寧に描いている。
寂れてしまったマチ(わが故郷)が脳裏に浮かんだ観客も
多いのではないだろうか?
話の筋を離れ、数秒ではあったけれど故郷の
シャッターオチまくりの田舎のストリートが脳裏に浮かんだ…。
まちの振興策として道路や新幹線を誘致する地方。
しかし、ベンリになるということは諸刃の刃
つまり、大きな道路は、効率を優先するから、
バイパスとなる可能性をとても有していることを、
この映画は詳しく描いているのだ。
「ラジエーター・スプリングス」は、かつては
滝と雄大な景色を望む観光客で
活気付いていたタウンだったのだ。
そうして、そのマチに住むひとは客がくることで
そのマチに希望と誇りをもっていた。
しかし、大きな道路は、人の流れを変えてしまった。
マチは素通りされ、そして寂れていった。
それをなんとか取り戻そうとするサリー。
サリーは、なんの見返りも求めないマチの「人々」に
魅せられていった
そこへ、ひょっこり、マックィーンがあらわれることとなる。
男の現れとはして非常にベタな展開であるけれど…イイ。
2.ほんとぅの勝利とはなにか
卑怯な方法で、ピストン杯をげっとしたヒックスには
人々に賞賛はなかった。代わりにブーイング。
そして、優勝を目前としてクラッシュしたキングを押すように
ゴールラインを通過させるマックイーン。
ほんとうのヒーローは何かということをよく表現しております。
感動しました。
3.英雄は「正しく」そして「運命的に」継承される
かつてのヒーローだったハドソン。
しかし「怪我」(事故)を理由に切られてしまう。
「オレは、まだ走れたのに…」
レースを愛し、そしてレースに絶望した男の前に
「彼」はあらわれた。生意気ななんもしらん鼻息だけは
荒いルーキーとして…
元英雄は新たな英雄にものごとを教えていく。ように見える
じつはちがう。新たな英雄から元英雄へ贈られるものはあるのだ。
私も実は英雄だったんだよという方。
もし、アナタがもと英雄だったなら、新たな英雄がアナタのもとに
現れる。そして、「誇り」を取り戻してくれるのだ。
そして、それが起きないならば、残念なことなのですが
…カンチガイですね。
こういぅ「師弟」関係のハナシ。「男」としてカンドーを
禁じ得ません!!
ーー
…などなど、大人にならないと気が付かない題材が多い。
うーむ。朱色会的にはオオヨロコビなんだけど子供たちには酷かもね。
ディズニーだから当然ターゲットは子供たちだ。
今までのディズニーアニメはすべてこれを踏襲している。
アニメは子供たちのもの。それがディズニーのポリシーだ。
ただし、つれにくる大人にも鑑賞に堪えられるつくりとなっている。
しかし、今回の話と題材は、コドモたちには
特に話のレベルが少々高すぎるかなとは感じた。
事実朱色会の席左隣の女子小学生は後半から足をぶーらぶーら
させていた。明らかに飽きていたんだね。
ま、それにしてもいままでの秀作に引けを取らない
質となっております。アニマトロニクス的には
目をフロントガラスにしていたのはちょっと
表現として「逃げ」を感じたし、ターゲット層がコドモでないところ
が少々残念ですが、高得点には変わりありません。
最後に、この映画のCGの新たな表現方式について言及しておこう。
今回のCGは、PIXARがほこる背景描写力にある。
圧倒的な現実感。もはや「至高の域」に入ったといっていいだろう。
これを見るだけでも、
話にはいっていかなくても一部の技術者は満足するだろうが、
もうひとつ
映画を観られた方は、あっと思ったのではないか?
「優勝」「事故」日本語(漢字)が字幕ではなく、
本編中(フィルム)に描かれている。
そぅ!!!
CG技術はついに、配給国むけに絵をカスタマイズした
ものを配給できるに至ったのである!!
これはすごいことだ!
これはすごーーーーいことなんですよみなさん!!!!
…えっもぅ知っていましたか?
なんだ…知らなかったのはオレだけ…?
すみません。私しらなくてびっくりしてましたよん。
評価:78点
テーマは「なかま」。
街が寂れていくところ…告白いたしますと不覚にも思うところあり
落涙しました(恥
とても素晴らしいできばえだった。素直な表現に好感が持てます。
皆さんにもお勧めします。
「いつからか、クルマは楽しいところへいくためのものになった。
しかし、前は車にのること自体を楽しむものだった。」
という贈られたことばを思い出し、かみ締めております。
次の映画を観るため、待機しているミアマーレの窓外に、クルマの列が
見えている。この映画を観たものは、クルマについての認識が
見た前と後で変わるのではないか。そういう気にさせる映画でした。
明日、愛車ブリッツェンにオイルとタイヤをプレゼントしてやろう。
ーーー
さて、さて、さて、…と
MI3ですか…。
結論。ダメだこの映画。
みっしょんいんぽ
の魅力は何かというと
観客として「騙されるカイカン」
えっそぅくるの。…と、つぎからつぎへおこる
裏切り・変装・陰謀 の繰り返しにカイカンを覚える。
これがこの映画シリーズの真骨頂なのだっ(た)←過去形。
なんでダメなのかあまり書きたくない
あれがまずいとか、これがまずいとか
いうのがいやになるほど、「まずい」映画だ。(美味しいぼより)
ま、これだけだと読者が納得しないだろーから、
書きたくないけど書いておく。
映画は、人間と社会を描くものということは書いた
スパイものの特徴として
どぅ2重スパイや3重スパイを描くのかが醍醐味。
しかし、この映画はスパイ映画にしてスパイ映画にあらず、
多分テーマは、スパイの妻との付き合い方。
しかし、このテーマと関係がない話で蹂躙されており、
妻の心情がぜんぜんみえんぞ。泣いておるばかりではないか!
こういったテーマで秀逸な表現をしていたのが
シュワ知事がやっていた「トゥルーライズ」だな。
ジェイミー・リー・カーティスの熱演がすばらしかった。
…マジックミラーのシーンは、いまもココロに残ってます。
そして(だんだんエンジンかかってきた)
やはりいっておきたいのが、キャラクターの伏線(サブストーリー)が
まったく描かれていないので、感情移入ができないのだ。
上で紹介した、架空のアニメキャラクターのほうが
人生が描かれている。アニメキャラに現実の人間が負けてどうするのだ。
2H弱の時間で、どのように「人」を描くのかはとても困難なことだけど
それをしないと、キャラクターの行動理念がわからないので
感情移入が難しい。
マックィーン。
メーター。
サリー。
ハドソン。
など、まだ頭とココロの中に残っているすばらしいキャラクター達。
ここでMI3観たヒトにQ。
MI3にでていたキャラクターの名前をお答えください。
…朱色会は、ひとりも思い出せませんでした。
そして、朱色会をどんぞこにつきおとしたシーンが
ラストあたりの、なんで看護婦が30秒の訓練で
てだれのおんなすぱいになるやねん!!
なめとんか!かんきゃくを。
いや、今日が1000円の日でヨかった。
もし、1800円だったら暴動にのってましたね。
引き上げる観客の「怒」と「?」マークで、満たされたことを
書いておかねばならないだろう。朱色会も首を横に振りながら
劇場を後にした。
うーむ今日が先行上映日だったのか。やることができた。
…ここに、MI3 「真剣に」日本にて不振にさせようとおもいます。
ほんとにだめな映画。
見るな、に一票。
トム・クルーズ。頼むからケビンにはならないでくれ…
評価:30点くらい。(真面目に点数をつける気になりません。)
彼女をこの映画にさそったら、
怒られること必定。映画通とは思われないため
他の映画につれていってください。
いや。長くなってしまって、ゴメン。
おやすみなさい。
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「私の好きになった男は、鍛冶屋じゃないわ。パイレーツ(海賊)よ!」
…うーんなるほどね。
全世界の婦女子のココロをつかんで放さなくなるわな
男だってホれちゃうぜ!
実は朱色会は、1作目(2003)を見逃しているのだ。
敬愛する映画ブロガーが、キャプテン・スパロウに入れ込んで…いや
トチ狂っているし、2作目からみるのもナンだしな…どぅしたものか?
DVDを2作目の予習としてみておくか?
…と考えていたら、ジムにおいてある映画雑誌にて、
千葉幕張シネプレックスにて今週まで
前作をやっている情報をつかみ、そのまま映画館にいくことになった。
それで前作:「呪われた海賊たち」を映画館でみることができたのだ。
映画をみた第一印象が冒頭で述べたことばだ。
海賊は違法行為だし、どっちかというと身形(みなり)は悪いし
なぜこれほどに彼らに魅力を感じるのか、
いままでよく考えていませんでしたので、よく考えてみることにした。
登場人物のエリザベス(キーラ・ナイトレイ)は、典型的な
「日常が延々と続く未来」を悩める女(お嬢さん)の代表だ。
あの締め付けるコルセットそのものが、
女(娘)はこうあるべしというなにか目に見えない社会との【戒律】拘束として
表現されていることはすべてお見通しだ。
やってくる男共は、エリザベスより、地位や名声や家柄にご執心なものばかり。
だれも、エリザベスのココロの中まで進入するものはいない。
ま、タイタニックのローズと同じ立場だな。
しかし、その日常を180度破壊し、否定する男が現れた
ジョニー・デップ扮する「ジャック・スパロウ」。
…コルセットを『ばかっと』脱がせたのも彼。(イヤらしいな俺。)
彼の魅力は、他人を自分の思い通りに動かすのに、
負の力(権力とか武力)を使わないところにある。
コトバのみでその人のココロに進入し、その人間を本質を動かしている
しかも展開ごとにものすごい速さで。
最終的に彼が成し遂げたいねらいが最後までわからないところに
不満感を覚える暇もなくどんどん話が進行していく。
舌を巻いたのは、船を奪うということは難儀なことと微塵も思っておらず、
しかも、雑作もなく、いとも簡単にそれを成し遂げてしまうところだ。
いってしまえばすべて口八丁・手八丁でやってしまうのだが、
騙されたほうが気持ちよさを覚えるほどの手際のよさ。
一見いきあたりばったりでやっているように見えるけれど
超高速度で動的計算をして実行してるからそう見えるのであって
実はきっちりと準備や段取りをとっている。それがまた、
映画のなかで確認できるところがおもしろいと思った。
いやはや
おもしれぇ~~。おもしれぇなこの映画、スクリーンで観れてえがった。
一寸の虫にも五分の魂という諺があるように
ならずものの集まりの海賊にもルールがあり、
彼らは、それだけは守る。逆にいうと、それ以外は守らない。
海賊島(根城)はまさに彼ら「ならずもの」のパラダイス。
・くいもん
・酒
・喧嘩
・女
…とにかくおとこの生命力に溢れている。しかし、思ったのは
本来の「おとこ」ってこういうものなのかも。…ってことだ。
・すけべで
・いじきたなく
・けんかっぱやく
・たんじゅん
勿論、【衛兵】としてのいき方を全否定するものではない。秩序も必要だ
しかし、秩序だった軍隊は、「海賊たち」に翻弄される。
頭のいい自由奔放で男くさいヒーローとして記憶しているのは
インディ・ジョーンズことジョーンズ博士(ハリソン・フォード)。
インディとジャックはお互いを彷彿させる。
自由奔放に好きなことを生きる。この世においてはなかなかできない
ことだ。だからそれをみる男たちも彼らの「生き方」に憧れるのだ。
頭の良さだけでなくて、強い優しさを感じる。
こんな男が近くにいたら、
女だろうと男だろうと、大変冒険に満ちた充実した人生を送れることだろう
彼に魅せられる男の象徴が、ウィル(オーランド・ブルーム)だろう。
彼らが、この後どんな再開を果たすのか、楽しみだな。
…小さくても「自分の船」を持ちたいものだ。
そして、できれば乗組員を搭乗させ、
線路も道路も終着日時も、そして行き先も大体な航海を
目的だけははっきりさせ、内に秘めて…
彼らのようにやってみたい。
そんなところに、あこがれます。143分。アッという間でした。
…んで、読者の男子諸君。
【心のコルセット】を『解放』してほしい婦女子は世界中に溢れている
そう。君のすぐ近くにも。そしてシンジられないだろうけど
君の視界に入る殆どの女の子は、その「見えない拘束着」を装着している。
え?こんな無茶苦茶な
ブログを上梓して大丈夫かって?いや大丈夫でしょう。
いいの。いいの。
絶対のルールはない。あるのは行動の参考となる『ガイドライン』だけだ。
…準備完了。間に合った。
早く来い。2作目。そしてキャプテン「ジャック・スパロウ」!
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デス・ノート【DEATH NOTE】は最近の漫画の中でも
イチオシの漫画だ。
全巻把握しており、映画が封切りされたときは
ちょっと心配していたのだ。
デ○○○ンみたくなってたらドゥしよう?
…と心配していたが、「そつがない」出来栄えだった。
実は、前節の前に同時に観たのですが、
タイヨウがホントっ・・・に良くって、これは逆に鑑賞記を
分けたほうが良くてよ(←?)
…となり、今日の掲載の運びとなりました。
いつものとおり…(以下割愛)なんだけど
ほとんど怒りっぱなしになるので、
朱色会のがなりごえと口からでる唾を受けたくない方は
退去ねがいまーーす。
それじゃ・・・いくぞ・・う。「そつがない」映画についての
朱色会のコメントGo!
==
…「ちょっとコマッタ映画」っていうのが朱色会の結論です。
まっ、映画っていろんな人、団体の圧力ってあるのかなと思った
いわく原作者(+出版社サイド7)
いわく原作の熱狂的なファンファン大佐
いわくプロデューサ連(作るためのお金集めてくる人たち)
そんな人たちをうまく「なだめ」ながら、表現者たちは苦労をして
「自分の表現したいものつくる」
わけだけど、わけなんだけど…ね。
…うーん。ヒトのイケン聞きすぎ。
金子さん。
「監督(表現者)が、サラリーマンやっちゃあ、いけないよ。」
だれに、この映画を届けようとしたの?
それに、何のために?何を届けようとしたの?
(ですのーとオモイシロイカラヨンデナイヒトハカッテヨンデネ)
ですか?だったら、それは、ポスターに書いてほしい
こんなカンジで…
この映画は、原作を「忠実」に映像化した(だけ)の映画です。
コアなファンの鑑賞にはたえられません。
逆に、金子監督にサラリーマンやらせたの、だれだ?
でてこい。
==
映画を見た後、あまりのそつのなさに映画雑誌から
情報を得ることとなったら、やっぱりありましたよ。
1.ファンから金子さんのHPに、「ナニモカモ変えるな」メール殺到
2.原作サイドからの、映画化のおける条件提示
などなど。これはね。原作もん(それも売れに売れているやつ)
やるとき、必ず発生する問題なのだ。
1.を出すやつの気持ちも分かるんだけど、
受けてとして捉えたヒトが100人いればだれもことなる物語として
捉えてしまうので、どんなにあたりさわりのないトレースをしても
誰かから声がでてしまう。また、万人向けの映画なんかやっぱり
つまらない。
2.は映画化Goの前の準備段階(原作者)との話し合いが
足りなすぎ。お互い表現者なんだから大人の会話をするべきだったのに
多分製作サイドが条件をまるのみしたんだろうが。
その場に監督いたのかな。それとも丸呑み条件のめる監督
手を挙げてだったなら、映画業界も知れたもんだ。
どっちにしろこれに折れたんじゃ「映画監督」の看板
おろしちゃってくださいませ。
==
アニメでやれば、朱色会もこんなコメントは出さない。
しかし、実写でやるんであれば、やはり原作にない
金子という人間がやりたいこと。そして伝えたいことを
入れるべきだと思う。ヒト(役者)が絡むからだ。
金子。(すでに呼び捨て)なんだこの映画は!!
腹を切れとはいわないが、映画スクールからやり直せ!
==
たとえば、こんなところが足りない(やってないだろう)
・この話はとてもダークな設定なのに、世の中にて原作は
売れに売れまくっている。この原因はなんなんだろう。
・デス・ノートは架空のアイテムだけど、世の中の何の象徴と
して描かれているのだろう
・たびたび死神たちは、人間に対して眉をひそめる
人間を表すことのなかで伝えるべきことはなに?
・前編・後編に分けても4Hくらい。後編に託すものはなに?
==
ま、とはいっても藤原くんとかが入れ込んで熱演していることは
分かるのであんまりこき下ろすのもなんなので、
いいところも少しだけかいておく。
やはり藤原竜也さん。演技の演技を体現するというのは
このようなまっすぐ青年俳優に演らせるの酷なのだが
その試練に真っ向から立ち向かっている姿勢に好感がもてます。
鹿賀丈史さん。父親役のギャップをどうのりこえるのかと
心配していたがやはり、父親という表現で鹿賀流を踏襲。
御見それしました。
戸田恵梨香さん。ばかっぷりアイドルを熱演。才能の発揮というよりは
「天性」のモノだとは思いますが後半も期待しています。イメージどおり。
…後はゼンブだめです。魅るべきところがない。
=
・・・・・・・・・・・・・評価・・・ですか?うーむ。後半の巻き返しを
期待しつつ。53点(←特に他意はありません。)
もういちど、映画館にきていただける観客に何を伝えたいのかを、
まとめてください。
もぅ後編編集済みであれば、
「世の中に出すことに【価値】があるかないか」
もういちど考えてみることが大切だと思います。
それで、もし、NG(恥)であるならば、
【後編】を世の中に晒すということを取りやめるという決断も
あってよいのではないでしょうか?
…あずみはヨかったんだけどなァ…あ…でも2か。
何かがちがうんだろぅな。
追伸:エンドロールの後も【宣伝】があるから、見逃したくない
ヒトは明るくなるまで観客席にいてください。死神がいうこと
を真に受けると、誰も知らない結末になるらしいです。期待。
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ううぅ…「病気もち(エピソードはココログにて既出)」の朱色会は、
『病(やまい)モノ』にヨワい(号泣
映画をみると決めている人は、観てから読んでください。
--
物語は、七里ヶ浜の海が見える夜明け前の町並みから始まる。
この物語は、病のためずっと受身にものごとを捉えていた女の子が
ある青年と出会い、活きるということに意味を見いだし、そして
生きることの意味をつかんでいっ(た)物語だ。
物語か…物語に片付けてみたくなるXPという病気は確かにこの世に
存在し、いまこの瞬間にもこの病と戦っている本人や家族がいること
は現実に存在することはいうまでもないことだ。
さて、彼女が受け取った病とは、
色素性乾皮症 (Xeroderma Pigmentosum)は、現在の医学では不治とされる。
いつ、発病してこの世とおさらばするか分からない彼女は
学校にいくこともできず、太陽がでている間は、【そと】に出ることもできない。
子供のころから、このことばを自問自答していたのだろうな。
『ワタシ。ナンデウマレテキタノカナ…?』
16歳ともなれば、ジブンがどぅなるのか。調べもつく年頃だ。
そして、なんといってもタニンとはことなる人生を送り、終えることにも。
そんな彼女のたったひとつの楽しみは、
「唄をうたうこと」
そこで夜、ひとりでギターを持ち出し、
ストリートライブを、七里ヶ浜の静かになった駅前で開く。
そうなのだ。じつは、観光地の駅前はじつは夜ともなるとこうなる。
リアリティーがあった。
そしてもうひとつが、いつも「毎朝、寝る前」に窓から見える青年。
(彼女は、昼夜が逆転している。食卓をチェキしてみてください)
バス停にて友人たちと待ち合わせをして、
朝の波乗りを日課にしている男子高校生。サーフィンが大好き。
時刻表がじゃまで顔が見えないので、バス停の標識をずらしてみたりする
彼女は、ついに、「見てるだけ」では我慢できず、ライブをやっている最中に
通りかかった彼に、尋常じゃない告白をする。
この映画の話は、
彼女がそれをしなければ何も始まらないストーリーとなっている
ところは、この映画で表現者がいいたいことが隠れている部分だ。
普通な生活を送れない彼女であることを知った青年はそれでも
彼女を支えていこうと決める。
彼女を支える家族・友人・恋人から受け取ったプレゼントは、活きる
証として彼女が好きな唄をCDにすること。
岸谷五朗さん。XPの娘をもつ父親を好演。
朱色会と同年代だけど、「若ェ~。」カラダ鍛えているな。
男親にとって年頃の娘は、どぅあつかっていいか分からないところの
ぎこちなさと、父親の優しさと哀しみに溢れた演技が光る。
麻木久仁子さん。五朗さんの妻を好演。お母さん役
抑の効いたいい演技でした。これまた「若ェ~。」
年上とは思えない。
主役のYUIさん。
まったくの新人だけど、歌手だけでなく女優としてカメラに怖気づかない
度胸のよさが、主役の役柄をどぅどぅと演じていました。
親友役の通山愛里ちゃん。
イマドキの女子高生をぴちっと演じてましたね。ぴちぴち。
本編に出てくる俳優でいちばん
好感触だったのが、恋人役の塚本高史さん。
ま、青春まっただなかの好青年を熱演というか自然な演技が
悲しいお話の光となっていたように思う。
まっ、なかなかこんなダンシいないけど、よく探せばいるもんですよ。
…いや。そんなにはいないか。
…たんたんと物語が進んでいくように
たんたんと彼女の病状も進行していく。
そして、物語は、七里ヶ浜の海が見える夕景で終えていく。
彼女の歌が街中に流れたとき、それは彼女がこの世に生きた証拠となった。
唄のもつパワーとはこういうものだ
人は肉体としては潰える。しかし、魂(精神)は、この世に生き続けるのだ
唄(音楽)を生業にしている人は、その「証」を唄として想いを残していく。
そして、このことをしっかりと表現したこの映画も
おそらくはこれからずっと、誰かに受け取ってもらえるに違いないのだ。
朱色会の仕事は…どぅなんだろうね。
この映画のテーマは、「生きるイミ」。
「今」は、これが見えにくく、そして探しにくい。それは認めるところだ
しかし、やはりそれを見つけることができたものが
この世を「確か」に(行)きていける。
実は、この「命題」は、病気の方のみが考える問題ではなく、
元気に映画館に通えたり、ブログを読むことができる
健康な人間も考えることが重要なことだとは思うのですがね…。
YUIは、高史と出遭う前は、「あたしなんかさァ~」を発しており、
高史は、YUIと出遭う前は、「オレナンテ…」を連呼していた。
物語のふたりは、そのコトバは発しなくなっていった。読者にQ。
「貴方はどうですか?」
日常(まいにち)と向き合う真っ当な方法として、
いま一度よく考えてみたいことではないだろうか?
…生き方に、偉さや善悪を持ち込むことが恥ずかしくなる映画だ。
「タイヨウのうた」とは朱色会にとって、…そんな映画です。
評価:82点 ゆっくりとしたトキが流れる、映画館に入るときに
ご自分のココロのクロック数を下げておくこと。
正しい生き方とは、自分なりに精一杯生き抜くこと。それだけだ。
…海の近くに、住みたいなと…ふと思った。
「ねェ!!あたしのこえ、聞こえているよね!!」
「あぁ!! タイヨウが沈んだら、逢いにくるよ!」
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犯罪に貴賎がないとはよく言われることではある。
犯罪は犯罪。悪いことだし、実行に移してはならない
しかし……
あの事件、そうあの三億円事件については、
多くの方が39年を経た今においても特別の感情をもつ方
が多いのではないか
のべ100万人を投じた捜索にもかかわらず
1975年12月10日、容疑者を特定することもできずに時効を迎えた。
読者の方はあの事件についてどのような想いをお持ちだろうか
・華麗
・鮮烈
・洗練
このような感情をもつ人は多い。その後も強盗・強奪事件が
発生してはいるが、この事件のような目を向けられる事件は
ひとつとしてない。この事件はいまも
昭和の事件史の中で最大のミステリーとして人々のココロ
に刻み込まれている。
…これはなぜなのだろうか?
他の犯罪者にもつ感情を我々は(多分)彼(ら)に持たない。
そう、(多分)彼は、誰も傷つけずに、当時の貨幣価値にして10億円
を奪うことに成功した。そして、つかまることなく忽然といなくなった。
・だれも傷つけず。
・姿を見せないで、捕まらずに姿を消す。
朱色会も大きくなってからその事件の概要を知ることとなったのだ。
当時のマスコミもなんというかヒーローのような扱いだった
当時見ていた少年誌でも、
3億円とはどういう大金なのかが、事細かに説明があり、
非道な犯罪をした犯人という扱いでなかったように記憶している
あの当時は高度経済成長の真っ只中で、その弊害が
一気に噴出した時期でもあった。
世の中の閉塞感に風穴をあけた者として扱われた。
そう。ダーティーヒーローとして。
ーーー
本日、拝見したのは、日米2つのいわゆる 犯罪映画である。
ひとつは「インサイド・マン」
そしてもうひとつは「初恋」
だ。どちらも犯罪を、そして共通しているには
犯罪が華麗・狡猾
犯罪の動機が個人的な怨恨ではないこと
犯罪を対象が社会や企業である
初恋は・日本信託銀行(後の三菱UFJ信託銀行)
インサイド・マンは・マンハッタン信託銀行(たぶん架空)
犯罪内容が大金(3億円・銀行強盗)
いつものごとく映画を一緒に観た人と感想を交えるがごとく書くので
観ていない人にはあまり意味のないコメントとなることを
あらかじめいっておこう。
まずは、「インサイド・マン」
予告編やTV-CMを見ただけだと
犯人VSネゴシエーター の心理作戦の応酬映画という感じであったが
実際にみてみるとかなり異なる。
銀行襲撃(目的は伏せます)の完全犯罪を目論む
主人公のクライヴ・オーウェンは
本編中ずっとサングラスとマスクで顔を覆っていて
警察と連絡をとるときだけ素顔をみるのだが
その演技は深みがあり、いままでブレークしていなかったのが
不思議なほど、強盗団のリーダを
ハリウッドスターを相手に回して堂々と好演していた
特にクールなまなざしがいい。
たいしゅる(←まちがい)対する
刑事役はデンゼル・ワシントン
うだつのあがらない横領の嫌疑をかけられたバツイチ刑事役
このようないけ好かない才女を演るとなったらこの人しかないでしょう
ジョディ。
2人の男の対立という感じだとおもったが
結局は、すべて犯人の計算された計略どおりに話が進行する。
…ということが途中から分かるので、どきどき感が
徐々になくなっていくのは残念。
銀行ギャングものの最大の話としての話題・注目点は
「どぅやって逃げおおせるか」
観客もこの1点に絞って物語りに入っていくので
しかけと話は及第点をあげていいと思った。
あと、やっぱりいまのご時勢ではカネがほしいから銀行襲撃では
あまりにもリスクが高すぎるし、成功率もほとんど0だから
どうやって話を、観客にとって成立させるかが肝心なことだが
この話の動機付けはとてもよくできていると思った。
シナリオはよい。
銀行強盗は結局ヒーローとして描かれており、
物議をかもし出す内容となっているし、ネタばれの後は
話がちゃんちゃんと進んでるなという感じだったのでそこは
残念だけど。
銀行強盗ものとしてよくまとまっている映画であることは
「まちがいナィ」
さすがスパイク・リー。
評価:70点
ーー
「初恋」
あおいちゃんを見るためを目的としてみたが
話・表現ともによかった。
この映画のジャンルは、ラブ・サスペンスだけど
そうなると題材とのバランスを取ることがとても難しい。
初恋と三億円。ゼンゼンつながならいからまとめるのは
大変だったとおもう。
たとえばデートのねたとしてこの映画をセレクトすると
男女とも
昭和とのノスタルジィは無縁で、共有間がでないのはなかろうか
・機動隊との学生運動とか
・クルマや繁華街完全再現セット
あおいちゃんをうけいれてくれるか彼女に確認してからいこう。
いや、まてよ。確認するといけなくなるかな
「ねぇねぇ、いっしょにあおいちゃん観にいこう」
『どしッ(みぞおち)』
「ぐぇっ…」
ぎゃくに
セドリックに喜ぶ「三丁目の夕日」観客は
どうにもあおいちゃんに入っていけなくなるし…
あおいちゃんがすきな朱色会のような
昭和の水を飲んだおじさんがノスタルジィを味わうための
映画なのかもしれない。
セットやロケは大変だっただろうな
昭和の再現についてそれが余計に目に入っていた。
多分絵を作るのは大変だったとは思いますが。
事件後の話がすこし長すぎる。
感動の落としどころがよくわからなった。
…でも、あおいちゃんがかわいいからいいか。
評価:61点
昭和がわかる人向き。昭和のノスタルジックを楽しもう。
ーー
この2つの犯罪に焦点を当てた映画をみたあとで思うこと。
最近はこの映画のようないろいろな意味で高度な犯罪ではなく、
情けないほどに下卑た犯罪だけがおきる。
犯罪予備軍に告ぐ。
この2つの映画のどちらでもいい。
観て、くやしかったら彼らのようなスマートな
計画を立てるところからやれ。そして彼らのようにはできないことを
しっかりと自覚して、その行為を思いとどまってほしい。
それはなぜか、
彼らと君らでは志が違う。
犯罪を起こす動機・行動原理がどこに由来するのか?
実際に犯罪結果として情報を受けとる我々はそこだけを見るからだ。
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へんな題名だなぁ。「ココシリ」かぁ…。
ココリコなら意味も含めてしっているんだけど。うーむ。
映画のポスターを目をやるとなにやら男くさい連中が銃をもっている。
うたいもんくには感動という文字も。
よし、最近カンドーしてないのでこれにしよう。
完全に予断を断ち切り映画をみることは
無理なことだ。なにしろ題名と風説だけで映画ファンは
映画を観る前に自分で映画のストーリーを予測する。
多分、こうでこうでこんな映画なのではないか
例えば、まだ観ていないが観る予定の、大好きなあおいちゃんがでる
「初恋」という題名+予告編だけで、
多分このようなストーリーで、いいたいことはこんなところだろうな
と映画を観る前に予想構築してしまうのだ。
んで、映画を実際に観てすり合わせを行い、観客の想像を
贈り手である製作者が上回れば好印象となり、下回ればダメとなる。
しかし、この映画はまったくの素の状態で臨めたので、
答え合わせてきな鑑賞ではなくて、素直に観ることができたのが
幸いした。鑑賞中にいろいろ細かいことを捉えることができたのである。
この映画はなにかというと
・チベットカモシカの密猟者による乱獲
・と、それを守る有志による武装警備隊
が、「外側」の話
朱色会は、自分では世の中のこと、
かなり捉えていると自負(バスジフではありません)
していたんだけど。まだまだ、しらないこといっぱいあったね。
慢心でしかなかった。
中国内地の壮大な自然は、スクリーンでしか味わえない
ので、もし観るのであれば、映画館で満喫してほしいです。
圧倒的な中国の内地の自然のものすごさ。
描写力というよりもよくもこのような奥地までカメラを運んだな
という執念の方に驚いた
出演者も(失礼ながら)まったく知らない方ばかりだ。
しかし、それが、この映画の写実性を高めていて良いと思った。
朱色会が捉えたテーマ「内側」を述べる。
貧乏対貧乏
・カモシカを密猟するのも生活のため
そして
・カモシカの乱獲をやめさせるのも生活のため
両者は生活のためそれをやる。
ハリウッド映画だと、すぐその上の彼らを操作する存在の話に
いってしまうんだけれど、この映画はそのへんをばっさり捨てていて潔さがいい。
生活という名の(命)の取り合いは、哀しみを伴う。
密漁の棟梁の、「人間よりカモシカが大切か?」
というコトバ、きちんと反駁できる読者はいるだろうか?
自然と人間
・毛皮は、お金持ちの国に最終的には「納入」されるんだろね。
しかし、それを直接収穫したり取り締まり、自然に身をおくひとは
キケンとの隣あわせだ。
流砂でいなくなったり、銃で狙撃されたりしながら、
いくばくかの生活のための「金」を手に入れる。
また、この映画はなぜ、放牧民が密猟者に身を落としたのか
の説明がある。砂漠化が進み、羊たちがいなくなったとのこと。
さて、それについてもう少し掘り下げよう。
なぜ、砂漠化が進むのか?
砂漠化の下手人(国)はどこ?
すくなくても、地球的熱量換算でいうとチベットでないことは
確かなことだね。じゃ、どこなんだろね。
翻って、警備隊のメンバーの過去にも言及がある。
彼らも、普通の市民から食い詰めてきた寄せ集めだったのだ。
彼らに【街の仕事】があれば、どんなに崇高な仕事であっても、
彼らは、この仕事に出遭うことはなかっただろうな。
この話の語り部は、映画の主人公(?)である若いジャーナリストだ。
かれは隊長から、
「マスコミがカモシカを守ってくれるのか?」
という問いをもらったが(そのときは)応えることができなかった。
最終的にカモシカの絶滅をすくったもの
それは
・彼の書いた記事
ではあるけれど、
・現実に存在した警備隊の行動とその隊員の死
が政府の判断を動かしたのだろう。
だから、やっぱりカモシカをすくったのはマスコミではなく、
彼らの存在と信念と行動と死だと理解している。
隊長は、若いジャーナリストの申し出にしばし考え、
そして、「よし、こい」といった。あの刹那に、
隊長が考えていたもの。おそらくはこの映画のストーリーの結末と
同じことを考えていたのではないか?
そうでないと、もうそろそろキツイから帰りなさい
というはずである。
エンドロールでは、この映画が史実であることを告げられる。
…ということは、あの密猟者たちは、現実のなかで、
どのような運命をたどったのであろうか?
冒頭にでてくる撃たれて死んでいる若者の写真
…あれは、「どっちの」若者なのだろうか?
あと、街の女と娘。細かいところまでよく行き届いた表現が映画通を泣かせる。
とっても真面目で、とってもいろいろなものを織り込んでいる映画
朱色会にとって、「ココシリ」はそういう映画です。
評価:(朱色会的に、という注釈をつけて)80点。
マジメルな映画が好きな方向きである。
ーー
あ~ぁ。彼らの警備隊のようにストイックな信念はもてないかもしれないけれど、
「会社」のためじゃなくて、社会や自分の信念のための「仕事」したいな~。
あと、信念を「共有」できる仲間もほしいな~。
ほしいな~(2回目。)
エンドロールが流れ始めてから、浮世の自分と映画のなかの人物の生き方を
比べて、まるっきり違うではないかということに少しだけ涙し、映画館を後にした。
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今日はデイジーを観たんだけど、いつもならば
ダメであれば、ダメなりに、ヨければヨいなりにガンガンコメント
をかけるんだけどなかなかどぅいっていいかわからない自分がいる。
映画通として映画を愛しているから、
どんな映画でもコメントが可能だと考えている。
何に感動したのか、何がダメだったのか的確にいままで
伝えてきた。それは名作だろうとダサくだろうと
どちらでもやれてきたのだが、
不思議と、デイジーに関しては
何の感情も生まれてこない。
うーん。こまった。ホントーに。
感性が、鈍ったのであろうか(焦こんな感情ははじめてである。
書くことに熱を帯びていない。
いつものように紹介記事は書かないから
思ったことだけを書いていく。
映画を観るときは気合が入るものだ。
それは入場料を払い、自分の時間をつかい
できればココロに何か感じるものがないかと
おもって赴くのである。
まず、配役としては特に問題はないだろう
ヒロインは、韓流をかじった方ならば誰でもわかる
天才肌のチョン・ジヒョン。
そして、ヒーローは二人。
消しゴムのチョン・ウソンとイ・ソンジェ。
いぃおとこふたり。
よって話のキーは、男女の永遠のテーマである三角関係である。
とてつもなくきれいな三角関係だ。
ウソンとソンジェは汚く対立しない。
しかし愛欲というものはこんなにきれいなものなのだろうか
と穿ってしまうのは、朱色会が汚いのだろうか?
女を取るというのは実際のところこのような冷静さや
紳士的な振る舞い伴うものではない。男は動物のようになる
もっと汚さが伴うものだ。それがリアリティとなる。
映像は美しい。もっと色を引き立ててほしいとおもったが
アムステルダムブルーを基調とした西洋的な雰囲気が
画面から滲んでおり、それはたいそう物語を引き立ている。
途中ではいる三面鏡は驚いたが、映画のスタンダードな表現
ではないものの、面白い試みだと思った。カットとはことなる
表現手法で、おもしろいと思った。
ヘヨン。君を愛したのが間違いだった。許してほしい。
と、ウソンが云うんだけれど人を愛することに間違いなど
あろうはずがない。殺し屋だろうとなんだろうと人を愛する
資格はあるのだ。
そして、もうひとつのテーマは「告白」。
なんとなれば全ての世界は「告白」から始まり、そして
哀しいことではあるが「告白」をもって全てが終わる。
告白できない男2人。しかし、前述したように告白は重要だし、
やるべきときにやっておくべきことだ。特に男にとってはね。
観客は映画に出遭うのであるが、実は映画の中にでてくる
キャラクターに出遭うのだ。そして映画を終えても、
彼らはこの後どうなるのだろうかと想像することで、映画が
終わったあとも登場人物は観客の心の中に生きていく。
…しかし、この映画については、このことをするのが
難しい。とうとつな死。もちろん現実でさえそれは起きるのであるが
映画は、物語であるため、登場人物の死は
伝えたいものを効果的に残すため、活かすべきある。
死を活かすなんて…変なこといった。
評価:55点。
さらりと入り。そしてさらりと頭の中から抜けていく映画。
心中に残るものが少ない。そんな映画だ。
チョン・ウソンファンの方は、
チョン・ウソンのかっこよさに心酔できる。それは断言しておこう。
話は面白い。描き方によってはもっと観客に訴える作品になって
いただろう。それが何かを伝えるべきであるが、表現できません。
ごめんなさい。
…うはぁ…ビミョゥだなぁ~
これが、全マスコミ大絶賛一押しの映画か~うーむ。
ネタバレ禁止とか言えそうもないっす。つまり、話すほどのネタが「ない」のである。
朱色会が公開1日にして観るのは、予見や雑音を入れないためなのであるが
もう一つ、映画評を通して、ひとりでも「被害者」を救いたいという
思いがあります。つまり、映画はやっぱりあたりはずれがあるわけで
なるべくならばココロに当たる映画を映画館で観てほしいのですね。
最初に地雷を踏んであげて、いい地雷ならば人に進んでどんどん踏んでもらい
悪い地雷ならば、他の人には地雷を踏んでほしくないのである。いわば梅雨払い
の機能をかっている。
…んで、この映画なんですけれど、
この映画なんですけれど、(2回目)…「悪い」地雷ですね。
朱色会の評価軸である「この映画でなにを伝えたいの?」が希薄。
単純なナゾときであるならば、民間放送のダビンチ特集の方がなんぼ
おもしろいか知れない。
映画にでてくる役を自分で解釈して熱演していたのはポール・ベタニー扮する
くろずきんちゃんだけ。
あとは、「こんなかんじかな…」って感じで、おそるおそる共演していた。
いや、筆がとまってしまった。いつもならば一気呵成に書いてしまう
レビューが、「ぴたり」ととまっているではないかうお~~~~
慣用句で、『帯に短し、襷に長し』ってのがある
襷にあたるのが、あんまり宗教紛争や中世文化に詳しくない方々
本編のコトバを連ねる説明が、大学教授の講釈とおなじくなり、
だんだんとだんだんとだんだんと眠くなってくる。
あまりの情報量にうんざりしてくるのだ。
帯にあたるのが、ダビンチフリークや原作3部を読んだ人たち
新しい感動をどのようにもらしてくれるのか、観客たちは
スクリーンに向かって大きな口をあんぐりと開けているのであるが
ラストまで放り込まれるか?物足りなさを感じることだろう。
この映画は、まさにそれにあたる。
宗教について一家言ある方は、ついていけるかも。
アメリのオドレイ・トトゥも、なんとか米語を習得してトムに食いついていた
(いや、いかん。このままではヒハンモードになってしまう。なんとか
いいところを見つけねば…)
トムのことでいえば、役に成りきる度は素晴らしい。
フォレスト・ガンプのときのように、とても役柄の広い人であることは認めよう。
また、映画通があとで噛み締めるられるような小道具や
観光パンフレットのような美しい風景や寺院はまるで6チャンの
朱色会のお気に入りの番組のようなーーそう、アレは
…ハリウッドが製作した『世界遺産2006inParis』
それが ダビンチコードの正体である。(笑
評価ですか。多分辛口映画ブロガの中でも最低点だろうな。45点。
よかったシーンをいってください。といわれ、『こたえられない。』
ロン・ハワード!1500円返せ!とはいわないがそのかわり次の言葉を贈ろう
味噌汁で顔洗って出直してこい!!!
終幕後、『…ムズカしぃ』とぼそぼそ不平をいいながら観客席を起つ客が
多かったことを伝えておく。
「観るな」とまではいわないが、これ以外にイイノやってますから!
・明日の記憶
・ナイロビの蜂
とかそちらをご覧アレ。
(…とここまで書いてとてもSo-net版ブログに載せられないな
悩む朱色会でした。…でものせちゃうもんね。)
もし、この映画評をみて敢えてこの映画に挑んだ方で、
朱色会と同じ想いをもった方は、エンドロールで
『世界遺産』のテーマを口ずさんでください。
らら~らららららぁ… らぁらぁ~ ら~ら~…(はてしなくつづく)
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2本の邦洋『夫婦もの』を一気観た。
朱色会も映画のレビュー・コメントにも慣れが見えるので
ややマンネリを感じている読者もいるに違いない。
いつもだったら、見た順番にコメントして採点して終わりなのであるが
それではつまらない。せっかく一緒にみたのであるから。
そこで、今回は、どのブロガやプロ映画評論家も
成し遂げられない2つの映画の同時レビューを敢行する。
そんなわけで、読者も、2つの映画を観たものに限る。
えっ、前説はいいからとっとと始めろ?
…そうですか。でははじめます。
ーーーーーーーーー「 」---------
夫婦の姿を、事件や出来事を題材として浮きぼらせている点で、
2つの映画は共通している。
テーマは、女とはなにか?
もう少しいうと「妻」とは何かということになる。
テーマは一緒ながら2人の女(妻)の描き方は、
欧米のらしさと日本らしさが良く出ていた。
結論からいうと
ナイロビの蜂『The Constant Gardener』(以下【ナ】)は、夫を守る女
明日の記憶(以下【記】)は、夫を支える女
ということになる。
また、話のネタとしてでてくる題材は、まったくことなる。
かたや、大企業と政府がからんだ国際的な陰謀
かたや、夫の若年性アルツハイマー病となる。
病気は神が我々にあたえた運命であり、
巨大な陰謀も個人として対決するにはあまりにも大きいものである
ため、両者の立ち向かうテーマに実は「勝利」はない。
ヒロイン役の枝実子(樋口可南子)とテッサ(レイチェル・ワイズ)
政府と大製薬会社の陰謀をあばくキャリヤウーマンジャーナリスト
長年連れ添った夫がアルツハイマー病に冒された、その妻。
「つれあい」は【記】の方は日本男児われらが謙さん。
(もう健さんは朱色会は卒業した)
広告代理店部長で、いままで仲間や取引先に恵まれ、順調に仕事をしてきた
仕事一筋50おとこ。(ニポンサラリーマンの代表だね)
また、【ナ】の方は、エリート下級外交官(←っていういいかたは失礼かな)
まぁ、外交官家族にありがちな、
おぼっちゃまおじさま役のレイフ・ファインズ(ジャスティン役)
妻の死を追求するなかにも、何か醒めているその難しい演技は
役の捉え方に対する苦悩がみてとれる。
また、なんとか夫婦の時間を差し込んでいるのではあるが
事件経過を反芻すると夫婦時間が短いなかでの出来事なのだろう。
…でもまぁ夫としての共通項として、映画冒頭の出方は、
「【女房第一】でないキャラ」であることは同じだ。
『災難が起こった伴侶』に対する行動にも違いが見える。
ナゾ(死んだ妻が追いかけていた真実)を追う男。
夫婦の絆(死にゆく夫の人格や自分との思い出)を繋ぎとめようとする女。
夫婦の問題について、避けて通れないのが
夫婦をやっているひとならば一度は関係するであろう
「第3者」のからみ
が、さらに夫婦役への表現のリアリティを上げている
「…え。ワタクシは、一生ひと竿(穴)ですよ。」
…そうですか。………そうですよね。
夫婦と【仕事】の関係は今世紀も重要な課題だ。
今回の2本についていうと
【仕事】にひっかけられていたのは
まず、謙さん、そしてレイチェル そして可南子さん。
謙さんは仕事にひっかけられていたことに心底気づくのではあるが
レイチェルはどぅだったんだろう。
真実の追究>夫 であったというか、もしかしたら
夫for真実の追究 …であったような描き方だった。
そのため、本編のなかで【To protect you】という
ジャスティンに贈られたセリフについても
「うーんそうかな」と思ってしまった朱色会でした。
ま、どちらもストーリーとしては実は希望がかなり少ないものだ
【ナ】については、最初っから妻が死んでしまうところから始まるので、
謎解きに終始してしまう。
かたや【記】のほうも、【救いが少ない病気】を背負った夫が相手である。
余談ではあるが朱色会も不治の病 を患ってしまったときは
同じ行動をとった。だから、謙さんの振る舞いについてはよく分かる。
…にしても謙さんすげぇ貫禄と迫力だ。
ハリウッド帰りはちがうねぇ。
まるで【焼き栗が弾けるがごとく】の感情表現は、観客をあっと
いわせるのに十分だ、またそれが、いつもの【静】の演技を際立たせており、
意図的なものだろうとねらいなしだろうと素晴らしい演技だった。ぶらぼー。
告知後の非常階段のシーン。忘れられない。
「わたしがいます。」
なんとか樋口さんだけ謙さんの迫力に追従していたが
他の役者さんはわるいが圧倒的な演技力に吹き飛んでしまっていたね。
余談だが、今回はエグゼクティブプロデューサも兼任しており、
一俳優というより一表現者としての映画への参加である。
印象にのこるシーンは、可南子さんの頭から血がたらりと落ちるシーン
観客夫婦の中には、ココロが疼いてしまう方もいることだろう
妻に手を上げてしまったものにとってはね。
また、未婚の男の『予防薬』になってほしい名シーンだ。
このシーンの直前の加奈子さんの絶叫は、
【映画を観にきた女性(妻)たちがココロから誰かに叫びたい内容を代弁する声】
なのではないか?そんなことを考えた。どうかな?
謙さんが職場をさるとき、若い者があつまった。
こういう人ほど、職場に残るべき人だ。
(朱色会の周りには、残念ながら謙さんはいない。)
最初っから妻の死からはじまる洋画と
不治の病ながらその最期を描くまでいかない邦画と
生(死)に対する描き方も邦と洋で異なる。
映画のクライマックスもどちらも「静か」だが異なる。
最期の描き方もね。
…【ナ】のオワリかたについてはどぅなんだろね。これから
辛口ブロガの講釈の巡回にあたるんだけど、
妻を守れなかった自責の念ならばちがう結末で表現すべきだ。
宣伝のうたい文句『一生に何度出会えるかわからない映画の奇跡』
…というほどの結末ではないぞ。
そういう意味では ジャスティンより枝実子さんのほうが
強いわけだろ。もはや自分を認識しなくなった夫のあとを
付いていくなんて、なんて女性なのであろうか!!
この強さ、ちょっとまねできない。結婚すればかわるのだろうか?
…あと、気になったいつものいちゃもんつけ。
病院は、屋上の鍵はフリーではない。(本編でもあった不測の事態防止)
告知を受けた謙さんは、屋上に立つことは不可能。
ロケハン不足なのか予算関係なのか
冒頭差し込まれるCGは、ゼンブいらない。取った方が点数があがる。
日本の自然をそのまま表現してほしかった。
どんなにリアルに表現しても、現実の自然には勝てない。
この映画のテーマを考えると、入れるべきことではなかった。
タイトル名については、邦画のほうは内容との齟齬がおおきいかな。
女性記者テッサがいかにしてこのようななりふりかまわない
ジャーナリズムに駆り立てこととなったのかその説明が足りないため
単に周りを省みない猪突猛進なジャーナリストと写ってしまうのが
残念だ。話そのものは話をむずかしくしたほうがウケがよさそうとばかり、
観客の映画リテラシーを喚起するほどの複雑さで、
推理小説なみの複雑さであった。
2時間程度では、これほど複雑にくまなくてもいいのだよ。
くまなくてもいいのだよ(2回目)
みっちぃ がんばってたな。
大滝サン。あなたはほんとぅにすごい役者だ。
唯一、本映画で謙さんを霞ませたアクターだね。
「酒と、くいもんと、女がいればそれでいい。」⇒そのとおり!!!
…さて採点であるが
ナイロビの蜂:67点
明日の記憶:71点
どっちかだけしか見ないというならば明日の記憶のほうがいい。
できるならば夫婦でお越しいただき、鑑賞の後次のような
会話をかわしてください。
「…どうだ、ちょっとメシでもくっていくか?」
「?いやねぇ急にキモチワルィ。どぅしたんですか(笑」
「焦)いや…とくに意味はないけど、まだ明るいじゃないか?」
「…そうね。……いきましょう。おとうさん。」
…まっこと、男に『女』がいてよかった。
そして、次の諺に筆を加えるべきだろう。
「女は弱し、されど母は強し。」
↓
「女」も「母」もそして「妻」もゼンブ強し。
わははは。
最期に、明日の記憶を一緒に観た観客の印象について
軽く入る笑いについて、素直に観客と一緒に笑うことができた。
シリアスな映画であっても、エンタに変わりはないのである
観客も、ご年配のご夫婦が多く、いいとっつあんが鼻をならしている
のを周りで聞いて素直に「いいな」と思った。
意外なことに、妻たちは冷静に楽しんでいるようだったね。
『こんなこと当然よ』ってことですか?
男と女の違いを再認識して、映画館を後にしました。
最近はイイ映画に出遭う。
来週はおそらくダビンチ。おあとがよろしいようで…。
【Vフォー・ヴェンデッタ】
V meets 朱色会。
久々に観客席に座っていて動悸が激しくなる映画を観た。
あんまり衝撃をうけたので、鑑賞直後なのに気持ちが混乱して
筆が進まない。(けっして前日の深酒が影響しているワケではない)
さてこの映画の解説は実は執筆をしていて
そうとうなるプレッシャーをうける
Vの行動や考えは、朱色会の心情と行動理念と同じだからである。
この映画をムズカしく感じる必要はない。
その解説に終始します。(もしかしたら、さらに難しく書いてしまうかも)
◇戦争は内外問わず全てプロデュースかつディレクト(演出)される
歴史書や教科書にのっている昔の戦争にしろ
現在【日本軍】が駐留し、終戦していない現在進行形の戦争にしろ
全ての戦争は、戦闘員をコントロールし、戦場に送り出す一部のひとたち
によってプロデュースされている。
戦争を深く見る必要はある
戦争のアウトプットは
・両国の人間の殺失(人的喪失)による人間そのものの刷新
・建物の破壊修理や、兵器の増産による産業繁栄
・自国とはことなるパラダイムの減退
という実は『副産物』をメインに考えている人たちによって
狡猾にコントロールされていることを我々はそろそろ気づくべきだ
戦争に反対を唱えるものたちを隔離し、
戦争の原因をうま~~~く演出し、
人民をだましたうえ、
あまつさえ『全国民をまきこんだ、他の国家への殺人教唆』
を断行するのだ
こんな絵空事のようでだれもこんなことだまされないだろ~な
なことが、現在この地球上でもいくつが現実に進行中なのだ
から哂うしかない。
この映画を製作した国は
ハリウッドではなくて、英独である事実がそれを如実に語っている。
恐怖がモチーフとなっているという解説だが、
もっというと人間の心の弱さをついてくるのだ
だから、自分の弱さに気づいている人は、物事を他の人よりも
異なる側面で捉える。
優しい人が優れているのはそういうことなのだ。
◇真実という名の「情報」
Vがイヴィーに仕掛けたもの
『アレはひどいんちゃう』という方は多いと思うが
実はあれも日常にころがっている
情報の送り手というものは、
手当たりしだいに情報を供給しているわけではない
情報(真実)はまずは集められ
伝えたいものと伝えたくないものに「選別」され
伝えたいと思った事実はさらに『演出』され(事実)から【情報】となり
その【情報】が<みな>に供される。
なぜか?それはそうしたいモノがこの世にいて
そのモノはそのためだけに存在するからだ
かつてメジャーなジャーナリズムは、
国家と結託して戦争をアジテーションした。
その重い十字架を、今も背負っている方々もいるが
そうでない者も、…残念で悲しいことではあるが……増えた。
◇為政者の本当の姿
為政者の代表として描かれているアダム・サトラー終身議長
スクリーンに大写しされた顔が、誰か<他のもの>に見えたヒトも多いことだろう
それは、この国の元首だったり
いけ好かない上司だったり、
口うるさい親だったりするわけである。
また、そのシーンの直後にもぅうんざりといった形に見上げる
部下のげんなりとした表情に、自分を写した鏡を感じた人もいただろう。
No.2に裏切られVの前で頭巾をはがされた哀れな男
あの情けない表情…じつは
あれが為政者の本当の姿だ。
自分の弱さ・おろかさを自覚しているから、人間が何に弱いかも知り尽くしている
そのため、上にたつプロセスを構築できるし、
いざ上に立ったならばどうやってそれを維持するか
その人は人生の殆どを費やして考え・実行している
まぁそれで幸福をつかめるならばいつまでもやってろってんだ
…絶対に幸福とはならないのだからな。何も与えられず、何ももらうことができない。
◇本当の勇気とは
我々は何かに『服従』してこの世で暮らしている
いわく人間関係
いわく生活の糧
いわく自分の国の『常識』
しかし実はそれよりも大変に大きく私たちのココロを蹂躙しているものがある
それは【情報】だ。これはホントーに抗し難いのだ
なぜかというと「おぎゃ」と生まれて、「かくっ」と死ぬまで、その情報の海を
わたしたちは喘ぎながら泳いでいくしかないし、
泳いでいるのはおぼれないためだが、なぜ泳いでいるのか
「どこへ」泳いでいくのか
考える暇(いとま)がなかなか生み出せない。
非常に困った状況におかれている。
だから、Vのようにじっくりと物事を考えることが
ときどきは必要だ。いろんな本を読み、いろんなもの感じ
じっくりと考える。自分の存在。社会の在りよう。他人との関係性
…そして、本当に受け入れるものは何とするかをだ。
評価:100点
減点の余地はない。見る人によっては尺が長いと感じるかも。
久しぶりに映画に登場する俳優ではなくて、【話】に魅了された。
ご拝聴ありがとうございました。
しっかし、今回のコメントは我ながらダメだね。たどたどしくて一貫性がないな。
まっ、想起録として笑ってください。
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本節は、『朱色会』での100編目である。
ヘビーブロガからしたら、
ほゥ…『朱色会ちゃん』もやっと100か…
ま、頑張ってねといわれそうだが、やはり感慨深い気持ちにかわりはない
…これからもよろしく。
つぎは1000で挨拶かな。
ーーーーーーーーーー
【ニュー・ワールド】
---入植者と被入植者の苦悩と交流かな~とはおもったが
一人の女性の恋と愛をつづった【一代】叙事詩であった。
ストーリーとしての盛り上げはなく、じっくりと女の一生を撮っている
彼女の前には、2人の、いや、2つのTHE NEW WORLDが展開した
もちろんそのワールドとは砦の中とかお城のような家の世界ではなく
男と暮らしていくという2つの世界である。
この2人の男を象徴する単語で表すとなると「恋」と「愛」ということだね
男の私でもわかることをリレー形式で綴っている。
世界に冠たる日本語の表現にも「初愛」というコトバがないように
「恋」と「愛」は異なる。おとこの立場としてはどうしても「欲」
それも「肉欲」というものが第3番目の感情としてでてくるものだが
本節ではそれはあまり描かず、「恋」と「愛」のちがいについて
とその変遷についてじっくりと描いている作品だ。
それにしても宗教画のような映画だ。たっぷりと自然を坦々と描きながら
事態が推移している、そのため、その場にいる臨場感は希薄なこととなり、
どんな事件が発生しても、第3者的な冷静な立場で鑑賞することとなり、
観客のココロの励起が抑え気味となり、ちょっとそれは残念なことでした。
ま、それにしてもクオリアンカ・キルヒャー(舌噛んだ)は美しいね。
あどけなさ、愛情表現の直向さとなど
ホントに新人なのかと疑う堂々とした演技。今後に期待したいね。
【天才的な】女優といえるだろう。
「恋」の象徴であるコリン・ファレル。
入植の司令官としての責任とポカホンタスとの恋の
葛藤になやむ。十八番の『八の字眉毛』炸裂(笑
「愛」の象徴であるクリスチャン・ベイル。
傷ついたポカホンタスを大きな愛情で見守る男を好演。
彼自身も同じ傷を負っていることがことばで表されているけれど
演技でわかる。余計なコメントだ。
あと印象だったのが、原住民の男達だ。
「男は強くあれ」を完全に踏襲した、鍛えに鍛えられた男たちは美しい。
原住民の生活の幸福度と、我々の日本の生活の幸福度と、
そんなにかわらないばかりか、われわれがかつては持っていていまは捨て去って
しまったものが数多くあることを気づかせてくれた。
「初恋で人生を終える人間は、とても稀有である。」 --朱色会--
評価75点。涙腺は攻撃されない。ココロの奥底を攻撃される
この攻撃が好きな方はどうぞ。観終わったときは、静かな感動がココロに残る。
ジブン(女)のことがよくわかっているご婦人の方には辛い映画となるかも。
ラストの結末は唐突で余計かな。
エンドロールになっていない終幕も新鮮。
ーーーー
【デュエリスト】
韓国随一の美少年をみてやれ。と、ハ・ジウォンがすきさ、すきさなので
辛口ブロガの酷評を乗り越えて観ることとした…
そして、『そのとおり』であることを確認した。製作者と【決闘】したい。
ま、ひとことでいえば ハ・ジウォンとカン・ドンウォンの極超ロングPVでしかない。
製作者も、この映画でいいたいこと決めないでつくったね~
とにかくハ・ジウォンとカン・ドンウォンを出して、儲けるためにつくった映画(怒
あと、ひとつザンネンなことが…
ボキの好きなハ・ジウォンちゃんがナナナナナンとッ
井森 美幸ねーさんになってしまったのじゃぁ~~~~(泣
評価:5点(満点の点数は、かわっておりません)
か~~~~~~ね~~~~~~ぇか
え~~~~せ~~ぃ
1800円と2Hという貴重な資源をドブに捨てるのは、
朱色会だけで十分でやんす。K映画会に投資をした方は
イイ映画を選択してほしいでやんす。この映画はその価値ないでやんす。
すみません。イ・ミョンセ監督、数年ぶりに客席で眠ってしまいました!
…うつら。うつらですが…生ビールが効いたのかな。
久しぶりに映画が終わったあと、漫画の怒りマークが
映画館に充満したことを伝えておこう。
結論。【みるな】に一票。ドンウォン、床屋いこうね。
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予めいっておきたいことがあります。
冒頭にまた食事についての与太話をするので、
・ジゥ姫についての悪口を一切聞きたくない
・これから観るので楽しみにしている
人は、
**** 本稿より立ち去ってください! ****
私はもってまわった言い方ができない男なのです。
「えっそれスキスキ…」という方は続けてどうぞ。
千葉そごうが改装している。イメチェンだとおもうが
紳士服売り場が2F⇒5Fになり、ふつーのデパートの構成となった
階だけでなく、フロアの雰囲気もふつーとなり、そのヘンは実は物足りない。
どんなものでもそうだが、わたしは「チョット違う」というものに反応し
好きになるタイプなので、あとは残っている5月完了のレストラン街まで
ふつーになったならば、しばらくは千葉そごうへいく足が遠のくだろう。
カレーがすきなので、映画のあと小腹がへったので
そごう3Fの茶語(Cha Yu)の中国茶カレーを食った。
「うーんこ」の(←まちがい)
うーん。この店は中国茶専門店で、アテンダは全員美人だし、店の雰囲気もいい
お茶もおしかったす。しかし食べたカレーは、お茶が入っていたが
いまひとつ『いんぱくと』に欠けていた。こんどはマジに「飲茶」しよう。
………さてと…「連理の枝」だったね。
=================================
・のっけから無礼千万なコメントを一発。
「ジゥ…老けたな…。」
さァさァK女優の頂点に君臨する大女優を一刀両断し、ファンの逆鱗に
触れたところでいってみよう。ところで映画全体については佳作だとは思うと
表明したところで続けていってみよう。
『ラストヒロイン』というべきチェ・ジゥの神がかり的な「泣き」シーン。
うーむしかし、「過ぎていく時節」という神は、女優にとっては残酷なもの以外
の何者でもないな。女優は、映画に出会い、見初められて出演するわけだけど
【観客】という厳しい目でみると、年齢的にはぎりぎりセーフというところだ。
このような恋愛映画にでるジゥは、おそらくはこれが最後ではないかな
いや、ホントぅに最後にしてくれないとちょっと困る。
『女は男より先にオンナになり、男はかなり遅れてオトコとなり
そして男の方がオトコである時間がオンナより永い』
演劇の神様がなぜこのような試練を女優に与えたのか?
・真正面なベタ映画。しかし、そのあまりにもストレートな潔い表現のしかた
のため観客は涙を流すのを抗えない。
日本の映画界では企画すら通らないほどの「純愛映画」。Kだからこそできたと思う。
『ぁア~~。泣きてェ~~』というヒトは止めません。「…行ってらっしゃい。」
・男役のチョ・ハンソンは、色男でいままで、人を傷つけていたことに気づいていなかった
プレイボーイだが、ナゼにジゥに出会ってからそのことに気が付いたのかが
その根拠の説明がすこし足りないな。「こんな気持ちになったのははじめてだ」
というセリフだけで納得せよというのは苦しい。まぁ演技そのものは及第点
逆に気負いせずのびのびと演っている姿勢に好感が持てる。
・おばおじ恋愛をサブストーリーにいれてくるかと思ったら尻莟み。だったら
シーンとして入れすぎ。ミンスとウォンの恋仲とからめて「連理」するかと
おもったが…シナリオがそんなに練られていないのがちと残念。
年配の恋・命がけの恋・それを近くで見守る恋 の3つの恋が
これから『連理』するのかと事態を推移したのが間違いの始まりだったのだ…。
・脇役の2人も、この映画は、主役を食うところまで自分をだしていない。
ソ・ヨンヒとチェ・ソングクである。自分たちの役割をひきたて役と思ったのかな。
しかし、ちょっとはそういうそぶりを見せてもいいんだよ。
…いいんだよソ・ヨンヒ(2回目)
・果汁100%では辛かろうといれている『笑い』シーンは
入れ方が唐突で、観客の置いてきぼり感が強い。笑いは確かに
必要だ。ただし、タイミング良く入れなければならない。
ほろほろほろりとした刹那に笑いが入り、げんなりする
『ぉ~い。おいていかんでくれぃ。』
・前やっていたブログの焼きなおしとなるが
病気によって伴侶や大切な人を亡くす人は、この世に普通に存在する。
そういった人たちがこの世で生きていく力は、その人との思い出だけではない。
『いつか、またどこかで逢える。』という想いがその人を強くするのだ。
…こういう真っ正直な映画をみると真っ正直に生きていないことに気が付く
そうして、そのことが本当は大変に困難なことにもだ。
人は、「生まれ」、「生きて」、「愛する」ことのみをすればいいのかもしれない
しかし 現実には、「奪い」、「傷つけ」、「死んでいく」ものだ
…そんなことを改めて考えた映画だった。
やはり、『朱色会建設の涙腺ダム』はラストーシーンの携帯メッセージで
両目とも決壊いたしました。「洪水。洪水発生!!!」頬が涙の濁流に呑まれた!!(笑
…けっして偽装設計してませんよ。
評価:67点。話(スクリプト)は確信犯だからいい。
やはり、キャスティングに難あり。誰とは…いえない…。
製作者のいいたいことが、「わからなかった。」
おざなりになったシーンとして
昔のオンナたちに謝りにいくミンスのシーンはじっくりと撮るべきシーンだった。
ロングショット&チョイではあまりにも表現者として勘所をつかんどらんぞ。
それをきちんと撮ることで、+10点くらいいけたのに残念無念である。
…さてここまで進んできた大好きな読者へ、次のQをしてこの節を綴じよう。
「貴方のコップの水は、どこまで満たされていますか?」
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休日のアサイチの劇場に座る映画馬鹿の末席に加えていただき
「タイフーン」の上映を待つ。
今日はいつものキャラメルポップコーンをやめ、新発売(爆発ふきだし)
と店頭にあった、チョコレート味に変えてみた。
うーんしかし、やはりキャラメル味のほうがやはり、
「キャラ」が立っていた…当たり前か?(笑←どこで笑うの?
さて、冗談はさておいて
この映画の根幹のテーマは、今も続く隣の国の「南北分断」
したがって安いことはいえないな
といいつつ講評に入ろう…。
そうそう。コレ以降は、ブログ始まって以来の【最大マジメモード】でいく。
読者は、このブログを見る、近隣の半島全体に縁がある方を
受け手の対象として書きます。
映画が終幕したあと、
わたしはときどきではあるが「足腰が立たないほど」感動してしまうことがある
この映画はそういう映画だ。非常に良かった。
いや、良かったということばが語弊があるなら謝る。
韓国人の悲しみを理解したといいなおそう。
物語が観客に大いなる影響を与える要素として、私が重要視したいのは
どれだけ現実の何かについて表現しているか、繋がっているかにつきる。
あの物語として片付けておきたい
亡命と軍のだましのエピソードは、違う惑星でおきた未来の話ではないのだ。
この国の隣の国で、しかも半世紀をまたずにおきた事実を題材としている。
そして、そもそも、その物語は、「終わっていないのである。」
今も2つに分かれた祖国は厳然として存在しており、あろうことか
いまも家族が2つの国で別れ離れになり、消息不明だったり自由に会うことはできない。
韓国の非業な歴史が起きたころ、
やっとこさこの国は、なんと【軍儒景気】により、
ぐたぐたになった敗戦の経済状態から脱却し、現在の
「東洋の奇跡」といわれた経済復興の礎を築いた。
「いったい誰のおかげで?」
翻って鎖国などの自国の政策の失策もあるものの
戦争によって隣の国の産業復興は日本より20年は遅れることとなった。
さらに自分の国のどまんなかに国境ができたばっかりに
いまでさえ余計なコストが国にかかっている。
これは有形無形を問わず、どっしりと南北両国の経済の重しになって
いることに間違いはない。
韓国人のココロの中には、そういうわけで、
常に「小さな台風」が渦巻いている。
「この壁(金網)はナニ?」
「なぜ?………?」
日本にもかつて実は戦争はあった。信じがたいことであるが
史実だ。しかし、もう大多数の国民は自分と戦争を切り離して
考えている。平和ボケなんて表現はすでに言葉として足りない。
だから、韓国人は日本人にたいする一般的な印象は
なんてぼけらっとした緊張感のないヒトたちなんだ。島国のヒトだなーとなる。
そういわれてもしかたのない振る舞いやいでたちの人が多くなった。
映画に話をもどす。タイフーンとは、韓国人の心に棲む、台風を題材とした映画だ。
ナゼ、別れ離れなんだ!いいかげんにしろ!!
という気持ちは、韓国を祖国としているヒトならば全員が思っていることなのだろう
そして、この映画はそれを、それだけを描いている。
私にとって風船バクダンとか、船の火柱とか、米軍の潜水艦とか
そんな子供だましな材料は必要ない。それは、次に述べるシーンのせいだ。
印象に一番のこるシーンは、やっぱり、
シンとミンジュが再開するシーンだろうか
あのシーンを思い出すと今書いていても涙が浮かぶ
姉と弟は、再会を果たしたが、お互いがわからない。
数刻の沈黙があったあと、おそらくは何回か行った「儀式」を行う。
「分かれたときの状況は!!!」
そうして話の途中で、本人であることがわかり、
話は途中で終わり、二人は肉親を力いっぱい抱きしめあうのだ。
(…いかんまた、胸がつまってきた)
あとはせつないシーンとして覚えているのは
弟が、もう余命が少ない姉に
「もう、いっしょに家族のもとにいこう」
というところだ。
…あと、あまり記事として書きたくはないところだが
姉が弟のために、お饅頭をもってくるところ。
…………戦争で失うものは、命や体など目に見えるものだけではないことを
この映画は包み隠さず表現している。
…………………お話だけのことにしてくれとココロから思うんだけど
本当に何十年か前、こんな姉弟と似た境遇の人が、あの国には本当にいっぱいいたのだ。
そして、繰り返しになるけれど、このような家族またはこの家族をルーツとする
者たちは、この世に存在する…。
映画の話にもどす。
やはりチャン・ドンゴンはすごいね。
非業な運命を辿る主人公の宿命を、自分の心と体を改造して映画に臨んだ。
あの哀しみにみなぎった睨んだ視線は、観た人のココロに永く残ることだろう。
姉役のイ・ミヨン
出番は少ないものの、悲劇のヒロインとしての役どころを完璧にこなしていた。
シンの行動を察知し、国のために仲間とともに阻止するイ・ジョンジェ
寡黙で実直な軍人を好演。
…シンとミンジュは、船の旅路の果てに、ご両親に逢えたのだろうか?
2人の顔には、この世で受けた苦しみや悲しみをすべて捨てさった
何からも解き離れたような表情が印象的だった。ここが真のラストシーンだ。
現実の世の中も、
いつか【タイフーン】が過ぎ、この2人のように本当に穏やかな笑顔で笑いあえる
家族だけになることを、切望してやみません(泣
…今まで韓国映画を12本観たけれどそのトップに躍り出た映画
タイフーンとは私にとって…そういう映画です。
評価:95点。
(満点でもぜんぜんかまわないが、尺がちょっとだけ長く感じたのと、
余計なラストシーン(数ヵ月後のイージス艦)があるので。減点した
エンドロールで、また泣いてしまった。必見。
これから観るかたで、もし日本人の方は、ちょこっとでも
韓国の歴史を勉強してから臨んだほうが、さらに深くこの映画を理解できます。
この映画の製作に携わったみなさんへ。
「いい映画を、ありがとう。」
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エンターテイメントの観点で
和洋の鬼才の作品を続けてみた
【立喰師列伝】
うーん…第一印象は、
『よくぞつくった』
『そしてよくぞこの世に出した』
…だれもとめなかったのかな?
押井サン…「惜しいさん」になってしまった…嗚呼…
立ち食いは、『うる星やつら』のころからちょろちょろでていた
まァアイデアはいいと思う。思い入れが強いことは解る。
だけど「突き抜け」過ぎ。付いてこない観客多いととおもうよ。
映画をつくるときの観客への【媚】を全廃したものを作りたかったのだと思う
しかし、表現者ならばせっかくコストをかけるのだから
観客のココロに残る工夫までしないというのは殆どの観客は困る。
ムズカし過ぎ。
「わかるやつだけわかれ」はだめだよ。笑いが高尚すぎ。
それで上で述べた印象となってしまう。
また、ジャパンオリジナルな食や歴史を背景にするのもどうかな?
この国際化の時代に…
延々とナレーションが入る。正直五月蝿い。ラジオでやれば?
最後までイイタイことがわからない…
…さて、ごらんになった読者のみなさん。ご唱和ください…
『金ッ!! かっえっせーーーーーーーーーーーーーッ!!!』(久々)
評価:25点(よほどのコアな押井ファンでも消化不能)
ちゅから、ちゅから。
【紅い眼鏡】の時と同じ間違いを犯したね。
若手の【勢いにまかせた実験映画】ならば笑って許したのだが
残念ながらそうではない。世界に代表する映画監督が
このような、ひょうろくだま映画を、世に出してはならない。
まさか押井映画で口直しをするはめになろうとは…結論…駄作です。
憮然とした表情で映画館をあとにする観客が殆どであったことを
とどめとして書いておく。下記の映画を観たあととなっては、
「どんな映画だったか、ほとんどなにも覚えていない。」
(↑の記事は映画と映画のインターバルに書きました。)
「…でなおしだね。」
ーーー
【THE PRODUCERS】
こっちはヨかった。
ミュージカル映画+冒頭からアクターのテンション高いので
バターケーキがニガテな人はなれるまで時間がかかるけど
先に観た映画とくらべて『媚』のオンパレード。
しかし、それは確信犯。
「観客に、楽しんでもらったもん勝ち」という姿勢だね。
とにかく、キャラクターが全員素晴らしい
押しの強い俳優がおおくて、
主人公のマシュー・ブロデリックが陰るときもあるが
そのかわりヘンで楽しいサブキャラクターたちが煌々と終幕まで光り輝く
…日米のエンタメ映画を1日でみて比べるとわかったことだが
人生におけるかぶき方の考え方が根本的に異なることに気がつく
日本は
『苦しみに耐えながらかぶく』
ハリウッドは
『何が何でも、どんな状況であろうとも楽しみながらかぶく』
と、まったく異なる。
ユマ・サーマン。あなたはどこまでエロいのだ。
ネイサン・レイン。プロデューサの苦悩を笑いとともに贈ってくれた。
真の主人公はこちら。
マシュー・ブロデリック。
一介の会計士からプロデューサへの転向とサクセスする主人公。
どたばたの中心にいつもいる。マシュー節(マジメ君振り)は健在。
舞台シーンも体が動いていた
ゲイリー・ビーチ。ある意味この映画になくてはならなかった人。
演技のセンターを担っていた
ロジャー・バート。いるいるこういうオカマ…を完璧にコピーしていた
ホントに演技なのか?
ウィル・フェレル。さまざまなハリウッド映画のバイプレーヤを果たしてきた
確実で(無骨な)演技が光っていた。
評価:72点。(油っぽいの平気という方向き)
おっと、これから観る人は、この映画も最後の最後まで立たないように。
客として本当のミュージカルと同じ振る舞いをお願いしたい。
「ぶらぼー。」
人生のつらさ・悲しみまでも「からっ」と笑いで見せつけられる。
ハリウッドの人間としての暖かさ・強さ
そして多国籍なタレントたちの巣窟であるショービジネスの
過酷さと楽しさをすべて笑いでくるんで、へんなおじさんときれーな
ねーちゃんたちが笑い・踊りくるう映画だ。
「ううぅ…人生なんて…人生なんて」とココロが沈んでいる方
…極おすすめします。方の力を抜いて「からっ」と楽しんでください。
ーーーー
いつもの喫茶店にて…
そばVSフランクフルトの戦いは、フランクフルトの圧勝であった
というつよい印象をもって、映画街を後にした。
明日も、もしかしたら映画。おそらくタイフーン
これから 辛口ブロガの講評を読んでから判断します。
おやすみ。
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今日はエイプリルフール。しかし、それよりなんといっても
映画通がチェキしておくべき『1』&ホリデー。
当然のごとく、くだんの街へ繰出した。
天気もよかったので千葉公園の桜をみるのもイイカと思ってたのだが
早い昼飯のラーメン屋でオヤジが桜名所はゲキ混みだというのを聞き
明日以降に順延。混んでいて酔っ払いがいる桜など見る価値はない
『朱色会さん。1000円ですからね。しぇんえん。』
という『わたしの中のココロのポン引き』が脳裏で繰り返すのに抗えず
やはり足は市街へ…
しかし、やっている映画は殆ど観たものばかり…
うーむ。やはり桜かなと思ったら、観ていないものがあった。
「ナルニア」かぁ。映画ブロガの評価も『意外と良い』というのを思い出した
よし、これだ。ハズれても1000ならいつものフレーズはでないだろう。
…で、入館とあいなった。
いや~~どうせディズニーでしょ。と穿って期待しないで観てたんだけど
ヨかった。泣けた。泣ける自分が恥ずかしいのだがここは誇らしくしよう
以下コメントです。
ーーーーーー
善と悪+ファンタジー+動物+家族(成長)もの
というふうにたくさんの観客の見たいものを自然のなかに放り込み
八宝菜のようにうまくからみあって仕上がっている
2皿目も楽しみだ。さすがはディズニー、さすがは世界三大ファンタジー
基本はやはり
『戦いってナニ』っていうやつ
戦争の疎開(←よくもまぁこの出だしにしたもんだ)からはじまる冒頭は
ここからどうやって言葉をはなつ動物に繋げるんだろうとおもったら
扉のマジックにあってすんなり世界に入信。(←大成功)
あとは映画の世界にすんなりはいることができ、
いつもにも増してアンテナがはったので、そのへんのところからいくつか
おそらくは殆どがCGであるはずのライオンが【理想】(善)の象徴
そして
リアルな女優であるティルダ・スウィントンが【現実】としての(悪)の代表
(こえ~~このオネータマ。)
と対比されている
これはうまいと思った。フツーは、逆に使うのが通例だからだ。
とはいえ彼女すばらしい。
最近こういう役ばかりでキアリ化しているのが心配だが。
しかし、前半で見切ったところは、いずれこの魔女負けるんだろうな
ってところだ。
『誰からもハグされたり、誰もハグしたことないモノが
どんな武器や強みを持とうとも、真からツヨいわけがない。』
…と、キャラメルポップコーンが箱からつまめなくなったとき思った。
この瞬間ってむなしいよね。
末妹の娘ジョージー・ヘンリーは
スクリーンに映えるナァ。『E.T.』のときのドリュ―・バリモアを彷彿させる
天性の演技が光る。今後がたのしみだ。
あと、【侍魂】に弱い筆者は、
若い王にしたがう半獣人の人(名前分からず)もキラッと感じた
「生きている間付き従います」など、男としてはいわれみてーーーな。
冒頭からでてきたタムナス役のジェームズ・マカヴォイもいいぞぉーーー。
この物語そのものの、アチラの世界での目撃者という
役割なので、彼になったつもりで観ていてもいいのではないか?
2人の「オトコノコ」は劇が進行していくうちにどんどん成長し
凛々しくなっていく。一部の観客は『よだれたらたら』だと思う。
戦う姿が観る人に美醜の区別をつけるのは
ジブンのためだけなのか
ジブン以外のために戦っているか
の違いだけだろう。
決してアクには従わない動物たち、あれほどすがすがしくジブンが
行動できたならばどんなに現実の社会を生きていてキモチイイかしれない
世界のなかで4人の兄弟姉妹は、ウエがオヤ代わりとなる。
そうしてオヤとしての機能をはたすため上下の対立から
ヒトリが離脱することとなるのだが…
印象深いシーンは、王アスランと
救出されたエドマンドが二人だけで話しているシーンだ
ナニを話しているのか観客はお見通しなのだが、それを想像させる余地
を残しているところにこの物語の懐の大きさ・深さを感じた
この映画でイチバン好きなシーンだ。おそらく生きている間
忘れないだろう。
ラストが製作者のいいたいことすべてだ
『しっかり目をひらいていれば、いずれ門はまた開かれる。しかし
それは、いつもではない。』……観損ねた【うっかりもん】多いかも。
エンドロールが始まったからといってすぐ立つとこうなる。
音楽も素晴らしい。これぞ交響詩といえる
場面とバッチシ(←いまコンナことば使わない?)だ。
ーーーー
あとはちょっとこれどうにかしてくれっていうトコロをちょっと。
転地回帰構成は、じつは朱色会もブログでよく使うテなのだが、
これは現実の戦争から始まっているのであるから、
最後は戦争中のオヤのところまでもどっていき、そこで結論を
見出すのが転地演出の基本なのに、そこまでもどっていない
のがずわんねん。しかし、まーこまかいときにしない。
と、いいつつもうひとつ。
メークの質がカットごとに上下が激しい。かれら登場実物はコドモであり
かつ顔を洗わない環境なので急に美男美女になるときがありこれは
メークさん気合いれすぎ と思った。そばかすを活かせそばかすを!
あとは、2作目のためかどうかしらないが『沖田艦長』やっちゃいましたね。
これは一回しか使えない荒業である。「唯一の死」が使えなくなるからだ。
…で、採点。
イイですこの映画!!『夢オチ』と感じたモノは落第もう一皿食べなさい!
点数はおおあまのおおあまで92点!
まだ観ていない方も、ゼッタイ損はしませんので
大きなスクリーンでご覧下さい。
「ヒット」しているのもナットク。なんとか映画ブロガ達に追いつけたカナ?
P.S ミンナからかなり遅れてしまったものの
コメント&TB ぷりーず。
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ある好きなブロガがいみじくもいっていることをちがう言い方で書く。
民放と国営放送(以下協会)の異なる点は
表面的にはCMのある・なしである。
これはわかりやすいことだが重要なことを示している。
竹野内豊とジゥ姫のラブ・シリアスシーンにおいて盛り上がっている
最中において、突如としてぜんぜん脈略のないCMが差し込まれ
機先をそがれた視聴者も多いと思う。
『アぁ、いいトコロでもう!トイレいっておこう…』
ドラマを作る方もCMが入ることはワカっているんだから
構成MGRと相談してどこにどのようなCMが割り当てられているのか
考えて作ればいいのにとおもうこともある。
涙ボロボロのところへもってきて、いきなし
「トイレの防臭剤ナガモーチよろぴく!」では興ざめだ
いや、外乱や制限は物語としての作品の質をさげるから、難しいかな。
さて、よく知られていることではあるが
民放と協会の違いは、その番組をつくるカネの出所だ
民放は、スポンサーがおり、広告料を財源として番組をつくる
協会は、視聴者より放送受信料を『徴収』し、それを財源としている
そのため、両者の立脚している立場は大いにちがう。
まず、民放でいえることは
スポンサーにしてみれば
放送を通じて視聴者に伝えたいことはたったの1点だ。
「ウチの商品を是非、買ってください。」
これだけ。
1hこれを本当はやりたいのだ
・いかに自分たちの商品が素晴らしいのか
・どこに力をいれて開発したのか
・そのため、どんな血のでる苦しみをしたのか
などである。それはクルマなどいいやすいものだけでなく、
ガムひとつであっても、いや、ガムの包み紙一枚だってさえ
『プロジェクトX』を作れる。
別に本当は、ジゥも竹野内も要らないのだ
スポンサーからしてみれば、視聴者が、自分達の商品の消費者になってくれれば
それでいいのである。
だから、本来の民放の番組の姿っていうのは
竹野内やジゥのでるドラマ
ではなくて
『お茶の間テレビショッピング拡大版』
がじつは正しい姿といえる
24Hゼンブ、ずっとこれだけ。
しかし、それをやっちゃうと
こんどは視聴者がついてこない。
そのため、竹野内やジゥたちにご登場いただくのである。
それで、15Sだけ、ちょこっとお邪魔させていただいて
あわただしく商品のご紹介をさせていただいているというわけだ。
奥ゆかしいったらありゃしない。
だから、許してやってほしい、スポンサーも必死なのだ。
なにしろ15S-30Sで『その(買う)気にさせないといけない』のだ
彼らを、許してやってほしい。彼らも苦しいのだ。
許して、…やって、…ほしい。(2回目)
TVのことであれば協会の受信料やペイTVなど書けることは多いのだが
今日はヤメにしておく。
さて、このTVのことをブログに置き換えてみる。
最初にいっとくけど、やっぱりブログって日記じゃないと思う。
日記は、死ぬまでジブンだけのものだ。書いていない間は机の奥の
日に当たらないところにいつも置いておく、だから
とてつもないジブンの醜い心(所謂ヤミのブブン)まで吐露することができる
我々のほとんどは、アンネの日記のような美しいものにならない
のだ、逆にそうでなければならない。
美しい言葉を書き連ねる必要はない。
しかし、ブログはちがう
不特定多数の方々に、好むと好まざるとにかかわらず
読まれてしまうので、「伝えるもの」があることが必須だと思う。
それがナイと公開するイミがナイ。
しかしまぁこれが曲者で、受け手って
伝えたいもの=受け取りたいもの
とは限らない。延々と『伝いたいもの』だけを書いていると
あろうことか「飽きられて」しまいます。
これは、受け手だけじゃなく、送り手もそうだ。
「オレ、必死こいてナンデこれだけ説法してるんだ?」
と我に返ってしまうとヤバイ。
真面目な話おおいに結構。しかし、タマにはお茶らけてみるのも
悪くないよ。時には【道化師】をやる度胸も必要なのだ。
…さて、最後まで読み進めてくれた読者に質問をひとつ。
『アナタは、「竹野内」や「ジゥ姫」を持っていますか?』
P.S Upする前に下記のサイトチェック。非常に重宝してる。
http://homepage1.nifty.com/hidex/goyo/jinmei.html
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BBM (ブロークバック・マウンテン)を観てきました。
…この映画を評価し、尚且つそれを表現するのは
タイヘン勇気がいる。特に、『男』にとっては…
40年前のことをあらわしたものではあるが
この映画があらわしたものは、この世紀になっても偏見があるからだ
それにぶつからないように表現すると、当たり障りのないものなって
受け手にとって意味がないことになってしまうし
それにこの映画を作り上げたひとたちにも申し訳ない
したがって、できるだけ素直にやらせてもらおう。
たどたどしい表現となってしまうが
あらわしたもの というのは 『男性の同性愛』がテーマだ
それも短期間のものではなく、2人の男性の長期の人生がつづられており
ヤスイことが言えない。正直書いていて『ヤメ!』
と叫びたいところなのだが、それではダメだ、映画通の沽券に関わる。
したがって、こちらも読者を限らせてほしい
受け手は、女性。そして この映画を観たものとさせていただく。
…それ以外の方は、退去してください。
読んでもあまり意味がありません。
ご同意いただいた方のみ、以下の門をくぐって下さい…。
========[ ]==========
久しぶりに映画を観たあとのあの感覚を思い出した。
いつもだと
映画がおわったあと、
眠っていて目が覚めたら夢を全部忘れたみたいに
「あーおもしろかった!」となり現実に引き戻される
しかし、この映画はそうはならなかった。
映画館をでても、まだ夢からさめず
自分がどこを歩いているかもあまり意識できず
時間や日にちへの感覚がうせ、
まだ夢の中を歩いているような感覚
まるで宇宙船から降りた異邦人のように
違う星に降り立ったような感覚。
現実に戻れないのだ。まだ夢のなかにいるような感覚
最後にこれを体験したのはおそらく「E.T」を観たときかな。
エンドロールの文字が見えないほど
ハラハラと泣いたあと、ぼ~~と街中を歩いた。
それで、いま、いつもの喫茶店でこの記事を書いている。
ーー
この映画は、じつは「○○」(←一度文字入力してそれから修正した
実際入力してみるとドギツイ……それで、伏字にした)
を描いた映画ではない。
製作者が、『男』というものの本質を、正直に表現したものだ
これだけストレートに表現したものは よく考えるとない。
おそらく日本では、あと50年は表現できないだろう。
それほどタブーな主題に挑んだ、製作者や俳優(とくに主役の二人)に
まずは喝采をおくろう。
「うちのだんな(カレシ)は、あんなじゃない。」
…といわれる方は、残念だがまだよく『男』をわかっていない。
ぎゃくにこの映画をみた女の人で
「やっぱりそうなのか?」
…と感じた人はかなり 「男」を捉えている。
しかしそれは「女」にとっては哀しい現実だとは思う。
それは何かというと…
『男同士の絆は、それ以外の絆より遥かに強く、それは解くことができない』
というものだ。
特に、自分を理解してくれる同姓と出遭ってしまった場合は
決定的になる。
【男の友情】などと文字に書くとやすっぽくなってしまうのだが
この絆の前に、他の全ての絆は『白旗』を上げざるを得ない
唯一対抗勢力となるのが【父ー息子の絆】だ。
おっと、これも男同士だったね。
それについて『肉体関係』があるのが○○であり
ナイのが「○○でないだけ」のことだ。
それを一環としてしかも、男の2人の人生をじっくりと長く描いている
その2人を解こうとする全ての女たちは、
スクリーンの中で翻弄され
ひとりの女性を除いて納得できないままラストまで苦しんでいく。
2人の妻
2人の娘
2人の女
1人の母
本編ではそうしたオンナの悲しみを連綿と表現しており、
観客として真に受けとってしまったり、
気がついてしまった女性にとっては、
今付き合ったり、同棲しているパートナーに対する見方が
根底から変わってしまうかもしれない。
『あたしは貴方のイチバンには、なれないの?…』
それほどに強い1つのメッセージを含んだ映画だ。
だから、逆に○○映画として『特殊な関係の特別な映画』として捉えた
ほうが観たあとの人生が、【女にとっては】カルくてよさそうではある。
そうしたい方は、いっこうにそうしてもらってかまわないです(笑
…それにしてもこの監督なにものだ?…すご過ぎる。
アトは気に入ったところをいくつか…
アメリカの田舎の表現のリアリティが素晴らしい。
青空の領域をたっぷりとった構図
草原をなでる風
当時の羊追いをじっくり・しっかり取っている(今もああなのだろうか
通りがことのほか辺鄙であること(実はマンハッタン島が特殊なのだ
2人の主役にじっくりと据えた構成と演出
この二人もすごい。この2人のほうがオスカーに相応しい。
うだつが上がらず足掻くいなか青年から、人生の粋を知った中年までの
男の人生をきちっと演じている。あまりもハマっている。
おなかまで…
心配なのはレオみたくこの映画のイメージがついてしまうと
次のスクリーンで輝けなることくらいか
あっぱれな演技。ぶらぼー
脇を固める共演者たちもぴちっと役をこなしていた
ベタな演出
・月がでると、ナニかが起きるというパターンは踏襲していた…
・ニポンとあんまりかわんないアメリカの一般家庭の日常
赤ちゃんは、泣くか・寝てるかだけ というのは日米共通だった。
などなど…さてと
評価:
一年に一本あるかないかの映画
である。
本編の採点に入ろう この映画の評価軸はいままでの
評価軸は使えない。評価が高い・低いとかできないのだ。
それで「ずるい」といわれそうだが、『∞』(評価不可)とさせて頂く。
ごめん。
最後に、門をくぐるなといったのにここまできてしまった御仁たちへ。
約束を守ってください。つまり条件に合致した人になってほしいのです。
つまり観てください。
おそらくTV放映はムリです。日本では。
ビデ倫もかなりもめるだろな。TOWERVIDEOに並ぶかなー。
調べているうちに残念な記事とHappyな記事をみつけた
『【第78回アカデミー賞】ミシェル・ウィリアムズ、
“ゲイ映画”に出演したとして母校から縁を切られる』
まだ、アメリカでさえこんなもんだ…。それと彼女は
『ヒース・レッッジャーと共演、のちにロマンスへと発展し、
05年秋にはめでたく2人の間に第一子となる女の子が誕生している』
おめでとう!!『ケッコン。フぉ~~』
…正直、消化不良のところもあるが今日のところは、こんなところで
カンベンしてください。読んでくれてありがとう。
コメント&TB ぷりーず。
P.S やはりというか当然というか
本映画の内容についてのWeb上のコメントは少なく、
そして真正面から踏み込んだものはプロライタも皆無。
頑張れ映画ジャンキーブロガたち!!!
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crash 観てきました。
Criticism of movie "crash"
アカデミー賞をとる前に見ておきたかったかな。
どうしても評価軸がアカデミー脳と目になってしまいます。
今日はいつものシネコンではないところでみてきたので
キャラメル味はなかった。
さまざまな人間関係の衝突と
人間模様の絡み合いを
シナリオと役者の演技で魅せる
オーソドックスなつくり。映画の王道をはずしていない
CGもほとんどなく、じっくりと『人間』に浸れる佳作といえる
(あっ。オスカー3つとったんだっけ。)
冒頭は『ぬ?ポリスもの?』と思った。しかし…
アメリカの問題を全て放り込んだ問題提起と
様々な人間の苦悩がバランスよく入っている。
『人種差別・銃・貧困・麻薬・警察の腐敗・医療の限界』
ロスにすむ幾つかの関連のない家族が【事故】を通じて絡んでいく。
事実を淡々と表現していくストーリーと
役者のいまの能力を最大限引き出した演出が好ましい。
多くの役者がでていたが
うまくそれぞれの役どころを引き出していたと思う。
これが最近みた日本映画とちがうところ。
みんな。少しずつ年をとっていた。
マット。おじさんになったね。でも役になってたよ。
サンディ。君も年をとってしまったのか。しかし役にアっていた。
そのなかでもキラっとしていたのは
ドン・チードル。母親の愛を求め続ける警官の役を好演していた
演技に深みがでてきた。アブラノリキッテます。
ライアン・フィリップ
腐った先輩を憎む、まだ正義を行使しようとする若い警官
しかし、思わぬことが…
若手らしいひたむきな演技が良かった。
ショーン・トーブ
雑貨店店主。異邦人としての苦しみに耐えながら自分の店を
守ろうとし、間違いを犯しそうなる。老獪といえる演技が渋すぎ。
テレンス・ハワード
今なお残る人種問題の象徴としての演技を見事にこなしていた。
天性の演技に貫禄が。
…唯一サンドラだけちょっと浮いていたかな。
役者たちが、人種差別のエピソードを【好演】できるのはもちろん
理由があり、彼らも『アメリカ人』として生きてきて役者人生のなかで
人種差別の荒波を実体験しているのだろう。その刻み込まれた
記憶(差別する側、そしてされる側)が、彼らの才能によって
さらにリアルに体現されるのだ。
T
映倫にひっかかり(OUT)そうなところがあったが
なんとか演出でセーフというところか
映画で子供を傷つけたり・殺したりすると放映はできなくなる。
そう。『映画は子供を殺せない』のだ。
…このしきたりをずっと前から知っていたので
あのシーンはびっくりした。チョット裏技過ぎるかな。
"
あと、いちゃもんくさいことだが
ここまで、みんなを絡めなくてもよかったのでは?
しかし、そこも製作者のいいたいことなのだろう。
人身売買(誘拐?)もヨケイかな。
やはりアメリカの問題をソースにしているので
アメリカというところからはずれていないために
日本の観客がどこまで理解できるかというところ。
これは『アメリカの映画として』オスカーを逃すことができない
何かを取るしかないつくりになっている
ぐわわーというカンドーは少ないものの、
マジメでオーソドックスな人間映画が好きなかたにお勧めします。
しかし、アメリカって自分をきちんと理解しているくせに
なおさんなー。わかっててもむりなのかな。
人種差別が持ち上がっている映画だけど、やっぱり銃のことを
いいたいのではないかな
カンタンに命を奪える銃。自暴自棄になり銃を向けられ
なら殺せさぁ殺せと嘯くテレンス。
引き金を引いたあとで後悔してしまうショーン。
あぁ勘違いで誤射してしまうライアン。
アメリカの全ての銃弾が魔法の空砲ならいいのに…(泣
Though if all American bullets are blanks of magic, it is good…(I am sad and cry.)
日本で交通事故直後に死ぬ人 < アメリカで銃で死ぬ人
There are many people who die with a gun in U.S.A than a person dying just after a traffic accident in Japan.
…こういうことを考えていくと、地球の外から我々人類をみたとき
クルマだろうと銃だろうと人間の間でおきる死ということで
いえばどちらも『crash』なんだろうね。…どうかな。
When I considered we human to think about such a thing from the outside of the earth
Both will be "crash" if said to be a car concerning death to happen among human beings to be a gun. …How do you think in this opinion?
音楽・演技と脚本・演出で魅せる正統派の社会ドラマ。
採点はオスカー採点のちょっと辛めで、72点
サマリーは
オフィシャルよりココが良い。
…来週は、アメリカ版タロ・ジロに逢いにいくぞ!!オンオン。
もしくはBBMだーーーー
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『本稿は、元劇団員いまはトップTV脚本家への苦言に終始しています。
⇒要注意』
途中で(冒頭20分くらい)で出てしまった。よって【ブログ初の採点不可。】
いま、私の心にあるのは【怒り】だけだ
これがあの【古畑任三郎】や『新撰組!』を表現した男の作品なのか…
「信じられない。」まるで別人の作品のようだ。
やはり、映像作品というものは、多くのヒトの総合作品であること
を思い知らされる。
そこで、本節では、なぜワタシが途中退席してしまったのか
(最後まで観て面白かったというヒトもいるので)釈明するとともに、
映画に対するワタシの映画の対峙の仕方を述べたい。
…このコメントをブログに載せることもひととき躊躇った。
傷つくヒトもでるだろうし、
期待しているヒト、また、観ておもしろかったと感じたヒト
のココロをそぐ権利など、ワタシには無い。
…しかし、敢えて言わずにはいられなかった。許してほしい。
⇒ゆるせんという方は以下は読まず、他の映画ブログへGo。
実は、ポスターをみたときから「ちょっこっと」心配していた
多くの邦画スターを結集させた、いかにもストーリーもりだくさんですよ
的なあつかい。
それと、今なぜ、【ホテル】なんだ?
扱ったエピソードは『大晦日』だという
今、何月だっけ?
疑心にかられながら、まぁ興行成績はよさそうなので、
おもしろかろうと思ってぶらりと入館ったのが間違いだった。
特記事項として、私は、大きなホテルのフロントをバイトした経験が
あることを申し加えておく。
冒頭から感じたのが、役者の目の輝き。
よどんでいて、演技にひたむきさが感じられないことだ
キャラクターとして『記号化』され、それのみを演技強要された
『しかたがない演技』をこなす役者たち。
かわいそうな役所さん。
かわいそうな四朗さん。
かわいそうな香取くん。
かわいそうな篠原さん。
その他かわいそうな役者さんたち。
観ていて涙がでてきた。
…映画は、ストーリー重視ならば冒頭15分と結末2分がいちばん肝心だ。
この時間は、意味のないカットをいっさい入れてはならない。
そこで、観客は平凡な日常から、幽体離脱し、映画の世界に這入っていく。
それから、亜空間に迷い込んだ観客のココロを、日常につれもどすため、
最後の細工も大切だ。映画が現実とつながっていることを示すために。
ワタシの映画の善し悪しの基準は、まずは観客であるワタシを、15分で
「洗脳」できたかどうかである。
しかし、目の前に供されたのは、
脈絡のない細切れなCMのようなカットの嵐…
目や頭(眉間)が痛くなった。
細切れなエピソードをつなぎ合わせたって『映画』にはならない。
三谷さん。結局ナニがいいたいノ?
スタンダードな映画理論に挑戦しようとおもったのか
いろいろなタブーにも挑戦している
たとえば映画は人間を表現したものとは前節にて述べたとおりだが
人間の『何』を表現しようとおもったとき、
必要不可欠なのは『老人と海』を除き、2人の演技者のみ。
女と男
師と弟子(上司と部下)
ヒールとベビーフェース
大人と子供(小人)
親と子
金持ちと貧乏人
などだ。そのうちのどちらかが『主人公』だ。
この映画には、このような軸がみえない。そのため、この
映画を受け入れようとした人間が、何をベースにこの映画をみていいか
つかめないのである。
わたしは、入場料と少しの自分の人生(映画の行き帰り)をムダにした。
・チープなセットと全てシコミの宿泊客
・細切れな人生をかき集めただけのストーリー
・役者のやる気を削ぐ、まずい配役と起用
・趣旨がよくわからない展開(とたぶん結末)
・リアリティが欠落した演出
たかだが2H程度で 観る人に残るものを伝えられるのは
たった「ひとつ」だ。ワタシが「名作」として記憶しているものは
須くそうだ。
あと、映画の中、スクリーンからずっと臭うのが、
「監督は偉い。それに従い演技するのが役者」という
なんともいえない高圧な空気。
役者の潜在的な才能を開花させ、さらに伸ばすのが監督の役目なのに
出来合いの演技を役者にやらせ、話に組み合わせているに過ぎない。
つまり、冒険し、その結果としての新たなる人間の発見がない。
監督というものの『人間のレベル』としてどうなのか?
厳しいことを言わなければならない。
三谷サン。映画監督をやめなさい。いますぐに。
アナタは『本業の脚本家』に立ち返るべきだ。映画監督としては
【失格】です。これからの映画界のためにもお願いいたします。
おそらく、VIDEO_outしてもレンタルしないと思います。
有頂天ホテルか…、有頂天になっていたのは「誰か」だけはわかった
【観客】として、有頂天になりたかった。
エピソードだけでみたら、
現実のホテルマンの体験のほうが断然おもしろいし、
カネが入るのでおトクだ。
映画をおもしろいと思う要素として、観客の想像力を、
送り手である映り手が凌駕しなければならないというのがある
つまり、劇場とは、観客と監督の「想像力」の果し合いの場なのだ。
三谷(←既に呼び捨て)がよかれと思ってたくさんつぎ込んでいる
サブストーリーは、すべて「んなことしってる」という
「既知の情報」でしかなく、「へー」となることはなかった。
しかも差し入れ方が場当たりで、薄い。
…もしかしたら、ワタシが立ち去ったあとで素晴らしいセカイが
展開されていたかもしれない。それを映たヒトは、
ワタシを頓馬なやつ、堪え性がないやつだと哂ってほしい。
…しかし、残念なコトにこれがワタシの映画のミかたなのだ。
『詰め込みすぎなんだよ。』
「ホテルリアー【第1話】:韓国TVドラマ」の方がダンゼン面白い。
いやな予感はあたるんだな。これからは素直に従おうと思う。
こんなものが動員400万人超だという…『はァ?』(摩邪風)
どう間違ってそうなるのか?
重ねて言う。
「これは【映画】ではない。」
『宣伝にヤられた』と泣き寝入りすることにする。
VIDEOで十分だ。(←ワタシはもう観ないが。)
TVでやるようになって暇ならばもう一度自分の時間を使う。
今は、これが何かの映画の賞をとったら(前節:選者の苦しみを参考)
そのときはせっかく明るい兆しが見えてきた日本映画界の
衰退と【滅亡】を意味することを記してひとまずは筆をおく。
「今回の五輪おもしろかったよね」
「どこが?」
「やッ、カーリングとか、アラカワとか…」
「…ぜんっ全!!メダルも1コだけだったしね。」
「いや、だけど報道の競技者への人間の掘り下げが深かったとおもうけど」
「ホリサゲ?『わかんなィ』」
「うーん。そうかイマイチだったみたいだね」
「だってひとつだョ。おかしいよ日本が1つだけなんて。オカシィ…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「映画面白かったよね。」
「どこが?」
「いやストーリー展開とか演出とか人物描写とか」
「うーん『ワカンナィ』」
「うーん。そうかイマイチだったみたいだね」
「xxxx(好きな役者)がカッコ良くなかった…」
「…それじゃまた」
「うん。またね」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
…ある対象にたいするヒトの『受け様』は十人十色だ
それはそうだ。お互いまったく異なる人生を送っており、
何かを捉える能力も感性も異なるし、思考プロセスも嗜好も
ことなるので、コレに異を唱えようとは思わない
しかし、やっぱり
『損をしているな~』
と思うことはある。
何となればそれは『人生の味わい方』という表現になろうか?
・何かにきづくこと
・ヒトの行動や表現に慮り、そのヒトのために、心情を理解しようとすること
・何かを託そうとしているヒトの想いをみつけてやろうとすること
・パッと見、見えない・見えにくいものを探そうとすること
・気づいたことが間違いがないか具体的に行動すること
…そして何より
・他人を理解してみようと思うこと
そこに踏み込んでみることで、
さらにきづくこと
さらにわかることは『ある!!』
「ワカンナイ」は非常に都合のよい言葉だとおもう
この言葉を発することで、上に並べたようなことを『ワタシはしません』
と宣言する免罪符のようだ
もちろんそこで思考・行動ともゲームオーバーだ
それ以上は何の発見も自己の変化もない
本節のタイトルは「カンドーの正体」。
映画や、文(章)、または好きな『歌』に触れるとき、アナタは
それらから「カンドー」を『もらった』とおもってる。
…ちがうね。
「カンドー」とは、受けた体験といままでの経験から
アナタのココロが作り上げたものなのだ。
カンドーをジブンで作り出せる能力
それがそのヒトの『感動する力』の正体である。
僕は、(←またひとりでてきた)この世は感動であふれかえっていると思う。
単に人間がそのことに『気づいていない』だけなのだ。
また、感受性というコトバが代表するように
それはもって生まれたDNAがもつそのひとの「変わることのない性質」
⇒個性ではないかというのが定説らしい。
…これもちがう。
これは、「能力」である。
感動を強化・増大・性質を変えることは可能なのだ。
よって下手をうつと 減退・縮小・画一化
してしまうシロモノだ。
ことばを繰り返しておこう
カンドーは、もたらされるものではない。アナタ自身がアナタのココロで
生み出しているものである。よってカンドーが少ないとかカンドーできない
ということは、「アナタに、カンドーする能力がない」だけのことです!!!
…と、ここまで読み進めてくれたアナタにQをひとつ
「最近、『感動』してますか?」
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「カイカクするのはココロです」
というコピーにツられていつものとおりふらりと入館。
「カイカク」も「ココロ」も大変に関心があるゾ。と。
…いまは、映画館の帰り道のいつもの喫茶店。
ここはチェーン店ながら、ICとチーズケーキがうめー
+楽園ケーキ(いちじく)を注文し、感動を反芻中…
【注意書き】
あまり、ネタバラとか関係なく思ったことを
書きなぐってしまうので、
予定の方は当ブログは映たあとにした方が無難です。
とか断ったところでGo!!
【注意書きおわり】
映画監督というものは
いいたいことや表現したいことを、
宝箱のようにどこかにかくしておく奥ゆかしいヒトと
滝のように直球勝負でドシバシ最初っからおわりまで
投げてくるヒトと
2タイプあるが、本編は
まちがいなく後者。
…イヤ。表現がヨワいな。
スクリーンから観客にむかってマシンガンで
無差別に【感動という弾丸】をうちまくるタイプだ。
『オラオラオラ~』
「もう、カンベンしてくれ!! オナカ(こころ)いっぱい」
といってもあとからあとから表現主張と感動を波状攻撃的に
かけてくるので注意が必要だ。(何の注意だ?)
しかし、いっていることは一貫しており、
たいへんにわかりやすい。
わかりやす過ぎるシーンもありちょいそこは残念。
(カニと寿司満載の篠崎建設社長宅の夕飯とか)
議会の独演もちょっと唐突(あれは前フリが必要)
本編主人公の体験や
ヒロインの体験
またはその他共演者の体験は
社会にでたヒトならばどこかで
経験したモノで、『あるある』と共感できるところが満載されており、
みていて非常に親しみぶかい。
映画監督なんて【社会】にでていないはずなのに、
よくここまで表現できるものだと感心した。
わたしはヘルプデスク(前記事参照のこと)が仕事なので
織田君と同じだ。まぁ「ブガイシャ」というアツカイを受けることも
多々あるので非常に共感できた。
職場や職を変え(られ)たヒトがもつ立場というものを
よく捉えている。
また、改革は部外者からもたらされるというのもワカル。
この映画を彷彿するのは 僕の大好きないまは亡き監督の
「スーパーの女」だ
アレもスーパーものだが、本編はもう少し視点が大きい。
公務員は、自分とことなる人種を「ミンカン」と呼び
他方は、その逆に「オヤクショ」と呼ぶ。
まるでその間には、解りあえない見えない壁があるかのように。
しかし、自分の足元を支えている手の生えている先は
ダレでしたっけ
…というなればソンナ映画である。
この映画にも勿論宝石のようなセリフが数多くある。
「アナタの昇進にはまったく興味がないわ。ワタシはただ
貴方の喜ぶ顔が見たかったの」
「オレ…。この窓からナニをみていたんだろナ」
「イイね。ソレ」
「僕を頼ってくれるヒトが、だれもいなくなってしまった」
「()←ココ。…それを、パートの娘が教えてくれました」
この映画は、非常に、いや異常にリアリティがある。
普通の映画だと、Aプランに覆りハッピーエンドとなるのだが
やはり、ゲンジツは「Bのまま」となる。これは偽わざる事実の描写だろう
しかし、監督や製作者の願いは、最後の最後に
本編を通じてでてくるエスプレッソメーカに表されている。
何事も、できるところから地道にちょっとずつというところであろうか
「イイ映画を見た。」と観客に思わせるだけでは終わらせないぞ
カイカクは「想い」やノウガキだけでは屁のツッパリにもならない。
カイカクは「行動」して始めて転がっていく。というトコロかな。
『星になりたければ具体的に【動き】なさい』
『【誰のための星】になるか考えなさい』
…どうかな?
キャスティングもバッチリだ。
主人公役は、織田君しかできん。
それにしても外観変わんないねカレ。(でもちょっと痩せたかな)
あと、厨房のニィちゃん役の人(名前わからんゴメン)
いいアジだしてます。
テンチョーもサイコー。あの笑い瞼に焼き付いて困る(笑
いろいろ述べたいこと尽きないけれど最後にやはりヒロインについて
どこにでも(読者のナカにもいるんじゃないか?)こんな境遇の
女性はいるのではないか
それを自然に好演しているコウ。
やはり舌を巻くのは彼女の瞳の演技だ
20世紀に構築・完成した女優の演技技術を根底から覆す
ある意味異端な才能なのだが
これがマタ如何なく発揮されている
目線から見えないセリフを発する女
(心情を表現できるなんて才能)は
多くの日本女優のなかでも稀有なものだと思う。
海外だと何人かいるんだけど。
どこで「ケンチョー」さんという呼び名が変わるか
チェキしていたのだが…
いやーヨかった。そうそう、いつもの採点はナント
評価:99点。(多分、ブロガ連中でも最高点なのでは?)
映画がおわってキャラメルポップコーンが半分も残っていた
…手と口が止まってしまっていたのだ。
それにしても石坂サン 悪代官ぶりイタについてきた。
最近老獪な悪役おおいなー
でも青い原色スーツはリアリティないぞー(笑
どういうつもりなんだろう
これは未だになぞなのだ。ナンの象徴かな。
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凄惨な事件が頻発するので沈んだ心を修復させるため
まずは散髪+カラーを敢行
懇意にしているママさんと話ができ幾分かはココロが晴れた
休日に誰かと話すことがあまりないので楽しみにしている
その後、腹がへったので
【COCO'S】にて豆腐チゲ+雑炊セットを所望
しかし、腹は満たされたけれど、ココロは満たされなかったのだ
うーーむ。やはり「ひとり鍋」はむなしい。
さて、その後映画街に突撃。兎に角すかっとしたい
それで「ナイト・オブ・ザ・スカイ」をチョイスした
このときまたちょっとイイことが起きた。
ワタシがいくシネコンはメンバーズカードを発行しており
いつもー300円というお得ぽ なのだが
ホカにも特典があったのだ ナナナント 6回に1回くらいで
タダ なんである
そうか、カードに回数がでるのはこのためなんだなと
納得した。しかし、回数が0回になってしまった。通算回数が
わからなくなってしまうのはちょっと残念だ。
まーそれでも 試写会があたったようなものだ
京成ローザ10さんありがとう!!
こんなことならば、最初から入会しとくべきだった。
そしたら ワタシの場合あと3,4回は タダ映画だった
ぐわーーーーー。知らないとはおそろしいことだ。
さて みた印象としては典型的な 今風フランス映画である。
飛行機版「TAXi」だね。
そう思って頂いて問題ない。
印象たかいのは航空ショー映画としての
ジェット戦闘機のパフォーマンス!!!
じつにイイ。航空ショー映画のなかでも屈指に入るものだ
多用されている 後方視界ビュー がなかなかイイ
アジだしてます。
「ステルス」や「フライトプラン」は フルCGだが
本編は、リアル撮影(一部合成はあり)なので、臨場感たっぷりだ
映画館でしかみられない迫力も抜群なので「好きな」人にはお勧めだ
エアーアクションはいいぞ!!ビバ実写空撮!!!
あと、フランス映画っぽい艶っぽいシーンや
役者さんの男くささ(真面目空軍大尉:ブノワ・マジメル渋ゥ~)
女くささはスクリーンから匂ってくるほどだ
エロいぞ フランスさん。
しかし、お話は、込み入っているようで非常にシンプルなもの。
描きかたも複雑にしたかったのかシンプルにしたかったのか
ストーリー展開に迷いが見える。
軍需産業の暗躍などスパイスがあるものの
アクションとの両てんびんになるほどではないね
しかし、そんなことはどーでもえー みらーじゅ かっちょいいぞーーー
ジェットオタクまるだし。
うはははは
あーすっとした。フランス映画にストーリーを求めてはいけないネ。
オトコ。おんな。ジェットでスカッとしたいひとは
頭をまっ空にして映てください。
評価:75点
(この映画に難しさイラナイ。どっちつかずやめぽ)
目的は達した。
公式HP(よくこのドメインとれたな)の謳い文句にもあるけど
フランス版『トップガン』
という意味あいもつよい
それにしても…
邦題「ナイト・オブ・ザ・スカイ」はどうかね。
『空の騎士たち』か…うーむ。もうふたひねり。
原題は「LES CHEVALIERS DU CIEL」です。これカナよみで良かったんじゃない?
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のっけからで恐縮ながら、
プロジェクトXと比べて、プロの流儀をおもしろく感じない。
本日はその理由分析
お恥ずかしい話だが
プロジェクトXの
「黒部ダム」や「VTR開発」のエピソードで涙ボロボロでした
家族でみる番組ではないとは思うが
大泣きする父親の姿をみせて番組はわからない子供のために
残しておくべきプログラムだと心底思う。
繰り返し見ても感動が再現する
しかし、プロの流儀は
「へー」と思うことはあっても、うおーと感動することがない
2度見ることはない。DVDレコーダでも削除対象だ
なんでかなーと自己分析をしてみた
わかったのは番組づくりの方針転換だ
価値基準が
逆境克服から成功ケッカへ
チーム(継承・連携)からある一人のコジンへ
執念からテクニックへ
表現の対象がシフトしたことかなと思っている
まっ、どれも今のトレンドなんだけどね。
確かに、終盤のプロジェクトはネタ不足の面が否めなかったと思う
それでもいまのシリーズよりは良かった。
番組づくりとして、今の風潮をいれないといけないということはわかる。
長寿人気番組はマンネリ化するし、
何しろ総合プロデューサーが人間力を持続できず
制作の緊張感も薄れるし、受けてのほうも
飽きてくる人が増えていくからだ
しかし、私はプロジェクトXは
つづけてほしかった。
人間や社会の根源を表現した素晴らしい番組だった。
公式HPを見ると、再放送の予定はないらしい。
残念。無念だ。
まっ、マジメな話をつらつら書いてみたが、ホントーのところは…
…膳場さん カムバック!!!(もう、ムリなんだけど)
本日は、『ミュンヘン』と『RIZE』。
書いている場所は、終わったあとの帰り道にある喫茶店。
土曜日の夜なので喧騒が絶えない。
まだ、頭のなかで整理がされていないことを書き散らします。
いつものようにネタバレなし。というか結末をふくむスクリプトを
を書くことに意義を感じない。
映画をみたときの面白さとして
受け手がいかほどその表現したものに共有感を持てたか
主人公がいたならば映画のなかでの行動をする動機付けや心境
に共有感をもてるかということは重要だ。
それを踏まえたうえでGo。
(ミュンヘン
オトコのワタシからいわせると、
オンナの皆さんには知られたくない表現がはいっており、
ここは強く解説しておきたい。
主人公は、大儀のためいろいろと○いことをする。
しかし、本当は大儀のためなんていいわけで
最初の動機はジブンと家族のためなんである。
劇中でも奥さんにハッパをかけられるシーンがある。
本編におけるリアルはここにある。
なにがリアルかというと、
べつに国際紛争やイデオロギーの対立を持ち出すまでもなく
実は、いってくるよといってただいまと帰るまで
家族をステるか、それをとってヤるかという決断はこのニホンの
カイシャ世界においてもよくあることなのである。
単に、銃やからくりバクダンなどの殺人がないだけのことだ
「えー?お父さん(もしくはアナタ)、コレ本当?」
と聞いたトコロでおとーさんは笑って答えない。
カイシャにいっている女の人も見たことないと思う。
当たり前である。本当に見せていないんだから。
オトコは女にそれをみせたくないので
狡猾かつ強引にそのことからオンナたちを隔絶している。
劇中の主人公の奥さんもそういう扱いであったが、
あれがフツーである。
見たことある女の方は、「オメデトウ。」
貴方はオトコの仲間入りである。そしてご愁傷様。
逆に、男なのにその局面に出会ったことないヒト。
ごめんなさい。アナタまだオトコ扱いされていません。
大きな世界を描いているようで、かなりミジカなことを
いっているような映画である。
結末がないような形の仕立てかたになっているが
その表現そのものが結論と受け止めた。
私のいったことを裏付ける台詞や絵が
わりと頻繁にでてくるので探してくんなまし。
それと、ホントーのテロリストたちも
あんなフツーのおじさんたちなのかも。
いままでのイメージが覆った。
評価 65点。
(ニホンジンには、わりかしワカンナイかも。)
いいたいことはわかるんだけどユーモアもうすこし入れて。
(RIZE
口直し(すみません)もかねて立て続けにみた
ダンスのパフォーマンスだけかなと最初は思ったが
ナカナカどうしてヨかった。ナけた。
・ダンスのこと
・家族や社会のこと
・銃やドラックのこと
…そして、「生きていく」ということ
それらが踊りのように絡み合い、お互いを引き立てていた。
棺おけ屋の親父さんが吼えていたコトバ(アレ、セリフじゃないよね
が耳について離れない。
評価 80点
2つの映画には「HOME」という言葉がでてくるので
機会がある方は映くらべてみてほしい。
ワタシが知らないだけかも知れないが
(と、断ったうえで)
世界とはこんなにヒドいのかと思う反面
彼らのもつ何か(言葉では表せられない
で私があまりもっていないモノについて羨ましくおもうこともある。
これについては、私も未整理だし、蛇足になるので割愛します。
…日本とは、ナンだかんだいっても平和だ。
それじゃ、帰ります。また明日。
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BLTサンド(au写真)がとてもうまい。もちろん珈琲(#107がおススメ)も。
しかし、難点としては
客の捌きが悪く、
夕食時にいくと30分程度またされる。
私がまっている間も、約50-100人の来客が
満室で踵を返していた。(売り上げ喪失ですぜ~)
繁忙時間の客捌きというか回転率を上げてもらいたい(人気の為なのでムリか…)
根をはった客は、収穫が難しい。
これでHOTSPOTがあればなァ。(オレまで根をはってどうする。)
…………………………………………………………………………
フライトプラン(ネタバレなしですが、先入観なしに映たいひとは、鑑賞後にどうぞ。)
Jodieは世界を代表する
孤高かつ至高の演技派女優である。
それがはっきり(再認識)した。
この映画ではホントーニモー遺憾なく発揮されていた。
『ちょっとヤリすぎかなー』と思う場面もあったりするのだが
喜怒哀楽・狂疑安寂をこれほど表現できる女性はいないのではないかと
思わせる様は
まさに、演技のデパート!!!やー(彦摩呂)
ポップコーン(キャラメル味)をほうばりながら
口中で舌をまいた。
(一次評価:85点/みんなにも映てほしい。)
話は空港ものというよりは、ダイハード要素が入った密室サスペンス&アクション。
製作者の言いたいことは
ラスト近くで、ある男がセリフるから、見つけてほしい。
日本の社会にも相通ずる懸念が表現されている。
(ここからは、これからみるひとはみないで。みないで。)
私が思うに
『オレも見たよ。』
『あたしも確かに見たわ。』
と発言する乗客がいたら、成立しない事件である。
これを、いいたかったのではないかな。
…どうかな。
エンドロールのCGも秀逸だと思う。
なぜ、オープニングに使わなかったのか
疑問に残る。
あっそうか!わかった!!
ほななあ。
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よく映画を見に行く。
最近は封切りから約半年で、DVDレンタル店にならんでしまうが
やはり映画ならではの魅力は捨てがたい。
130円(電車)で映画街にいけるので気楽にいっている(自慢。)
本節は、あの映画がどうたらこうたらという講釈ではなく、
映画の私なりの楽しみ方について
映画とはその殆どが、
人間そのもの(女と男)とその社会を表現したもの
だが、限りある時間(撮影・編集工期と放映時の客の拘束時間)に
よって表現しなければならないから、監督にとっては
どう表現するかより、
何を残して(描いて)、何を捨てる(観客の脳・心・etcに任せる)
かが最大の課題となる。
何を描くかは、監督を志したときにもう決まっているので然したる問題ではない。
よって映画の受け手(観客)は、表現者がどこまでを観客にゆだねたのか
を慮るのは、その映画をまとめた人を理解する上でとても有効だ。
その境目を、映画をみていくなかで見つけられれば、
鑑賞中にそれを確認できるから、とても面白く映画をみることができる。
映画に限ったことではないが
実は表現物に委ねられたテーゼは簡便でそんなに種類もない。
『他人を理解し、愛し、助け合うことは意義がある』
とか
『戦いは、実のところ虚しい』
にいきつく。
したがって何を表現しているかは受けての力量によって異なるので
あまり議論になりにくいし、
論じ合うメンバーで結論を導くのは殆ど不可能といっていいだろう。
よって、映画の内容や主旨をつきつめていくよりは、
映画を作った監督や製作者の 人となり を理解するほうが
実は、その映画を理解しやすい。
たとえば、<私ならここは描かない。>または
<私ならここはこう描く>など空想することで
表現をする人と自分の違いを確認できる。
あるいは
映画のエピソードや本編のその後を空想し、自分だけの映画を空想することにより、
自分の表現能力を鍛えることができる。
映画を映ていて私が心中で吼える瞬間は
『そうきたか!!』
である。この感動が強い映画ほど、永く私の心中に居座り続ける。
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